アニメ版『シスター・プリンセス』における状況設定

〜始まりの第1-2話〜



はじめに 〜問題の視点〜

 アニメ版と原作・ゲーム版との最大の相違点は、次の点にある。すなわち、兄と妹達が全員で共同生活を営むということと、兄と妹達の出会いから共同生活確立までの過程が描かれるということ、そして物語の視点が兄にあり、この兄が当初妹達を拒絶するということ、である。
 原作・ゲーム版では、兄と妹達は基本的には1対1関係でとらえられており、両者の関係がどのように始まったのかについては、帰国子女の3人を除いて明確化されていない。その意味で、原作は繰り返される兄妹の現在を描くものである。一方ゲーム版は、12人の妹達が同時に登場するものの、ゲームという表現媒体の性質上、兄はその中から1人の妹をヒロインとして選択しなければならず、これによって兄妹の物語を、血縁あるいは非血縁としての結末へと導こうとする。つまり、原作では、妹同士の関係は(ゲーム版等の影響を受けてポケットストーリーズが出るまでは)きわめて希薄であり、個々の兄妹関係はそれ自体として閉じている。またゲーム版では、妹同士の関係について若干の言及があるが、ある妹との物語を完結させるためには、他の妹達との関係をほぼ排除しなければならない。そしていずれにせよ、原作とゲーム版では、兄は予め妹達との関係を受け入れている。そしてこの望ましい関係に基づく一緒の生活が何らかの理由で不可能であり、「お兄ちゃんの日」という特定の時にのみ十分な機会を得るという設定が、兄妹の物理的な距離感と精神的な親密さとの陰影に富む結びつきを可能にしている。
 これに対して、アニメ版では、兄が妹達との関係を未だ持っておらず、しかもその関係構築を拒みながら全員で共同生活を営むという地点から物語が始まる。ここで原作・ゲーム版のいずれの視点からも、否定的な評価が必然的に導き出されることになる。だが、作品内在的に理解しようとする本考察の立場からは、このアニメ版の設定をたんなる錯誤や換骨奪胎としてとらえるのではなく、シスター・プリンセスというものについての一つの解釈の方向性が、ここに示されているものと仮定する。なぜなら、最終話で初めて「お兄ちゃんの日」という言葉が登場することをふまえれば、これは原作等における「お兄ちゃんの日」とは様相を異にするアニメ版独自の含意を与えつつ、この意味を獲得するまでの過程を物語の中軸に据えたのではないか、という見通しがひとまず可能になるからである。
 このような全体的視点に立ちつつ、第1話「僕のグラデュエーション」および第2話「お兄ちゃん、大好き!」をとらえれば、その作品の方向性は、両話に起点を見出せるはずである。また、妹達を拒絶するために原作・ゲーム版ファンが感情移入しにくい主人公、共同生活の唐突過ぎる展開、妹達の設定変更やアクの強すぎる脇役など、本作品を悪い意味で特徴づけているとされている諸点も、同様にこの両話に示されている。それゆえ本論では、この導入部の流れを追いながら、それら諸点の意義を理解するためのさしあたりの手がかりを求めていくこととする。



1.玉砕

 ハート型に十字のエンブレムをかたどったハーモニーボールがゆっくりと落ちていき、澄んだ音とともに水面を弾いて波紋を残す。

(それは、遠い遠い昔のような、それとも、ほんのちょっと前のような…。
 とにかくぼくの人生は、その子達に出会った時から、ガラリと音をたてて変わってしまったんだ。
 そして、それは、これからも。)

 アバンタイトルの独白は、物語の主人公の回想というかたちで、この作品の基調を指し示している。アニメ版独自の設定に批判的な視聴者も、シスタープリンセスの妹達に出会った瞬間から人生が変わってしまったというこの言葉には、程度の差こそあれ共感できるだろう。

 場面は3月、無表情な群集の沈黙と色あせた都会の喧騒。ビルの一角の『ビクトリー塾』では、「受験生の一次試験」をクリアしてこいと叫ぶ塾長に送り出されて、中学3年の若きエリート候補生達が、そのエリートコースである美駆鳥居(ビクトリー)高校への受験の結果を確認しに向かうところである。高校名と塾名が同じ「ビクトリー」なのは、予備校系列の受験専門私立高校ということでなければ、塾が進学校の名を勝手に戴いているのだろう。一人を除いて全員が全員、眼鏡、制服、そして参考書『よくわかるシリーズ数学II』を読みながら足早に歩くという姿。主人公の海神航(みなかみ わたる)と友人の皆井(みない)も、その例外ではない。唯一の例外とは、この3学期から同級生に転入してきた(と第23話で語られる)もう一人の友人、燦緒(あきお)である。高校入学前に数IIの勉強という無闇な進度は、結果を見ずとも「ビクトリー間違いなしなんだからさ。」とうそぶく航と皆井の早足と同様、前へ前へと急かされる現代人の余裕のなさを暗示している。そんな群集の流れの中で一人ゆとりをもって歩む燦緒は、「たんなる一儀式だよ、一儀式。」と言いつつ、信号の前で立ち止まりさえする。渡った向こうで黙って足を止める航達だったが、振り返るのは航だけ。皆井はなおも前しか見ようとしない。
 航は自分のデジタルカメラで高校の校門や合格発表会場などを撮影していく。自分がなし得たこと、エリートとしての足跡を、一つ一つ記録していくことが必要だとでも言うように(デジカメについては補論1参照)。だが、今日の記録の主役であるべき合格者番号一覧には、彼の番号3396(「さんざん苦労する」)は無情にも存在しなかった。

航「そ、そんな馬鹿な…。」

 ありえない現実を目の前にして、航は皆井の「ビクトリー塾No.2のぼくが受かって、No.1の君が落ちるなんて!」という勝ち誇る声に打ちのめされる。燦緒を引っ張り事務に向かい、何かの間違いだと語気荒く詰め寄るが、「マークシートの答えが全部ずれている」ための不合格だと返されて終わる。この結果が既にじいやによる作為なのか、それとも本当に航のミスなのかは分からないが、実力からして当然合格だと安心していた航は、他にどこも受験していない。トップエリートとして順風満帆の高校生活に入るはずだった彼の4月は、こうして突然の闇の中に消えてしまった。燦緒は気を落とすなと言ってくれるものの、皆井が投げつける「1年後、君がぼくの後輩になることを期待しているよ。」という言葉が、航の閉ざされた未来を指し示している。それは、高校浪人という挫折、自分より劣った者に見下される汚濁、そして自分独りで1年を送らねばならない孤独を、不可避なものとして彼の一生に刻み込んでいくだろう。彼はエリートコースから「落ちこぼれ」、敗北したのだ。


2.転進

 力なく帰宅した航を待っていたのは、今まで彼の世話を任されていたじいやからのお別れの挨拶だった。「お父様とは、航様とは中学ご卒業までのお世話とのお約束で。」と淡々と告げるじいやは、航に銀行の通帳(駿河台銀行 店・口座番号035-0663436)等を手渡し、毎月決まった額が振り込まれるのでそれを生活費にするよう伝える。急な話に航はうろたえる。これでは本当に独りになってしまうではないか、自活なんて到底できはしない。しかしじいやの話はかまわず進み、さらに突如別の2人の黒尽くめの男達が現れる。

男達「推薦合格おめでとうございます!」「お迎えにあがりました、おめでとうございます!」

 どこかの芸人のような猛然たる勢いで、2人は航に心当たりのない「推薦合格」を祝いつつ、じいやが用意しておいたトランク1つを航もろともトラックの荷台に放り込み、有無を言わさず拉致してしまう。顔面に投げつけられたトランクの衝撃に「そんな馬鹿な…。」と気絶する航を乗せて、「多摩ふ7946」ナンバーのトラックは一路、夕陽に染まる富士山めがけて疾駆する。そんな姿を窓辺から見下ろしながら、皆井は「ああはなりたくないもんだな。」と嘲笑う。エリート候補生達が暮らすこの一角は、明らかにそのようなコースを目指す家庭が集う、しかしおそらく家同士の付き合いは希薄な、共同体ならざる住宅街だった。脱落者、1名。

