アニメ版『シスター・プリンセス』における異世界

〜精霊達の第15話〜



はじめに 〜問題の視点〜

 第15話「亞里亞のおリボン」は、これまできわめて例外的な回として扱われてきており、この態度は、前後の話と全く結びつかない内容を荒唐無稽・安易な似非ファンタジーとして厳しく批判する立場にも、あるいはこれ自体を独立した話として亞里亞らしさの一点で評価する立場にも、また、亞里亞というキャラクターが他の妹達と関わりづけにくいため、このような異質な内容をとらざるをえなかった、とする同情的な意見にも、共通してみられる。
 しかし、いずれにせよこれらの立場をとるかぎり、第15話と亞里亞は、この作品の中で異質な存在として位置づけられてしまうことになる。この事態は、第18話と千影の場合も同様である。12人の妹達の中で、日常的世界から外れている度合いの大きいこの2人が、どうしても例外とされてしまうのは、もはや設定上必然的と考えられるかもしれないが、本考察で論者が一貫して番組内論理で解釈を行っている以上、ここでそのような立場を共有することは変節となる。むしろ、これらの例外的話をも全体の流れの中に位置づけてこそ、作品全体の考察が初めてなされたと主張できるのではないだろうか。
 これを考えるために手がかりとなるのは、第15話で描かれた謎の世界が、作品内では決して世界観から外れたものではなく、その世界の一部として正しく認識されねばならない、ということである。千影の能力についても言えることだが、本作品世界を常識的世界観で判断するべきではない。一般に視聴者は現代の科学的自然理解を先入観として持っているために、これに抵触する作品内描写を否定的に捉えてしまうのであり、本作品を理解するためには、そのような先入観を捨てて、作品内の世界観をまず共有する必要があるのだ。それは、四大(エレメント、地水火風)の精霊が実際に力を振るう世界であり、その力を借りる魔術が実在する世界である。(この魔術が、例えば薔薇十字団から黄金の夜明け団などに連なる近代魔術の流れや、クロウリーのアブラメリン魔術などに属するものなのか、それともデラ・ポルタなどのルネサンス期の自然魔術やアルベルトゥス・マグヌスといったより大らかな時代のそれを直接的に継承するものなのか等は、論者の能力不足のためここでは検討し得ない。)
 このような観点から、論者はこれまでの各論において、プロミストアイランドに関わる精霊について言及してきた。それらは少なからぬ読者から、作品にさらなる荒唐無稽な要素を持ち込むものとして、やはり否定的に受け止められてきている。しかし、そのような否定論者は、第15話について、何らの解釈を示しえていない。これに対して論者は、この話と第18話に描かれた精霊達の姿を明確化することで、第18話を経て最終回に至る筋道に、一つの新たな視点を見いだすことが可能になると考える。そしてこの検討は、第15話においては、亞里亞の個性の描写とともになされていくことになるだろう。
 なお、本考察を加筆修正するにあたって、『チョップスティック教習所』(現『レコンキスタの犬』)のデンセン氏のご厚意により、氏が所有されている第15話の絵コンテを参照させていただき、亞里亞の単独行動の意味などを明らかにすることができた。デンセン氏に心から御礼申し上げる。以下の文中では、絵コンテそのものの掲載が不可能であるため、当該箇所のファイル番号のみを記す。ところでこの絵コンテには、前半(A)の表紙(A-00)に「6/4」、後半(B)の表紙(B-00)に「6/8」と「つばめ」名で記されている。これを、岩崎良明氏による絵コンテが下田屋つばめ助監督を通して演出に回された日付だととらえれば、テレビ東京放送日の7月11日までに約1ヶ月程度の時間があったことになる。これが一般のアニメ作品と比較して長いのか短いのかは、制作側の事情に疎い論者には判断できない。もちろん、この数字に対する論者の解釈が全く間違っているかもしれない。識者のご指摘を待ちたい。



1.北風のうしろ

航 「燦緒へ。芸術の秋とかよく言うけれど、まさかこんな宿題が出るとは思わなかったよ。
   実際に絵を描くとなると、何を描いていいのか迷うな…。燦緒、君だったら何を描く?」

