アニメ版『シスター・プリンセス』における日常の確認

〜第19話にみる妹の逸脱と回帰〜



はじめに 〜問題の視点〜

 航にとって不本意なかたちで始まったウェルカムハウスでの共同生活は、千影の問題を暫定的に解決することにより、ついに航にも妹達にも満足のいく完成状態へと大きく近づいた。その調和ある兄妹関係は、しかし、第14話で航からの過剰な奉仕意志が描かれたように、部分的にみれば様々な不均衡を生起させうるものでもあった。その不均衡はもちろん兄のみならず、妹達の由来するものも存在する。とりわけ、早くは第7話で航が示していた日常性への不満は、シリーズ後半ではこれに既に満足を見いだした航からではなく、その日常性を維持してきたはずの妹から、これを逸脱したい、そしてヒロインになりたいという欲求として示されてくる。
 第19話「愛のお弁当ですのっ」は、このような欲求が、もっとも日常的な領域を負担してきた白雪から噴出してくる様を描いたものである。本考察では、この観点からの検討を行いつつ、さらに今回久々にシリーズ前半同様の活躍をみせた山田の役割と成長可能性についても適宜触れることにする。



1.育ちざかりは食べざかり

山田「あーランチタイムだというのに、何だーこのむなしさはー。」
航 「どうした、山田?」
山田「んあー、幸せなお前には分かるまい、毎日同じものを食べ続けることがどれだけ味気ないことかと、ああ…。」

 焼きそばパンを頬張る山田のせつない呟きで始まるという点でも例外的なこの話は、かつては陰から羨ましがっていた山田が、航に面と向かって羨望を顕わにしているという変化を、ここで早々に描いている。

航 「燦緒へ。山田の言いたいことは分かっていた。
   ぼくもこの島へ来るまでは、学校で毎日同じものを食べていたから、
   メニューを気にしたこともなかったし、食事そのものにも関心がなかった。
   でも、今は。」

 中学校では給食だったのか、それとも学食のAランチなど固定メニューばかり食べていたのかもしれないが、弁当持参だったとすれば、これはじいやによる教育方針の一環なのだろう。そのような単調な食生活と、島での変化に富む豊かなそれとは、航に自覚的に比較されている。その現在の食生活を支えているのが白雪である。昼休みに入って高等部にやってきた彼女は、廊下側の窓から教室を覗き込み、尻を微妙に振りながら「ハーイ、にいさま!」と呼びかける。「姫特製、愛のお弁当宅配便」を届けに来たのだ。「いつもありがとう、白雪ちゃん。」と感謝の言葉を忘れない航に、白雪は今日のメニュー「姫特製、栄養満点の13品目入りパニーニ」(イタリア風サンドウィッチ)をお披露目する。弁当箱の中には他に、から揚げ、玉子焼き、プチトマト。彩りよく食欲をそそる弁当に、可憐や眞深も毎度のことながら喜ぶ。

可憐「可憐も、白雪ちゃんに教わったら、こんな素敵なお弁当作れるかなぁ?」

 まだ教わっていなかったのか、という気もするが、これは両者の腕前の差が桁違いであることを表してもいる。第3話では咲耶と共に調理の主戦力のはずだった可憐は、今や台所を白雪や春歌に明け渡しているが、第14話以降妙なこだわりを捨てたため、そのことを別段恥ずかしく思うことはなくなっている。それゆえ、可憐は白雪の腕を航の前ですら素直に認め、日々の食事の世話の中で学び得る以上のものを、白雪から教わろうとし始めているのである。これに対して、姫のお料理教室はいつでも開いている、という白雪の返事は、万が一どころか確実に航の弁当をめぐっての敵手となりうる可憐にさえも、自分の得意分野の秘密を隠さない彼女の鷹揚さを示している。あるいは、お互い少女趣味が合うのか第12話でもコテージで手を繋いで寝ているほど両者は仲が良いので、こういう会話も成りたつのかもしれない。
 しかし、そんなやりとりの狭間をぬって山田は弁当をつまみ食いしようとし、白雪に「だめですの!!」と怒鳴られるのみならず、「このお弁当はにいさまの…。」と涙ぐませてしまう。さすがに山田も退却を余儀なくされ、航は早速弁当に手を付けておいしい、とうなずき、白雪に笑顔を取り戻させるのだった。一方、山田は眞深の指導を受けざるを得ない。

