アニメ版『シスター・プリンセス』における調和の拡大

〜第17話にみる男と女〜



はじめに 〜問題の視点〜

 ウェルカムハウスにおける航達の結びつきは、ついに精霊達までもその調和の輪の中に包摂するに至った。この想いによる絆は、第16話でも見られたように、航が妹達を分け隔てなく大切にする態度に重要な基礎をおいているが、この態度は第6話にて初めて航本人の台詞(「一人だけなんて選べないよ」)として偶発的に明示されたものだった。ところでその第6話考察の後半では、兄妹の共同生活を支える近接支援者について検討したが、その中で、航のこの言葉が、島で働く全ての人間にとってみれば、彼らもまたたんなる道具ではなく個々にかけがえのない存在であるということを、間接的に示してくれたという可能性について、最後に指摘している。
 今回とりあげる第17話「おキューですわ…ポッ(はぁと)」は、春歌をヒロインとしながらも、実はその裏側で、眞深や山田といった重要な近接支援者以外の普通の従業員もまた、このような無二の存在であることを直接的に描いた唯一の回である。本考察ではこれを明らかにするために、まず航と春歌について見たうえで、今回のもう一人の主役である老人が抱える問題とその解決へのすじみちを検討していく。



1.家では兄に従え

航 「燦緒へ。2学期以降、ぼくが妹達のために何かできることはないかって思い始めたことは、前にもメールで書いたよね。
   実はぼく、最近、妹達一人一人を見ていて気がついたことがあるんだ。それは…。」

 秋の長雨の中休み。弓道場で春歌が励む姿をこっそり見学に訪れた航は、妹が見事「皆中」(一般に、一立ちで4回射て全て的中させること)する様をちょうど見ることができた。兄の拍手に気づいた春歌は、思わず頬を染めて喜びを露にする。昨晩、たまたま春歌の部屋に来たさいに和弓が「格好よく見え」たので、と一緒に学校の正面階段を下りながら語るものの、航は第13話でもウェルカムハウスで弓を練習する春歌を目にしている。やはり弓道場での本格的な稽古を見てみたかったのか、それとも凛々しい姿に心惹かれやすいのか。長刀も得意なので今度はそちらも、と嬉しそうに話す春歌は、学校前の道で不意に表情を引き締めて目の前に現れた「敵」に相対する。獰猛な唸り声をあげるドーベルマンが、行く手を遮っていたのだ。

春歌「兄君さま、ワタクシがお守りいたしますわ。いざ!」

 言いながらドーベルマンを睨みすえ、長刀の構えで弓を突きつける春歌の眼光に、ドーベルマンはついに怯んで逃げ出してしまう。どうなることかと腰が引けていた航は驚き、「すごいね」と褒められた春歌は照れ笑いしながら、ふと足元に輝く何かを見つけて拾い上げる。それは一見して高価そうな髪飾りで、実は後で登場する老人の、亡くなった愛妻の形見である銀のバレッタ(髪留めピン)であった。「なくした方、困ってらっしゃるんでしょうね…。」とは思うものの、この島には届けるべき交番がない。後日どうにかしようと一応保管しつつ、エスカレータを下っていく。雨の合間の夕焼けに照らされた航の横顔に、春歌は(素敵…。)と見とれ、昨晩は仕舞いこんでいた舞踏会のチケットを、勇気を奮って取り出した。

春歌「明日、踊りの催し物が開かれるんです。その…ワタクシと一緒に、踊っていただけないでしょうか?」
航 「無理無理ぼくなんか、一度もそんなことやったことないし、…うわっ!?」
春歌「ワタクシ、夢だったんです。いつか兄君さまと一緒に、踊りたいっ、て…。」

 泣き顔の春歌に驚いた航は、彼女の望む通りにしようとすぐさま決意するが、それは昔のような、嫌々ながらのものではない。

航 「分かった、踊ろ? 一緒に笑われちゃうかもしれないけど、それでもいいよね?」
春歌「…はい!」(キャー、夢のようですわ。明日は兄君さまと二人っきり。どうしましょう…ポッ。)
航 (踊りに自信はないけれど、春歌ちゃんがこんなに喜んでいるんだ。ぼくも頑張らなきゃ。頑張るって決めたんだから。)

