アニメ版『シスター・プリンセス』における兄の到達点
〜試練に備える第22話〜
はじめに 〜問題の視点〜
本作品のヒロイン話では、特定の妹の求めるものを兄が探しに出かけるという展開がたびたび見られた。例えば、雛子と一緒に熊のぬいぐるみを探す第4話、鞠絵のために貝殻を取りに行く第8話、可憐のお願いを叶えようとする第14話、である。リボンを探す亞里亞自身を兄が探すという第15話も、亜種としてここに含まれるだろう。これらの各話では、兄が直接その求めるものを探し出せるかどうか、またその結果や過程によって妹の欲求をどのように満足させるのかが、様々なかたちで描かれてきた。本考察におけるそれら相互の比較は、第8話にて第4話との関連でなされており、また第14話でも文中に若干言及されている。そこでは明らかに、兄妹の関係の進展によって、妹の望むものを見つけ出そうとする航の主体性が、次第に積極的に示されてきていた。この傾向は、クリスマスプレゼントを探した第20話での行動によって、ひとまず全員に対するものとして一般化された。しかし、共同生活が完成に至る中で、特定の妹の真に求めるものを航が全く自覚的に、かつその妹と一緒に探し当てるという姿は、未だ描かれることないままにあった。
本考察で取り上げる第22話「兄チャマ、チェキデス(はぁと)」は、まさにこのような航の完成された姿を、ヒロインとして最後に残された四葉との関わり合いを通じて提示するものである。
1.妹には自分の世界がある
航 「燦緒へ。東京の正月はどうだった?ぼくは妹達と初めての正月を過ごした。」
ウェルカムハウスで初めての新春は、兄妹一同うち揃い、つつがなく迎えることができた。妹達は当然のごとく振袖に身を包み、可憐、花穂、咲耶、雛子は初詣の途中か、航とスーパーの前で記念写真を1枚。衛、鞠絵、ミカエルは航と屋内で1枚(ここで航が首に巻いている緑のマフラーは、鞠絵が第17話で頑張って編んでいたものであり、無事完成したことが分かる)。白雪が鏡餅にホイッピングしているのを眞深がげんなり見ている姿で1枚。鈴凛、メカ鈴凛、そしてプロトロボ1号までもが振袖姿で立つ横で、巨体を見上げる千影も振袖。家の前で羽根突きに興じる春歌と四葉、その羽根が傘に当たって涙ぐむ亞里亞。実に楽しく賑やかな正月だったが、今回のアバンタイトルはそれどころではない騒々しさである。夜のロンドンに現れて四葉を狙う謎の影、そして四葉を庇い立ちはだかる少年探偵団風味の航。
クローバー「わぁっはははは、わははのは! 霧の都で大人気、美少女怪盗クローバー!
チェキチェキッとただいま参上! あなたのハートもいただきデス! とう!」
四葉「美少女怪盗クローバー、今日こそつかまえちゃうデスよ!」
クローバー「チェキチェキチェキよ!」
四葉「あ、兄チャマ!?」
航 「大丈夫だよ、四葉ちゃん。ぼくの大切な四葉ちゃんは、絶対に守ってみせるぞ!」
クローバー「とう! チェキィ!」
航 「くっ!四葉ちゃんはぼくの宝物だ、絶対にお前なんかに渡すもんか!」
クローバー「チェキィッ!」
こんな夢を見た四葉は、春歌や亞里亞と一緒の買物帰りに、航にその模様を熱心に説明する。このアバンタイトルを見ただけで既に、四葉が抱える問題は明らかとなる。「名探偵には必ずライバルの怪盗がいるんデス。」という本人の台詞にも暗示されているように、彼女の抑圧された欲求を反映して、自我が「美少女怪盗クローバー」と「四葉」とに分裂しているのだ。四葉は6月21日生まれのふたご座であり、この星座は想像力や変化を意味する一方で、落ち着きのなさや分裂、二面性をも指し示す。彼女本来の性格もこの星座の特徴を端的に表しているが、今回の夢を見るに至った背景には、その固有の性格に加えて今までの経緯が存在している。