航 「いやぁ、それにしても受けてもいないのに推薦入学だなんて、んな馬鹿な。ハハ。」

 桜舞う中、見知らぬ校門の前に立つ航は、目の前に現れた黄色い麦藁帽子の幼い少女の声を聞く。

少女「そうでちゅ。マークシートもぬれない人は推薦入学とりけしでちゅ。」
航 「そんな馬鹿な!結局どっちなんだって!?」
少女「またがんばってくだちゃい。」

 冷たい地響きとともに閉まる校門。その向こう側に、それ以上に冷たい皆井の姿が浮かぶ。

皆井「新天地でも頑張れよ、元No.1。」
航 「み、皆井ー!」

 がっくり膝をつく航の傍らに、少女が慰めるように立つ。

少女「またがんばればいいでちゅ。がんばれば何だってできまちゅ。」
航 「もうだめだよ!高校受験ですら失敗するなんて、ぼくは、もう…。」
少女「高校受験がすべてじゃありましぇん!」
航 「全てだったんだ!ぼくにとっては全てだったんだよ!」
少女「…ばか。」
航 「そ、そんな…馬鹿…。」

 はっと目覚めると、そこはまだトラック荷台の幌の中。航は悪い夢を見ていたのだが、それは本作品にとってきわめて重要な役割を担うこの少女が、初めて航に呼びかけた瞬間でもあった。つまり、彼女の居場所に航がようやく近づいてきたのだ。幌の小窓から外を覗けば、トラックは都会を遠く離れて、右手に急な崖を見上げる海岸沿いの道路を走り、そして海の上には、すり鉢状の小島が見え始めていた。これが彼のこれからの生活の場であり、物語の舞台となるプロミストアイランドである。
 ところで、この島はいったいどのあたりに位置しているのだろうか。東京から出発して右手に崖という海岸通り、しかも富士山をはっきりと見ることができる場所は、三浦半島か伊豆半島だが、三浦半島は開発が進みすぎているので、伊豆半島のどこかということになる。そして、小島とはいえ、ある程度の人口を収容できる面積をもつことが条件となる。この想定をもとに、美森勇気氏に調査を依頼した結果、実際に伊豆半島東部沖初島という場所があることが判明した。全景模型写真とその位置説明を見ると、小中学校の合同校舎や保育園が存在するほか、レジャー施設や神社、潜水調査船「しんかい2000」実物大模型などがあり、さらに「見どころ」によれば富士山の眺めも野良猫も揃っている。今後作品中に描かれる様々な場面を、ここから連想することができるだろう。ただしこの初島には第11-12話で重要な役割を果たす砂浜が存在せず、また大潮の日に半島と地続きになるようなことはあり得ない。この島が実在の舞台ということではなく、あくまでも想像の手がかりを与えてくれる一つのモデルということである。なお、伊豆半島西部沿岸部にもいくつか小島が存在するが、こちらは距離的に望ましいものの島自体の規模が小さく、またここへ向かうのに崖を右手に見る道路を走る必要があまり感じられない。また、半島南方には神子元島(みこもとじま)という良い名前の島があるが、海岸からあまりに遠すぎる。

 さて、トラックが船着場に到着すると、男達は航とトランクとを放り出し、「よい高校生活をー!」と言い残してあっという間に走り去る。「ふざけるなー!」と叫ぶ航の足元に、最後に運転席から放り投げられた1枚の案内書が舞い落ちる。

「プロミストアイランド内 星見が丘西学園へようこそ」
"PROMISED ISLAND STARGAZER'S HILL WEST UNIV. VERY WELCOME"

 驚くべきことに"UNIV."つまり学園とは言いながら堂々の総合大学である。航達が通学する学校は、全てがこの私立大学の附属施設ということになるだろう。完全なエスカレーター制であるとすれば、幼稚園から数えて18年一貫教育が可能である。大学の光景は作品内で直接描かれることはないが、あるいはこの島全体が研究・教育の実習場なのかもしれない。その場合おそらく、工学、経済学、観光、都市設計、海洋資源、教育福祉、エネルギー等に関する学部学科が設けられていることになるだろう。
 このパンフレットを手に航が海の向こうの島を眺めれば、そのてっぺんには不気味なオブジェがゆっくりと廻っている。このグロテスクな巨大人形は、本作品前半の監督の持ちキャラ(「マッキー像」)なのだが、作品内では、これは島の頂上にあえて造らなければならない施設として理解されるべきである。島設計者のたんなる遊びとして片付けるには、あの形状はいかにも悪趣味だからだ(機能があっても同じことだが)。内部を登るという描写がない(第5話では外部登攀の写真がある)ため観光客用でないとすれば、巨大なアンテナ・レーダーおよび太陽光発電等の機能を備えた多目的な建造物であろう。もちろんあれだけ目立つ以上、この島のパンフレットの表紙にその姿が描かれているのも不思議ではないが、あまりな容貌であるうえこまわりくんの「死刑」を思い出させるあのポーズでは、この島が重罪人用刑務所であるかのような誤解を招いてしまうのではないかと要らぬ心配をしたくもなる。
 そんな昔の漫画を知らない航は、たんに帰りたくなっただけだった。島に背を向ける彼の目の前に、しかしいきなりよく見知った顔が現れる。

航 「じ、じいや!?」

 だが、そのどう見ても長年親しんだ顔の持ち主は、「ワシは見ての通りの漁師じゃい。」と首を横に振る。これから何度となく繰り返されるこのやりとりだが、明らかにこの人物はあの執事じいやの変装である。しかし人違いならば、と興味をなくして立ち去ろうとする航に、漁師じいやは何気なく声をかけた。

漁師じいや「ま、もっとも他に行く高校が決まっているんなら結構だ。」
航 「そ、そんな馬鹿な…。」

 立ち止まるほかない航。彼にはどこにも行く場所がない。進むべき高校だけでなく、そこに一緒に通える友人も、帰る家で生活を支えてくれる人もいない。あらゆる退路を断たれて、彼が選べる道はこの推薦合格という言葉にすがるのみだった。渡し舟には相乗りの客が2名、彼らもまた、航と今後物語をともにしていくはずの者達だが、将来を悲観してうなだれて座る航に話しかけたのはそのうちの一人、山田太郎(やまだ たろう)だった。会話する気のない航に、山田は一方的に話し続ける。「恋に生きたり、サッカーしたり、まああんまり勉強はしなかったけど、生徒会長も3期連続でやっちゃったり。」と自慢する台詞は、ハッタリの可能性も高いが案外それなりに事実かもしれない。とくに生徒会=面倒な仕事、という認識が強い中学校では、このようなやる気だけはある目立ちたがり屋に長の字を任せておくのがお互いのためだ。あるいは、この星見が丘西学園に「いわゆる一つのコネ」で入学できたとつい口を滑らせているが、中学校でも有力者の子息として権勢を振るっていた可能性もある。どのみち「都会に疲れた」彼は、格好ばかり繕いながらうそぶく。

山田「来年に開園を控えた癒し系テーマパーク『プロミストアイランド』内にいち早く開校する星見が丘西学園、
    ここで高校生活をのーんびり過ごすのもいいかなー、なぁんて思ってさー。」

