アニメ版『シスター・プリンセス』における日常の解体

〜発動篇としての第23-24話〜



はじめに 〜問題の視点〜

 本作品の特徴として一般に挙げられるものの一つは、その背景設定ともいうべき幾つかの点が最後まで説明されないままに結末を迎える、というものである。つまり、プロミストアイランドをめぐる海神家の目的、山神家(燦緒と眞深)の目的、黄色い麦わら帽子の少女の正体、航の生い立ち、などといった重要事項について、作品内で十分触れられずに終わっている、と批判されているのである。
 本考察では、最終4話の前半である第23話「はじめてのお客様」と第24話「さよならの予感」の展開を追いつつ、特にプロミストアイランドをめぐる海神家と山神家の関係について、そして燦緒と眞深の問題について、重点的に検討する。この作品が兄妹の成長物語であるとするならば、この観点は航達のみならず燦緒と眞深にも適用されるべきものであり、そして最終4話こそは、このもう一組の兄妹が抱える問題とその超克の姿をも、航達との関わりを通じて描いていると予想されるからだ。



1.過去との戦い

(1)再会、友よ

航 「燦緒へ。君といつもメールをしているのに、いざ会うとなると、なんだかすごく緊張するな。」

 前話以来燦緒の訪れを心待ちにしていた航は、ついに燦緒が来島するとのメールを受信した。思えば第1話で、こちらに遊びに来てほしい、と書き送ってこのかた、1年ぶりの親友との再会に逸る姿を見て、妹達も楽しげにお迎えの仕度を整える。四葉などは屋根の上に陣取って船着き場周辺を監視しつつ、屋内掃除中の鈴凛と状況交信を行っている。なお、ここで鈴凛は「ベルリン」、四葉は「クレイフォー」という符丁をそれぞれ用いているが、前者については鈴=ベルで「鈴凛−ベル凛−ベルリン」と変換されている。後者については、鈴凛がドイツ地名に変換されたことから四葉も同じくドイツ語的に、という発想で、「クローバー」にあたるドイツ語の「クレー(Klee)」に英語の「4(four)」を付けて「クレーフォー」と変換したものと考えられる。(「四葉のクローバー」にあたるドイツ語はきわめて長大なので却下されたのだろう。なお、この変換にはドイツ帰りの春歌が協力したものと思われる。)
 ここで咲耶は、「私の知らないお兄様」を知っている燦緒に嫉妬して兄に「燦緒は男だよ?」と苦笑され、さらに可憐にまでくすくす笑われて、むっとした表情を見せる。こんな何気ない姿にも、兄妹の共同生活が積み上げてきた成果が見て取れるだろう。当初より緊張のもとに続いてきた可憐と咲耶の関係は、第7話で一つの転換点を迎えた後、第20話での雪融けを経て、ついにこうしてお互いが素直な感情のやりとりをするまでに親密なものとなったのだ。しかしまた、この場面は咲耶が第7話で示した兄の「過去」への不安を、今なお垣間見せるものでもあったのだが、ここではその陰はさほど意識されないまま、和やかな雰囲気が兄妹を包む。
 この共同生活を構築する過程の中で眞深が果たした役割は大きなものがあったが、当の眞深はといえば、実兄の訪問に戦々恐々として落ち着かずにいた。そんな彼女に航は気遣いを示し、眞深は「優しいよなー、あんちゃんは…。」とモバイルを見つめて溜息をつく。そしてリビングで「亞里亞もお手伝いー」と言いながらソファに横になる亞里亞は、「亞里亞、つんつん嫌いー」と何かを察知し、千影も自室での占いで、「月(XVIII. The Moon)」のカードを引いて「不安…?」と眉をひそめる。既に彼女達にとって、燦緒の訪れはただ喜ばしいだけのものではない。

 船着場では、船頭じいやが暢気に煙管を吹かしているが、航の「何やってんだろ、燦緒のやつ。」という言葉に激しくむせてしまう。じいやは燦緒の訪問について何も知らなかったか、あるいは訪問を阻止しえているものと判断していたことになる。東京に残している黒服達からは燦緒の行動について何の報告もなかったのであろうし、プロミストパーク建設も大詰めを迎えて注意がそちらに向きすぎたのかもしれない。ちょうどその上空を、燦緒がエンジンパラグライダーで飛来する。これに気づいた航は喜び慌ててウェルカムハウスに駆け戻るが、先に玄関前に降り立った燦緒は、出迎えた妹達に花束を渡し(しかも花穂に)、パラグライダーに興味を示す衛達に快く応え、屋内に通されば妹達全員にプレゼント(次表参照)を手渡す。実に如才ない社交家ぶりであるとともに、いかに彼が妹達の情報を眞深経由などで把握しているかが分かる。

可 憐 ティーカップセット 鈴 凛 マウス
花 穂 千 影
 衛 スポーツキャップ 春 歌 お手玉?匂い袋?
咲 耶 香水 四 葉 ユニオンジャック柄ネクタイ
雛 子 「まざあぐうす」絵本 亞里亞 箱詰チョコレート
鞠 絵 「Around the World」本 眞 深 「根性」キーホルダー
白 雪 洋菓子詰め合わせ? (不明点については請う情報)

 妹達も自分の好みに合った贈り物に大喜びし、航と燦緒の再会抱擁シーンで憮然としていた咲耶でさえ篭絡されてしまうのだが、それでも亞里亞は玄関先で燦緒を恐れ「つんつん…。」と千影の後ろに隠れており、贈り物にも千影ともども喜ぶ表情を見せていない。一方で航は、燦緒の要領のよさを自分と比較して意気消沈してしまう。妹へのプレゼントを選ぶのに苦労してきたからだが、久しぶりに航の姿を見た燦緒が不意を撃たれて「ずいぶん格好よくなったなぁ。」と笑った通り、航は明らかにこの1年で変化してきたはずではある。それでも山田の場合とは異なり、妹達に歓迎される燦緒の姿は、航に劣等感や対抗意識を喚起させてしまう。
 手荷物を片付けたところで皆で島内を案内する予定だったが、燦緒は眞深に案内を「約束」していたことにし、さらに島外で配布されているらしい観光用の島内案内図を妹達に手渡して、1丁目の東端にあるプロミストパークを訪れてみるように勧めていた。衛の言葉では存在しないはずのこの場所に、燦緒への競争心にかられた航は妹達と遊びに行くことにした。一同が通りの外れ(第3話で逃げ出そうとした航が「行き止まりかよ…。」と呟いた通行止めの場所の先)まで来てみると、四葉は「風の匂い」が違うという得意の直感で、千影は「結界を張った跡がある…。この先、何かあるね…。」という独特の感覚で、共に一方向を指し示す。皆を先導する千影の笑顔は、結界などという術の存在に興味をもったのか、それともやはり遊園地が相当楽しみなのか。
 半信半疑のまま木立を抜けると、眼下には本当に遊園地が広がっていた。久しぶりに航の「そ、そんな馬鹿な!」が出たが、ともかくこのプロミストパークへ降りていくと、ちょうど調整にあたっていたいつものコンビが、突然現れた航達に驚き普段通りの対応ができずにうろたえる。ここでは彼らも素のままの作業員であり、日常を演じるべき街中とは意識が異なるからだ。この緊急事態に際して、じいやは燦緒への対策を後方で指揮しているために直接対応できず、ここでは第12話で花火の打ち上げ役と想定した作業員が、非常措置として航達に「メンテナンスに協力」しながら遊んでもらうことにした。本当に調整段階なら人を乗せてはならないマシンも多々あるが、もちろん「協力」とは無料で楽しんでもらうための方便だろう。
 はしゃぐ妹達に囲まれて、航は格好いいところを見せようと気張る。まずコーヒーカップに、航、花穂、衛、雛子、四葉。続いてのメリーゴーランドでは航、白雪、亞里亞。次はホラーハウスに航、可憐、咲耶、千影。現れる怪物に可憐と咲耶は悲鳴を上げて、予定通り兄の両脇から抱きつくが、咲耶の胸が兄の腕にあたるあたりに咄嗟に自分の手を差し入れて防ぐ姿はさすが可憐。航は2人を安心させようと「作り物」であることを後ろの千影に確認するが、「ああ、作り物だ…。さっき兄くんの肩にいた、あれ以外はね…フッ…。」と返事されては全く逆効果。一息入れようと、鞠絵と一緒に観覧車に乗れば、ミカエルが暴れて鞠絵は航の胸に飛び込んでしまい、下で手を振っていた他の妹達の心中はいかばかりか。これで幾分落ち着いたと思いきや、航を待っていたのは春歌と鈴凛と一緒のジェットコースター。必死の覚悟で乗ってみたものの、大はしゃぎの二人の間で、航は「そんな馬鹿なーっ!?」と悲鳴をあげて本当に目を廻していた。
 あえなくダウンしベンチで春歌に膝枕される航を、他の妹達が心配そうに囲む。当初の気合いも既にしぼみ、いいところを見せるどころか逆にみっともない姿を晒していることに、航は「何でもできる燦緒みたいにはいかないね…。」と自嘲する。しかし妹達が第一に求めるものは、格好のよさや要領のよさではない。まず航がかけがえのない兄としてそばにいること、そして不器用ながらも自分達のために心を向けてくれること、自分達の想いを真摯に受け止めてくれることこそが、日々の幸せをもたらしてきた。だから可憐や咲耶は、お世辞ではなく「可憐のお兄ちゃんは、いつも世界一よ?」「そう、お兄様はお兄様よ。」と兄を励まし、共に支えあってきた妹達全員の声に、航も燦緒と競おうとする気負いを離れて穏やかに感謝できたのだった。

