日記
バックナンバー

[先月] [目次] [来月] [最新版] [トップ]

2003年9月1日(月) 今頃暑い
 『Re-404NF』さん8/31分)、『じゃんくハウス』さん8/31分)、考察の紹介ありがとうございます。

 昨日更新終了のしすぷりんく最終企画「妹たちに愛をこめて」に、SS「小さな祈り」を掲載していただきました。内容は、まあ、アレです。非18禁の変態話というか、脳内家族ものの二番煎じですみません。他の方々の作品をこれから読ませていただきます。

 『Sisprist』も新たに立ち上げとのことで、これからもシスプリファンは盛んです。

 神奈備祐哉さんZoroさんから、残暑見舞い絵を頂戴しました。ありがとうございます、giftページに掲載させていただきます。
2003年9月2日(火) ぶるま苦いかしょっぱいか
 2周年おめでとうございますー。しかしもう2年というか、まだ2年というか、妙な感じです。

 このサンフェイスさんはIRCでは萌帝として君臨しておられるわけですが、他にもあまのさん(帳帝)や利休さん(設帝)、MK2さん(叫帝でしたか)が帝位を襲っていらっさいます。なお、ぼくもその末席に連なっておりまして、その名も尿帝。ジョン失禁王もびっくり。しびんは国家なり(絶対尿制)。いや、どれも帝国とは無関係ですが。
 で、さらに全然無関係に、この5人を20点札にして花札とか作れないかしら、と思いつく。5皇、4皇、雨4皇。雨というより尿4皇か。この場合、柳の20点札(いわゆる雨)はぼく確定。赤タンと青タンは、赤飯に紺ブル。

美 森「だったらタロットはどうだ。」
らむだ「あー。どんなカードがあったっけ。」
美 森「手元にクロウリーのやつしかないが。」
らむだ「普通のを出せ。ええと、どれからいこか。」
    じゃまず、『吊された男』はShunさん。」
美 森「いきなりか(笑)では、IRCでこないだ決まったから、『悪魔』はあまのさん。」
らむだ「うわ。『太陽』は名前からしてサンフェイスさん。」
美 森「うむ。『愚者』はお前。」
らむだ「えー。美早ちゃんじゃないの?」
美 森「お前が一番愚かだろう。まあ他のカードとの兼ね合いはあるが。」
らむだ「うん。でも『吊された男』はShunさん。」
美 森「そこだけ確定か(笑)」

 酷い話。

 1ヶ月で1メガ、うーん。

 どうかお大事に…。

 ヘルミオーネ。「ハーマイオニー」って、ギリシャゆかりのHermione(トロイ戦争の原因であるヘレネ、の娘)あたりに由来する名前だから、元の発音に近い方がしっくりくるのだと思います。あと、これはぼく個人の感覚ですが、「ヘルミオーネ」の方がなんとなくキツそうな少女っぽくて好き。
2003年9月3日(水) そしてかなしく被るもの
 タロットねた、完遂要請が(私信:日記9月分のアンカーが8月のになっちゃってるにょ)。葉鍵タロットを参照すると、「愚者」の逆位置が「目的のある 正気に戻る 多忙」というのを読んで、このカードは「らむだ」に決定。説明文はこんな感じですか。

「気ままに滞納を続ける駄目人(だめびと)の姿が描かれています。
 行く手に待ちうけるのは希望に満ちた自由な滞納なのか。
 それとも、世を棄てた愚かで無謀な滞納なのか…。
 それは誰にも、そう駄目人本人にもわからないでしょう。」

 いや、本人以外には全く明白な気もしますが。

魔 術 師:トランプを操る秋月さん
女 教 皇:くわねさんと計算中のHM-12
 女 帝 :観鈴ちん
 皇 帝 :玉座で萌え叫ぶMK2さん
 法 王 :(空位)
 恋 人 :普段の入江さん&佐祐理さん
 戦 車 :Beeさんに跨ったゆうひさん
  力  :とくそんさん&七瀬さん
 隠 者 :SSを書くWayneさん
運命の輪 :抱き枕の輪の中にmanieraさん
 正 義 :Phantomさんと督促状
吊された男:普段のShunさん
 死 神 :誰かの影とアイスピック
 節 制 :家計簿をつける文月さん&美汐さん
 悪 魔 :お姉さまじゃないあまのさん
  塔  :美森さんと茜さんの間の巨大パフェ
  星  :高笑いのメテオさん
  月  :連続勤務50時間目の利休さんの視界に写る裏葉さん
 太 陽 :ゆみすけなサンフェイスさん
 審 判 :裁く猿元さん
 世 界 :美早ちゃん
 愚 者 :らむだ

 最近のIRC常連で固めてみました。誰か、もう少し練ってみて下さいませ。
 ついでに、昨日の日記タイトルをもとに遊んでみる。

『ぶるまの歌』

あはれ秋風よ 情あらば 伝へてよ
―男ありて 今日の夕げに
ひとりぶるまをしゃぶりて 思ひにふける と。

ぶるま、ぶるま、
そが上に青き蜜汁の酸をしたたらせて
ぶるまをしゃぶるは その男がふる里のならひなり。
そのならひをあやしみ なつかしみて少女は
いくたびか青き蜜汁を溜め来て 夕げにむかひけむ。

(中略)

ぶるま、ぶるま、
ぶるま苦いかしょっぱいか。
そが上に熱き涙をしたたらせて
ぶるまをしゃぶるは いづこの里のならひぞや。
あはれ げにそは 問はまほしくをかし。

 完全に水田恐竜の世界。ぶるまのpHがどうとかいう話もあったような。
2003年9月4日(木) よしや裏返し
 『おどりこ』さんから、イリヤの話。ぼくは浅羽の直後の決着しか考えてなかったので、これはもう新鮮な話でした。

 昨日のタロット、くわねさんの日記でもIRCでもそこそこ評価(?)いただいたので、ご指摘あった「Wayneさんを『法王』にして、ろぐ姉妹を『隠者』にする」という修正以外はそのまま決定。つか、ぼくは皆様によって「愚者」と見なされたということれすか。まあこないだ「敵」認定のついでに人間性までとことん否定されるほど罵倒されたくらいだから、「愚者」ならむしろ全然おっけーですね。「ぐしゃ」だとちょっとかわいいかも。ぼくらのぐしゃおおー。
 「愚者の黄金」とか思い出したり。『バルサスの要塞』だったっけ。

 「ぶるまの歌」の元の詩は佐藤春夫の「秋刀魚の歌」。こちらなど。

 上司の尻ぬぐいして、先輩の愚痴聞いて、ストレス溜まったところで女子小学生生息地の近場でお仕事。世界は帳尻が合っています。
2003年9月5日(金) ススッと参上
 DVD『コメットさん』を少しずつ見続けて、ようやく残り8話。この作品の全話分解説は既に『とぽふあんかるアニメ日記』さんこちらにあります。
 しかし、すごい作品だ。曲線が。その自然な動きが。シラーが言う「現象における自由」としての美とは、こういうのを指すのでしょうか。