 まことに典型的な設定説明台詞だが、自称「麻布開成灘高クラス」の学力を誇る尊大さ、「フランクに山田ぁーと呼んでくれたまえ」という馴れ馴れしい態度、そして眞深(まみ)という名のもう一人の同乗者に「お美しいお方」などと「ナマ」言う気障っぽさ、どれをとっても鼻持ちならない人物であると分かる。ただし、これで「みんな仲良しさん」と安心するあたりは、ただの寂しがりやの小心者であることもうかがわせ、また遠慮を知らない姿勢は学校での集団生活の中で必要悪とされる場面もあっただろう。
 ここでこの3人の態度を比較してみると、絶望的な面持ちの航、「ここには俺の明るい未来が待ってるんだ!」と希望に胸を膨らませる山田、「あたしの未来…。あたしの調査対象が何でこんなトホホな奴なわけ?」と気が乗らないままに航を見据える眞深と、三者三様ではある。だがこのような違いはあるものの、彼らには、自分の力でこの島を訪れることができたわけではないという共通性がある。航は自分のあずかり知らぬ計画によって、山田はコネのおかげで、眞深は与えられた任務のために、ここに来たにすぎない。そしてこれに応じて、島の名前が示す「約束」の意味はそれぞれに受け止め方が異なる。航にはエリートコースから外れた暗い将来を、山田には「明るい未来」を、眞深には仕事上の取り決めを、それは現状として指し示すのだ。もちろん島の運営者は、全く別の思惑を「約束」に込めているはずなのだが。

 ようやく島に到着すれば、壁の垂れ幕には「来年オープン予定 歓迎 プロミストアイランド Promised Iland」の文字。アイランドの綴りは"Island"ではないかと思うが、これは「愛ランド」などという地口とかけているのか、何にせよいつか英国帰りの人にチェキされるだろう(最終話まで訂正されなかったが)。だが、「癒し系テーマパーク」という山田の台詞には、この島がただの観光地ではなく、まさに「癒し」のために特別に整えられた場所であることを意味している。この「癒し」とは、じいやが航をここに送り込んだうえさらにこうして身近で面倒を見ようとする以上、現状では航のためを第一に考えられていることは間違いない。ここでその中身が何であるかについてはまだ確定できないが、航はこの島への到着にとくに感慨もなく、デジカメで島とさっきの船着場とを撮影し、自分の足跡を記録する習慣を再び示す。しかしのんびりしているうちに、船と波止場は距離が開き、両方に足をかけていた航は股裂きになってしまう。懸命に耐えるその姿はあたかも「人」という字のごとく、「人という字は支えあって」云々という言葉をつい思い出すが、航はそれどころではなくついに海中に落ちてしまう。泳げない彼は必死に助けを求めるものの、山田は泳げず、眞深が投げ入れた浮き輪は見事に航の顔面を直撃して逆効果。眼鏡を叩き落されつつ、ゆっくりと水の中に没していく航は、デジカメを持つ手を空に突き上げながら、こんな最期を迎えることを(受験失敗、家を追い出される、溺れる、はは、そんな馬鹿な…。)と自嘲する。これも全てを奪われた少年に安らかな死を与えようという、運命の女神のせめてもの慈悲なのだろうか。意識が遠のいていく中で、しかし、彼の女神はまだ顔を背けてはいなかった。むしろ、その手を伸ばして、航を救おうと舞い降りたのだ。


3.遭遇戦

少女「お兄ちゃん。」おにいちゃん。おにいちゃん。おにいちゃん。

 木霊する声と、本当に舞い降りた少女の微笑み。航の手を掴み、死から救いあげる柔らかなその手。なぜか舞い踊る桜の花びら。この日、世界は生まれ変わった。
 気がつけば航は白いボートの上。クレーンで吊られたこのボートに乗って、声の主である美しい少女があまりにもタイミングよく彼を救出してくれたのだ。そもそもこの少女、可憐(かれん)が波止場から登ったあたりで待機していたのは、後に判明するように、航と出会うためだった。では、彼女の当初の計画は、どのようなものだったのだろうか。最初からこの通りだとすれば何の問題もない(航を溺れさせることの道義性以外)が、そうでないとすれば、右手の木立の中で困っている姿を見せ、航に手助けしてもらう、というあたりだろう。例えば、木立のどこかなりボートの下なりに大切な持ち物を落としてしまい、取れなくて困っているという状況が演じやすい。この場合、枝の上に引っかかっていることにすれば、自分が登るにせよ航に登ってもらうにせよ、バランスを崩してあわや抱きしめられたり押し倒されたりなどという「偶然」も可能である(第4話冒頭で実現)。なお、ここで用いる大切な持ち物は、CD『Prologue of Sister Princess -Dear My Brother-』に登場するハーモニーボールが、良い音も鳴るうえ転がりやすく枝に引っ掛けるのにも楽で、実に適役だろう。さらに付言すれば、この第1話のアバンタイトルに登場したのがこのハーモニーボールである。(第6話の演芸大会でこれとよく似たチョーカーが努力賞として渡されているが、あれには冠と羽がついているので別物と分かる。)
 しかし、実際には航が溺れたことでこの計画は取り消され、水没する音に気づいた可憐は万一に備えてクレーンに吊るされていたボートに急遽乗り込んで、予定以上に満足のいく出会いを演出することとなった。彼女のこの緊急即応能力は今後たびたび真価を発揮することになるが、先刻まで船頭を務めていたじいやがすぐさま高台のクレーンを操縦できたという事実に、あのコンクリート壁を一気に跳び上がるじいやの身体能力も看取できる。
 こうして海中に没しかけた航は九死に一生を得たわけだが、この体験は一種の「洗礼」として、彼を今までの受験一色の生活から生まれ変わらせるための最初の儀式となった。そしてこの儀式は、ボートの上で可憐と向き合う中、さらに推し進められることになる。危うく水没を免れたデジカメの具合を確認する航に、可憐は眼鏡が度なしだったことを尋ねる。航なりのエリートとしての象徴だったのだろうが、まずこの目を覆う存在が海中に葬り去られた(眼鏡については補論1参照)。小首を傾げる可憐を思わず撮影してしまう航に、「あの、変な顔してませんでしたか?」と問う可憐。思い切り接近して、濡れた顔をハンカチで拭いてあげる姿は、航が久しく味わっていなかった母性愛そのものだった。(ついでに髪型を崩してあげているあたりも見事である。)

少女「眼鏡、かけてない方が素敵です。あの、これ使ってください。今度、返して下されば結構です。」

 立ち去る後姿を見送りながら、航は「今度って、いつ…?」と呟くが、会える機会を気にしている段階で既に可憐の術中であった。
 さて、航の後を眞深は尾行し、その尻をおそらく山田が追いかけていく。水浸しのままでは動けないと、1丁目『SATURDAY』店で新しい服を購入しようとするが、航は自分で服を買ったためしがなく、どれがいいのかよく分からない。そのとき、試着室から「あのー、ファスナー上げてくださる?」と女性の声がして、航は動揺を抑えながら手を貸す。中から現れた大人びた感じの少女、咲耶(さくや)は、ずぶ濡れで寒がる航に「私がコーディネイトしてあげる!」と助けを申し出る。ここで航の制服も打ち捨てられて、かつての外見は完全に払拭された。それはエリートという肩書きを喪失する不安を招くが、同時にその新しい自分の姿に満更でもない印象を抱く。咲耶も似合っていると褒めながら、着替え中に預かっていたデジカメで「じゃあ、撮ろうか。」とプリクラ的ツーショットをものにする。さすがは咲耶、可憐にはこういうアイディアは浮かばない。

