アニメ版『シスター・プリンセス』における「お兄ちゃんの日」

〜第25-26話の大団円〜



はじめに 〜問題の視点〜

 本考察では、第25話「あいたい…お兄ちゃん」および第26話「約束の島」の最終2話に描かれる物語の収束を追いながら、航達にとってのプロミストアイランドの意味、航の父親の計画の内容、黄色い麦藁帽子の少女の正体、などの諸問題について検討する。


I.さいはての都へ

1.岸壁の妹

 第25話冒頭。無人のリビングに、食卓を囲む椅子の数は13脚。両脇とやや離れて置かれているのは兄の椅子として、妹達の椅子が1脚足りない。それは、眞深の分である。第24話で燦緒の計画の一端を担ってしまった彼女には、他の妹達と顔を合わせて食事することなどもはやできなかった。自責の念は胸に重く、さらに妹達の悲痛な姿が眞深を苛んでいく。

眞深「あんちゃんがいなくなって、灯が消えたみたいだね…。
   あんちゃん、もう帰ってこないつもりなの…?本当に東京の方がいいの…?」

 ところで、燦緒の計略を知っている眞深が心配するのは当然として、他の妹達がここまで消沈してしまっているというのは、高校の合格通知のみならず、千影が兄にペンダントを渡したことが大きな原因となっている。さらに第26話の冒頭に映し出される航の部屋からは、テレビ等の機器や観葉植物などの一切が消え去っている。妹達が船着場に集まって兄の乗るボートを見送っている間に、燦緒の手の者によって航の荷物は全て片付けられてしまったのだとすれば、帰宅後にその有様を知った妹達の衝撃は計り知れない。
 この悲痛を皆で分かち合い、兄の帰還まで互いを支えあうことが今必要なのだが、しかし第24話以来、兄の渡航についての「隠し事」を巡って妹達は3つのグループに分裂してしまい、最も肝心なこの時にかえって相互の溝を深めてしまいかねないという危機に陥ってしまっていた。この状況下で妹達は各人が独りで耐えていかねばならず、第25話で描かれるのはその苦闘のさまである。これを見るために、年長者(兄の渡航を知らされていた妹達)と年少者のグループごとに妹達が語った主要な台詞を以下の表に掲げよう。





可 憐 (お兄ちゃん…お兄ちゃん、可憐どうしたらいいの?
 必ず帰ってくるって信じてる。だけど、だけどいま、ここにお兄ちゃんがいないの…。お話もできない…。
 ずっと一緒にいられるって、思ってたのに…お兄ちゃん…。)
(お兄ちゃん、可憐のピアノ、聞こえますか…?あのときのように…お兄ちゃん…。)
咲 耶 (迎えになんか行かなくったって、帰ってくるわよ。約束したんだから…。信じてる。
 お兄様は、必ず帰ってくるわ。私は、待っていればいいのよね…?)
「離れ離れになるなんて、私絶対に許さない!
 迎えに行くわお兄様、私達は何があっても絶対に離れられない、運命の糸で結ばれているんだもの!」
「船がない…!これじゃ、お兄様を迎えにいけないじゃない…私、どうしたらいいの…どうしたら…!?」
千 影 (兄くん…。兄くんとの絆が見えないよ…。私達を結んだ絆は、決して切れるはずがないのに…。
 兄くん…必ず、また会えるよね…?)
(私は、今ここに、私のそばに、いてほしいんだ…。)
鈴 凛 (アニキ、いなくなるんなら、何か代わりになるもの置いていってくれたらよかったのに…。
 研究資金の援助してくれるとか、鈴凛ちゃんかわいいよ、って言ってくれるとか。
 アタシ、アニキ以外に頼れる人、いないんだからさ…。
 …でも、アニキの代わりなんて、いるわけないんだけど、ね…。)
春 歌 (兄君さま…。ワタクシ、兄君さまが大切などと言いながら、兄君さまに甘えていただけでしたわ…。
 兄君さまがいらっしゃらないことが、こんなにも辛いなんて…。お姿が消えるまで、気づかなかった…。)
「ごめんなさい、兄君さま…。」
鞠 絵 (兄上様にお会いできて、私、こんなに元気になりました。
 兄上様、私は信じています。また一緒に暮らせる、その日が来ることを。)




白 雪 「姫、最近おかしいんですの。お料理失敗ばっかりしちゃって…。いつもと同じにお料理しているはずなのに…。
 夕御飯、もうちょっと待っててくださいね。可憐ちゃんも食べないと、元気でないですの。」
四 葉 「ワトソンくん、四葉は兄チャマがいないとチェキできないデス。
 もし、また美少女怪盗クローバーが現れたら、兄チャマは助けに来てくれるのかな…。
 兄チャマは四葉と約束したデス、四葉を守っちゃうって。けど、四葉はどうすればいいの、兄チャマ…?」
(あにい、ボク、何をしてもつまらないんだ。あにぃと一緒だったら何だって楽しかったけど、
 あにぃと一緒じゃないと、ボク、何もできないんだよ…。助けて、あにぃ…。)
花 穂 「みんな、お兄ちゃまがいなくて寂しいんだねぇ。花穂も、とっても、寂しいんだぁ…。
 でもねっ、お兄ちゃまはきっと、一人でも頑張ってると思うの。
 だから花穂も、お兄ちゃまの応援、しなくちゃ、って。お兄ちゃま、頑張って、って…。
 う、うえええええん、お兄ちゃまぁ、うええええん…。」
亞里亞 「亞里亞も、兄や好きー。」
「うわあぁぁ、兄やぁ…。」
雛 子 「はやくかえってこないかなー。おにいたまのダーイスキなおかし、こーんなにいっぱいもってきたんだけど。
 クシシシ、おにいたま、きっとびっくりしちゃうな。
 おそらさん、おにいたま、きょうかえってくるよね?ね?すぐかえってくるよね、ね、ね?
 …おそらさん、おへんじしてよぉ。おにいたまのこえ、きこえないよ…?」

(1)年長者達

 年長者で唯一毅然と耐える姿を示しているのは、このグループ最年少の鞠絵である。礼拝堂でミカエルと並んで祈りを捧げる光景は『フランダースの犬』を連想させる不吉さだが、鞠絵にはこの世界に別れを告げる気はもはやない。病弱ゆえに、自分の感情や欲求を抑えることを誰よりも学んできた彼女は、今その我慢強さを発揮し、しかも第8話以来、この手に掴んだ絆を決して放すまいという強い意志までも備えるに至っていた。そんなひたむきな決意に触れて、ミカエルが主に寄り沿い支える。
 これに対して一つ年上の2人は、自分の弱さに直面していた。
鈴凛は目覚ましプロトロボ2号から響く兄の声に飛び起き、その求める姿がないことに気づく。ラボに眠るメカ鈴凛を見つめて兄に切々と問いかける時、彼女は、自分からするはずだったからこそ心を保ってこれた未来の別れが、向こうから唐突にやってきてしまったことに打ちのめされた。鈴凛は心の準備が想像以上にできておらず、自分とメカ鈴凛の心の空洞を痛感する。また春歌は、リビングの兄の椅子にそっと手を添え、自覚なく兄に依存してきた身勝手さを詫びながら悲嘆にくれる。

 さらに最年長の3人となると、自分の役割が果たせないことも含め、動揺はいっそう甚だしい。
 
咲耶は2日間にわたり、旅の荷物をまとめようとしてはその都度、兄を信じようと思い直す。だがその我慢も限界に達し、兄を連れ戻すために島を離れることを決意する。「運命の糸で結ばれている」ならその運命を信じて待てばいいはずだが、自分の言動の矛盾に気づかないのか、それとも運命とは自分で切り開くものだというのが本当の信念ということか。しかし彼女の逡巡の原因は、兄を信じるべきではないかという自問に加えてもう一つある。それは、自分が兄のもとへ行ったところで果たして何ができるのか、という不安である。第24話で兄が出航する前夜、自分の魅力でせめて繋ぎ止めようとした咲耶だったが、それはかえって自分の限界と、自分以上の魅力を有する何者かが兄を永久に連れ去ってしまう可能性を認識させた。この恐れる心、そしてそれへの反発が、DVD版では勝負服への変更『潮見工房』「第25話におけるDVDとTVとの違い Part1」参照)により明確に示されている。東京に出て行けば、自分が完全に敗北する危険にさらされる。自室に幾つもの賞状を飾っているように、咲耶は才能の上に努力を積み重ね、自分の輝きを高めてきた。今回はこの誇りがいちどきに粉砕されるかもしれないのだ。それは、航が共同生活の「いま」を咲耶ごと捨て去ることであると同時に、咲耶の生きてきた過去を無に貶めることでもある。
 この危険性を乗り越えて彼女に兄を迎えに行こうとさせたのは、共同生活における自分の主導的役割に対する責任感であり、自分の魅力に対する自負心であり、そして兄の意志の強さへの疑念である。兄が自分達を積極的に裏切ることは絶対にないとしても、東京の魅力に負けてしまうのではないか。咲耶でさえ対抗しがたいその力に、兄がどこまで耐えうるのか。咲耶が見る航はあまりに優しすぎ、世慣れておらず、それゆえ自分が助けてあげなければならない。そう思うのは、遭難時と同様の自分の弱い心を兄に支えて欲しいという、彼女自身のよるべなさの裏返しでもあり、船着場にボートがないことを目の当たりにした瞬間、その脆さが露わになる。鎧で心は守れない。

 一方、
可憐は彼女らしい方法で兄との絆を確認しようとする。ウェルカムハウス中央の屋敷の玄関内部は明らかにホテルのロビー・フロントとして造られており、プロミストアイランド開園後は宿泊施設として利用されることが分かる。そのフロントに受話器を見つけた可憐は中に入り、090、と兄の携帯電話番号に繋ぐ。今まで島外部とはメール回線以外での連絡を許されておらず、この電話の使用、いやその存在自体が、認められていなかった。しかし開園直前となって電話回線がちょうど繋がる頃合の今、可憐は幸運にも兄と会話する手立てを得られたはずだった。ところで、後の場面で航は確かに携帯電話を所持しているが、無機的な造作からいって鈴凛の発明品ではない。航がもともと持っていた(島内では使用不能)ものか、あるいは可憐がこっそり手渡しておいたものか。だとすれば咲耶にも内緒で唯一の連絡経路を確保しておくという可憐ならではの配慮だが、しかしおそらく燦緒の計らいで、携帯の電源は切られてしまっていた。「おかけになった電話は、電波の届かない場所にあるか、電源が入っていないためかかりません。」の声に、可憐は愕然として涙をこぼす。
 自室に戻った可憐は、いない兄に切々と語りかけるが、電話の不通という1点をとっても不安はいや増す。その後向かった学校では音楽室のピアノに向かい、兄への想いをのせて指を鍵盤に滑らせるが、第1話の時のように、この音色を聴いた兄が来てくれるわけではない。声も音も届かない場所にいる兄に、今の可憐はなすすべもなかった。

 そんな距離も時間も越えることができる力を唯一持っている千影は、朝靄の中、公園の湖畔に立つ。水晶球を手に水面を見下ろすその顔には、未来を知る者の日頃の冷徹さはない。兄を観るためにこれまで役立ってきた水晶球だが、今は求める姿を全く映し出してはくれなかった。悠久の時の中で積み重ねてきた絆も、未来への確証を与えてくれず、千影はただこの不安な「いま」に耐える。完全に受身になったこの時、千影にできたことは、兄の帰還を祈ることだけだった。水晶球を湖水に沈めいれ、千影は心のままに兄を希う。「いまここに」いてほしい、と想う彼女は、既に前世の因果に頼ることなく、現世の一人の妹として、水面に姿を映している。そして沈みゆく水晶球が溶けていくさまは、そんな妹の一人としての彼女の想いを、湖が受け止めた証でもある。しかしその祈りの行方は、今の千影には窺い知ることもできずにいた。