らむだ「とくに新EDのみちるちゃんが凄いの。少女の自然のままにいろっぽくて。つか、えろい。」
美 森「どんなふうにだ。」
らむだ「あれだ。海の波が揺らめくさまがえろいように。」
美 森「はあ。」
らむだ「あるいは、風にそよぐ木々がえろいように。」

 『カリアス書簡』が全然読めていないことを暴露しています。
 そんなわけで、以前記したようにAmazonおすすめトップだった『コメットさんシール知育絵本』を購入いたしました。それはもう薦められるがままに。

らむだ「シールを貼ったりはがしたりできるのね。指先と頭を使う幼児向け絵本。」
美 森「気に入ったか。」
らむだ「うん。コメットさんもメテオさんも下着姿だし。」
美 森「それでか。」
らむだ「でもネネちゃんはそうじゃないのであうち。
    あと、しびんやおまるもないんだよこれが。」
美 森「あるかボケ。」
らむだ「けど、シールの余白があるから、それで自作するかな。」
美 森「作るなそんなもん!」
らむだ「冗談だってば。」
美 森「なら真面目な口調で言うな。」

 告白しますと、半分本気でした。
 さて改めて「おすすめ」を確認すると、今度のトップは『恋風』。ううむ。
 兄妹もの『Cute Sister TRPG』なんてのもありましたが、これは市販品にあらず。
2003年9月6日(土) 妹の日
 「うまい棒」というお菓子には色んな味がありますが、例えば「うまい棒 ぶるま味」とか「くつした味」とかいうのはないものか。甘酸っぱく苦しょっぱく。「あんよ味」などは「マスコットの足が右向きか左向きかで味が若干違う」という都市伝説が生まれます。
 もちろんそのような味のふりかけやスパイスでもいいんですけど。「ぱんちゅ味の素」とか「スク水あじしお」とか「レッドニーソックスペッパー」とか。

 美森氏と捏造していた『改造人間利休』ネタ(以下敬称略)。

 第1話で、敵組織に拉致され改造手術された利休は決死の覚悟で基地を脱出、砂浜に倒れているところを天野に救われる。

 以後の展開で、利休の味方となる人間は次の通り。

 天野:通称「おやっさん」。メモを片手に利休をサポートする頼もしいジャーナリスト。
 美早:近所の女の子。12歳。とぼけ風味だが記憶力と度胸は抜群。
 Shun:美早の弟。9歳。小生意気なやんちゃ坊主だが、恐がりですぐおもらしする。
 MK2:地元ローカルなコンビニ「名雪」の面白店長。利休を雇い、時々鋭い萌え箴言を吐くが奥さんには内緒。
 くわね:HMIT大学を卒業したエリート技師。利休のメンテナンスやパワーアップに貢献する。
 少年利休隊:敵味方の一部に狙われるので解散。
 青年利休隊:全員過労で入院。

 敵組織は、物語の展開順に並べると次の通り。

<漢女塾>
 カード怪人(秋月):トランプで敵を切り裂く。少女の長い黒髪だけは切り裂けず敗北。
 謎の某国怪人(不明):暴力で仕事を無茶苦茶にする。強制送還され敗北。
 おまる怪人(らむだ):おまるを被り迷惑行為。視界が狭く背後から攻撃され敗北。
 とくそん塾長:じつは奥さんの方が強い。利休を倒しかけるも、真実に気づいて組織を離脱。
           奥さんとともにカレー屋を営みつつ、利休たちの味方となる。

<逸般SS>(この名前は新聞投書で非難されることになる)

 超音波怪人(紺瀬):マシンガントークが武器。利休のカウンター接客に敗北。
 枕怪人(Wayne):抱き枕に変身して利休を睡魔に誘う。カバー絵の必要性を長官に否定されて自滅。
 くつした怪人(らむだ):変態創作で卑怯な攻撃。にーそを批判して長官により粛正。
 文月長官:偽利休として「名雪」店に潜入するが、50時間連続勤務に耐えきれず正体暴露。
       サブキャラSSで果敢に責めるが、ネタが共有されず敗北。

<聖あははーっクルセイダーズ>

 亡霊怪人(Phantom):姿を見せずに攻撃。Shunの無意識なおもらしで居所がバレて敗北。
 怪獣怪人(maniera):巨大化して攻撃。利休に部屋を掃除されて戦闘意欲をなくし自滅。
 滞納怪人(らむだ):連続払い込みで「名雪」店レジを占拠。支払い代行を美早に拒否され失敗、敗北。
 入江伯爵:怪人を強化する妄想空間の創造能力をもち、利休を毎回引きずり込む。
       最愛の女性の仇が首領達だったと知り立ち向かうが返り討ちにあい、利休に秘密を託して逝く。

<ユリアン>

 料理怪人(Bee):味勝負の鬼。しかし天野の車に轢かれて敗北。
 しびん怪人(らむだ):「名雪」店内でテロ行為。中身が年寄りのものと気づかされ自爆。
 サンフェイス牧師:万能の「脳内世界を切り開く萌えのパイオニア」。
           利休をあと一歩まで追いつめるも、腰痛のため敗北。

 そして、

 猿元首領:占星術師にしてその正体はヤマジュン怪人。伊集院健と合体して最強形態に。
       決戦に敗れてマグロ状態で練炭自殺。後には伊集院健がインテリアとして残される。
 プロフェッサー美森:怪人の開発者。最終決戦前に究極の武器を完成しかけるが、
            秘密基地に潜入していた天野により暗殺。武器は天野に奪われる。


 だが、本当の戦いは。

 堕天使あまの:じつは敵組織を影から操っていた。利休を戦闘の中で成長させ、その成果を奪う計画。
         利休の弱点などは全てそのメモに記録されている。

 最後の戦いは、第1話で利休が天野に助けられたその砂浜で繰り広げられる。死闘は砂浜からさらに波打ち際へ、海の中へと移動しながら延々と続く。その両者の姿を、いつからか砂浜の防波堤に座り眺めていた美早とShunは、やがて立ち上がり、手を繋いで離れ去っていく。

 美早「彼らには過酷な日々を」

                      (完)

 さて、当サイトでは「少女利休隊」隊員を募集しています。年齢は3歳から12歳までの女の子、隊員希望の方は本人の色々な写真を添えてメールにてお送り下さい。なお当選者の発表は管理人の訪問をもってかえさせていただきます。
2003年9月7日(日) 新発見チェキ
 手塚一佳・しけたみがの『鋼鉄の少女たち』第1巻を読む。こちら(8/11分)などを思い出しながら。この作品では、戦場における戦友同士の絆というかたちで「友情」を描きつつも、そこで交わされる言葉はあまりに「見栄切り」型で、『ヘルシング』ほどではないにせよ、「一方通行の意思表示」に近い。いや、台詞を並べてみればきちんと会話になっているようにも思えるのですけど、いわゆる萌え会話と戦争関係の会話とが結びつきにくいため、それぞれの場面でのキャラの側面が分裂したままに感じられてしまう。このときのぼくの脳内には、「小林源文ならどう描くかなあ」とか、「これで男兵士が動物だったら真鍋譲治だなあ」とか、そういう声が響いているのです。いつか「砲撃で吹っ飛んだ味方兵士の顎が別の兵士の腹部に突き刺さる」なんていうよくある光景も出てくるんですかね。