 高校生になっての絵の宿題とは一般的かどうか知らないが、妹達全員もこれに専念しているあたり、おそらく全校あげての写生大会のようなものなのだろう。休日をあてて頑張るつもりながら、日頃絵など描いたこともない航はどうしていいか分からない。眞深も山田も同様で、この二人はとうとう夜中に頂上のオブジェをスケッチするはめになるのだが、両者とも鉛筆を鋭く尖らせすぎているのは正しい使い方なのだろうか。最後に描かれるスケッチを見るかぎり、山田はたんに絵心がないだけに思える。
 庭で悩んでいた航は、可憐の勧めもあって、皆が繰り出した街中へと向かう。可憐がどうするのか尋ねた航に、可憐は「お掃除やお食事の当番があるし、それに…何を描くか、もう決めてますから。」と応えているのは、もちろん兄を描くつもりなのだろう。それにしても、雛子を始めとする他の妹達も、兄を描こうとしてもよさそうなものだが、これは互いの絵の出来を競うことを避けたのか、あるいは初秋の美しさを誰かが指摘したためか。もしそれを示唆したのが可憐だったなら、前回の転機を乗り越えながら、今なお策士ぶり健在といったところである。(もちろん、描く題材が高等部と中等部以下で異なるだけかもしれない。)
  エスカレータでは花穂と衛が、「一番きれい」な風景を描こうと頑張っている。頂上の公園に到着すると、既に妹達は描き終わっており、航は皆と鬼ごっこで遊ぶことになってしまう。ここでは咲耶が兄に手を握られて悶える場面があるが、これは前話の可憐に焚きつけられたものだろうか。また、千影までもがこの鬼ごっこに参加していることには驚かされるが、これは同時に、彼女が今回の事件に直接は関与していないことをも意味している。全員が捕まり集合したところで、航はそこに亞里亞がいないことに初めて気づく。今日のヒロインは、不在によって航を引き回すのである。

 その亞里亞はといえば冒頭、昼下がりの芝生の上で、絵も描かずにリボンを眺めて遊んでいた。それは、何かの包装用の飾りリボンを、航が亞里亞にくれたものだった。日の光に輝くそれを楽しげに手にかざしていたが、突然吹いた一陣の風に飛ばされてしまう。「亞里亞のおリボンがー…。」と見上げる亞里亞の手はもう届かない。悲しむ彼女は、見失ったリボンを探しに出かける。普段消極的な彼女だが、兄からもらった大切なリボンを、このまま諦めることはできない。ただ泣き虫な点ばかりが目立つ亞里亞は、第13話で山田を撃退した時にも見られたように、そうすべきと判断した時には想像以上に毅然とした振る舞いを見せる。だが、ここで絵コンテ(A-04)の、実際には省略されたカットを見ると一つの疑問が湧く。ここで航は、いつものように離れ北の庭先に立っているが、亞里亞がリボンを手に座っている場所は、カット絵と「航からPANすると亞里亞しゃがみ込んでる」という記述から判断して、離れの東側の芝生。つまり、リボンが風に飛ばされた時、亞里亞は航にすぐに泣きつくこともできる距離にいた。なのに、なぜ彼女はここで兄に頼ろうとさえしないのか。この疑問をよそに、亞里亞は単身探し歩いてしばらくすると、黄葉に色づく1丁目並木道で、1本だけ未だ夏の緑のままの木を見つける。

亞里亞「どうしたのー? あなただけ、一人ぼっちの色ー。」

 周囲と異なり遅れている孤独な存在に敏感に気づき、それに語りかける亞里亞は、彼女自身がそのような存在であることを暗示している。(この緑という色も、未熟・無垢・中立・妖精などを暗示する色である。)共同生活の中で、亞里亞は独特のペースを保ち続けてきた。それは彼女らしい頑固さの表明でもあるのだが、それでも思いのままにならない日々の生活は、幼い彼女に少なからぬ負担を強いてきた。原作と同様、お屋敷のお嬢様としてかつて生きてきたとすれば、毎日の当番が決められており、好きな兄と好きな時に一緒にいられないこの共同生活は、煩雑で欲求不満のたまるものだったろう。これは第4話の雛子と同じ問題であるが、亞里亞本人の努力、航や年長者達の気遣いなどによってここまで頑張ってくれたのは、雛子よりも実は芯が強いことを意味している。そんな彼女の心の支えの一つが、今は兄がくれたリボンなのであり、これは兄が自分だけにくれたもの、自分が兄にとって特別な存在であることを確かめてくれるものなのだ(リボンはシンボルとしても褒賞や特権化を意味する)。亞里亞はお嬢様として特別な存在であったが、この共同生活でもそうであるならば、彼女はもう少し我慢していける。しかしこの「特別な存在」であるということは、裏返せば、他の妹達と協調していけないという事実も指し示してしまう。他の妹達から離れてリボンを眺めていたのは、そのような孤独感の中で、兄との絆を確かめるひとときだったのである。その絆の証を風が奪ったのであれば、見つかるまで探し続けなければならなかった。いや、証というより、亞里亞にとっては絆のかたちそのものだったのだろう。だから、このリボンが風に飛ばされて失われたということは、リボンが象徴する兄との絆が失われたということを意味するのであり、それゆえに亞里亞はリボンを取り戻すまで兄に近づくことはできない。このようないわば類感呪術的思考に基づけばこそ、彼女は航に泣きつき頼ることをせずに、一人で探しに行くほかなかったのだ。
 そんな探索行の途中で気づいたこの木の幹に、亞里亞はそっと手を触れる。何気ないこの手のひらからは、共感的な暖かさが伝わっていったのかもしれない。突然声が聞こえてきたのはその時だった。