 さて、春歌の態度は原作通りの思い込みの強さを示しているようだが、本作品におけるこれまでの彼女の姿を振り返ると、それだけにとどまらない欲求不満の原因が各所に見いだされる。例えば第3話では、校舎の柱の陰から見守る春歌に、航が「春歌ちゃん、だっけ?」と気づいて声をかけるが、ここで春歌は名前を覚えていてくれたことに喜んではいるものの、第2話から第3話まで少なからぬ日が経っているのに兄の言葉は酷い。もともといわゆる大和撫子ぶりをよかれとする春歌は、なるべく目立つことなく航の役に立とうという遠慮した姿勢をつねにとっており、またその偲び心に自分なりの美学を見いだしているのだろうが、それもあまり報われないようでは不満も募る。第11話では潜水艇の上で兄にお茶をたてようとして他の妹達に邪魔され、第13話では日中に声をかけてもらえないなど、明らかに不利な立場に居続けている。(ちなみにこれ以降弓に力を入れるようになったのは、長刀では山田さえ撃退できなかったことから、長距離で敵を撃破する必要性を痛感したためか。)
 一方で幸運だったと言えるのは、第16話の運動会で、航を引きずり走る馬力を買われて二人三脚に出走した程度。そもそも、毎日の食卓ですら、当人が遠慮しすぎるためかもしれないが、本作品の食事席順表が示すように、春歌はいつも兄から遠い外れクジを引かされているのである。そして、白雪達が洋食寄りの献立を組むために、ドイツ育ちながら和食志向の春歌の不満はさらに増す。(例えば第16話で、夕食のオムライスに添えられたパセリを食べ残しているのが、食べ切れなかった花穂以外では雛子と春歌だけであることも、これに関連づけて考えるべきかもしれない。)そんな春歌がようやく航と二人だけの機会を得られるのだ、その喜びようはいかばかりだったか。
 このとき、エスカレータを下る航達は、落ち込んだ風情の老人が上っていくのとすれ違い、実は航がその姿に何か気づいている。これは、島で見かける人々には普通そのような否定的態度の者はいないため、その珍しさに違和感を覚えているのである。だが、春歌のことに再び想いをめぐらし、また彼女の頭の上に止まった赤とんぼを捕まえようとするに及び、その違和感は忘れ去られてしまう。赤とんぼを捕まえてどうするつもりなのか、たんに航の子供心の現われなのか、それとも雛子あたりへのお土産にしようというのか。しかし注意をこれに向けていた航がエスカレータの終着点で転び、しかも右足首を捻挫してしまうことで、事態は急展開を迎える。

 ウェルカムハウスでは、白雪が台所で孤軍奮闘中。そばにいる亞里亞はお手伝いもせずに立って見ており、いい加減我慢の限界に達した白雪が卵を割ってもらおうとするも、全く役に立たない。第15話を経てなお相変わらずの亞里亞と、未だヒロインになれていない白雪の苛立ちをここに対照的に見て取るべきなのか、だがそれ以前に、夕飯直前というのにペロペロキャンディーをなめている時点で一つ問題ではなかろうか。白雪はおそらく春歌が帰宅していないので独り頑張っていたのだろうが、では他の年長者達は何をしていたかといえば、秋雨中のたまの晴れ間だったために、やるべきことは色々と多かったものと思われる。
 ここで航の帰宅の声に、皆は揃って玄関に出迎えに行くが、そこでは航は足を挫き、春歌に支えられていた。早速リビングで春歌が治療を施すが、他の妹達が離れるわけはない。まず可憐が心配そうに具合を尋ね、次に雛子が「いたいのいたいの、とんでけー。」をすると、続く咲耶は「私がいれば、お兄様を抱きしめて受け止めたのに!」と春歌に間接的に一発入れた。さらに鞠絵、白雪、花穂、衛、鈴凛、千影、亞里亞と、各人なりに兄の心配をするのだが、ここで眞深はともかく四葉が何もしていないことに注意したい。これは、「兄チャマのお怪我の具合をチェキ」というのも不謹慎であり、かといって他にチェキすべきこともなく、むしろ黙っていることが彼女なりの気遣い方であることを一面で指し示している。しかし、こういう場面で兄に関わりづらいことや、白雪と同様まだヒロインになっていないことなど、四葉にもそれなりの不満が溜まりつつあることも事実だろう(両者の不満は第19話第22話でそれぞれ爆発することになる)。