眞深「このお弁当は、白雪ちゃんがあんちゃんのために作ったってことぐらい分かるでしょ!?
   あんちゃんが残したのならともかく、食べてるうちから、いや食べる前からつまみ食いしようだなんて!」
山田「ん、残す?そっかあ、そうなればボキにもチャンスが…。」

 ちゃんと聞いているのかとさらに叱られつつ、山田はここで陰謀のヒントを得た。
 さて、同じ頃に他の妹達は、それぞれの集団ごとに楽しく白雪特製弁当を食べていた。衛、花穂、亞里亞の初等部集団は仲良く中庭のベンチで。花穂がパニーニの具をズルリと落としてしまうのは、もはやお約束の域を越えた一つの様式美である。咲耶、春歌、鞠絵の中等部第1集団は、お行儀よく語らいながら机を囲んでいる。鈴凛、四葉の中等部第2集団は、鈴凛のマジックハンドvs四葉の白熱したフォーク競り合いを繰り広げている。食は文化か闘争か。幼稚園の雛子は、玉子焼きをひたすら嬉しそうに食べている(おいしいものを食べる時の幼児の感情を笑い声だけで真っ直ぐに表現していることに注目したい)。そして、千影は独り、屋上で完食している。誰もいないのに「ごちそうさま」ときちんと言うあたりは、第9話の流し素麺を掬えない場面と並んで印象的である。
 彼女達にお礼を言われ、航からも「今度、ぼくにも何かお礼をさせてよ。」と言葉をかけられるが、兄の食べる笑顔を見つめていた白雪はあくまでも「その笑顔が、姫には一番のご褒美ですの。」とお返しを固辞する。そこですかさず弁当の残り物を頂戴しようと割って入る山田だったが、そこにはもう空の弁当箱があるだけだった。

 航が食べ終われば、白雪の時間は次の食事までおあずけ。窓の下の衛達の声に手を振り返しながら、早速夕食の仕度を考え始めそうな白雪だったが、ここで彼女の尻、いやスカートを山田が引っ張る。昼休みの中庭で、チアリーディング部が練習をする姿を前に、山田は先の眞深の言葉から思いついた作戦を実行に移す。

白雪「お弁当の量を増やすんですの?」
山田「成長期の真っ最中にいるボキ…あいやいやいや、航くんには想像を超えるほどの栄養が必要なんです。」
白雪「でも、栄養だったら、姫もちゃあんと考えて作ってますの。」
山田「違うんです、男としては見た目の栄養も欲しいんです、心の栄養が!」
白雪「心の、栄養?」
山田「目の前に積み上げられたお弁当、果たして食べきることができるのか?いーや食べる食べてみせるぅ!
   素手でライオンに立ち向かうような、竹馬でエベレストに登るような、
   ん何て言うのかな、そのその熱い思いが男の心に栄養を与えるんです!
   そう思いませんか白雪ちゃん、そうに違いないそうに決まってぇーるっ!!…白雪ちゃん…?」
白雪「心の、栄養…。」
山田「…白雪ちゃん?」
白雪「山田さん、鋭いアドバイスありがとうございますですの。にいさまに心の栄養、ですの!」