(2)年少者達

 このように年長者達が悲しみにくれ、とりわけ最年長者たちが無力感を募らせる一方で、年少者達はどのような姿をみせていたのだろうか。。
 
は、兄の不在に快活さを失い、学校のプールサイドで仰向けに横たわる。水面にビート板が漂うその光景は、第10話で衛に見捨てられたと思い込んだ航が練習もせずに寝転がる姿と、全く同じ構図である。あの時に衛に見放されたと思い込んだ航の寂しさを、衛はそれと知らずにいま分かち合っていた。
 家の周りでは、花穂が花壇に水をやりながら、しおれそうな双葉に語りかける。兄が東京で頑張っている姿を想像し、遠く離れたこの島から兄を応援しようとするまでに、彼女は思いやりある心を育んできた。そして、水遣りの日課を続けることでこの共同生活を守り抜こうという態度は、彼女なりの精一杯の頑張りである。それでも悲しさが堪えきれない時、花穂は亞里亞や雛子の前ではなく、この花壇の前だけで独り嗚咽する。
 家を飛び出していた雛子は、第4話と同じくまさんリュックと帽子で船着き場に立ち、航の帰りを待つ。あの時に探し求めた熊のぬいぐるみとは、彼女の庇護者の象徴だったが、今は雛子は本当に求めるものを自覚している。そして、待つことを、我慢することを、少しだけ知っている。そうすれば願いがかなうと信じているから、雛子は笑顔で兄を待つ。その帰りを問う彼女の声は、そのまま空に吸い込まれていくが、今は兄の声が響かなくても、雛子の想いは風が静かに受け止めているはずだ。それは、第4話第8話の対称性と同じく、鞠絵の祈りと重なり合う。

 このように、年少者の耐える姿は年長者に比べてわずかに逞しい。これに加えて特徴的なのは、年長者達との間の溝を埋めようとする態度である。
 夕方の台所では、白雪が料理を駄目にしてしまっていたが、肩を落とす姿を可憐に見られて慌てて言い繕いながら、可憐の体を気遣い励まそうとする。これに可憐は何も答えられずに立ち去り、白雪も無理にこしらえた笑顔を消して身を震わせる。仲の良い可憐の前でせめてもの気遣いを見せたとすれば、白雪が兄の出航を知らされていなかっただけに、気丈である。しかし意地悪くとらえるなら、健気な白雪の態度に可憐がさらに胸を痛めると予想した上であえてこのように振る舞うという、痛烈な反撃とも受け取れる。白雪にしてみれば、自分の悲しみや、年長者達への恨みと気遣いなどで心が千々に乱れ、そこに自分の醜い面も見えてしまうゆえに、いっそう苦悶を強めてしまっているのだろう。それでも、自分自身こそ「心の栄養」(第19話)が欠けている状況で台所を一手に引き受ける姿には、彼女の芯の強さと皆への愛情が看取される。
 リビングでは、兄の椅子にすがりついて肩を震わせる春歌に、亞里亞ハンカチを差し出す。「亞里亞も、兄や、好きー。」と微笑む亞里亞に、春歌は思わず「亞里亞ちゃん…ごめんなさい亞里亞ちゃん、でも今だけ、泣かせてください…!」と胸にすがりつく。亞里亞は驚いてきょとんとするが、やがてつられるようにして泣き始める。「くすん…。」ではなく口を開けて、自分の感情をそのまま投げ出して、兄やを呼びながらわあわあと泣くのだ。亞里亞はこれまで、悲しみをこれほど素直に表すことはなかった。それは、彼女の性格や躾ゆえであり、またここでの生活の中でも未だに孤高の態度を崩さずにいたゆえでもあった。だが、春歌にハンカチを差し出した時、同じ兄を愛する妹として、彼女は自ら春歌に共感的に歩み寄った。亞里亞がそのように心を開いたからこそ、春歌の胸の震えや嗚咽はそのまま亞里亞に伝わり、想いが共鳴して心のままに涙を流すに至ったのだ。それは令嬢に相応しからぬ振る舞いではあるが、しかしこの姿こそ、亞里亞が妹達の一人として、想いの輪の中に間違いなく繋ぎ止められたことの証しである。そして春歌は、普段守るべき相手として見ていた亞里亞にこうして支えてもらったことに、大きな驚きと感動を受けた。独仏融和のこの光景には、兄不在という危機的状況下で、妹達が相互理解を深め、絆をいっそう力強く結んでいく美しさが描かれているのである。
 そして
四葉は、夕暮れの屋上に佇み、傍らのワトソンくんに語りかける。第22話でクローバーとの統合を果たした四葉は、ここでの自問自答の中で、危機に際して再び自分自身を分裂させるのではなく、水飲み鳥を媒介にして自分の想いを自分でつきつめていく。兄をチェキすることで手がかりを求めずとも、兄と自分の絆は心の中に確固としてあるはずだ。であれば、自分は今どうするべきなのか。この自問は、彼女が年長者達に抱く不満にも向けられる。兄の渡航を教えてくれなかったことに、四葉は年長者達に怒りを露わにして抗議したに違いない。それが自分達のことを考えてのことだと頭では理解しても、感情は納得しない。しかし軋轢をこのままにしておけば、兄が戻るべきこの共同生活に致命的な打撃を与えることも間違いない。ここで自分は何をなすべきなのか。迷宮入りにすまいと、四葉は自分自身と対話し続ける。

 以上のように、妹達の悲しみは到底抑えきれるものではない。しかしこの辛い試練を通して、妹達は、個々人が兄への自分の想いや日々の振る舞い行動を見つめ直していく。そして、兄を愛する妹同士が、お互いの想いの強さや真摯さをも再発見し、そんなお互いを支えあおうとする。存在して当たり前になりつつあった「いま」に対して、妹達は兄不在のこの時に、そのかけがえのなさを改めて実感することができた。解体の中で、再生の契機は確実に芽生えていたのである。


2.航世間は鬼ばかり

 それでは、東京に出て行った航にはどのような試練が待ち受けていたのだろうか。
 都会の喧騒の中を歩く航の前に、黄色い麦藁帽子の少女が現れる。「あ…君は!君は、誰?なぜ、泣いているの?ぼくに何を言いたいの?」と航は問いかけるが、涙を流しながら訴えかける少女の声は聞こえない(「忘れないで」か「思い出して」か)。やがてその姿は暗闇に消えていき、代わりに現れる燦緒の姿に、航はようやくこの夢から覚める。「うなされていた」航は周りを見回して、前日のうちに東京に帰ってきていたことを思い出す。

(1)燦緒

 航が夢の少女のことをゆっくり考える間もなく、燦緒は航の髪型を戻し、眼鏡をかけさせる。これは第1話で可憐が航にしたことの逆であり、航は外見上、かつての東京生活時に戻された。航がデジカメに手を伸ばそうとするのを燦緒は手で制し、航の島での生活の記憶を最大限払拭しようと努める。この姿勢は、彼の台詞に以下のように一貫して示される。

燦緒 「そうだよ、君は帰ってきたんだ。」
「これで元通りだ。さあ行こう航、悪夢は終わったんだ。僕達の輝かしい未来を取り戻しに行こう。」
「航、君は戻ってきたんだ。そんなもの必要ないよ。大切なのは僕達の未来だ、そうだろう?」
「1年ぶりの東京だからな、懐かしいのは分かるけど、すぐに当たり前になるさ。すぐに。」
「あそこじゃ、参考書ひとつ手に入れるのも大変だったんじゃないか?
 でもこれからは違うぞ、ここにいれば欲しいものは何でも手に入る。したいことは何でもできる。
 …ん?どうした、少しは嬉しそうな顔をしろよ。」
「これでやっと、みんな揃うな。」
「少しでも勉強して、いい大学に入る。航だって、そうしたいから戻ってきたんだろう?
 僕らは選ばれた人間になるのさ、社会を動かすエリートにね。それが僕達の夢だったじゃないか。ね、航。」

 エリートとしての自覚に立ち、航もその意識を共有するもの(「僕達」)と確信することで、燦緒は航に、この1年間を単なる無駄な逸脱として再認識させ、あるべき本来の姿に立ち戻らせようとする。そして自分の指示に無言で従う航の態度は、燦緒には、久しぶりの東京に対する戸惑いとして、また反論がない以上は自分への信頼の現われとして、理解されていた。これによって燦緒はますます航を自己愛の投影対象とする意識を強め、皆井のつれない態度に航が動揺したさいにも、皆井との距離感によってかえって航との閉鎖的関係を快く思うだけだった。

(2)近接支援者達

 燦緒が東京という遠隔地で目的を達成しようとしつつある中、島の近接支援者達は何をなしえただろうか。
 まず山田は、アンティークショップの前で「そんなぶぁっかなーっ!?」と絶叫していた。えらい小銭が入っていそうな「ガソバル」瓶を抱えてパチモンプラモを買いに来たというのに、そのプレミアものが店頭に「ご自由にお持ちください」と山積みにされていたのだ。

山田「酷いよー、やっと見つけたガソバル買うためだけに、日々バイトに励んできたんだ…。
   そ、それなのに、『ご自由にお持ちください』だなんてぇーっ!」

 その背後では、プロミストアイランドの従業員達が島の今後を憂えていた。じいやは東京へ向かったが、もし航が戻らなければ島はこれまでかもしれない。「そんなぁ、馬鹿なぁ…!?」と再び喚く山田は、既にこの島の事情について若干理解しているのかもしれない。何だかんだと言いながら、それでもきっちり13箱を持って帰り、組み立ててはみたものの、山田の心は飢えたままだ。

山田「やっと手に入れたのに嬉しくない…。欲しいと思ってた時のあの情熱、
   手に入れられないかもしれないという焦燥感、ぜんーぶなくなっちゃった、ぜんーぶ。
   なぜなんだ、ぼくはこんなものが欲しかったのかっ、こんなものを手に入れるために必死になってたのかーっ?」

 ここでさらに自省を深めていけば、妹達のように、自分にとって何が本当に大切なのかを再確認できたかもしれない(じいやもそれを期待していたかもしれない)が、山田はただそのままふて寝してしまう。だが彼のこの台詞は、航と燦緒に対しての問いかけにもなっている。
 航は何の努力もなくただ同然で妹達を「手に入れた」。それは彼にとって全く不本意だったのだが、強制的に与えられた共同生活の中で、彼は自覚的に兄となっていった。しかし今や妹達から離れて過去を過ごした東京に戻ってみると、妹達とはまさにパチモンの家族であり、必死になって絆を維持するべき相手ではないのではないか。そして兄妹相互の想いとは、強制がもたらしたかりそめの欲望にすぎないのではないか。
 一方の燦緒は、ついに努力の甲斐あって航を「手に入れた」。それは1年間の苦労を重ねただけに、燦緒の欲望を満足させるはずのものだった。しかし、航を求めた背後には、妹への情愛が満足させられないという抑圧が隠されていた。航はパチモンの欲求対象なのであり、燦緒はそのことにまだ気づいていない。もしも彼が航の意志を完全に支配してしまった時、燦緒はその相手の中に自分の影以外何も見いだせないことを知り、そして航を眞深と同様に、断罪してしまうのではなかろうか。

 さて、じいやは島から東京に向かったわけだが、これはもちろん航を連れ帰るためであり、また、これ以上日が過ぎると島と本土が大潮で地続きになり、妹達が勝手に島から出て行けてしまうため、それ以前に解決を図ろうということでもある。黒服達に伴われて来た航に、じいやは自分の正体を明かす。名乗り出もしなかったことを詫びながら、「妹様達のことを隠しておりましたのも、プロミストアイランドにお連れしたのも、これ全て航様の健やかなご成長を願ってのこと。」と航に事情を納得してもらおうと試みる。しかしそれは、航によって完全に拒絶された。「で、ですが、私共も今度のことは、」と慌てる時、じいやは何を言おうとしたのだろうか。今回の件が予想外の事態であり、燦緒の計画を妨害しようと最大限努力したが果たせなかった、と詫びるつもりだったのだろうか。だがそれすらも聞く気のない航は、じいや達に出て行くように言う。

じいや「…分かりました。このまま東京でお暮らしになるか、プロミストアイランドに戻られるか、
   それは航様ご自身がお決めくださいませ。爺は島でお待ち申しております…。」