キャラクターコレクション以来の四葉の行動は、今まで離れ離れだった兄との絆を絶えず確認しようとする衝動に基づいている。このアニメ版においても彼女は、第3話で指摘したように、兄をチェキする時間を最大限確保しようと努力してきた。だが、チェキするという行為はそれ自体として兄との絆を確認しつつ強めていくという過程ではあるものの、兄が自分を愛してくれているということの確証は逆に得られにくくしてしまう。四葉の過剰な積極性は、チェキされる兄を受身にしてしまうがゆえに、兄から四葉への積極的行為を圧倒し覆い隠してしまうのだ。受身になって待つことに耐えられない四葉は、焦って自分から行動して、かえってその欠落感を埋められない。この悪循環は、なまじ積極性が肯定的に捉えられがちなだけに、なかなか断ち切ることはできない。
ここで比較のために鞠絵をみてみると、その遠慮がちな態度に他の妹達が気遣って、兄との時間を設けてやろうとつい支援したくなるかもしれない。だが、四葉に対して「もう少し待ってみたら」と助言するのは難しい。それは受け取り方によっては、兄にあまりまとわり付くな、という非難になってしまうからだ。そして四葉からの情報は、第21話でも鈴凛に役立てられたように、他の妹達にとって有益なことが多いということもある。こうして、活発にチェキすればするほど、表面的には成果が見てとれるものの、深層では四葉は兄との絆をますます必死で手繰り寄せねばならなくなるのだ。この努力は、冬場に入りますます探偵らしい格好になるに及び、いっそうはっきりしたものになる。第20話以来、この服装とともに髪型も変わるが、これは探偵帽に似合うようにしたのに加えて、咲耶達との共同生活の中でおしゃれに関心を強め、兄の気を惹くための比較的受動的な努力を図った証しである。しかし、咲耶のあの大きな耳飾りにも気づかなかった航が、四葉のそんな努力に十分に応えたかは疑問というほかない。
本人にも他の妹達にも変えようのないこの閉塞状況を、劇的に変え得るのはもちろん兄の行動である。例えば第21話で、航がメカ鈴凛の秘密を読心術で看破したと思い込み、四葉は仰天しつつ大喜びする。そこには、自分が兄をチェキするという日頃の関係が逆転して、兄が自分に関心を持って積極的にアプローチしてきてくれた、という感動があった。しかし、これはあくまで偶然と思い込みによるものであり、航が恒常的にそのような係わり合いを持ってくれているわけではない。そして同じ第21話で、四葉はメカ鈴凛の開発に協力したが、この時に彼女は、メカ鈴凛やプロトロボ1号が示す鈴凛の鏡像としての意味を直感的に読み取り、自分の内面や無意識を別の姿で具体化するという手法を、四葉はここで見いだした。それはまた、彼女がもともと思い描いていた探偵小説の世界と重なり合い、「美少女怪盗クローバー」というもう一人の彼女を夢の中に生み出させたのである。
ここで探偵四葉とクローバーは、表裏一体の関係にある。それはもちろん対立しているが、さらにどちらも兄の配慮を惹起する存在である。元来、探偵小説とは、近代都市社会の中で消失してしまおうとする個人(犯人・被害者)の存在を、あまりにわずかな証拠や痕跡から追跡しつつ基礎づけ保証するという、個人としての人間の回復を試みる文学領域であるとされる(例えば笠井潔『物語のウロボロス』)。だとすれば、探偵も怪盗も、確固たる妹としての自分自身や、そのような自分と兄との絆を、一方では自ら追跡し獲得しようとし、一方では追われることで獲得しようとするものなのだ。そして夢の中では、四葉は既に主役の探偵ではなく、むしろ頼りになる兄に守られる助手であることに注意すれば、ここでは追跡者としての探偵の限界を回避し、クローバーという脅威を媒介として兄に対して受身になることが初めて可能となっている。この姿こそ今現実に四葉が求めるものなのだが、あいにくここはロンドンではなく、またどのみちクローバーは現実にはいない。
そんな四葉の想いを知らずに、同行の春歌は「来年の正月も、兄君さまとご一緒に、あんなことや、そんなことや、こんなことができるのかと思うと、ワタクシ…!」などと、「恥ずかしくて言えない」ことを想像して勝手に照れている。春歌も四葉と似たような突出ぶりを示すものの、彼女の場合には幸い第17話でヒロインの機会を得られた。それは兄の怪我という偶然の不幸によるものだったが、四葉がそれを期待するわけにはいかず、そして怪我をされても困るだけだ(事実あの時四葉は何もできなかった)。
