アニメ版『シスター・プリンセス』における存在と行為

〜第14話にみる感謝の円環〜



はじめに 〜問題の視点〜

 この春の唐突な共同生活開始以来、航は大きな成長を遂げてきた。それは妹達の支えによって初めて可能だったものであり、第13話で彼自身がそのことを再確認することによって、これからの航の行動は自覚的な指針をもつこととなる。これはアニメ版作品の物語そのものの転回点にほかならず、とりわけ監督の交代という事実がこのことをいっそう明確に指し示している。(TV放映時では第13話から新監督となっていたが、DVDではこの転回点をより明確にすべく第14話からと変更されている。)
 本論では、第14話「本当のキモチ(はぁと)」においてこの転回点を越えて進む航が、まずどのような意識・行動を示したかを検討する。そしてこの回は、可憐がヒロインを務めるということから、今まで共同生活の裏方を担ってきた彼女が、第7話以降の変化の過程をふまえてその持ち前の純真さを発揮する姿にも焦点がおかれることとなる。とくにこの可憐の変化については、前半の抑制的な描写に対してあまりにも直情的な彼女の姿が、監督交代の多大な影響を示すものとして視聴者に受け止められ、その是非が問われてきた。だが本論ではもちろんこれを作品外部の要因から判断するのではなく、作品内における可憐の変化の現われとして解釈し、その意味について考察していく。



1.「いる」という行為

航 「燦緒へ。2学期が始まった。この島に来て5ヶ月、不安で一杯だったここでの生活。
   ぼくは妹達からな色々なものをもらい、ここでの居場所を見つけた。
   今度はぼくが妹達のために何かしてあげる番だ。よし、頑張るぞ!」

 やる気満々はいいものの、第13話の花火で感謝の気持ちを伝えることに失敗している航は、今回同じ過ちを繰り返さないために、きわめて分かりやすい直接アプローチに出た。

航 「みんな、何かしてほしいことがあったら言ってくれ。以上、兄からの業務連絡でした!」

 食卓での突然の宣言に、顔を見合わせる妹達。日頃色々考えているとしても、いざ面と向かって言われれば何をお願いしたものやら迷ってしまうわけだが、これに対する各人の反応は次のようなものだった。「成否」の欄は、○が今回可能だったもの、△が今回不十分だったか後日可能だったもの、×が今回不可能だったものを指す。

名 前 兄にしてほしいこと 成否
可 憐 電球の交換をしてもらう、手をつないでもらう
花 穂 (兄のために応援を頑張らせてもらう、兄に応援してもらう
 衛 新記録樹立に立ち会ってもらう
咲 耶 最後の夏を楽しむべく一緒に出かける、服の見立てをしてもらう
雛 子 「大きなゾウさんと、かぼちゃのおはなし」の本を読んでもらう
鞠 絵 「兄のそばにいられるだけでいつも幸せ
白 雪 手製の料理を毎日食べてもらう、焼きたてのココアスフレを一番に味わってもらう
鈴 凛 完成した試作品を一番最初に見てもらう、ドライバとってもらう
千 影 禁断の果実を食してもらい、二人だけの世界に行く ×
春 歌 平安朝でせまってもらう ×
四 葉 兄のしたいことをチェキして当てさせてもらう(当初迷宮入りの可能性)
亞里亞 膝枕をしてもらう
眞 深 美顔マシン(「『これは、良いものだ!』と絶賛の嵐」、電動スキンクリーナー、58000円)、
軽量タコヤキ器(電気DEたこ焼き、1080円、申込商品番号2561)、
バストアップ・ブラ(「かわいい、わたしから、オトナのワタシへ。」3980円、番号13542、ピンク・イエロー)
を通販で買ってもらう
×

 眞深は燦緒への定時報告を適当に済ませつつ、この機会に物をねだる算段をしている。合計60000円を越えるおねだりとは研究資金援助並みに威勢がいいが、ブラというのはやはり咲耶達に刺激をうけたのか、それとも可憐の努力を学んだのか。また、航から相談を持ちかけられた山田は、女の子にはアクセサリなどのプレゼントだろう、と個々人の違いを無視した定型的返答で受け流している。このあたりは第17話でも見られる彼の進歩のなさではあるが、しかし夏休みの宿題が全部間違っていたために航に泣きつく姿は、自分の弱さを次第にさらけ出しつつあるという意味で、彼の微妙な変化を物語ってもいる(「いい国作ろうロシア革命」などという年号の語呂合わせをしているようでは、宿題の修正も期待できないが)。第13話の涙から今回の涙、そして第19話第20話の涙という流れは、このトリックスター的近接支援者の一つの成長の過程であるのだが、ここではとりあえず、山田が眞深とともに即物的な欲望に基づいていることだけを確認しておこう。
 これに対して、妹達の欲求は完全に物から離れている。それはいずれも、兄がそばにいて自分の想いを受け止めてくれること、兄が些細な気遣いをしてくれること、なのである。この点で、雛子が言うように「やっぱり」そのような日常的な振る舞いこそが、妹達にとっては何よりも価値のある大切な「いま」の証ということになる。だが、この「いま」をさらに確かなものにするために、自分が妹達のためにできることを模索している航にとってみれば、そのような日常をこそ求める妹達の態度は、彼の努力を無視するものに映ってしまう。