航 「みんな、ありがとう。でも、その気持ちだけで十分嬉しいから。」

 こう応えた航は、全員の心遣いに本心感謝しながらも、これ以上余計な面倒も起こさないという、見事に全体の調和を維持する方針を示しているわけだが、しかし彼のこの配慮も、また咲耶がチクリとつついた春歌への批判も、ここで春歌本人が詫びながら一切合財完膚なきまでに粉砕した。

春歌「決めました。そのお怪我が治るまで、ワタクシが兄君さまの左足となってお世話いたしますわ!」

 これぞ見事な後の先作戦。聞いて妹達も驚いた、しまった逆効果だった。翌朝の雨中の登校場面、航の横で甲斐甲斐しく傘をさす春歌を見る他の妹達の表情は、言いたくとも言えない心のうちを雄弁に物語っている。(右足を捻挫したのに航が左足側に松葉杖をついているのは論者には疑問だったが、実際にこれで問題ないらしい。)だが食事の席で、春歌が航の口に「あーん」と箸を運ぶのにはさすがに皆たまりかねたのか、全員が航の周りで「あーん」と口を開けている。なおこの食卓には、懐石料理ではないとしても数多くの小皿が航の前に並べられており、春歌の本領発揮というところだろう。
 しかし、こんなものではすまないのが、春歌の春歌たる所以である。風呂の湯船でほっと一息つく航は、戸越しに春歌の声を耳にする。

春歌「兄君さま、お背中お流しいたします。」

 電撃戦開始。航は慌てて断るが、春歌は「遠慮なんてなさらないで下さい。」と軽くかわして浴室に入り、呆然とする航の背中をいつの間にか洗っている。それでも、鏡の湯気をふいて春歌の顔を見ながら、「なんでそんなにぼくのお世話をしたいの? 怪我させちゃったって思ってるから?」と尋ねる航は、これまでの成長の跡を確かにうかがわせるものだろう。

春歌「ワタクシ、兄君さまのお役に立ちたいんです。兄君さまだからこそ、お世話するんです。
   ですから、全然気になさらないで下さい。」
航 「春歌ちゃん…。」

 万歳して胸元まで洗ってもらいながら真面目な顔ができるあたり、航もなかなかのものだが、これほどまでに尽くす女性の姿というのは、兄妹の関係としてどうかという以前に、男女の関係としてあまりに一方的すぎ、フェミニズムの立場からはあまり芳しくない評価を与えられてしまうのではなかろうか。しかしそんな弱気な姿勢を吹っ飛ばすほどになおこんなものではすまないのが、春歌の春歌たるゆえんである。

春歌「兄君さま。…お風呂からお上がりになりましたら、…ワタクシのお部屋にいらして下さい。」

 敵司令部まで突破。これにはさすがに航も「!! …そんな…それは…!!」と激しく動揺した。春歌も「はい…。」と頬を染めながら、風呂場の戸におでこをこっつんこ。これまでも健全な性的関心をそれなりに示していた航だったが、ついに本作品は妹萌えの極限を踏み越えて男と女の世界へ文字通り一気に蹂躙攻撃してしまうのか。期待と不安を抱いて待て次章。


2.舞姫

春歌「あっ…。兄君さま、だめですそんなに急に動いちゃ…。」
航 「ごめん…。あ、春歌ちゃん…!」
春歌「ふぅっ…。」
航 「あっ…は、春歌ちゃん…!」
春歌「ふぅっ…。ふぅっ…。」
航 「ううっ…!」
春歌「兄君さま!?」
航 「ううっ、ふうっ、まだ…!?」
春歌「兄君さま、もうちょっとの辛抱ですわ…。」
航 「ううっ、くうっ…!」
春歌「もうじき、もうじきよくなりますから、兄君さま、頑張って…!」
航 「…春歌ちゃん、もう大丈夫かな…?」
春歌「はい。もぐさもよい感じですわ。」
航 「って、お灸のことだったの、ね…。」

 攻勢限界点に到達。論者と同様の期待を抱いていた航だが、残念ながらそういうことではなかった。だいたい、捻挫の治療と関係ないことを期待する方が間違っているわけだが、ともかく春歌は、航の血行を良くして回復を早めようと、心を込めてお灸を据える。その熱さに耐える航は、机の上にあの舞踏会のチケットが置いてあるのに気づく。

航 (そういえば本当だったら、今日は春歌ちゃんと踊りに行く予定だったんだよな…。)