そうするうちに、亞里亞はふと樹上にエゾリスが止まっているのを見つける。早速「ピクピクー。」と名づけられたそのリスをほしがる亞里亞の瞳に負けて、航が捕獲を試みるとリスをあっけなく懐柔して家まで連れてこられた。しかし、春歌が「野生のエゾリスはこの島にはいない種類」と言うように、第1話の風景描写からプロミストアイランドを伊豆半島沿岸部に位置するとすれば、実際の生息地(参照)からは大きく外れている。なぜこのエゾリスが島に現れたのか、それは航が「人懐っこいリスだね、誰かに飼われていたのかな?」と想像する通り、元は誰かのペットだったのかもしれないが、ここではこの問題はひとまず措く。
さて、リビングでは妹達が夕食の支度中で、眞深が花穂、雛子、鞠絵に指示を出している。ここで眞深はスープ鍋を「真ん中に置いて。」と言っており、あの大きな円卓の真ん中に置いてどうするのかと思うが、例えば第26話では円卓の中央に果物皿が置かれていることから、実は「真ん中」は使用不可能ということでもない。鈴凛が改良した円卓であれば、中央へ端へとマジックハンド等で移動できるのではないかと想像される。あるいは「真ん中」とは、航の席を指す言葉かもしれない。食卓席順表に見るように、航の席を挟んで妹達の席順がそれなりに公平に決められていると考えられるからである。
てきぱきと指示しながらも、眞深は(アタシ何やってんだろ、早くこの島を出て行きたかったはずなのに…。)と内心思う。第6話での転向以来、何度も繰り返されてきたこの答えのない自問を、突如中断させるようにメールが着信する。「本当 何をぐずぐずしているんだろうね 同じ事を考えていたよ 案外気が合うな。」というその文面は、第3話などでも見られた燦緒と眞深の精神感応を想定したくなるタイミングで届いたが、いつもながらの嫌味に眞深はつい態度を荒げてしまい、そのさいに卓上のオルゴールを突き落としてしまう。慌てて床に滑り込んだ眞深の手で、何とか破砕は免れたかと思いきや、オルゴールの足が1本折れてしまう。兄からのクリスマスプレゼントを壊すという、この家で最大の禁忌の一つを破ってしまったことに蒼白となった眞深は、咄嗟にごまかしを図った。元通りに見せかけて卓上に戻し、花穂が「フルーツ用のフォークはこれでいいの?」と言いながら割に大きめのを持ってきたのも構わずに、「全然おっけーよぉ、おほ、おほ、おほほ…。」と逃げ去ったのである(第14話でも大きめのフォークでリンゴを食べているので別段問題ではないかもしれないが)。
こうして、四葉の夢、エゾリス、オルゴールと、今回の三題噺の道具立てが揃う。
2.風にマントをなびかせながら
翌日、ペンを紛失した航に四葉が「それは大事件デス!」とまとわりつくのは、彼女のいつもの行動ではあるが、先述の問題意識を踏まえれば、兄に自分を庇護させてくれる怪盗への淡い期待によるものでもある。早速航の部屋を検分し、不意に駆けていった影(正体はエゾリス)を追い、廊下に怪しい足跡を発見するが、雛子のものと判明し「…初動捜査ではありがちなことデス。」と負け惜しみを言う。ここまでならば四葉の空回りで終わるところだが、しかしリビングで話を聞けば、物がなくなったのは航だけではなかった。咲耶のイヤリング、メカ鈴凛のパーツ、可憐のハンカチ、衛のランニングシューズの紐、雛子のゼリービーンズ、台所のピスタチオ、そして、千影のタロットカード。「泥棒さんが来たのかなぁ…?」と不安がる可憐に、眞深はミカエルが気づかなかったのだから、と言いながらミカエルを腐すと、人語を解するミカエルに睨まれてつい首をすくめる。だが、本当に肝が縮むのは千影の呟きを聞いた瞬間だった。
千影「このままにはしておかないよ…。
私の大切なタロットカードを、黙って持ち出して…フフッ…どうなるか、思い知らせてあげる…。」
航 (千影ちゃんが怒ってる…!)