 DVD『コメットさん』全話見終わりました。ああ、名作。王子のへたれっぷりには失笑しましたが。あと、見終わった後に最近発売されたムックを読んだら、キャラデザの方が「みちるちゃんは萌えキャラ」「新ED作画はあの子だけ修正した」と書いてあり、さもありなんと納得しました。

 2chで、アニプリ第23話の四葉のコードネーム「クレイフォー」について議論があったので、以前は諦めたものの再度調べてみる。
 「鈴凛」のコードネームが「ベルリン」というのは確かにそのままに思える。
 だが、鈴凛がドイツ地名になったのなら、四葉もドイツっぽくしようとするはず。
 (以前はここで、「四葉」−「fourleafed clover」などに向かって失敗)
 そこで「クローバ」のドイツ名を調べてみると…
 「der Klee」、読み方は「クレー」。よっしゃ!ただし「四葉のクローバー」は何だか長ったらしい言葉(ein vierblaettriges Kleeblatt)なので、こちらは採用せず。
 というわけで、

 「四葉」−「ドイツ名でクローバーのクレー+英語で4のフォー」−「クレーフォー」

 となりました。ドイツ語に変換するにさいしては、おそらく春歌の協力を得たことでしょう。これ、考察にも追記しておこう。
2003年9月8日(月) めおとしびん
 『学校を出よう!』の第2巻も積んだままというのに、ハルヒの続編が出るらしく。その前に、ここで連載してた第1巻感想をまとめ直してアップしようかと考えています。そのときにお世話いただいた薫さんには申し訳ないのですが、ぼく自身の意見以外のやりとりについては直接言及しないかたちを取りたいので、どうかお許し下さい。先日、意見交換の相手から永遠の訣別と人格否定的罵詈雑言を通告されてしまいましたので、それがハルヒをめぐる議論に由来しないものであるにせよ(相手とのメールはその通告以外全てこの日記に転載してありますので、あれから新たな議論があったわけではないです)、今になって再び相手側の意見をとり上げることに、非常にためらいを覚えるのです。

 『よつばと!』第1巻。ラーメンの歌。この現実世界も好きになれるような、いい漫画です。あと『ヘウレーカ』や『茄子』や『ニニンガシノブ伝』などを読んで溶ける。
 そこに友人の結婚式のお知らせが届く。うわー。

 ぼくは昔、ちびっこ山盛りの場所でバイトしていたことがありまして。などと書くといきなり犯罪くさいのですが、当然ながらそのような行為に及んだことはありません。信じて。小学生の女の子に抱きつかれようともおでこやほっぺたをくっつけられしようとも、幼女のおもらしの始末をしようとも、動じなかったくらいです。ああ書きながら自分で疑っているのはなぜ。自分を信じるんだ、フェイスレス的に(却下)。
 それはさておき、そのバイトの同僚として、また見習うべき模範として、いつもぼくをサポートしてくれたのが、今回挙式を迎える人なのです。同僚の中には、「子供のため」と言いながら自分自身の欲望充足だけを求める者もいましたし、訳の分からない勝手な規範を子供に押しつける者もいました。そんな中で、心底子供好きでいつも子供のために行動できるこの人を見ていると、自分の中のどす黒いものが薄まっていくのをよく感じました。その闇はぼくの一部である以上は決してなくなるものではありませんが、それがぼくのあくまで一部分にすぎないと分からせてくれた恩人の一人なわけです。それでぼくも、自分をそこそこ抑えられるようになった、と。

 その人が、結婚する。あれから(ぼく基準ではなく社会基準で)えらい激務に就かれたとは人づてに伺ってましたが、一生を支えあえる人に出会えたのだなろうなあ、と嬉しくなりました。近代国家・家族制度における結婚の意味だとかジェンダーの問題だとか(ついでにぼく自身に結婚のあてがないこととか)は、ここではどうでもいいのです。ただ、あの純粋な人が結婚するのであれば、それは幸せになってほしい。現代社会の枠組みがどれほどのものであろうとも、その枠組みの中から抜け出せないのであれば、もうその枠の中で目一杯幸せになってほしい。きっとあの人達は親になろうとするでしょうし、あの人が満面の笑みでだっこする子供の顔を見れば、ぼくだって近代だって一瞬とろけるに違いありません。子供には生みの親が必ずいるのだとすれば、あのような人にこそ、子供の親になってほしい。親になるには色んなものが足りないぼくからの、勝手なお願いです。
 そいえば似たようなことを、あまのさんと会ったときにも感じたっけ。
2003年9月9日(火) 旭日ぱんつ
 Zoroさん(9/7分)の咲耶姫うどん続編。すっかり回復されたみたいで、よかったです。

 こちらこちらでの議論。何らかの立場からまとめられた「ノベルえろげ史」を読んでみたいとぼくも思いつつ。『Kanon』構造分析を読み直してみたり。ついでにへんとかも。

 ある作品について、
(1)もしも、「ぼくはこう思う」という主観の吐露や印象批評をしたいだけなら、それは自己満足が目的なのだから、わざわざ他人の感想や解釈とその妥当性を競う必要はない。もし議論をふっかけられたら、無視してもいいし、相手の意見を読んでみて何かを見出そうとしてもいいし、このさい自分の意見を深めたり組み替えたりしてみてもいいが、どうしようともそれは自分の自由と責任においてのこと。
(2)もしも、その作品について何らかの共通理解を求めるなど、他者の意見とのすりあわせを行いたいのであれば、まず少なくとも、自分の解釈視点なり興味の重心なりがどこにあるのかを示すこと、その立場から作品を読解すると具体的にどのようなことが言えるのかをテキスト引用などに基づいて「実証的」に示すこと、その「実証性」がしかし「客観性」や「普遍妥当性」を保証しないと自覚すること、などが必要だろう。そして次には、その作品をめぐる他者の立脚点を確認し、そこから自分の立ち位置を再度確認するという作業も。さらにその相互確認を通じて、作品そのものの面白さが新たに浮かび上がってくるのが理想的。「文学研究の理論は、現実のテクストを脇に押しやって成立するものではなく、テクストに対する新鮮な目を開かせてくれるところにその真の意義がある。」(H.R.ヤウス著・轡田収訳『挑発としての文学史』、岩波現代文庫、2001年、訳者解説p.289)
(3)もしも、その作品について自分の意見を絶対的なものとして押し通したかったり、「多様な解釈視点」の名の下に相手の意見を罵りながら自分の意見だけ否定されずに認められたかったり、自分が信奉する「絶対的なもの」を賛美するためにその作品を利用したかったりするのであれば、議論をどんどん抽象的なレベルにずらしていくこと、議論の対象となっている作品のテキストから離れていくこと、相手が知らない領域の知識を持ち出すこと、相手の倫理的問題を非難すること、主張を最後までやめないこと、などが有効。
 ぼく自身は(1)と(2)に留まりたいのですが、油断すると(3)になりかねません。こないだの考察は実際危なかった。あと、ぼくのシスプリ考察って方法論がないので、まともな批判をしてもらえない(相手にされにくい)というのが何とも。