 じいやにとって、これは最悪の展開だった。当初の計画からすれば、燦緒によって航が連れ出されたことは全く不測の事態であり、しかも航が自分達を拒絶するとすれば、長年にわたる努力の一切は水泡に帰す。ここで再び航を島に連れ去ったとしても、最初の来島時のようにはいかないだろう。外部からの干渉がほとんど絶望的な状況で、しかしじいやは、唯一の希望を航のうちに見いだす。それは、たとえ拒絶というかたちではあっても、航が自分の意志をはっきりと示したということである。自らの行動を自ら決定していく態度は、島の共同生活の中で培ってきたところのものだった。少なくともそれが見いだせる以上、島での日々はなお航の中に生きている。そうであるなら、ここで「妹様方が待っておられます」などと余計な示唆をするべきではない。兄妹の絆は決して断ち切られてはいないはずだからだ。じいやは、自分が育ててきた、そして島で成長してきたこの御曹司を信じ、彼の意志に全てを委ねる。ただし、じいやも全く手を引いたわけではないだろう。航が本当に自分自身の意志で未来を選択できるように、妹達が島から離れて航に近づくことをあえて妨げる一方で、眞深の行動を陰から支援していたかもしれない。それは航に影響を与えすぎる燦緒への対抗措置であると共に、航達の問題と並んで燦緒と眞深の問題についても決定的な選択の機会を作り出すものである。

 その眞深はといえば、春歌と亞里亞の泣くさまを見かねて「だーっもう耐えられないわーっ!」と家を飛び出す。既に他の妹達から距離を置き、孤独に耐えていた彼女だが、妹達から航を奪ってしまったことと、燦緒と自分との絆がほとんど修復不可能になったことと、二重の別れに苛まされている現状に、ついに我慢の限界に達した。実兄との別れがもはや回避不可能であるならば、せめて航達の絆だけは取り戻させてやるのが、自分にできる唯一のけじめのつけかただ。この時、眞深が妹達に残した置手紙の文面は、第26話で次のように明らかにされている。

眞深 「12人の妹達へ。
あたしは今日、ここを出て行きます。詳しい理由は、今は秘密。
でも、兄ちゃんは必ず帰ってくるから…。
それからみんな、たぶん知ってると思うけど、あたしは兄ちゃんの本当の妹じゃないの。
兄ちゃんは全然気付いていないけどね…。
そんなあたしを本当の妹の様に受け入れてくれて、ありがとう。
この一年すごく楽しかった。
さよなら…。                                       眞深より」

眞深「あんちゃん、迎えに行くからねー!」

 しかし、迎えに行って航を連れ戻せたとしても、眞深にはもう帰るべき場所はないのだ。彼女は自分の過去と未来を全て捨て去ることで、かけがえのない「いま」を、彼女もそこに確かに受け入れてもらえた共同生活を、守ろうとする。その結果、眞深は航の妹でも燦緒の妹でもなくなってしまうのである。そんな彼女が立ち向かう過酷な現実を象徴するかのように、春の東風が、燦緒の置き土産のエンジンパラグライダーに乗って東京を目指す眞深を、反対方向へと押し流す。島の外部に精霊の調和は及ばないのだ、ただ1箇所を除いては。
 それにしても、島を離れるさいにこのパラグライダーを残していったとは、燦緒にしては手抜かりにも思えるが、これはピクニック中にパラグライダーの手ほどきをするという名目で衛達に預けて渡航の迷彩に用いたということだろうし、また、このパラグライダーで眞深が島を離れる手段も残しておくという、燦緒なりの最後の気遣いがあったのかもしれない。いずれにせよ、眞深は燦緒の本意にそぐわないかたちで、これを使用することとなったのである。

(3)航

 そして、航は最後に何を選び取ったのか。
 眼鏡によって瞳ともども心まで覆い隠されてしまったかに見える航の顔からは、しかし一切の感情が消え去ったわけではない。人ごみ、市街、灰色の空、全てが以前のままの東京で、航は、帽子を被り子猫を抱いた少女の姿に、ふとあの黄色い麦藁帽子の少女を重ねる。夢に見ただけではなく、白昼にも意識に上るこの姿は、彼の記憶がまさに忘却の彼方から立ち現れようとする懸命の努力を指し示しており、また、航の危機に際して、兄との絆を手繰り寄せようとする妹達の想いの現われでもある。そう、航のポケットの中には、千影のペンダントが忍ばされているのだ。
 少女の姿に心を動かされるだけでなく、航は、久々に再会した皆井の冷たい態度にも揺らぐ。「戻ってこれてよかったな。」という突き放した言葉からは、未だ結ばれているはずだった友情への幻滅と、東京に戻ることが本当に望ましいことなのかという疑念しかもたらされない。航がかつて生きていた東京、その延長にあるここでの「いま」は、何と味気ないものなのか。
 航が立ち止まるたびに、燦緒が肩を抱いて進ませていくが、航は燦緒の意志に従おうと決めたわけではない。それはたんに、自分の意志で東京に出てきた以上、未来も自分で決めようとしており、ただ何をもって未来とするのかを決めかねている状態なのである。本屋で参考書を購入したのも、島で入手できないものをとりあえず買っておこうという態度にすぎない。しかし、そんな態度を燦緒は従順さとしてのみ理解するのであり、その理解のもとに燦緒が既成事実を積み上げていくうちに、航は高校編入を拒絶できない状況にまで追い詰められていくことになるだろう。自分の意志を見定めるために、航にはどうしても時間が必要だったが、「2、3日」という期限はあまりに短かった。

 そんな行き詰まりの最中、航は燦緒から一旦距離をとろうとして夜の公園に独り佇む。そこに現れた黒服の男達の言葉に、航は「ぼくに会いたい人って…?」と、妹達が追いかけてきた可能性に期待を寄せる。だが、家に待っていたのはじいやだった。島でも変装して見守っていたというじいやの詫び言は、今の航には反感しか招かない。「やっぱり、そうだったんだ…。」と彼が呟く時、そこには、島での一連の出来事が全て仕組まれたものであったことに対する怒りが込められている。そして、島に連れてこられてからのことのみならず、妹達のことを隠していたこともじいやの仕業だったことが明らかとなった今、島での「いま」も、過去も、一切が自分の意志の及ばないところで操作されていたことになる。自分の行く末を自分の意志で決めようとしている航には、このままでは自分の未来をも恣意的に決められてしまうという危機感と不快感が、何にもまして強まっていった。

航 「勝手だね。ぼくの気持ちなんか、知りもしないで。」

 自分のためを思うのであれば、なぜ自分の意志に委ねてくれないのか。そして航はじいやを拒絶する。

航 「出てってくれないか。」
じいや「航様、」
航 「出てってくれ。ぼくは一人になりたいんだ。」

 じいやは島で待つと言い残して立ち去っていく。それを見送る航の表情は険しい。翌朝起き抜けにデジカメを取ろうとして思い直し、眼鏡に手を伸ばすのは、航の内面をそのままに指し示している。じいやに対する反発は、確かに自己決定への意志を改めて強固なものにした。このように自分自身を恃みとすることができるようになったのは、島での共同生活の成果である。しかし同時に、この共同生活そのものに対して、航は疑念を抱きかねない心理状態に陥っている。妹達もまた、じいやと共に自分を操作していたのだろうか。そして、妹達への自分の想いまでもが、作為的に導かれたものだったのだろうか。たとえ妹達を信じるにせよ、この自分の心そのものへの懐疑は消し去ることはできない。デジカメに伸ばした手を止めることで、航はじいやや妹達と距離を置き、自己決定の姿勢を守ろうとした。だが、自分自身の心に疑念を抱く時、どこに自分の意志のありかを見いだすことができるだろうか。航は今まさに孤立していた。それはまた、自分の過去からの、島での「いま」からの、そして自らが決めるはずの未来からも、断ち切られていることを意味していた。

 この孤立に対処しかねたまま、ついに航は燦緒に伴われて美駆鳥居高校の校門前に到着し、目の前のもう一つの「いま」に受動的に引き寄せられていく。島を拒絶した航にとり、高校編入は一つの反発的行動として自分の意志の表れを実感させてくれるものだからだ。しかし、それは島にある「いま」、島にいる妹達からの逃避でしかない。自己決定の欺瞞のもとに「いま」と向き合うことを止めようとする航の前に、まさにこれに直面させんとする事態が生起した。「ちょっと待ったぁーっ!」と叫びつつ、全く劇的なタイミングで眞深が駆けつけることに成功したのだ。

眞深「あんちゃん!迎えに来たよ、こんな奴の言うことなんか聞かないで一緒に戻ろうよ!みんな待ってるんだから。」
航 「…離してくれないか、眞深ちゃん。」
眞深「あんちゃん…!?本気で言ってるの、ほんとにそれでいいの!?」
燦緒「分からないのか、眞深。お前を見ていると本当にいらいらするよ。航は島に戻る気はないんだ。
   な、航。やっと東京に戻れたんだぜ、今更あんなママゴト遊びを続けようなんて思わないよな?
   二人で一緒に、選ばれたエリートの道を登りつめるんだ。そうだよな航?」

 「ママゴト遊び」が他者の意志に従属する生活を意味するのであれば、航は確かにそこからの脱却を望んでいる。だが、その脱却とは、島の「いま」を捨て、共同生活を忘れることでしか為し得ないのだろうか。妹達と一緒に暮らしたいということの中に、自分の本心は全くないのか。迷う航の心は、今朝方一度は手を引いたデジカメを、再びポケットの中に忍ばせていた。それは共同生活における航の想いを記憶してくれているのであり、彼の心の一部に他ならない。デジカメの在り処を目ざとく見つけた眞深は、これを航のポケットから抜き取り掲げる。

眞深「あんちゃんそれでいいのかよ、忘れられないから、これだって持ってるんじゃないの!?
   みんなに会いたいんだろ!?」
燦緒「航に未練なんてないさ。その証拠に、航はデジカメのデータ、全部消してみせるそうだよ?」

 燦緒と眞深の対立は、航の分裂する心の姿でもある。高校編入によって結ばれる、東京時代の過去とその延長にあるエリートコースの「いま」。そして、東京での過去と断絶して島で営まれた「いま」。しかし過去と「いま」の非連続という点で、眞深の声は航に鈍く響く。そして、その過去のエリートを目指した自分の姿も本当に自分の意志によるものだったのかという疑問を抱く前に、航は東京での過去と「いま」の連続性を受け入れようとする。眞深からデジカメを取り上げ、そしてデータを消そうとするのだ。

燦緒「そう、それでいい。君には僕との未来があるからね。
   もはやあの島での1年は、君の人生には不要なものさ。リセットしちゃえ、航!」

 驚愕し立ち尽くす眞深をよそに、航はデジカメを空にかざす。島の「いま」が消える時、東京での過去と高校転入による「いま」とエリートの未来が結ばれることになるだろう。それをここで選び取ったことを、航は自己決定として信じていくことになるだろう。だが、空にかざしたデジカメを見上げる視界の隅で、不意に風船が舞い上がる。たまたま近くで遊んでいた幼い少女が、手に持っていた風船を放してしまったのだ。どこまでも高く登っていく風船に航ははっと我に返り、嘆く少女を遊び相手の少年が慰める姿に顔を向ける。

少年「泣くなよ、またもらってあげるから。」
少女「約束、だよ?」
少年「分かった、約束する。」

 泣くのを止めた少女と、少年が交わす約束の指切り。「いま」の葛藤を示す眞深と燦緒を背にして、航が見つめるその光景は、もう一組の少年少女の姿と重なった。黄色い麦藁帽子の少女と、幼い自分の、指切りをする姿。そして、二人を取り囲む草原、足元を支える島。それは、今まで記憶の彼方に追いやられていた過去の一幕だった。彼は、妹達と約束をしていた。その約束の内容は後述するとして、ここに航は自分の本当の過去を取り戻した。それは、エリートコースを進むはるか以前に、航自身が自らの意志で結んだ絆だった。エリートとしての過去と都会での「いま」は、その正当性を喪失した。航が自分の意志で結んだ幼い頃の約束は、この忘れられていた過去の延長上に、島の共同生活という「いま」を正しく指し示していたのだ。
 この場面で、航達と何ら関わりのない少年少女が風船を飛ばし指切りをしたことは、あまりに決定的な意味を持っている。これをケージ氏は論者への私信でいみじくも「妹達の切ないまでに純粋な想いによって生まれた唯一の奇跡」と呼んだが、まさにこの言葉通り、じいやの作為や燦緒の計画を離れて、この事件は偶然起きた。この唯一の偶然に、物語の全てが委ねられていた。あるいはこの少年少女はじいやの差し金だったのかもしれず、風船を飛ばした風が吹いたのは精霊の働きかもしれず、航が記憶の封印を解いたのはポケットの中のペンダントの力かもしれない。しかし、それほどまでの作用の必然がこうしてただ決定的な一瞬に収束することが、何より奇跡に他ならない。そして航の決断は、この瞬間を受け止めた彼自身のものなのだ。