航が感じている感情は、と思わず超文章を書いてしまうほどの恐怖がリビングを支配した。咲耶は何とか事を穏便にすませようと、慌てて作り笑顔で四葉に任せてみるように勧める。それを受けて花穂も「四葉ちゃんは名探偵だもんねっ。」と、第12話での千影に対してと同様の信頼感を示す。このへんは、自分にできない技をもつ相手に全面的に頼るという花穂らしさ(チアリーダーの素養もここに関わる)だが、果たして今日の四葉はそれに応えられたのか。いきなり彼女は、犯人は天井から入ってきた、と大胆な推理を披露するが、真に受けた眞深が詳細を突っ込むと、「分かりません、ミステリィデス。」とあっさり土俵を割ってしまう。それでも「でも、安心してくだサイ!必ずこの四葉が見つけてあげマスから!」と気合い十分で全面捜査に乗り出す四葉、そして、千影を宥められたものと信じて日常に戻る妹達。そんな中で花穂は、リビングのオルゴールの曲に耳を傾けながら、「えへへ、早く今年もクリスマスが来ないかなぁ。」と春歌並みに気の早い独り言を呟くが、その足元をエゾリスが急に駆け抜け、驚いた花穂はオルゴールを突き落としてしまう。大変なことをしてしまったと混乱する花穂は、物が物だけに、第4話の時のように兄にすがることはできない。そこに事件を嗅ぎつけてやってきた四葉が、否応なく花穂の唯一の拠り所となった。
花穂「よ、四葉ちゃん…花穂ね、たいへんなことしちゃったぁ…。」
四葉「分かりました、犯人はカホちゃんデスね!?」
花穂「ち、違うよぉ、花穂のせいなんだけどぉ、花穂じゃなくて、あの、その、だから…。」
きちんと説明できるまで手間どったと思われるが、ともかく事情を理解した四葉は、花穂と一緒にアンティークショップに向かう。店主じいやに修理を依頼するも、複雑な作りのため「2、3日預かり」を余儀なくされる。実際に中身の点検や補強などを行うこともあり、またここで四葉に一つ機会を与えるということでもあるだろう。さすがに四葉はこれを逃さず、期日を3日後と定めると、「四葉にいい考えがあるデス。」と一計を案じた。それはやがて花穂や航を巻き込んでいくのだが、ここで四葉は皆の紛失物の原因が何なのかを二の次にしてしまう。
その一方で、失われたタロットカードを決して忘れることのない千影は、エゾリスと遊ぶ亞里亞や雛子の姿を家の中から見下ろしつつ、険しい表情で(許さないよ…必ず見つける…!)と呟き、水晶球を手に犯人探しの捜査を続ける。彼女にとってタロットとは、この共同生活を危機から守るために必要不可欠な予知手段であり、とりわけ第18話を経て現生を第一に考えるようになり、来るべき「別れ」に立ち向かおうと努力している最中であるだけに、このカードを盗むという行為は、誰がどのような意図でしたにせよ、そのままで見逃されるべきものではなかった。こうして真犯人探しはいつの間にか千影に委ねられ、四葉は己の計画に邁進していくことになる。
部屋の前を通り過ぎる謎の影に、航はふと気づいて、まさか泥棒が、とは思いながらも、万が一に備えて追いかける。行き着いたプール脇の小屋の前で、航は頭上から浴びせかけられる声に驚いて足を止める。逆光の中に浮かぶその影は。
クローバー「はじーめまして、海神航クン!やぁっと会えましたネ、わったーしが美少女怪盗クローバーデス!」
航 「四葉ちゃん…?」
もうばれているが、航はそのことを四葉に突きつけない。「そんな馬鹿な」と笑い飛ばすことも、今の航は決してしない。
クローバー「航クン、キミが大切な妹さんたちにあげたオルゴール、この美少女怪盗クローバーが預かっちゃったデス。」
航 「ど、どうしてオルゴールを?」
クローバー「それは、航クンが四葉ちゃんを大切にしないからデス。」
航 「え?」
クローバー「あーでも、航クンが反省して四葉ちゃんをかわいがるなら、3日後に返してあげてもいいデスよ?」
航 「は、はい…。」
クローバー「約束するデスね!?」
航 (四葉ちゃん何かあったのかな…?でも3日っていうのなら、様子を見てみよう。)
クローバー「どーするデスか航クン!?」
航 「わ、分かったよ、クローバー。」
クローバー「違うデス!美少女怪盗クローバーデス!」
航 「わ、分かったよ美少女怪盗クローバー…ちゃん。」
クローバー「それでいいデス!それじゃ3日後にお目にかかるデス。チェキ!」
こうして四葉は、修理期日までの時間を稼ぐという名目で、巧みに自分の目的を滑り込ませつつ、オルゴールが消えた経緯を捏造した。彼女の欲求を満たすために不可欠な「怪盗」は、この機会を得て実際に自分で務めることとなった。この変装は兄の注意を引くのに確かに十分な力を持ち、兄に言いたいことも、この別人格を通じて明確に伝えられた、はずだった。