 思い出すのは、昨日の帰り道で春歌が見せた笑顔。春歌のまめな世話の甲斐あって、3日で治癒した足首だったが、感謝の言葉を春歌に告げながら、楽しみにしていた舞踏会の代わりに、何か彼女にしてあげられないかと考え始める兄であった。(それはそうとして、この朝に回復した航の姿を見た他の妹達の顔は、いかにもほっと安堵している。兄の体調もさることながら、これで春歌による兄独り占め状態が解除され、彼女の行動がこれ以上の危険性に至らずにすむことに何より安心したのだろう。)
 春歌のためにと悩む航は、「女の子が喜びそうなお礼の品」について屋上で山田に相談するものの、運動会の失敗を未だ根に持つわ「多分ブランド品じゃないか?」といつもの調子で答えるわと期待外れに終わる。これを屋根の上で聞いていた眞深は「女に一番縁遠い山田に聞いても意味ないでしょ?」とばっさり斬って捨て、「あんちゃんなら山田よりは分かるはずだよ、女の子の気持ち。」と航が自分で考えるように助言する。この言葉を受け止めた航は、帰宅途中で「恒例 三丁目秋祭り開催中」の垂れ幕を目にして、これだと閃く。様子を見に行こうとすると、3丁目の呉服屋では、ちょうど仕上がった浴衣(布地は第14話で手に入れた「深い朱鷺色」の反物)を春歌が受け取るところに出くわす。

春歌「ワタクシを迎えに来て下さったんですね? 嬉しいですわ…ポッ。」
航 「あ…ちょうどいいや。春歌ちゃん、今から秋祭りに行かない?」
春歌「え? …はい!」

 浴衣に着替えて帯締めて、二人で祭に繰り出すと、金魚すくいで遊んだり、射的で命中して思わず兄に抱きついたり、おみくじではどちらも大吉だったりと、楽しいことづくめ。ちなみにこのおみくじの文面は、
「願事 のぞみのままです 人の言葉に迷うな / 待人 おとずれなしくる / 失物 出るが手間どる / 旅立 よし 連の人に注意 / 商売 利益あり進んで吉 / 学問 安心して勉学せよ / 相場 買え 今が最上」
とあり、航達を励ますためのものであることは当然としても、最終話へ至るまでの展開を予感させて興味深い。燦緒の訪問、島からの旅立ち、記憶の回復など、現時点ではじいやでさえ予期できない事柄が、ここに記されているのである。
 ひとしきり楽しんだ後、兄と差し向かい白玉あんみつを食べる春歌。やはりここは「はい、あーん。」の出番だった。照れる航に何とか食べてもらうと、「ワタクシ、今最高に幸せです。…ポッ。」とおおはしゃぎする春歌に、航も今日祭に誘えたことに喜びを覚えただろうか。そのまま頂上の公園に登り、池でボートに乗り、降りる時には航に抱きとめてもらう。夕焼けの噴水前のベンチで、春歌は幸せを満喫していた。先日の舞踏会に行けなかったことを詫びる航に、春歌は微笑んで応える。

春歌「ワタクシは、兄君さまと一緒にいるだけで嬉しいですわ。またいつか踊る機会がありましたら、その時は。」
航 「うん、その時ね。」

 そのとき、右手のベンチから「はあ…。」と溜息が聞こえた。あのエスカレータですれ違った老人が落ち込んでいる姿を見て、航が声をかけると、なくしてしまった妻の形見を探し続けているのだと言う。「私と妻が初めて夜会で踊った晩に彼女が身につけていたもの」である、「あの銀の髪飾り」を。それを聞いて、先日学校の前で拾ったあのバレッタのことを思い出した春歌は、巾着から取り出すと老人に「もしや」と確かめる。彼の形見に間違いないそれを受け取り、老人は頭を下げて感謝し、さっき話していた舞踏会のことを尋ねる。実は彼はその舞踏会が開かれたダンスホールの支配人だったであり、せめてものお礼にと、二人だけのダンスパーティを特別に開いてくれるというのだ。
 老人の妻が着ていたドレスとあのバレッタを身に着け、美しいレイディの姿でスポットライトを浴びる春歌に、航は手を差し出しつつ「綺麗だよ。」とささやく。頬を染める春歌は、航とともにホールの中を滑るように舞っていく。