航 (みんなぼくにしてほしいことはないのかな。ぼくに期待してないだけだったりして…。ハァ…。)

 あえて行為しようとする航は、その行為することにこれからの自分の意義を見出していこうとしている。それは、彼が成長していこうという意志の現れでもあり、何かできるはずだという自負のかたちでもあった。しかし、妹達からその機会を与えられない場合、彼は、行為しえない自分の存在意義に疑問を抱いてしまうことになる。しかも彼が望む行為がただ漠然と「日常を越えたもの」であるために、日常から越え出ない行為への妹達の要求は、いっそう彼の自尊心を傷つけていく。だが、では何が実際できるかと問えば、どのみち彼にたいしたことができるわけでもないはずだ。これも彼の意外な能力が第15話で開花するので一概には言えないものの、普段想像もしない不可能事をあえて兄に頼むような妹がいたとすれば、その方が不自然だろう。第一、「してあげる」善意の押しつけほど鬱陶しいものはないのだが、これまでの共同生活で妹達からのそれを目一杯受け止めてむしろ感謝している今の航に、それを言うのも酷ではあるし、この押しつけ加減を身につけつつあるというのは、名実ともに妹達に馴染んできている証拠かもしれない。しかしいずれにせよ、ここでの航は、兄らしく努めたいという向上心を示しながら、実のところ内心では妹達に「期待されている」「頼られている」という確信が欲しいのであり、それは端的に言って、お手伝いをして母親に褒めてもらいたい、また父親に「お前ならもっとできる」と可能性を見いだしてもらいたい子供の欲求と、さほど変わるところはない。彼本人はこのことに全く気づいていないが、既に現状で満足し十分兄に頼っているつもりの妹達に対しては、航のこの欲求は焦るがままに空回りするしかないのである。
 こうして気落ちしつつ帰宅した航を待っていたのは、「可憐、お兄ちゃんにしてほしいことがあるの。」という嬉しい言葉と、それが電球の交換だという再度の落胆だった。だが、灯りを失った絵を哀しげに見上げる可憐の様子を見て、航は「電球、買いに行こうか。」と声をかける。今の航にできることがそれしかないならば、買出し程度でも頑張るほかない。そんな内心を知らずに、可憐は日頃になくはしゃぎ、兄を急かす。最初に訪れた2丁目の電気店ではこの電球は扱っておらず、うつむく可憐を励まして「ほかの店を探してみよう!」と力強く微笑む航に、可憐は
いきなり「お兄ちゃん、大好き!」と抱きつく。今後、可憐はこのような今までにない積極的行動に出るが、これについては後述する。
 横を通り過ぎるいつものコンビが、「そうそう気長にいこう、できることから一歩ずつ。」「でも見つからないことに意味があったりしてなぁ。」と笑うが、これは電球を探しながらも可憐と一緒に歩む過程が重要であること、またその中で航の過剰な奉仕欲求を適度に削ぐことといった目的の他に、「見つける」という意志の強さを示すことが今回期待されていることをも暗示している。3、4丁目の電気店では(走馬灯の美しさ以外)成果なしではあったが、ここで諦めて戻りかけた機関車の中、可憐の悲しみの表情を見た航は必死に思考を巡らす。これが何でもない買出しだとしても、可憐にとって大切な物ならば、最後まで探し続けなければならない。その意志は第4話でも雛子と支えあいながら貫いたものではあったが、今回は航が可憐を励ましながら貫徹しようとするのであり、そして第4話のように対象を闇雲に探し求めるのではなく、島の生活の中での経験知によって、そのありかの見当をつけられるようにまで成長していた。

航 (どこに、こんな古い電球が…。古い…?そうだ!)

