アニメ版『シスター・プリンセス』における対外闘争

〜接触篇としての第5話〜



はじめに 〜問題の視点〜

 第5話「アニキとメール\(∧◇∧)/」は、全編の中で燦緒が初めて実際にウェルカムハウスと関わる話である。第4話までウェルカムハウス内部での秩序構築や兄妹関係の緊密化に努力してきた妹達が、ここで外部からの干渉に本格的に対応することになった。妹達にとっては島外部とは、(各人の出身地という説明皆無の諸地域を除けば)兄が帰還を求めてやまなかったという意味での漠然とした対象だったが、この第5話に至って、兄の「メール友達」である「彼女」という一つの具体的な形姿をとったのである。
 ここで、ウェルカムハウス内の防衛システムについてのおおまかな役割分担を提示しよう。妹達を守るのは、基本的には兄の航の役目である。しかし、実際に航の目の行き届かない方面では、最年長の妹3人が、それぞれの役割を分担している。まず咲耶は、直接的なリーダーシップを発揮して他の年少者達の意志統一を図り、積極的な行動によって各人の不安を和らげる率先垂範の役を任ずる(実際の格闘等は春歌・プロトロボらに委ねる)。次に可憐は、表向きには年少者に対するケアを行いつつ、その一方で諜報・防諜活動を引き受ける(四葉や鞠絵・ミカエルの協力も必要に応じて求める)。最後に、千影が、超常的・霊的問題について、全面的に請け負う。こうしてみると、島内部の危機管理について、最も皮相的にしか理解していないのが咲耶(女の勘で大きく補完するだろうが)、続いて可憐、そしてあらゆる方面で情報を入手しうるのが千影、ということになる。ただし千影が知りうる情報は占いなどによる間接的・暗示的なものが多く、より直接的・具体的なものはやはり他の2人が秀でていることになるだろう。
 ここで、とくに外敵による干渉という問題を考えると、可憐と千影の活動はきわめて重要な意味をもつ。すでにこの両者は、第3話での妹達の間での危機にさいして共同で対処した経緯があるが、この第5話でついに島外部からの干渉が本格的になされるにあたり、兄を、そしてウェルカムハウスの共同生活を外敵から守るために、それぞれの役割をいかに果たしえたのだろうか。本論では、この観点から、航の問題と成長をまずおさえた上で、可憐・千影の行動、そして外敵との関わりを検討していくこととする。



1.航とメール

(1)接近のための隔絶

 第4話までの展開の中で、航は、妹達との共同生活を協力して維持すること、そして相互の意思疎通をはかることを、自らの務めとみなすようになった。これに至る過程は、彼に様々な経験と成長の契機を与えてきた。だが、それは航の人間的完成を直ちにもたらすものではない。共同生活の維持と妹達の理解のために、手探りの努力をなおも続けていくことが、彼の休みなき課題となったのである。
 これに対して、問題そのものから逃避しようとする段階は、第4話で既に越えられている。しかし、逃避とまではいかないものの、日常生活から解放される時間を、また日常生活で発生した諸問題の解決策をゆっくり検討するための余裕を、航は欲していた。アバンタイトルで語られるように、この島に来てようやく2ヶ月という時期。自分の考えや行動の是非を相談するにしても、身内の妹達では客観化しづらく、何より最大の問題である妹達自身について、当然本人達には相談できない。航は、自分のプライヴェートな場を保持しようとしながら、自分を省るため、そして第3話以来続いていた妹達理解の苦労を支えてもらうための、外部にいる第三者の存在を内心希求していたのだ。
 この外部の存在は、「偶然」出現した。以前「間違いメール」を受信した航は丁寧に返信したが、これをきっかけにして、「あいこ」と名乗るこのメール相手との親密な文通が始まったのだ。後で本人も知るように、この「あいこ」とは燦緒が演じていた仮想人格にすぎなかったのだが、それが判明するまでの間、周囲の誰から見てもパソコンに没頭していると感じられるほど、航ののめりこみ様は激しかった。

航 「ぼくはここの生活にも、妹達にも、何とか慣れてきた、と思う。
   それもこれも、ひょんなことでできたメール友達が色々と相談にのってくれるようになったからかもしれない。
   こんなに気楽にメールが送れる相手ができるとは思わなかったよ。」

 ところで、ここで一つ疑問がわく。航は第1話の最後の場面で既に、自分のノートパソコンから燦緒にメールを送信しているのだ。たんなる相談相手ということであれば、誰よりもこの中学校以来の親友がいるではないか。これは、燦緒が自分の計略にしたがって、とりわけ妹達との問題に関してさほどの相談相手になろうとしなかったということでもあるだろう。燦緒が送ってくる日常生活の報告が、航には奪われた受験エリートの世界を辛く思い起こさせるということもあるだろう。しかし、ここで何より注目すべきは、「あいこ」が「女性」だったということである。何より、女性である妹達についての悩みは、同じ女性である「あいこ」にこそ相談するに相応しい。そしてそのうえ、今の航にとってこの「あいこ」は、求めていた相談相手であり、外部性を保証してくれる存在であり、そしてそのうえで、妹達ほど身体的に干渉してこないという例外的な女性だった。とくに彼女の写真が送られてきたことにより、彼女のイメージだけは固定しつつ適度な関係を維持できるという、デジタルカメラ好きな航にとってあまりに理想的な「女性」の姿がここにあった。これは、実在の、身体性をもった女性としての妹達に対して多少の幻滅を味わいかけていた彼が、理念的な「女性」への願望をここで充足させようとしていたということでもある。
 「あいこ」への相談やたわいない近況報告などのやりとりを通じて、航は自分を振り返り、かつての自分を取り戻し、妹達の生活から、そして妹達そのものから、距離をとれるようになっていく。彼はこれによって、精神的な安定を保つことができるようにはなった。しかし、それはあくまでも、妹達と「あいこ」との間でバランスをとることによってであり、本来の目的である妹達へのさらなる理解による接近を促進するものではなかった。そして、妹達から距離をとることは、航自身の安定をうながす一方で、いつの間にか外部の「あいこ」へと引き寄せられ、妹達との距離を次第に大きくしていってしまうことになった。そもそも「あいこ」に愚痴をこぼせるということは、妹達への愚痴を言いやすくなるということであり、それは愚痴りやすい欠点がよく見えるようになるということにもつながった。こうして妹達の「悪さ」に気づきやすくなる一方で、「あいこ」に彼が感じた安堵感はあたかも麻薬のように彼をのめりこませ、これを指摘する妹達の言動は、全てこの快い外部との関係と航自身の独立性(じつは外部に依存した)に対する侵害となり、必要以上に「悪い」もの(=妹達の欠点)として、航に苦痛を感じさせたのである。

