小さな祈り

くるぶしあんよ




私はあんよ。正確に言えば、可憐の左のあんよ。
可憐本人から見れば、左足のくるぶしから先の部分が私です。
立ち上がってからずっと、可憐のことを、この小さなあんよで支えてきました。
可憐に似て口下手なこのあんよの想いを、今日は聞いていただけますでしょうか。




私には、ずっと仲良しの右あんよがいます。もちろん、可憐の右あんよです。
一緒に生まれたから双子ってことなんだろうけれど、でも私の方がちょっと後に生まれたから、
右あんよがお姉ちゃんで、私が妹、っていう感じかな。
性格も対照的で、右あんよは活発で社交的で、可憐の明るくて強い心とぴったり。


私はというと、逆に大人しくて、その……ちょっぴり、臆病です。
可憐が平手打ちするときは、右あんよが踏み込んで体全部をしっかり支えるけれど、
私はいつも後ろに控えたまま、小さく震えています。
こんなんじゃだめ、もっと強くならなくちゃ、って思っても、悲しくて、心細くて。


そんな私に、お姉ちゃんは慰めてくれます。
あなたにはあなたのよさがあるんだから、無理をしなくていいのよって。
そのままのあなたに、こっちが支えてもらえることだってあるんだからって。
こんな優しいお姉ちゃんの言葉を聞いていると、なんだか指の間が暖かくなるの。


妹だから、こんな幸せな気持ちになれるのかな。
だったら、お姉ちゃんよりもだいぶ得をしちゃってるのかな。
私は、可憐という妹の右あんよで、そのうえ左あんよの妹なんだから。
妹の中でもさらにぐぐんと妹なんだから。




……ええと、本当は、一番末っ子でもなくって。
このお姉ちゃん以外にも、私のきょうだいはいっぱいいます。
もちろん可憐のあんよじゃなくて、可憐のきょうだいがいっぱいいるから、
そのあんよたちも、すっごくたくさんいるのです。


花穂ちゃんの右あんよは、ちょっと、かなり、うっかりさん。何もないところでつまづいたり、転んだり。
でも、左あんよが励まして、一緒にがんばって花穂ちゃんを起きあがらせるの。
まだ泣いてる右あんよに、私は、お姉ちゃんがするみたいに慰めてあげる。
お花を踏まないようにっていう優しい足取りを、私は知っているから。


衛ちゃんのあんよは、どちらもすっごく元気でかけっこは一番ばかり。
男の子っぽく見えるけど、本当はとってもデリケートな照れ屋さん。
つま先をつきあわせたスニーカーの中で、指をもじもじさせてるの。
パンプスも似合うのに、って言ったら、もっと恥ずかしそうにしちゃってた。


咲耶ちゃんの左あんよは、年中ピリピリ。足筋をピンと伸ばしてて、疲れないのかな。
そんなふうにきりっとして真っ直ぐ立っている姿が、私にはまぶしく輝いて見えるの。
でも、その輝きの陰で、右あんよが静かにたたずんでいるのに気づくとき、
うまく言えないんだけど、私はせつなくて、いとおしくて、声もかけられないままそばにいます。


雛子ちゃんのあんよは、おしゃまさん。でも右あんよの親指は、ちょっぴり爪が曲がっているの。
指を触るとくすぐったがってはしゃいで、爪を切ろうとすると痛がって泣いて、もう大騒ぎ。
髪を編んであげているときは、私やお姉ちゃんの真似をして、おとなしくおすまししたり。
だけど、裸足で歩くのが大好きだから、まだまだ泥んこのレディです。ウフフッ。


鞠絵ちゃんのあんよは、すっごく細くて白くて、お人形さんみたい。
なのに芯はしっかりしていて、私には絶対に弱気を見せません。
そのうえ左あんよは気配り上手で、疲れてないときにはみんなのおもてなしまでしちゃうなんて。
実は、こっそり、私のライバル……ううん、まだ、見習うべき先生なのです。


白雪ちゃんのあんよは、台所のダンサー。お鍋をみながら、右に左にステップ踏んで、
ちっちゃなあんよがリズムをとれば、今日も素敵なごちそうができあがります。
湯気のたつお皿を抱えたときの慎重な足取りは、ほんの少しの不安がピリッときいて、
「おいしいよ」って言ってもらえたときの小さなジャンプが、真似のできない隠し味なの。