一方、クローバーの存在を知らない他の妹達は、オルゴールがなくなったことに気づいて大騒ぎとなる。たまたまウェルカムハウスを訪れた山田は、これを「プロの仕業」と断定し、「ボキ地元では、ちょっと名の知れた中学生探偵だったのよー。」と裏付けのとれない自慢を始めるが、しかし誰にも相手にされない。後の場面では、金田一幸助、名探偵コナン、刑事コロンボといった変装を次々と披露しているにもかかわらず、その周囲には誰もいない。あまりに寂しい彼の姿は、春先以来様々なかたちで役立ってきたこの近接支援者が、既にその任をほぼ解かれていることを示す。そして、彼の変装がたんに表面的な物真似(「似てねーっ!」)に留まっていることは、四葉のクローバーへの変装が彼女の内面や欲求と不可分に結びついていることと対照をなしている。
さて、事態を心配する妹達に、四葉はつい安心させようとして「まあ3日もすれば返ってくるデス。四葉ならそうするデス。」などととんでもなく怪しい台詞を吐いてしまう。根拠を問われれば次々とボロが出そうだが、裏事情を推測する航は、「あんまり、大騒ぎしない方がいいんじゃないかな。しばらく様子を見てみようよ、ぼくがついてるから。みんな心配しないで。」と、すぐさま見事なフォローを入れる。頼もしい兄の言葉に安心した妹達は、後は兄と名探偵四葉に任せるつもりになるが、窮地を兄に救われてほっとしているはずの四葉は、反省もなく調子に乗り、「兄チャマのプレゼントを盗んだにっくき怪盗は、必ずこの四葉が捕まえてみせるデス!」と見得を切る。大騒ぎになったことで気を揉む花穂に、すっかり皆のおだてにのった四葉は、「大丈夫デス花穂ちゃん、怪盗が現れてもこの四葉が捕まえちゃうデス。」と返事し、さすがに花穂にたしなめられて肝心の問題を思い出すが、花穂の不安は募るばかりである。そして、当初はこれ幸いとほくそ笑んでいた眞深も、騒ぎがあまりに大きくなってきたことに、後ろめたさを感じて追い詰められていく。探偵も犯人も、皆が皆奇妙な共犯関係の中にからめとられ、その中でただ四葉だけがあえて動く。
3.ウォンテッド
辛いごまかしの日々を耐えてようやくオルゴール受け取りの期日となり、四葉と花穂はアンティークショップに行くが、予想以上に修理に手間取っており受け取ることができない。困り果てる花穂に、黙考していた四葉は不適に微笑み、新たな計画を耳打ちする。ますます事が大きくなっていくことに花穂は浮き足立つとしても、今更他に手だてもない。クローバーの予告日に至り、四葉がどうするのかを心配する航のもとへ、花穂はおずおずと謎の手紙を届ける。以下の文中、文字が大きい箇所は実際に大きく記されている部分である。
海神航くんへ 四葉ちゃんは、美少女怪盗クローバーが頂いちゃいましたデス(はぁと) 君が世界で一番大切なかわいい妹の四葉ちゃんをあんまり大切にしないからデス。 返してほしかったら真ん中の一番高い所に今すぐ来るチェキ! |
誰が書いたのかこんなに分かりやすい手紙もないものだが、ここには四葉の兄への不満が、再びクローバーの名を借りて、よりいっそう正直に吐露されている。最後の「来るチェキ!」がクローバーの声では「来るデス!」と聞こえるのは、これを読む航が第5話と同様に自在に四葉の姿を想像し、彼女の想いを正しく理解しているということを暗示しているが、だからといって四葉自身が兄にそのように理解されていると受け止めているわけではない。四葉にしてみれば、あれだけクローバーが四葉を可愛いがれと言ったにもかかわらず、航が具体的かつあからさまに可愛がってくれなかったからこそ、今回クローバーの再登場と相成ったのである。(ただし、四葉がオルゴールの秘密をまた迂闊に口にしてしまわないようにと、航との必要以上の接触を花穂が引き止めていたとすれば、これは四葉の軽率さゆえの自業自得である。)
この四葉の不満を、手紙を読んだ航は、自分の行動への反省には向かわずに、以前に聞いた夢の話と結びつけて理解する。果たしてうまくいくものかと冷や汗をかいていた花穂に、航は詮索もせず「そんな馬鹿な」とも一蹴せず、ただ大丈夫と安心させ、捜索に赴く。それは確かに、四葉という妹への信頼と、彼女の欲求を受容できるという自負に裏付けられた態度だった。「真ん中の一番高い所」といえば頂上の公園、そのオブジェの足下に駆けつけた航を待っていたのは、ご存じ美少女怪盗クローバー。その姿を見て、航は一瞬笑いそうになりながらもこらえて、要求されている自分の役割演技に徹することにした。「四葉ちゃんを返せ!」と叫ぶ航に、クローバーは居丈高に応える。