 だがこのような航の態度を、ただ自分勝手なものとして断罪するだけではやはり一面的にすぎるだろう。そもそも彼がこのような外部の存在を求めるに至ったのは、彼がその外部へと実際に逃げ出すことをきっぱりあきらめ、この島の中、このウェルカムハウスの中で、妹達と共に生きる決心をしたからこそなのだ。以前までならば荷物をまとめる状況で、航は妹達を気遣ってあえて踏みとどまるかわりに、そのための支えをいまだ必要としただけなのである。
 この彼なりの誠実さを理解すればこそ、妹達の「侵害」に対する彼の拒絶反応が、いっそう悲劇的なものとしてたち現れてくる。妹達と一緒にいるための努力を、当の妹達になぜ邪魔されなければならないのか。航にしてみれば、それは大いなる矛盾でしかなかった(もちろんその努力は彼の利己的な欲求と表裏一体であるのだが)。こうして、共同生活に向けてなされていたはずの彼の努力は、気がつけば「あいこ」(外部)との親密な関係を守り抜こうとする必死の抵抗へと変質していく。だが、妹達と共に生きるために妹達に抵抗し隔絶していくという彼のこの態度こそ、何よりも大いなる矛盾であることに、彼はまだ気がつきもしない。それは、妹達に「慣れ」るためのものである以上、つまり自分が慣れにくい妹達の「悪い」側面に対する忍耐をも今なお必要とする以上、不可避のものだった。第4話で「共に支えあう」関係へと進みつつあった航だったが、今度は「支える」ための気遣いへの努力の結果、島から身体的に逃げ出すかわりに、今度は精神的に島の外部に脱出しかけていたとは何たる皮肉であろうか。

(2)平和のための闘争

 そして、悲(喜)劇的な攻防戦が始まった。
 まず、航はメール相手の存在を妹達に隠そうとし、既にあっけなく失敗している。たとえ早朝だろうが玄関先でメールを送信していれば、嫌でも誰かが気づくというものだ。この行動を、むしろ自分の精神状態を妹達に認識させたいという彼の無意識のなせる技ととらえることも可能だが、ここではむしろ、妹達の視線を失念してしまうほどに、「あいこ」へと引き寄せられていたものと考えよう。
 続いて、教室で「あっ彼女からだ!」などと口を滑らせてしまうのも、この周囲への感覚喪失を如実に示している。既に前日のうちに兄の後ろめたい感情に気づいた四葉が、背後からその失言をすかさずチェキし、さらに千影、眞深も加わって、航はたちまち圧倒されていく。

航 「だから人の話を聞け!」

 だが、もうそこには山田以外誰もいなかった。少なくともここで自分の感情を激発させることができるほどには、航は妹達に心を開きつつあったことがうかがえる。だが、彼自身にとっては、この妹達の騒がしさは、どこまでも自分と「あいこ」との関係を侵害し、自分の唯一の自由をさえも奪おうとするものに他ならない。

航 「そんな馬鹿な…。いい加減にしてくれよ、メールくらい…。」

 さらに山田に余計な親切心を示され、教師じいやにまで干渉されて、航はいっそう自分の殻に閉じこもろうとする。そこへきて、帰宅後「あいこ」からのメールを首を長くして待つ彼を襲ったのは、「あいこ」からの返信を押し流す勢いで届く、「近くにいる」妹達からの怒涛のメール攻勢だった。ここでついに限界に達した航は、感情にまかせて妹達が集う食堂へ駆け込む。

航 「ごめん、かんべんしてくれよ!」

 思わず叫んだ航だったが、その妹達の驚いた表情に、自分の振る舞いを省みて焦る。彼はこれほどまでに、自分の感情を妹達に面と向かってそのまま出せるようになったのか。その最初が、このような感情だったのは悲しむべきことかもしれない。しかしこれまでは妹達への気遣いゆえに不快感や愚痴を心の中にしまいこもうとしていたからこそ、溜まる不満のはけ口を「あいこ」に求めていたとすれば、航はこの衝動的な行為によって、結果的にはそのような無理な気遣いを越えて感情をぶつけられる関係へと、大きな一歩を踏み出せたのである。。

航 「あ、いや…。一緒に住んでいるんだから、何もいちいちメールを出すことないじゃないか!」

 それでも勢い続ける彼の言葉は、それ自体としては正論ではあるが、妹達にはどうにもならないジレンマを与えるものだった。これに対する妹達の本心を兄にぶつけ、互いに感情をぶつけ合える関係へと一気に前進させたのは、モバイル製作者の鈴凛である。

鈴凛 「だって、一緒に住んでる私達より、メールのひとの方ばっか、見てるんだもん…。」
航 「え。そ、そんなことは…。」


 妹達の不満を素直にぶつけ返された瞬間、ようやく航は彼女達のこらえていた感情の強さに、そして自分が陥っていた矛盾に気がつく。一緒に住んでいる妹達とうまくやっていくためにこそ「あいこ」に相談していたはずの自分が、いつの間にか手段と目的を取り違え、メールすること自体を求めるあまりに妹達との関係を悪化させていた、ということに。そして、自分が妹達に「慣れ」我慢するためにメール相手を求めたことで、逆に自分こそが妹達に我慢を強いていたということに。これに気づいた航は、しかし、ではどうしたらいいのか。