少女「かっこいいわよ。また今度会えるかな?」
航 「…だから、今度っていつ?」

 やはり気になる航だが、腕時計を見れば11時、入学手続き締め切りの午後3時までに下宿場所を探そうとする。島内を巡る機関車に乗って、次は西2丁目。運転手の声はまたもじいやのようである。一緒に乗り合わせた少女が降りたそうにしているのを見て航が尋ねると、「お花屋さんに…。大好きなお兄ちゃんにプレゼントするの。」とのこと。降りると言い出せない彼女に代わって運転手に声をかける航に、少女は「優しくて、いい人ですね。かっこいいです!」と微笑む。到着直後までは自分の苦悩ばかりで目一杯だった航は、その外見を変えられ、二人の少女とも出会い、いつの間にか自分の本心を素直に話せるまでにほぐれていた。

航 「格好、よくないよ。学校にも海にも落ちちゃうし、ドジだよね。」
少女「ううん、花穂もドジばっかしなんだぁ。転んじゃうし、すぐ道に迷うし。
   でもそんなとき花穂、こうして『がんばれ』って、心の中で思うの。
   そうすると、元気がいっぱいいっぱいでてくるんだぁ。お兄ちゃんも、がんばれ!」

 元気に挫けない花穂(かほ)の明るさに、航の思いも晴れていく。正直に礼を言う彼に、花穂は「うん!ファイト!」とポーズを決めて駆け去っていき、そして途中で転ぶ。その姿をつい撮影してしまった航は、照れ笑いの花穂を励ましつつ、「よーし、ぼくも頑張るぞ!」と気合いを入れた。このやりとりの中で、花穂はずっと「お兄ちゃん」という言葉を使っていたが、これは彼女なりに、自分達の計画を悟られまいとする気配りである(原作版キャラクターコレクション第2巻でも「お兄ちゃん」との誤記はあるが)。それには未だ何も気づかない航は、不動産屋じいやにいきなり遭遇し、下宿先として「星見が丘西学園までわずか!!西四丁目2Fフロ別ケーブルTVアリ。1K6畳 格安」という唯一の物件を紹介される。住み慣れた家に比べれば狭く魅力のない住まいではあるが、やむを得ず契約をした航は、そろそろ学校で手続きかと腕時計を見る。だがその11時を指したままの腕時計は水没のさいに故障しており、通行人じいやの呟きでは既に午後2時半、つまり船着き場からここまで3時間半費やしたというのは、不慣れな環境ということを加味しても、航がいかに戸惑いながら行動していたかを物語る。壊れた腕時計を投げ捨てた航は、慌てて学校に向かい、3時ぎりぎりで手続き完了することとなる。
 そして道端に捨てられたこの腕時計を拾ったのが、通りかかった幼女、雛子(ひなこ)だった。船着き場での出会い以降、雛子と一緒に街で買い物をしていた可憐は、雛子からこの腕時計の話を聞き、ただちに新たな作戦を計画、実行する。雛子には、一緒に帰れる時までパーラーでパフェやアイスを食べながら待っていてもらう。その間に可憐は、再び航への接近を試みるのだ。学校の構内で、教科書を抱えながらやれやれと一息つく航は、ピアノの調べにふと気づき、音楽室へと向かう。その曲に何か思い出すものがあったのか、その理由はともかくも、扉の隙間からそっと中をうかがうと、そこにはあのハンカチの少女がピアノを奏でる姿があった。無視された場合に備えて教師ないし用務員じいやが校門付近で待機していたが、幸い航はやってきた。そして扉がなぜか倒れてしまえば、本日2度目のご対面である。まず服装が替わったことに気づいた可憐は、咲耶の影を垣間見ながら、「すごく、似合いますよ。」と褒めておいて本題に移る。

可憐「あの、このあとお時間ありますか?」
航「え?」
可憐「私と、お付き合いしてもらえませんか?」

 誤解するなと言う方が無理だろう。大興奮の航だったが、しかし結局は買物の付き合いだった。それでも「へえ、可憐ちゃんもあの学園に入学するんだ。同じクラスになるといいね。」と食い下がる航に、可憐は腕時計の品定めに困って、2つのうちから選んでほしいとお願いする。ここで「可憐ちゃんが選んでくれるなら何でも…。ほ、ほら、物や値段じゃないんだ。送った人の気持ちが。」などと気の利いたことが言えるあたり、航もただの朴念仁でもなさそうだが、第7話での鈍さを見ると、おそらく本などから得た知識だろう。それでも異性に興味があることは今後の明るい材料ではあり、また山田と共通する意外な接点でもある。自分への贈り物かと期待した航だったが、しかし「可憐がずっとずっと会いたかった人に、贈るんです。」との言葉に、心底がっくりきたのであった。
 こうして可憐は目的を達したが、連れ合いの幼女は、1時間半も(現在午後4時)じっとしてはいられなかった。徘徊する間に可憐と航を見つけた雛子は、そっと店内を覗き込み、航を見つめる。視線に気づいた航が振り返ると、身を隠す雛子。だが、航がさっとフェイントをかけると、途端に姿が暴露した。このあたり航が子供の扱いに慣れている印象をもつが、それは以下のやりとりでも同様である。

航 「どうしたの?お父さんは?(幼女ふるふる)じゃあ、お母さんは?(幼女ふるふる)じゃ、迷子なの?」
幼女「ヒナ、迷子じゃないもん!」

 ここで父母のことが言及されるが、これは本作品中きわめて稀なことである。兄と一緒に暮らすことだけを第一に考える以上、両親(存命ならば)と別れて暮らすのは当然のこととなる。だが、彼女達がどのような家庭環境で生活してきたかは、今後ほとんど語られることはない。ただし雛子の場合は、幼児期ゆえの保護者の必要性が、やがて第4話で描かれることになる。
 それはさておき、もうじき彼女を迎えにいくはずだった可憐は驚いた。ここで雛子が航に「おにいたま」と甘えだしてしまってもいけない。また雛子に腕時計のことを話されてはいけないし、何より雛子をさんざん待たせていたことを航の目の前で怒られでもしたなら、それこそ悪い印象を与えてしまい、今の努力が水泡に帰す。それゆえ可憐は直ちに雛子の手を引いて航のもとを去ることにした。

雛子「また今度ね!」

 またも「また今度」である。しかし航としては、可憐に勝手に期待していた自分への嫌気の方が強く、肩を落としつつ下宿に足を運ぶ。だがその部屋には、なぜか既に先客の山田がいた。ケーブルテレビの昔懐かしいアニメ『ガルバン』(補論2参照)に思わず2人で見入ってしまうが、そこに現れた不動産屋じいやに、誤って二重契約をしてしまったと伝えられる。お詫びの「優良物件」として彼が航に提供するのは、豪邸ウェルカムハウス。こうしてじいやは、航が本来住むべき場所へ、その豪華さの言い訳を作りながら誘導し、さらに航がそこに到着する時間を遅らせることで、航を迎える者達に準備の余裕を与えた。なお、航にガルバンプラモを作った記憶があるようだが、これは彼も小学生の頃に年齢相応の男の子であったことを想像させる。
 今日一日あちこち引き回されたあげく、終の棲家へとエスカレータを下る航がふと見下ろすと、坂道を下りていく可憐と雛子の姿があった。まだ買物があったのか、それとも雛子に口止めをしていたのか。その姿を上から撮影し、「今日よかったことといえば、これくらいだったな。」と画像を振り返る航がウェルカムハウスに到着した時には、はや黄昏も過ぎ宵の口となっていた。その広大な敷地と豪奢な屋敷を前に、航がぼんやりと眺めていると、北の離れの一角に灯りが見えた。また誰か先客がいるのかと、くたびれながら玄関をくぐり「こんばんは、ごめんください…。」と声をかけると、突然扉の向こうから、歓迎のクラッカーが鳴り響く。