(2)アキオ16才

 だが、プロミストパークで航達が楽しんでいる間に、燦緒は眞深を連れて、同じ園内の施設整備ブロック内部へと侵入していた。眞深も知らずにいたように秘密裏に建設されてきたこの区域を、燦緒はためらいもなく進んでいく。おそらく彼は、この区域のみならず、島全体の図面などを事前に入手するなどして、正確な知識を相当有しているのだろう。その彼がなぜ航達に、プロミストパークに遊びに行くよう勧めたかといえば、2つの理由が挙げられる。1つは、現状についてのより正確な情報を得るべくプロミストパークに潜入するには、周囲に張り巡らされた結界を越えねばならないが、それを彼が行うには危険が大きすぎる。それゆえ、航と行動を共にする千影達に結界を破らせることで、後から安全に潜入できるようにした、ということである。もう1つは、島内のどこにいても燦緒への監視はなされるだろうが、航達が遊ぶ世話に周囲の従業員一同かかりきりとなるこのプロミストパーク内ならば、かえってその監視の目が燦緒達に行き届かなくなるという判断である。この目論見通り、航達の出現に不意をうたれた従業員達は、万一の事故を防ぐためにメンテナンスに細心の注意を払わざるをえず、燦緒と眞深は、「This point submarine-dock / There is a dolphin-boat additionally / please enjoy it.(潜水艇ドックはこちらです。イルカ型ボートもございます。どうぞお楽しみください。)」と記された通路を進み、やがてドックに堂々と踏み入った。そこでは、第11話でお披露目された潜水艇プロトロボ4号がその後の改良を経て密かに量産され、ボートと共に整然と並んでいた。
 ここでようやく燦緒は偵察を止めて妹に向き直る。その振る舞いは「相変わらず回りくどいねぇ。」と揶揄されるように、いちいちもったいをつけた気障なものだが、燦緒にしてみれば眞深の方こそ無様に映る。燦緒は眞深に、ウェルカムハウスに妹として潜入できたことをひとまず褒める。眞深にしてみれば、航が疑いを持たなかったことが不思議なのだが、燦緒は自分の経験から「航はそういうところに鈍感だからなぁ。」と頓着しない。

燦緒「問題はその後だ。眞深、お前の任務を言ってみろ。」
眞深「あらゆる手を使い、ターゲットである海神航を島から追い出すこと…。」

 第1話で航の写真を手に渡し船に乗り込んで以来、眞深はこの任務のために島に入り込んでいた。しかしその後の彼女は、妹の1人として巧みに入り込みながら、共同生活の破壊工作をほとんど行えず、むしろ第6話以降は逆にそれを支える役回りを果たしてきてしまった。任務失敗という結果を、燦緒は「ま、お前ならこんなもんか。」という言葉で一笑に付す。眞深がそれに怒りを覚えるとしても任務失敗は事実であり、燦緒は役に立たない妹から「今度は俺が動くからな。」と任務を剥奪する。
 プロミストパークを出た2人は、客の姿のない、つまり監視役以外は出払ってしまっている2丁目のパーラーで一服する。ここで眞深は、この任務そのものを取り消させようと懸命に試みるが、燦緒にとってそれは、眞深への評価をさらに下げる以外の効果を持たない。

眞深「あんちゃんは変わったよ…。」
燦緒「あんちゃん、か。航をそう呼んでいるんだ?」
眞深「一応、ここでは妹だから…。」
燦緒「確かに変わった。航は堕落したよ。生ぬるい島の生活がそうさせた。」
眞深「あたしは、妹達と出会って、すごく格好よくなったと思うけど。だから、もう無理に変なことしなくてもいいと思うんだ。」
燦緒「これは仕事だ。朱に交われば赤くなる。眞深、お前も堕落したんだよ。駄目からさらに駄目駄目に。」

 ここでオーダーを取りに来たウェイトレスに、燦緒はコーヒーを2つと答え、眞深が1つを紅茶に訂正する。

燦緒「コーヒー飲めないのか?」
眞深「昔っから。兄妹なのに、あたしのこと何も知らないんだねぇ?」
燦緒「たかが好き嫌いくらいで。」

 たかが。だがその「たかが」を大切にすることこそ、日々の生活の中で、航が眞深にも示してきてくれた優しい気遣いではなかったか。たとえ器用でなくとも、実兄の燦緒が自分に与えてくれなかったものを、眞深に惜しげもなく分かち与えてくれたのではなかったか。クリスマスで妹達に受け入れてもらえた時、眞深は彼女だけにしか分からない感謝の想いを深く抱いた。そんな触れあいの温もりを知ればこそ、昔ならば聞き流すふりができた兄の言葉が、今は何ものにも増して冷たく突き刺さる。迸る衝動をテーブルに叩きつけて眞深は叫ぶ。

眞深「あんたは何にも分かっちゃいない!航のことも、あたしのことも!
   血の繋がったあんたより、あんちゃんの方が、…あいつの方が、優しいよ…!」

 肩を震わせる眞深に、燦緒はただ「邪魔だけはするなよな。」と釘を刺すのみ。妹は無言で歩み去り、兄はオーダーを運んできたウェイトレスに「ヒゲのじいさんに請求しといてくれ。」と言い残して姿を消す。一服入れる気分でなくなったこともあるが、眞深が去った状況では万が一コーヒーに何か入れられていないとも限らない。
 ウェイトレスは請求書と伝言をもって、同じ2丁目のアンティークショップにいたじいやに事情を伝える。燦緒がじいやの存在と役割を十分心得ていることは、当のじいやにも理解されているところというわけだが、この店でじいやは、燦緒を監視する者達の指揮を執りながら、店頭のショーウィンドウに以前からある品をわざと目立つように並べた。『ザ・マイアニメ機甲戦線ガソバル(GASSOBAR)』の「F・レンド軍バトルコート RZ-99ガソバル」(パイロットは「レムア・ロイ」)プラモデル、値段は実に「40000円」である。時を置かず店先を通った山田は、最初はガルバンかと思い興味なく無視しかけ、しかしそれがあのプレミアつきのパチモンモデルであることに気づくと、垂涎の表情でショーウインドウにへばりつく。今まで店内に飾られていたこの品をなぜ今ここで店先に掲げたかといえば、こうして山田を引っかけるためである。この猫の手も借りたい緊急事態にあって、山田という活力だけは有り余っている人材は、とりわけ肉体労働の面でさらに活用されることが求められていた。しかし、「女の子にモテモテ」という夢が実現し得ないことに気づいてしまった山田が必要以上のバイト労働を請け負うとは思えず、だからといって事情を彼に説明するわけにもいかない。それゆえ、彼の嗜好を熟知しているじいやは、ガソバルというモノで山田の欲望を喚起し、さらなる労働に自発的に従事するようにし向けたのだ。
 そんな応急措置を講じつつ、じいやは、店の奥のテーブルに置かれた書物に目を落とす。それは表紙に「海神」と文字の入った、鍵付きの書物であり、その鍵と思しきハート型のハーモニーボールが付帯していた。

じいや「燦緒様が島にいらしたということは、いよいよプロジェクトも、次の段階に、ということか…。」

 溜息をつくじいや。作品世界の謎を結びつける鍵となるであろうこの「プロジェクト」とは一体何なのか、これについては最終2話に委ねるとして、ここではさしあたり、燦緒と眞深の問題を明らかにするために、海神家と山神家の関係について検討する必要がある。

(3)山神家の一族

 アバンタイトルで語られるように、このプロミストアイランドで働く従業員達は皆、「海神家にお仕えする」のが「本来の役目」であり、また「もうしばらく続いてもよかったんだけどな。」と言っているあたりから、プロミストパーク建設をはじめとする島での作業も、航達の周囲の世話も、一切は本来の仕事を離れての一時的な配置換えに基づくものと考えられる。彼らのここでの仕事とは、今述べたように島施設の建設と兄妹の共同生活の支援に大別できるが、ここでは前者に視点をおいてみよう。

