アニメ『シスター・プリンセス Re Pure』考察6

〜兄妹における「Re Pure」の意味〜



はじめに 〜考察の視点〜

 これまでの考察では、リピュアAパートにおいて兄妹関係がいかに描かれているかについて、妹達における年少者・年長者としての欲求と葛藤、そして兄妹によるその問題解決、という観点から検討してきた。そこでは、妹達の問題に対して主に兄が解決の糸口を与えるという基本的展開が、繰り返し確認されてきた。しかし、兄自身もまた一個の人間であるとすれば、妹達と同様、何らかの問題や葛藤を抱えていてよいはずだが、作品中では兄が専ら解決者として描かれてきたために、そのような側面については、視聴者には注目されにくいままにあった。それゆえ、本考察の目的は、残る3話を取り上げながら、これを明らかにすることにある。
 まず第1話「ハートデイズ」では可憐が中心に描かれているが、可憐については既に考察5で述べたため、ここでは主に、本作品における兄妹関係の基本を再確認することになる。次に、第5話「流れる星につきせぬ願いを」は、千影に焦点をあてながら、兄と妹のすれ違いを、兄妹の双方が直接的には修復しがたい状況において描くものとして捉えられる。そこでの兄は、妹の問題を自覚的に解決しうる存在ではない。また、第5話では第13話「ピュアクリスマス」への伏線が張られるが、この第13話では、これまでは妹達の問題解決段階で主要な役割を果たしてきた兄の側に視点を移し、その意識や問題が明確に描かれている。
 本考察でこれらを検討することによって、本作品での兄妹関係は、兄と妹それぞれの視点を踏まえた総体としてようやく把握され、そしてタイトルに冠せられた「Re Pure」という言葉の意味も、これに基づいて明らかにされるだろう。


1.「ハートデイズ」 〜基本的関係の確認〜

可憐「可憐には、大好きな人がいます。それは…。」

 第1話冒頭、可憐と兄との結婚式。夢の中での幸せな光景は、この兄妹を祝福する世界の姿を描きつつ、そこに他の妹達を欠いている。「可憐は、世界一の幸せ者です。」と言うためには、兄を独占できなければならず、そしてこの兄独占欲求は、12人の中の1人として現実には満足されえない。鳴り響く鐘の下に並ぶ紋章は、第8話にて鞠絵の療養所の暖炉にも刻まれていた四葉のクローバー(あるいは十字、補論1参照)。この幸せな夢は、しかし目覚まし時計の音に終わりを迎える。時計の針は7時を指し、可憐は寝巻き姿のままで「夢…だったのね。ウフッ、でも素敵な夢だった…。」と夢を思い起こす。

可憐「可憐には、素敵なお兄ちゃんがいます。かっこよくって優しくて、
   ずっとずっと、大きくなったらおにいちゃんのお嫁さんになるんだって決めてたの。
   …あ、もちろん、いまはもう、そんなことできないって知っているけど…
   可憐は今でもお兄ちゃんが大好きです!」

 キャラクターコレクション第1巻第1話でも語られた内容を独白しつつ、可憐は朝の仕度を始める。しかし今朝の夢があまりに甘美だったために、可憐はワンピースを手にしながら、つい夢の続きを想像してしまう。ところでこれ以降の時間経過については、放映画像を用いながら、起床7時、妄想終了8時半、つまりその間の妄想1時間半、という指摘がなされている。この記事は公開当時、可憐の妄想ぶりを端的に示すものとして広く受け止められてきた。しかし、DVD版とテレビ放映版の両方を確認したところ、いずれも実際の画像では、以下の3場面で時計が登場していることが分かる。

 (a)可憐が起床したとき、目覚まし時計は7時。
 (b)可憐が砂浜の光景を想像し始めるとき、背後に写っている掛時計は8時30分。
 (c)可憐がこの想像から現実に戻ったとき、背後に写っている掛時計は8時49分。

 先の記事では、砂浜の想像が始まってから終わるまでが7時から8時半であるかのように書かれているが、これは(b)の映像を(c)の映像と取り違えることによって生じた誤りだと考えられる。つまり、実際の想像時間は約19分程度であり、もちろんこれでも確かに長いかもしれない(論者にとっては日常的)が、少なくとも「妄想1時間半」というのは誇張にすぎる。にもかかわらず記事の読者がこの誤りに気づかずにいたとすれば、それは、読者が「可憐が過度の妄想癖の持ち主である」という先入観や偏見、一面的な性格把握に囚われていることに由来するものである。論者は考察1にて本作品をシスター・プリンセス界の中点として位置づけ、それゆえに視聴者側が陥りやすい先入観ゆえの問題を指摘したが、つまりこの第1話視聴のさいには、論者を含む多くの視聴者が、この陥穽を避けられずにいたのだ。
 では(a)と(b)の間の1時間半は何をしていたのかが問題になるが、これは掃除や朝食・身仕舞いなどに費やされたのだろう。(b)の画面で可憐が今日着ていくつもりのワンピースに微笑んでいるのを見れば、朝食などのさいに汚さないようにと、これに着替えるのを外出直前まで我慢していたこと、しかしわざわざ普段着に着替えるのも二度手間なので寝間着のままでいたこと、が予想できる。母親にはお行儀の悪さをたしなめられたかもしれないが、後でみるようにこのワンピースは特別な服なのであり、これを纏う今日の希望に満ちて寝巻き姿で朝食をとっている可憐の想いを、視聴者はここに看取すべきである。
 そんな可憐の部屋には、兄と二人の姿を映した写真立てのほか、コルクボードには兄の顔写真3枚つづり、千影・亞里亞・兄・可憐・衛・雛子・咲耶、モノクロ横顔、鞠絵・兄・可憐、モノクロ寝顔、顔(背景山)、顔(背景森)、顔(背景海岸)、島、顔写真2枚つづりのネガなどが並んでいる。このうち、上空から撮影されたような島の写真は、兄の姿が唯一入っておらず、またそこに湾曲した砂浜が示されていることからして、兄と遊びに行ったことのある場所であると考えられる。8時半からの想像の中では、可憐はこの写真の島で、飛行機が過ぎ行く青空の下、波打ち際の砂浜を兄と歩いている。ついはしゃぐ可憐はワンピースの裾を波に濡らしてしまい、つい持ち上げて水気を絞ろうとして、兄の視線に気づき顔を赤らめる。

可憐「ごめんなさい! 見えちゃった…? 可憐、ちょっとはしゃぎすぎちゃったみたい。」

 可憐の性格を真に理解するためには、むしろこのような空想の中でさえ、一見偶然に感じさせながら兄を見事に誘い込む手際のよさが描かれているということにこそ、注目すべきだろう。

 さて、今日は妹達全員にとっての「お兄ちゃんの日」であり、待ち合わせの時間まではまだ間があるものの、可憐はもちろん他の妹達も、兄に会えることが嬉しくて、それぞれに集いつつ足を速める。公園では雛子、花穂、四葉が元気にミカエルを追いかけ、鞠絵は「そんなに急がなくても、約束の時間には間にあいますよー!」と呼びかけながら、亞里亞とゆっくり歩を進める(ここには各人の個性、例えば鞠絵のゆっくりでもたゆまず歩む姿勢などが示されている)。その亞里亞の日傘が突風に飛ばされてしまったとき、あわや池に落ちそうな瞬間にそれを救ったのは、千影の力だった。日傘は水面すれすれで静止すると逆方向に飛び、「フッ…このあたりかな…。」と伸ばした千影の手の中にすっぽりと納まる。「小春日和は、時々風がこんないたずらをするんだ…。」と呟く千影は、明らかに特殊な能力を有しており、そして他の妹達もそれを受け入れている。
 コスメショップでは、咲耶がオーキッドピンクのリップを試し、鈴凛は「やっぱり…もう少し、おしゃれしたほうがいいのかな…。アニキは、かわいい女の子が好きかも…。」と悩む。咲耶に「鈴凛ちゃんは、おしゃれしなくても十分かわいいわよ。」とフォローかつ牽制され、これに安心してパソコンパーツを買おうとするが、しかし本作品の鈴凛は、やがて第9話でも描かれるように、より女の子らしさを醸し出している。