「おかえり、お兄ちゃん/お兄ちゃま/お兄様/おにいたま。」

 今日出合った4人の少女達が、賑やかに彼を出迎える。航は、あまりの光景に声も出なかった。そんな彼を見て口々に喜ぶ彼女達、咲耶はとりわけ「あのお兄様の顔!」と笑うが、「まあ、咲耶ちゃんったら。」と落ち着いてたしなめるのは可憐である。わざと素性を明かさずに航と接触し、最後に皆で驚かせるという彼女達の計画は、見事に成功した。咲耶が「誰だっけ、言い出したのは?」と尋ねれば、可憐が「咲耶ちゃんじゃない、お兄ちゃんとの初対面を演出しよう、って。」と答える。このあたり、成功自体を嬉しがる咲耶に対して、万が一航が不快感を抱いたとしても責任を咲耶に負わせられるようにしておくという可憐の自己保身の姿勢が、対照的に描かれている。そして、ようやく事態の意味に気がついた航は、恐る恐る4人に尋ねる。

航 「あの、お兄ちゃん、ってことは、君達、ぼくの妹?」

 答えはまさにその通り、自分にきょうだいがいたなんて全く知らなかった、いや正確に言えば覚えていなかった彼にしてみれば、「そんな馬鹿な!?」と言うほかない。そしてこの離れの様子を遠方のテントの中から伺う眞深は、その驚くさまを笑いつつ、彼らの行動を今後も偵察する構えである。

航 「燦緒へ。この島に来て初めての一日。色々ありすぎた。
   その中でも一番の驚きは、4人も妹だって女の子が現れたこと。
   とにかく、みんな明るくてにぎやかで。
   でも本当に彼女達はぼくの妹なの…?」

 全く当然の疑問だが、航にその真偽を確かめる術はない。考えるべきことはたくさんあるはずだが、今日のあまりに急な展開に、疲労と混乱が彼を襲う。一方、航が入浴する間に夕食の仕度をする妹達。食卓を拭く雛子、花を飾る花穂、食事を作る可憐と咲耶、皆がそれぞれの役割を果たしながら、兄との初めての食事を迎えるのだ。マナー悪くカレーを犬食いしようとする航を、両脇から見つめる妹達に、航は苦笑しつつ既に息苦しさを感じ始めている。しかし、そんな彼の心境に気づかない妹達は「おいしい、お兄ちゃん?」と尋ね、そして皆で揃って兄へのプレゼントを渡す。それは、可憐が航と一緒に買物したあの腕時計だった。兄への贈り物、気持ちのこもった、そして兄が気に入るに決まっているプレゼント。航本人が選んだのだから言うまでもない。ここにも、相手に決定権と責任を委ねながら石橋を叩いて渡る可憐の生き方が如実に現れている。そしてもちろん、兄の助けを得たことなど、咲耶には知られていないのだ。服装は咲耶に任せたが、しかし腕時計は自分の功績として、可憐は一歩も引くつもりはない。兄の一番のお気に入りを目指して、既に勝負は始まっている。当面の仮想敵は咲耶、強大だが闘いようはあるはずだ。

航 「ぼくたち別々になっちゃったけど、燦緒とはずっと友達だ。
   暇ができたら皆井と一緒に遊びに来てくれ。
   皆井は来ないかもしれないけど…。
   追伸。
   急に4人の妹ができたら、
   君ならどうする?」

 妹達の思惑とは別に、航は自室でノートPCを繋げて燦緒へメールを送り、机上には『ビクトリー式高校英語』などの参考書を並べ、片隅にはテレビ等をセッティングする。彼の身近な存在とは、やはりすぐ隣の妹達ではなく、遠く離れた友人達だった。妹達とさほど会話もせずに自室でテレビを見ようとする姿は、せめてこの時間だけは島から離れたいという欲求を表している。メールもそのような外部との大切な繋がりの一つであるのだが、しかし航はどうして電話を使用しないのだろうか。このウェルカムハウスのみならず、島全体にも受話器はほとんど存在しないのだが、携帯電話(第25話で所持している)はどうしたのか。この時点では島への荷物に入っていなかったということも十分考えられるが、あるいはこの島全体が携帯電話利用区域外である、ないし頂上のオブジェから強烈な電波ジャミングがなされていて携帯電話が使えない、という可能性もある。
 いずれにせよ、航の意識はこのウェルカムハウスを拒否している。妹達については、日中の出会いによって好意こそ抱いてはいるものの、しかし彼女達が妹であることを知らされた途端、それはさほどの力を持たなくなっている。つまり、一緒に暮らせることを全く喜んでいないのだ。既に見てきたように、航は異性への興味関心を年齢相応に有しており、その意味では健全に成長してきた。そしてその健全さは、妹だから余計に萌えるという、視聴者に馴染みある性向も不可能にしていた。これは、今まで離れ離れに暮らしていた可愛い妹達と突然同じ家で生活することになる航が暴走しないようにしているという意味で、じいや達によるこれまでの教育が正しい結果を導き出していることを表している。だが、この望ましい健全さは、妹を「彼女になりえない女性」としてしか認識できないというかたちでも立ち現れてしまっていた。その一方で、元々きょうだいどころか親子関係すら希薄なままに日々を送ってきたらしい航が、突然妹達と一緒に生活し始めたとしても、だからといってすぐさま兄らしい意識を持てるはずがない。
 こうして航は、異性としても血縁者としてもいかにも中途半端な存在として、妹達をとらえるほかなかった。それはエリートコースを逸脱した自分自身の中途半端さや根拠のなさと対称的であり、これを安定させるには、兄妹として確固たる関係性を構築するか、それともかつて自分が安住していた世界へと回帰するかのいずれかとなる。もちろんこの時点で航が望んでいたのは後者であり、ガルバンにとってのガソバル(補論2参照)のごときパチモンの兄妹関係を、このまま継続発展することなど未だ想像だにしえなかったのである。ただしそれは、この生活から積極的に逃げ出そうという意識ですらなく、ただこの状況を受容することを拒絶するという段階から始まるものではあった。つまり現時点での航には、関係性への意志が欠落している。これが一時的な状態なのかどうかについては、精神の混乱が収まった時にいかなる行動をとるかで明らかとなるだろう。そしてその試金石は、早くも翌日に与えられた。


4.妹飽和戦術

航 「燦緒へ。ぼくはどういう訳か受験に失敗し、どういう訳か住む所も失い、どういう訳かこの島に連れてこられた。
   そこでどういう訳か、4人の妹と出会った。いっぺんに4人も…。これは夢だ。夢に違いない。
   そんな馬鹿な…。」

 翌朝、庭で顔を引っ張る航だが、しかし夢から覚めるわけではない。間違いなくこれが現実なのだ。理不尽とも思える事態の連続で、彼の思考は未だに冷静に現状を把握することができない。いや、冷静であっても「そんな馬鹿な」と言うしかないのかもしれないが。

航 「ここは家じゃないんだ…。いきなり4人の妹…。(腹の虫ぐー)ん、とりあえず飯食ってから考えよ。」

 自分の意志に基づかない一時的なアクシデントとして、とりあえずの現状認識を行おうとしながら、同時に空腹は空腹として認めるあたり、意外と現実主義的なのか、それとも場当たり的なだけなのか。明確な拒否反応を期待していた眞深にとっては、この航の態度は何とも煮え切らない。テント生活に耐えながらいらつく眞深に、どこからかメールが着信する。ここでは明示されないが、燦緒からのものである(第12話ではメールアドレスが"Akio@sispri.ne.jp"と示される)。眞深は実は燦緒の実妹であり、ある任務を帯びてこの島に潜入した。それは、当初は航の監視であり、そして彼の周囲に妹達4人が登場したことを航のメールからも燦緒が知ってからは、さらなる情報収集にくわえて、ウェルカムハウスでの生活の妨害工作をも含むこととなる。この真の目的が何であるかは最終回まで明確にされないが、ここではともかく当面の任務ために、また春先の寒さの中でこれ以上野宿することを避けるためにも、航達により接近して潜伏できる寝ぐらが必要だった。