鈴凛ちゃんの左あんよは、しっかり者に見えて、でも時々、涙をこらえてます。
サンダルばきの土踏まずに、がまんのしわを小さく寄せて。
そんなときは、右あんよがオイルの香りに身を包んで、前にぐっと踏み出していきます。
ラボへ、パーツ屋へ、私たちのもとへ、そしていつかは……海の向こうの国へと。


千影ちゃんのあんよは、とっても無口で、いつも不意にいなくなっちゃう気がして、
そんな気持ちが消えない午後は、私のくるぶしを冷たい寂しさが襲います。
だけど、リビングでお茶をしていると、たまににぎやかに足音を奏でてくれるから、
私もつい嬉しくなって、大声でおしゃべりしたくなっちゃいます。


春歌ちゃんの右あんよは、足袋も真白に威風堂々、きびきび重心をさばきます。
左あんよは舞踊の達人、楚々として流れるように脚線を導きます。
どちらもとっても上品で、なのに言葉は子供みたいに純真で、それがどこまでも自然で。
私はつま先立ちしても追いつけないのかな……ううん、諦めないでがんばらなきゃ。


四葉ちゃんのあんよは、左右てんでにあっちへこっちへと大忙し。
くるくる回ってポーンと跳ねて、探しものをしているみたいに地面の上をためつすがめつ。
けれど一休みしているときには、踵が迷子みたいにぺったり途方に暮れているから、
面白そうな謎の残した足跡を、そっと教えてあげたりするのです。


亞里亞ちゃんのあんよは、おすまししながらみんなをニコニコ眺めています。
暑い日も汗一つかかずにじっとしてるのは、けっこう意地っ張り屋さんなのかな。
たまにはちょっぴりわがままなときもあるけれど、それが私にはとっても嬉しいの。
こんなふうに甘えてくれる相手は、私たちだけなんだって知っているから。




こんなみんなが集まる場所には、必ずお兄ちゃんのあんよが真ん中にいます。
いつも可憐のことを見守っていてくれる、可憐の大好きなお兄ちゃん。
お兄ちゃんのあんよは、可憐が困っているときはどんなに離れていても、
まるで羽が生えているみたいに、ピューッて飛んできてくれるのです。


でもお兄ちゃんは、可憐だけのそばにいつもいてくれるわけではなくって……。
みんなの中にいるお兄ちゃんを見ていると、すぐ横にいるのになぜか、
お兄ちゃんのあんよがずっと遠くにいるような気がしてしまって、
ついつい私の歩幅も小さくなってなってしまいます……。


夜中、可憐の寝息をききながらシーツにくるまって震えていると、
お姉ちゃんが身をこすりあわせて暖めてくれます。
優しいお姉ちゃんに、ありがとう、って心の中でつぶやくけれど、
それでもこの寒さが消えないときは、指をぎゅって縮めて眠れぬ夜を過ごします。


そんな次の日は、眞深ちゃんの右あんよにそっとうちあけるの。秘密を分かちあえる大切な親友に。
そうしたら、いつだってまた元気になれます。夜も悲しくなくなります。
朝には、みんなと足並みを揃えられるから、お兄ちゃんのあんよと、微笑みを交わせるから。
幸せの一歩を、今日もこの世界に踏み出していけるから。



可憐はお兄ちゃんが大好きです。
お兄ちゃんのことが好きなみんなも大好きです。
そして私も、そんな可憐が、そんなお兄ちゃんが、
そんなみんなのあんよが、とってもとっても大好きなのです。


だから、こんな日々がいつまでも続きますように。
お兄ちゃんと、みんなと、ずっと、ずうっと、歩んでいけますように。
幸せの足音がトントンパタパタと、この家にもこの島にも、この世界中にも響き渡りますように。
お空の向こうにいる方に、土を踏む革靴とハイソックスの中から、小さなあんよの祈りを捧げます……。



(終)


*脳内家族もの「あんよの日記」の二番煎じではありますが、
しすぷりんく終了記念企画に投稿させていただきました。
(転載にあたり若干修正)

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