(3)メールから響く姿

 こうして航は、メールを続けることも問題であり、さりとてメールを完全にやめれば悩みを相談する相手もいない、という袋小路に入ってしまった。感情をぶつけ合えたことは傍目には大きな意味をもつものの、おそらく彼はこれまでの生活で、間違いを犯した時にきちんと謝り、赦してもらえたという経験がほとんどないため、この後どうすればいいかが分からない。そしてこういうときこそ「あいこ」に相談したいのに、その手は真っ先に封じられている。結局彼は、翌朝まで妹達との関係を修復することもできずに、一人学校へ向かう。一応パソコンは持っては来たものの、肝心の「あいこ」は頼れず、妹達のメールの記憶も生々しい現状では、これを開くことさえ憚られる。

 そんな閉塞状況を振り払ってくれたのは、授業中に可憐から送られてきた1枚のメモだった。メールを読んでほしいというその求めに応えて渋々パソコンを開く彼の目に飛び込んできたのは、可憐をはじめとする妹全員の新たなメール。最初の可憐のメールを結ぶ
「お兄ちゃん、大好き」の言葉に動揺した航は、しかしそのおかげで最前までの憂鬱を忘れて、自分を決して責めることのない妹達のメールを次々と読んでいく。帰宅の途につきながら最後の文面を読み終わる頃には、妹達が彼に想いを伝えたい、彼とたわいもない話がしたいというごく当たり前の願いが、素直に彼に受け止められていた。いや、この願いは航がメールを読む中で既に半ば成就していた。各人のメールを読みながら航が独り言のように何かをつぶやくとき、彼はその妹と対話をしているからだ。
 例えば、可憐のメールでは、メール画面で「お返事くださいね」となっている文章が、可憐の声では「お返事、くれると嬉しいです」と読まれている。これは制作上の誤りではもちろんなく、妹達のメールを読む航の心の中で文章が自由な生命を得、あたかもその妹が普段ながらの話し方をしているかのように生き生きとした声として響いていることを意味しているのだ。このような妹達からの呼びかけに対して、航の独り言としての返事は、たとえ不十分ながらも日々の生活でお互いを知り、共に生きようと支えあってきた妹達であればこそ、「結局そこかよ」「だ、大丈夫かな…」などと、非常にぶっきらぼうで遠慮のない、しかしだからこそ自然な本心からのものとなる。「あいこ」のメールにつぶやいていた独り言との決定的な差は、この共感的な親密さの差そのものである。ただイメージ写真があるだけの「あいこ」は、メールの文章とともに様々な姿を呼び起こせる妹達の現実性の、その生き生きとした心地よさの前に、以前までの神通力を失っていく。こうして航は、共にいるはずの妹達に、心からの詫びる気持ちと、心を寄せ合う本物の気遣いとともに、再び向き直る決意をついに持ちえた。下校途中で歩きながらメールを読むなど、妹達が待つウェルカムハウスによほど早く帰宅したかったに相違ない。

 兄からのメールをじっと待つ妹達のもとに、ついにメールが届いたのは、航の帰宅後しばらくしてのことだった。届いた順番は、亞里亞-衛-鈴凛-鞠絵-四葉-咲耶-春歌-白雪-花穂-可憐-雛子(自室の千影は何番目か不明)。昨日の一件で一番ショックを受けていた亞里亞が一番早かったのは、兄の気遣いなのかそれとも偶然なのか(メールアドレス順というのもやや考えすぎであろうか)。ともかく彼女達は同じ兄から同じ文面のメールをほぼ同時に受け取った。

メールタイトル:「心配かけて...」
メール本文:「みんな、心配かけてゴメンね。みんなのお兄ちゃん、航より。」

 そしてこの受信直後に、航は妹達の前に姿を現して、自分の口から自分の言葉で妹達に詫びる。これこそ、兄が自分の過失を素直に認め、そして自分の身体をもって妹達のそれに向き直ったことの現われだった。それを感じ取ってか雛子はすぐさま兄に嬉しそうに抱きつき、航もここであらためて共にいる妹達の存在を確かめ、皆に赦してもらえたことに安堵する。これに感謝しつつ、未だに彼女達との距離のとり方は上手にはいかないものの、しかし安易に外部に頼らずに自分なりに頑張ってみようとする彼の態度は、ここでは精一杯の誠意そのものだった。航は自分の部屋から「あいこ」や燦緒にメールを送り、とりわけ「あいこ」とは「やりとりをひかえる」ことを、心残りながらも表明した。その決意は、「あいこ」の正体が実は燦緒だと知らされることによって笑い話となるのだが、「これからもよろしく」と返信できる航の表情には、今後妹達と外部との間で自分を保ちながら、しかも妹達と共にいることを忘れないだけの心のゆとりが、幾分なりとも感じられた。

航 「妹達のよさも少しずつ分かってきたことだし。」

 それは、これまでしばしば感じてきた「悪さ」と表裏一体の「よさ」である。妹達を知るということ、共に生きるということが、決してきれいごとでもなく、かといって一面的に幻滅すべきものでもないということをも、彼は認識したのだ。これは航が妹達をそのままに赦し受容することであり、そして彼自身もまた自分を自然体のままで(誤りも含めて)受け入れてもらおうとする意識へのきっかけにもなった。ただしそれは、気遣いすぎから気の緩みへと極端に移行すれば、今回雛子のメールにも漢字を使った文面をそのまま送った(たまたま雛子が漢字をいくらか読めた、あるいは「心○」とあれば読みは「しんぱい」だというパターン的認識があったため、事なきを得たが)という点にも示されているように、彼のやや配慮に欠ける面もまた、本人が注意していてさえつい現れてしまうということも意味していた。この問題はやがて第7話で、咲耶に対するきわめてぶしつけな態度として示されることになる。互いに赦しあえる関係を育てつつ、航自身の「悪さ」とともに「よさ」がこの共同生活の中で具現するには、やはり今しばらくの時間が必要であった。