謎の声「一人ぼっちではありませんよ。私ももうじき緑の服を脱いで、自分の色になるのです。」
亞里亞「あ…?兄や?」

 しかし、木の後ろから登場したのは、見知らぬ老紳士だった。きょとんとする亞里亞に、彼は指につまんだ木の葉を薔薇の花に変え、亞里亞に差し出す。亞里亞は喜び、もうこの老人について何の疑問も持たない。

老紳士「お優しい方ですね、普通なら何も気づかずに通り過ぎてしまうものを。」
亞里亞「お花、きれい。…くすん…。」

 悲しみだした亞里亞の頬に手を当てて、老紳士は彼女の記憶を読み取る。それは、航が皆の前で亞里亞にリボンをくれたときの光景。兄がくれたこの大切なリボンを亞里亞は探し求めている。「風さんに、ふわふわって。」と呟く彼女に、老紳士は、一緒に探してもいいかと尋ね、亞里亞は快く受け入れた。だが、亞里亞本人はともかく、視聴者は見知らぬ老紳士を危険視せざるをえない。怪しい手練手管を備えたこの人物は、一体何者なのか。


2.風と樹のうた

 1丁目から2丁目を一緒に探し歩く中、「DOLL SHOP」の前を通りかかった亞里亞は、「ひらひらー。きれいねー。」と足を止める。それを見た老紳士が指を鳴らすと、ショーウィンドーの向こうで人形が動き出す。「SWEET SHOP」店で亞里亞が目的のリボンがないことに悲しみながらも「あまーい、あまーい、においがするー。」と呟くと、老紳士は帽子からチョコレートケーキの菓子箱を取り出す。 「Dress Maker」店では、居並ぶドレスに「きれいー。」と喜ぶ亞里亞の服の色を指一鳴らしで次々と変えてみせ、「きれいが、いっぱーい。」とさらに楽しませる。
 こんなことができるこの老紳士は、たんなる変質者ではありえない。もちろん手品師の変質者という可能性もあるにはあるが、本論では、亞里亞以外の者に彼の姿が見えていないことなどから、この老紳士が精霊の世界に属するものと解釈する。言うまでもなく、彼はあの木の精霊である。では、なぜ彼はこの場に出現し、亞里亞の手助けをしようとするのか。

 これを考えるために、第11話以来のプロミストアイランドの超常的次元の状況を、3者のそれぞれの立場から検討しよう。その3者とは、じいやの協力者と精霊達、千影、そして黄色い麦藁帽子の少女である。
 あの旅行の初日に、潜水艇に迫る危機を未然に防ぐべく、じいや達は緊急に天候操作等の対応をとらざるを得なかった。これを例えば頂上のオブジェに装備された天候調整装置(テスラ兵器のような)によるものとすることもできるだろうが、第11話の考察ではこの時の荒天を、じいやの協力者の魔術的能力によるものだと考えた。この結果、航達への危険は回避されたが、その代償として島近辺の四大の均衡は、とくに風を強めるかたちで崩れてしまうこととなった。直ちにその回復が図られはしたものの、その余波はしばらく残存し、また空に属する外部の力の作用も抑制しにくくなってしまっていた。「北風は、へそ曲がりなやつですからねぇ。」という老紳士の言葉は、このことをも指し示している。ここで、この老紳士の木が未だに緑を保っていることの意味を考えてみると、それは島の四大の調整を支援するために、しばらくその力を維持しなければならなかったのではないかと想像できる。とすれば、この精霊は相当の立場にあるか、協力者そのものであるという想定が成りたつ。じいやが恃む相手はやはり実在の人間であるだろうと考えれば、後者はやや無理があるが、前者の場合には当の協力者が今何をしているかという問題が生じる。これについてはひとまず、第11話以降でこのような事態に遭遇した燦緒達が何らかの対応行動をとった(燦緒は第23話でもプロミストパークの結界を打破しようとしている)、あるいは力の行使が大きすぎたために今なお休息をとっている、などの理由が考えられる。
 その一方で、航を自分のものにすべく準備を整えつつある千影は、今や自らの能力をこの目的のためにのみ注ぎ込んでいた。第11話での遭難のさいに力を行使し疲弊した経験から、彼女はウェルカムハウスの呪術的防衛という自分の務めは、第13話で見られたように鳥などによる警戒網程度で最低限果たすにとどめ、占いもできるだけ行わず(第13話以来タロットや水晶球を用いる姿さえ回想場面以外では描かれない)、その力を蓄えることに専念している。兄を覚醒させるまでは島の状態も気遣いはするが、もしその試みが成功したなら、千影も航ももはやこの島にいる必要はなくなるだろう。第14話で「禁断の木の実」という勇み足を示しているように、その準備が整い次第、千影は航をこの島の世界から連れ去るはずだ。
 最後に、黄色い麦藁帽子の少女は、第13話の最後の場面では吹きつけられる風の中に佇んでいた。四大の均衡が崩れ、島の魔法的防御が弱体化している中で、彼女は千影の計画を察知する。少女の当面の目的は、航にこの島の記憶を取り戻させることにある。そのために航にはこの島で12人の妹達と一緒に生活していてもらわねばならない。少女が最終的に何を求めているのかは未だ明らかではないものの、彼女にとって、千影の計画は、自分のこの目的を阻害するものに他ならない。だが、千影の計画を阻止するには、四大の力は混乱しており、協力者は不在のままという現状の中、本来は思念体にすぎない少女単独の力ではあまりにも力不足だった。