 いきなりその気になった白雪。山田の作戦まず上々の滑り出しというところだが、なぜ白雪はこうも簡単に山田の甘言にのってしまったのだろうか。本作品におけるここまでの彼女の姿を振り返りつつ、これを考えてみよう。
 原作と同様、白雪は妹達の中で最も料理を得意としている。原作よりも実験的な料理を好みがちという違いはあるが、根本的な差はない。彼女が作品内で作った(作ろうとした)料理一覧は、ちぐまや氏『栄光は誰のために』内「白雪のお料理教室(アニメ版)」にまとめられているので参照されたい。だが、原作で彼女の最大の得意料理だったカスタードシュークリームなどはアニメ版では登場せず、また彼女のもう一つの特徴である「早く姫のことも食べて」といった過激な発言も全く見られない。この点で、白雪は原作よりも地味な存在に甘んじており、それはいくら尻を強調しようとも釣り合うものではない。日常生活を支える重要な役割を自ら引き受けた彼女は、例えば第7話では可憐や眞深と『お料理ABCシリーズ おいしい野菜のおかず』(裏表紙は広告「SHOMA お肉をやわらかくするから揚げ粉 から揚げ粉プレゼント」)を読んで、小さい妹達が野菜をもう少し食べられるような工夫を、あるいは自分達の美容のために野菜を大量に摂れる工夫を、模索している。このように食事に関して努力を怠らない姿勢は、航にも当然看取されていたところだが、しかしそれが白雪を何らかのかたちでヒロインにしていたかと言えば、決してそうではない。確かに彼女は、日々の3度の食事のたびにヒロインとなっていたとも考えられるが、食事とはつまり共同生活でのそれであるため、他の妹達のように、航と二人っきりの特別な時間を獲ち得るには未だ至っていない。気がつけば、第3話で航と最初の弁当を食べる機会を逸して以来、兄との親密な食事の場はとうとう実現できないままなのである。

 ここに、白雪の不満の在り処が分かる。彼女の地位は日常性においてこれ以上もなく確立されているが、だからこそ、そこから逸脱することが難しい。ヒロインとなるための突飛な行動も、本作品での白雪にはその性格的条件を奪われてしまっている。であれば料理という唯一残された領域で兄を惹きつけなければならないが、それが日常の水準を大きく越え出るのは困難である。いや、例えば「究極の料理」などのようなかたちで、もしこれが可能だったにせよ、そのような料理を毎度続けていれば、それはもはや非日常の料理ではなくなり、日常性に馴染んでしまう。実際に白雪は共同生活開始後も自分の腕を磨いてきたはずだが、それは「いつもおいしい料理を作ってくれてありがとう」という、日頃の感謝の言葉によって平板化されてしまうのである。もちろん兄のその言葉は白雪にとって何よりも嬉しいものだったが、このままではヒロインにはなれない。とくに、第17話で春歌が兄を独占して手料理を食べさせていたが、あのような機会がなぜ自分には与えられていないのかと、白雪は歯がゆく思った切歯扼腕したに違いない。しかし航は自分のせいで怪我をすることもなく、また自分は春歌のように他に技を持っているわけでもない。日々の食事ではそれなりの幸せを感じてしまっている中で、どうにも曖昧な袋小路に陥っていた白雪は、こうして最近の刺激を受けて突破口を見出そうと無自覚な焦燥感にとらわれていたのであり、しかもそれは白雪自身の欲求不満としてというより、航のためにもっと何か新しいことができないだろうか、という努力への意志として現れつつあったのだ。
 このような状況で、山田の言葉が甘く響いたのも無理はない。「心の栄養」、それは料理の工夫などでは得られなかった何かを与えてくれそうな予感に満ちていた。栄養学的な意味で計算され得るものではないからこそ、漠然とした非合理的な期待感が持てる。肉体への配慮は十分だったが、精神的なものへの配慮が自分には欠けていたのかもしれない。目の前のチアリーディング部練習を見れば思い出すように、花穂がまさに兄の意志をこそ力づけていたではないか。そうであるなら、これを重点化することで、兄と自分の関係にも今まで以上の親密なつながりを培えるかもしれない。しかもそのための方法は、たんに量を増やすというあまりに簡単なものだった。日常性からの脱却を意図して、根拠は不明瞭だが容易に実行できる特効薬に飛びつくというのは、実は世間の主婦の態度とあまり変わらないとも考えられるのだが、この点でも白雪は共同生活の中で最も所帯じみてしまった妹なのかもしれない(眞深は元々そうだったが)。