燦緒「どうした航、ただのデータじゃないか。何をためらっている?」
眞深「やめてよあんちゃん、こんな奴の言うことなんか聞かないで、一緒に帰ろうよ!」
燦緒「いい加減諦めるんだな眞深。航は、あの島に行きたいなんて言わないよ。」
眞深「あんちゃん!」

 つい先刻まで自分の心中を表していた2人の対立は、今の航には問題とならない。自分の意志にうなづく航は、眞深に答える。

航 「眞深ちゃん、ぼくは、行かないよ。」
眞深「あんちゃん…!?」

 衝撃に跪く眞深を捨て置いて、燦緒は口元を歪めてサングラスを外し、航の腕をとって校門をくぐろうする。しかし航はその手を振り払い、眼鏡を取り去って告げる。

航 「燦緒、ぼくは行かないよ。学校へは。
   ぼくは、プロミストアイランドに戻る。」

 この言葉に眞深は涙ぐんで喜ぶが、航は眞深の説得に応じて島に戻ることを決めたのではない。彼女の登場は間違いなく大きな力添えにはなったが、帰還を決定づけたのは、回復した過去と「いま」を結び付けようとする航自身の意志である。だから、眞深に連れられて行くのではない。もちろんもう一つの「いま」であるこの高校へ行くのでもない。ただ航は、自分が自分であるために、自分の望むままに、島に戻る。だがこの決意は、燦緒にとっては唐突で理不尽な翻意としてしか理解できず、激しい動揺を抑えられずに航に掴みかかる。

燦緒「何を言っているんだ!?ぼくらは選ばれた人間になるんだよ、それがぼくたちの夢だったじゃないか。
   今までの努力を無駄にする気か!ここにいれば、欲しいものは何でも揃う、したいことは何でも、」
航 「でも、ここにはあの子達はいないんだ。
   1年前のぼくは、燦緒や皆井と同じだった。でも、ぼくは妹達と出会って、だんだん分かってきたんだ。」

 穏やかに応える航の言葉に、燦緒はがっくり崩れ落ちる。虚偽の「ママゴト」に航は絶対的な価値を見出すという。東京の、そして燦緒の提供できる一切を拒絶しうるほどに。それは航による燦緒の拒絶であり、航が自分の意志を投影する対象でなくなったことに、燦緒の自己愛は耐えられなかった。

燦緒「妹…。島…。何を言っているんだ、ここにいることが格好いいことなんだよ!」
航 「ぼくは妹達からたくさんのものをもらった。だから、今度はぼくが、妹達にしてあげる番なんだ。」
燦緒「分からない、ぼくには分からない。航!君はぼくの前からいなくなるのか。格好悪いな、航…。」

 成功直前ゆえにいっそう痛烈な敗北感に対して、燦緒はこれまで同様、他者に責任を負わせることで自分の挫折を回避しようとする。あくまで航が「格好悪い」ものであると主張することで、自分の「格好よさ」を死守しようとする。だが、そんな防衛反応では到底間に合わないほどに、燦緒の自尊心は傷つけられていた。何より、自分の孤独を癒してくれるはずの半身ともいうべき航に拒絶されたことは、燦緒にとってもはや永遠の孤独を約束されたようなものだった。その一方で航は、妹達へのありのままの感謝の心を再び取り戻す。それは作為的に導かれた虚偽ではなく、航自身が連綿と培ってきたものなのだと、いまこそ確信することができたのだ。


II.帰還

1.「お兄ちゃんの日」

(1)航

航 (初めて来た時は、この島が嫌に見えた。ただ不安だった。なのに、今は。)

 第26話本編の冒頭で、本土の海岸船着場から、プロミストアイランドを眺める航。その横には船を用意するじいやの姿があり、そして行く手には、島へと連なる砂の道が開けている。今日は潮の引く日なのだ。乗船を勧めるじいやに、航は首を横に振る。

航 「歩いて帰るよ。」
じいや「そうですか。今日は、『お兄ちゃんの日』、でございましたな。」

 ここで本作品中初めて「お兄ちゃんの日」という表現が登場する。原作版では2ヶ月に一度、兄が妹に会いにいける日のことを指すが、この作品では、(後述するように)かつて幼い航がこの道を歩いて島を訪れ妹達と楽しいひとときを過ごせた、そんな特別の日のことを意味している。じいやにとっては、そんな昔を懐かしく思い出させる今日のこの光景である。しかし、島での航の成長をふりかえれば、この言葉の意味もさらに広がる。
 第1話でこの島に強制的に連れてこられた航は、第2話第3話で島外部への逃亡を試みて失敗した。これが第4話では雛子との触れ合いに心を開き、本土に続く道が現れても、「いつでも帰れるんだ。だったら、もう少しいてもいいかな。」と島に残る。その姿を見て、千影は、「今日は兄くんの日だな…。」と呟いていたが、これは、航が妹達との共同生活の中に自分の意志で踏みとどまったことを指し示していた。続く第8話では再び現れたこの道を鞠絵とともに見つめるだけで、もはや辿ろうとは思わない。第11話では旅行という形で初めて島の外に出るも、そこに解放の喜びを感じることはなく、逆に第12話では漂流地が元の島であることに気づき「帰ってたんだ」と喜びの涙を見せる。島は既に、航の住む場所にほかならず、あえて外に出ようという欲求は忘れ去られていった。
 この欲求を再び掻き立てられたのは、高校編入の可能性を与えられた第23話だったが、ひとたびの別離を経験した後、この第26話で、ついに航は島に戻ることを自ら決意してこの道を歩む。誰の命令にもよらず、偶然に頼ることもなく、航は自分が望むままに、島へと、妹達のもとへと帰還する。だから、今日こそは本当の「お兄ちゃんの日」なのだ。本土と島のように、たとえ上辺では離れていても、その底には決して断たれることのない絆が結ばれている。妹達が求め、兄が望む時、その間を隔てるものは消え去り、道が開けていく。そして兄は、自分の真の過去を取り戻し、約束を果たすべく「いま」に帰らんとする。

 砂の道を行く航の横に、あの黄色い麦藁帽子の少女が現れる。笑い声を響かせて、少女は島に駆け出していき、航も「約束だったね。」と呟いてその後を追いかけていく(「約束」については後述)。しかし、ウェルカムハウスに帰還した航が「ただいま!」と勢いよく玄関を開けても、そこに妹達の気配はない。リビング、妹達の部屋、と回ってみるものの、やはり誰一人見当たらない。(ここで航は可憐−花穂−雛子−咲耶の順に部屋を開けているが、部屋順右回りでいけば雛子と咲耶は逆のはずである。何か理由があるのだろうか。咲耶一人でいる時に部屋で再会しようものなら、勢い大変なことになりかねないという無意識の機制が働いたものか。)
 この事態に航は(もしかして、ぼくは大変なことをしてしまった…?)と青ざめる。船着場に戻り、あまりに遅すぎた決断を後悔し、(よく考えれば虫のいい話だな、みんなが待っていてくれるなんて。これだけの心配かけてさ…。)と空を見上げる。島に風が吹き、その風に向かって、航は怒りのあまり叫ぶ。

航 「っ…海神航の、大馬鹿野郎ー!」

 その怒りに応えるかのように、突然の大波が航を襲う。早くも潮は満ち始めているとはいえ、この波の大きさはあまりに度を越している。妹達の想いをつぶさに見守ってきた精霊達が、航をたしなめ、そして再び島に戻ろうとする航にまとわり付く悪しき残滓を清める洗礼として、この波を送ったのだろうか。海に沈みながら、航は(戻ってきたのに、高校転入も、妹達も、何もかも失った…。)と自嘲する。自分の意志で決断したからといって、望む結果を得られるとは限らない。眞深が覚悟して島を離れたように、大切なものの両方を失うこともある。絶望に力なく沈んでいく航は、しかし、両腕を伸ばして(お兄ちゃん。
お兄ちゃん。)と呼びかける可憐の影にはっと目を見開く。第1話で溺れていた航は、今は自分の力で泳ぐことができる。それは妹達に励まされて身につけた力であり、妹達と共にいるためにその力を奮える。懸命に海面へ浮かび上がった航が見たものは、「お兄ちゃーん!」と叫びながら水しぶきを上げてこちらへと駆けてくる可憐の姿だった。

(2)妹達

 可憐が伸ばした手を掴む、航の手。互いに掴みあう手は、第1話の出会いに重なりながら、今はお互いが求め合う心の絆をも象徴している。落ち着けば足が着く深さだったことにようやく気づいた航に笑いながら、可憐は涙をうるませて兄を見つめる。

可憐「夢じゃないよね…。」
航 「…うんっ。」

 咄嗟、胸に体ごと飛びつく可憐を受け止めかねて、航はもろとも水中に倒れこんでしまう。砂浜で服を乾かしながら、可憐は顔を伏せて航に語る。

可憐「お兄ちゃん、なかなか戻ってこないから、可憐、色んなこと考えて、とっても、とっても不安になって…。」
航 「ごめん、心配かけて。」
可憐「でも、可憐、絶対に帰ってくるって、信じてた。おかえりなさい、お兄ちゃん。」

 「とっても不安」だったと言っておきながら、帰還を「信じてた」と微笑む会話の流れは、可憐の心のうちを正直に吐露しながらも航の謝意を引き出すという相変わらずの手練である。
 そして、島に風が吹く。
 店を出た咲耶のもとに、草の上にプロトロボ1号と寝ころぶ鈴凛のもとに、神社にお参りする春歌のもとに、貝殻に耳を澄ませる鞠絵のもとに、湖畔に佇む千影のもとに、エスカレータで見張る白雪、四葉、衛、花穂、亞里亞、雛子のもとに、風が、木の葉が、水面の波紋が、ただひとつの知らせを運ぶ。
 第15話第22話にみるように、兄妹を取り巻く調和の中に、島の精霊達もまた自らのありかを見出してきた。その妹達が真に求める者の帰還を、精霊達はいま皆に告げてゆく。これは第15話で老紳士が亞里亞に約束した「緑の服を着る頃」のお礼でもあったかもしれない。春の日差しの中で、風は優しくそよぎ、水面はさざめき、木の葉は空高く舞い上がる。四大の調和のもとで、島に想いが響きあう。