 佐藤賢一『カルチェ・ラタン』(集英社文庫、2003年)と佐藤研『聖書時代史 新約篇』(岩波現代文庫、2003年)を並行読み。後者より
「ここ[ユダの手紙、引用者注]では、グノーシス主義的色彩の二元論的自由放逸主義者が激しく攻撃されている。彼らは外から教会を訪れ、霊的に一段と高いキリスト者として自認し、一般教会員を混乱させていたらしい。彼らはその高い自意識故に一般の道徳を無価値のものと見なし、それを乗り越えること(男色等の行為をも含む)を自らの自由の表現と見ていたようである。」(p.202)ただし、この「表現」はあくまで一般道徳を否定するためのものである以上、肉体の否定に基づく禁欲主義としても示されえた。
「これらの場合大事なことは、これらグノーシス主義者が自らをキリスト教徒、それも真のキリスト教徒と理解したことである。それは普通の、『大教会』的キリスト教徒に対して優越意識を与えただけでなく、しばしば彼らへの同情的連帯の意識すら生んだ。」(p.206)
 これを批判した教会はといえば、ユダヤ共同体の崩壊を背景とする当初の反社会的・最終戦争的傾向を捨てて制度化し、むしろ既存の社会秩序や道徳を遵守することを信徒に求めていく。その一方で、グノーシス主義批判を通じて、キリスト教は固有の神学体系を構築する努力を重ねていくが、かえって批判対象からヘレニズム的性質を受け継いだその結果、信徒は2種類の信仰理解に分裂した。すなわち、脱カリスマ化されつつ禁欲的修練を志向する「霊的」なそれと、形式化されたミサや訓練に甘んじる世俗的なそれと(石原謙『キリスト教の源流』岩波書店、1972年、p.122-3)。
 もしグノーシス主義者の内的動機が、「知」による現世の超越に見せかけた、肥大化した自意識による現世支配の欲望充足にもあったとすれば、それは『カルチェ・ラタン』のゾンネバルトの言動にそのまま体現されている。これに対して、制度的教会の信徒が示す既存秩序への頑なな服従と判断停止のさまは、同作品の中でパリ大学神学部の没落として暗示されている。どちらにも救いはなく、だからといってその間に立つミシェルもまた、別の「正しい」道を示すことはできなかった。その意味では彼は、罪を知るエラスムスとして、中途半端なままで居続けなければならない。ただしミシェルは、考えぬいたあげくに、その肉体をもって行動せざるをえなかった。キリストがここに復活しなければならなかったから、あるいは、にもかかわらず。

 佐藤大輔『黙示の島』(角川書店、2002年)も読む。『鏖殺の凶鳥』に近い、しかし現代を舞台とするホラーですが、最後は、ええと、ラブリーエンジェル(意味不明)。あと、レッドサンは、まだ、です、か。

 などと書いてたら、会陰から出血して下着がレッドサン状態。血染めとはまた、アルカディア号の旗みたいな(違)。

らむだ「いやもう真っ赤なんだよびっくりしたよ。
    ほら、ぱんつを3枚におろしたときの、あの一番おいしい部分が。」
美 森「何だそれは(笑)」
らむだ「水田恐竜の漫画であったじゃないかそういうの。」
美 森「知らんて。まあ分かるが。」
らむだ「そうか。でも男物ぱんつに美味もへったくれもないか。」
美 森「どうせ、これが女の子のだと思えば、って喜んでるだろ。」
らむだ「いや、『お赤飯』とか笑ってる余裕ないのよ。」
美 森「夜用スーパー買ってきて貼れ。というか早く医者に行け。」
らむだ「まあそうなんだけど。ああ、聖さんに見られてしまう…。」
美 森「それこそ嬉しいくせに。」

 いきなりポテトに舐められて治療終了とか。ポテトも災難です。
2003年9月10日(水) 野球一スジすとれーと
美 森「朝起きたらシーツに赤い染みが、とかいいよね。」
らむだ「いや、失血死してそうで。」

 やや状態が回復したので、やはり医者には行ってません。その甲斐あってか(妄想)、うちのアパートもついにブロードバンド対応になるとかいう通知がっ。今までダイヤルアップの遅さに悲鳴をあげて「引っ越すか」とまで話していただけに、大喜びです。
 しかし、落ちついて考えると、少なからぬ問題点が。
 まず、自室内での工事が必要な場合、どうやってこの部屋を工事可能な程度に、いや他人が入れる程度に片づけるか。今度利休さんが来たときにお願いするという失礼な大技もありますが、ともかくぼくは片づけ方というものを知らないのです。
 次に、電話代を滞納している人間には、電話会社が対応してくれないのではないか。
 また、家賃を滞納している人間には、大家が対応してくれないのではないか。
 さらに、PCが壊れかけている現状ではそもそもあまり意味がないのではないか。
 ああ面倒だ(いつものパターン)。いやいや何とかしなくては。とりあえず、溢れそうな郵便受けから督促通知を探してきます。

 谷川流『学校を出よう!』第2巻(電撃文庫、2003年)読了。あれですか、もう2、3巻続いたら、あの学校をめぐって全部つながってきそうですかね。あと、憂鬱も3日で消えた、みたいな表現だけで重要問題の決着を書き終えてしまう手際は結構好きです。この作者は非常に照れ屋なので、そういう箇所からできるだけ汲み上げてやらないといけません。

 で、えらい遅まきながら、『ちまわり』さん生シスRePure鞠絵版(9/2分)に応えてみる。どこかで既出かもしれませんが、もうど真ん中勝負で。
2003年9月11日(木) ふんばれない
 可憐SSなのかどうか。どなたか翻訳お願いします。

 アニプリ絵『DAIさん帝国』さん9/8分より)に幸せ。各人の立ち位置が見事です。この光景を見ている視線は、山田やじいやのものということでしょうかね(あるいはいつもの二人)。そしてバイファムのEDを思い出したり。Never give up 今いきなり ネバギバ ガオブラック(意味不明)。

 直球ですみません(9/10分)。鞠絵ならもう少し婉曲なのがいいはずなのですけど、この手が、この手がっ。他にも「青梅国際空港」とか、『天才秀才バカ』のパクリを書きかけていました(ワニの豆本世代)。
2003年9月12日(金) ふんばば
 部屋そうじオフは果たして可能でしょうか。「本当に散らかっている部屋というのは家主を玄関に立たせて、捨てる捨てないの判断だけさせても半日掃除する部屋」というIRCでの利休さんの発言にしたがうかぎり、ぼくの部屋はまさしくそれです。ただし、半日で済むかどうかが問題。

 お久しぶりです。そして「ファウスト」をそのように総括されるとは。現代系オタチェックで2点、次世代オタチェックでも1点程度というぼくは、そもそもあの雑誌を読もうとさえできなかったりします。