鈴凛「あ。咲耶ちゃん、お願いがあるんだけど。今度、そのリップ貸してね…。」

 一方、春歌と白雪はパヒュームショップで、シンビンや「にいさまが好きな柑橘系の香り」などの香水を楽しむ。店内にもかかわらずローラースケートを履いたままの衛もまた、彼女なりの乙女心を触発されている。

衛 「あにぃ喜ぶんだ、ならボクもつけてみようかな…。
   『あ、あにぃ…ボクの匂い、かいで、みる…?』
   うひゃあっ、そんなこと言えないよ!?」

 こうして、前作に比して妹達の女性的意識が強調される一方で、可憐もまた、兄からのプレゼントのワンピースを身に纏って、トラムバスに乗り込み待ち合わせ場所へ向かう。

可憐(お兄ちゃん、プレゼントありがとう。可憐がいいなと思ったあの服を、
   お兄ちゃんも気に入ってくれるなんて、すっごく嬉しかった。
   可憐このお洋服、とってもとっても大切にします。)

 どれほど大切かといえば、朝の光景でもその想いが暗示されていたが、この移動中の場面でも、可憐は空席の目立つ車内で決して座ろうとしない。つまり、ワンピースに余計なしわや汚れがつかないよう、最大限の配慮をしているのだ(これに対して第8話では別服で車中着席している)。そうして「ベティーズ前」で下車し、広場に到着したのが10時半。待ち合わせ時間までまだ充分すぎる余裕があるのだが(つまり他の妹達も相当早く到着している)、その余裕は、兄との逢瀬に浮き立つ可憐の心中には全くなく、トラムバスから下車しそこないかけたり、ショップの店員と目が合って驚いたりと落ち着かない。
 そして、そんな彼女の心の隙をつくかのように、見知らぬ幼児が不注意にも可憐に衝突し、手に持っていたチョコアイスをワンピースの右袖にくっつけてしまう。今朝の可憐がいかに着替え前の時間を過ごしたか、いかに細心の注意を払いながらワンピースに着替えたかを、視聴者が冒頭の場面から読み取ればこそ、今この大切な服を汚してしまったことが可憐にとってどれだけ悔しく悲しく辛かったのかが、ようやく理解できる。幼児には新しいアイスを買ってあげたものの、自分の方は代わりの服などない。

可憐(あんなにお兄ちゃん喜んでいたのに…。可憐、お兄ちゃんの想いのこもったお洋服を汚しちゃうなんて。
   お兄ちゃん、すごくがっかりするよね…。)

 ワンピースは、可憐と兄とを結ぶ固有の絆の象徴であり、12人の中の1人として今日の全員での集まりに加わりながらも、この服を着ることで可憐は自分だけの兄との繋がりを実感することができるはずだった。しかしその服を汚してしまうとは、兄との絆を自ら断ち切ってしまうことに等しい。あるいはまた、自分が兄との絆を他の妹達以上に確かめたいと欲張ったがためにこのような結果を招いたとすれば、罰が当たったことになる。可憐は今から家に戻って着替える時間もなく、ただ困り果てるしかない。
 そんな窮地に追い込まれた可憐を救ったのは、やはり兄だった。可憐の前にふいと現れた兄は、妹の様子に気づいて優しく問いかける。急に現れた兄に驚いた可憐も、その包み込むような態度に心を和らげ、おずおずと打ち明ける。

可憐「ごめんなさい、お兄ちゃんからの大切なプレゼントを…。」
兄 「…僕に任せて。いいアイディアがあるんだ。」

 チェックのリボンを店で買い求めると、これを可憐の両袖と胸元、腰まわりに上手に巻きつける。本作品の兄はいかにも万能だが、このような技術も妹達との交流の中で身につけたものなのか、いやそれよりもどんなふうに可憐の体をいじくりまわしたのか。そんな論者の疑問をよそに、兄は見事に可憐の悲しみを癒すことができた。目を開けた可憐は、兄の手で飾られたリボンの素晴らしさに感動する。

可憐「すっごい素敵!最初からこういうお洋服だったみたい。
   ウフッ、可憐が困るといつも助けてくれて、お兄ちゃんって映画のヒーローみたいね。
   ありがとう、お兄ちゃん!」

 思わず兄に抱きつく可憐。ついはしゃぎすぎて失敗した可憐を、兄が花嫁衣裳のように美しく飾りなおしてくれたというこの展開は、今朝の夢を逆回しにしたものであり、可憐はまさに、見たかった「夢の続き」をここに手に入れた。そして可憐は、危機に陥りかけていた兄との固有の絆を、兄の手で回復することができた。さらにこれが過度の独占にまで至らないのは、ちょうどこの場面で他の妹達が登場するおかげである。

可憐(今日は、待ちに待った「お兄ちゃんの日」。みんな可憐と同じで、お兄ちゃんに早く会いたかったのね。)

 そう、みんな可憐と同じ、兄を慕う妹なのである。こうして兄妹は、固有の絆と全員の調和をたえず編みなおしていく。本作品が描く兄妹の基本的関係は、この第1話で端的に示された後、既に一連の考察で検討してきたように、シリーズ中でさらに妹間での相互支援にも言及されていく。

(かっこよくって優しくて、世界にたった一人のお兄ちゃん。
 これは、そんなお兄ちゃんのことが大好きな12人の妹達の物語です。)

 この言葉にあるように、本作品の主人公は妹達である。しかしながら、そんな妹達が慕う理想的な兄自身は、何を思いどのように生きているのだろうか。この第1話でもリボン装飾の出来栄えを可憐に尋ねるさいに、「どうかな…?」とやや不安げな声を示していることから、一見万能な兄にも彼なりの苦労がしのばれる。彼は可憐の趣味について相当の知識を有しているにしても、万が一リボン装飾が可憐のお気に召さないものだったならば、想像したくない結果を招いてしまう。そこで例えば、妹の期待に兄が応えられず、お互いの想いがすれ違ってしまう場合には、兄妹はどのようにして絆を確証できるのか。これはじつは兄にとって巨大な、しかもほとんど固有の問題であり、これをめぐる一つの事件が、次に検討する第5話で描かれるのである。


2.「流れる星につきぬ願いを」 〜千影の場合〜

 本作品に描かれた千影の姿については、曽我十郎氏『R.S.T』にて、第5話および第13話をめぐって美しく論じられている。そこでは、千影が紡いできた物語のありようと、それがかたちを結ぶ「機」というものが、その「フィクションと共に歩む彼女の生き様」ならびに「ままならない気持ち」への共感を伴いながら明らかにされている(さんかく座の神話の創作経緯についても見事な考察がなされている)。
 この論をほぼそのまま受容しつつ、論者がなおここで検討しようとするのは、兄と千影のすれ違いから看取される兄の側の問題についてである。

 逢魔が刻の怪しげな空気の中で、千影は兄に明日のお誘いを受ける。それはしかし、兄自らの意志によるものではなく、雛子の「明日は千影ちゃんも一緒がいいな」という求めに応じてなされたものだった。
 ここで千影の性格について概括しておこう。『ポケットストーリーズ』第2巻第4話や本作品第1話では、千影の年少者への面倒見のよさが示されているが、それは年長者らしい態度であるとともに、千影が他の妹達といる場合にやや遠慮がちであることをも物語っている。兄と二人きりという状況での踏み込みの激しさは、むしろ普段のこの謙虚さの反動にさえ思える。その消極性は、一面において少女らしい照れ屋さんぶりでもあるわけだが、やはり千影特有の背景として、前世への意識、つまりはるかな昔より結ばれ続けてきた兄との禁断の愛への意識が影響している。それは千影が事実として確信するものだが、その一方で兄には決してそのままに伝えられることはない。再び禁忌を犯すことによって悲劇を繰り返すことへの恐れと、兄が自分からそのことを思い出して彼女に腕を伸ばしてくれることへの期待とが、千影を最後の一線の手前で常にためらわせる。ゲーム版ではその一線を兄とともに越えることになるが、それはつまり他の妹達との絆を振り捨てることを意味していた。
 この兄独占(つまり兄からの意思表示)が未だなされえないとき、千影は現世を前世との関係の中で相対化しつつ積極的行動の意義を軽減し、決定的な一歩を先送りし続けていく。そしてそこに与えられる猶予を支えとして、12人の中の1人であることにこの現世固有の価値を見出し、これを受動的にではあるが維持しようとさえする。兄との絆の理解において千影はきわめて特異的な妹だが、こうして見れば、兄独占欲求と自己限定の年長者的な相克という要素が、やはり他の妹と同様に確認できることになるだろう。