 ところで、航が帰宅した時、なぜ妹達は誰もウェルカムハウスにいなかったのだろうか。これを検討するために、第26話アバンタイトルに遡り、その前後を想像してみよう。
 無人のリビングに、食卓を囲む椅子の数は12脚。航と眞深の席が空いているのを見るのが辛い妹達は、その椅子を見えないところに片付けることで、いくらかでも食事しやすいようにしてみたつもりが、かえって寂しさは募るばかりだった。しかし、今朝方に航が帰還する夢を見た四葉は、一人鼻息が荒かった。彼女は他の妹達が家の中でくすぶっているのを見かねて全員をリビングに集結させ(置きっぱなしのジョウロは水遣りをしていた花穂が無理矢理連れて行かれた跡を示す)、オルゴールの音色が流れる中、皆の沈鬱な雰囲気を叱り飛ばした。そして兄がいつ帰還をしても出迎えられるようにと全員を戸外に追い出したのは、花婿(キリスト)の訪れに油断なく備える花嫁(信者)という聖書の一節を髣髴とさせる。
 全員が出たところで玄関が閉められ、傷心の妹達は各人の思う場所に散っていくのだが、ここで四葉は白雪と年少者達を集めて、兄の帰還を最初に発見しようと持ちかける。彼女には夢見による確信があったからだが、万一に備えてそのことを話さずにおきながら、兄の渡航を黙っていた年長者達を、今度は自分達だけで兄を出迎えることで見返そう、と唆したのだ。そして、帰還の予感に支えられて、四葉は行動開始の前にいったん家の中に戻り、リビングの椅子を元に戻しておいた。眞深と仲が良かった四葉にとり、あの置手紙の内容がどうであろうとも、眞深はやはりこの共同生活の一員であったのだ。航が無人のリビングに飛び込んだ時に椅子が14脚あったのは、つまりこのことによる(じいやの手配で航の部屋ともども元に戻されていただけかもしれないが)。
 こうして四葉率いる年少者組は、見兄必チェキの信念で結ばれ、最適な見張り場所を探す行動に移る。積極的に待つというこの姿勢において、四葉の受動的な側面と能動的な側面とは完全に一致した。そして船着場で待つのは年長者達に対してあまりに目立ちすぎる上、燦緒と同様に兄が飛来してきた場合など不測の事態に対応しづらい等々と吟味を重ねる中で、この前向きな姿勢に普段の自分を取り戻した衛が、第15話で花穂と一緒にスケッチしていた場所であるエスカレータの途中部分に思い至った。これぞ「帰ってくる兄チャマをチェキするベストポイント」と判断した一同は、定点を維持するように足を動かしながら(亞里亞だけは登りきったところで降りてくる)、本土の方角を監視し始めたのだ。おかげで白雪や花穂も、皆と一緒に体を動かすことでこれ以上こもらずにすみ、衛はトレーニング時の快活さを取り戻し、亞里亞や雛子も年上の者達に励まされて頑張れた。妹達のそれぞれの孤独も、妹間の亀裂も、ここでは予知夢に発奮した四葉の積極的行動によって、解消と修復の糸口を得られていたのである。
 そして、その修復は現実のものとなる。兄に気づいた年少者達は喜び勇んで駆けつけるが、その時に亞里亞の手を引く花穂の姿は、兄に一歩でも早く抱きつきたい気持ちが誰の心の中にもあることを知るがゆえに、この年下の妹も決して置いてきぼりにすまいという成長した姿を示している。だが年少者達が駆けつけた時、兄の横には既に可憐がいたことに、四葉達は面食らいつつも、さすがにこの年長者には敵わないと納得するほかなかった。その凄さを実感することで、年長者達への敵愾心は立ち消え、そして他の年長者達よりは先んじられたことへの満足と、もちろん兄が帰ってきたことへの大いなる喜びとが、一切のわだかまりを吹き飛ばしたのである。
 残る年長者達はといえば、船着場は渡航の記憶が生々しい上に他の者と遭遇する可能性があまりに高いため、あえて各人が別の場所に赴いていた。船着場周辺に唯一いた可憐もまた、当初は学園などに移動していたのだろうが、おそらく第14話と同じように、あの猫に導かれつつ他の妹達の居場所を避けながら、予感を胸に秘めて船着場かその上の木立に駆けつけたのだろう。そして、風を感じた年長者達は、ウェルカムハウスに戻ってきた。航が閉じたオルゴールを、帰宅後また開けてその音色に心の不安を抑える咲耶。玄関の音に慌てて出れば、そこには今度こそ本当に兄の姿があった。他の年長者達と共に出迎え、しかし一歩先んじて兄の胸に飛び込んで、咲耶はようやく笑顔を取り戻す。

航 「みんな、ただいま。もうどこにも行かないよ。心配かけてごめん。」

 妹達に囲まれて、久しぶりの一緒の食事を喜ぶ声に包まれて、航はようやく自分の居場所を取り戻し、(やっぱり、ここがぼくの家なんだ。妹達がいる、ここが。)と心のうちに確かめた。賑わうウェルカムハウスの屋根の上に、黄色い麦藁帽子の少女が立つ。少女がここまで家に近づいたのはこれが初めてであり、それは航が第12話以来の宿題をついに終わらせようとしていることの表れでもあった。


2.「いま」を生きる

(1)海神家の兄妹

 再びウェルカムハウスで迎えた朝に、「そうか、帰ってきたんだ。」と穏やかに微笑む航。ちょうどそこへ可憐が入ってきて、「お兄ちゃん、おはようございます。朝御飯の用意ができましたよ。」と声をかける。兄妹の共同生活が巡りだす光景なのだが、しかしここで声かけに来た可憐がわざわざそのまま航のベッドまでやって来て腰かけ、見つめる航に「どうしたの、お兄ちゃん?」などと小首を傾げていることには注意しておこう。これは、回復した日常の喜びを自分の姿と結びつけようという意図によるものであると同時に、渡航前夜に航の部屋で兄の胸にすがりついた咲耶への対抗措置にもなっている。「おかえりなさい、お兄ちゃん。」と微笑むその姿は、「おいていかないで…。」と泣いた咲耶と対照をなすのである。既に新たな戦いは始まっているのだ。
 久々に一同が揃った朝食。しかし、その中に1箇所空席が残る。眞深は、航と一緒にこの家に戻ることはなかった。昨日の夕食時には再会の喜びに紛れて言い出せなかった航だが、今朝はこのことについて説明する義務を果たそうと立ち上がる。

航 「実は、彼女、本当の妹じゃないんだ。眞深ちゃんにも、色々事情があったみたいで、
   だまされたって気はしなかったし、ぼくは逆に感謝しているんだ。とっても、優しい子だったよね。」
可憐「う、うん。可憐もそう思う、ケド…。」

 だが、妹達は全員が眞深の正体を既に知っていた。得意そうな四葉の顔は、彼女のチェキによってある程度の真実が、眞深の置手紙を読む以前に突き止められていたことを想像させる。自分だけ知らなかったことに頭を抱える航は、その置手紙に込められた眞深の想いを受け止める。「待ってあげようよ。いつか必ず、ただいまって、帰ってくるような気がするんだ。」と妹達に呼びかける時、航は、眞深もまたこの共同生活の一員であることを、再び宣言した。そして、それにうなずいたのは、やはり可憐だった。
 それから航は、一両日をかけて妹達との絆を一人一人確かめていく。

 
可憐は、第14話でパフェを食べたあのパーラーで、兄がお茶を運んでくるのを待っている。「お兄ちゃん、遅いなぁ。」と口を尖らせながら、戻ってきた兄が詫びると「ううん、いいの。お兄ちゃんがそばにいてくれたら、それだけで。」と微笑むのは、さすがに可憐の二面性ということではないだろう。あの猫が足元に現れたことで、「あら、また迷子になっちゃったの?」と言いながら、兄がいなかった時の自分の不安を思い出して直ちに反省したのだと捉えておこう。

 
花穂は、家の周りの花壇に兄と一緒に水遣りをする。小さな芽が出ているのに気づき、「あっ、お兄ちゃま、チューリップ!」とはしゃぐ花穂。「かわいいね。」と応える兄に、花穂は「うんっ!いっぱいいっぱい、大きくなりますようにっ。」と祈りを込める。兄をそばに感じながら、お花達にも惜しみない応援をおくる。

 
雛子は、自室に兄を招いてクレヨンでお絵かきをする。「おにいたま、楽しいね!」と言いながら描く似顔絵はなかなかのもの。「できたら、ヒナのくまさんグミあげるね。」と示すお菓子は、先日船着場まで持っていったとっておきである。そこに窓辺から入ってきた蝶は、兄の頭に羽を休めるやいなやすぐまた飛んでいってしまう。「ちょうちょさんにもくまさんグミあげようと思ったのになー。」と残念そうにするのは、この溢れる喜びを誰かに分けてあげたいからだ。

 
咲耶は、夕暮れの船着場を兄に寄り添って歩く。兄を見送ったこの場所、兄を追いかけようとして果たせなかったこの場所。詫びる航に、「私は、お兄様が戻ってくるって信じてたわ。」と胸を張るものの、その内心は穏やかではない。

咲耶「私を置いていくはずないわ。そうでしょ、お兄様?
   …信じてたんだから。探しに行こうなんて、思わなかったんだから…!」

 だが、信じていたはずなのに、彼女は探しに行こうとしてしまった。それは兄への不信の証しとして、そして思いのほか臆病な心の現われとして、咲耶には自分自身が許しがたく感じられていた。そして、それほどまでに辛い気持ちにさせた兄を、咲耶は憎いほどに愛していた。誰にも弱さを見せない彼女は、兄にだけは、自分も見たくないほどの弱さを、曝け出せてしまうのだ。だから咲耶は、航の胸にすがりつき、甘えたくて、許してほしくて、困らせたくて、肩を震わせる。この温もりが二度と遠くへ行ってしまわないようにと。

 
鈴凛は、兄とプロトロボ1号と一緒にラボに入る。メカ鈴凛の研究も、「アニキが帰ってきたから」ようやく再開。「アニキがいないと、何か元気が出なくってさ。」と言いながら、場がしんみりしないうちに「というわけで、この子のためにも資金援助よろしくねっ。」と畳み掛けるのは、鈴凛ならではの照れ方でもある。そして、航との別れをこのように短い期間経験できたからこそ、第21話で迷う胸中を打ち明けた時とは違い、再会を信じて笑顔で別れられる、ような気がする。だから彼女は、門出を標すメカ鈴凛の完成に向けて迷いなく全力を注ぐ。

 
白雪は、兄と一緒に夕食後の皿洗いをする。「ムフン。全部残さず食べてくれたんですの。」と微笑む彼女に、航は「おいしかったよ。」と繰り返す。第19話で航の食べる姿を嬉しそうに見つめていた彼女は、今日もこの当たり前の幸せに頬を染める。「『おいしい』…姫は何より、にいさまのその一言が嬉しいんですの。」そう呟く二人の前を、シャボン玉がふわりと飛んでいく。

 
四葉は、屋根の上で兄と並んでおしゃべりに興じる。今回の危機克服に際して、陰の立役者だった四葉の鼻息は荒い。帰ってくると推理していたとはしゃぐ四葉は、その理由について「実は前の夜、兄チャマが帰ってくる夢を見たのデスー!」と胸を張る。「予知夢!?それって、推理と関係があるのかな…。」と首を傾げる航にかまわず、「四葉は兄チャマのことなら何でもお見通しデス。これからも、兄チャマをチェキ、チェキ、チェキデス!」と勢いは止まらない。たとえ予知夢を見たにせよ、そのことを他の妹達に堂々と伝えられるには不安が強かった四葉は、今やこうして兄との絆をいっそう確信するに至ったのだ。

 
春歌は、兄と神社にお参りに行く。先日奉納した絵馬には、「兄君様といつまでも一緒にいられますように 早く帰って来られますように 春歌」との文字が(声優自身の手で)綴られている。今日はその願いを叶えてもらえたお礼と、そしてこれからの日々へのお願いとを心に呟く。「春歌ちゃん、何お願いしたの?」と航が問えば、春歌は当然「あっ、…内緒ですわ、ポッ…!」と顔を赤らめ、自ずから答えを語っている。

 
亞里亞は、兄の部屋を訪れ、ノートPCに何か(燦緒へのメールだろうか)打ち込み中の航の腕を引く。元から戸をあけていた航が「ん?亞里亞ちゃん、どうしたの?」と振り向けば、亞里亞は「亞里亞と遊ぶー?」と微笑む。意外な芯の強さを持つこの妹は元通りのこの日を今まで通りに楽しみ、航もまたそんな振る舞いを受け入れるように、部屋の扉は開けたままにしてある。

 
は、兄が漕ぐ自転車の後ろに乗り、雨に滑らないよう坂道を降りる航をよそに「シャワーみたいだ!」と喜ぶ。夕焼けの道を走りながら寒くないか尋ねる航に、衛は「これからもいっぱい色んなことしようね。」と語りかける。「うん、いっぱいしよう。」との応えに「あにぃ…。」とささやきながら背後から抱きつく時、衛は、第10話のように兄の背中を押していくではなく、自分を支えてくれている存在として兄に身を寄せたのである。自分の女性的成長に無自覚な振る舞いは、兄を驚かせて転倒させてしまうのではあるが。