航 「踊りって、日本舞踊じゃなかったんだね。」
春歌「ワタクシ、決めておりました。初めて踊る相手は兄君さまだって。
   ワタクシ、いま、最っ高に幸せですわ…。」

 日本舞踊の舞踏会を想像していたとはさすが航だが、普段の和風の春歌だけを見ていればそう勘違いするのも仕方ないかもしれない。それよりも、ドイツで上流階級の一切を教え込まれてきた春歌に合わせて、航がきちんとダンスを踊れていることの方が重要だろう。作品内で語られない過去に、航はこのような事柄についてもそれなりに学ばされていたのかもしれないし、あるいはたんにここで事前に簡単な足運びの手ほどきを受けただけなのかもしれないが。老人の探し物のことを知っていた鞠絵達も様子を見に訪れ、彼女達が見守る中で二人だけの舞踏会は続いていく。こうして春歌は本懐を遂げ、次の機会を待たずとも十分に報われた。つまり春歌はこれ以上航と親密な関係を続けることができなくなったわけであり、ヒロインの日々は終わりを迎える。そして、彼女の過剰に献身的すぎる姿勢は、時として戦前の日本めいた男尊女卑的な関係を確定させてしまいかねなかったが、ここで欧風の紳士淑女のモードをいったん差し挟むことで(その根底にも差別的問題があるとはいえ)、春歌をこれ以上の従属的役割への没入から解き放ってもいるのだった。春歌は踊る、そして時は進む。

航 「燦緒へ。妹達ひとりひとりを見ていて気がついたこと。
   それは、みんな、1つだけじゃないたくさんの魅力を持った女の子だったってこと。」
   ぼくもたくさんの魅力を持った男になれるよう頑張ってみるつもり。先はまだ長いと思うけれど…。」

 一方の航は、春歌の姿を通じて、この決意をいっそう強めていた。第14話でやる気を空振りさせながら、しかしできることを誠実にすることに意味を見出し、第15話でひたすら亞里亞のために駆け回り、第16話で花穂のために精一杯走るなど、彼なりの努力を重ねる間に、何かしてあげようと思う相手のことをさらに理解していく過程を歩みつつあったのだ。同じようなことは第4話でも「こんないい子達」という言葉で語られはしていたが、あの時点では個々人の個性や「よさ」については未だ十分に認識してはいなかった。やはり、第13話で示された彼自身の妹理解ができるような段階に至って、初めて今回のような述懐がなされるようになったのだ。妹達の「よさ」に刺激をうけて、時にはその女性的魅力にも刺激をうけて、航は明日に向けて自らを鼓舞していく。それは兄妹という関係にとどまらず、男としての自分を模索していくといういわゆる健全な成長の方向性を、彼に自覚させるものだったのである。この「男」らしさは、しかし決して男性中心主義のそれと同じものではない。むしろ燦緒の方こそ近いその差別的な思考法よりも、航は共同生活を通じて、妹達の女らしさを尊重し、妹達自身をそれぞれひとりの人間として尊敬し、お互いに敬意を持って高めあい励ましあい支えあっていくという関係の中で、自分の「男」としての役割を理解しているのだ。それは何も今回は全てということではなく、既に第2話第10話で航に男らしい勇気を与えてくれたのは、ほかならぬ妹達への想いだったのだから。


3.水色のドレスをまとって

 さて、春歌達の舞台が華やかに幕を閉じるのを確認した後は、もう一つの舞台にも目を向けねばならない。そこに上るのは華やかさとは全く縁遠い、あのダンスホール支配人の老人である。
 この老人がこの第17話にて唐突に登場したものととらえて、なぜ春歌をヒロインにするためのこの役目を、いつものようにじいやが請け負わなかったのかという批判がみられるが、それは前提からして誤っている。この老人は、例えば第6話では、演芸大会の吉田ファミリーハーモニーズ登場の場面で観客席の中に後ろ姿で映っている。また第11話では、潜水艇出航のさいに見送り人の一人として、笑顔で手を振っている。つまり、最近こそ姿を見せなかったものの、彼は島の従業員として初めから存在していたと考えるべきなのだ。そうであるなら、ここで考えるべきは、なぜこの老人が今回重要な脇役となって登場したのかについての作品内の必然性である。