 台湾あたりの掲示板でまた『マジカルヒナ』が紹介された模様。「看這東西時請要有心理準備 要不然打撃很大」というのは、「油断して見に行ったら、『めっ』されちゃうよ?」という意味か、それとも「ぼやぼやしてると、後ろからブッスリだ」か。

 シスプリメについては、うちの「妹一覧表」も、より包括的なものをそちらで作成して頂いた方がいいかもしれません。情報集積地をできるだけ少数のサイトに限定することが、こういう企画の本格的な立ち上げには必要でしょうし。もちろん、それまでのささやかな支援は喜んで続けさせていただきます。
 ところで現状によりますと、身長130cm代のネオシスが不在のままです。原作では雛子(132cm)亞里亞(139cm)さらに白雪も140cmと案外揃っているこのクラス。背高の妹や年長の妹ももちろん結構かつもっともっとなのですが、その一方で「中高生の兄を見あげる幼い妹」をもう少し。なら自分でやれ、という話もありますけど。
2003年9月13日(土) ぬーぼー
 いっぱい遅れ。

 〈次世代オタクの特徴〉回答リンク。最低点ですか。こちらの判定内容は、「3.アニメが好きである。つまらないものでも、放映していればついつい見てしまう。選り好みはしないし、美少女アニメに対する抵抗心も皆無である。」が△(1点)、残りは×(0点)です。例えば文学や漫画のジャンルでは「やおい」「政治」「会社」「グロ」「ミステリ」などを読まないし、日本文学・ロシア文学・現代文学はほとんど読んでいないし、ラノベもごく一部の作品以外は手を出さない。とか。だいたい、本屋で素通りする小説スペースがどれだけあることか。
 あ、富士見ロマン文庫はよく読んでました。

 で、猿元さんから厳しいご指摘。ぼくの関心は、ええと、社会というものの成り立ちなのかなあ。そしてデリダの著書は読んでません。

 将棋の竜王戦挑戦者決定戦、中原が森内に一発入れて1勝1敗。これが最後のチャンスでしょうから、中原vs羽生のタイトル戦をぜひ見たいものです。

 美森氏に『ニニンガシノブ伝』を教えたら大喜びしてました。あれか、ぼく達の世代にとって懐かしいテイストということなのかしら。
2003年9月14日(日) 朝から高血圧
 『アバレンジャー』予告を見て激怒。

らむだ「あの白い奴、幼女を騙して権力を奪ってやがる!」
美 森「おお。そこが萌えるのか?」
らむだ「逆だ!権力という目的のために幼女を利用しているだけじゃないか。
    幼女は常に目的であって手段ではない!」

 カント先生見てますか。

TVCMの幼女「何にします?」
らむだ「きみ。」(即答)
美 森「…。」(失笑)

 ううん、やっぱり見ないで。

らむだ「レオタードって、酸っぱいよね。」
美 森「書いとけ。」
2003年9月15日(月) さあけえろう
 「ケーローヨーン」(秋田冒険王)と書いてはみたものの、『るんるんカンパニー』覚えてますか皆様。

 学研『歴史群像』の北朝鮮記事などを参照しながら、佐藤大輔『平壌クーデター作戦』(トクマ・ノベルズ)を読む。ああタイミングぴったり。相変わらずあちこちをなで切りな内容でした。

 大変遅くなりましたが、『ガッツ缶』を利休さんにお渡しできましたよ秋月さんっ。そして掃除の手ほどきをうけました。捨てるものと捨てないものの仕分け、などなど。

 いま自宅で壊れているもの:
・テレビ(チャンネルがうまく切り替わらない)
・電話(こちらの声が伝わらない)
・ノートPC(すぐ落ちる)
・こたつ(スイッチが入らない)
・ベッド(へこんでる)
・ぼく

 真っ先に捨てられそうな部屋の主。
2003年9月16日(火) だる
 しすぷりんく完全閉鎖。お疲れ様でした(最敬礼)。
 なお、最終企画に投稿したSS(と言えるのか)を転載しました。あと、トップ絵は可憐に怒られちゃったので下ろしました。えへへ(怒られて嬉しいの巻)。

 美森氏から「萌軍将棋」というネタ。

らむだ「IRCメンバーvs萌えキャラとかか。」
美 森「それ、前者が絶対勝てないから駄目。」
らむだ「ああー。」
美 森「とりあえず、『らむだは地雷に負ける』。」
らむだ「地雷げーですか。自分から踏みそうだ。」
美 森「びいやはShunたんのみに勝ち、Shunたんは大将以外には負ける』。」
らむだ「総受けですか。で、その大将って誰?」
美 森「そんな人はいない。」
らむだ「なにー。」

 酷い話。

らむだ「『ぶるまはセーラー服に勝つ』。」
美 森「書いとけ。」
2003年9月17日(水) えろげがなんだ
 ネタにしていただきました(9/16分)。オペレーター喫茶ですか、むむむ。新米の調理人に「あなたならできるわ。」とか。店長が「エスプレッソ薄いぞ、なにやってんの!」とか。

 『マリみて』読みながら、そいえばと思い出して女学校生の日記を再読。祥子さまの日記はどんなんですかね。

 天下り的というのは、当時の「肯定派」と「否定派」の対立点を踏まえたうえでの観点としてこの定義を最初に示している以上は、多少の差はあれ回避し得ないことでしょうし、また「構造主義の欠点」を読めば、おそらく火塚たつや氏はそのような限界にも自覚的ではないかと察します。

 あと、「奇跡」について。カトリック系の『聖書思想事典』(三省堂、1999年)によれば、
「キリスト者のなかには、往々にして、およそ奇跡なるものはありえないと考える者がいる反面、真偽のほどはわからなくても不可思議な現象はなんでも信じたがる者がいる。この相反する両極端の態度は共通の源から生じている。それは、奇跡のなかに自然の法則に反する面だけをながめて、万人が知覚できるように示された徴(しるし)としての役割を忘れた態度であり、長い間キリスト教界で用いられてきた護教的配慮によって助長されてきたものである。」(p.253)
 そして、いかなる事柄であれそこに「隠されている教訓」を読みとらせ、これを通じて信者に日々の悔悛とともに「さらに神への愛を実際の行動で表すよう勧める」という「神の働きかけ」が「奇跡」であるとしています(p.259)。つまり、神と人間の関係における神からの働きかけが「奇跡」なのであって、その具体的な姿がどうであるか、「神の摂理的行為」か「自然的原因によって惹起される特異な偶発的現象」か「神が自然現象を用いないで直接に働きかける行為」かの区別は(確かに存在するにせよ)「聖書の関知するところではない」(p.253)。そして、たんに「通常では起こらないことが、起こる」ということではなく、それが認識されることによって、信者がそれを神の働きかけと受け止めて、自分の行動を変えていくようなものでなければならない、と。そこにはまた、常にそのような神からの働きかけを敏感に察知しようとする信者の「奇跡」への構えをも要求するのでしょう。
 さて、ここでカトリックさらにキリスト教を離れて『Kanon』に立ち戻ると、では祐一達は、彼らにとっての「奇跡」を通じて、変わっていくことができたのでしょうか。それは、その「奇跡」がなければ不可能に思えるような行動の、あるいはあり方の、変化だったでしょうか。(ここでは、栞の治癒も栞と祐一と香里の間にある変化の一部として理解されます。)
 プレイヤーはさておき、祐一達がある事柄に何を「奇跡」として見出したのかは、彼らの変化と結びつけて検討されねばならない。そして、祐一達の変化の中には、「奇跡」へのまなざしの獲得がおそらく含まれているはずで、プレイヤーは普通、祐一の視点からこのまなざしと同一化するのかもしれません。つまりここには、たんに結末を知ったことによるプレイヤーの視点の変化のみならず、「奇跡」を受け止めた結果としての変化があり、今木さんの「明確には分節されない」という言葉や、涼本氏が語ったとされる「美しい穴」という言葉も、この視点の劇的な変化とそれに伴うプレイヤーの行動の変化をもたらすような作品の姿を指し示すものではないでしょうか。
 何か、当たり前の話なのかも。