千影「フッ…考えておくよ、兄くん…。」

 そっけなく立ち去ろうとする千影に、兄が慌てる。だが、この場面での千影が別に兄の誘いを邪険に扱っているわけではないことは、翌日彼女が待ち合わせ場所の公園に来ていることからも分かる。ただし千影には、あからさまに喜びはしない照れがあり、そしてまた、雛子の求めではなく兄自身の求めとして誘われたかったという屈託がある。咲耶ならば第10話のように兄にストレートに不満をぶつけるだろうが、千影はむしろその不満をおし隠してきた。それは彼女が自分に秘められた力のほどを知っているからこその自制(キャラクターコレクション第9巻p.80)でもあり、それゆえにこそ、その不満はいっそう彼女の力を無意識において先鋭化していく。
 あるいは、ここで出現した存在も、そのような抱え込みが契機となってかたちを成しえたのだろうか。普段はあまりに落ち着いている兄も、千影にはやや勝手が違うらしく初めて動揺を見せるが、それでも妹を呼び止めようとする彼の袖を、どこからか現れた見知らぬ幼女が引き留める。幼女は兄の問いには答えずに、手に持つ手紙を兄に託す。ここで、千影のあの薔薇十字架(アニプリ第18話で登場したのと同じ、なお演出は両話とも水無月弥生氏)が振り子のように揺れるさまが挿入されるが、それは千影の心の揺れと、幼い頃からの時の流れとを暗示する。

 翌日、公園に千影の姿を見つけた兄は「来てくれたんだ。」と安心するが、そのポケットからは、「妹さんと一緒に行ってくれ」とあの幼女に渡されたプラネタリウムのペアチケットが覗いていた。幼女が何者なのか不明なのだが、雛子も千影もそれには構わず、兄も一応気にはしつつもチケットを素直に持ってきてしまう。

千影「フッ…散歩ついでにちょうどいいじゃないか…。そのプラネタリウムだったら、町はずれの森の中にある…。」

 つまり、千影はプラネタリウムの場所を知っている。だが、そのプラネタリウムが今では廃館になってしまっているという事実は、彼女の意識にあったのだろうか。散歩「ついで」という台詞から、おそらくこの場面では、彼女はその事実をまだ知らない。ただし、幼い頃に兄とプラネタリウムに行った思い出と、そのときに再来を約束したことは、その脳裏に呼び起こされてはいるはずだ。「3人でお星様を見に行ける」とはしゃぐ雛子に、兄はペアチケットゆえにそれができない、別にチケットを購入しても一緒の席になれない、と困惑する。ならばなぜこのチケットを持ってきたのかと言いたいところだが、ここで千影はすんなりと身を引き、兄と雛子の2人で行くように勧める。

千影「私は帰るよ…。つくりものの星に、興味はないからね…。フッ…。」

 千影なりの、気の利かせ方。兄は再び呼び止められずにその後ろ姿を見送るが、その光景を陰から覗いていたのは、昨日の幼女だった。千影の期待と兄の行動がすれ違った瞬間に、幼女は現れて両者の絆を結び直そうとする。千影が去った後に兄と雛子の前に現れて「チケットを返してくれ」と言い、さらにおそらく雛子が帰った後で兄の前に再度現れて「違う妹と行ってほしい」とお願いしたのだ。
 その日の夜8時。千影の自室は石床に天井窓、壁の窓はステンドグラス風と、いくぶん彼女らしい。その手に広げた星の神話の本は、中世ラテン語の字体のようだが詳細は不明であり、ただ「さんかく座」(Triangulum)の絵だけが明確にそれと分かる。この星座に語るべき神話がないことは、Shinobu Takesako氏『古天文の部屋』によれば古代の文献にも示されている。それゆえ、この場面で千影が唱えるさんかく座の神話は、彼女がいつからか織りなした創作物に違いない。これに人魚姫のモチーフが見いだせるのは、千影が、さんかく座のそばにあるうお座の生まれであることに関係があるだろうか(うお座自体は人魚伝説とは無縁)。

「女神は尋ねた、『なぜそこまでするのか』と。
 『願いを叶えたければ、決して名乗ってはならない。
 その誓いが守れなければ、おのれの体を海魔に差し出すこととなる。
 美しい体は闇の餌食となり、二度と光のもとへ帰ることはできないだろう。
 それでも行くのはなぜだ。
 名乗りもせずに、お前の愛する者への想いを伝えることができるというのか。』
 王女は答えた。王女は…。」

 天窓が映す星々の姿は、兄が訪れたチャイムの音に消え去る。玄関から見える廊下が意外に和風なのは驚きだが、ともかく戸口で千影と兄が語らう。謎の幼女の振る舞いに兄もいよいよ「あの子、いったい何を考えているんだか…。」と不審に思うが、しかし同時に、「でも不思議なんだ。このチケット、ずっと前にも見たことあるような…。」と首を傾げる。兄は幼い頃の思い出を呼び起こすことができず、千影はそんな兄のいつもながらの曖昧さを、「フッ…。」と笑って済ますしかない。だがここで兄は、いま一歩の踏み込みを千影に示してくれる。

兄 「そうだ千影ちゃん、よかったら一緒に行かない?」
千影「兄くん…。」
兄 「そうか、千影ちゃんはつくりものの星には興味ないんだったね、ごめん。」
千影「…フッ…まあね…。」

 背を向けてうるむ瞳。もう一言誘ってくれれば、しかし結局ここでも千影と兄は、兄の気遣いによってすれ違う。彼女の部屋の天窓いっぱいに降り注ぐ星は、小箱の中から輝き出た光の影だったのだが、この室内プラネタリウムとも言うべき小箱は、千影の紡ぐ神話を予示するとともに、彼女が興味ないと言った「つくりものの星」をこうして自室に巡らせるという矛盾において、千影の言動と想いのずれを指し示している。しかもその乖離は、兄と千影のすれ違いを今また生み出してしまっており、それを改めるために千影の方から幼い頃の約束を口にすることもできずに留まる。この自縄自縛こそ彼女が前世からの運命に見出すところのものであり、そして彼女自身のためらいが日々強化しているものでもある。
 このような妹に、兄はこのまま手を差し伸べることなく終わるのか。確かに彼は千影の想いを汲むことに失敗してはいるが、それでもこのペアチケットの扱いを通じて、兄なりの誠意をみせようとする。翌日、まだ星の出ない空をやや見上げながら公園を歩く千影は、可憐と雛子に遭遇する。「兄くんから聞いたよ、残念だったね…。」と年長者らしい気遣いをみせる千影に、雛子は「でもおにいたま、代わりに今度遊園地につれていってくれるって!」と全く別の代用物で満足してみせる。プラネタリウムに行くことの価値は、両者の間で決定的に違う。ただ微笑む千影に、可憐はふと問いかける。

可憐「そうだ。千影ちゃん、お兄ちゃんが探している小さな女の子のこと知りませんか?
   お兄ちゃん、プラネタリウムのチケットをその子に返したいんですって。」
千影「…そうか…。」