 このような状況下で、亞里亞の前に木の精霊が登場したのは、亞里亞本人がこの木の特殊性に気づいたという偶然に依存していたとはいえ、明らかに何らかの意図を持ってのことだった。精霊達にしてみれば、お互いが対立し干渉し闘争する結果として均衡や調和を生むのがそもそものあり方であって、これが外的要因によって乱されている現状は不快なものでしかない。そしてそれは、千影によってさらに利己的な呪術的作用が強められていくことで、よりいっそう我慢のならないものになっていく。だが、自分達を統率していた魔法的な存在(じいやの協力者)はその姿を消しており、精霊達の力を、相互対立を越えてまとめあげるだけの能力の持ち主は不在のままだった。このままでは、四大の均衡はさらに乱され、千影の阻止以前に、このプロミストアイランドの維持さえも困難になってしまうかもしれない。このような危機意識を抱いたのが、この木の精霊だった。長命を誇る種族である樹木類は、世界中の神話伝承にも、また『指輪物語』のエントなどとしても描かれているように、知性をもつ生命体として、あるいは精霊(ドリュアードなど)の器として、固有の生を持つことができる。今回登場した老紳士もそのような長命な樹の生命が具現した精霊なのであり、しかも様々な能力を行使できるほどの力ある存在だった。
 だが、この力もその姿も、彼が直ちに島の中で具現できたものではない。それは、亞里亞が彼の本体である木の異変に気づき、その幹に手のひらを触れたことで、初めてこのように行使可能となったのである。亞里亞の手のひらから彼女に秘められた能力を感知した木の精霊は、その声を亞里亞に発信し、老紳士の姿をまとって出現した。この姿は亞里亞にしか見えないという点でも、彼女の特殊な能力のほどがうかがえる。そして、木の精霊は、彼女を、この四大の危機的状況を改善しうる、あるいはより重大な問題にさえ対処しうるだけの能力を潜在させるものとして、ここに見いだしたのだ。(他の場面でも亞里亞は、例えば第23話で悪意を隠し持っている燦緒を拒絶し恐れているように、その力を暗示する振る舞いを見せている。)

 これは、しかし冷静に考えれば、千影の計画を阻止する可能性をも持つ一方で、亞里亞を過度にこの精霊世界に引き入れることでウェルカムハウスから引き離してしまうという危険性を有している。航を千影に独占させないですむとしても、亞里亞が共同生活から脱落してしまったのでは、黄色い麦藁帽子の少女にしてみれば、全てが台無しになるという意味で同じことである。だが、少女には何もできない。航が「宿題」に自分で取り組むように、そして大切な記憶を取り戻すように、妹達を通じて航の心に働きかけることはできるとしても、精霊達を支配したり統制したりすることは不可能である。だから少女は、この木の精霊に一任した。じいやの協力者の意志も理解し、思慮ある判断も行えるだけの知性を備えたこの力ある精霊ならば、今まで他者の意志に従わされてきた精霊達の不満を和らげながら、しかも航達の幸福な共同生活をも守れるような、最善の結果を導いてくれるに違いない。この信頼をこめて、少女はただ黙って見守る。第14話と同じ公園で、航が咲耶の手を握っても、もはやそのイメージが出現しないほどにまで、少女は希望を込めて、自らの力の行使を慎んでいるのだ(ただし、航がかつてこの島で咲耶と出会っていない可能性もある)。
 だが、少女の希望に応えられるかどうかは、この木の精霊の一存で決められることではない。時期に即した黄葉さえままならぬほどの重責を担っているこの精霊とて、他の精霊達を支配して彼の決定に服従させることはできない。また、亞里亞が共同生活ではなく精霊界での新しい生活を自分から望むとすれば、これをあえて拒絶することはできない。それゆえ彼は、老紳士として亞里亞に付き添い、リボンを探す手伝いをしながら、その実は亞里亞の資質や意志を確認していく。そしてもう一方で、兄の航がどのような振る舞いをとるかにも、他の精霊達を注意させておく。つまり、亞里亞や航達の行動如何によって、木の精霊は仲間達を宥めることも可能になるかもしれないし、あるいは場合によっては、亞里亞を島から連れ去ったり、島の四大の均衡を完全に破壊したりすることもありうるのだ。この判定を下すための観察をできるだけ干渉なく落ち着いて行えるようにするために、精霊達は、居住区の住人を、じいやもいつものコンビも区別なく全員眠らせてしまう。その結果、この第15話を通じて、航達以外の人間は全く登場しないのである。なお、この日が従業員の一斉休日のため人気がないのではないことは、商店街の「DOLL SHOP」の扉に「OPEN」のボードが掛かっていることから分かる。そしてこの異常事態は、千影にさえすぐには気づかれないように、巧妙に隠蔽されていた。自分の準備と航の安全にのみ専念しているとはいえ、航が亞里亞の不在に気づくまで千影が何も知らずにいたというのは、よほどのことと言えるだろう。