 そう、古い物といえば2丁目のアンティークショップ。第2話で不動産屋から変更され、第8話で鞠絵とも訪れたこの店のことを思い出し、航は運転手じいやに慌てて声をかける。可憐と二人ショップに駆け込み、幾分じらされはしたものの、奥の引き出しから見つかった電球は間違いなく求めるそれだった。可憐は喜び、航はそんな妹の姿と、自分の判断が功を奏したことに安堵した。
 せっかくなのでお茶のひとときを楽しみ、あとはウェルカムハウスへの帰り道。2丁目でお茶の前に出会っていた2匹の猫のうち、薄茶色の方の猫が、ひとりでエスカレータの足元にいるのを二人は見つける。その猫を抱えて相棒を探しに戻っていく可憐に、待っていてと言われた航はしばらく心配気に佇んでいたが、雨雲から雫がこぼれ始めるに及び、「やっぱり心配だ」と可憐を探しに行く。その途中のエスカレータで可憐達と行き違いになった青色の猫を見かけ、その後を追っていくと、そこは島頂上部の公園。激しさを増した雨の中、木立の下に駆けていく猫と航は、行く手の木の根元にしゃがみこむ可憐と猫の姿を見いだした。可憐を安心させるように微笑み、「さ、帰ろ。」と何気なく手を差し出す航だったが、しかしその手を可憐に握られた瞬間、不意に現れたイメージにとらわれる。

 黄色い麦藁帽子の少女と手をつないでいる。
 見わたせば風になびく草原に立っている。

 可憐の声に我を取り戻したものの、今の光景はいったい何だったのか。それは、かつてこの地でかわした約束の朧気な記憶なのだが、今の航は、やはりこの「宿題」(第13話参照)に未だに取り組めずにいる。ここでかつての日々を思い出すには、まだ何かが欠けていた。
 ウェルカムハウスへの帰り道、航と可憐はずっと手をつないだまま、二人きりの今日を振り返る。

可憐「お兄ちゃんの手、大きくてあったかい…。
   お兄ちゃん、迎えに来てくれて、本当に本当にありがとう。可憐、とっても感激しちゃった。」
航 「最初から、ぼくが一緒についていけばよかったんだ。ごめんね。」
可憐「ううん、お兄ちゃんはスーパーマンみたい。可憐が困っているときに、ピューッて飛んできてくれて。」
航 「ぼくはスーパーマンじゃないよ。」
可憐「え?」
航 「ぼく、みんなに期待されてないのかな。誰もぼくに、してほしいことを言ってこないし。」

 結局、たいしたこともできずに終わろうとするこの一日。朝方にはあれだけやる気だったのに、昨日と何も変わらない自分がいる。せっかく自覚のもとに転回点を越えたというのに、それはただ、来た道をそのまま戻っていくだけにすぎないのだろうか。自信を失った航に、可憐は思い余ってうったえかける。

可憐「可憐、いつもお兄ちゃんにいっぱいもらってるよ!」
航 「え?ぼくは何も…。」
可憐「ううん。ここに、お兄ちゃんからいっぱい、いっぱいもらったの。
   今日だって一緒にお買物をしたり、パフェを食べたり、道に迷った可憐を助けてくれたりして。」
航 「そんな普通のことでいいの…?」
可憐「可憐には、お兄ちゃんといられることが、世界で一番のプレゼントなの。」

 折良く剪定をしていたいつものコンビも、「雨降って地固まる、なんてな。」「電球も見つかってこれまた先が明るいねぇ。」と囃したてる。自分がいることが、妹達にとって何よりのプレゼントであること。それは、意志を持たない無為な存在として、妹達の意志に従属しつつ、ということではない。ここに存在するということは、いまや、妹達と一緒にいようという自らの意志に基づく立派な行為である。それは彼自身が、さんざん逃亡を企ててきたことと比べればすぐに分かる。何より航は第3話で、可憐にその逃げようとする様を示したのではなかったか。あれから5ヶ月で、彼は「ここにいる」ことを選び、そのためにできるだけのことをしようと思ってこれた。それが存在への努力という、決して小さくはない行為なのだ。しかもそれは、かつて受動的だった「しなければならない」努力から、「電球を買いに行こう」「ちょっとお茶でも」「やっぱり心配だ」という、航自身の自然な意志による積極的なものへと転回していた。やはり、ターニングポイントは間違いなく越えていたのだ。
 帰宅後、妹達の前で新しい電球に灯を入れると、煌々と輝く光が聖母子と天使達を包む。「レディはそういう小さな心遣いに弱いですの。」などと口々に感謝する妹達に、航も「そ、そうだね。」とやや余裕を取り戻した。そして、このちょっとした気遣いとは、第2話以来既に航の長所として示されていたところのものだった。可憐に対抗する咲耶が「それなら私だって一緒に行ったのに。今度は私のお買物に付き合ってね?」とねだるのにも、「そんなことでよかったら。」とあっさり応えられたのは、そんな自然体に戻れた彼のゆとりの表れである。