 空を見上げて呟く千影。兄はかつての約束を思い出したわけではない。しかし、ペアチケットを千影以外の妹と使うことは、せめて慎もうとしてる。意識的な行為かどうかは分からないが、千影にしてみれば、それは兄なりの曖昧ながらの誠実さにほかならない。その兄はと言えば公園に幼女を探すも見つからず、「どこに行けば会えるのかな…?」と徘徊するその樹上で、あの幼女が腰掛けて兄を見下ろしている。その瞳のゆらめきは昨晩の千影と同じだが、しかし兄から目を離さないその視線は兄に受け止めてはもらえない。幼女、兄、千影の視線は、それぞれがずれたままにある。薔薇十字架は輝き、この視線をついに交錯させようとする。
 ベティーズ近くのベンチで、千影は、幼女を捜す兄の手伝いをしていた咲耶の話を聞く。「私もお兄様と行きたかったのになー。でもひどい子よね、お兄さまを振り回すなんて。」と言う咲耶を横目でちらりと見ながら何も答えないのは、千影なりの無言のツッコミであるのだろうが、それとは別の重要な問いを投げ返すことで、事態は転機を迎える。「その女の子って、どんな子なんだい…?」と問う千影に、咲耶は、兄が千影に伝え忘れていたことを思い出して告げるのだ。

咲耶「その子、千影ちゃんに似ているんだって。」
千影「え…?」
咲耶「でも名前は教えてくれなかったみたいだから、もう探すのが大変。」

 落ちる十字架のイメージ、身を抱えるようにして空を見上げる千影。ここでまず、千影と幼女の視線が重なる。次に、木陰から不安げに兄を見つめる幼女がそのまま兄の後を追い、兄の視線を再び捉え直して、やがて兄をプラネタリウムに導くことになる。そして千影と兄の視線が結び合うには、衝撃を受けた千影が自室に戻り、本の間に挟んであった写真を見つめて過去の約束を確かめ直す必要があった。幼い頃に兄と行ったプラネタリウム、また一緒に来ようと約束したその日の写真。
 その夜、千影は髪を下ろしてマントをはおり、既に廃屋となっているプラネタリウムへおもむく。閉館の看板には、リントグレンのシンボル(紫とピンクの横縞靴下、革靴、文字)が描かれており、この企業の所有地でることが分かる。千影はその門の前で、さんかく座の神話を再び語り出す。

「…王女は答えた。
『ここに星空を詰め込む小箱があります。これを手渡せばきっと伝わるでしょう。』」

 そう語りながら両手で胸をおさえるとき、千影の小箱は確かにその胸の奥にあった。

千影「『なぜならそれは、』」
兄 「あの星の神話、かな?」

 ここで、幼女に連れてこられた兄が、幼女の合図に応じて、千影に近づき声をかける。

兄 「詳しいんだね。」
千影「さんかく座にまつわる神話…人に聞かせるのは初めてだよ…。」
兄 「それは光栄だな。」
千影「フッ…でも兄くん、どうしてここが分かったんだい…?」
兄 「やっと女の子をみつけたんだけど、そうしたらその子、
   千影ちゃんがここで待ってるって、連れてきてくれたんだ。」
   …あれ?おかしいな、さっきまで一緒だったのに…?」
千影「フッ…。」
兄 「千影ちゃんに似た女の子でね、どうしても一度会わせたかったんだけど…。」
千影「きっと私は会えないさ…。」
兄 「え?」
千影「帰ったんだからね…今夜のように、星のきれいなところへ…。願いを叶えたから…。」

 手の中に薔薇十字架を包み、空を見上げる千影の微笑みは、見たことのない、だが何者かは間違いなく知っている幼女への、あるいは兄に正直に振る舞えた自分の幼年期への想いに満ちている。怪訝な顔の兄はくしゃみをして千影にマントをはおらせてもらい、事の真実を知らないままに無粋な言葉で苦笑する。

兄 「確かにきれいな星空だけど、こんなに寒いんだったら、
   あのとき無理にでも千影ちゃんを誘って、プラネタリウムに行けば良かった。
   まあ、行っても入れなかっただろうけど。」
千影「フッ…。誘われて…。」
兄 「千影ちゃん?」
千影「私が行くと思うかい…兄くん…?」

 兄を覆うマントに自分も入り、兄に向き合いその体を抱く。未だ台詞では正直になれないものの、その所作が千影の想いを真正面から兄に伝えている。
 ところで、あの幼女は一体何者だったのか。約束を結んだ頃の千影本人、あるいは今の千影の胸に秘めた想いがそのようなかたちをとって、千影と兄の約束を果たさせようとした、と解釈するのが最も妥当だろう。ただし、幼女が兄の手を引きながら「お兄ちゃん、こっち!」とはしゃぐのを聞くとき、幼年期の千影が「あにくん」という人称を用いている(キャラクターコレクション第9巻p.71以下)ことと併せると、この幼女が幼い千影でない可能性も若干存在する。この場合、本作品とアニプリの兄妹を同一視する立場からは、この幼女が、黄色い麦藁帽子の少女であるという仮説を提起することもできるだろう。しかしここでは、この幼女は自分が千影であることを兄に確証させない(あるいはいまの千影本人ではないことを明示する)ために、あえて「お兄ちゃん」という人称を用いたのだと解釈しておく。
 さて、プラネタリウムの門の鍵を開け、兄と千影はだいぶ傷んだ観客席に、マントを膝掛けにして腰掛ける。屋根の破れ目から星空が覗き、兄はそれを見上げながら感慨深げに呟く。

兄 「不思議な気持ちだな…。ずっと、この場所に来たかったような…。
   それに、ここから見る星座を前から知っていたような…。
   もっとも、夜のプラネタリウムがこんなに冷えるとは知らなかった。」

 言いながら、自分のコートを千影の肩にもはおらせる。

兄 「二人で入ると、ちょっと小さいかもしれないけどね。寒くない、千影ちゃん?」
千影「ああ、平気だよ…。兄くんと一緒だからね…。」

 兄の温もりを直に感じながら、目を閉じる千影の言葉はついに素直な気持ちそのままのものとなり、胸元で握る左手の一方で、彼女の右手はコートの下で兄の手と結ばれていたのかもしれない。そう、あのとき兄の手を、そっと上から握ったように。
 千影の部屋では、机の上の小箱は星を影に映し出す必要もなく沈黙し、机の上の本はうお座のページを開いたまま、そこにはさまれた写真を覗かせている。それは、幼い頃の兄と千影が手をつなぎ、まだ健在だったプラネタリウムの前で撮った記念写真。その写真の中で、片方の手にペアチケットを握っている千影の姿は、まさにあの幼女そのものだった。

「夜空に輝く美しい星座達。それぞれの星には、ギリシャ神話から伝わるお話が残っています。
天かける勇者だったオリオン座。蟹座。そしてこれは天秤座。
みなさんも知っているこれらの星座たちの間に、お話が伝わっていない星座がひとつあるのを知っていますか。
それは、さんかく座。」

 かつて健在だった頃のこのプラネタリウムで(その頃から内装は傷んでいたようだが)、ナレーションを聞きながら、兄の手にそっと手を重ねて微笑みかける幼い日の千影。その温もりがあるから、並んで星を見上げれば、きっと同じ未来が、自分と兄の幸せな未来が見える。いまの千影も、兄とのすれ違いの中で見上げた空とは異なり、希望ある未来を確かに感じられていた。屋根の裂け目からあふれ出す燐光が、その希望を淡く夜空にしるす。
 だが、その未来は、果たして確たるものではない。続く第6話の予告で、千影は「兄くん…あの約束、覚えていてくれて嬉しかったよ…。私にコートを半分貸して、寒くはなかったかい…?」と独白している。しかし、後半で語られている兄の優しさは間違いないものだとしても、前半で述べられた「約束」については、結局のところ、兄は明確には思い出していないのだ。それはあくまでも「ずっと、この場所に来たかったような…。」という漠然たる「不思議な気持ち」であり、結果的に千影との幼い日の約束を果たしたにせよ、兄の自覚的な約束履行と言うには無理がある。だからこそあの幼女が出現したのだが、そのような超常的な存在の助けを得られるのは、妹の中でもこの千影くらいのものだ(第11話で兄が咲耶を探すさいにもこのような存在が登場していたと想像することもできるが、ここではその説をとらない)。媒介者なしの状況、兄妹のすれ違いを当事者達が修復することができないとき、いったい兄妹はどうなってしまうのか。
 シスタープリンセス界では、この問題は、兄妹関係の破局的な「おわり」を指し示すために、あえて言及を避けられ続けている。だが、本作品のこの第5話では、その可能性が暗示されている。もちろんそれは可能性にすぎず、また幼女という存在によってそれを回避する可能性も描かれているわけだが、しかし少なくともここでは、妹の問題を解決するにあたっての兄の能力的限界が、見て取れるのだ。これまで非常に完璧に見えた兄が、この第5話で唐突に頼りなくなるのは、千影という特異な妹に対する困惑だけでなく、このような兄自身の限界が描かれているためである。そして、この兄の限界に由来する兄妹関係の危機は、さらに「さんかく座の神話」の「続き」を伏線としつつ、最終第13話にて明確に主題化されることとなる。