 老紳士に連れられて捜し歩く亞里亞の足の運びは意外に速い。第2話で腕力のほどを垣間見せながら第17話では卵も割れないなど、力の入れ加減が分からない彼女だが、いざとなれば相応の体力があることがここに示されている。しばらく探してもリボンが見つからず、また涙ぐむ亞里亞を、老紳士はそれとなく次の段階へと推し進める。

老紳士「もしかしたら、よその世界に行ってしまったのかもしれませんねぇ。」
亞里亞「よそのー?」
老紳士「すぐ近くなんですが、こことは違う不思議な世界。」
亞里亞「ふしぎー?」
老紳士「行ってみますか?」
亞里亞「…うん。」

 普通ならいかにも誘拐魔の手管として喝破すべきこのやりとりは、さらに老紳士が亞里亞を狭い路地に引き入れようとするに及び、怪しさ極大に至る。当該箇所の絵コンテ(A-52)において下心ありげな表情「※優しいがややあやしさ感じる」などと堂々と注記されている以上、これは確信犯的である。
 路地を覗くと老紳士の影はなく、代わりに道案内の葉っぱの蝶が、亞里亞を奥へと誘う。路地に入ろうとする亞里亞は手荷物日傘がつかえて阻まれ「くすん…。」と悲しむが、それは彼女の知性云々というより、この先に続く異世界に本能的に抵抗感をもち、日傘を手放さないという行動により足を止めたのだろう。だがちょうちょが暗がりの中へ消えるように入っていったのを見た亞里亞は、日傘を取り落として抑制を外し、「亞里亞もー、まってー。」と追いかけていくのだった。暗がりを抜けて異世界へ、だが行った先から元のこの世界に再び戻れるかどうかは、今の亞里亞には知るよしもない。


3.扉を開けて

 ヒラヒラと舞うちょうちょを追いかけていけば、そこは木々と水の世界。「雲母の葉っぱ」(絵コンテ[B-12]より)が生い茂る林の中、緑の木の葉の蝶は老紳士の手の中で紅葉色に変じ、空へ飛んでいく。亞里亞に「ばいばーい」と見送られた蝶は、先ほどの路地裏に現れて、亞里亞がここに入ったはずなのに、と困惑する航の目の前を通り過ぎて驚かせる。また、航が再び戻った公園の池の中から突き出される花の傘は、幻覚を見るほど疲れているのかと航を困惑させるが、この花の傘は、いつものを路地に置き去りにしてしまった亞里亞に老紳士が与えてくれたものだった。空が映る噴水の水の中に亞里亞がその傘を突き入れたところ、プロミストアイランドの公園の池からその先が突き出てきたのだ。これをもって、航がいる普通の世界と亞里亞が連れて来られた異世界とが、水をはさんでさかさまに隣接していると考えるべきなのか、しかしこれを一概に結論づけることはできそうにない。ここではひとまず、亞里亞と老紳士が向かう先に、一切の住人の姿がないということに注意しよう。それはあたかも、この日のプロミストアイランドに航達以外の住人の姿がないことと軌を一にしている。もちろん普通の世界と同様に住人が暮らしているのかどうかも不明なのだが、例えば亞里亞達の前に現れる城が、その威容を誇りながらも、中は手入れもされず荒れるに任されているということから、その城を治めこの世界を支配する者が不在であることが読み取れる。それは、精霊達を統制していたじいやの協力者が、今この世界をしばらく離れざるをえないということかもしれない。それゆえに精霊達は力を乱しているのであり、それゆえ今や、代わりとなる新しい支配者が、この世界に必要なのである。
 だが、この老紳士は、亞里亞に無理にその支配の座に就いてもらおうとはしていない。城の上から周囲の光景を見渡す亞里亞は、風になびく草原の輝きに見とれる。しかし、老紳士は、「ここにもないようですねぇ。」と何気なく示唆して、亞里亞に本来の目的を思い出させるのだ。これまでも彼は、亞里亞を度々そうやって探索に立ち戻らせている。これは、強制や欺瞞によって亞里亞をこの異世界に留まらせようとするのではなく、もし留まるにしてもあくまで自発的にそうするように、絶えず亞里亞の意志を確認しようとする、老紳士の首尾一貫した姿勢が表れている。そして、亞里亞は城よりもリボンを、つまり航との絆を選んだ。もし亞里亞が城とこの世界を気に入り、ここに留まることを選んでリボンを忘れて航との絆を断ち切ってしまったならば、直ちにこの城は新たな支配者に相応しく美しく飾り立てられたことだろう。しかしそうでない以上、亞里亞と老紳士のリボン探索の旅は、さらに続けられねばならない。