 この島は第1話で語られたように、来年(つまり今年)開園される「癒し系テーマパーク」として建設を進められてきたものであり、明らかに商業的意図に立脚している。それは「癒し系」と称する通り、東京ディズニーランドのような非日常的祝祭空間を創造する娯楽施設のみならず、階層ごとに和洋中と異なる町並みや学園などにおいて、擬似的な日常生活をも満喫できるように設定されていた。「癒し」というものが平凡な日々の中でこそなされるべきであるならば、テーマパークでの客接待よりもはるかに困難なのは、町中での何気ない心遣い、日常を醸し出す雰囲気づくり、である。この難しい業務をできるだけ自然にこなせるようにするために、航達の共同生活を1年間支援するという実地訓練が行われ、そしておそらく所期の成果を得られた。兄妹が幸福な日々を送ることは、それ自体彼らにとってかけがえのないものであると同時に、これを支える従業員達にとっては、その努力がどれだけの効力を持ったかを測る実際的な指標でもあった。この共同生活の中心にいる航が当初否定的な態度を取り続けていただけに、こうして1年を経て見出す兄妹の姿は、従業員達に深い満足感を与えるものだった。そして、経験を通じて得られた反省点は、今後の島の運営にとって大きな財産となり役立てられることになるだろう。

 こうしてプロミストアイランドを海神家の一大事業として捉えるとき、しかしそこに横たわる問題も明らかとなる。航が何度も「そんな馬鹿な」と叫んできたように、この島での支援のあり方は、あまりのご都合主義に陥っている場合が少なくない。そのような行き過ぎの「神の見えざる手」をさえ求める顧客もいないわけではないだろうが、日常を「自然」に演出しなければならないにもかかわらず、その日常の人為的な「不自然」さがどうしても際だってしまうことは回避困難なままだった。共同生活の進展につれ、この問題はさほど重大視されずにすんだものの、それは従業員の改善努力によるよりも、むしろ兄妹の絆の深まりによるものであり、これを一般に適用することは(絆の深まりにも支援が少なからず寄与したとはいえ)到底できない。「癒し」というテーマパークの目的を考えれば致命的な欠陥にもなりうるこの問題は、島の環境を「癒し」のために人工的に構築するという方向性をとるかぎり、解決不可能とさえ言える。
 そして、伊豆半島沖合(第1話参照)という場所にこれだけの多大なコストを費やしたテーマパークを開園したとして、果たしてそのコストに見合うだけの来客数が見込めるのかといえば、あの船着き場の規模を考えても、素人考えにも甚だ心許ないと言わざるを得ない。もしそれでも経営が可能だとすれば、それは来客層が最初からそのコストを負担できる者や長期滞在者達に焦点化されている場合である。選ばれた少数者の「癒し」のための徹底的に親身なケア、つまりはこれがこの「癒し系テーマパーク」が提供する予定のサービスの実像ということになるだろう。
 しかしこれは、事業が端緒に着いたばかりの現時点ではやむを得ないことかもしれない。このテーマパークが順調に軌道に乗れたならば、そのような濃密なサービスを行える能力は、従業員が日々維持していくとともに、大学まで含み込んだ学園で、その職種を希望する生徒達が理論的・実戦的に習得していくことになる。こうして育成された人材は、この島で、さらに各地に建設が計画されている新規の「癒し系テーマパーク」で、新たな従業員として職場を見出すことになるだろう。プロミストアイランドは、海神家このような長期的展望に立つ「癒し系」事業のまさに中心として計画され、開園と共に1年間の訓練の成果を示す段階にまで、ようやく到達したのである。

 だが、この海神家の事業は当然のことながら様々な利害関係を生み、経済的にも「癒し」の思想的にも相容れない集団との対立を余儀なくされる。本考察では、その急先鋒であり最大の敵対者である存在が、燦緒や眞深の生まれた山神家であると考える。もちろん彼らを、海神家に従属する(あるいは下克上を企む)一族としてとらえることも可能であり、また航と燦緒の「パジャマのサイズぴったり」で「ほぼ同じ体型」であることから両者を異母兄弟などとしてとらえることもできるかもしれない。しかし本考察では、航達と燦緒達の二組の兄妹の成長物語をここに見出そうという視点に立つため、この2つの家をあまりに近縁とは想定しないでおく。(ただし、アンティークショップじいやが「燦緒様」と呼んでいることから、両家に何らかの繋がりがあることはほぼ間違いないのだが。)

 これについて一般的に受け入れられているのは、山神家が学歴社会のエリート階層を代表するものである、という解釈である。山神家は、美駆鳥居高校などの有名進学校から一流大学、そして官庁なり企業なりへと子弟を送り込んでいくが、それは既存の大衆消費社会を前提としつつ、そこから最大限の利潤を引き出しうる指導者的人間の育成を目指すものである。第1話に描かれる灰色の東京は、唯一の現実として絶対的な価値を有し、そこでエリートコースに乗れるかどうかが、「選ばれた人間」とそうでない大衆とを峻別する。
 この山神家の子弟である燦緒は、「選ばれた人間」になるべくエリートコースに乗るのだが、その視野は、例えばコースに乗ることだけに汲々としている利己的なな皆井と比べれば、はるかに広い。燦緒は、学歴を余裕を持って積み重ねていくだけの知的能力を備え、さらに「格好よさ」を追求していくことで、たんに現代社会の歯車として定型化されない指導者としての本物のエリートを目指すのだ。この目的のために、燦緒は、自分が要求する知的・人格的水準を相手が満たすかどうかを常に査定し、それを満たさない他人を、自分と対等な人間としてではなく1個の道具としてのみ扱っていく。この態度はたとえ家族であっても容赦なく適用され、その結果、実妹の眞深は以前から「駄目」の烙印を押されてしまっていた。
 中学3年生の最後の1ヶ月という時期に燦緒が航のいる中学校に転校してきたのは、彼の人脈拡張努力の一環として理解できる。特に海神家の御曹司である航に対しては、燦緒は最初から自覚的に接近していったが、そこに見いだした航という人物は、エリートたるに相応しい(燦緒以上の)学力を余裕で示しつつ、燦緒や周囲の者と異なる一風変わった性格をも備えていた。この航の能力と独特の純粋さ・素朴さに、燦緒は少なからず惹きつけられていったが、それは将来に自分と共にこの現代社会を導いていける対等な「親友」として、航を認めたということだった。ここで「親友」とカッコ付きにしたのは、燦緒が求める友人とは、あくまでも彼の目的に合致しうる者でなければならないという大前提があるためである。燦緒にしてみれば、自分の目的を航も自ら望んで共有し、協力して社会を指導していけるに違いないと確信していたことになる。これは、自らにも責任のある殺伐とした人間関係の中で、燦緒が航のような相手に心底飢えていたということでもあり、今回の来島では、この航が「癒し」や「ママゴト」に埋没しかけていると思えばこそ、彼なりの義憤と友情とによって航を救出しようという思いを抱いた部分も確かにあるかもしれない。
 しかしながら、これは燦緒が航に真に心を開いていたということを意味しない。燦緒は現代社会のエリートたらんとして、自分自身には「格好よさ」というエリートの美学を具現させ、そこにナルシスティックな快楽を追求する。そして他者との関係を利害で割り切りながら、それによって生じた人間的なものの欠落を、自分の行動の修正なしに、ただ航との関係によって埋め合わせようとする。このような燦緒の行動は、結局のところ「完璧な自分」という幻想を保持するためのものであり、航さえも自己愛を投影する対象として道具にしてしまいかねない。「親友」にせよ道具にせよ、燦緒は他者の意志を自分のそれと対等なものとして認めていない以上は、そこに人間的な関係など構築されるはずがなかったのである。