 一方、眞深の監視に気づかない航は、妹達の呼び方で悩んでいたが(妹に「やあ妹よ」などと言う兄は普通いない)、次々と現れる彼女達を一応呼びつけしてみるものの、どうにもピンとこない。ここでも雛子相手には身をかがめるあたり、彼の子供あしらいの上手さが認められるのだが、ともかく普通に名前に「ちゃん」付けで呼ぶことにし、朝の食卓に向かう。昨晩と同様4人に挟まれて席に着き、(朝はパンなのか…。)と航がやや不満顔なのは、普段は和食だからだろうか、それとも昨晩のカレーが美味しかったので今朝も食べたかったのだろうか。一晩寝かせたカレーは確かに美味だが、そんなことにかまわず妹達はお茶を淹れる。砂糖の数を尋ねた花穂の「お兄ちゃま、いくつ?」という言葉に、つい航は「15。」と年齢を答えてしまうが、こんなやりとりに笑いながら、このまま和やかな会話が弾めば、妹達の年齢やこれまでの経緯などについて訊くこともできたかもしれない。しかし、ここで事件が発生する。メインディッシュのキムチグラタンを一口食べるやいなや、航が火を噴いて倒れてしまったのだ。その皿に指をちょとつけて味を確認した可憐は、あまりの辛さに驚く。

咲耶「可憐ちゃん、唐辛子入れすぎたんじゃないの!?」
可憐「え?これ作ったの、咲耶ちゃんじゃなかったの!?」

 これまた驚きの事実発覚。だがそれは、グラタンを作った者が分からないというより、こんなグラタンを兄に食べさせてしまった責任を互いになすりつけあっているという姿に映らないだろうか。第三者の可能性を予感しつつも、可憐と咲耶はひとまず相手への不信感を心中に抱く。そしてその相互不信による緊張は、この問題についてこれ以上議論しないという態度をもたらす。台所で片付けを手伝いながら、花穂と雛子が「じゃ、だれがグラタン作ったのかなぁ?」「かなぁ?」と話しているのに、咲耶と可憐は全く取り合わずに「春っぽい明るい色のテーブルクロスやランチョンマットが欲しいな。」などと、別の話題で緊張緩和を図っているのである。
 ようやく衝撃から回復した航は、自室で学園の案内書を見やりながら、「やっぱりここにいくしかないのかな…。」と自分の進路を憂えている。そこがどのような場所かは分からないが、少なくとも彼が目指していた進学校とは雲泥の差がありそうだ。もはや別の進路は閉ざされ、そして始業式まではまだしばらく間がある。となれば、今ここで彼にできることは、自分が今までしてきたことの継続しかあり得ない。つまり勉強である。滑らかに筆を走らせながら「答えがあるって、いいよなぁ。はぁ…。」と恍惚の表情を見せる。彼がこれまで歩んできたエリートコースの正しさは、この正解を導いていく快楽によって保証されるのであり、そしてこの快楽に身を委ねている間は、航は現状から目を逸らすことができた。それは、先行き不透明なこのウェルカムハウスでの生活に対して、彼にあるべき確固たる道を指し示してくれるかのように、いっそう航をのめり込ませていく。
 ところがそんな充実した時にかぎって、シャープペンシルの芯が切れてしまう。できるならば戸外に出たくない航は、窓の外で生活環境整備を相談していた妹達4人に、誰か芯をくれないかと訊く。しかし、それはかえって、兄の必要な品物も合わせて買物に皆で出かけるという妹達の思惑を促進するものだった。ところで、ここで咲耶はなぜかメモを右から左へと書いているが、これは逆向き文字などを書いてみせることで、花穂や雛子の歓心を買おうという咲耶の意図によるものだろう。ちょっとした芸や遊び心で気を引くという方法は、非常に彼女らしい。現状5人の中で年少者を味方につけておくことは、今後の立場を強化するうえで是非とも必要なことである。しかもつい今朝方に可憐と火花が散ったからには、尚更早めの対応が要る。

 ここで咲耶に他に欲しいものを尋ねられ、航はふと、「翼が欲しい…エラとかヒレでもいいかも…。」と空しく思いをめぐらせる。強制的に連行されたこの閉鎖空間で、彼は否応なく自分の不自由さを実感し、都会に帰れば全てが元に戻るかのような錯覚を抱き始めている。そんな折に、北の離れのてっぺんに飛来した白い鳥が、不気味な声で啼き叫ぶのを目の当たりにし、航はいぶかしむ。ヒッチコックの『鳥』を連想させるこの場面は、今後の展開をふまえれば、ホラー映画的予兆として理解することもできるが、ここではこの鳥自体の存在意義について検討する必要がある。航が見たこともない種類であることは、住み慣れた土地を遠く離れたということをそのまま表現しているのかもしれない。だが、そのような鳥がここで登場し、そしてまるで何かの合図のような啼き方をしたという事実は、この鳥がやがて第13話でも再び登場していることをも合わせて考えれば、その合図を受け止める別の存在を予想させる。その存在は、やがて南の塔に出現することになるだろう。
 航が離れのてっぺんを眺めていると、今度は右手の茂みの中が揺れる。雛子か誰かと思い行ってみるが誰もおらず、その代わりに、樹木に鋭利な刃物で斬られたような跡が見つかる。その切り口の見事さに驚く航は、今度は背後からの本物の雛子の声に驚かされる。連れられて行った先は物干し台の予定地、これを作る仕事はやがて航が第4話冒頭で完遂することになるのだが、ここでは彼は「物干し台…洗濯、純白、綿100%っ!」などと思春期らしい妄想に走ってしまっている。さすがに年長者の下着は普通それぞれの自室で陰干しするのだろうが、それでも航のある意味での健全さがここでもうかがえる。次は花壇の予定地へ移動、だがその前に航は、不審な盛り土がいつの間にか作られていることに気づく。土に中からはみ出ている赤いリボンを引っ張ると、その先に現れたのは大きな骨。驚くのもつかの間、背後の茂みから、今度こそ明らかに雛子のものではない唸り声と赤く輝く双眸が航を襲う。恐怖にかられて全速力で逃げる航は、プールサイドの妹達の目の前をも駆けぬけ、南の塔まで行き着いてようやく足を止め息をつく。
 しかしここでも急に鐘が鳴り響き、肝を冷やした航が塔を見あげると、黒い雲がたなびく空を背にして、塔の頂上に立つ幽霊のごとき人影があった。追いかけてきた4人が何事かと問うが、航が指す方を見ても既に何もいない。「変なお兄ちゃん。」と笑われた航は、たまらず「得体の知れないものが絶対にいる!」と不動産屋へ怒鳴り込む。しかしその店舗は本日からアンティークショップに入れ替わっており、やむなく山田に部屋を替わろうと持ちかけるが勘よく「お化けが出るとか?」と見破られる。山田に航の相談を受けるつもりもなく、とうとう航は船着き場へと向かう。自分一人、この恐ろしい島から逃げ出そうというのである。しかし船は故障中、さらに泳げないとあっては、彼にはもはやどうすることもできない。第3話では逃げ出す準備も整えてくる航だが、ここでは策もなく海に飛び込むほどに追いつめられてはおらず、もし万が一無謀にもそうしたとしても、船頭じいやが救助できるよう、船尾から船首へと瞬間移動して待機していた。第1話でもこっそり示したこの凄まじい身体能力については等閑に付し、ここはいいところだろう、と暢気に尋ねる船頭じいやに、航は「どこが、あんな化け物屋敷…。」と吐き捨てる。だが、その後の船頭じいやの何気ない一言が、航を変えた。