 老人は、島の従業員である他の者達と比較すると、今回も登場する老女と並んで例外的なほど高齢である。そんな老齢者にさえ潜水艇の見送りをさせてしまうあたりが島の仕事の厳しさだが、これはじいやが山田を連れて出かける間に若い者達に指示を下す立場にあるとも考えられる。そしてダンスホールの支配人という難しい役目をもこなすということからみて、そういった部署をじいやが重点的に任せられるだけのベテランなのだろう。
 しかし、そのベテランにも、大きな躓きの石があった。愛妻の死である。この悲しい別れがいつのことだったのかは不明だが、本作品の時期より前だったか、あるいは老人が画面に登場しなかった第11話以降のこの夏休みの間ということになるだろう。ここでは、彼がしばらく登場しなかったという事実を重視する立場から、後者の説をとる。
 第11話では若い者達に混じってまだまだ元気なところを見せていたこの老人も、長年連れ添った妻に先立たれて、この夏の間はしばらく意気消沈していた。それは、自分自身の老いという事実に直面することでもあり、その喪失感に今更ながら妻の存在がいかに大きかったかを知らされることでもあった。このプロミストアイランドで、あるいはそれ以前から海神家のもとで重責を担ってきた彼は、仕事と、それに務める自分に、長年の経験に基づく自信と誇りを抱いてきた。だが、そんな仕事一本の自分がこれまでやってこれたのは、亡き妻が自分を支えてくれてきたからだということを、彼は改めて痛感させられたのである。喪が明けてすぐに彼は仕事に戻った。もうしばらく休んでもよい、というじいや達の気遣いはあったかもしれないが、仕事を途中であまり長く休むことは彼の信念に反することであり、そうでなくても仕事以外にすることもない。こうして島に復帰した彼は、再び仕事に専念しようとするものの、しかし以前までのように上手くいかない。これは妻の支えがなくなったことにも原因があるが、それに加えて、この島での仕事そのものに対して、ふと疑念が生じてしまったのだ。

 この疑念とは、航達のためにこの箱庭としてのプロミストアイランド経営を続けることへのそれである。海神家に仕える彼らは、本来の業務としてこのレジャーランドとしての島を来年までに完成させなければならないのだが、その一方で、航達の共同生活の支援も行わねばならない。これは海神家の後継者教育に関わる重要な務めであるとはいえ、本来ならば航の両親やじいや達が行うべきことである。なぜ航が妹達と離れて暮らしていたのかはいざ知らず、その面倒を島全体で見なければならないというのは、全体の作業効率を考えてもどうにも問題がある(もちろん開業に備えての予行演習という意味合いはあるにせよ)。そして、老人にしてみれば、航達の共同生活という「仮構」の家族を守るために、自分自身の「現実」の家族を失ってしまったのではないか、という後悔の念が次第に強まっていったのだ。これは今の仕事に対する根本的な疑念であり、意義を認めることのできない仕事に、今まで通りの誇りを持って従事することは彼には不可能だった。それでも仕事に私情を持ち込むまい、業務に専念しよう、と必死に努力するものの、このような無理は何かしらの失敗として現れてしまうもので、彼の場合は「肌身離さず持ち歩いていた」大切な妻の形見のバレッタをどこかに落としてしまうのだ。これもまた、彼にしてみれば、亡き妻がそっぽを向いて自分の不義理を責めているかのように受け取られてしまい、ますます仕事への意欲は失われていった。
 そして、ダンスホールの支配人として何とか舞踏会そのものの準備は間に合わせたものの、肝心の航達の姿はそこにない。春歌が入手したダンスパーティーのチケットは、3丁目にいるはずの踊りの師匠からもらったものだとすれば、この催し物が春歌向けに照準が絞られていることは間違いない(あるいは遠慮した春歌が咲耶などと代わる可能性もあるが)。しかし、その春歌や航達は当日会場を訪れず、たとえ彼ら抜きでも島のイベントとして満足いくようきちんと運営されるとはいえ、これも老人の否定的な感情をいっそう強めていく原因になった。自分自身、今の仕事に意味を見いだせず、航達にもどうやら相手にされてもらっていないとあらば、自分は引き際を迎えているのではないのだろうか。
 あまりに気落ちした姿に、しばらく休みをとるように言われて、老人は部署を離れ、このままこの島を立ち去る前にせめて、と形見のバレッタを探して島中を歩き続ける。秋祭の準備にも加わらずに、足音だけをひたすら見つめて。その捜索の間に、航を春歌に独占されて暇になってしまった他の妹達が彼と関わりを持つようになる。1丁目(?)では、衛がマウンテンバイクの上から声をかけ、どうやら彼女なりに探す手伝いをしてくれている。2丁目で買い物帰りの四葉と鈴凛が老人と行き違う時、四葉は探し物のことを既に知っている。公園で鞠絵が兄へのマフラーを編んでいる(今年中に仕上がりそうというあたりが、密かに少しずつ努力を重ねる鞠絵のよさを示しており、しかもきちんと正月に間に合っている)と、老人が現れ、ミカエルの協力の意に感謝する。それでも、形見は一向に見つかりそうにない。