2.可憐の守り

(1)動員および索敵

 さて、このような兄の成長にさいして、現実世界の防衛を担う可憐は、どのようにその役割を演じたのか。
 冒頭から明らかなように、ここしばらくメル友にかまけていた航の姿は、妹達にとり最近の不満の種だった。メールにばかり気を向ける兄の態度を教室でも見ていた可憐からみれば、兄がメル友に求めているものは理解できても、このままでは兄は外部とのつながりを支えに共同生活を送ることになる。兄妹が自分達の間で支えあう関係を深めていくには、現状は非常に憂慮すべきものだった。そしてそれ以前に、可憐ならずとも妹達にしてみれば、兄が自分達以外の「女性」と親密にしていることは断じて許されるものではない(その嫉妬の凄まじさは、航の部屋で兄にからむ四葉の顔の歪み方にこれ以上もなく刻印されている)。問題を看取した可憐は、ここで対応策を練る。それは、兄がメールから離れるだけのものでは不十分である。これに加えて、兄が自分達に向き直り、しかもメル友に求めているものを自分達に求めてもらえるような計画でなければならなかった。この目的にそって立案した可憐は、まず兄がメールから離れるための仕掛けを講じる。

雛子「おにいたま、さいきんパソコンばっかりね。」

花穂「だって最近お兄ちゃま、パソコンに向かってばかりだから。」

 第4話で自分の個性を発揮し兄に受け止めてもらえたこの2人は、その関係に安んじて、自分達から兄に不満をそれとなくぶつける。これは兄妹関係が次第に遠慮のないものになりつつあることの証左でもあったが、ともかく妹達は航の態度が気に入らない。ここで学校のレポートだとごまかして逃げようとする航の背後を塞いだのは、いつの間にかそこに立っていた可憐だった。

可憐「お兄ちゃん、レポートって?」
航 「えっ…かっ可憐ちゃん…!?」
可憐「可憐たちのクラス、レポートあったかしら?」

 可憐は何気なく首を傾げながら、兄の精神的退路をもあっさりと塞いだ。そしてここで「学校の課題」という兄の言い訳があてにならないことを知った他の妹達は、可憐がそれ以上何を言うまでもなく、翌日航の教室に乱入する。

四葉「みんなが言ってたデス、兄チャマには、一日に何回もやりとりしてる人がー!」

 四葉をはじめ、千影、眞深が兄にたたみかける。(なお、四葉の「え!?兄チャマが彼女!?」というボケは、燦緒の目的を考えた場合じつは非常に意味深いものなのかもしれないが、ここでは置いておく。)

眞深「こんなに可愛い妹達に囲まれてるのに、なかなかやるわね兄ちゃん?」

 眞深としてはここで兄妹間の不和をさらに挑発したいわけだが、しかしそれらのやりとりは、これに参加しないが教室にいる可憐によって、くまなくチェックされている。このとき、千影が教室におしかけてまで航に直接警告したことは、可憐にも強い印象を与えたに違いない。航にとってメール相手の秘匿が、外部性の死守であり侵害への抵抗であったとすれば、ここで可憐が目的として再認識したのは、明らかに「悪」であるメル友に対する内部性の死守であり侵害への抵抗であった。さらに教師じいやが「彼女とメール交換ですか。」と割り込んできたことから、じいやもまたこの問題を重視していることが明らかであり、またそもそも航が依拠しているプロバイダ自体じいや関連ではないかと考えれば、この行動は既にメールの中身さえ把握した上でのことだろう。(なお、「あいこ」の正体がじいやであるという仮説も2ch「ヘタレ脚本マンセー!シスプリ考察スレッド」の73番で提起されているが、本論では素直に燦緒説をとる。燦緒とのメールが既に可能であるこの当時、わざわざじいやが最終的に燦緒の名を騙ってまで「あいこ」を演じるだけの理由が不明だからだ。)
 このように状況を確認しつつ、その一方で可憐は、兄と同級生でいることの義務を果たす(特権を利用する)ことも忘れてはいない。いったん妹達を教室外に引き上げさせて打ち合わせを行いながら、山田には「山田さん お兄ちゃんの相談にのって下さい 可憐」というメモを渡し、兄が妹達に直接話しにくい問題について間接的に聞き出そうと、あるいはここでの兄の反応だけでも確認しようと、試みるのである。もちろん山田にさほどの期待を抱いていない可憐が、それでも「お願いします、山田さん」と祈るのは、むしろ山田が兄をさらにメール依存へ追い込むように、とのこともあってである。

(2)戦力の集中

 この試みの一方で、鈴凛のモバイル第一作が前日のうちに完成していた。なぜ鈴凛がこれを製作していたかについては、当人から説明されることはない。だが、その理由を想像すれば、まず第3話で「アニキ専用」のパソコン(今回航がメール送受信に使用している機械)の起動に成功したさい、「あー、でもこれアニキ専用なのよねー。」と言っていることから、すでにこのときに鈴凛がシリーズ作品を予定していたと考えられる。また、第4話で雛子の行方不明などに慌てた反省から、緊急連絡用の通信マシンを用意しようとしていたということもあり得る(可憐の示唆があったかもしれない)。いずれにせよこのモバイルは、妹たちによって熱狂的に支持された。これを囲んだ妹たちの昨晩の会話をみてみよう。

咲耶「意外と簡単なのねー。私もお兄様にメールを送ってみようかな。」
可憐「それにとっても楽しそう。これがあったらお兄ちゃんといつでもお話ができるもの。」
四葉「ふむふむ、これは秘密の暗号マシンデスね。四葉の調査にも役立ちそうデス。」
春歌「兄君さまに何かあっても、メールで連絡をいただければ、お守りすることができますわ。」
鞠絵「わたくしも、兄上様と…。」
花穂「いいなぁ、花穂もやってみたいなぁ。」
亞里亞「亞里亞にも、くれる?」

 この一連の流れの中で、可憐の台詞の意味に注意する必要がある。咲耶はただ、今存在する唯一のこのマシンで自分もメールを送ってみたいというだけのことを述べているにすぎない。しかし可憐は、兄と「いつでも」会話できるというこのマシンの大きな可能性を、「それにとっても楽しそう」といういかにも「ついで」のような口ぶりでにこやかに示唆した。妹達にとって、このことが持つ意味は限りなく大きかった。兄と随時コミュニケーションできるモバイルマシン。それは、航と同級生でない妹達にとって、学校にいる間でも兄と意思疎通が図れるという希望を、皆に与えた。これこそ第3話で共同生活を危機に陥らせ、そしてそれ以後不問に付されていた届かぬ望みだったが、ついにこれが実現する可能性がみえてきたのだ。いったんは諦めた希望が蘇ったからこそ、妹達全員がこのマシンを必死になって欲しがりはじめた。こうして鈴凛は、皆にせがまれる格好で、モバイルをさらに11台製作することになる。そしてこれが完成すれば、兄と同級生の可憐に対する皆の嫉妬が大きく和らぐことは言うまでもない。