3.「ピュアクリスマス」 〜兄の場合〜

  クリスマス直前。可憐と白雪は兄にどんなスイーツが食べたいかを訊ねに兄の家を訪れるが、玄関の飾りはあれど兄は「今日もお留守」。ここしばらく姿を見せない兄のことを、可憐は「お兄ちゃん、どこにいるの…?」と思い悩む。

可憐(可憐、会いたいよ…。)

 これがどれほど痛切な願いであるかは、オープニングに登場していた雪だるまの水晶球に「お兄ちゃん、去年のクリスマス、すごく楽しかったよ…。」などと店内で語りかけてしまう姿からも分かる。周囲の視線はもとより可憐の眼中になく、脳裏に去来するのは昨年のクリスマスの夕べである。屋内のクリスマスツリーに飾られた「去年のよりずっと大きい」「おにいたまがとってきたお星さま」。(この回想場面での妹達の服装がアニプリ第20話とほぼ同じであることについては補論1参照。)可憐達の「お兄ちゃん、素敵なクリスマスをありがとう!」という言葉に、兄は「今年は、一番大きな流れ星がとれてね。」と言って皆を笑わせる。町の広場に立つクリスマスツリーのガイディングスターを見上げて、可憐の不安げに祈る表情は、昨年の楽しい夕べのそれとは正反対のものである。
 この兄への想いそのものは、もちろん可憐だけのものではない。時計塔の前で11時のカラクリが登場するのを待っていた花穂、雛子、亞里亞、千影に可憐が出会ったとき、ちょうどそこに現れた「Der Spiegel(鏡)」と題するカラクリの中で向かい合う男女のうち、亞里亞は男の方を指さして「兄や。」と呟く。妹達の誰にとっても兄はかけがえのない存在であり、それゆえにこそ、兄が最近姿を見せないことが心に刺さる。
 その痛みを解消する手がかりは、密かに兄達と計画を進めていた四葉の軽挙によって得られた。「秘密指令、これにて完了デス!」などと安心しきっていた彼女は、その姿を見つけた可憐達に不意をうたれ、その腕に抱えるツリーのオーナメントのことを「ずいぶんたくさんだね…。」と訊ねられて、「な、なんせ、本物の樅の木に飾るんデスから…。あ。」「兄チャマから内緒にって言われてるんデス…。」となし崩しに暴露してしまう。(なお、この場面での道路を横切る細い水路は、バリアフリーを無視した都市計画を暗示するが、それ以前に花穂はこの程度の水路でさえ思い切りよいしょと飛び越えねばならないらしい。「象は溝をまたげない」という話を思い出す。)
 そのまま四葉は可憐達を連れて案内せざるを得なくなり、海岸沿いの赤レンガ倉庫へと向かう。かつて工場が併設運用されていたらしいこの場所は、今では運用停止の結果すっかり寂れてしまい、貨車の引き込み線(公園に置いてある機関車はここで使用されていたものか)だけが往事の活気を留めている。第9話のシティトラム内放送では「ベティーズ発、湾岸公園駅経由、旧レンガ倉庫駅行き」と明らかに新市街地中心部から遠く、また「町外れにこんな場所があったなんて…。」という千影の言葉にあるように既に市民の立ち入らない場所となっているここには、倉庫に囲まれた空き地に立つ大きな樅の木が彼女達を待っていた。
 ところで、ここで描かれている空き地の姿は、第9話で登場した兄の作業場と大きく異なって見える。例えば、鈴凛が渡ろうとして墜落したあの鉄製の横柱などは、影も形もない。もしこの場所が第9話の場所と違うのであればあのときに登場した謎の物体の影は、樅の木ではないことになる(この場合、あの影の正体がマッキー像である可能性は捨てきれない。)しかし、もし同一の場所だとすれば、パーティを開くには危険なので、鉄柱を切断廃棄するなど整理したのかもしれない(この場合、鈴凛が大活躍したことになる)。それ以前に街の俯瞰図からは、樅の木の立つ空き地がレンガ倉庫近辺に見つからないのだが、これについてはひとまず措いておく。

 さて、木の根本で飾り付けの作業中だった兄に、可憐はいきなり飛びついて「よかった、今年のクリスマスも一緒ね。」と安心する。そして四葉と同様に鈴凛も咲耶達に見つかり案内してきたため、図らずも妹達全員がこの秘密のクリスマスパーティ会場に終結してしまった。第9話で兄を尾行していた四葉と鈴凛は、兄から「クリスマスの準備ができるまで、みんなには内緒だよ。」と口止めされて準備に協力していたため、他の妹達に隠れて作業していたのだ。事実が明かされたいま、3人は皆に「ごめんなさい。」と詫びる。

兄 「ばれちゃったね。」
可憐「もういいの。こんな素敵な秘密なんだもの。」
咲耶「お兄様、これからは私達もクリスマスパーティのお手伝いしていいわよね?」
兄 「そうしてくれると助かるよ。」
可憐「みんなで素敵なパーティにしましょうね。」
一同「さんせーい!」

 ようやく普段の姿に戻った兄妹の姿だが、しかしそもそも可憐達が兄の不在に心を痛めていたのは、兄が妹達のためにと思って内緒でクリスマスの準備を進めていたためだった。それは妹を驚かせ喜ばせようという兄なりの配慮ではあったが、それがかえって妹を思い悩ませていた。つまり、これまでの各話で妹の問題を兄が(他の妹達の支援もあって)解決してきたのに対して、兄の側の問題が今回初めて描かれたのであり、これがいかにして兄妹の絆の中で解決させられるのかが、兄妹関係の最後のピースとして残されているのである。
 この兄の問題は、まずは秘密の準備を通じて、妹達への愛情表現の過剰による空回りとして示されたが、続いて登場する「サンタさんのポスト」でも、このことが繰り返される。兄が妹達のクリスマスプレゼントの希望を伝えてもらうために作成したこのポストは、予定では兄の家あたりに移動させるはずだったのかもしれないが、既に秘密が露見したいま、兄は樅の木のそばにポストを設置したままで、妹達に望むプレゼントを記した手紙をここに入れるように言う。兄が「サンタさんとお友達」であることを喜ぶ雛子や四葉、だが多くの妹達はもちろんこの演出を嬉しく思う一方で、何をプレゼントしてもらいたいかと新たな悩みを抱えることとなった。
 年少者の花穂、亞里亞、雛子は比較的素直にはしゃいでいるが、雛子は「そうだ!サンタさんに、ヒナとおにいたまの分をお願いしようかなー。」と思いつく。サンタさんを信じている雛子は贈り主が兄だとは全く考えておらず、それゆえに兄と一緒にプレゼントを貰って喜ぶ光景を夢見る。これに対して亞里亞は「甘いの好きー。」といつも通りに見えるが、この「甘いの」は当然兄と一緒に食べるべきものであり、やはり兄からのプレゼントではない。
 可憐と白雪はお菓子作りの準備を整えながら、プレゼントに何を頼むか迷って溜息をつく。咲耶は年長者達に訊ねたものの逆に訊き返されて「考え中」と口ごもり、鈴凛達も未定のまま。それぞれが思い悩む中、それぞれがそれぞれの場所で一つの答えに導かれていく。