 やがて2人は、何もない薄暗い草原に踏み入っていく。これとよく似た草原は、やがて第18話でも登場する。もし木の精霊が、千影に強く結び付けられたその別の世界に対して、ここで何らかの干渉を行おうとすれば、それは千影以外で唯一の力ある存在である亞里亞を、このまま草原を渡って千影の世界へと導き、未だ潜在的な亞里亞の力を覚醒させて千影の計画を阻止する、という手立てが考えられる。既に亞里亞をこの精霊の世界の支配者にすることがあり得ないとしても、彼女の力を今回行使してもらうことまでも不可能というわけではない。このまま草原を進んでいけば、あるいはそのような展開が待っていたのかもしれない。だが、ここでの亞里亞とのやりとりが、もとより彼女に負担をかけることに気の進まなかった老紳士に、この考えを完全に放棄させる。

亞里亞「兄やー…。」
老紳士「兄やさんは、とても大切な方なんですね。」
亞里亞「うん…。」
老紳士「その方にもらったリボンとなれば…。」
亞里亞「亞里亞ね、兄やにもらったおリボン、宝物なのー。ずっと、ずっと、宝物なのー…。」

 老紳士は足を止める。草原の中に佇む2人の周りに風が流れる。
 この子には、これ以上求めてはならない。老紳士は、そう悟った。亞里亞がまだ頑是無い子供であり、このような争いに巻き込むことに抵抗がある、ということもある。亞里亞と千影という、島では同じ兄を慕う妹同士が対立するという悲劇を避けたい、ということもある。だがそれに加えて、亞里亞が千影の計画を打破するほどの力を発現できたとしても、兄からもらったリボンにこれだけ執着できる亞里亞が、やがて千影と同じように、兄の独占をひたすら求めるようになる危険性が、どうしても拭えない。既に長きに渡る生を過ごしてしているこの木の精霊には、人間という種族の物事についても相当理解があることだろう。そんな彼にしてみれば、千影の想いも(その背景を知っているとすれば)哀しく受け止められており、そしてだからこそ亞里亞にも、そのような純粋ゆえに切ない兄への愛情を感じ取ることができた。この子は元の世界に帰さなければならない。だが、それでは問題は何ら解決しないということでもある。果たしてこれで他の精霊達が納得するだろうか。

 その鍵は航にある。ここで、亞里亞がリボンを探して島と異世界を歩んでいる間、航は何をしていたのか振り返ってみよう。まず絵を描きに公園に向かった後、亞里亞がいないことに気づいてからは、彼はひたすら亞里亞を探して島中を巡った。公園からウェルカムハウスにいったん戻ろうとし、エスカレータの途中で亞里亞の姿を2丁目に認めて降りたものの、路地の入り口に日傘が落ちていただけで当人はいない。その後おそらく航は、2丁目を調べ、ウェルカムハウスに亞里亞が帰っていないことを確認し、今度は1丁目から順に上へと探していき、「またここに戻ってきちゃったよ…。」と彼が言うように再び公園に立ち戻り、そして今なお延々と亞里亞を探し続けているのだ。つまり亞里亞は不在によって兄を振り回したが、その兄もまた、画面に描かれない間に、亞里亞のために一つの成果を挙げていたのだ。航は、亞里亞を大切にできる。この少女の想いに、兄として応えることがきっとできる。紅い蝶から言伝てを受けて航を見守っていた他の精霊は、老紳士にそう伝えた。そしておそらく他の妹達もまた、それぞれに心配し、行動していたことだろう。亞里亞と足を止めた草原に吹く風が、それらのことを老紳士に教えてくれたのだ。ならば、信じてみよう。この亞里亞という少女に過度の負担をかけずとも、航という少年が、亞里亞の想いとともに、千影というもう一人の少女の想いをも誠実に受け止め、そのうえで正しい道を選ぶであろうことを。統御する者がいない現状では、精霊達が彼らのためにできることはそう多くはない。外部からの強力な干渉に対して、そう耐えられるものではない。その不安は残るものの、それは人間達がどうにかするしかないことだ。そして、四大の均衡こそ司ることはできないまでも、この航こそは、妹達との間で、想いの均衡と調和を見事に実現してきた人間ではなかったか。黄色い帽子の少女とともに、自分達も彼らを信じ、見守ることにしよう。