航 「燦緒へ。自分にとっては小さいことだけど、相手にとっては大きいことってあるみたいだ。
   物じゃなくて、気持ち…。分かるかな。」

 それは目に見えないもの。そうであるからこそ、お互いの心のつながりが、その大きさを定める。だが、大きさは実はどうでもいいことなのだ。どんな些細なことであっても、その中に必ず相手の想いがこもっていると確信できること、自分もまた相手にいつでもそうできるということ、これこそが彼らが積み重ねてきた「いま」の中で培ってきた愛情と信頼の関係性なのである。この関係性の中で、兄が伝えたかった以上の想いが伝わって、妹達が予想を越える喜びを示したとする。すると兄にとっては、その喜びを示されたことが、彼にとっても感謝すべき喜びとなる。妹達への日々の心遣いは、些細な日常全てをこの喜びと感謝の円環に包摂してしまえるのだ。もちろん、こちらの過大な想いがうまく伝えられないこともあるだろうが、それとてもお互いを知る喜びであり、そして誤解の可能性を知っていればこそ、妹達の想いをきちんと受け止めようとする姿勢を忘れずにいられる。

航 「また、妹達からもらったな。」

 贈与は負債ではなく、幸福の相互増進にほかならない。千影のリンゴのおいしさを忘れずに、いつか自分もおいしいものを見つけよう。みんなと、自分の幸せのために。その気持ちを抱く兄として、航は妹達と共にあり続ける。


2.乙女時空

 そんな収穫を兄がかち得た1日だったが、今回のヒロインとなった可憐は一方どのような想いを抱いていたのか。これを考える前に、まずこの回に至るまでの彼女の心理状態を省みよう。
 第1話以来、共同生活を保ちつつ咲耶達と対抗し、兄の一番のお気に入りを目指してきた可憐は、その目標をおおよそ達成しつつも、自分のあり方に疑問を持ち始めていた。可憐はアニメ版では14歳という設定を与えられれているが、その根本的な性格は原作のそれとさほど変わらない。つまり、純情、少女趣味、臆病などといった要素が、子供っぽい残酷さとない交ぜになっているのである。原作ではキャラクターコレクション第1巻第1話にて綾小路某を粉砕しつつ端的に示されているこの性格は、本作品の前半では、他の妹達との共同生活の中での緊張、年長者としての役目、そして監視者としての慎重さによって、子供っぽさを抑圧する方向で大きく偏向を受けていた。それは彼女の責任感の表れでもあり、自分の欲求と全体の利益とを(自分に有利に)調和させようとする努力の結果でもあった。しかし、第7話で兄に堂々と自分をさらけ出す咲耶や眞深の姿を見て、可憐は己の迂遠で姑息な行動様式に辛さを感じてしまう。それでもこれが兄からの好意を勝ち取るのに有効だと合理化し続けられれば耐えられたが、同じ第7話では航の鈍さにも直面してしまい限界につきあたる。この表現方法が可憐本来の性格を抑圧することで成りたっていただけに、その衝撃は大きかった。
 さらにこの動揺は、第11・12話での旅行によっていっそう強められた。開始直後から早くも小瓶のエピソードが示すように、少女趣味を露にしつつあったが、遭難がこの傾向を後押しする。あの数日間は確かにいい思い出になったものの、遭難直後の可憐は誰にもまして不安に陥っており、それを雛子の前で見せてしまうほどに余裕がなかった。これは、勝手知ったる居住区を離れた彼女が、見知らぬ土地の中では行動の指針を失っていかに困惑してしまうかを示している。生来臆病であるがゆえに「石橋を叩いて渡る」彼女は、予め計画を立て計算通りに事を進めることは巧みでも、予想外の出来事や予測不可能な事態に対しては、意外な脆さを見せるのだ。遭難時の経験は、彼女が抱いていた自分自身への不安や疑念をさらに強め、理性や責任感による抑制を弱め、その結果、彼女の本来の性格を表出させやすくしたのである。第13話ではまだ従来の行動様式を貫徹しようとしつつあったが、これは帰宅後に精神の安定を取り戻すことで得られた慣習への一時的復帰にすぎない。最後の航のベッドで寝てしまうというあまりに直截的な行動は、可憐の変化が不可逆かつ極端であることを意味している。