クローバー「かわいい四葉ちゃんは、このクローバーのものデス。返してほしかったら、見つけてみるデス!」
航 「分かった、絶対見つけてみせるよ!」
クローバー「クフフッ…チェキ!」
見得を切って姿を消すクローバーが後に残したメッセージカードには、4つの四葉のクローバーと蝶と眼が描かれており、航は「4丁目」と解読する。すぐさま1階層下の4丁目に行けば、路地裏からクローバーが「よく分かったデスね、でもこっちデス!」と挑発する。今度のメッセージカードにはソフトクリームとたい焼きの絵、3丁目の店で航が両方を買うと、その手からたい焼きを奪い去ってクローバーが「クフフ、おいしいデスー。さらばチェキ!」と笑う。うぐぅと言わせる暇もなく追跡再開、3丁目から2丁目にかけて路地を抜けトンネルを登り屋根に上がり、クローバーが転んだところを航に起こしてもらい、さらに1丁目からウェルカムハウスの庭へ。半日にわたって島を頂上から下りながら航を引き回した最終地点は、花穂から手紙を渡された開始地点である家の敷地だった。よくぞここまでついていけたものと航の体力を褒めたいところだ。追い詰められたはずのクローバーは夕陽を背に「チェキチェキー。まだ分からないのデス。」となおも余裕の態度を崩さないが、航は真剣な表情で、彼女がまさに求めている言葉を叫ぶ。
航 「四葉ちゃんは、ぼくの大切な妹なんだ!お前なんかに絶対渡さないぞ!」
クローバー「あ…。」
航 「ぼくの大事な妹を返せ!」
クローバー「…クフフッ、仕方ないから今日はこのくらいにしといてあげマス。
もったいないけど、四葉ちゃんは返してあげるデス。
でも、これかぁらも四葉ちゃんを大事にしないと、」
航 「分かってるよ、四葉ちゃんは大切な、ぼくの妹だからね。」
クローバー「ではさらばデス、海神航クン。チェキチェキチェキ!」
クローバーがさっと身を隠した洗い場の後ろから、早変わりした四葉がおずおずと現れる。兄の「もう大丈夫だよ。無事で、よかったね。」という言葉に、「兄チャマ!」と抱きつく四葉は、ようやく航が自分を大切な妹として受け止めてくれたという確信を得られたのだろうか。騒ぎを聞きつけてやって来た可憐、花穂、咲耶、春歌を前に、航は、怪盗が本当に現れたと伝える。
航 「でも多分、もう現れないと思うけど、ね。」
航 「ね、四葉ちゃん?」
四葉「はい、兄チャマ…。」
四葉としては、兄との絆を確定できた以上、探偵と怪盗に分裂する必要はない。より正確に言えば、怪盗は役割を終えて姿を消し、兄の助手として庇護される自分だけがここに残っている。だがこれは自我の統合を、クローバーの消去というかたちで行おうとするものである。そして、オルゴールの問題でいえば、四葉は怪盗という言い訳を使えなくなったことで、時間稼ぎの手を封じられたことになる。ここで大団円を迎えられるなら、「奴は兄チャマの心を盗んでいきましたデス!」と決め台詞の一つも言いたいところだが、むしろ盗まれたのは四葉の手立てだ。
ここで、今まで必死に黙り通していた花穂がついに正直に謝ろうと懸命の声を上げる。花穂にしてみれば、兄にこれ以上嘘をつくのは耐えられなかったのだが、そんな彼女を遮って自分の非を訴えたのは眞深だった。眞深が四葉と花穂のはかりごとを感知していたかどうかは不明だが、このまま花穂に罪をなすりつけたままというのは、この共同生活の一員として溶け込んでいる眞深にとって、家族の資格を自分から捨て去るようなものだった。もしここで自白することが自分の立場を危うくするものだとだけ考えたならば、彼女は口をつぐんでいたかもしれない。だが、当初の任務のためにここに潜入したという本来の自分をしまいこみ、妹の一人としての今の自分を前提にするからこそ、眞深はここで白状できた。分裂した自我の一方をいったん消し去るこの態度は、実は四葉と共通するものである。
しかし、少なくとも四葉の方は、この場面でさらに一歩進む機会を得られた。眞深が謝っている最中に、第4話のランニングじいやを思い出させる唐突さで、アンティークショップじいやが登場し、修理を終えたオルゴールを届けて「これにて一件落着ですな、では私はこれで。ハッハッハッハ。」とたちまち去っていく。呆気にとられながらも、四葉と花穂は「はぁ、よかったデス。」「うん。」と安堵するのだが、航はここで、今まで見せたことのない兄としての振る舞いを示す。
航 「よくないよ。」
花穂・四葉「え?」
航 「隠し事しちゃだめだよ。はっきり言ってくれれば、ぼくやみんなだって心配しなかったんだから。」