 このような実兄の態度に対して、「選ばれた人間」としての資質を示し得なかった眞深は、優秀な兄と絶えず比較されることで成長途上で屈折していく。元々この兄妹は、メールのメッセージがあまりに的確に過ぎる(第22話など)ことにも描かれているように、きわめて共感能力が高く、それだけ強い絆で結ばれていたと考えられる。だとすれば、兄と比較され無能力をそしられようとも、何らかの任務に携わることで兄のそばにい続けることができ、そして兄に幾分でも評価されるのであれば、さしあたりの満足は得られていたかもしれない。しかし燦緒本人からも厳しい扱いを受けることで、本来抱いていた兄への情愛も凍りついていき、家の生活は彼女に何一つ与えるものではなくなった。
 これは燦緒にしてみれば、血の繋がった妹として情愛を抱く眞深に期待をかければかけるほど、その成果の不十分さに裏切られた思いが募り、自分の理想を、つまり自分自身を受け止めてくれないことへ苛立ちと不安が増し、これを抑えて「完璧な自分」像を守るるためには、妹を「駄目」な存在として見下すほかなくなったということでもある。こうして冷えていく兄妹関係を表すように、眞深は燦緒を「あんちゃん」と呼ばなくなり、燦緒もその拒絶に無視で応えた。それに象徴される眞深との絆にこだわることが自分の弱さ・不徹底さを認めることにつながるからだが、しかし燦緒の抑圧された感受性は、そのような人間的な絆の回復を強く求めてもいた。だからこそ彼は、航という人間にいっそう強く惹かれていったのだ。眞深に対する情愛が行き場を失ったことにより、妹よりも有能で、妹と同様に自分を受け入れてくれるであろう航を、燦緒はいわば代替者としても必要としていたのである。
 プロミストアイランドの航を監視し島から追い出すために眞深が派遣されたのは、彼女の能力を推してというよりは、彼女が海神家からさほど脅威と思われないだろうという判断もあってのことだろう。眞深が任務を見事に遂行できたとすれば、それは航が燦緒のもとに戻ってくるということであり、また同時に眞深があるべき妹として戻ってくるということでもある。この2つの事柄は本来的に表裏一体であり、いずれも燦緒が欲してやまない絆を回復することに他ならない。しかし眞深は、その任務に失敗した。しかも、最大限の努力の末ではなく、海神家の戦略に巻き込まれつつ、任務遂行を避けていた。これを任務の消極的放棄としか理解できない燦緒は、兄妹関係の回復の道を閉ざしかけ、唯一残された絆の相手である航に全力を注ごうとする。「格好よさ」を追求しながらも最も心が飢えているこの兄が、その情愛を向けるべき本来の相手から目を背け、別の妹達から兄を奪おうと画策する。それは燦緒の渇望を満たしつつ、航も自分と同じように妹なしで生きることが正しい存在なのだと証明することをも意味する。燦緒は己のナルシズムを航に投影してもう1人の自分を映し出しながら、自分達には望めなかったウェルカムハウスの兄妹関係を自分の手で破壊しようとするのである。
 これに対して、1個の道具としてこの島に送り込まれた眞深は、航達の共同生活の中で、兄妹の問題解決に積極的に貢献し、人間的な関係の幸福を満喫し、ついには自分の抑圧してきた欲求に気づかされることとなった。長年こらえてきた彼女の思いのたけが、燦緒の冷たい台詞をきっかけにして迸る。だが燦緒はそれを受け止めようともせず、眞深もそれ以上何も語れず、兄妹はただ別れていく。すれ違うふたりの姿は、しかしながら、燦緒の代替者として航達を求めてきた眞深と、その妹の代替者として航を欲する燦緒と、実によく似ていたのだ。

(この囲み内に記されているのは論者の完全な主観であり、作品に準拠した考察の枠を越えている。)

 以上のような一般的解釈は、島と東京、航と燦緒、仮構と現実などといった対立軸を十分説明しうる。この説得力を認めた上で、それにも関わらず論者はもう1つの可能性について空想を巡らせてみたい。海神家がプロミストアイランドという途方もない仮構を振り回すのであれば、これに対抗する山神家もまた似通った荒唐無稽な得物を所持していると考えた方が、作品の性質上は筋が通るのではないか。すなわち、山神家は、海神家と同様に「癒し系」事業の担い手であり、最大の競争相手なのではないか、と。

 さて、海神家の事業方針に対して、競争相手である山神家は、「癒し」のとらえ方においても、「癒し系」事業経営の実態においても、相対立するものと仮定してみよう。それは具体的にはどのようなものなのか。海神家のテーマパークが人工的な「癒し」空間の創造を前提としているとすれば、山神家のそれは、例えば、より自然そのものに近い「癒し」空間を提供するものだと考えられる。そして航と燦緒が似た体型ながらも性格などが全く異なるように、山神家のテーマパークは、プロミストアイランドと同様の島でありながら、その内実を全く異にしているものと想定できる。似通った外見を持てばこそ、相手を徹底的に打ち負かすさいの衝撃は大きい。また、顧客層については、特定階層ではなく最初から一般客を中心に見込んでいるはずである。さらに番組外からの観点では、この島では、シスタープリンセスという作品が示すような「萌え」としての「癒し」は排除されるか、別の「癒し」のあり方に置き換えられてしまうことになるだろう。それでは、これらの条件を満たすようなテーマパーク建設予定地は、プロミストアイランドが伊豆半島沖とされたように、現実世界のどこかに想定しうるだろうか。

 あった。それも、必要以上に相応しい場所が。すなわちそれは、択捉島南西部の萌消湾に浮かぶ萌消島である。
 「萌えを消す」という島の名前からして論者の安直さが疑われるが、事実、シスタープリンセスという作品の「萌え」を否定するという点では、この島以上に象徴的な地名をもつ場所はほとんどない。だが、ここが適切だと判断するための材料はこれだけではない。
 この萌消島については、最近になってその自然環境に関する学術調査がなされ、アザラシなどが多数生息する「生き物たちの楽園」として認知された。人工的な楽園を創造しようとするプロミストアイランドに対して、この萌消島は、それ自体が既に自然のままの楽園なのであり、上述の条件の1つがここで直ちに満たされる。そして、人工的・技巧的な「癒し」は、より一般的に受け入れられやすい「動物の可愛さ」によるそれへと置き換えられることになる。
 ところで、この調査が行われた理由を見ると、これが自然科学的研究にとどまらない別の意味をもっていることが分かる。例えば別の報道記事では、「大自然をそのまま楽しむ『エコツアー』を定着させ、島に金が落ちるようになれば、ロシア人島民も開発なんてしなくてもいいと気づくのではないか」という発言を引用しつつ、「『エコツアー』が実現すれば、両国民の交流はこれまで以上に進み、自然保護という形で北方四島の発展に協力できる。それは領土問題解決への早道でもあると信じている」という主張がなされている(ここを参照)。ここでは、学術研究を政治的・経済的文脈で利用しようとする意図が示されているが、この意図は、実は当該調査そのものに内在しているところのものでもあったのだ。調査に参加した学者本人が、その一般向け記事の中で、次のように述べているからである。

「現在、半世紀にわたる保護の成果は、ロシア側の密漁(猟)や鉱山開発などによって崩壊しつつある。この『動物の楽園』を世界的な財産として遺すよう、日露両国政府が北方四島の自然保護に関する外交上の枠組みを作り、十分な調査に基づいた保全計画が立案されることを願っている。」

 つまり、自然保護という一見して人類全体の普遍的な問題の上に、北方領土問題解決の糸口を見出そうとする政治戦略への契機が、これらの文章によって明瞭に示されているのだ。そのためには特定階層の客よりも、一般客が大量に訪れる方が世論に与える効果は大きい。そしてこれが、政治的にはもちろんのこと、資源開発事業や自然保護事業などをめぐる経済的な実益をも想定していることは言うまでもないだろう。以上を踏まえれば、燦緒達が属する山神家は、この北方領土返還やその開発事業に関して多大な利害関心を有する事業家ないし政治家の一族なのである。

 このような前提に立てば、燦緒や眞深への教育では、エリート育成に加えて環境主義の理解についても一定の努力がなされたものと予想できる。燦緒の生来の豊かな感受性は、エリート教育によってひとまず抑制されることとなるが、その感受性が消えてしまわずにすんだのは、航と出会えたこと、眞深への情愛が屈折しながらもくすぶり続けていたこと、そして、環境主義の関連で習得したアウトドアスポーツや、子供の頃に観させられたアニメの影響である。特にアニメについては、航や山田がガルバンを喜んで観ていた時期に、燦緒は妹と一緒に何を観ていたのか。それは、文化的な価値を持つと評価された、また「自然の尊さを教える」などの点で「教育的」な作品である。この条件を満たすものは名作劇場など少なくない(さすがにコンドールマンは知らないにせよ)が、しかしここでまず挙げられねばならないのは、スタジオジブソの諸作品である。これこそ燦緒が感動しながら観ていたはずの作品であり、山田がガルバンの名台詞を空で言えるとしたら、燦緒はコナソやナウツカなどのカット割を説明できるだろう。そして彼が格好よさにこだわるのは、「格好いいとはこういうことさ。」というあの映画の影響でもある。
 こうして燦緒がエリートの道を進む一方で、妹の眞深は、そんな「選ばれた」アニメの影響もそこそこに、ガルバンなど他の流行アニメ(第1話ラスト)や歌番(第12話「よっちゃんが表紙」)などにも関心をもち、さらにはむしろ現実の自然の中に飛び込んでいった。第12話で「食べられそうな草」まで発見しているように、彼女は本物のサヴァイバリストであり、自然環境の実地調査などにもその能力を発揮するものと思われる。しかしその一方で、第14話第21話のゴミだらけの自室が示すように、環境主義の理念に忠実なわけでもない。兄ほどの能力はなく、また女性であるがゆえに婚姻戦略の道具にされかねなかった眞深は、一族の中で有用な存在として自立を保つために、そしてやがて一族から独立して生きていくためにも、そのような逞しい実践的能力が不可欠だったのだろう。