 このような観点に立てば、この第14話冒頭において、切れそうなランプを見上げる可憐が、なぜあれほどまでに不安な瞳を見せているのかが理解できる。階段に掛かっている聖母子と天使の絵を照らしていたこのランプは、彼女の帰宅後に切れてしまう。彼女がカトリック系の教育を受けてきたらしいことは、原作版『オフィシャルキャラクターズブック』でも「マリア様にお祈り」(p.30)などという表現に見られるが、その点でこの絵に対する感情が強いだろうとは想像できる。(南の礼拝堂といいこの絵といい、ウェルカムハウス自体がそのような宗教的傾向を有している。)だが可憐の不安な瞳は、ランプが切れてしまうことだけに向けられたものではない。母子を暖かく包む守護天使の姿を自分達に投影するならば、それはあたかも、自分達を包む光が失われ、この兄妹の生活に影が差し込んだかのような恐れを可憐に感じさせたのだ。しかも外した電球にスペアがないことも、取替えの効かない共同生活の危うさを暗示してしまう。

可憐「お花が散っちゃったみたい。天使様、真っ暗でかわいそう…。
   天使様、いつも可憐達を優しく見守ってくれているのに…。」

 彼女の願いをかなえようとする航に、可憐は第12話で背中にしがみついて以来吹っ切れたのか唐突に
「お兄ちゃん、大好き!」と抱きつき、街中を探し歩いたあげくランプがようやく見つかった時には、「これで天使様の笑顔も蘇るわ。」と素直な笑顔を見せる。このあまりに素直な感情表現や、「お花が散っちゃったみたい」などの少女的言い回し、さらに「いっぱいいっぱい一緒にいられて」や「すっごく、すっごく寂しい」といった同じ言葉の繰り返しなどは、明らかに彼女本来の純情さや子供っぽさの表れにほかならない。そして兄と二人っきりでいられるがゆえに、他の妹達に気兼ねなくありのままの自分を示せるという開放感が、可憐をさらに極端に夢想的にさせていく。その最たる例が、2丁目で出会った子猫達である。

可憐「可憐とお兄ちゃんみたい。お兄ちゃんは、もし可憐が迷子の子猫さんになったら、探してくれる?」
航 「ん、ああ、もちろん、そりゃ心配だから。」

 ここで可憐は
再び「お兄ちゃん、嬉しい!」と抱きつくのだが、その反応もさることながら、自分を「迷子の子猫さん」に喩えるという点で既に、どれほど彼女が純情少女に戻ってしまっているかが分かる。パーラーでもこの態度は強まる一方であり、咲耶とはまた違った趣の正面攻撃に、航もしばし面食らう。

可憐「可憐とお兄ちゃん、
恋人みたいに見えるかなぁ?
航 「こ、恋人…!?」
可憐「お花のランプも見つかったし、お兄ちゃんとこうしてお茶もして。
   可憐なんだか幸せすぎて、胸がドキドキしてるみたい。」
航 「そんな、お茶ぐらいで…。そうだ、朝言ったことだけれど、何かしてほしいことはある?」

 してほしいこと、と考える可憐の目には、テーブルの上の兄の手が映っている。機関車の中でも気にしていたように、可憐は航に手をつないでほしいのだ。しかし恥ずかしくて言い出せないでいると、早く役に立ちたい航が何かないかと身を乗り出す。それに勢いづけられて「あの、その…可憐、お兄ちゃんと、」と思い切って言い出そうとするも、ちょうどチョコパフェが届いて腰を折られてしまい、とうとうここでは伝えられない。しかしその代わりに可憐がとった行動は、手をつなぐことより遥かに重大事ではなかったか。

可憐「な、何でもない…お、お兄ちゃん。
はい、あーん。

 まさか第4話での雛子の行動をなぞろうとしている(その場合、照れる兄に「それじゃあ、可憐にあーんってして下さい。」と畳み掛けるはず)とは思わないが、それを措いても、抱きついたりパフェを食べさせてあげたりする(それはスプーンでの間接キスをも意味する)ことの方が、普通ならよほど勇気のいることだろう。だが、そんな一般的判断をすら考慮しないほどにまで可憐は舞い上がっていたのであり、そして不安を抱き続けている彼女にとっては、その不安を消してくれるはずの兄の暖かな手を握ることの方が、今はより重大で、より気恥ずかしいことだったのだ。この願いを言い出せないまま帰路につく二人は、しかし不意に現れたあの子猫の片割れの前で足を止める。もう一匹がいない状況を可憐は夢想全開で解釈し、航を置いてけぼりにしてしまう。

可憐「きっと、
大好きなお兄ちゃんを探してるのね。大丈夫、可憐が一緒に探してあげるから。
   可憐、もしこの子猫ちゃんみたいにお兄ちゃんと離れ離れになったら、すっごく、すっごく寂しいと思うの。」
航 「可憐ちゃん…。」
可憐「だから、お兄ちゃん。すぐに戻りますから、ここで待っていて下さい。」