2.スーパー食いしん坊

 学園からの帰り道、1丁目で「笑顔がNo.1!やっぱりネ」の鼻歌を歌いながら航を待っていた白雪は、明日の弁当の食材の買物につきあってもらおうと、腕を組んで一緒にスーパーに向かう。

航 (東京にいた頃は、スーパーに行って食事の材料を買うなんてことなかった。
   自分で作らなかったからということもあるけど、出されたものを食べるだけで、誰がどこで作ったのかすら知らない。
   東京で料理を作ってくれていた人も、こうしてぼくのために材料を選んでいてくれてたんだな。)

 こんな想像をできるまでに航も成長したわけだが、この感謝の念は当然、出されたものは残さず食べるという態度として表されてきている。「すきやき100g500円」の牛肉といった論者には縁遠い(銘柄牛では安い方らしいが)食材を吟味しつつ、白雪は「心の栄養、ボリュームアップですの。」と呟く。よく聞こえなかった兄に、白雪は「にいさま、明日のお弁当をお楽しみにですの。にいさまの心にも、姫がいっぱい栄養をつけちゃいます!」と決意のほどを表明する。この時点で航は何も分かっていないのだが、帰宅途上で買物袋を両手に下げ「これくらい大丈夫ですの。」と言いつつ重くてぷるぷるしている白雪を見て、「貸してごらん。」と荷物を持ってやるという優しさを自然に示せているあたりは、既に彼が完全に兄としての成長を遂げていることを示している。そんな兄に、白雪も、ぴと、と寄り添い、幸せをかみ締めるのだが、だからといって彼女の目的がなくなるわけではない。
 そして翌日の昼の弁当は、「白雪特製鴨のコンフィ大盛りラタピーユ添え」「オードブルはアンキモのポアレ」「スープはコンソメのコンカッセ」「メインディッシュはマンボウのパピヨット」という、弁当という範疇を超えた見事なまでのフルコース。どうやって運んだのかという疑問が湧くが、おそらくプロトメカ1号か機関車にお願いしたのだろう(むしろ午前中学校にいたのかどうかの方が問題かもしれない)。山田は事態が目論見通りに進んでいることを喜びつつ、航に手伝うと言うが、「これくらい、食べられるよ。」と返されて切歯扼腕する。他の妹達はといえば、食欲や趣味に応じて様々な反応を示している。初等部以下はおいしくて豪華なお昼に満足しており、中等部では、1つの弁当箱をめぐるいつもの熾烈な戦いが楽しめなくなった鈴凛が複雑な表情を見せている。そして、千影は冷静に「ごちそうさま。」とフォークを置いているが、その下の皿は完食どころか真っ白である。料理はホイルに乗せられていたようだからまさか皿を舐めたわけではないが、それにしても見事な健啖ぶりだろう。元々大昔はヨーロッパの貴族ゆえ、こういう料理には殊更満足いくのかもしれない。

白雪「きっとにいさまの心にいっぱい栄養がついたんですの!」
航 「ああ、うん…。」
白雪「ムフン、明日も頑張っちゃうんだから!」

 満腹も度が過ぎて椅子にもたれる航の姿に、心配気に目配せしあう可憐と眞深。最初の頃なら、航が嫌気を起こすいい機会とばかりに眞深が何か企む場面だが、ここでは可憐と問題を共有するほどにまで、妹達の一員として信頼を得ている。それは帰宅後のリビングでも、妹会議の中に自然に入っていることにも描かれている。皆で今日の弁当が多すぎたことを話していると、衛や花穂、亞里亞の初等部集団は全部平らげていたことが発覚する。ここで特にからかわれるのは、やはり花穂。

咲耶「あら花穂ちゃん、カロリー計算とかちゃんとしてる?」
花穂「え?」
眞深「あんたみたいな暢気な性格の子は、気をつけないとボヨーン!」
可憐「大丈夫よ花穂ちゃん、そんなに急に太ったりしないと思う。」