 
鞠絵は、転んで怪我をした兄の治療をする。申し訳なさそうな衛も、鼻に絆創膏を貼ってもらう航も、鞠絵の「でも、かすり傷でよかった。」という言葉通りほとんど無傷である。これも体を鍛えたおかげなのか、ともかく「ありがとう、鞠絵ちゃん。」という航の言葉に、鞠絵は微笑む。比較にならないほど重い容態も我が身をもって知っている彼女は、この共同生活の中で心身共に健やかさを勝ち得てきた。第16話で保健委員を務め、第17話で捻挫の治療をしていたように、これからは癒す側にも立って、兄達を支えていく。

 
千影は、夜空の流星を兄と眺める。

航 「千影ちゃんには、未来が見えるの?」
千影「ああ、見えるよ…。けれど、未来は人の意志の力で、刻々と変わるんだ…。
   だから…兄くんはここにいる…。それだけのことだよ…。」

 はるかな前世からの絆に全てを賭けていた千影は、今や、この現世における千影としての固有の生に意味を見出している。それは不透明な未来に自分を投げ込むことかもしれない。しかし、兄の意志は、第18話では自分を過去への囚われから解きほぐし、そして今回はこうして帰還を果たした。兄に今ここにそばにいてほしいという千影の意志が、呪術によって実現したのではなく、お互いの心の絆として帰還をなしえた。第5話で「別れ」を予知して以来延々と繰り返してきた回避の努力は直接は実を結ばなかったが、この運命さえ打破し得たのは何より約束を守ろうとする兄の意志だった。千影の言葉に、航はあの時渡されたペンダントのことを思い出す。

航 「自分の意志、か…。そうだ、あの時のお守り、ありがとう。」
千影「戻ってきた兄くんには…必要ないものだね…。」

 ペンダントを返された千影の微笑みは、寂しさと安らぎとが相混じっている。それは、自分の力によって守ってきた兄がその力を不要としたことへの寂しさであり、自ら未来を切り開いていく兄のそばに自分もまた必ずいることを確信した安らぎである。そしてこの確信もまた、千影が占いによって知り得たものではなく、この1年間に兄妹で培ってきた日々の中から、彼女が掴み取ったものなのだ。

 再び時を共にした、兄とそれぞれの妹達。一人一人がかけがえのない妹であり、そしてその妹達が想うただ一人の兄。晴れた春の日差しのもと、兄妹は庭で写真を撮る。まず一同が揃った1枚をタイマーでと、雛子を肩車して真ん中に立つ航に、打ち合わせ済みの鈴凛と四葉がさっと抱きつき、可憐もわずかに身を寄せ、花穂も何かをしようとして転ぶ。笑い声に包まれる皆の姿を撮ったデジカメの表示は「SHOT 001N」。海に沈んだ時いつものデジカメが壊れたのか、それとも新たにナンバリングを始めたのか。いずれにせよ、兄妹はまた一歩を踏み出していく。危機を乗り越えて、強い絆を確かめて、次の新たな1年を迎えていく。

(2)山神家の兄妹

 さて、航と別れた後、燦緒と眞深はどうしていたのだろうか。作品中では説明されていない部分について想像してみよう。

 高校の前で航に拒絶された時、燦緒は膝をがっくりとついて、生まれて初めての挫折に打ちのめされていた。眞深にしてみれば、航が島に帰還することはもちろん喜ばしいにせよ、兄の燦緒をここまで傷つけることは本意ではなかった。しかし、これを招いたのはわざわざ駆けつけた自分である。説得のさいには航に「一緒に戻ろう」とは言ったが、既に覚悟していた通り、島の妹達のもとにも、また燦緒のもとにも、眞深は戻るつもりはない。それゆえ彼女は、一緒に島に帰ろうという航の申し出を断り、航に「後は任せてとっとと行きな」と背中を押す。そして、なおも手をついてうなだれる燦緒には、何を告げられたものか。「あいつは、みんなのところにいるのが一番いいんだよ。あたしたちみたいになっちゃ、いけないんだよ。…でも、…駄目駄目な妹で、…ごめんね。」それだけを囁いて、眞深は燦緒を残し、航と逆方向に駆け出していく。第26話で航が眞深の置手紙を読む場面で描かれる、東京を独りゆく眞深の姿は、兄と別れた後どこにも行き場のないままに彷徨う様を示している。
 ようやく燦緒が立ち上がった時、彼が向かう先は、航が駆けていった方向ではなかった。眞深が全てを失ったように、燦緒もまた全てを失っていた。膝をついた時、彼は眞深と同じ目線に降りていた。妹の心が初めて自分の心のうちに理解できたことで、燦緒は、自分が何を求めていたのかについに目覚める。それは、今までの自分のプライドを捨てて自分の「格好悪さ」を直視し、他人に押し付けていた過ちの責任を自ら負おうとすることでもあった。手を尽くして眞深を探した甲斐あって見つけだしたのは、眞深が夜の雨の中を歩いていた時であっただろうか。驚く眞深に、燦緒は雨に全身ずぶ濡れになりながら、切れ切れの息の合間に「お前まで、俺を置いていくのか…?」と呟き、そして「教えてくれ、本当の格好よさを!」と詰め寄る。目を丸くしていた眞深は、やがて涙目ながら笑って頷き、キャンプの荷物を揃えて燦緒ともどもプロミストアイランドへと舞い戻るのだった。

 島に潜入した二人は、航達に気づかれないようにしてウェルカムハウスの様子を伺う。玄関前で写真撮影に興じる兄妹達を眺めて、眞深はテントからにんまり微笑み、燦緒はお茶の缶を手に溜息をつく。

燦緒「あれが格好いいのか?」
眞深「うん、格好いいよ。」
燦緒「分からない…。これが、選ばれた者の道を捨ててまですることか…。」
眞深「この島にいれば分かるよ。あたしだって、最初は燦緒あんちゃんと同じだったんだから。」
燦緒「フ…燦緒あんちゃんか。久しぶりにそう呼んでくれたな…。」
眞深「ん?…んふふー、あーんちゅわーん。」
燦緒「ぶはぁっ!そ、そんな気色の悪い呼び方するなぁ!
するなぁするなぁ

 珍しくうろたえる燦緒の声は、彼の表面的な格好よさを捨て去り自分の素直な感情を表すのに、眞深の存在が不可欠であることを意味している。だから燦緒は、自分の格好よさを貶めるものとして眞深を今まで遠ざけていたのであり、だから今こそ眞深は、燦緒にとって大切な妹なのだ。過剰なエリート意識とその反発によって分かたれていた兄妹の絆は、こうして再び結び合わされた。(なお、美駆鳥居高校前で眞深が燦緒を立ち上がらせてそのまま島に連れてきたとする見方もできる。この場合、「燦緒あんちゃん」と呼ぶ機会がこの場面までなかったのはなぜか、という問題をうまく回避できる。にもかかわらず論者がこの見方を取らなかったのは、眞深の放浪姿の位置づけによるが、もちろんこれを東京へ行くまでの姿と捉えれることもできるだろう。)

 4月。高校2年生となった航は、今年も同じ学級となった山田にガルバンの話をして笑われる。

山田「ガルバンー?ガソバルー?ッハハハハ、いやだなー航くん。
   あれは、昔はよかったなーっていう後ろ向きの象徴さー。ボキは今日から前向きに生きることに決めたんだー。」

 「後ろ向けの象徴」というこの解釈の是非についての検討は、補論2に譲ることにする。ここでは、古きよき過去への憧憬を断ち切って前向きに生きようという山田の姿勢が、転校生の少女を一目見た瞬間に「おおーっ!好きだーっ!結婚して下さーいっ!」と発情して突進し教壇に玉砕するという、どうにも無反省で衝動的な行動しか生み出していないことを述べておくにとどめる。未来に向かって生きることは、過去を忘れ去り、「いま」を刹那的に消費することではない。
 そして、そこに立っていたのは、過去と未来を結ぶ本当の「いま」を、ようやく手に入れることができた少女、山神眞深美(やまがみ まみみ)だった。「居心地いいからここを離れたくなくてっ。」と照れ笑いする彼女は、再び燦緒と仲違いしたわけではない。ただ、東京にいても通いたい高校があるわけでなし、家に戻っても窮屈さが消えたわけでもない。であれば、プロミストアイランドに戻りたい。離れていても燦緒との絆がほどける心配はない。それならば島での生活を再び味わいたい、そして航達の姿を日々伝えることで、兄にもっとたくさんの喜びを教えてあげたい。そんな思いが、眞深をここに連れ戻したのである。だから眞深は元の眞深として、妹の一人として復学したのではなく、山神眞深美として、本来の自分として、改めて転校してきた。燦緒の妹という自然なままの自分に戻れたことで、髪型も、兄の美意識に対する反発からあえて激しくしていた以前のものから、より自然体なものへ変えた。結わえた部分も2つから1つへと減ったのは、彼女が航の偽妹と燦緒の実妹とに引き裂かれていた状態から、統合を果たし得たことを暗示している。
 だが、そんな眞深の思いをよそに、燦緒は彼らしい一枚上手の行動力をみせた。眞深美に続いて教室に現れ、自分もここに転校してきたことを告げるのだ。

燦緒「本当に格好いいことの真実を求めて転校してきました、山神燦緒です。そういうわけだ、よろしくな、航。」

 兄の転校を知らなかった眞深は、驚き思わず呻く。せっかく自由な生活に戻れると思いきや、兄の監視から逃れられないのか。だが燦緒にしてみれば、妹と一緒にいることがまず格好いいことなのだと先日学んだばかりである。ならば、本当の格好よさのためにも、眞深美を島に単身渡らせているわけにはいかない。いや、そう理屈を立てる前に、単純に妹のことが心配なだけかもしれない。離れていることが寂しいだけかもしれない。思えば、燦緒が第23話以降、なぜ眞深美のことを「眞深」と呼んでいたのか。島の中では、他者に盗聴されていることを踏まえて、偽名のままで呼んでいたのかもしれない。だが、その危険がないと判断した潜水艇ドックでも、東京でも、「眞深」と呼んでいたのはどういうことか。それは名前としての「眞深」ではなく、昔ながらの愛称としての「マミ」だったのかもしれない。そうであるならば、既に無意識のうちに親愛の情を示していた燦緒は、つい先日眞深美に「あんちゃん」と呼んでもらえたことで、互いの絆を改めて確認し、美駆鳥居高校を捨ててまで妹のそばにいる決意をしたのだろう。(もっとも、転校にさいして眞深美と改名したのかもしれないが。)こうして兄妹ともども島に移り住んでしまったわけだが、これは関係の回復を意味すると同時に、特に燦緒の場合はやや極端に過ぎる行動と言えなくもない。航達がこの1年を通じて少しずつこなれた関係に向かっていきつつあるのに対して、燦緒達は、今しばらくは過剰な意識に基づいて不器用な模索を続けることになるかもしれない。もちろんそれ自体が航達の場合と同じように、喜びをもたらすものであるとしても。


3.過去と未来の扉

(1)黄色い麦藁帽子の少女

 頂上のオブジェまでも写真に収める航は、(そうだった、あの子にもお礼を言わなきゃ。)と思いつく。児童公園に登ると、ブランコにはあの黄色い麦藁帽子の少女が座っていた。航は何も驚かず、少女に近づいて語りかける。そう、彼は全てを思い出していたのだ。

航 「約束だったね、この島の、この場所で。」

 差し出す指に、少女の指が結ばれる。指きりをする二人の姿は、そのまま、過去の航と妹達との姿と重なるものだった。

航 (ぼくは小さい頃、この島に来て、妹達に会っていたんだ。)
幼い航「また会おう。今度会う時は、もっともっと格好いいお兄ちゃんになっているから。そしたら、一緒に暮らそう。約束だよ!」