白雪「もしかして、もう、にいさまからプレゼントをもらっているから見つからないのかも…ですの。」

千影「みんな答えは同じかも、ね…。」

鈴凛「アニキと一緒ってのがいいよね。」

 そして時計塔の2時のカラクリ「Adam und Eva(アダムとイヴ)」を、亞里亞が指さして言う。

亞里亞「亞里亞、兄やがいいー。」

 はっとする可憐は、ついに「白雪ちゃん、そうみたい。可憐はもう、お兄ちゃんからプレゼントをいただいていたの。」と納得し、樅の枝の上で鈴凛は望むプレゼントに思い至り、咲耶達はやや迂遠ながら、「町に伝わるクリスマスの伝説」をもとにした木の周りでの祝祭の模型を眺めて想いを通わせる。

鞠絵「人々は、その年の健康と収穫に感謝して、クリスマスの日、町の中心にあった樅の木を囲んで、
   ささやかなお祭りをしていたようですね。」
春歌「いまのクリスマスに比べて華やかさはありませんが、なんだかみなさん、幸せそうに見えます。」
千影「心が豊かというわけか…。」
鞠絵「あっ…。みなさん、わたくし気がついたんですよ。あの樅の木の秘密。そして広場のカラクリ時計の秘密。」

 それは、「未来に託された願い」。視聴者には唐突に思えるこの解釈は、また一方では街の構成物として至極平凡な「秘密」にも感じられる。だが補論1で詳述するように、時計塔のカラクリにも樅の木は登場し、第8話で鞠絵が人形劇に仕立てた物語と微妙に重なりながら、この街の伝説を描いている。鞠絵は療養所生活の中で街の物語や歴史書を読み、彼女なりの理解に達したのだろう。そしてそこには、健康だった過去を振り返るにとどまらず、兄や他の妹達と共にある「未来」に願いを託して進んでいこうとする彼女の意志が込められてもいる。その歩む道のりは、第8話で示されたように決して未来のための辛い忍耐ではなく、それ自体が日々の喜びをもたらしてくれるものとなった。だが、そのような日常の現れようの変化は、これまで「いま」の辛さと戦ってきた鞠絵にとって、すぐには馴染みがたいものだったのかもしれない。それゆえ彼女は、その驚きと若干の不安を、いま共にある妹達に告白する。

鞠絵「わたくし思ったんです。この幸せな毎日は、ひょっとしたら、時計の見ている夢なのかもしれないな、って。」

 この言葉も、かつて語られたとすれば鞠絵の気弱さを示すものでしかなかっただろう。いやそれ以前に、他人に心配をかけさせてしまうこのような言葉を、鞠絵はあえて告げようなどとさえ思わなかったに違いない。しかし妹達の絆を確信する彼女は、今は素直にその思いを告げられる。そして千影がその信頼に、兄妹関係の確かさで応える。

千影「胡蝶の夢か…。…そんなことはないさ…。
   私達の瞳には兄くんが映っているし、兄くんの瞳には、私達がいる…。
   それだけは確かなことだよ…。フッ…。」

 第9話で兄が鈴凛に安らぎを与えたのも、この「互いの目に映る主観的・内在的な理解」だった。兄と妹は共にあり、兄がそばにいることで妹はあるがままにいられる。ここで彼女達年長者も、可憐達と同じ結論に至った。ポストの前に集った妹達は、奇しくも同じ願いをサンタへの手紙に記していた。

可憐「みんな、欲しかったプレゼントが同じだなんて、とっても素敵。
   ねえみんな、お兄ちゃんに私達の気持ちをプレゼントしません?」

 ここまでの12話で描かれたように、日頃は兄から与えられ支えられている妹達。そうであればこそ、ここで妹達は兄への想いを伝えようとするわけだが、これはアニプリ第20話と似て非なる展開である。少なくとも本作品の兄は、自分が妹達に支えられているという航のような心情を示しておらず、また妹達に希望のプレゼントを尋ねるという直截さ(手段は間接的でも)を持ち合わせていた。そして妹達は、まず個人としての想いがあり、その一致として兄へのプレゼントがかたちとなるのであり、ウェルカムハウス的な無条件の共同としてではない。しばしば両作品のクリスマス話が比較されるとき、アニプリの方に高い評価が与えられることが多い。しかし前作の聖夜の美しさは、危機を乗り越えて到達した兄妹関係の完成を示していることと、共同生活によって妹達の一致が自明のものとされることにより、可能となったものである。これに対して本作品では、個々が各自の生活を営む中で、兄への想いがクリスマスプレゼントにおいて収斂・一致しゆく姿をこの1話で描いているのであり、共同の過程という点では本作品の方が集約的に明確化されている。
 こうして妹達が結束する一方で、だが兄はパーティ当日になって「そうか、忘れてた…!」と慌てふためく。樅の木の周りで妹達が最後の準備に余念がない中、兄は「ちょっと出かけ」に行こうとし、用事を訊かれて「いや、ちょ、ちょっと。必ずパーティの時間には戻ってくるから。」と逃げるように去っていく。しかし準備が終わっても兄は戻らず、「おにいたま、迷子になってるのかな?」と倉庫の路地を見つめる雛子の後ろ姿はせつない。可憐達は「お兄ちゃん、一度だって約束を破ったことないもの。」と兄を信じて夕暮れの中を待ち続けるが、その兄はといえば、樅の木の頂に飾るガイディングスターを探し求めて、町中を彷徨いていた。
 この兄が、病人の鞠絵も含む妹達を夜7時過ぎまで待たせながら、走りもせずにいる姿を見て、視聴者は非難を浴びせたかもしれない。だが兄の置かれた状況を考えると、この態度を肯定することができずとも、一応の理解は可能である。一つには、既に今まで走り通しだったために、もはや体力が残っていないのかもしれない(歩き姿はそう見えないが)。また、探し求める大きなガイディングスターがどの店にも見つからず、困り果てているということもある。しかし、それにくわえて兄の心に重くのしかかっているのは、ポストに入れられているはずの妹達の手紙を確認しておらず、プレゼントも用意できていないということに、今頃になって気づいたからだ。普段は完璧ぶりを発揮しているだけに、ひとたび予想外の展開に直面すると意外に脆いということだろうか。いずれにせよ、兄は自分の不備に動揺しており、それを取り繕うとした結果こんな時間に至ってしまい、失敗が失敗を招いてしまっている。失敗に不慣れな彼は、この悪循環にどう対処すべきか分からなかった。
 それにしても、ガイディングスターとはそこまで大事なものだろうか。少なくとも、妹達を寒い中待たせることの方が重大ではないのか(パーティ会場近辺の安全は亞里亞のじいや達により保障されているにせよ)。だがこれには、クリスマスツリーの装飾というだけにとどまらない、兄妹にとっての象徴的な意味が込められているのだ。それはまず、一緒に暮らすことのできない兄妹が、この輝く星に導かれて、つねに同じ幸福を求め分かち合うことができるように、という願いがある。次に毎年この星が大きいものになるのは、個々の心身と相互の絆とが、この星のようにたゆみなく成長していけるようにというもう一つの願いである。これらは実際に、兄や年長の妹達が星に見出したところのものだろう。
 しかし、ここでこの星を探して、かえって兄が困窮してしまうという事態に、ガイディングスターが示す否定的な意味が現されている。それは、兄妹の絆に関わる願いをかたちにしようとする努力が、兄を妹達から遠ざけてしまうという、これまでの12話で妹達も示してきたような逆説である。兄もまた、妹達と同じ過失を避けられていないという点では、これも確かに兄妹の気づきにくい近さと言えるかしれない。ただし、兄には妹達にない独特の重圧が科せられている。それは、妹達の欲求を最大限かつ公平に満足させようという、兄としての責任感とその無制限の増大である。兄は妹達の問題をその都度解決させてきたが、それは兄がいつもそのような存在としてふるまい続けている結果であり、しかも妹達の成長などによってその要求水準は変化する。たとえ妹達が変わらずとも、兄は妹達にとっての理想の兄であるために自らを絶えず向上させようという強迫的な意志を抱きやすい。この第13話では、昨年よりも大きなガイディングスターを求める姿勢にそれが内包されているのであり、つまりこの星を探し出してクリスマスツリーに飾り、妹達に喜んでもらうということは、妹達に相応しい兄として自分が成長していることを確認することでもあったのだ。ここには明らかに兄の個人的欲求が、そして兄としてのみ自分を位置づけるという自己限定が存在している。こうして、妹独占欲求こそ描かれないものの、各話の妹達とほぼ重なり合うかたちで、兄の問題が示された。