 どうしてこの子猫達が兄妹と分かるのか、などと今更疑問に思ってはならない。可憐の不安と解放された少女性は、兄と二人でいることによって支えられつつ、周囲の一切を自分と航のメタファーとして彼女に理解させる。切れた電球を兄が見つけ出したことで、ウェルカムハウスでの共同生活の幸せは、兄が妹を庇護するというかたちで守られた。次は、この子猫の片割れを自分が見つけ出すことで、兄と自分との絆が守られねばならない。このように、可憐が次第に自分の夢想的類推によって突き動かされていく様は、第4話での雛子の変化の逆を示しているようにも見て取れる。航と別れて移動中に、この子猫は腕から逃げ出してしまい、可憐はその後を追いかけて、周囲も見ずに駆け回る。2丁目では咲耶がいるブティックの前を、3丁目では春歌がいる呉服店の前を。以前ならば、他の妹達の「してほしいこと」を航が聞き入れないように、兄を無理に拘束しているのだと考えたくなるところだが、この時点ではもはやそのような回りくどい作戦をとっているのではなく、単純に可憐本人の夢想を追い求めているのだろう。それは、抑圧された一面の表出であるとともに、今まで無理を重ねてきた彼女の精神の均衡が危うく壊れかけている一つの兆候でもあった。
 降り出した雨の中、頂上の公園へとたどり着いた可憐は、ついに逃げ出した子猫を再び胸に抱きとめることに成功した。「つかまえた。もう、おいたしちゃだめよ?」と言いつつ、ようやく辺りを見わたせば、そこは見知らぬ池の前。勝手を知る街中を駆けてきたはずなのに、なぜこんな場所に出てしまったのか。

可憐「ここは…?」

 既に本降りとなった空は暗く、木の根元で雨宿りする可憐は、自分が知らない野外地での寄る辺ない心細さに一気に襲われてしまう。

可憐「お兄ちゃん、今日一日可憐にいっぱいしてくれたのに…。
   欲張りして、お兄ちゃんと手をつなぎたいなんて思ったから、罰が当たっちゃったのかな。そうなのかな。
   もしこのままお兄ちゃんに会えなくなっちゃったら、どうしよう。可憐きっと、寂しくて死んじゃう…お兄ちゃん…。」

 子猫を抱いて涙にかきくれる可憐の独白は、これだけを捉えれば、「くまさんがいないから頭の中ねむねむなの」という雛子の言葉とさほど変わるものではなく、お互い島の中にいる以上会えなくなるはずがない、と真正面から反論したくなる。だが、その内面を覆う恐怖は、冒頭から一貫して描かれている、激しく揺らぐ彼女の不安定な心理に由来するものである。そうでなければ、
「可憐にいっぱいしてくれた」という誤解を招くに最適な表現が、他人に聞こえない場所で無意図的に出てくるはずがない。そして、子猫を追いかけてきた結果、子猫の兄が見つからないという状況は、当然、自分が兄に会えなくなるかもしれないという予感と結びつく。もはや幼児的と言えるこの心理は、兄が子猫の片割れと共に可憐達のもとに駆けつけることで、緩和されるどころか、かえって強化されてしまう。「もう大丈夫だよ。」と微笑む航の胸に可憐はすがりつき、

可憐「ごめんなさい、可憐、もうお兄ちゃんと会えなくなっちゃうんじゃないかって…。」

と涙ぐむのだが、一見彼女が救われたと思えるこの瞬間こそ、実は最も危険な場面なのだ。兄は迷子の自分を探し当ててくれた。自分が知らない店で電球を発見し、自分が知らない場所で自分を見つけてくれた。自分ができない時、どうしていいか分からない時に、兄は必ず助けに来てくれるのだ。しかも兄は、「帰ろう。」とその手を差し出してくれた。「…お兄ちゃん!」と可憐が驚くのは、兄がいつでも自分の願いをかなえてくれる存在だと認識した瞬間でもある。だからこそ、兄は「スーパーマンみたい」なのであり、神の御使いのごとく、可憐を優しく包みこんでくれる全能の守護者なのだ。これは可憐が精神の安定を兄との関係の中に再び見出すことでもあったが、それは同時にまた、可憐を航に過度に依存させてしまうことにもなりかねない。かつて雛子がぬいぐるみによって過剰な依存関係を切断されたように、ここでも何らかの措置が至急必要となるはずだ。
 だが、それは今回は、じいやの作為としてもたらされはしなかった。第4話では間接的な贈り物とされた成長途中の航が、今回は自らそれと知らずに、この役目を果たすこととなったのである。彼は、可憐の賞賛と理想化に対して、自分が取るに足りない存在であり、誰も自分に期待してくれていない、とこぼす。それは航本人にしてみれば、第3話で可憐にしたのと同じ、ただの愚痴でしかない。だが、今の可憐にとって兄のこの呟きは、あまりに理想化した兄の像にひたすら依存しようとする衝動から身を引き離し、自分の役目へと立ち戻る契機を与えてくれるものだった。可憐にとって兄は天使のような守護者でもあるが、同時に、優しさで抱擁すべき幼子でもあった。可憐はこの意味で聖母マリアの立場に自らをおくのであり、冒頭の聖母子と天使の絵は、こうして、兄に守られ・兄を包むという彼女自身の立ち位置によって、現実に重ね合わされるのである。