鈴凛「アニキ、みんなの分もモバイルも作ったら、メール交換してくれる?」

 これにためらう航に対して、四葉の鋭いチェキが入る。すでに兄の不審な行動は皆が知るところであり、このモバイルは必然的に、皆の情報を共有するための手段としてだけでなく、メル友の手から兄を奪還するための対抗手段として、意識されていくのである。そして、これを製作する鈴凛にとっては、このモバイルがつなぐコミュニケーションに兄が参入してくれることを確実なものにするためにも、航の全面的な同意(資金援助)を得ることが不可欠な手続きだった。

 ここで、全員分のモバイル完成直後、最初に妹達がメールを送信したときの、航パソコンの受信欄を確認しよう。
「兄上様へ/兄チャマへ/お兄たまへ/兄やへ/お兄ちゃまへ/アニキへ/お兄ちゃんへ/兄くんへ/お兄様へ/兄上様へ/お兄ちゃまへ」
 画面に映ったこの範囲だけでも、「兄上様」(鞠絵)と「お兄ちゃま」(花穂)が2回送信されていることが分かる。これは、妹達が不慣れなモバイル使用のために、誤送信や重複送信をしてしまったことを意味する。それゆえ、メール受信を知らせるパソコン画面では、あまりに膨大な数のメールがどしどしと届けられていたのである。

 メール依存に追い込まれていたところへ怒涛のメール攻勢、これに案の定耐えかねた航が食堂の妹達に怒鳴ったとき、予想外の反応にしょげかえる妹達の中で、可憐は「だって…」とだけつぶやいてうつむく。この呼び水に思わずつられて厳しい台詞をはいたのは、今回皆のために誰よりも尽くした鈴凛だった。こうして可憐は、自分が最も言いたいものの兄に悪い印象を与えかねない言葉を、他の妹の口を借りて言うことができたのだった(事実、この夜は皆が気まずい時間を送ったことは、翌朝航が一人で登校するさいの眞深の独白に示されているが、鈴凛も朝方までさぞ辛い思いをしたことだろう)。しかも、あの大量のメールを直視しなければパソコンを開くこともできない兄は、その夜メル友に相談することもできなかったはずだ。兄の逃げ場をメールにだけ絞らせておいて、一挙に兄にメールへの恐怖感を植え付けつつ自分達の本心を伝えるためのメール飽和作戦、これ以上もない電撃的大成功である。

(3)戦術的勝利

 ここまでの過程で、可憐は自分の立場を悪くすることなく兄に決定的批判を行い、ついでにモバイルによって皆の嫉妬心の宥和を果たした以上、いよいよ次は、兄を自分達に向けなおし兄妹関係の修復・強化を行う収束部である。それはまず、兄にこれ以上の負担をかけないようにしつつ、自分達に相談してもらえるようにしよう、という妹達の側の努力として示される。自分達がこれに成功したうえで、次に兄が誠意ある応答をしてくれれば、一件落着となるはずだった。
 この最終段階に進むにあたって、可憐は、翌日学校から、もう一度兄に全員でメールを出すことを他の妹達にメールで提案する。それは、なるべく兄を責めないようにあらためて自分達の気持ちを伝えよう、という趣旨のものだった。異論なく皆が各人のモバイルからメールを送る一方で、可憐は授業中に「メールを見て下さい。 可憐」とのメモを航に送り、皆のメールを読んでもらえるように取り計らう。ここまで今日はパソコンを開く気にすらなれなかった航が、嫌々ながらようやく開いて読んだ各人のメール内容は、その順にあげれば以下のようなものであった。

名 前 メ ー ル の 文 面
可 憐 大好きなお兄ちゃんへ。
昨日の夜、可憐はお兄ちゃんの夢を見ました。きっと、お兄ちゃんのメールを待っていたからかな?
お返事、くれると嬉しいです。[「画面では「お返事くださいね。」]可憐、楽しみに待ってます。お兄ちゃん、大好き。
航の独り言「だ、『大好き』って…可憐ちゃん…。」
咲 耶 お兄様へ。
この間、お兄様に似合いそうなシャツが売ってたの。
私、お財布を忘れちゃったから、慌ててうちに帰ったんだけど、お店に戻った時には、もう売り切れてて…。
きっと誰かが、私のラブを邪魔しようとしてるんだわ。私、絶対負けないんだから!咲耶
航の独り言「だ、誰もそんなことは…。」
花 穂 いっつも優しいお兄ちゃまへ。
花穂は今日もチアリーディングの練習をがんばってまぁす。でも、なかなかじょうずにならなくて…。
そんなときは、お兄ちゃまのメールを読んでがんばるんだぁ。
早くお兄ちゃまの応援ができるといいなぁ。がんばれ、お兄ちゃま!って。花穂
航の独り言「…。」(笑顔)
 衛 ハァイ、あにぃ!
鈴凛ちゃんに教えてもらって、ボクもメールが送れるようになったよ。すごいでしょ!
でもね、あにぃ。メールばっかりやってないで、たまには運動もした方がいいよ。ボクと一緒にスポーツしよ!衛より
航の独り言「…はは、そうかもな。」
雛 子 ダイダイダーイすきな、おにいたまへ。
あのね、ヒナね、おにいたまのお手がみがくるのまちきれなくって、ずーっと、ずーっと、おへやでピョンピョンしてたんだよ。
それでね、がっこうのきょうしつでもピョンピョンしてたら、先生におこられちゃった!クシシシシシ。ヒナより
航の独り言「(笑い声)」
鞠 絵 親愛なる兄上様…。
いつも私の体のことでご心配をおかけしてすみません。早く、元気になって…。
そうなったら兄上様、私と海岸を散歩してくださいますか?鞠絵より
航の独り言「(微笑)、そうか。」
白 雪 ハーイ!にいさま。今日の夕食のメニューは、白雪特製七面鳥の丸焼きモドキみぞれ和えですの。
だから、でっきるだけお腹をペッコペコにしておいてね。
姫の愛情料理で、にいさまの心もお腹もパンパンになるんですの!姫より
航の独り言「特製メニューは、ほどほどにね…。」
鈴 凛 ハイ、アニキ!
マシンの調子はどう?もっと改造してあげたいんだけど、ちょっとプロトロボの方が忙しくって…。
でも、時間作るからね。そしたらマシンの改造のついでに、新作の発表会もやっちゃお。
アニキのために、いいもの作ってるんだから!鈴凛より。…うわぁぁぁ!?…というわけだから、資金援助よろしくネ…。
航の独り言「いいもの?何だろう…っ(苦笑)、結局それかよ。」
千 影 …やあ兄くん。
…元気そうだね…。…じつはタロットカードで、不吉な兆しが出たんだ…。フッ…。
…出たカードは、「別れ」…。千影より
航の独り言「困ったもんだ…。(苦笑)」
春 歌 ご機嫌いかがですか、ワタクシの兄君さま。
ワタクシは今、兄君様にワタクシの舞をお見せしたいと思って、一生懸命お稽古に励んでいるところです。
では。春歌
航の独り言「がんばってね。」
亞里亞 兄やは、元気ですか?
亞里亞は、元気、ないです。
くすん…。亞里亞より
航の独り言「だ、大丈夫かな、亞里亞ちゃん…。」
四 葉 きゃっほー兄チャマ!
四葉、兄チャマの秘密をチェキしちゃった!それはね、「ア・イ・コ・ちゃん」。
クフフッ。これって何かの暗号でしょう?絶対に解読してみせるからね!四葉より
航の独り言「(笑)なんだ、知ってたのか。」