四葉・花穂「ごめんなさい…。」
航 「眞深ちゃんも。」
眞深「ご、ごめんなさい…!」
つまり航は妹達を叱ったのだ。しょんぼりする花穂と四葉だが、可憐達が笑っているように、これは過失を咎めているのではなく、共同生活の原則を兄が確認し、そこから逸脱しかかった花穂と四葉を再びそこに引き入れる行為だった。修理されたオルゴールと並んで、ここでは兄妹関係が修復される。航は兄=家長としての務めを果たし、花穂も兄に怒られたからといって意気消沈しすぎることはなく、既に確固とした家族の絆の中にしっかり受け止められる。夏頃までは関係が壊れてしまう危険性ゆえに到底期待し得なかったこの光景は、これまで兄妹が培ってきたものの強さを教えてくれる。
そして、さらに四葉にとっては、航が叱ってくれることによって、兄にただ庇護されるだけの自分ではない、必要に応じて兄に厳しくしてもらえる自分をも見いだせた。それは、自分に対する兄の積極性を引き出すというクローバーが担っていた役割を、四葉自身がそのままで担えるということであり、それゆえここで初めてクローバーは、たんに消去されるのではなく、四葉のうちに正しく統合されるのである。もちろんこれは、航が今日一日を四葉のために費やせたからこそ可能だった。
こうして完成された兄の役割は、真深に対しても適用される。航は眞深も本物の妹の一人だと信じているわけだが、眞深もここで航を中心とする家族関係の中に自分を再確認するものの、四葉のように自分自身を統合することはできない。燦緒の妹としての自分は、この共同生活からはどこまでも排除されねばならないからである。
さて、「これにて一件落着」と笑って去っていったじいやの思惑は、オルゴールの問題だけでなく四葉の問題をも含めたものであるとすれば、あの時点では決して落着してはいなかったことになる。日中を探索し続けて帰宅した後にじいやが届け物をするという展開は、第4話の雛子の時と同じでありながら、今回はじいやが想定する以上の「贈り物」を航が提示しえた、つまり、それだけ成長した航自身を示しえた。第6話で「一人だけなんて選べない」と叫んだ兄は、いまやどの一人を選んでもその「大切」な妹の求めるところを満足させるだけでなく、最後には共同生活の基盤をいっそう強めるかたちで皆に還元できるようになったのだ。
ここで、第4話以来の捜索話を簡単に比較してみよう。
話数 | 第4話 | 第8話 | 第14話 | 第15話 | 第22話 |
対象妹 | 雛子 | 鞠絵 | 可憐 | 亞里亞 | 四葉 |
兄の状態 | 逃避と脱出願望 | 妹のための献身 | 妹へのお礼 | 妹への配慮 | 妹への配慮 |
直接の探し物 | くまのぬいぐるみ | 本 | ランプ | リボン・亞里亞本人 | 四葉本人 |
真の探し物 | 庇護者 | 貝殻(兄との約束) | 兄と手をつなぐこと | 兄・この世界との絆 | 兄に配慮されること |
兄の意識 | 無自覚 | 自覚 | 無自覚 | 無自覚 | 自覚 |
発見する場所 | 帰路の兄の背中 | 帰宅後の病床 | 帰路 | 帰路 | 帰宅後の庭 |
妹達の求めるものはいつでも兄との結びつきだが、この第22話では、ついに直接の探し物は(オルゴールの修理時間にせよ)背景に退いて、兄妹関係だけで話が成立している。この捜索に費やす時間はほぼ一日、その時間の大部分は一見無駄に思えるが、それがあって初めて絆が確固たるものになる。第4話では、兄が島から出て行ってしまうかもしれないという大きな危険性のもとに試みられていた捜索行も、いまや何の不安もなくなされ、その中で航も成長することで、次第に自分の能力への評価から妹への配慮へと関心の重点が移っている。8ヶ月以上の共同生活を経て、航は妹達全員に対してこのような態度で自然に向き合えるようになったのであり、それは彼なりの兄らしさを修得したことの証しだった。それはまだ、外部から隔絶された島の中でのみ通用するものかもしれないにせよ。
こうしてオルゴールと四葉の問題は解決したが、今回のお題がもう一つ残っている。屋内に戻った皆を待っていたのは、千影による盗難の真犯人探しの結論だった。全ての盗品が並べられた食卓を前に、果たして今度も航が叱ってすむ話だろうか、と皆が緊張する中で、千影が「彼が持ち出したんだ…。」と腕を伸ばすと、そこに登ったのはあのエゾリス。これが皆の小物を集めて回っていたのだ。
千影「自分では、サラマンダーと名乗っているが、悪戯好きでね…。」