兄 (偽物の星でさえ手に入れられないなんて…。ぼくは…。)

 偽物の星「でさえ」。本物の星がもしあるとすれば、それは兄妹が一緒に仲良く暮らすことのできる、そのような未来への導きなのだろう。それを妹達に自らの手で与えられない以上、兄は、日頃「お兄ちゃんの日」などを通じて、たとえまがい物であっても、兄妹の幸せな日常をかたちにしようと努力してきた。そして、せめて皆が集うこのクリスマスの日には、兄妹を等しく守り導きその幸せをいや増してくれる未来への希望を、妹達に、そして自分にも、与えてやりたかった。それにも関わらず、今日の兄はこれに失敗しただけでなく、パーティやプレゼントまでも台無しにしてしまい、自ら希望を失ってしまった。兄の呟きは、この絶望的な自己否定と未来への悲観を吐露したものであり、しかも彼の端正な顔立ちと悠然たる身ごなしは内面を感じさせないことで、その苦悩をかえっていっそう孤独なものにしている。そう、兄は妹達に弱音を吐くわけにもいかず、結局どこまでも孤独なのだ。過去の努力は否定され、未来は色あせ、そして「いま」は闇の中に彷徨う。

 だが、ここに転機が訪れる。広場に佇む兄の耳に、時計塔の音が届いたとき、兄は第5話で千影と交わした星の神話を思い出す。

兄(偽物の、星…?)

千影「女王が小箱に詰めた星達は、結局みんな飛び出していってしまうんだ…。
   だけど…。」
兄 「だけど、たった一つだけ星が残った。星は今も待っている。
   一緒に小箱の星座になるはずだった、3つの星をね。」

 さんかく座の神話は、千影がまだ誰にも話していなかったにもかかわらず、プラネタリウムの中で兄がその結末を与えていた。「兄くん、なぜそれを…?」という千影の問いに、兄は「ん…さぁ、なんでかな。」としか返せない。その答えは、いまこの時計塔の前で唐突に得られた。兄は急いで時計塔の中をカラクリの機械室まで駆け上がる。

兄 (ぼくの知っていたのは、星座の話じゃなくて、
   小さい頃この時計塔に潜り込んだときに見たこの場所の星空だったんだ…。
   そして、ずっと昔のクリスマスの後、ここに置かれたまま忘れられていた飾り…。
   まるで神話の星みたいに…。)

 おそらく兄は、幼い頃にただ一人でその星空を見上げたのだろう。曽我十郎氏によれば、まさにクリスマスの夜には、さんかく座が天頂に輝いている(参照)。もし幼い兄が星空を見上げたそのときにも、この星座が小さく輝いていたとすれば(相当に澄んだ空気ということにもなるが)、彼が冬の夜に時計塔に潜り込みたくなった理由とはいったい何か。それはただの遊び心ではなく、幼い兄が悲しみにとらわれて、ここに逃げ込んだということかもしれない。
 ここで、ゲーム1で語られたとされる兄の過去では、彼が可憐、花穂、咲耶の3人とは一緒に暮らしていた時期がある。本作品でもこれが踏襲されているとするなら(あるいは第11話の回想場面を踏まえれば可憐、咲耶、千影の3人かもしれないが)、兄が星空を見上げて編んだその物語は、この3人の妹達と別れて暮らすことになったその悲しみに向き合って、幼い彼が未来への希望を星々に託して耐えようとしたその証である。他の妹達に対して有利でありすぎたために、あるいは他の何らかの理由から、家という箱の中から飛び出さざるをえなかった妹達。その妹達が戻るのを、兄は小箱の中から待っている。もちろん今や戻るべきは3人だけではなく、12人の妹達。これが『てんとうむしの歌』なら「ぼくらは13の星なのさ」と歌うところだが、それはともかくも、かつて一度も一緒に暮らしたことのない妹達をも、兄は本来あるべき一緒の暮らしに包み込もうとする。そして、幼い頃の兄は、彼が知っていたパンドラの箱の神話を、さんかく座の物語に組み替えて、パンドラの箱と同じように、箱の中に「希望」を残していた。そして兄はただその実現を受動的に待つだけでなく、自ら妹達に幸せをもたらそうと、懸命に努力してきたのだ。
 だとすれば、兄はここで時計塔の中に、つまり幼い彼が悲しみに立ち向かう決意をしたこの場所に、再び「希望」を見出したことになる。急ぎ登ったその機械室の中には、あの頃と変わらず降り注ぐ星明かりのもと、あの星飾りが木箱の中に待っていてくれたからだ。だがそれは誰の物とも分からない。もしかしたら、誰かがその人なりの願いを託してここに残していったものかもしれず、そうでなくとも、いま星達が自分の振る舞いを見守っている。それは、空に飛んでいってしまった妹達が、兄の行動を見つめているということであり、その視線の前で、星を黙って持っていくことはできなかった。だから兄は天に祈り告白する。

兄 「高いところにいらっしゃる方、みんなの喜ぶ顔が見たいんです。しばらく、目をつぶっていてください…!」

 妹達のために、この星を持ち去っていく。それは盗みであり、妹達に明かせない行為である。兄であること、妹達のために兄として努めることは、このように罪をもたらす。いや、自分が兄であること、妹達の兄としてこの世に生きることが、そもそも拭いがたい罪、いわば兄の原罪なのかもしれない。別れ別れに暮らす兄妹の現状は、そのような自責の念を、無力感とともに彼に与える。だが、それでも兄は、妹達のために生きようとする。このうえさらに窃盗という罪を重ねても、兄は妹達にガイディングスターという偽物の希望の星をもたらそうとする。希望は罪とともにあるのなら、その罪を兄は自分一人で負う。そうだ、かつて咲耶が迷子になったときも、兄は噴水のタイルを剥がして兄妹の鍵にしてあげたではないか。
 こうして兄は、第1話以来描かれてきたような善良で完璧な、人間的弱さのない(つまり人間味のない)存在としてではなく、弱さをもち清濁あわせ呑む一人の人間として、ようやく姿を現した。しかし、このままでは、兄の問題とその孤独は解消されないままに、ただ妹達の欲求に無制限に応えようとする今まで通りの努力を、やがてそれが完全に破綻するまで、今後も継続せざるをえないことになる。これを押しとどめたのは、妹達だった。これまでの12話で兄によって支えられてきた妹達が、今度は全員で兄を救うさまを、これから見ていこう。
 やっと戻ってきた兄は妹達の笑顔に囲まれ、手に持つガイディングスターに雛子が「おにいたま、流れ星をとりにいっておそくなっちゃったんだー。」と気づけば、兄も「今年も大きな流れ星がとれたんだ。ほら。」と頭の上に星を載せて照れ笑い。衛や四葉あたりによってすぐさま樅の木のてっぺんに据え付けられた星は、今年もまた兄妹が見あげる先に輝いた。だがこれで兄の荷が下りたわけではなく、かえって妹達の笑顔に触れればこそ、自分の罪を改めて痛感することにもなる。さしあたりそれは、ガイディングスターを盗んできたそのことよりも、その探索によって生起したもう一つの失敗に向けられる。

可憐「お兄ちゃん、ありがとう。…お兄ちゃん、どうしたの?」
兄 「あの…じつは、星を探すのに手間取って、みんなへのプレゼントを忘れちゃったんだ…。」

 明日の明け方に配るにも、まだ確認もしていないそれらをこの夜更けに買い集めることは不可能だ。ここで兄は自分の至らなさを妹達に告白し、ありのままの自分を罰してもらおうとしているかのようだが、それは、罪を自分一人で負おうとしてきた彼の責任放棄というよりは、むしろ妹達の否定的反応を兄として誠実に受け止めようとする姿勢の現れである。それでも妹達の残念そうな反応を予期し、その結果として既に進行しつつある自信喪失にいっそう拍車がかかりかねない兄に対して、妹達は意外な言葉で応えた。