老紳士「…もしかすると、この世界にはないのかもしれません。」
亞里亞「なぁい?…くすん。」
老紳士「大丈夫です、元の世界に戻ってもう一度探してみましょう。
    リボンさんも、あなたのところへ帰ろうとしているはずですから。」

 そう、航を見ていた仲間の精霊達が、意を汲んでリボンを探しているはずだ。そして、亞里亞の想いと航の想いが互いを結びつけていることで、リボンそのものもまた、持ち主の元へと引き寄せられていくはずなのだ。
 元の世界に戻った亞里亞と老紳士は、夕暮れに染まる景色の中で、しかし未だリボンを見つけることができないでいる。

老紳士「仲間達にも探してもらっているのですが、大切なリボンを見つけられなくてすみません。」
亞里亞「亞里亞のおリボン…くすん。」
老紳士「すみません…。」

 詫びる老紳士を包んで風が吹く。何かを伝えられた彼は、「ん…もしや?」と自分の木を見上げると、そこには枝に引っかかって揺れる、亞里亞のリボンの姿があった。喜ぶ亞里亞の目の前で、リボンは風にそっと流されて老紳士の手のひらに舞い降り、彼は「よかった、仲間が見つけてくれたようです。」と安堵しつつ亞里亞に渡す。もはや亞里亞に求めるものはなく、彼女を含む全員を守る役目は航に委ねられた。木の精霊は、仲間以外の未だ機嫌の悪い精霊達を宥めつつ、今後に備えて力を蓄えなければならない。そのためには今しばらく、緑の葉をつけたまま無理を重ねるしかないと覚悟しつつ、彼は一礼して亞里亞の前から去ろうとする。しかし、亞里亞はそんな老紳士を引き止めて、髪のリボンを外すと、彼の手首に結わえるのだった。

亞里亞「あげるー。」
老紳士「…大切なものをありがとうございます。このお礼は、また緑の服を着る頃に。」

 亞里亞は微笑み、そこに日がな探し続けていた航が、亞里亞の姿をようやく見つけて駆けつけようとする。彼には老紳士の姿は見えておらず、老紳士は亞里亞を想う兄の姿をその目で優しく見つめる。再び一礼する老紳士は、今度こそ消えるように立ち去り、亞里亞は手を振って見送るのだった。

亞里亞「またねー。」

 蝶にはただ「ばいばい」と言っていた亞里亞、さして気に留めない相手(第13話の山田など)にはそう手を振って見送る亞里亞が、この老紳士には「またね」と再会を約束している。手首に巻かれた髪飾りのリボンも、木の精霊と亞里亞を結びつけ、彼に想いの力を分かち与えて支えてくれる絆の媒体にほかならなかった。ならば、亞里亞や航達が想いの調和を大切に守っていくように、自分達もまた、四大の均衡を、彼らが住むこの島の調和を、力の及ぶ限り守り抜いてみせよう。
 老紳士の姿が消え、木の葉の色は一瞬で黄葉へと変じ、そしてその枝には、亞里亞がくれた髪飾りのリボンが結ばれ、風にそよいでいた。駆けつけた航は亞里亞を前に息を切らせ、見上げた先にその髪飾りを見つけて驚くが、亞里亞はただリボンを手に微笑む。

亞里亞「亞里亞のおリボン、帰ってきたのー。」

 探索の末にリボンを取り戻した時、ちょうどそこに航が駆けつけたことは、亞里亞から見れば、リボン=絆の回復による当然の帰結だった。だから亞里亞がここで航に微笑みかけるのは、まさにこの絆の回復を確認したことへの安堵を指し示しているのである。そして航も、亞里亞が無事だったことに何より安堵し、自分があげたリボンを大切にしてくれていることにひそやかに胸を打たれ、そして一緒に見る秋の夕暮れは美しかった。

航  「…そっかー。でも本当に、…きれいだね。」

 帰宅後、皆で航の絵を眺めると、そこには眞深も含めた妹達が、あの木の前に並ぶ姿が描かれていた。彼の隠れた才能が発揮されたその見事な絵には、木の枝にあの髪飾りがきちんと結ばれていた。こうして亞里亞が結んだ精霊との絆は、航によって全員の姿と結び付けられる。絵に込めた航の想いは、描かれた妹達を分け隔てなく包み、精霊達をもその調和の中へと導きいれる