 その頃の島には、第12話に登場したコテージがあるばかりで、大半はまだ草原に覆われていた。その島の中を、航と妹達は幼い頃に駆け回った。そして、航は妹達と約束をした。妹達一人一人と遊んだのか、それとも全員と一緒になのか、それは判然としない。しかし、航は自分の意志で約束をし、そして今これを果たすために戻ってきた。今まで忘れていたこの約束を思い出させてくれたのは、目の前にいる少女である。第1話の車中の夢の中で、第14話の池のほとりで、これまで度々姿を現し、何かを訴えてきたこの少女の正体は、いまや航自身が気づくところとなる。

航 「あの時の約束を思い出させるために、君は、ぼくの思い出から現れてくれたんだね。」

 少女の目が初めて帽子の陰から現れる。航の本当の過去がようやく胸のうちに戻り、航がこれに向き合う時、記憶の彼方に隠されていた顔が蘇る。微笑む少女は、ここに本懐を遂げた。航は宿題を終えた。過去と「いま」が結ばれた。

少女「約束守ってくれてありがとう。今度は忘れないでね。私は、みんなの中に、いるから。」

 声を残して少女の姿は風にかき消え、桜の花びらが空へと舞い上がる。上へ、上へ、島を見守る天に向かってどこまでも高く。航は風を見送り、そして指きりをしたその指に祈るように目を閉じる。

航 「ぼくの方こそ、ありがとう。忘れないよ、君のことも。」

 消えていったこの少女は、いわば忘却されていた兄の記憶の具現、あるいは妹達の想いと兄の記憶の集合体としての具現、さらには絆そのものの具現のいずれかなのだろうか。航が記憶を取り戻し、兄妹が真の関係となった今、その役目を終えてそれぞれの妹のうちに戻っていったのだろうか。もちろんそう考えることはできる。そして、「みんなの中にいる」この少女が、自分にとってどれだけ大切な存在だったかを、航は忘れずにいようとするのである。この少女もまた、島での共同生活にとって、かけがえのない一員だったはずなのだ。
 しかし、少女の正体については、別の考え方もまたあり得る。
 例えば、この少女を、可憐達という実在の妹に由来するものではなく、いわばメタ妹、妹のイデア、「妹なるもの」という理念の具現として、捉える考え方がある。『シスター・プリンセス』という名の本作品が、兄妹愛の原型を描こうとするものであるとすれば、妹という理念をこの少女の姿でひとまず表した、と解釈するのである。しかし、この観点は、上記のような記憶や絆の具現という観点よりも説得的というわけではなく、ただ航が抱いていた「妹」のイメージがこの少女の姿に収斂していたことの理由を与えうるにすぎない。
 また、この少女が妹を通じて発現される母性の象徴であり、さらには航の母親の思念であるという観点も不可能ではない。しかし、このような母性原理の主題化は、本作品よりもむしろ『ハッピーレッスン』に委ねるべきであろう。
 これらに対して、黄色い麦藁帽子の少女が、ある特定の妹(達)を指し示すものだとする考え方もある。
 まず、第25話で小指をはっきり見つめている妹を探せば、可憐、鞠絵、白雪、春歌の4人のみである(衛、鈴凛、千影、亞里亞も可能性はある)。航と約束を結んだ妹は、つまり12人全員ではなく、それゆえ黄色い麦藁帽子の少女も、実際に指切りをした妹達のみに由来する存在であると考える立場が、ここから導かれる。しかし、航自身が個別的な特徴を認識していない以上、結局は上記の観点とそれほど差があるわけではない。
 次に、特に可憐の幼児期がモデルとする見方がある。可憐は本作品で特権的な妹として、つねに重要な役割を担ってきた。少女の顔立ち、島頂上の公園でのフラッシュバック(第14話)、猫を抱く姿からの連想(第25話)など、この見方を裏付ける材料もある。また、これと近いものとして、可憐の無意識の具現とする見方もあり得る。現在の可憐が兄を想う心のあまりの強さに、その思念が可憐の意識せざるうちに一つのかたちを結んでしまった、という説である。この場合、第3話第14話第24話などで可憐が航をあれだけトレースできた理由も納得できる。しかし逆に、最終話で「みんなの中に、いる」と言い残した理由は説明できなくなってしまうのが難点である。
 最後に、この黄色い麦藁帽子の少女の姿が、12人の妹達以外の存在に由来するものとする観点がある。つまり、ここで示唆されるのは、この少女が13人目の妹であるという可能性である。この場合、少女はかつて幼い航と会っており、妹達の一人に数えられており、そして、幼くして亡くなった。例えば眞深が偽者でありながら13人目の妹として共同生活に受け入れられたことも、このことと実は関連があるのかもしれない。航が「忘れないよ、君のことも」と呟くのは、この失われた妹に語りかけていることになる。ただし、他の「妹達と会っていた」にもかかわらずこの少女の姿しか想起しないのは、やや不自然とも思える。また、妹を喪失した経験があり、それを記憶の底に封印していたとすれば、妹達の突然の出現に対して、航がもっと激しい心理的抵抗を示してもおかしくなかっただろう。
 以上の点を踏まえれば、この少女の正体については、やはり一般的な意見の一つである、最初に挙げた記憶の具現としての解釈が一番穏当だと考えられる。では、なぜこのような存在が出現しえたのかという問題が直ちに生じるが、これについてはほとんど説明がつかない。それでも以下にプロミストアイランドと海神家の問題、とくに航の生い立ちと彼の父親について検討する中で、若干言及することにしよう。

(2)海神家の親

 第26話の最後の場面で、じいやはコテージのベランダから海を眺め、手にした書物を胸に抱く。

じいや(航様の人生に起こる試練を予め計画して書き記したこの日記。
    しかし、こんな大人の思惑を超えて、航様は逞しく成長なされているのです。鍵はもう必要ないですね。
    そして、この本は私が記念に墓場まで持参いたしとうございます。)

 書物とは第23話でアンティークショップじいやが見据えていたあの「海神」表紙の本であり、これに付帯していたハーモニーボール状の鍵を、じいやはベランダから海に投げ込んで立ち去っていく。航の親がこの島で何を企図していたかについては、この場面と、アンティークショップでの「プロジェクト」という言葉から、航の計画的成長とそのための環境構築であると判断できる。だが、ここで問われるのは、なぜ航の親がこのような手間のかかる計画を企んだかである。本節では、その計画の内容について、可能な推論の一例を提示することを試みる。

 これを考える前に、まず航と妹達の両親が同一であるかどうかを確認しよう。第3話で既に示したように、本作品では同年齢の妹達が複数組存在する。生まれた月をずらすことで1年に2人出生可能としても、可憐、咲耶、千影が同年齢でありその翌年にも白雪、鈴凛、春歌の3人が生まれていることから、全員が共通の母親をもつことは不可能である。この場合、幾人かが同一の母親から生まれた姉妹である可能性について様々に想像することができるが、ここで検討すべき課題ではないため省略する。ただし、第3話での可憐の「お兄ちゃんだけじゃなくて、姉妹(きょうだい)もできちゃった」という台詞や、CD「Prologue of Sister Princess」を踏まえるならば、少なくとも妹達は相互に面識のないままにプロミストアイランドを目指していたことは指摘しておこう。
 つまり、兄妹に血縁関係があるとすれば、それは父親が共通の異母兄妹であることになり、そして航の母親と妹達の母親は異なる可能性が高い。兄妹が一緒に生活できずに育ってきたのも、この複雑な事情があってのことだろう。だから、嫡子である航とそれ以外の(おそらくは庶子である)妹達とは、普段の生活はそれぞれの母親のもとで営まれていた。生活そのものは父親からの支援もあり、それほど苦しくはなかっただろうが、人によっては一切の支援を断り、女手一つで娘を育てた者もいたかもしれない。あるいは別の男性と結婚している者もいたかもしれない。あくまで想像ではあるが、可能性は様々である。
 そして、それぞれの生活は隔てられながらも、航と妹達とは、島という隔離された場所で、わずかな日だけ会うことが許された。父親に連れられた航が、大潮の日に砂の道を歩いて島へ渡っていく。そこには、妹達ではなく1人の妹だけが、その母親とともに待っている。このとき、黄色い麦藁帽子は、島に唯一招かれたこの妹が、この日にだけ被ることを許された、特別な妹としてのシンボルだったことになる。つまり、兄妹が共に過ごすにはあまりに短い、だが喜びを共にできる「お兄ちゃんの日」は、あくまでも航と個別の妹との関係のみを結ばせる機会であり、妹達同士の関係は、対面する機会もないゆえ当然構築するべくもなかった。

 ここで想像される父親の女癖の悪さから、いつか遺産相続などを巡って面倒な事態が生じてもおかしくないことは容易に予想できるが、その事態は、その予想以上にあまりに早く起きてしまった。航の父親が、何らかの理由で早世してしまったからだ。(もし父が存命中なら、じいやが日記を自分の「墓場まで持参」せずとも、主に返却すればよい。)不幸中の幸いというべきか、その死は唐突なものではなく、ただ回復の見込みのないままに伏せる日々が緩慢に終わりを招きよせていった。
 その絶望的な状況下で、父親の心を煩悶させたのは、事業の今後、自分の所業の精算、そして、唯一の嫡子である航の将来だった。これらの問題は相互に密接にからみあい、その1つが解決に失敗したならば、全てが無に帰す可能性がある。さしあたり、事業については執事のじいや達に託し、航が成長するまでその後見人として守ってもらうこととしたが、これで十分なわけではもちろんない。父親は、自分自身の業をそれなりに反省する意味から、航にはそのような過酷な現実をできるだけ見させずに育ててきた。しかしその結果、父親から見た息子は、あまりに素直で純情すぎるものとなってしまった。このままでは、父親が消えた後に群がる周囲の利己的な思惑に対抗できるとは到底考えられない。特に縁者については、もし子供達同士が幼い頃のままに仲睦まじい関係を築いていけたとしても、そして娘の母親達が(自分の認めた女性であるがゆえに当然)賢明な配慮のもとで娘を育ててくれたとしても、周囲の大人達が利得を求めて群がることが当然予想された。
 ここで父親は、それらの問題を一挙に解決するための計画を立案した。その根本にあるのは、今回の災厄もまた自分の所業が招いた罰であるという自責の念と、その罪滅ぼしを済ませずに死ぬことはできないという執念である。利益のためにあくどいことも辞さなかった事業は、今後の世相をも踏まえた上で、「癒し」を一つの柱に据える。自分の縁者については、自分が残した子供達だけは、せめて利害を越えて一緒に生活できるようにしてやる。そして、航が事業を継ぐことができるように、今後の教育の方針を定める。
 当面の措置を講じながら、父親は細心の注意を払ってこれらの計画を練り上げ、病床で書き記していく。これこそが、「日記」と呼ばれるあの書物に他ならない。そこには、父親の日々の想いが、息子の今後への指示と共に縷々記されているはずである。じいやにしてみれば、主が身罷った後に残されたこの書物は、まさに律法であり唯一の書(Bible)であった。そしてじいやは、この日記に註釈を施し、それほど遠くない自分の死後に、これに基づいて妹達が航を支えていけるようにと取り計らっていた。島に呼び寄せるさいに妹達全員に送付したハーモニーボールは、身分証であるとともに、この書の鍵でもあったのだ。