可憐「お兄ちゃん、プレゼントならちゃんともらいました。」
兄 「え?」
衛 「あにぃ、ぼくたちの返事みてないの?」
雛子「衛ちゃん、むりだよ。おにいたま、サンタさんじゃないから、ヒナのプレゼントしらないよ?」
衛 「あ。あはは、そうだね。」

 さすがに衛は彼女らしい素直な反応をしたが、それは雛子のやはり彼女らしい理解によって緩和される。また、衛の反応も、プレゼントそのものや兄の態度に対するものであるよりは、自分達の手紙を読んだ兄がどう思ったのかを想像してドキドキして待っていた分の反動である。そして、妹達全員は、罪の意識や自信喪失に苛まされている兄に、いま、その気持ちを手紙とともに、自分の言葉で伝えた。

可憐「みんな、同じ気持ちです。」
鞠絵「どんな高価なプレゼントより、」
咲耶「どんな素敵なパーティより、」
春歌「こうして、兄君さまと一緒にいられることが、一番幸せなことです。」

 兄は、妹達のために努力し、あえて罪まで犯し、それにもかかわらず真の幸福を実現できないことに苦しみ、孤独の中で絶望しかける。だが、その孤独と無力感は、こうして妹達の言葉と笑顔によって癒される。兄と一緒にいられること、それは確かに偽物の幸せかもしれない。だが、たとえ偽物の星であろうとも、兄は妹達を照らしてきた。千影が語ったように、瞳に兄を映すことで妹達は希望を知り、その妹達の反照に、兄もまた希望を見出す。兄としての原罪を背負う愛する者に妹達がここで与えたものは、まさに赦しだった。兄は、「いる」という存在それ自体とともに、「一緒にいようとする」という行為をも、ひとしく「然り」と肯定された。兄がしてきたこと、生きてきたことは、何もかもが無駄ではなかった。
 その多幸感は、兄としては(自分の考えすぎなどに対する)ある種の虚脱感とないまぜに受け止められるものだったろうが、ここで妹達は、兄が彼女達を驚かせようとしていたこのクリスマスパーティで、逆に兄をさらに驚かせようとする。鈴凛、四葉、衛が点灯スイッチ(形態はアニプリでおなじみのプロトメカ9号)を入れると、樅の木はガイディングスターのもと、鮮やかなイルミネーションを纏って兄妹を照らす。準備完了から長い間待たされていた料理も、おそらく白雪や鈴凛の「こんなこともあろうかと」保温・再加熱する設備によって、美味のまま供せられた(鞠絵もできるだけ暖められていたのだろう)。兄が一人で行っていたパーティ準備は、鈴凛・四葉の参入を契機に妹達全員を参加させ、パーティそのものは兄の失敗を奇貨として、兄から妹達のみならず、妹達から兄への想いも込められたものとなった。そしてそのクライマックスは、妹達からのプレゼントによって兄に与えられる。

可憐「お兄ちゃん。いつも、たくさんの心のプレゼントをありがとう。私達も、お兄ちゃんに、心からのプレゼントを贈ります。」

 録音されていた曲が流れ出す。これに合わせて歌う順番は可憐、咲耶、白雪、春歌、千影、花穂・雛子・亞里亞、一同、四葉、鈴凛、衛、花穂、雛子、鞠絵、一同、亞里亞と、アニプリ第20話の歌よりも個人のパートを明確にした構成になっている。その歌声が響く中、粉雪が舞いはじめて、樅の木と兄妹を清らかに彩る。「メリークリスマス、お兄ちゃん!」のかけ声に続いて、妹達は兄への感謝と願いとを告げていく。

可憐「世界一優しくて、」
花穂「世界一かっこよくて、」
鞠絵「世界一素敵で、」
咲耶「世界一大切な、」
雛子「世界にただ一人。」
衛「いつだって、みんな思うことは、」
白雪「大好きなにいさまのことですの。」
鈴凛「アニキがいないと始まらないっ。」
千影「来年も、その次の年も、」
春歌「ずっと、ずっと、永遠に、」
四葉「兄チャマとのクリスマスが続きますように。」
亞里亞「兄やー。」
可憐「みんな、世界で一番お兄ちゃんが好き。これからもずっと、一緒にいてください。」
兄 「あは、…うんっ。」
可憐「お兄ちゃん、大好き。」

 よく見れば、このプレゼント発案者の可憐が最後のおいしい台詞を独占してしまっているわけだが、また一部の視聴者には、この一連の兄賛美があまりに度を超しているとも受け止められてきている。しかしここでは、兄に赦しを与えた妹達が、さらに兄への願いを素直に表して、このよき日がいつまでも繰り返されていくことを希求していることに注目したい。やはり兄には、自分達と一緒にいてもらうための喜ばしい努力を、これからも続けてもらわねばならない。妹達のガイディングスターとは兄その人なのであり、兄そのものが希望なのだ。そして兄にとっては、妹達こそが導きの星々だった。
 今まで兄は、小箱の中に星々が戻る日を待ち望んできた。だが、星々はこのように昔から輝き続けていたのであり、その光を受けて、兄もまた孤独ではない輝きを既に身に纏っている。たとえ兄が幾度となく妹達のために罪を背負うとしても、そのたびに妹達は赦しをもっておし包む。そうしてたえず繰り返されていく兄妹の支え合いは、天界の、真の幸福から見れば確かに偽物にすぎないかもしれない。だがそれはまた、現世という限界の中での最大限の追求なのであり、「永遠に」続くクリスマスとは、やがて訪れるはずの真の救済を待ち望む兄妹の、まがいものでは決してない信仰のかたちなのではないだろうか。天は自ら助くる者を助く。ならばこそ、兄は再び妹達と自分自身とのために、自分ができるかぎりの努力を喜んで積み重ねていく。そのそばにはいつも、妹達が輝いている。サブタイトルの「ピュアクリスマス」とは、このような兄妹の信じて生きる姿の純粋さを示しているのだ。
 そしてまた、本作品タイトルの「Re Pure」の本当の意味も、ここから導き出されることになる。それは、「前作アニプリの忘却・抹消」という作品外論理に基づく否定的な意味合いにおいて理解されるべきではない。けだしこのタイトルは、本考察で明らかにしたような、兄妹における「Re Pure」=「再−浄化」を、すなわち罪の赦しの繰り返しと、それによって確証される救済への歩みを、そのまま指し示していたのだから。


終わりに 〜兄妹路歴程〜

 これまでリピュアAパートについては、脚本・演出や作画など全般にわたってアニプリやBパートと比較され問題点を指摘されてきた。その多くは確かに妥当な批判であり、論者も共有するものである。しかし、それらの批判を踏まえてなお、本作品の意義を検討しようと試み、兄妹個々人の問題とその解決における共通項を抽出してきた結果、次のことが明らかになった。つまり、リピュアAパートは、他の作品では十分に語られていない『シスター・プリンセス』の兄妹の姿を、その相補的な絆のありようを、救済に至るべき筋道のうえで一貫して描いていたということである。
 これをもって一切の欠点がうち消されるわけではないにせよ、少なくとも本作品がシスター・プリンセス界に独自の寄与をなしたことは、積極的に認めてよいのではないだろうか。新たな共同生活を培っていこうとする航の努力は、本作品の兄にはない。だが、この兄の背後には、今まで長年守り続けてきた日常への、はるかに地味な努力がある。そして両者はともに、妹達との絆を得て初めて兄たる幸福をかちえているのであり、同時にまた、その妹達にとって最高の兄に違いないのだ。第三者的な視点から彼らを比較し批判する視聴者は、むしろまず彼らに範をとり、自らを兄として律していく努力を重ねていくべきではないだろうか。
 以上をもってAパート各話の考察は修了するが、しかしなお若干の問題は残されたままにある。例えば、Aパートをめぐる議論の中で、作品外の事情とからめて取り上げられることが多いのは、作品舞台である街の設定や、カラクリ時計盤面についての解釈である。これに関しては、本考察を含む一連の作品内容考察では検討する余地を与えられなかったため、補論1にて独立して論じられることになるだろう。


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