 こちら『Pガソダム』。こちらも早く進めないと。考察ともども滞ってます。

 山本正之調の鍵げー歌を考えてみる。メロディは適当にそれっぽく。

『号泣超萌いざかのうぉ』


「樋上さん〜 納期までに絵が間に合わないんですが〜」
「分かった、延長をかのんどいたる。」

みまみまあうーっ ぴこぴこうぐぅ にはは にょめれっちょ

真夜中に踊る 剣のきらめき 中庭にそよぐ バニラのためいき
目覚まし鳴らない 妹いない 思い出せない 笑うしかない (あははーっ)
だけど会えたから いまはここにいるから 泥まみれの指で 未来を取り戻す
ほら見つけたよ 涙に揺れる微笑みを ほら届いたよ たった一つのその祈り
奇跡起きるか起きないか 違う、奇跡はここにある
そうだこの世はずっと春 今朝もこの道駆けてゆく
命の灯をともそう (了承) お菓子の雨降らそう (了承)
あの切り株に腰を下ろせば 黄昏の空は ジャムのいろ


「折戸さん〜 発売予定日が1年以上も遅れているんですが〜」
「おまえあー、そんなものしんじてたの?」

みまみまあうーっ ぴこぴこうぐぅ にはは にょめれっちょ

木漏れ日を映す 君の黒髪 星空を招く 君の膝蹴り
魔法使えない 友達いない お手玉できない それでも泣かない (が、がお…)
やっと会えたから いまもそこにいるから 汗まみれの翼で 未来を取り戻す
ほら聞こえたよ 金網越しのささやきが ほら届いたよ 遠い昔のわらべうた
人は傷つけあいながら 空へいのちを結ぶもの
そうだこの世はずっと夏 君のこの手を離さない
ふたりでジュース飲むの (却下) ひとりでゴールするの (却下)
あの堤防に腰を下ろせば 波間に轟く 主のこえ


「麻枝さん〜 ゲームが売れたお金で何か建てられましたか〜」
「じゅん調に、くらなど。」


 以上です。他に『厨房感動鍵少女』というタイトルも思いつきましたが、ここで力尽きました。
2003年9月18日(木) うにめはなんだ
 マリみてアニメ化。「マリみて製作委員会」ではなくて、「山百合会」ということなのかな。

 昨日の山本調歌をご紹介いただけました(9/17分)。「奇跡」について考えているうちに、頭がこういう方角に向かってしまうのがぼくという人間です。
 蛇足な補足をしておくと、タイトルは『源平超歴いざ鎌倉』のパロディで、脳内旋律も一部この歌風味。出だしはしっとり後半はアップテンポ。1・2番の歌詞の対照は、『究極超人あ〜るの歌』などでお馴染みです。「見る−聞く」とか、「真面目−冗談」とか。駄洒落会話も定番です。合いの手は当然、ピンクピッギーズで。

美 森「『お菓子の雨降らそう』って、特定の人に媚びてないか(笑)」
らむだ「あ、分かったか(笑)」 

 諸般の事情により、登場人物の扱いには多少の差がございます。複数の意味にとれる箇所もありますけど、聖さんあたりには言及できてないし。

 で、美森氏から自分の寿命予測テスト。やってみた結果、

「あなたの余命は 16 年 6 ヶ月と 4 日間 です。」

 狙いが分かりにくい長さというか短さというか。

 IRCにて、『よつばと!』に「透明なかなしみ」を感じるという話が。美森氏も「ノスタルジーを感じる」と言ってましたが、あのよつばの言動には「子供」なるもの(しかもあまり類型化されないそれ)を感じるし、あるいは父親や家族やお隣さんなど、今は失われてしまったひとづきあいの中でのあれこれを懐かしみたくなります。つか、あのくらいの年齢のやんちゃな子供を周囲の年上の人間がよってたかって面倒みてしまうというあたり、もう。誰もよつばを位置づけない。父親がよつばを「無敵だ」と言うにしても、その「無敵」なよつばに相対しては、自分の方がすごいんだということを見せつけるべくきばる。だから「みそこなった」なんて言ってもらえるほどに愛される。それは、子供に真正面から&大人として向き合うという、ぼくたち大人がどこかに置き忘れてきた態度。そして、そこに感じるかなしみは、永野のりこが幼い子供の後ろ姿に見出したそれと重なるものかもしれません。「かーちゃん」に喜んでもらえたときのよつばの屈託ない笑顔は、ぼくがそこにいたなら、たぶんその姿まるごと見て泣けます。肩車して髪の毛つかまれる痛みに至ってはもろに既視感。
 よつばの声が大きいのは、地声ということもあるけど、田舎のじいさんかばあさんの耳が遠くて声がでかくて、それがうつったのかも。大人が真ん前にちゃんといるから、子供もこうしてちゃんと子供になる。そんな大人になりたい。そんな子供でいたかった。とりあえず、前者はまだ実現可能でしょうか。
 作品の中の世界は夏休みの始まりで、もちろん、この夏もやがて終わる。
2003年9月19日(金) 失調中
 この日から23日まで日記まとめ書き。

 お仕事で遠方にお出かけ。当地の銀杏並木を歩くと、すさまじい臭いがまさにたけなわ。でも身をかがめてギンナンを拾う麗少女の姿はありませんでした。

 竜王戦は中原の挑戦ではなくなったみたいで、もういいです。せめて名人戦の二の舞だけは避けて下さいますように。
2003年9月20日(土) にばーい
 久々に会った仕事知り合いの女性が横倍角になってて驚きました。

 馬鹿話。

らむだ「こないだ、お前も帝の1人に数えられてたけど。」
美 森「いや、俺は弱いからだめだ。」
らむだ「静かに最強という話もあったが。」
美 森「やはりあのメンバーに比べれば、そうはいかないだろう。」
らむだ「うーん。でも、だったらぼくも入らないはずじゃ。」
美 森「いや、お前は駄目だから。」
らむだ「あうー。でも、強い弱いで言えば、あの中では強い方じゃないでしょ。」
美 森「いいか。『強弱』の問題じゃない。お前は『駄目』なんだ。」