航 「そんな普通のことでいいの…?」
可憐「可憐には、お兄ちゃんといられることが、世界で一番のプレゼントなの。」

 第3話で兄を引きとめようとする時の語り方に比べて、今の可憐はどれほど思いのままに振舞えていることか。日々のあり方がかけがえないことを航に訴えかけながら、可憐は自分の素直な言葉を通じて、自分自身の気持ちを確認する。彼女にとって、兄と共にいることが何よりの幸せにほかならない。兄が全能かどうかではなく、兄がそばにいるということが、既に一つの奇蹟ではないか。そして航は今なお繊細で傷つきやすく、可憐達が大切にしていかねばならない共同生活の救世主である。兄の存在によって救われつつ、兄に慈愛を注いでいくことこそ、可憐が以って任じるべき真の責務なのだ。こうして可憐は、これまでの自己否定や不安を乗り越え、また今回生じえた兄への過剰な依存や幼児的空想への埋没などの危険をも回避し、自己同一性を取り戻した。可憐は航に愛され守られながら、航を愛し守っていく。そのために必要な条件は、お互いがここに存在するというただ一つのこと。咲耶や眞深の真似で背伸びをしなくても、逆に純真すぎる子供にならなくても、等身大の自分で兄を受け止められるはずであり、そんなありのままの自分を、兄も彼女自身も大切にしていけるはずだ。そして、この自然な気持ちの可憐こそは、彼女持ち前の母性愛を純粋さとともに表せる最も魅力的な姿となってやがて示されるだろう。

可憐(お兄ちゃんと手もつなげたし。)

 そう微笑む可憐の表情からは、以前までの躊躇いや後ろ暗さが消え去っている。言いたいことを素直に言え、してほしいことをしてもらえた彼女の心はようやく満たされ、本来の健やかさを完全に取り戻した。しかしそれは、今までの態度が全て払拭されるということではない。兄をめぐる攻防はなお続けられるのであり、例えば眞深が航に買ってもらおうとしたバストアップ・ブラは、可憐が知らなかったとすればこの機会に彼女の購入リストにこっそり加えられたことだろう。だがその攻防も、これまでの足を引っ張るような戦い方ではなくなり、可憐もまた堂々と向き合う姿勢を見せて、とりわけ咲耶のよきライバルとして競争していくことになるだろう。そして第7話以来の負債は、今回自分が満たされたことによって、いつか必ず咲耶のためにも望ましい機会を作ろうとする努力を導いていく。可憐が咲耶のために場をしつらえるというアニメ版ならではの麗しい光景を目にするには、しかしあと三月ほど待たねばならない。


終わりに 〜舞台袖では〜

 この一日を通じて航は、自分がいることの意味を考え直し、役立とうと焦る気持ちを落ち着かせることで、本当に自分にできることを妹達の立場からとらえようとするだけの余裕を持つことができるようになっていく。その歩みは、可憐が今回示したように、各回のヒロインとなる妹達が抱える問題にかかわりながら、お互いが成長していくというかたちで描かれていくことになるだろう。これは前半での雛子達の場合にも共通する展開ではあるが、妹達のためにという航の意識が確立している点で、大きな相違を見せていくのである。
 ところで、今回の主役達の一方で、他の者達はどのように描写されていただろうか。鈴凛のプロトメカ1号にジェットスクランダーやドリルが装備可能らしいという事実も気になるところだが、ここでは、じいやと山田、そして千影に注目することにしよう。