 一番最後の可憐のフォローが、優しい口調なだけに実は一番きつかったのではないか。それはともかく、弁当の量の差配について議論は進む。

可憐「残してしまうなら、始めから量を減らしてもらうよう、白雪ちゃんにお願いした方がいいのかな?」
咲耶「そうね、減らさなくていい人はそのままで、減らしてほしい人だけ言うことにしましょうよ。」
花穂「あーん、花穂も減らしてもらうー!」
千影「でも、誰が言うんだい…? 彼女は、兄くんやみんなの体を気遣って、料理を作ってくれているわけだろ…?」
咲耶「そ、そうよね…。」

 いつの間にか咲耶の横に現れ、白雪の気持ちを汲んで正面から反論したかに見える千影の態度は、本作品を通じて見ても実に珍しい。食事以外で皆と同じ場にいること自体が稀なうえ、議論に加わっているなどというのは今回が初めてである。これは、第18話で自分の計画が失敗に終わったことで、この共同生活の維持に専念しようという方針変更の表れであるとともに、実はたんに、これだけ豪華なお弁当を毎日目一杯食べたいので、ここで皆が一様に減らしてもらいたがるのを阻止しようという意図が働いているかもしれない。だとすれば、
食べたいけれども自分だけ大食いと思われるのは避けたいという、千影の微妙な乙女心がここに見て取れる。
 航も含めて、どうしたものかと頭を悩ませるところへ、今日の夕飯を白雪が運んできた。それは分厚く大雑把すぎた。

白雪「白雪特製スペイン風ライス入りオムレツ、ゴルゴンゾーラソースがけ超大盛り、ハーブサラダ添えですの!」
航 「こ、これはまたすごいな…。」

 それはまさに飯塊だった。

眞深「や、山ーっ!?」
白雪「さあにいさま、あつーい気持ちでエベレストにアタックですの!」

 そして登山開始。ピバークの余裕もなく懸命にスプーンを口に運ぶ航。その姿を白雪は、山田が言う「熱い思い」を迸らせているものとしてすぐそばで嬉しげに見つめているが、他の妹達のほとんどはその多さに困惑しきっている。雛子の前にも相当の量が積まれているが、これを第16話夕食のオムライスと比較すれば、2倍はあることが一目瞭然である。このままいけば全員遭難という可能性もあったが、そんな中で明日の休日に湖でスケートをしに行こうと、衛の発案があった。「氷もいい具合に張っていた」そうだが、伊豆半島沖なのになぜ日中に水が凍るのか。島頂上の公園の池には水面下に凍結装置でもあるのか、それとも第15話以来友好的な精霊達の仕業なのだろう。皆で遊びに行くことに浮かれる妹達だったが、白雪はここで何事かを思いつき、鈴凛に協力をお願いする。第9話でもこのコンビで流し素麺を実行したが、今回も料理のサポートを頼もうというのだ。そんなことはつゆ知らず、航は明日は弁当がないことに安堵し、修羅場が待ち受ける翌朝を迎える。


3.ピザの羽織

 頂上の公園に向けて、機関車に乗り込み全員出発。その車体の後ろには、始めて見る謎の車両がくっついている。航は訝しむが、隣の白雪と鈴凛はただ笑うばかり。一方、山田は「今日こそは、妹さんの手料理食べてやるんだー!」と休日に気づかず登校し空振りに終わるが、しかし公園へ登る機関車の音を聞きつけて諦め悪く追いかける。ここで「妹さん」の手料理、という表現を使っているあたり、山田が未だに妹達を個々人でとらえようとしていないことが分かる。それは、誰か特定の妹を好ましく想うためにその手料理を食べてみたい、というのではなく、航が妹達と仲良くしていることに中てつけられ、ただそのような関係に自分も身を置きたいがためである。つまり山田は特定個人との関係を欲求しているのではなく、自分に与えられていないものを欲望しているにすぎないのだ。これが「欠けているものへの欲望」である以上、求めるところは無限である。この際限のなさは、実は白雪が「心の栄養」を追求する態度にも共通している。航が食べ続けるかぎり、彼は「心の栄養」を獲得しつつあるのだから、この兄のために白雪はひたすら食べさせようとすることになる。昨日の弁当からてんこ盛り夕飯に至る過程でも既に予感されたが、白雪の食事量への強迫は留まるところを知らない。