 絶対尺度らしい。
2003年9月21日(日) 台風一過
 出張仕事の合間を縫って近辺を徘徊。同人誌店などを見つけるものの、仕事相手に発見されたらと思うと怖くて踏み込めず。出入りが見つかるのも何ですが、店内で出くわしたら気まずさもひとしお。うまくすれば、そういう店での接待を今後期待できるかもしれませんが。出世しなきゃ(できません&期待が間違ってます)。

 打ち合わせをしながら、「帰ったら尿瓶洗わなきゃ」とか考える夕暮れ。

 あと、こないだの『号泣超萌いざかのうぉ』の歌詞変更案。
「いまはここにいるから」→「いまはそばにいるから」
「たった一つのその祈り」→「たった一つのその願い」
「今朝もこの道駆けてゆく」→「君とこの道駆けてゆく」
「お手玉できない」→「みせるわざない」
2003年9月22日(月) 労働と日々
 IRCにて、小学校高学年女子がレジに生理用品を差し出してうつむいたままトイレを借りるという実話を聞いて、取り急ぎ「生理用品購入女子小学生担当」で雇ってもらえるか尋ねたところ快く了承されました。給料はサニタリーボックスの中身で。中に使用済みのがなくても、包装フィルムでも入っていればそれを鼻に詰めて深呼吸。などと書いていたら、「迷子になった女の子の面倒を見る仕事」や、「親が見つからないまま養女としてレジのおてちゅだいをすることになった元迷子8歳女児がレジに手が届かなくてわんわん泣いているのを慰める係」も任されました。そんな、夢みたいだ(夢です)。

 同じくIRCにて、えろげのタイトルを考えるという話に後から乗ってみる。
「ちうかな妹妹(まいまい)」:語尾が「アル」の自称妹だらけえろげ
「剥きむき」:マッシヴ系脱衣えろげ
「ぺっと・さにたりー」:ケモノ娘生理えろげ
「穴開きスト(あなーきすと)」:無政府主義的パンスト等破りえろげ
 最後のは既にあったような。どうでしたか。
2003年9月23日(火) 愛のかたち
 可憐の誕生日。うちでは今日は可憐、26日は瑞佳と誕生日祝いが続く月ですが、このサイトではこのサイトの基本に立ち返ってお祝いしようと思います。
 そういうわけで、トップこれ。『マリみて』ネタバレ的で申し訳ないのですが、

1.雨傘の柄にアイスピックで名前などを刻む
2.刻んだ文字の上に赤いクレヨンを塗り込む
3.よく拭きふきする
4.刻み目に赤色が残って完成

という段取りで作成しました。しかし、拭き取る途中経過がなんかおどろおどろしいことに。
 なお、完成状態の左横にあるのは言うまでもなくアイスピック、右上にあるのはこれまた言うまでもなくビール尿瓶です。前回700mlで悪酔いした反省を踏まえて、今回は500mlで挑戦しましたが、それでも駄目でした。やはり飲酒量ではなく尿瓶の形状などに問題があることが、こうして裏付けられたことになります。
 はい、一番の問題はぼく自身ですが。色んな意味で頭痛い。

 ちょうど可憐アンテナも10万アクセスを越えましたね。
2003年9月24日(水) ちちんぷい
 Zoroさんのトップで可憐がぶるま姿に。つかあられもない姿にまで。胸になんか詰めてま(刺)
 なんて言ってる場合じゃなくて、どうかどうかお大事に…。一日も早いご快復をお祈り申し上げます。

 こちらの可憐はかなり怖いです。マウスカーソルを乗せるのだ。

 こちらでは検閲のため伏せ字だった箇所につきまして、昨日ここに掲載しなかった分を補完します。

「あんよがジョWARS!(あんよがじょうず)」:二足歩行萌え鉄騎視姦えろげ
「姪キ大戦(てっきたいせん)」:姪と戦闘中も戦闘前後も複座式えろげ
「おまかせ☆こんそーる」:少女型操縦席駆使えろげ
「鉄いろの日焼けあと」:灼熱の荒地で戦う少女兵士えろげ
「喪失は鉄の味」:少女兵士捕虜処女喪失えろげ。ZERO作品。
   地雷すぎて「『鉄』とは『金を失う』のことか」と酷評される。
「鉄(くろがね)のないとさまっ」:二足歩行兵器&メカフェチ少女えろげ
「愛玩(あいあん)ないと」:えっちが戦闘エネルギーえろげ
 ちなみにそういう話は、ちみもりおの『冥王計画ゼオライマー』以外にも、わたなべよしまさの巨大ロボえろまんがなどで既に描かれていますね。「少女の体格(胸)に応じてペイロードが増減」については、
「お兄ちゃん、わたし…もっと、積めるようになりたいの。だから…お、おっきくするの、手伝って…」
「お、お兄ちゃん、重いよー…!あ、でも…えへへ、お兄ちゃん積んじゃった…(はぁと)」
などというえちしーん会話が。
 激戦の最中、凄まじい衝撃にブラックアウトしかけた主人公は、自分が妹の子宮の中にいることを直感的に理解した。とか。緊急射出装置は、出産の痛み。兄が抱く、産まれ出ずるかなしみ。

 などとIRCログを転載しつつ、なぜ伏せ字箇所はほとんどぼくの発言なのでしょうか。
2003年9月25日(木) ぽぽんた
 いかん、ハルヒの2巻が出てしまう。リピュアの考察も進んでいない。ぐずぐずしてると夏が終わっちゃうよ(もう秋です)。
 アニプリのDVDをぼちぼち見直しているんですが、こんな裏もあるかなーと思いついたネタが、既に考察に書いてあったりしてへこみます。昨年の自分に馬鹿にされてる気分。いや、どっちも馬鹿ですけど。

 で、そのまま馬鹿話。

らむだ「漫画の影響で子供の行動がどうとかよく言うけど。」
美 森「漫画のせいにするな、と。」
らむだ「でも自分を振り返ると、結構あったような。
    『がきデカ』の真似をして、珍棒に急須を引っかけようとしたり。」
美 森「馬鹿だ(笑)」
らむだ「親にえらい怒られた。」
美 森「その次は何だ。『けっこう仮面』か。」
らむだ「それはさほど。むしろ『あんどろトリオ』か。」
美 森「で、実践したと。」
らむだ「いや、さすがにそれは。」
美 森「では、そのあたりで分別がついてきた、と。」
らむだ「でも一応、妹におむつ履かせたらどうかとかは考えてた。」
美 森「書いとけ(爆笑)」