 じいやは当初、ウェルカムハウスの防諜要員としての重要な責務を可憐に担わせてきたが、彼女のここ最近の変化に対して、今まで通りの負担を委ねることはもはや不可能だと悟らざるをえなかった。この結果、第14話におけるじいやの行動は、可憐の負担を自分達が代替することで軽減する努力と、可憐自身の問題解決の支援とによって構成されることとなった。これは、可憐に年齢不相応な重荷を背負わせてきたじいやの罪滅ぼしという意味もあってのことだろうが、具体的にはまず、航との買出しをできるだけ(二人が限界に達するまで)長時間引き伸ばしてやるというかたちで実現した。また、負担の代替という点については、当面さほどの変更は不要であるものの、今後のための試験として、じいやが最大限かけもちを行うという荒業が演じられた。全ての電気店主と同時に機関車運転手をもこなすこの驚くべき試みは、じいやの心身に少なからぬ無理をかけながら、可憐の「おじさま、ありがとうございます。」という言葉を唯一の報酬として無事成功した。これは、第11話以降多忙だった従業員に遅い夏休みを与えた結果の人手不足にすぎないのかもしれないが、じいやがまたこれだけ頑張れることを体得できたことは、今後の可憐達の負担を完全に解消するのに寄与する一方で、じいやが多忙の中で見逃してしまう問題をも不可避に増大させることとなった。

 山田は今回も基本的な性格をそのままにさらけ出していたが、上述のように、航に助けを求めるという姿勢が初めて示されたほか、最後の場面では「くそー夏休みの宿題終わんねえよーって、いま誰かボキのこと呼んだ?」と画面のこちらを見る仕草をする。この場面については、視聴者と山田との親近性という観点からも解釈可能だろうが、ここでは、山田もまたプロミストアイランドの一員に加わる契機を与えられつつある、という意味にとる。彼を呼んでいるのはこの島の世界そのものであり、そこで自分の役目を見いだすことで、山田はこれまでのような道化とは違う、主体的生を確立できるかもしれないのだ。このことは、既に第11話でじいやが山田にアルバイトを依頼することに端緒をもっている。やがてガソバルの模型を餌として頂点に達する山田の労働意欲は、物欲を増進するのみならず、働くことの意義や、自分の努力で対価を得ることの充足感を、彼に理解させる起点となりうる。もしこれによって山田が勤労に目覚めたとすれば、じいやは、山田のこれまでの無自覚な役割(ウェルカムハウスの共同生活が軌道に乗るまでの近接支援)に報いることができる。つまり、山田自身が口先ばかりでない人間に成長し、そしてこの島で働く熱心な従業員として雇用される、ということである。果たしてじいやの期待通りに山田が行動するかどうかはまだ分からないが、少なくとも山田には現状のままで終わらない可能性が開けている。そのためには、彼が自分自身を正直に見つめなければならないのだが。

 最後に、千影は今回の航の呼びかけに応えて、異世界の禁断の果実を入手してきていた。これはキャラクターコレクション第9巻第1話「金色の果実」に登場するそれと同じものだろう。ここで注意すべきは、そのような異世界へ行く能力の有無ではなく(原作と同様、有るに決まっているが)、兄の言葉をこれほどまでに真っ直ぐ受け止めて直ちに兄を自分のものにしようとした、という点である。第5話以来呪術的な準備を慎重に続けてきたにもかかわらず、千影が今回このような直接的な結果を求めたのは、来るべき「別れ」への焦燥感が予想以上に強まりつつあることを暗示している。だが、「二人だけの世界」へ導いてくれるはずの千影の禁断の果実は、航の口に入ることなく終わる。可憐を連れて帰宅した航は普段通りの兄に戻っており、千影の求めに性急に応じてくれそうにはなかったのだ。

千影「フ…兄くん、それがいい…。無理に探すことはない…。そう、無理にね…。」

 禁断の果実はただのリンゴに戻ってしまい、それでもせめて未来の希望を得ようと兄に差し出されるものの、それは白雪によって他のリンゴと一緒に皆のデザートに給された。

千影「いつか兄くんが、自分からこれを欲してくれることを願ってるよ…。」

 しかし、「ただのリンゴだよ…。」と安心させても、なかなか口に運ばない航の姿を見れば、千影の願いはかなえられるものだろうか。兄と自分の本当の幸福を、この生で再び勝ち取るためには、他の妹達との共同生活はどうしても足かせになってしまう。他者からの干渉を排除し、兄を真実の自分に目覚めさせるための手立てが必要なのだが、これを実現するには今しばらく待たねばならない。
 しかし着々と進展するこの計画は、一方で、航を特定の妹のものにさせまいとする黄色い麦藁帽子の少女にとっても、看過し得ない重大事である。これに対する少女の対応努力が彼女の力を一時的に高め、かつての約束に縁の深い頂上の公園にその影響が及んだ結果、可憐の精神は極端に乙女化してしまったとも考えられる。だとすれば、まさにあの時、可憐は本当に乙女時空に引き込まれていたのであり、この余波はさらに、続く第15話で亞里亞にも関わりをもつことになるのである。

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