 秋祭も終わり、仕事を休んでいた老人もいよいよ全てを諦めかけた時、噴水前のベンチに佇む横で、航と春歌の語らう声が聞こえてきた。祭の帰り、楽しかった今日の日を振り返っている。もはや自分がいなくても、彼らの喜びは守れるようだ。だが、二人の会話が舞踏会のことに及ぶと、老人の喉からつい溜息がもれてしまう。自分の失敗、自分の失ったもの。妻と、仕事と、自分の生き甲斐の一切。もともと舞踏会が春歌を念頭に置かれて準備されたこともあり、老人は、その機会を上手く与えてやれなかった春歌に、あわせる顔がなかった。あるいは逆に、せっかく必死になって準備した舞踏会に現れてくれなかった彼女達に、若干含むところもあったのかもしれない。しかしその溜息を聞いて声をかけてきた航に、老人は、つい自分の悩みを相談してみる気になった。第6話の劇の最後で航が叫んだ時、第16話で航がリレーに出場すると言った時、じいやは裏で老人に、航の成長の様について心から嬉しそうに話していたものだった。そのときはじいやを労うつもりで相づちを打っていたが、確かにこうして見知らぬ年寄りを気遣ってくれる航が、その妹達が、では今の自分にさえも、何事かなしてくれるものだろうか。いや、妹達が探し物を手伝ってくれているように、この島の主である若者に自分の話を聞いてもらえるだけでも、仕事をたたむ自分には何より光栄なことなのかもしれない。航の幸せな時間を奪うのは島の従業員として禁忌に属することだったが、彼は最後のわがままとして、航にすがってみたのだ。
 そんなつもりで紛失してしまった妻の形見のことを打ち明けると、航の横で聞いていた春歌が、不意に何かを思い出し、自分がなくしたまさにそのバレッタを老人に差し出す。まさか、という驚きと、大切な形見が無事に帰ってきた喜びと、老人はあまりのことにただただ頭を下げて感謝する。と同時に、彼は、自分が陥っていた袋小路からようやく抜け出すことができた。この感謝の気持ちを、どうにかして彼らに返さねばならない。それは仕事だからということではなく、自分の誇りのためでもなく、ただこの恩人である若者達に、何かをしてあげたいから。思えば、自分が妻と連れ添ったのも、妻に自分のそういう誠意を好いてもらったからではないか。そして自分も、妻の身を尽くす姿に、長年感謝を捧げてきたのではなかったか。手の中のバレッタからは、(わたくしはわかっておりますよ。ですから、しっかりなさってくださいな。)という妻の生前の声が聞こえてくるかのようだった。
 となれば、自分がするべきことは、したいことは決まっている。舞踏会に出られなかった春歌達のために、ダンスホールの支配人として、特別な時間を用意させていただこう。これがこのプロミストアイランドで働く自分の感謝のあり方であり、自分にとっての喜びでもある。

老人「私は、その催し物の主催者で、ダンスホールの支配人を任されております。
   今宵は、ふたりきりのダンスをお楽しみ下さい。そして、妻のドレスと髪飾りを使って下さいませんか。」