船頭じいや「あんな広いところに、一人で住んでいるのか?」
航 「ああ。…!」

 そう、自分だけではない。自分と一緒に暮らそうとする4人の少女達がいる。彼女達の声を思い出し、毅然とした表情で慌てて駆け戻る航の後ろ姿を、船頭じいやは見送りながらキセルをふかし、そしてむせ込んだ。ここで航があくまでも自己保存だけを願うようであれば、それはじいやの計画の一切が失敗に終わることとなっただろう。だが、航は自分の恐怖心をこらえ、妹達のためにあの「化け物」が住まうウェルカムハウスへと立ち向かおうとした。そんな航のなけなしの勇気と思いやりに、じいやも心中安堵するものがあったのだろう。彼が世話してきた航は、正しい道を進もうとしている。だがそれは一面で、じいやが予め定めている筋書きの上に、航が知らずに乗ったということでもある。仕組まれた計画と航の意志とは、今後幾度となく衝突し、重なり合い、そしてやがては止揚することとなるだろう。
 ウェルカムハウスでは、異変になど気づかない4人が、兄の帰りを待ちわびていた。買物を明日にしようという年長者の言葉に駄々をこねる雛子を、咲耶が「その代わり、絵本を買った後みんなでお食事ってのはどう?」と巧みになだめる。雛子が喜んで食べたがるフルーツパフェは、おそらく昨日可憐が雛子に待機中食べさせたものだろう。そこへ航は息せき切って帰宅する。屋敷へ向かう道では走り方が怪しいが、これは第10話でも示される恐怖心との内面的戦いの表れである。夜に入って煌々と輝く満月の上に走る雲、工事用ヘルメットを被った航は、弓手に玉ぐし、馬手にフライパンという出で立ちで、玄関を単身警備するが、しかし何かが近づく音に屋内へ逃げ込む有様。何気に『銀河漂流バイファム 消えた14人』のスコット・ヘイワードを思い出すこのへっぴり腰具合ではあるものの、それでも妹達に「とにかく心配するな。」と語る姿は、航のこれからの可能性を予感させるものだった。

航 「その、何というか…ぼくが守ってやる!」

 その意気やよし。理由は分からないまでも、兄の男らしさに喜ぶ妹達。こうなれば航も性根をすえて、食卓の上にニンニク、小槌、家内安全お守り、火の用心お札、数珠、燭台、モップ、高枝切りバサミ等々を並べて準備を整える。お札あたりは台所から剥がしてきたのだろうが、定められた場所に貼らないと本来の効果がないことを航はもちろん知らない。「来るなら来い!」と気負うものの、スプーンの落ちた音に怯え、お茶と間違えて砂糖壺をあおってしまうなど、やはりどうにも落ち着かない。そんな兄を見て笑っていた妹達も、不意に謎の唸り声が響き、部屋を振動が襲い、さらに天井の照明が落下するに及び、明らかな異変に悲鳴をあげて兄にすがりつく。5人が身を固くする中で轟音が次第に間近に迫り、そしてついに2階の窓がうち開かれた。

少女「ハァイ、あにぃ!」

 だが現れたのは、スポーティッシュな少女、衛(まもる)だった。呆然と見上げる5人の上に、衛が開けた窓枠が片方外れて落ちてくる。叫ぶ航達の眼前でこれを斬って捨てたのは、宙を舞って颯爽と登場した和装束の少女、春歌(はるか)である。続いて玄関から唸り声が響けば、その声の主である大きな犬ミカエルと、その飼い主である少女、鞠絵(まりえ)が姿を見せる。ミカエルはあの土盛りの中にあった骨を咥えて、人懐っこそうな表情を浮かべていた。そして圧巻は、完全に気の抜けた航の背後で食卓の中央に五芒星が突如輝き、その中から出現した魔女のごとき少女、千影(ちかげ)であった。

少女「やあ…兄くん、大丈夫なようだな…。」

 こうして、自分が恐れていた事態のほとんどが、この新たな4人の妹達に関わっていたということを知り、恐怖と戦おうとしていた無意味な努力にやれやれと脱力する航だったが、ここで一つ注意しておくべきことが残っている。それは、北の離れの頂上で啼いていた鳥と、南の塔の頂上に立っていた千影との関係である。両者を組み合わせて考えてみるならば、彼女はこの鳥を使い魔として、あるいは何らかの伝令用として継続的(第13話参照)に用いていたのではないだろうか。千影が動物と意思疎通できることは第22話にも示されているが、この第2話では、鳥に依頼して早急に済ませるべき事情があった。それは、このウェルカムハウスの霊的・精霊的状態の確認と、重大な問題があればそれへの対処である。やがて明らかにされていくように、千影はこの兄妹の生活を超常的方面から守っていく役目を任じるが、まずその第一歩として、日中からずっとウェルカムハウス周辺を探っていたのだ。このために彼女は鳥などを使って情報を集め、問題を洗い出し、そして呪術的に対応策を講じていった。
 その必要性があるほどに島に異常な霊的状況が生じていたことは、第1話最終場面の夜空には上弦の月が浮かんでいたにも関わらず、その翌日である第2話の夜空に輝くのが満月であることからもはっきり分かる。言うまでもなくこれは常識的にはあり得ない事態であり、そして満月とは魔の力を増幅させる時を意味する。表面的には妹達やミカエルの仕業だった今日の異変の陰で、実は千影しか感知し得なかった何らかの本物の異変がウェルカムハウスに現実に迫りかけていたのだ。だからこそ、呪術の力を高める魔女の服装を着て当面なし得る最大限の措置を図っていた千影が、周囲の結界を張り終えてようやく航の前に姿を現した時、彼女は「大丈夫なようだな…。」と兄の無事を確認し、自分の努力が間に合ったことに安堵したのである。(食卓の真ん中という派手な場所から出現したのは、最後の最後で結界内に残された悪しき罠が兄に災いを招かないよう、直ちに航のすぐそばへ行こうとしたためだろう。)

 そんな裏方の苦労はつゆ知らず、航はただ骨折り損だったかと気を緩める。だが、この中には今朝のキムチグラタンを作ってくれた人はおらず、まだ謎は残されていた。ここで千影がタロットから「大いなる災い」(死、XIII. Death)を引き、皆に緊張が走る。そして階上の部屋から誰かいるかのような呻き声がまたも響き始め、兄にすがろうとする咲耶を航は今度は拒絶し、「何も聞こえない!」と現実そのものを否定しようと無駄な努力をする。いったん安心してしまっただけに、ここで再度現れた恐怖の対象に対して、先ほどのように立ち向かおうとはなかなか思えない。しかし、どさくさに紛れてこの離れに潜入し、3階の一角でカレーを温めていた眞深はただならぬ声を近くの部屋に聞きつけ、そのドアを開けたとたん中から突き出された手に驚き絶叫してしまう。声は1階の航達のもとへも届き、さらに臆する航だったが、不安そうな妹達の姿に気づくと再び気合を入れ直して、必死に勇気を振り絞りながら3階へと向かっていく。