 この文面については、原作版『オフィシャルキャラクターブック』に示された各人の挨拶台詞がきちんと参照されているという点をまず指摘しておきたい。本作品が基本的な点で案外配慮されていることの一つの現われでもある。また、背景画像については、とくに衛がどうやらあの島中央の巨大像に登ったらしいことなどが興味深い。また内容についても、亞里亞は昨晩兄に怒鳴られたことがまだ響いていることが分かり、さらに、メールに比較的慣れているかのごとく日常会話を記す者(咲耶など)もいれば、あくまで想いをそのまま伝えようとする者(鞠絵など)もいるなど、各人のメール観の相違も読み取れる。さらに、「あいこ」のアナグラム(AIKO/AKIO)に近いところまで勘付いた四葉の鋭さにも、それがいつもながら最後の正解に至らない点も含めて、驚かされる。
 しかし、ここで最も注意すべきは、皆に提案したはずの可憐が真っ先にメールを送っており、そしてその内容が兄に対する直截的な愛情表現であるという点だ。実際に、この文面に驚いた航は思わず前方の席に座る可憐の方に目を向けるが、可憐は頬を赤らめながら兄にうなずくのである。これは他の妹達には不可能な教室内コミュニケーションであり、全体の関係修復にかこつけた可憐の役得ぶりがよく示されている。そしてそれは他方で、航の沈鬱な心境を一気に改善させ、メールに拒絶反応を起こしかけていた状態から、より前向きな態度へと転換させる働きがあることもまた確実だった。今まで自分が兄に嫌われるような言動をなるべく控えてきたのは、じつは、このときの自分の行動が兄の心理的解放に最大限の効果を発揮できるようにするためでもあったのだ。

 だが、これで兄から皆に誠意ある返信がすぐにこなければ、可憐の提案は失敗に終わり、共同生活の維持はきわめて困難となり、さらに彼女の立場も危うくなる。食堂で返事を待つ妹達の表情を見わたす可憐の眉間は険しかった。眞深が密かに期待するように、メール恐怖症から解放された航が、しかし妹達に向き直る勇気を持てずに「あいこ」に今日の出来事を相談することで、再び元の依存状態に戻ってしまっているかもしれないからだ。
 緊張の時がどれだけ続いたのか、やがてその呪縛を解いたのは、皆がほぼ同時に受信した兄からのメールだった。こうして兄は妹達の嫉妬心に応えることができ、妹たちはこれを赦すことができ、そして可憐は全面的に勝利したのである。いや、全面的というにはやや不満があるかもしれない。これだけ尽くした可憐に、他の妹達と違う文面のメールが特別に届くことはなかった。しかしそれは、兄が全ての妹達を等しく大切にしていることの現れであり、そんな兄へのほんのり苦い誇らしさを、可憐はここで感じえたことだろう。だからこそ、可憐は照れ笑いを浮かべた。

可憐「うふっ、お兄ちゃんたら…。」

 心の中で肘鉄砲。彼女の勝負は、まだこれからだ。


3.千影の戦い

(1)魔法使いの使命

 現実的世界での防衛を司る可憐がこのように役目を果たす一方で、超現実的世界を委ねられた千影はその責務を果たしえたのだろうか。
 千影といえば、そのミステリアスな雰囲気はもちろんのこと、超常能力を実際に操ることでも知られている(原作でも『ポケットストーリーズ』第2巻では、彼女が他の妹達の前で「私の友達、フィリポの僕、聖なるドラゴン」の光を召還している)。このような特殊能力は、アニメ版でも第2話での魔法陣から出現するシーンなどをはじめ、様々なかたちで描かれることになるはずだが、これが恐怖や嫌悪の対象ではなく有用なものとして兄や他の妹達に受け止められるには、これらの能力を必要とする状況が存在しなければならない(例えば第12話では、星の運行を見て漂着地の位置をつきとめている)。では、この第5話ではいかなる問題が彼女の能力を必要とさせているのだろうか。