2.こわれた平和

 航を島から連れ出そうとする燦緒の計画は、結論から言えば、成功を収めた。この章では、航が出航するまでの経緯を、燦緒と眞深・妹達・航のそれぞれの視点から整理する。

(1)暴走兄妹燦緒&眞深

 就寝前、航のパジャマに着替えて現れた燦緒は、航と一緒に風呂に入っていたのかはさておき、航に1枚の紙切れを差し出す。

「合格通知 受験番号3396 (氏名)海神 航 殿
 ○○年度本校の入学試験に合格しましたのでお知らせ致します。
 合格 ○○年□月△日 美駆鳥居高等学校」

 驚く航に、燦緒は「採点ミスで合格していた」と説明する。採点ミスが海神家の策謀だったとすれば、今回の合格決定は山神家の計らいによる。普通ならば本人宛に郵送した上で細心の対応が必要となるこの合格通知は、こうして燦緒の手で届けられた。この島の郵便物検閲を避けつつ、航に直接働きかける機会を得ようということだろう。「転入すれば、春から2年生だ。僕と同級生、ってわけだ。」という燦緒の言葉に、しかし航は直ちに東京に戻ろうと言い出さない。逡巡する心を燦緒は見透かし、夜中の語らいの中で一押しをかける。

燦緒「何を迷ってるんだ?あそこへの入学は航が望んでいたことじゃないか。これで全て元通りになるんだぞ?
   一度東京へ行くべきだな。編入学するにせよしないにせよ、本人の確認も必要なんだ。
   まあ、入学する気がないのなら、無視することもできるだろうけど。」
航 「…別に、迷っているわけじゃないよ。」
燦緒「相変わらず嘘をつくのが下手だな。でも、航のそういうところ、好きだよ…。」

 同性愛者の疑いを持ちたくなるこの場面だが、これは先述のようなエリートとしての同朋意識や屈折した情念の表出として理解できる。「全て元通り」とは、まさに東京での過去の延長としての「いま」に立ち返ることであり、燦緒はこれを勧めつつも、他の選択肢も巧みに提示する。その後燦緒は寝入ったふりをしながら、なおも合格通知を見つめ悩む航を可憐が呼び出すのを確認した。そのさい布団の下に隠した合格通知を、翌朝そのまま忘れたふりをする航に、燦緒は一押しかける。「模範解答を期待しているよ。」と受験勉強的な紋切り型の返答を引き出そうとし、さらに「僕は、君のことが心配なんだ。」と身を寄せて航を壁に追いつめる。この時の燦緒の右手の位置がやや気になるが、ここまでの燦緒の方針は、妹達から隔絶した状況で、航の性格につけこんで押し切ろうとするものである。
 だが、、ここで朝食を伝えに来た咲耶が合格通知を見つけてしまうことで、燦緒は方針変更を余儀なくされる。当然というべきか航は東京行きを否定しなかったが、これで妹達の干渉が不可避であることを悟った燦緒は、朝食の兄妹団欒にも「こんなママゴト」と怒りを抱き、航を妹達からさらに遠ざけることが必要と認めた。しかしこの怒りとは、自分が拒絶してきた兄妹関係を目の当たりにさせられたことへの反発にも由来している。だからこそ燦緒は、その「ママゴト」にとけ込んでしまっている眞深を見て、ついスープスプーンを皿に音を立てて落とすような下品な振る舞いをしてしまう。さらに、一度は見捨てたはずの眞深を自分の策略に協力するよう命令するのも、表面的には方針変更に基づく合理的な行動だが、その裏側には実妹に対する燦緒自身の抑圧された感情が渦巻いているのである。
 「家庭学習期間」にある燦緒は航達と共に登校するが、航のバッグから予め教科書を抜き取っておくことで、航を慌てて家に駆け戻らせる。兄の後を追おうとした妹達を牽制しつつ、燦緒は家に残した眞深に事後を委ねる。眞深には未だ、消極的抵抗から積極的抵抗へと進むだけの勇気はなく、ウェルカムハウスで燦緒の指示通り航を待ち受ける。ここで航が東京行きのことを眞深に話してしまうが、これは既に咲耶に知られていることもあり、また第6話以来、眞深がそのような相談役としてたびたび助けてくれた(第17話第20話など)ということもある。「まだ迷ってる」と呟く航に、眞深は感情を殺して自分の役目を果たそうとする。

眞深「ふーん、東京かぁ。まあ、この島よりはいい環境だよね。いい学校もあるし、いいテキストもある。
   いい教師もいるし、えへ、可愛い女の子との出会いなんかもあったりしてっ。」

 第25話でも燦緒が繰り返して語るであろう東京の魅力、それは確かに昨春の航が求めていたものだったが、今の航は悩んでいた。

航 「どうしたらいいと思う…?」
眞深「え?」
航 「行くべきか、行かざるべきか…。」
眞深「そりゃあ…。」

 この問いかけに眞深は「しっかりしなさいよ!」とも「そんなの自分で考える。」とも強く応えることができず、むしろ彼女こそ困惑してしまう。それは、今まで眞深がそう応えてきた時には「妹達がそれを望んでいる」という確信があったからだ。しかし今の問いに対して妹達の望みを踏まえようとすれば、眞深に課せられた任務とは逆の応答しか出てこない。航の優柔不断な偶然の問いかけによって、眞深は近接支援者としての偽妹の自分に立ち返らされ、2つの妹の間で葛藤する。そして彼女は、自分の実兄のために心底悩んでいる航を目の前にして、少なくともこの「あんちゃん」に対しては「隠し事」(第22話参照)なしでありたいと望んだ。それは、妹達の想いを裏切ろうとしていた自分が示せるせめてもの誠実さであり、共同生活の一員としての自覚的行動であり、そして直接実兄に対してではないにせよ、燦緒の計画への積極的な抵抗の始まりでもあった。
 「あんちゃん…。実は、あたし…。」と精一杯の勇気を振り絞ろうとした眞深だが、ここでは時間逼迫に焦る航に阻まれて、告白することができない。しかし決意を固めた眞深は、学校の休み時間に航を屋上に連れ出して「ごめんね!燦緒のせいで悩ませちゃって…。」と謝り、その勢いで、ついに自分の正体を告げることができた。

眞深「実はさ、あたし、あんちゃんの妹じゃなくて、燦緒の妹なんだよね…。」
航 「…え?またまた、そんなことばかり。」

 だが航はここで「鈍感」の本領発揮。冗談扱いされた眞深は、結局自分の想いをこれ以上伝えることもできず、出鼻を挫かれたまま終わってしまう。そしてその姿を、燦緒は物陰から苦々しく見やり、「ふん、役立たずめ。」と吐き捨てる。それはもちろん、任務を妨害しようとする態度に、そして邪魔するにせよこのような直接アプローチしか思いつかない単純さに対してのものでもある。だがその奥には、道具として扱うことさえ拒む実妹との関係が、もはや断たれようとしていることへの不安がある。これで航も自分から離れていくとすれば、燦緒の欲求は完全に行き場を失うことになる。
 これを防ぐために、燦緒は下校後の行動計画を練り直したのだろうが、それは航が自ら東京行きを決心したことで実行されずに終わる。必要なのは、夕暮れの中で年長の妹達に東京行きを告げようとする航を、後押しすることだけだった。無言で向かい合う兄妹の間に「東京へ行くんだ。」という言葉で割り込み、はっと振り向いた妹達を割って進んで航の傍らに立ってその肩を抱く。これで航は間違いなく自分のものになったはずであり、年長の妹達はこの渡航を認めたことになる。さらに油断なく、燦緒は年少の妹達に対しても策を講じる。夕食の席上で明日のピクニックの話で盛り上がる中、燦緒は、航、可憐、咲耶、眞深の5人で「勉強で使う資料集め」をするために後から遅れて行く、と話す。これは航がお人よしにも感謝するような「上手い言い訳」というだけでなく、年少者ならではの必死の引きとめに航が挫けてしまわないようにとの配慮がここに隠されているのだ。
 このごまかしに協力はしたものの、眞深は夜の自室でなお悩む。航本人が渡航を決意したとしても、それは燦緒の策略に乗るだけのこと。航の屈託のない笑顔を思い出し、眞深はついに「駄目だよ、やっぱり駄目だよ!」と戸口に向かうが、しかしその扉の向こうには、彼女の行動を先読みしたかのように燦緒が待ち構えていた。機先を完全に制されて、眞深はまたも意気を挫かれてしまう。「ついでにこれを捨てておいてくれ。空になったんだ。」と雑用を言いつける兄の態度に、眞深は屈辱を感じつつも言い返せない。(燦緒がこの3階にいるのは、男子トイレがこの階にあるためと理由が立つ。)その背後に「余計なことはするなよ?」ととどめの釘を刺し、燦緒はこのウェルカムハウス内部での準備を終えた。残る妨害者はじいや一人であり、彼が持っていた油性スプレーの空き缶は、この夜中のうちに船頭じいやのボートに一面落書きを済ませた後のゴミだった。
 翌朝の船着き場では、燦緒と眞深が出発を待つ。実兄に背を向ける眞深に、燦緒は相変わらず突き放した口調で声をかける。

燦緒「色々あったが、無事任務完了だな。…なんだ、嬉しくないのか?」
眞深「あたし、この島に残るから。」
燦緒「…フッ、好きにしろ。堕落した人間にはよくお似合いの島だ。」