航 「もののはずみで言っちゃったけど…『守ってやる』って…。」

 やはり恐怖は抑えられないものの、この姿勢は立派なものだろう。何とか声のする部屋の前までたどり着くと、航は思い切ってドアを開ける。

少女「みぃ〜ずぅ〜…。」

 そこに苦しみつつ横たわっていたのは、白雪(しらゆき)、鈴凛(りんりん)、四葉(よつば)、亞里亞(ありあ)の4人の妹達だった。彼女達は早朝に台所でキムチグラタンを作り、3階の鈴凛の部屋で食べようとしたところ、航もよく知るあまりの辛さに卒倒し、意識を取り戻してからも今まで動けず呻いていたのである。その調理回想シーンでは、白雪が赤い香辛料か何かをでろっとグラタン皿に入れている姿が描かれているが、これはいかにも入れ過ぎだろう。しかし、この赤いものがパプリカなどで着色したペーストだとすれば、辛さはさほどのものではない。元々亞里亞がいる以上、白雪もそれほど強烈な香辛料をわざと入れるとは思えない。そこで、鈴凛の発明品である背負い式調理バーナーや電子(?)レンジによる変質が生じた(鈴凛はゲーム版でもタイスキの辛さを間違えている)のでなければ、"Insanity Sauce"や"ブレアの5時"といった激辛香辛料を土産に持ってきていた外国帰りの者が、つい出来心でグラタンにチェキッと振りかけてしまったのではなかろうか。(なお、"Insanity Sauce"は美森勇気氏のご厚意で舐めてみる機会を得たが、常人に耐えられるものではなかった。)

航 「これで妹が12人…。」

 ともかくもうち揃った妹達を前に、もはや呆れるほかない航だが、その背後を逃げ出そうとする眞深にも気づくと、彼女をも妹のうちに数えてしまう。可憐達の例があるため眞深も正体を隠していたと考えるのも無理はなく、またこれだけ衝撃を受けてしまうと、もはや1名ばかり増えても大勢に影響はない。

航 「妹が、13人か…。」

 諦めの境地に達しつつある航に対し、妹達は眞深の登場をどのように受け止めたのだろうか。眞深自身は、彼女に課せられた任務を果たすために実に都合のいい状況を手に入れられたわけだが、しかしCD『Prologue of Sister Princess』を聴く限り、12人の妹達はここで揃う前に一度顔合わせをしている。そこに眞深がいなかったことは全員が覚えているはずなのだ。これについては、ここで眞深のことを「妹ではない」と言えば、自分達までも本当に妹なのかどうかを証明する必要がでてくるという問題があり、またそうでなくとも他者を排除しようとする態度が兄に悪い印象を与えてしまう危険性もある。いずれにせよ眞深が妹だと自称する以上はそれを受け入れるべきであり、次第にその存在が疑わしくなっていくにせよ、それは何らかの決定的な証拠を得るまでは如何ともしがたかった。しかし妹達も手をこまねいているわけではなく、とくに可憐は自らの諜報的能力を最大限に活かして、眞深を警戒していくことになる。
 ところで、一度出合ったはずの12人が、ここで自己紹介などをしているのはどういうわけだろうか。おそらく、『Prologue of Sister Princess』の最後の場面の後、たいした会話の暇もないうちに、12人の妹達は3つの集団に分けられ、それぞれが別々に船で運ばれたのだろう。最初の集団は、第1話で登場した可憐、咲耶、花穂、雛子である。彼女達はウェルカムハウスの生活準備を整え兄を迎え入れるために先行入居した。次の集団は、衛、鞠絵、千影、春歌である。彼女達はウェルカムハウスに直行せず島の中を巡り、共同生活を取り巻く環境を調査した。とくに衛はローラーブレードで広範囲を走り回ったことだろうが、千影や春歌、そして鞠絵のミカエルも、それぞれに周辺の安全性を確認したことだろう。途中で神社などにも立ち寄ったかもしれない。また、鞠絵は最終的な健康診断を受け、今後の共同生活への備えをした。最後の集団は白雪、鈴凛、四葉、亞里亞からなる。彼女達は共同生活に有用な機材等の調達・開発にまず従事した(台所で使用していたバーナー等はこの賜物である)。四葉と鈴凛の関わりはこの頃からのものであり、亞里亞は白雪が作ってくれるお菓子や鈴凛の発明品などに惹かれて一緒にいたのだろう。これら3つの集団が再び一堂に会したのがこの第2話であり、つまり12人の妹達の相互関係が未だに十分なものにはなっていないということも意味している。それは今後の共同生活を考えていく上で、様々な問題を生じさせることにもなるのである。

航 「燦緒へ。結局、ぼくに合計13人も妹ができちゃったよ…。それにしても、1日が濃すぎる…。
   これじゃ愚痴メールだな。これ以上妹が増えませんように。」

 山田が『ガルバン』を観ながら呟く「追い詰められてんなー、主人公。」という台詞は、そのまま航の状態に当てはまる。彼はこの異常事態に対して自発的な対応をとることができず、妹達の素性にすら関心を持つことができず、ただこの状況の中でひたすら自分を保とうと努めていく。それは、不慣れな人間関係を可能な限り拒絶し、自分の空間に閉じこもることでなされるはずだったが、そんな自由を許すほどこの妹達は甘くなかった。そして、航からこんなメールを2日続けて送られた燦緒も、彼自身の目論見に従って、計画を実行に移していくのである。


終わりに 〜ユートピアの牢獄〜

 ついに妹達は全員集結し、航は彼女達と共に生活を余儀なくされることとなった。だが彼は現状を受け入れたわけではなく、ただ不可避な環境として理解し、やがてここから抜け出せる時を心待ちにすることになる。それは、自分のこれまで親しんできた受験勉強の世界、つまり高校への通学が開始するまでの我慢として、この春休みを耐え忍ぶという態度を導き出す。
 しかし、一方で妹達にとっては、初めて出会えた兄と一緒に暮らす共同生活は、彼女達にとって何よりも幸せを確実に与えてくれるものでなければならない。それは、全員が兄と一緒にいられることを確保するものでなければならず、そのために各人は、共同生活を維持するための役割分担を、自らの義務として受け入れることになる。そしてその役割は、ウェルカムハウス内での当番というだけでなく、可憐や千影のように、特殊な自発的任務をも含むものだったのである。
 そしてこの両者は、望むと望まざるとに関わらず、じいや及び島の住人達によって構築されたプロミストアイランドという一つの箱庭の中でのみ、今後の生活を送ることになる。それは、じいやが知るある目的のために予め準備されたものであり、その目的に沿ってあらゆる事象が航達のために今後も整えられていくはずである。だがそのことは、航には閉塞感を与える島からの脱出を妨げる力として認識されるだろうし、そのような作為的環境のもとですら歩み寄ることのかなわない兄と妹達の基本的態度の相違は、空間的には一緒にいながらも共感的関係を結べないという、やはり「パチモン」の兄妹関係を当分の間続けていかざるを得ないことを予感させる。そしてその中に潜入した眞深という異分子は、この未だ脆い共同生活さえも破壊しかねない危険性を間違いなくはらんでいる。しかし、既に第2話で示されたような、怖気を振り払って必死に妹達をかばおうとした航の意志、その兄の姿への妹達の信頼、そして異分子の可能性が高い者さえも認めようとするこの共同生活の包容力などは、今後の彼らの良い意味での変化をわずかながらにも期待させるものだった。これがいかにして本当に実現していくかは、これから各話を通じて繰り返される危機的状況を踏まえつつ、個々に検討されていくことになるだろう。物語は今、ようやく出発点に立ったばかりなのだ。
 主役は兄妹、舞台は島、それを支えるのはじいや達。その物語はやがて、成長しゆく主役達が本物の兄妹となることによって、ついにはこの箱庭を越え出て進んでいくことになるだろう。そしてその歩む姿こそ、このアニメ版の主題なのであり、その中では航も妹達も脇役達も、全てがそれぞれの役割を果たしながら、あるべき自分の姿に目覚めていくことだろう。それは一体どのようなものなのか、またじいやと「癒し」の島の目的は、燦緒と眞深の思惑は、それぞれ何であるのか、そして最終的に完遂されることになるのだろうか。だがそのようなはるかな高みを目指す前に、ここではそれらの視点の提起で満足するにとどめ、ひとまず共同生活の足元のおぼつかなさに目を向けなおさねばならない。


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