 それはまず、ウェルカムハウスに跋扈する心霊現象によって端的に示されている。
 第5話で、白雪が食事を運んでホールに入ると、そこには妹達が鈴凛を囲んでモバイルを見つめている姿があった。そして白雪が見たその妹達の輪の中に、既に白雪本人がいるのだ(『潮見工房』アニメ「シスタープリンセス」雑記第5話におけるDVDとTVとの違いPart.1を参照)。TV放映時には描かれてなかったにもかかわらず、わざわざDVDを編集するさいに描きこまれたこの余分なもう一人の白雪の姿は、これまで各所でスタッフの大失態として非難されている。だが、これはむしろ、ウェルカムハウス内に生じる異常な心霊現象を明確に示すため、そしてこれに対処する役目を負っている千影の苦労を偲ばせるために、
白雪のドッペルゲンガーをあえて誤解を恐れずに描き加えたと理解すべきだろう。もちろんよく知られているように、自分のドッペルゲンガーに遭遇することはその人間の死の予兆であるが、白雪が自分の悪しき影にすら気づかないままその後も健康的な生活を送れたことをみても、千影がここで直ちに精霊達に依頼するなど何らかの処置を施したことが読み取れる。このような千影の働きを間接的に読み取るべきこの画像修正、そして同様の目的であえてそのままにされた衛の手(『潮見工房』前出第9話におけるDVDとTVとの違いPart.2参照)や亞里亞の瞬間移動(同第10話におけるDVDとTVとの違いPart.4参照)などが、しかし視聴者には全くの錯誤として受け止められたのは、作品の一般的評価からすれば仕方ないことではあった。

(2)忍び寄る闇

 さて、今回千影が用いていた道具は、水晶玉とタロットである。まず水晶玉を用いたさい、千影は、

千影「…兄くんに、災い…?」

と不吉な予兆を読み取った。そして、メール内容に記されているように、その後のタロットでは「別れ」という結果を得ている。なお、タロットについては、第4話でこれを用いて非常に具体的かつ全員に適用しうる予知がなされていた。これと比較すれば水晶玉は曖昧な結果しかもたらさないという欠点はあるものの、第3話でも玄関前で水晶玉を掲げて兄の死相を告げていることからして、この水晶玉は、『キャラクターコレクション』第9巻第6話で描かれた、兄だけを見ることのできる水晶玉にほぼ対応するものだと考えられる。あるいは、水晶玉の物質的性質ゆえ、電波や電磁波などの類については、他の占具よりも具体的な問題を感知できるのかもしれない。
 今回この水晶玉を用いて千影が透視した「災い」とは、航に忍び寄る闇の存在、つまり燦緒による計画の進展の一端、であった。これがいかに大きな危機として認識されたかは、先の白雪のドッペルゲンガーがこの悪意に由来するものだという可能性をおくとしても、何より千影が教室で航に直接警告を発するというきわめて例外的な行動にはっきりと示されている。

千影「兄くん、その女には気をつけた方がいい…。」

 第34話の危機でさえ、ここまで人目につくあからさまな行動には出なかった千影である。まさに彼女はメール相手に真の悪しき力を看取し、この力とそれに付随する諸影響に対して敢然と戦いを挑んだ。その具体的対応は、兄と妹達との意思疎通を妨害させないという方面では、雨や雷によってパソコンが破壊されないように天候を安定させるなどマクロなレベルから、教室内の埃を抑えるなどミクロなレベルまで、多岐にわたっていたのかもしれない。それ以上に、悪意に誘引された邪霊などを排除するという重責も負っていたかもしれない。いずれにせよ、先に教室の外で打ち合わせておいた可憐の作戦が遅滞なく進展するためには、千影の協力がぜひとも必要だったと考えられる。

(3)闇を撃つ影

 だが千影は、そのような防御策への協力とともに、はるかに攻撃的な独自の対応策をも、躊躇いなく実行していたはずである。このことは、最後の場面で示された燦緒からのメール文面に、暗黙のうちに描かれている。

燦緒 「もうサブアドレスの方は解除することにするよ。」

 なぜ、彼は今まで使用していた「あいこ」のサブアドレスをただ放置するだけでなく、わざわざ解除したのか。いや、じつは彼は、このアドレスを解除せざるを得なくなったのではなかろうか。それは、千影の超常能力によるハッキング・クラッキングをうけたためではないだろうか。この直前に航が「あいこ」に距離をとりたい旨のメールを送ったわけだが、さらにその前には、全ての妹達に「心配かけて…」メールを送信している。それは画面で示されるように、千影のもとにも届いている。そして千影自身は、前日とこの日に他の妹達と同様、「兄くんへ」という名のメールを送信している。ここで千影が自分のカラーに似合わないメール送信などという行為をあえてとった理由も、ここまで来ると全てが千影の計画のうちに繋がってくる。
 つまり、まず航のパソコンに「兄くんへ」のメールを送るさい、そのメールとともに何らかの呪術的な力を付与し、これを兄のパソコンに侵入させた。これは鈴凛があらかじめ用意しておいたウイルス検出ソフトなどでは捉えらない性質のもので、しかしこの段階で被害を与えるものでは決してない。次に、兄からメールが送られてくるさいに、先の呪術的な力に対する応答が自動的に添付されてくる。このやりとりを通じて、兄のパソコンは、千影のモバイルとチャネリング(呪術的交信状態)を維持することになる。航からのメールを確認した千影は、自分の企みが成功したことも看てとった。

千影「…フッ…。」

 自室でモバイルを開き、兄からのメールの文面に笑みをもらす千影の瞳には、次なる段階への冷たい確信が宿っていた。
 航は「あいこ」にメールを送る。それは本人にとってはいつも通りのメールのつもりだったが、同時にそれには、千影のモバイルから航のパソコンを通じて送りこまれた霊的攻撃力をも、密やかに付与されていた。いかなる検出方法にも反応しないこの攻撃は、メールを受信した燦緒のパソコンに異常事態を発生させる。ただし、過度の悪意をもつ霊的攻撃が自分自身にもはね返ってくる危険性を(呪術の基本原則として)熟知している千影は、ここで徹底的な攻撃にまでは踏み込まない。おそらくは、何らかの心霊現象とディスプレイ表示、そしてこのサブアドレスの除去程度にとどめておいたのではなかろうか。外部から侵入しようとする悪意に対して、千影はこの時点で彼女がとりうる最大限の反撃をもって、今後の警告となしたのである。