 我十有五にして駄目を志す。
2003年9月26日(金) 何歳かはしみつ
 瑞佳の誕生日だというのに、プチ残業。
 頑張ってはみたものの、待ち合わせ時間にはどうにも間に合わないことが確定。恐る恐る電話をすれば、半分怒った笑い声。ごめんすまん申し訳ないたぶん1時間いや30分ぐらいでなんとか。先にどんどん食べちゃってて。
「言われなくてもそうするよ、慌てないでいいからね。」
 たぶん店に着く頃には、難しい名前の料理がちょっとずつ、ぼくの席の前に並んでいるに違いない。もう一度だけ詫びようとすると、向こうの電話が誰かにひったくられたらしい。
「もー、おとーさんおくれちゃだめなんだよっ。」
 未来だ。すっかり口調が母親に似てきた。
「みんなまってゆんだからね、えと…うん、そえでね、」
 後ろでもそもそ声がするのは、雛子ちゃんが未来に入れ知恵しているのだろう。
「おとーさん、ちゃんときいてんのー?」
 はい。はい。まことに申し訳なく。はい。お母さんに、愛してますって伝えておいてくれるかな。
「うん、いっとく。…ん?…ううん、えと、ちゃんとじぶんでつたえなさいって。」
 これも雛子ちゃんの差し金か、さすが勘がいいというか。向こうの主が換わったのを察して、咳払いひとつ。
 愛してるよ。
「お兄ちゃん?」
 しまった、可憐だった。
2003年9月27日(土) めでためでたの
 そうか、SEEDのナタルって『妖獣戦記』のアルファにちょっと似てるのか。

 アニプリDVD第6-8話鑑賞。ああいい。すごくいい。そして第8話でデジカメ映像場面が1枚(鞠絵の額の熱を思い出している航)あるのを発見。補論1を確認すると表に抜けてましたので追加、ついでに文章も若干修正。まだまだ見落としがあるものですね。

 馬鹿話。

美 森「いやー、昨日久々に夢を見たんだが。」
らむだ「うん。」
美 森「茜がでてきてな。」
らむだ「いいなあ。」
美 森「まあ、それはいいんだが。」
らむだ「どした、何かあったのか。」
美 森「茜がな。」
らむだ「うん。」
美 森「つわりでな。」
らむだ「なにーっ。」
美 森「いや驚いた。」
らむだ「なんでまた…。」
美 森「分析しる。」
らむだ「分かるかそんなん。」
美 森「むしろ、その原因となる行為を夢に見たかったような。」
らむだ「書いとけ。」
美 森「お前の日記にな。」

 そういうわけで書いてます。そして張本人はまほろさん状態(9/26分右下参照)。
2003年9月28日(日) 降級点3回
 禁煙抑止ポスターですか。禁止を直接訴えかけるよりも、逆に
「吸わないか」
とか、
「代わりにお前のを吸わせろ(ニカッ)」
あたりが有効かと思われます(逃走)。

 昨日の馬鹿話の続き。

らむだ「で、亞里亞ちゃんに弟妹ができるのかね。」
美 森「いや、あの夢はどうやら、亞里亞が産まれるときの状況らしい。」
らむだ「あ、そうなのか。なんだ。
    そいえば君は茜さんのつわりを前に何をしていたのかね。」
美 森「うーん、ただひたすらおろおろしてたような。」

 それはそれで正しいような。
 などと会話している電話の向こうから、「恋のB級アクション」が流れてきまして。

らむだ「『恋のA級戦犯』とかどうかなぁ。」
美 森「何だそれは(笑)」

 「恋のC級2組」というのも訳分かりません。ちなみにぼくはフリークラス。奨励会退会という説はおいといて。
2003年9月29日(月) あうー
 だめだ、リピュア考察7間に合わない…。来月になりそうですごめんなさい。

 どうも。雰囲気的には「終わった話」なのでたいへん恐縮なのですが、以前の文章をまとめるかたちで行わせていただきます。

 反応ありがとうございます。「教訓」というのはその通りですね。
 「まなざし」については、久弥氏と麻枝氏、あるいはOP・ED歌詞について語られることはある一方で、いたる絵におけるそれってどこかで議論されてますかね。イベント絵で描かれるその光景は、それぞれのテキストライターの「奇跡」への視線と対応して重なり合うものなのでしょうか。そう問いかけたくなるのは、たんにぼくがあの草原に立つ真琴の姿を見てぞわわーっと戦慄した(たぶん、あれが感動ということなのだと思いますが)ためかもしれません。
 本田氏の文章は、それこそ彼の思想的・趣味的な自己限定が前提にありますので。
 奇跡なんて勝手にやってきてしまうものですけど、それでも、自分が誰かのためにひたすら頑張ってどうしても駄目で、なのに奇跡的にその人が助かったら、正直「ちえっ」と思いながら、その人が救われたのであれば、結局は嬉しいのでした。
 事典引用については、あのカトリック系事典の記述は当然プロテスタントへの批判を含んでいるのでしょうね。奇跡の判定を個人に委ねてしまえば、人はその判定にばかり心を奪われてしまう。そんな判定は教会が請け負うから、信者個人としてはそこに見いだせるはずの神意をこそ大切にして行動をあらためなさいよ、という。だから、ぼくが先日まず問題にしたのも、祐一の行動やあり方の変わりようだったつもりです。そのへん文章がうだうだになってますけど。

 こちらから、シスプリアニメとジェンダーの問題。ぼくの考察はむしろ、「兄妹」という言い方によってそのへんの問題を回避なり隠蔽なりする方向で書かれています。

 曽我さんのところから、『俵ねずみの日記帳』さんで『星のローカス』話。懐かしすぎます。「おかまにおわれて今夜も一人泣き」。月刊少年チャンピオンではこの作品、週刊の方では『すくらっぷ・ブック』、小山田いくが描く高校生活と中学校生活を、当時小学生だったぼくは未来に願い求めていたのでした。あの頃は「工業高専」という言葉が輝いて見えて、小学校時代の親友(ぼく同様に小山田いくファン)が本当に工業高専に進学したときには、心底「負けた」と思ったものです。そのぼくはと言えば中学時代、誰に見せるつもりもないファンジン原稿を1冊分書きためていました。グリーン青春(これは『るんるんカンパニー』より)。ついでに内山亜紀との出会いもこの時期でした。青春への憧憬は足早に迷走。
 同所のここも楽しく拝見しました。あと、曽我さんのこちらも。
2003年9月30日(火) 3日遅れ
 エコカー。なるほど。鈴凛の発明って、アニプリのプロトロボでレトロな方向性が与えられた節があります。あと、リピュアBパートのジジは、ジブリ的雰囲気=宮崎駿的=エコ親父、という図式のもとで、省略されたはずの「エコカー」が顔を覗かせていたりして(電波)。

 ものづくしについては関連してこちら。くり返される不幸の問題も。ぼくは『Wake Up !!』で四葉や鞠絵にこれを押しつけていると思いました。

 カマッ(意味不明)。
 ぼくはトイレに行くたびに「手についてもーたぞ」を思い出します。考えたら『星のローカス』も『軽井沢シンドローム』も見事にぎゃるげー的なキャラ立てなのか。そしてぼくが想像していた「寮生活」とは、『星のローカス』と『男おいどん』の混合物だったのか。現実には、両者の悪いとこだけ経験してきた気がします。気はおかしくてきなこもち。

[先月] [目次] [来月] [最新版] [トップ]

anyo@puni.net

Akiary v.0.42+puni.net patch 0.3