 全ての準備を整えて父が亡くなった後、航は同じ事故によって、あるいはそれ以前に、母親を喪っていたこともあって、幼い精神に深い悲しみと孤独感を残された。(黄色い麦藁帽子の少女が13番目の妹だった場合、彼女もここで亡くなった可能性がある。それは、航と少女が父母を共通にもつ真の兄妹だったことをも意味する。)感受性の強い少年だった航にとって、この痛みを癒すことは容易ではなく、そのケアのためには本来ならば、既に会ったことのある妹達との触れ合いを持たせることも必要だったかもしれない。だが、じいやは、事業や資産をめぐる騒動に妹達やその母親達を巻き込むことを恐れ、また航と対面していない幼すぎる妹達にとって不利が生じることを避けようとした。妹同士の関係は平等でなければならず、それはこの時点では平等に航から遠ざけることで実現された。
 これによって肉親の情愛を得られなくなった航に、じいやは亡き主の命に従って最大限の配慮をもって教育を行っていく。それはエリート意識を涵養することを通じて、将来必要な知力を育ませながら、感受性を抑制させ心の傷を覆い隠すように導くものだった。日々の勉強に意識の全てを投入することで、航は両親の思い出を心の奥底にしまい込み、悲しみを和らげていく。それは、妹達との約束の記憶も共に封印してしまうこととなり、いつしか航は受験勉強のみに価値を見出す少年に育っていた。しかし、元来の感受性や過去の傷跡は、そのような仮面の下から多様なかたちで現れてくる。与えられた状況に「そんな馬鹿な」とは言うものの根本的な批判は行わずにやり過ごす態度は、自分の精神の安定を第一にする航の防衛機制の一面である。また、デジカメで様々なものを撮影する習慣は、自分が忘却したものに対する不安が記録への衝動として表出していることを意味する。

 ここまでを第1段階とすれば、航が高校受験を向かえるとともに、妹達が全員、共同生活がそれなりに可能な年齢(最年少の雛子が5、6歳)にまで達した昨春が、第2段階への移行期ということになる。
 兄妹がようやく一緒に暮らせるようになるために、航は高校受験に失敗した上に連れさらわれ、妹達はそれ以前に、じいや達からの指示を受けて、各地より集結させられた。この集結地こそ、父親が息子や娘のために残そうとした、子供達全員が喜びの中で生きていける場所だった。周囲の者達による干渉や悪影響を徹底的に排除するために、航が妹達と出会えた場所である私有地の島を、一種の箱庭として利用することにした。プロミストアイランドと名づけられたこの島は、航達の幸福な未来を約束するものであると同時に、今後の社会的需要に対応しうる一大事業としての発展も約束されていた。(なお、この島の建築デザインが妹島和世氏によるものかどうかは不明である。)「癒し」のために建設されるこの島は、かつて傷ついた後勉学にのみ励んできた航を、兄と隔てられてきた妹達をまず癒し、そしてそのことによって、父親の魂をも、癒してくれることになるはずだった。
 そのために開始される兄妹の共同生活では、しかし航に形成された性格ゆえに、当初の困難が強く予想された。これについては、父親は、息子の生来の感受性を信頼してさほど心配していなかったかもしれない。特に、このような箱庭的生活環境とそこでの人間形成を計画する上でルソー(J.-J. Rousseau, 1712-1778)の『エミール』(1762年)などを参考にしたとすれば、いよいよその感は強い。その第5篇で描かれる若者エミールと少女ソフィーの出会いは、エミールの家庭教師によっていかにも「偶然」であるかのごとく計画されていたことを仄めかされつつ、若き男女の心の揺れ動きと互いを惹きつけあう力とを、情熱的に描ききっている。( 『エミール』第5篇における女性の描写を妹に適用することについては、ひらしょー氏『ひらしょーの六畳間』日記2002年8月10日分参照。)だが、実際には、航達の現状に即するかたちで、じいや達が環境を調整し、特に航の拒否反応に対しては、島から逃亡しないように直接的な干渉さえ行うこととなった。
 これに対して、妹達への干渉は、集結前後での指示の他は、さしたる困難はなかった。その指示には、航の前では各人の家庭環境について絶対に話してはいけない、という戒めが含まれていた。妹達同士の生い立ちを比べあうことが、相互の微妙な対立を生む可能性があることを鑑みれば、年長の妹達がこれを遵守するよう皆に促し、余計な危険を避けたことと思われる。そして、妹達の多くが、父のいない生活の中で母達の愛に包まれて育ったとすれば、彼女達にとっては、兄こそは自分の女性的な愛情を注ぐに相応しい初めての年長の男性として容易に意識された。もちろん、島に集結する以前から、兄について妄想をふくらませていた者も少なからず存在するし、また彼女達の周囲の大人達が、利己的な思惑からそのような意識を育みやすくしておいた可能性もあるが。

 実際に航が妹達と共同生活を開始させられてから、じいやは彼らの成長の過程を見守り、支えてきた。それは概ね、兄妹の父親が予定した筋道にかなうものであり、「一人だけなんて選べない」(第6話)という平等性も、妹達と共に生きようという協同性や協調性、利他心、そして自分の意志を恃みとする主体性など、航の成長はまず満足のいくものとして受け止められていた。これで航が燦緒の誘惑を島にいる間に退けたならば、航は生来の感受性と知性、そして強い意志を十全に兼ね備えた、将来の海神家の当主に相応しい人格を認められるところとなっただろう。「プロジェクトも、次の段階に」(第23話)というじいやの独白は、つまりこのことを期待しての言葉である。これを越えれば、航は父親が計画した通りに事業を後継しうる段階に達するのであり、じいや達は「海神家にお仕えする本来の役目に戻る」ことができるのだ。
 だが、航の決意は全く予期せぬ結果を生んだ。航は島を離れ、迎えに来たじいやを退け、そして最終的には自分の意志で、妹達との約束のために、燦緒をも退け、帰還を決心した。それは、父親の計画からの逸脱でありながら、父親やじいやの意図を越えるまでに、航が妹達と共に成長していることの明白なしるしだった。それゆえ、じいやは鍵を海に放り投げ、日記を抱いて去っていく。その姿は、航の成長を祝いながらも、やはり一抹の寂しさを宿している。しかし、航のために尽くしてきたことは、無駄だったわけでは決してない。
 プロミストアイランドを遠く眺めれば、円錐形の島の輪郭は円墳を、頂上のオブジェは墓碑を連想させる。あえてこのように見れば、島全体が航の父親の墓となるが、その一方で、島内の礼拝堂や神社などとは別に、このオブジェにも宗教的な意義が与えられている。亀と象からなる台座の上で踊るその姿は、インドのシヴァ神(ナタラージャ)のそれと、あくまできわどくではあるが、重なり合う。もしこの神をモチーフにしているのだとすれば、それは破壊とともに創造や豊穣を司る多面的な性格のままに、外敵に対して威嚇しつつ、ここで暮らす子供達の豊かな未来を約束しようとするものである。つまり、この意味で、このオブジェは父親の遺志そのものの体現に他ならず、オブジェを中心とした島全体が、この遺志に支えられた霊的な場なのだ。第11話第15話などで示唆した超自然的能力を有する協力者は、この場を基盤としてこそその能力を発揮しえている。黄色い麦藁帽子の少女が出現しえた背景にも、この霊的な場が大きく寄与している。千影の父親ともなればの威力、と言えるだろうか。ただし、航の抑圧された記憶と感情は、当然その少女の出現にさいして不可欠の要素をなしており、プロミストアイランドに最初に接近した時点で、この少女が航の内部から具現したと考えられるだろう。
 さて、実際にこの奇怪なオブジェは一般人には狂気の沙汰としか思われず、人を遠ざけることで結果的に島を守ってきたわけだが、第1話ではこのオブジェを鼻で笑っていた航が第26話ではデジカメで撮影までしていたのは、航がこれに象徴される父親の遺志を受け入れようとしていることの暗示でもある。そう、航は、父親が期待した姿とは完全に重ならないまま、自分自身のあるがままに、父親を継いでいく。父親が残そうとした共同生活の場は、既に航と妹達のものとなっている。そして、父親が託したこの場所と妹達を守るための力は、この共同生活の中で培われた感受性や意志だけではなく、東京時代に鍛えられた知性にも宿っている。その東京時代はまた、彼が島を守っていくためにたえず向き合っていくことになる世の中を、部分的ながら予め彼に示してくれるものだった。東京から帰還した航は、その経験までも捨て去ってしまうわけではない。幼い「お兄ちゃんの日」という過去を取り戻し、共同生活の「いま」を選び取った航には、あるべき未来をかち得るために、東京時代の過去をも必要としている。そこには何ら断絶も忘却もなく、無駄な時間も存在せず、全ては航のいのちの中に1本の筋道として初めて結び付けられたのであり、灰色の時代を通じて彼を導いたじいやの想いもまた、その中に融和していく。じいやは、主である父親と航との間を、確かに繋ぐことに成功したのだ。そして、父親が残した負の遺産をも、航と妹達が調和ある幸福へと作り変えていく未来を夢見ることさえできたのは、一生を海神家に捧げてきたじいやにとって、最大の褒賞であったに違いない。ハーモニーボールが静かに眠る海に囲まれたこの島には、ハーモニーがたえず響き渡るはずなのだから。


終わりに 〜The Other Wind / Together Wind〜

 本作品の結末を迎えるにあたって、論者は、この物語にあまりに味気ない背景を押しつけてしまったのかもしれない。だが、そんな明るいばかりではない現実を、今や航自身が真正面から受け止めようとしていることを、最後にもう一度確認しておきたい。第26話のエンディング直前、船着き場で航が船頭じいやに問いかける場面に立ち返ろう。

航 「じいや、この島、どうなるの?」
じいや「それはご心配なく。プロミストアイランドは、私ども島民にお任せくだせえ。」
航 「色んな人が、ぼくたちの未来のために働いてくれてたんだね。」
じいや「それが、私どもの務めでございます。」
航 「…ぼくたち、もうしばらく、ここにいていいんだよね!?」
じいや「もちろん。」

 島がどうなるかと問えるのは、このプロミストアイランドの所以を知っているからだ。自分達の未来のために、と言えるのは、過去に多くの人々が自分達の未来を守ろうとしたから「いま」があることを理解し、そして自分達のこれからの未来がどのような現実の上にあるかに気づいたからだ。そして、もうしばらくここに、と求めるのは、「いま」が決して永遠のものではないこと、この幸福を守るために、また自分達に寄せられた様々な想いに応えるために、自分の果たすべき務めが島の外にもあることから、目を逸らさないからだ。「いつか祭は終わる」(第21話)。だから、それまでは、このかけがえのない「いま」を大切にしたい。その中で、自分達の未来を、自分達で支えあって勝ち取っていきたい。
 もちろんそこには、未だ迷いがある。本当に事業を継ぐことも、まだ遠い先の話としか思えない。しかし、プロミストパークはもうすぐ開園し、この島は外に向かって開かれていく。船着場の垂れ幕が相変わらず「来年オープン予定」であることから、じいや達「島民」が開園を来年以降に伸ばしたのだとしても、やがては見知らぬ外来客が入り込むことで、住み慣れた島の静けさは破られてしまう。その騒がしさは、ウェルカムハウスも本来のホテルとして機能し始めることで、兄妹のごく身近にまで迫っていく。それでも、航は妹達と一緒にこの共同生活を守り抜いていけるだろうか。たとえこの島を離れていく者がいたとしても、帰れる場をずっと守り続けることができるだろうか。現実という力の前には、この家族の安息も、兄妹の前を飛ぶシャボン玉や蝶や桜の花びらのように、はかなく脆い一瞬の美にすぎないのではなかろうか。いや、論者サイト掲示板でへ〜すけ氏が指摘されたように、兄妹が暮らす北の離れと、祈りの場である南の礼拝堂とが共に調和と完全を示す円形をなし、本館を挟んで結び合っているという構図にすら、兄妹の想いが過酷な現実の中をも貫いて救済を掴み取るという未来が、既に予感されているのかもしれない。

 そんな家族の先行きを暗示するかのように、妹達を乗せた潜水艇プロトロボ4号が、航のいる船着き場へと降りていく。妹達の呼ぶ声に笑顔で応えて、航は伸ばされた手を掴む。兄妹の船出にどのような危険が待ち受けているとしても、必ず、あの夏のように、皆と手を取り携えて「いま」「ここ」を大切にして生きていくだろう。どこに行き着こうと、そこには兄妹の笑い声がさざめくだろう。そこには黄色い麦藁帽子の少女が常に微笑んでいるだろう。そこから風が想いを運んでいくだろう、この世界に、精霊の住まいに、天に。そして、その想いは永久に。
 兄妹の写真が飾られた卓から、黄色い麦藁帽子を掴んで出て行く少女。その姿は、過去の兄妹の思い出が、そんな未来の予感と「いま」結びついたことを物語り、朗らかな笑い声が響く中で、作品の幕は下ろされる。


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