 さてスケート初体験の航は、同じく初めてらしい可憐、花穂、春歌と共に、危なっかしくも頑張って滑ろうと努力する。周囲では、写真班を四葉が務め、眞深と咲耶は競走し、雛子はミカエルに跨り、千影はミカエルに袖を咥えられ「重い…。」と言いつつ引っ張っている。衛は亞里亞を橇に乗せながら航を気遣うが、亞里亞が兄にだっこしてもらいたがったために航はバランスを崩し、思わず近くの可憐にしがみついてしまう。このへんは可憐の絶妙な位置確保を褒めるべきなのかどうか、近くでは花穂が春歌に抱きとめられている(というより支えあっている)ので、可憐も兄にそうしてほしかったのかもしれないが、航の方が先んじてしまう結果となったわけだ。
 一息入れる航は、水泳より難しいかも、とこぼすが、鞠絵が「そんなことはありません、兄上様、上手に滑ってました。」と、第9話でも見られた彼女らしい穏やかな合いの手を入れる。あの夏の時は、泳げなそうな兄への無言のフォローだったが、この冬には面と向かって言えるだけの関係を既に作れているのであり、また航自身がそれだけの努力と失敗を妹達の前で堂々と行い受け入れてもらえるに至っている。
 楽しい時間はあっという間に過ぎ、お昼時となった。スケートもせずにその準備をしていた鈴凛は、いよいよ本日の発明品を皆にお披露目する。機関車の後ろに引っ張ってきたのは、彼女謹製のキッチントレーラー(論者は「グルメポッポ号」と名づけたが果たして妥当かどうか)。たった一晩でよくこれだけのものを作れたと感服するが、おそらく機関車に連結するオプションを試行錯誤していた鈴凛が、基本的な設計や基部構造の組み立てなどを既に進め、相当完成させていたのだろう。これを白雪の依頼で運んできたわけだが、皆が何事かと見守る前で、白雪は本日のランチを「焼きたてピッツァのバイキング」と宣言する。生地からこねあげ、頭上で回転させて円形を広げていく見事なピッツァさばきに一同は見惚れ、
千影までもが大喜びだ。だが航にとっては喜びのつかの間、大量に焼かれた出来立てのピッツァが、皿を空けるたびに次から次へと航の前へ出されていく。いわばわんこピッツァ。昨晩も卵やチーズの物量に参っていたはずの航は、この似たような風味の間断なき攻撃に、いささかやつれた顔を見せている。可憐と眞深が「お兄ちゃん、大丈夫…?」と心配そうに見守る中で、それでも画面に出ているだけで最低3枚は平らげているというのは、兄として立派すぎる。しかし、白雪の「まだまだ焼いてますの。」という言葉に、手が震えだしていた航はついに挫け、今まで言わずにいた厳しい台詞を口にせざるをえなくなる。

白雪「にいさま?遠慮しないでいいんですの。もっともっとたくさん食べて、心に栄養をつけて、」
航 「白雪ちゃん。」
白雪「はいですの?」
航 「ごめん…。作ってくれるのは嬉しいんだけど、こんなにたくさんは食べられないよ。」
白雪「にいさま…。」