 眞深はここで反抗の姿勢をさらに一歩進めているが、それは兄の前で航を阻止しようと言う決定的な行動にまでは至らない。燦緒はといえば、妹に冷たく言い放つ一方で、こちらに向かってくる航を見るサングラスから、そのうちに隠されている瞳が透ける。今の会話で、燦緒は少なくとも妹に任務完了の喜びを共有できないか確認しようとしていた。それは彼なりに絆を断ち切るまいという最後の努力だった。だが、眞深がこれを明らかに拒絶した以上、彼はもはや妹をこの島にうち捨てるほかなく、航を連れ帰ることで自己を回復することだけを切に望む。
 一方の眞深は、航にも燦緒にもあるがままの自分を受け入れてもらえず、そのうえ妹達にももはや妹の一人として近づけないという孤立に陥ってしまった。この土壇場で実兄に背を向けたものの、帰るべき共同生活の平和は既に失われている。桟橋に立ち尽くす妹達の横で、眞深は独りしゃがみこんで「ごめんね…みんな…。」と水面に呟く。航の妹でも燦緒の妹でもなくなった我が身を、抱きしめる。

(2)有限実行シスターズ

 兄の親友の来島に喜びを共有していた妹達は、この間いかなる行動をとったのか。
 航が燦緒から渡された合格通知を見つめているところへ、可憐が訪れる。「可憐、嫌な夢を見たの。お兄ちゃんが…。」と不安げに呟く可憐は、そのまま航の胸にすがりつき、「どこにも行かないでね…!」と打ち震える。航はただ可憐をおし抱いているほかなかったが、これは隣室の可憐が航と燦緒の会話を盗み聞きしていた結果なのか、それとも同じく廊下に出てきていた咲耶のように、本当に虫の知らせを受けたのか。島の秩序が乱されていくそのざわめきなり、黄色い麦藁帽子の少女(波止場に腰かけ、零れ落ちる涙が水面に波紋を残している)の声なりを、夢に聞いたのだろう。そしてその危機感は、翌朝の千影のタロット占いにも、「恋人(VI. The Lovers)」の逆位置、つまり別離や破局の予告として現れる。最悪の知らせに千影も「このカードは…!?兄くん、どうしたんだい…!?」と動揺する。さらに咲耶は、航の部屋で合格通知を発見してしまい、その驚きと不安は航の曖昧な返事によっていっそう強められる。彼女の沈んだ心は、朝食の席で可憐達に気づかれ、咲耶は食後のリビングで、可憐、鞠絵、鈴凛、千影、春歌の5人に、オルゴールを前にして「実はね、お兄様が…。」と真実を告げることになる。最年長者3人の悪い予感は現実のものとなったのだ。
 一方、今日の朝食は、普段あまり料理に関わらない年少者達が、お客さんにもいいところを見せようと気負い立ち、白雪の指導のもとでパンプキンスープ作りに励んでいた。この時のメンバー(白雪、四葉、衛、花穂、亞里亞、雛子)は、事の次第を知らされないままにおかれることとなる。(なお、ここでの白雪と鞠絵の立場から、白雪が中1で鞠絵を中2と見なすこともできそうだが、ここでは、内面の感情が表に表れやすい白雪・四葉への配慮として捉えておく。妹達の年齢・学年については第3話参照。)咲耶の前で奏でられるオルゴールの音色は普段のままながら、13人の妹達は、こうして年長者・年少者・眞深という3つのグループに別れていた。第22話で航が「隠し事」を叱ったにもかかわらず、最も肝心な兄についての隠し事が、しかも兄の態度不明瞭を契機として生じてしまったのだ。ここでは別れを待たずとも、既に共同生活の原則に亀裂が入りつつある。

 咲耶から話を聞いた妹達の多くは、兄達の後ろを黙ってついて行く。燦緒に対して能動的な行動をとらないこの態度は、本作品前半での山田に対する冷たい態度と表面的には似ている。だが、山田は妹達に近づくために航を排除したのに対し、燦緒は航を篭絡するために妹達を排除する。妹達は山田を無視できた一方で、燦緒には無力感しか持ち得ない。咲耶がこだわったように、自分達の知らない兄の「過去」は不可侵の領域であり、この共同生活を脅かす可能性を秘めている。燦緒とはこの不可侵の領域から現れた存在である以上、妹達は対抗できないのである。そして、共同生活の原則として妹達が守ってきたものの一つに、兄の意志を最大限尊重する、というものがある。兄に何かを求めることはしても、兄の意志を挫くことはしない。たとえそれが島を離れるというものであり得るとしても、第4話のごとくただ不安をこらえて兄の決定を待つ。悪夢を見た可憐の行動はあくまで合格通知の事実を知る以前の漠然たる不安に基づくものであり、今や具体的な問題が明らかになった以上、原則はこれまで通り適用されるはずだった。
 だが、登校中の燦緒のあからさまな策略には、さすがに妹達も耐え難い。年少者達に気づかれないために兄を追いかけることは慎むものの、年長者達は一様に重い表情で授業に臨み、その中で可憐はせめて自分にできることを思いついた。休み時間に可憐は、航に、今度の休日にみんなで、と遊園地に誘う。答えに窮する航に、可憐は別の日でも、と必死に食い下がるが、その態度は航にさえ不審がられる余裕のなさ。虚を突かれた可憐が次の言葉を探す前に、眞深が横から「ちょっと話が」と航を屋上に引っ張っていってしまう。この時、可憐は屋上へ続く階段の陰に隠れて、第3話同様に事の次第を見守っていた可能性がある。これまでの日々の中でようやく信頼するに至った眞深がここでも自分達を助けてくれるかどうか見極めるためである。そこで語られた内容は、兄の意志を変えうるものではなかった。しかし、眞深がやはり自分達とは違い本当の妹ではないこと、そして燦緒と結託していると想像せざるを得ない朝方の行動にも何らかの不本意な事情があることを、確認することはできた。それは彼女達の絆のために決して小さくない情報だったが、同時にそれは、眞深ですらもはやこの問題に干渉できないということ、そしてこれで完全に打つ手を失ったということをも意味していた。

 夕暮れの船着場に年長者達は呼ばれ、兄が自らの意志を告げる言葉を待つ。それでも妹達は、可憐と同様に、その言葉を恐れて別の話題を取りざたする。だが、日常が続くと思い込むための必死の努力は実を結ばず、燦緒が登場することで、言いよどんでいた航も渡航の決意を年長者達についに伝える。とはいえ、じきに戻ってくるという兄の言葉を聞いて、可憐の表情はいくぶん和んだ。兄は変わらずに島での「いま」を選んでくれている。兄は東京へ行って戻らないのではなく、ただ確認するために出かけるにすぎない。そう兄が約束する以上は、妹達が心配するには及ばない、はずである。兄の言葉を信じられなければ、一体何を信じるというのか。
 夕食の席、妹達は明日の休日にピクニックに行く話で盛り上がる。いつものように咲耶が仕切りつつ予定が組まれていくが、花穂がバレーボールをしようと言うのに亞里亞も加わるのは少々驚きである。第9話ではビーチボールバレーを眺めていたが、最近は積極的になったのか、今朝方以来やる気が充溢しているのか。衛が「きゅ、球技はちょっと…。」としり込みするのは原作同様の苦手意識であり、第9話でもビーチボールのトスはともかくスパイクは明後日の方角に飛んでいる。
 この団欒の中で、明日の渡航を年少者達にごまかす算段がなされる。船着場での兄の言葉にほっとしていた年長者達は、どのみち兄が戻ってくるつもりならば、年少者達に余計な不安を与えたりしない方がいい、という気持ちから、燦緒が提案したこのごまかしに賛成したのだろう。だが、こうして年少の妹達に真実を告げずにおくことを、年長者達は後ろめたく思わなかったのだろうか。今朝の状況下では、事態が不透明であるがゆえに未だ知らせずにおくというのはまだ頷ける。しかし、わずかな日数出かけるだけと決まった以上は、年少者達にもきちんと理由を説明して兄を全員でお見送りする方が、共同生活の原則にも適っていたはずだ。しかし年長者達の配慮は、かえって年少者達に対する「隠し事」をさらに深刻なものにしてしまったのである。

 しかし、兄は本当に東京から戻ってきてくれるのだろうか。東京は兄の過去であり、受験勉強にあけくれる兄が望んでいた未来を保証してくれるもう一つの「いま」である。かつての兄は、共同生活に主体的に加わるまで長い月日を必要とした。兄の言葉を信じても、東京そのものの誘惑の強さは無視できない。東京に行けば、直ちに兄は元に戻ってしまうのではなかろうか。その脅威をとりわけ危機的に感じていたのは、兄が旅支度をする最中に部屋を訪れた咲耶である。ベッドに並んで座り、言葉を交わすうちに、咲耶はその身を兄にあずけて倒れこむ。仰向けになった航が焦るのにもかまわず、咲耶はこらえ切れない想いを航にぶつける。