 こうしてウェルカムハウスへの外界からの悪意の侵入を防いだ千影だったが、しかしその余波は今しばらく危険性を保ち続けてしまう。食堂で航を囲んで夕飯を食べさせようとする妹達の中に、千影の姿はない。これは、なおも屋敷内に跳梁する悪意の残滓を、彼女が様々な手段で浄化していたことを間接的に示している。(春歌もいないように見えるが、これは台所に行っているか、あるいは千影が物理的攻撃要員として援助を依頼したかであろう。もちろんミカエルもその能力を発揮していると思われる。)まさに影としてウェルカムハウスの霊的安定に心を砕く千影の姿が、ここに読み取れる。

 だが千影は、このときすでに敵の存在を認識するだけでなく、それがやがてもたらす兄と妹達との「別れ」をタロットにより予知していた。もしもこれが不可避であるならば、千影に一体何ができるだろうか。それは、運命になお毅然と立ち向かいウェルカムハウスの共同生活を守り抜こうとするか、それとも兄を自分一人のものにしてしまうか、のいずれかとなる。これに密やかに心を揺らがせながら、千影はこれからも夜の眠りの静けさを独り導いていく。


おわりに 〜燦緒の策略〜

 以上、今回の戦いは、妹達の防衛システムが十分に機能したウェルカムハウスの勝利でひとまず幕を閉じた。しかし、これはほんの前哨戦にすぎない。互いを敵として認め合ったうえで、燦緒も可憐達も、次なる戦いの準備をそれぞれ進めていくことになる。
 それにしても、いったい燦緒は、「誤送信メール」などという回りくどい方法をとりながら、何を企んでいたのだろうか。

航 「そうか、お兄ちゃんと会えるかも、か。」

 もし航がこのまま架空のメル友に支えられ続けていれば、間断なく届くメールに自分からすすんで忙殺され、やがて航は妹達から精神的に離れ、島から出て行くこともありえたかもしれない。「あいこ」(燦緒)はお兄ちゃん(もちろん「あいこ」の仮想上の兄ではなく、航の隠喩)に会えたかもしれない。女装までしてこの関係を維持し、相談にのるなどして強化していったその理由は、明らかに航をこの島から連れ出そうとするものだった。

燦緒「君の今の気持ちがよく分かって嬉しかったし、ぼくも真面目に答えたつもりだよ?」

 今回のやりとりを通じて、燦緒は航の心理状態を直接把握することができた。また、メールとともに、何らかのウィルスプログラムを送信し、航のパソコンから情報を引き出し、あるいは操作するなどすでにしていたとも考えられる。だが、この方法がすでに敵(じいや、可憐、千影)の察知するところとなり、これへの対抗手段のみならず予想外の反撃まで受けるに至り、燦緒は今後の計画を大幅に修正せざるをえなくなっていく。つまり、彼本人の直接的にすぎるアプローチはなるべく手控え、眞深による偵察と妨害活動を今後の主軸にしつつ、航を都の高校に編入学できる条件を整えていくのである。

 ところで、自分からそこまで綿密な作戦を立てておきながら、相手側からの攻撃に対処し得なかったとは、この燦緒にしてあまりに杜撰ではないか、という疑念もないわけではない。おそらく、千影が実行した攻撃方法がきわめて尋常ではなかったということもあるだろうし、あるいは、自らが攻撃を受けることなど想像もしていなかった燦緒が、攻撃にきわめて脆弱な某OSや某メーラーを不用意にも使っていた可能性もある。そのことがこの話の中でも、航の部屋を窓から覗き込む眞深の姿に隠喩として描かれていると捉えるのは考えすぎだろうか。燦緒が代表するものが学歴社会的価値観に服従する現代人の姿だとすれば、この一元的な価値観を、ある寡占OSに喩えることにはそれほど違和感を覚えない。さらに、鈴凛モバイルの画面がアイコン右寄せという点から鈴凛がマカーであると類推(『潮見工房』前出第5話感想参照)すれば、このような対比も実は暗黙のうちになされていたのかもしれないのだった。



補足

 「あいこ」の正体が燦緒であることに対して、論者の妹である可憐から異論が提起された。その詳細については、「可憐の日記」7/11分を参照のこと。ここで指摘された「あいこ」=可憐(作中の)という恐ろしい可能性は、決して否定できない。このまま「あいこ」名を用いつつ、そのやりとりの中で「一番大事にすべき妹」として間接的に自分を売り込むこともできるし、また実際の展開が示すように、たとえこの関係維持に失敗したとしても、今度は問題解決にあたりつつ自分自身がより優位な立場を占めることもできる。そして、今回の問題の関係者が実は妹達内部で閉じていたという結論もきわめて衝撃的だ。これらの点で非常に魅力的な仮説ではあるが、しかし、いくつか検討すべき問題があることも事実である。
 まず、航が燦緒本人ともメールでやりとりしている以上、今回の一件が二人の間で話題になった時に、全く身に覚えのない燦緒の反応次第では間違いなく兄も不審に思い、結果として可憐のその後の行動に不利益となる可能性がある。もちろんこのメール相手の燦緒までもが可憐の演技であれば相当なものだが、これも第23話以降の展開を考えれば、場合によっては致命的な問題となりうる。
 次に、この仮説では、妹達相互の関係に対するじいやの中立性が危うくなる。千影の怒りが可憐に対してだけでなく、可憐の利己的な行為を黙認したじいやにまで向けられたならば、この共同生活を支える島全体の秩序への信頼が失われ、千影の異議申し立ては想像しがたい規模になりえてしまう。
 そして、これが最も明白な問題だが、もしこの仮説通りだとすれば、可憐が冒頭で航にレポートの有無を尋ねる必要はない。
 以上の批判点を解決できたとすれば、この仮説は、本作品全体の解釈を全面的に転回させるほどの意義をもつだろう。
 最後に、可憐が参考にしたのは映画ではなくOverflowの『ピュアメール』だったという万に一つの可能性を指摘しつつ、この補論を終える。


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