航は「サラマンダー」などという仰々しい言葉にやや引いてしまうが、しかしこれを千影特有の言い回しと片付けるのは一面的に過ぎる。ゲーム版のように犬をケルベロスに喩えるならまだ関連性があるが、なぜリスがサラマンダー(サンショウウオ)に言い換えられねばならないのか。ここで注意すべきは、サラマンダーとは元来、火の精霊の名前であったということである。既に本考察では、第11話の潜航艇遭難をめぐって水の精霊について、また第15話の亞里亞の探索をめぐって空の精霊と樹(地に親縁)の精霊について言及してきた。つまり、四大(地水火風)の中で火の精霊は唯一登場していない存在だったのだ。
ここでその存在が姿を見せた意図は一体何であろうか。例えば、兄妹を取り巻く島の調和の中に、この精霊も組み入れられるかどうかを推し量るための一つの試みだった、と考えれば、今回の騒動は島内部で閉じた話となる。しかし、「この島にはいない種類」のリスが外部から侵入したものと考えれば、あえてそのようなことをする理由を持つ者を外部に見いだすことになる。もちろん燦緒である。なぜエゾリスなのかについては、第23話で燦緒の背景を検討するさいに述べることにするが、ここではともかく、燦緒によって送り込まれたこの精霊が、ウェルカムハウスの状況について偵察し、さらに可能ならば混乱させる工作を行うよう指示されていたことが指摘されねばならない。精霊本来の性質から「悪戯好き」でもあるとはいえ、わざわざ千影のタロットを狙い、しかも複数枚盗んだというのは、あまりに作為的にすぎる。タロットそのものには魔法的防御がなされているため傷はつけられなかったが、そのような直截的な破壊工作がここで求められているわけではない。むしろ、これを奪われている間は千影の予知能力が大きく損なわれてしまい、千影の意識も内部に向けられてしまうため、燦緒のさらなる行動が感知されずにすんだということが重要だったのだ。千影が水晶球での捜索に成功したために、その期間はさほど長くはならなかったが、それでもリスが亞里亞のそばにいたために、亞里亞のオーラにリスのそれが覆い隠されて水晶球での判明に失敗するなど、不運な点もあった。燦緒はこの隙を利用して、本格的な行動の準備を完遂したのだった。
千影「もう心配いらないよ…。二度と悪さをしないように、言い聞かせたからね…。」
精霊そのものには罪はなく、千影も必要なかぎりでの力の行使にとどめたわけだが、この問題解決の仕方は、島の精霊達にとっても非常に友好的に受け止められただろう。一時は闇の世界に近づいていた千影だけに、今回こうして島の調和に貢献できたことは、燦緒の策謀に翻弄された結果とはいえ、確かに大きな意味をもっていたのである。
終わりに 〜試練を前に〜
航 「そんなわけで、事件は解決。けどね燦緒、変身して別の人になってみたいと思ったことはない?
ぼくは、妹達のおかげで少し変われたような気もするけど、もっともっと変われたらいいな。」
その言葉通り、航は変化してきた。ついに12人の妹全員のヒロイン話を終えて、彼は、妹が求めるものを満足させる兄としての務めを、何の無理もなく、しかも自分の喜びとして、果たせるまでに至った。航は妹達に支えられるままに兄としてあるのではなく、兄たろうという意識のもとに兄を演じるのでもなく、既に義務感さえも離れて、ごく自然に兄であることができる。原作版やゲーム版の「シスタープリンセス」が兄妹のたゆたうような変わらぬ日々を描くものであるとすれば、アニメ版はこの第22話でようやくそのスタートラインに立つことができたと言えるだろうか。
いや、まだそこには至っていない。第1話で無理矢理に連行されたこの島と、航が「いま」のために切り捨てようとする東京での「過去」と「未来」との本当の対決がまだなされていない。そして、彼が取り戻すべき本当の過去と、彼が目指すべき本当の未来も、まだ見いだされてはいない。黄色い麦藁帽子の少女が与えた「宿題」に、いよいよ取り組む時が来た。さらにまた、自分の本来の姿に向き合うことを回避してきた眞深にも、その問題を直視すべき時が到来した。メールを送信した航のもとへ、そして「ちっ、また指令かよ。」と嫌気のさす眞深のもとへ、燦緒からメールが届く。文面はどちらも「近々そちらに遊びに行きます。」、ついに燦緒が準備を終え、第5話や第11話での間接的な介入方法を越えて、直接行動に移るのである。航は喜びの声を上げ、眞深は衝撃に叫び、黄色い麦藁帽子の少女は夜風の中に立って来るべき試練を沈黙のうちに待つ。
(2002年10月29日公開 くるぶしあんよ著)
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