咲耶「このまま行っちゃうなんてこと、ないわよね?あたし、待ってていいのよね…?」
   お願い…私たちをおいていかないで…私を…!」

 第12話では、遭難の不安に涙ぐむ咲耶を航がそっと押し包んでくれた。第20話では、兄とずっと一緒のクリスマスを願った。だが、第7話でいつか別れる日を見つめたあの不安は、今なお消えてはいない。自分の知らない兄の過去、自分がいない兄の未来、それに負けないように「いま」を積み重ね、兄を自分に惹きつけてきたはずだった。だが、懸命に培ってきたこの「いま」の脆さを胸に深く刻めばこそ、、こうしてつかの間の別れに直面するやいなや、この「いま」が終焉を迎え、兄が再び永遠に自分の手の届かない場所へ行ってしまう恐怖を呼び起こす。兄が元に戻るとは、自分達の知らない兄に、自分達を知らない兄に、戻ってしまうことに他ならない。そしてこの夜の航は、そんな咲耶を抱きしめて、大丈夫だよ、と安心させてはくれない。燦緒が風呂から部屋に戻るまでのわずかな間、咲耶はこうしていられたのだろう。可憐は昨晩とは逆に、この時間を咲耶に委ねたのだろう。そして千影は、想いの全てを、あるものに込める。

 翌朝の玄関前には、ピクニックに出かける妹達が仕度を済ませて居並んでいた。咲耶は気を落ち着けるためか、それとも航のバッグに自分の香りをもう一度移したのか、しばらくしてから姿を現す。自分が行けば兄が出ていってしまう、そのためにバッグを抱えたままなかなか動けなかったのかもしれない。年長者達が普段のように振舞おうとする中で、千影は航についと近づき、兄の手の中にあのペンダントをそっと託した。それを見た雛子が「千影ちゃんが、大事にしてるお守りだよ?」と言う通り、このペンダントこそは、兄と千影をはるかな前世から結びつけてきた絆の象徴であり、永久の結ばれを約束するはずのものだった。第18話の別世界で少女が航にこれを託した時、少女は「私の気持ちは、伝えたから…。」と言い残した。航が意識を回復した時、千影はペンダントに口づけし、「悪いけど、今はまだあげられないよ…。気に入っているんだ…。」と立ち去った。絆を確かめさせてくれたこのペンダントを、今こそ千影は航に委ねる。「別れ」の予言が成就せんとするこの最悪の危機にあって、千影は既にあらゆる回避手段を講じたはずであり、しかしついに果たせずここに至った。もはや、兄を自分に繋ぎ止めて帰り来たらせるものは、この悠久の絆しかありえない。そして、万一の場合には、このペンダントを通じて兄の様子を伺い力を行使することも可能となるかもしれない。そんな希望を込めて手渡す千影に、兄へ伝える言葉はない。ペンダントが全ての気持ちを語るのだから。
 咲耶と共に兄の見送りに行く可憐は、船着き場へ下る途中で足を止めてしまう。振り返る兄に、可憐は精一杯の笑顔で手を振る。

可憐「可憐、これ以上行くと、きっと悲しくなっちゃうから…。いってらっしゃい、お兄ちゃん。」
航 「…いってきます。」

 懸命にこらえてきた可憐の心もここが限界であり、いっそ兄を辛くするくらいなら、と見事な引き際である。後を託された咲耶の方は、しかし可憐のようには形を作れない。一度は足を止めたものの、兄が必ず戻ってくるようにと足掻いてしまう。

咲耶「…そうだわ、帰ったらお買物につきあって!私、春物のお洋服がほしいの。もちろんお兄様のもね。」
航 「うん、楽しみにしているよ。」
咲耶「じゃあ、いってらっしゃい…。
   あ、お兄様!私に似合いそうなリップがあったら買ってきてね。東京だったら、もう春の新色が売ってると思うから…。」

 手を振り、去る航。咲耶が最後に拠り所としたものは、からかい半分ながら自分を特別のひととして見てもらうために日頃発揮していた、少女としての魅力だった。千影のように、無言で不可視の絆に託すことはできない。可憐のように、一歩引くことで兄に想いを伝えることもできない。咲耶は、ただひたすらに、自分の武器を振るって兄の心を繋ぎ止めようとする。だが、それは彼女自身にしてみても、あまりに見苦しい、そしてあまりにおぼつかない手立てだった。洋服、リップ、そんなものはただの飾りにすぎない。もとよりウェディングドレス姿にも、ヒイラギのアクセサリにも、大して反応することのなかった兄ではないか。しかも昨夜は身を挺してさえ兄の心を掴めなかった。第20話で彼女の横顔を見つめて航が呟いた「きれいだ…。」という言葉は、咲耶の耳には入っていない。そして、自分の外見的魅力が功を奏さなかったということは、彼女自身の失意を招くだけではない。既に予想された東京の魅力に加えて、兄にとって自分以上に魅力的な女性が現れるという最悪の事態をも、想像させずにはおかなかったのだ。

 さて、先にピクニックに向かう予定の妹達は、頂上の公園に続くエスカレータに乗っていたが、雛子と衛は、なぜ千影が「お守り」のペンダントを航に渡したのかにこだわっていた。先頭に立つ千影は何も答えず、その横にいる春歌もただうつむくばかり。だが、その問いに一つの鍵を与えたのは、「お守りをあげるなんて、まるでお別れみたいデス…。」と呟いた四葉の直感だった。衛も雛子もはっと驚き、千影はなおも答えず、つまりそれが答えとなる。兄は、出て行ってしまうのだ。突然の衝撃に、衛は、雛子は、踵を返して船着き場へと駆けていく。そしてその後ろを、他の妹達も。
 泣きながらエスカレータに向かう可憐は、モーターボートの音にはっと顔を上げ「お兄ちゃん!?」と振り返る。第1話で、航が船着き場から海に落ちた音に振り返った時のように、しかし今度は、兄との「別れ」に向かって。途中で先行組と出会い一団となって船着き場へ駆けつけた時、既に兄の姿は島から離れていく船上にあった。ようやく桟橋の端に駆けつけた一同は、呆然と立つ咲耶と並んでただボートに目を凝らすしかない。花穂も鞠絵も、千影も、そして亞里亞までもが、ここまで懸命に走ってきたというのに。兄を呼ぶ可憐の悲痛な声が波間に響きわたる。その残響の中で黄色い麦藁帽子の少女はオブジェの上に立ち、その涙が風に舞う。声も、涙も、想いも、ただ空と海とに虚しく消え去るしかないのか。しかし、妹達の姿にもう一つ見出さねばならないのは、こうして13人が一団となっているにも関わらず、その心は3つのグループに分け隔てられたままだということである。兄がいなくなるのみならず、妹達の間に打ち込まれた不和の楔。燦緒が与えた傷跡は、あまりに深かった。

(3)兄メンタリー・決断

 燦緒と眞深が、そして妹達がこのようにして本来の絆を綻ばせていく中で、航本人は何を思い、何を決意したのだろうか。
 初日の風呂上り、航はいつものノートPCを見やり「今日は、メールを打たなくていいんだ。」と一息つく。これまで唯一の島外部の存在として彼の言葉を受け止めてきてくれた燦緒が来島することで、断絶していた島の内外は繋ぎ合わされた。航にしてみれば、これで「機会があればいつでも外から来てもらえる」という安心感のもと、島に安住できるはずだった。しかしそれは同時に「機会があればいつでも外に出られる」のだということを、航は失念してしまっている。燦緒から渡された合格通知は、この可能性に航を直面させ、さらに東京という元いた場所に帰る機会をも与えるものだった。
 「ぼくが、合格…?東京に…戻れる…!?」と航は動揺しながらも、しかし直ちに結論を出せない。燦緒や眞深が語る東京の魅力は、「いま」の航にとっては絶対的な力たりえない。彼は、かつてそれを求めて励んでいた東京での「いま」と、この島でようやく培ってきた共同生活の「いま」との間で、引き裂かれていたからだ。しかもその葛藤は、航が考えようとしてこなかった未来のあり方に直面させるものでもあった。東京で当然のものとして期待していたエリートコースを、彼がこの島で積極的に否定したことは一度もない。それが唯一の生き方ではなくなったというだけのことである。そしてこの共同生活の中で特定の未来像が見いだせなかった以上、今回の合格通知は、有力な進路が突然回復したということに他ならない。もちろんこれが共同生活との別離を伴うことに航はためらいを覚えており、第21話の鈴凛のごとく自分の未来のために踏み出すための目標も意志も今は持ち合わせていない。過去の自分に約束されていたもう一つの「いま」を突然与えられたところで、島での「いま」を簡単に捨て去ることはできない。だが、島の中で燦緒と一緒にいる状況が、両方の「いま」の境界を曖昧にしていき、燦緒の説得に言い返せないまま困惑の度は深まっていく。布団の下にしまいこみ、そのまま置いておこうとしたのも、答えを先延ばししようという態度の表れだが、そんな中途半端さを燦緒は容赦しない。