 二人だけの舞踏会は、老人が見つめる前で優雅に華やかにステップを踏んでいく。自分の仕事をこのようなかたちで成就できたことに安堵しつつも、老人の瞳は、妻のドレスとバレッタで着飾った春歌と航が寄り添い踊る姿に、かつて自分と妻が踊った姿を重ね映す。形見を紛失した時には見えなくなった妻の顔がこちらを向いた。妻は、仕事にかまけていた自分を責めていたのでもなく、不幸と孤独のうちに身罷ったのでもない。妻とともに自分は生きてきたのであり、このような幸せな時を一緒に過ごしてきたのだから。妻の笑顔を思い出して、老人の目からようやく涙がこぼれ落ちる。それは仕事に私情を持ち込む弱さの表れではなく、悔恨の念によるものでもなく、ただ妻とともに生きてこられた幸せと、妻への愛情を揺るぎなく思い起こせた感謝の証なのだ。航も春歌も、自分と妻がそうであったように、互いを信頼できるよき男女、たとえ結婚はできないにせよよき兄妹として、最期まで結ばれ続けるだろう。老人がお礼にと招いた衛や鞠絵、鈴凛、四葉も、老人を囲んで微笑み、航達に手を振る。この島は彼らを囲む箱庭だが、この島に生きる従業員達は彼らの道具ではない。航達のために尽くしながら、その日々の中で自分のための何かを勝ち得るのであり、そして航達からも、大切な何かを与えてもらえるのだ。想いを与え合う関わり合いを、このプロミストアイランドは分け隔てなく広げようとしている。航、妹達、近接支援者達、精霊達、そして多くの従業員達までもが、この輪の中に導き入れられる。この島は「癒し」を看板に掲げたテーマパークとなる予定だったが、まさに今回この島は、この老人にかけがえのない癒しの時を与えてくれたのだ。
 そして、航達からもらった想いを支えにして、いったんは全てを諦めかけていた老人は、弱気を払って今後もこの島のために尽力していく。第20話第25・26話で彼の姿が登場することに、安らぎを覚えるのは論者だけだろうか。


終わりに 〜舞台に立つ時〜

 以上のように、この第17話は、男女・夫婦・兄妹といった関係を重ね合わせながら、航達が今後もいわゆる健全な成長を続けていく筋道を描いている。そしてその一方で、近接支援者達以外の島の住人もまた、この島の調和の輪の中に包み込まれ、喜びを分かち持っていく様が示されている。普段目立たない春歌が華々しくダンスホールの中央に立つ姿は、裏方の一人にすぎない老人が今回癒しを得たことと重なり合い、例外者なく推し進められていくプロミストアイランドの楽園化が、今回も具体的進展をみせたのである。

 なお、ここで残された若干の問題を検討しておくと、例えばあの冒頭の唸るドーベルマンが何物だったのか。あれほど危険な生物が、雛子達も暮らすこの島に放置されていていいはずがない。これについては、あの犬は普段大人しい(あるいは外部侵入者用の番犬としてよく躾られている)のだが、このときだけ獰猛になっていたと考える。その原因は、バレッタを春歌達に拾わせるために、黄色い麦藁帽子の少女が、あるいはじいやが、この犬を操ったからである。もし前者であれば、今回の老人の癒しはこの少女が意図したものだということになる。これが正しいとすれば、第14話で子猫が公園の池のほとりまで逃げていったことも、ただの偶然ではなくこのような力の行使によるものだという可能性もでてくるだろう。一方、もし後者(じいやの操作)であれば、犬を操るだけでなく、老人の所持していたバレッタが紛失したのも、全てはじいやのなせる技だった可能性がある。これは老人を心配するあまりの措置だったにせよ、彼の心痛を察すればあまりにも酷い仕打ちであり、これがために申し訳なく思ったじいやが今回全く姿を見せなかったというのも納得のいくところである。

 また、ウェルカムハウスの食卓で皆が航の周りで「あーん」と口を開けている時、千影までもが身を乗り出して「あーん」をしているのかということも、彼女の本来の姿からあまりにかけ離れているかに思える。これはまさしく、このような振る舞いさえも見せてしまうほどに、千影が「別れ」を回避しようと準備しつつ相当に追いつめられていることを意味している。その精神的余裕のなさは、朝の玄関で航を待つ時、鞄を後ろ手に持っている姿にも示されている(これは第9話の流し素麺などと同様、たんに彼女の女の子らしさを垣間見せているとも考えられるが)。そして、千影の欲求不満は、春歌が航に自室でお灸を据える時に最大限に達する。春歌の隣部屋は千影なのだ。もし千影が春歌の部屋での一部始終を盗み聞きしていれば、その最初の言いようのないやりとりに、千影はかつての兄との秘め事を思い出して、
今晩はただ眠れぬ独り寝に悶々と耐えるほかない。いくら春歌どころの比ではない悠久の時間を忍んできたとはいえ、千影にも我慢の限界というものがある。もはや猶予はならない、決行の時が望まれる。そして、いよいよその時は遠からず来たるのだ。

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