 緊迫の瞬間。しかし、この静寂をぶち壊す大声を轟かせながら、様子を見張っていた山田が怒涛の如く来襲する。「男らしく見事に勝つ!ぜーんぶ喰らいきってみせよぉー!」と名乗りをあげるも、眞深によって足を引っ掛けられ雪のテーブルに突っ込んでしまう。山田は来た、見た、そして玉砕した。そんな山田を見て、航は「白雪ちゃん。料理を残すのももったいないから、山田に食べてもらおっか。ね?」ととりなすが、白雪は黙ったまま、後片付けを始めるのだった。
 心配が残る航は、帰宅後白雪を探す。リビングでは衛と眞深が可憐、花穂、春歌にスケートの指南中だったが、白雪が台所で料理の研究だと可憐はただ伝え、それに続けて眞深が「気にすることないって。お弁当の量が減りそうだからよかったじゃない。白雪ちゃんだって分かってくれたと思うし。」と、他の妹が言えないことを今回もあえて航に言ってくれる。それでも航は気が落ち着かず、滅多に行かない台所に足を運んでみると、声をかけられて振り向いた白雪の目には涙が浮かんでいた。慌ててハンカチを探すが手元になく、もはや「ご、ごめん白雪ちゃん!」と必死に頭を下げるばかりの兄に、白雪は、ティッシュならエプロンのポケットに入っていると普段の口調。彼女がただタマネギを切っていて涙ぐんでいただけだったことに気づいて、ほっとした航だが、ティッシュを探して白雪のエプロン前ポケットにおもむろに手をつっこんで、
「にいさま、くすぐったいですのっ…!」と喘がせてしまうあたりが油断ならない。その反応に驚き赤面する兄を見て、白雪もふと微笑みを取り戻す(本来のお色気資質がやや回復したのかもしれない)。航は白雪と二人、並んでタマネギを切る。怪しげな切り方から見て航には初めての包丁体験かもしれないが、二人の目には、航が気を効かして持ってきたのだろう、水泳用のゴーグルがかけられていた。

航 「でも、ごめんね。お弁当の量のこと、もっと早く言ってあげれば。」
白雪「ウフフ、にいさま謝ってばっかりですの。」
航 「ご、ごめん。」
白雪「またですの。いいんですの、姫こそお料理を作りすぎちゃって、ごめんなさいですの。」

 謝り合える関係。今まで、航と妹達とは、支え合い、励まし合い、許し合える関係を築いてきたが、ここではそんな関係に、また一つの側面が付け加えられている。それは、兄と二人きりになれたからこそ、発見できたものかもしれない。思えば白雪と航だけの場を持とうとすれば、食卓よりも、彼女の居場所である台所こそがそれに相応しかった。実に白雪本人の部屋は作品内でほとんど登場しない第13話でも宿題を台所でみてもらっている)ほどに、台所は彼女が想いをかたちにするためのかけがえのない場所だったのだ。そんな場所で、兄にタマネギの切り方を教えながら、白雪は自分のしたことを振り返る。

航 「ううん、そんなことないよ。これからは残さないで食べるよ。」
白雪「…残してもいいんですの。」
航 「え!? でも、せっかく白雪ちゃんが作ってくれたのに、そんなこと、」
白雪「おなか一杯だったら、残してくれていいんですの。
   姫は、にいさまに残してほしくないなんて、一度も思ったことはないですの。
   …姫は、にいさまのためにお料理を作ってるんですの。だから…。」

 にいさまのための料理が、今回は逆ににいさまを苦しめてしまった。そして、今もこうして自分を気遣わせてしまっている。山田の策略はもはやただのきっかけにすぎない。自分の不満や不安が、自分の最も得意とする料理を通じて兄に迷惑をかけてしまったこと、これが白雪には痛恨事だった。自分のために食べてくれる兄の気持ちが嬉しければ嬉しいほど、反省の念は激しさを増す。これで航が体調を崩しでもしたらどうするのか。そもそも、もし「心の栄養」というものがこれで培えたとしても、栄養過多になってしまったら自分はどうするつもりだったのか。いや、そもそも「心の栄養」とは、体の栄養が毎日相応に必要なものであるのと同じく、日々の何気ない平凡さの中で、絶え間なく培われるべきものではないのか。だから、白雪は航に寄り添い、肩にもたれかかる。兄を料理で支えてあげたいように、彼女も兄に支えてもらいたい。ゴーグルを外し、心を開いて、白雪は兄に素直に問いかける。