 結局航は、「迷ってなんかいない」と言いながら、燦緒には返答できず、咲耶には「ま、まだ、東京に行くと決めたわけじゃないんだけど。」と曖昧な台詞しか告げられず、朝食の日常の中に逃げ込んでいく。それでも逃れられない逼迫感は、忘れ物を捜しに家に戻った時、眞深につい相談してしまうというかたちで出口を見いだす。ここでの航の言い方が「行くべきか、行かざるべきか…。」であることに注意したい。燦緒が示唆してくれた、少なくとも手続きのためには「一度東京に行くべき」必要性と、妹達のために東京行きを断念する義務感とが、ここでは対立している。燦緒の「好意」も、妹達の想いも、どちらも無碍にはできない航の優しさがここに示されているのだが、この悩みを妹の一人である眞深にぶつけたのは、あまりに兄らしくない振る舞いだと航はすぐ気がついた。

航 「あ、いや、何言ってんだろ。ごめん、今言ったことは気にしないで。」

 眞深ならば、自分が思う通りにしなよ、と言ってくれるだろう。それが航を東京に向かわせる結果を生むとしても、その危険性をも丸ごと受け入れて、航のためを思って叱咤してくれるだろう。だが、それでは航は、大切な妹に、この共同生活の基盤を覆す意見を言わせてしまうことになる。他の妹達にはこんなこと相談すらできないが、唯一それができる妹の眞深にも、これほど重大な決定の責任を一片たりとも負わせるわけにはいかない。そして、眞深が自分の相談を深刻に受け止めすぎたと見て取った時、航はすぐさま雰囲気を変えようと、早く登校するように慌てて急かす。航の兄としての責任感は、つまりここまで成長を遂げていたのだ。
 この態度は、眞深に続いてもう一人の近接支援者が姿を現す場面で再び示される。遅刻ぎりぎりで学校に走る航は、校門の前で待ちかまえていた船頭じいやにインターセプトされ、鳴ってしまったチャイムに1時間目への出席を諦めることになる。妹達や眞深の阻止行動に限界を見いだしたじいやは、航が燦緒から離れている隙を得て、自ら直接干渉しようとするのだ。ベンチで缶茶を飲みながら、船頭じいやは、うなだれる航に「兄ちゃん、何か悩みでもあるのか?」と声をかける。図星を指されて驚く航に、じいやは「顔にそう書いてある。」と笑い、その言葉に航は、東京でもじいやが同じことを言っていたことを思い出す。妹である眞深には頼れずとも、この老人に、長年世話になってきた東京のじいやの面影が重なるこの老人になら、相談してもいいのではないか。

航 「あの、」
じいや「ん?何でも言ってみな。…どうした。」
航 「…いや、やっぱりいいです。こういうことは自分で決めなくちゃ。」
じいや「ほう。」
航 「これ、ごちそうさまでした。じゃあ!」

 だが、航はここでも踏みとどまった。共同生活を通じて培ったのは、妹達への愛情や、新たな生き方への愛着だけではない。手探りでも自分の意志を自分で明らかにし、足がすくんでもその選択を貫徹しようとする姿勢もまた、兄としての責任感と共に少しずつ育んできたのだ。第6話の舞台の上で航は「一人だけなんて選べない」と叫んだが、それは彼のその時点での精一杯の「選択しない」という選択であり、じいやは役割を越えてこれに拍手した。そしてその後の成長をつぶさに見てきたじいやは、今や航にずっと確かな選択ができるものと信じていた。

じいや「きっと、よい選択ができますよ。航様。」

 それはもちろん、妹達と共にこの島に残る、という選択のはずだった。お茶のお礼を言って駆け去る航の姿は、昔と変わらぬこの少年の素直さと、この島で得られた明朗さを示していたのだ。しかし、じいやはここで幾つかのことを失念してしまっている。東京の魅力が航にとり未だ少なからぬ威力を発揮していること、この島でじいやや妹達が航に「未来」までも与えはしなかったこと、それゆえ航にとっては今回得られた選択肢をただ見過ごすことは、彼にとって決して前向きの行動とは考えにくかったということである。また、たとえその選択肢をとらないにしても、東京であり得た「いま」を確認しておくことは、少なくとも、自分で選んだこの島での「いま」がやはり価値のあるものだということを、再認識するための外部からの手がかりにはなりうるはずだ。そして、東京に数日滞在することで、燦緒の友情と妹達の愛情を背反させずにすむのであれば、両者の心を傷つけまいとする航には、それ以上によい方法などありはしない。航が眺める窓の外に風が吹く。東京にも吹いているはずの風が。

航 (そう。そうなんだ。ぼくが決めなきゃいけないことなんだ。…東京に、行ってみよう。)

 その日の夕暮れ、船着場に立つ航は、事情を知る年長者達を背にして、自分の決意を伝えようとしていた。7羽のカモメが空に舞い、7人の兄妹は緊張の中に佇む。どうしても本題に入れない航は、燦緒の登場により、ようやく言うべきことを口にできる。

燦緒「航は僕と一緒に、明日東京へ行くんだ。」
航 「決めたんだ。急な話でごめんね。」
燦緒「そんな恐い顔しなくても大丈夫だよ。行くといっても2、3日。な、航?」
航 「う、うん。ぼくが入るはずだった学校を見てみたいんだ。でも、ほんと、すぐに戻ってくるから。」
可憐「…うん。」

 その晩、航は明日に備えて旅仕度をするが、ふと手にしたデジカメをもバッグに黙って収める。この島に来る以前から身に携え、島の生活と妹達の姿を写してきたこのカメラを、航はあえて置いていく気にはなれなかった。それは過去と「いま」を結ぶ。だが、次にその中に収められる未来はいかなる姿なのか。東京へ行って戻るだけの旅のはずなのに、高校編入の魅力はなお彼を呪縛する。訪れた咲耶に慰めの言葉もかけられないほどに、航は自分の行く先が見えなかった。

 翌朝、船着き場の上の木立では、船頭じいやが、いつものボートに油性スプレーで描かれた落書きを消そうと苦労している。落書きごときで必死になるのもどうかと思われそうだが、この島が「癒し」の世界である以上は、このような匿名の悪意の発露はあってはならず、その痕跡は早急に消し去られねばならず、その作業は船頭自らがしなければならない。そこにやってきた山田は、給料袋を渡されて「うははーい、これでやっとガソバルがゲットできるぅー!」と感涙にむせんでいるが、ガソバルモデルを発見してから「やっと」というほどの日数も経ってないのは、彼の短兵急な性格や欲求の強さゆえか(あるいは、第23話におけるガソバル発見シーンが、燦緒の来島以前の光景の挿入だったという可能性もないわけではないが、ここではそうとらない)。前日の学校で居眠りを貪る山田は明らかに急なバイトの疲れも見せていたが、じいやは臨時報酬の支給日を本日に設定することで、ガソバルのために最大限稼ごうとする山田をこの2日間目一杯働かせたのだろう。このさい山田にも落書き消しをさせようかというところで、船着き場から、あり得ざるモーターボートの音が響き渡る。ボートがここにあるのに、と訝しむ山田を驚かせる勢いで、船頭じいやは自分のボートから飛び降りて「まさか…航様っ!?」と目を見開く。
 ここまでじいやは、燦緒の計画を既に妨害できたものと誤解していたらしい。航がじいやの望む「よい選択」をするものと未だに信じているほど楽観的ではなかったとしても、ボートを引き上げたことで渡航手段がないと判断したのは軽率だった。来島時にエンジンパラグライダーを用いたのは、海上で妨害されないようにするため(第11話の経験が活かされている)だけでなく、じいやの注意を分散させる意味もあったのだ。さらに燦緒は、昨夜のうちに落書きをすませてじいやを拘束し、妨害されないうちに航ともども出航することができた。同じ脱出の試みとはいえ、第2話第3話の航とは相手が違う。しかし、このモーターボートが島に来るさいにもそれなりの騒音をたてているはずだが、これにじいや達は全く気づかなかったのだろうか。モーターボートの到着に気づいて、その機関等の破壊を試みたものの、失敗したり修理されてしまったりしたのか、あるいはまた、島に来るまではアヒルのボートのように操縦員が足で漕いできたのか。いずれにせよ、じいやは完全に裏をかかれたのだ。


終わりに

 航はこのまま東京を、彼がかつて生きていた「過去」の延長上にあるもう一つの「いま」を選び、この島での「いま」に戻る日はもはやないのか。これを目論む燦緒は、航を完全に手中に収めるべく、さらなる手立てを尽くしていく。そして燦緒がもたらした妹達の亀裂は、兄の見送りすらできなかった者達とそれ以外の者達の対立を生じ、兄不在という状況であればこそ妹達が懸命に守るべき共同生活を、このまま自壊させてしまいかねなかった。さらに眞深は、そのどちらにも身の置き所を見出すことはできずに、ただ自らの葛藤と罪悪感にいっそう苦悶していく。これまでの妹達の問題を解決へと導いてきたのは航だったが、今やその兄がいない中で、妹達はいかにしてこの最大の危機を乗り越えていくのか、そして兄はいかなる「いま」を選びいかなる「未来」を目指すのか、これらこそが最後に残る2話で語られねばならない。

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