航 「不思議だったんだけど、亞里亞ちゃんがいなくなったり、
   そうかと思えば、亞里亞ちゃんのリボンがなぜか大きな木の枝で風に揺れていたり…。
   でもまあ、おかげで絵も描けたし。」

 亞里亞の手元には、大切な宝物のリボンが戻ってきた。だが、亞里亞は今日の探索のために、宿題の絵を全く描かずにいた。可憐に訊かれてようやくそのことを思い出し、真っ白なスケッチブックに目を落とすと、そこに不意に浮かび上がるのは、あの木の前で微笑む兄と、その後ろから顔を覗かせる老紳士の姿だった。これまた見事な腕前に他の妹達は感嘆するが、同じく兄を描いているはずの可憐の絵をぜひ見せてもらいたかったのは論者だけではあるまい。かなりファンシーな出来栄えではないかと予想されるがいかがだろうか。
 それはさておき、ここで亞里亞は他の妹達により強く関心を持たれ、自分を見守り支えてくれる存在が兄以外にこの島にいることを自覚し、兄の独占をあえて意図せずとも、より安心して共同生活を送れるようになっていくのである。そしてまた、こうして老紳士も、亞里亞や航に応えるかのように、絵の中で絆を確かめ、その調和の中に自らをおく。それは、異世界に直接関わることなく、この島で、このウェルカムハウスで、彼らがきっと幸福を守り抜き、さらに互いを幸せに導いていくだろうということを、精霊達が信じ、そっと支えていく、その意思表明でもあったのだ。精霊達がこの島の全てを守れるわけではなく、航達にも様々な危機が訪れるだろう。だが、それを共に乗り越えるだけの力が航達にある。その健やかな想いを自らの喜びとして、精霊達もまたその力を結んでいく。それはあの木の精霊が独り無理をせずともよいほどに、大方の精霊達の共通意志となっていた。だからこそ老紳士は、その緑の衣をようやく脱ぎ捨てることができたのである。
 別れのときに亞里亞が「またね」と告げたのは、四季を繰り返していく自然界の永続性をも暗示していた。この島の幸福と調和が、冬の夜の向こうまで続いていけるだろうか。「また緑の服を着る頃に」、木の精霊は再び亞里亞の前に現れることができるだろうか。それは、航達が期待に応えてこれからの危機を乗り越えられるかどうかにかかっている。だが必ずその日を告げる風が吹く、緑の衣がまだ薄い頃にさえ、暖かな風が、木の葉を舞い上がらせてきっと吹く。


終わりに 〜覚悟完了〜

 以上のように、この第15話を精霊達と異世界という観点から検討することで、亞里亞の抱いていた問題とその解消、航の行動の意義、そして全体の流れの中でのこの話の意味、が明らかとなった。亞里亞というやや特異な妹をヒロインとして航との関係を描きながら、千影というさらに特異な妹をヒロインとする第18話への橋渡しが、ここで(やや遠まわしにではあるが)なされており、これによって本作品は、例外的な回としてこの2話を排除することなく、首尾一貫した物語展開として解釈可能となるのである。
 とうとう日中に絵を描けなかった眞深の元に、燦緒から届いたメールには、「なんの成果もなしにもう秋です。急がないとね。」と記されていた。分かっているけどそれどころじゃない、と頭を抱える眞深も、自分の義務と欲求の齟齬に迷いをいっそう強めつつあった。その焦りはしかし、全く別のものではあれども、千影がはるかに深刻な想いとともに抱いているところのものだった。「別れ」という予言を回避せんというきわめて強固な意志のもと準備を重ねてきた彼女は、その内面では、いつその計画を発動させるかを悩み続けていた。拙速による失敗と、遅きに失した場合の後悔との間で板ばさみとなり、募りゆく焦燥感にかられる千影は、第14話で短絡的行為に及びかけたように、いつ何時我慢の限界を超えてしまうか分からなかった。だが、その周囲では、ひとまず精霊達は航達に友好的な状態で落ち着き、黄色い麦藁帽子の少女は、その期待以上の結果に満足しつつ、次に来るべき千影の行動を、静かに待っていた。千影を排除することなく、しかもこの共同生活を捨てない道を、航が選ぶことができるか。航の誠意、そして妹達との絆に、少女は良き未来を信じ委ねる。この第15話で亞里亞と航がかち得た成果に、少女はそれを信じる根拠を見いだせたのだ。ウェルカムハウス内部における最大の難問に第18話にて立ち向かう準備は、こうして航の気づかない間に、しかし航のおかげで整えられたのである。
 少女は今回の賭けに勝った、今度は千影が賭ける番だ。その運命の時は、しかしまだすぐには来たらない。


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