白雪「にいさま…姫のお料理で、心に栄養、つきました…?」

 この白雪の想いに向き合うために、航もゴーグルを外す。

航 「白雪ちゃん、またお弁当作ってくれるかな?」
白雪「…はいですの。」

 大切な兄に、自分はいつも必要とされている。そして、日々大切に想われている。そのことをあらためて実感できた白雪は、兄に甘えつつも自分らしい務めを果たしていこうと再び決意できた。
「心の栄養」が最も必要なのは、実は、白雪本人だった。そしてその栄養とは、このような想いの絆の中で、日々お互いに与え合い強め合っていくものであり、航のおかげでそのことに気づいた白雪は、料理の初心に立ち返り、自分の想いを素直に料理にこめるのだった。
 そして、その成果あってと言うべきか。翌日の「姫特製お弁当」は、一昨日よりも凄まじい大量の重箱を積み上げていた。

白雪「にいさまのことを考えて作ったら、こんなになっちゃって…。」

 このあたりが原作の彼女の勢いに幾分近づいた証拠だろうか、同じ大量でもその意味は昨日までとは異なっている。自分は兄への想いを好きなだけ料理に盛り込む。だから兄も、好きなだけ食べて満足してほしい。さすがに毎日余らせるわけにはいかないが、たまには暴発したい時もある。

山田「いやーちょうどいい量だよーっ。
   ボキ今日お弁当忘れちゃってさー、今から行っても、売り切れちゃってるんじゃないかなーっ。」
眞深「まだ売ってたよ?」
山田「…そっすかー…。」

 懲りずに手を出そうとする山田を冷たく阻止する眞深。しかし、そんな哀れな山田に、白雪が意外にも包みを差し出す。

白雪「山田さん。どうぞ。」
山田「え?…ボキに…?」

 ずしりと重い包みを受け取った山田は、見る間に涙をあふれさせ、ついに滝のごとく号泣する。ただひたすらに対象も限界も不特定な欲望に駆り立てられていた彼が、不意に向けられた白雪という個人の優しさに触れた刹那、心を満たしていくその暖かさに栄養を与えられた証しだった。(たんに山田に邪魔されないように手をうったとか、仕返しのために日の丸弁当をこしらえたとか、中身は先日のピッツァだとか、意地の悪い想像もできるがここでは問題にしない。)白雪がさかんにペコペコと頭を下げる山田に、苦笑しながらも何かを思う眞深と可憐、そして航。

航 「燦緒へ。心の栄養って言葉を知ってる? ぼくも初めて聞いた言葉なんだけど、
   食べる人の心に、その料理を作った人の心が届くのは本当だ。それが、心の栄養じゃないかな。
   白雪ちゃんが作ってくれる料理が、ぼくにそれを教えてくれた気がするんだ。」

 そして、その想いの基本に白雪を立ち戻らせてあげたのは兄なのだ。これぞルネサンス情熱。妹のこの想いを素直に受け取り、航は箸を手に早速弁当に手をつける。

航 「いただきます。…うん、おいしい!」

 航の笑顔に白雪は微笑み、今日も彼女の心の栄養は、兄のそれと共に培われていく。


終わりに 〜日常性の完成〜

 今回、白雪という妹に由来する動揺は、彼女個人にも全体にもいっそうの調和をもたらすかたちで無事収束した。第3話以来続けられてきた共同生活への努力は、この第19話でついに一つの完成の時を迎えたと言っても過言ではない。島内部におけるあらゆる問題の可能性に対して、航も妹達も、日常・非日常いずれの場合でも、協力して解決していけるだけの信頼関係と、その危機さえも自分達の糧にしてしまえるだけのゆとりとを、獲得するに至ったのだ。これを踏まえて次の第20話では、その完成形をいよいよ美しく描き出すことになる。
 そして山田も、今回をきっかけにして、彼自身の弱さをより素直に表に現していけるようになっていく。虚飾や大言壮語の癖はどうにも抜けないにせよ、ようやく自分の本来の姿や気持ちに向き合っていき、それを素直に示せる可能性を、ここで明確に与えられたのだ。これが航達と同様の成長へとつながっていけるかどうかについては、今までの彼の振る舞いからは、今なお慎重な留保を必要としているが、少なくとも山田もまた、この島の住人の一人として、決して見放されてはいないのだった、今のところもとりあえずなお。


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