日記
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2010年5月1日(土) ついたより
・Keyで「次回作に登場する店舗大募集」コンペやったら大変なことに。やる気も出るし、優勝できなかったときの反動もでかい。ちなみに、2位以下はVAの別ブランドに登場できます。ZEROとか

・両側が男のアシュラ男爵を想像したら、ちんちんの接合部の感触が気持ち悪くてしかたない
2010年5月2日(日) はときゃち
・この、OPではつぼみがえりかを引っ張って走ってて、スポンサー紹介絵では逆の立場というのが、バランスとれてて

・ゆりさん家、納豆食べるんだー

・博士……実父?いやどうか

・ダークプリキュア……実父?いやまさか

・お っ ぱ い 曲 線 (ゆりが携帯電話をとる場面)

・「その親友のえりかちゃんが」うんうん

・最初から腕くんでるえりか

・海からとれたおいしさはニッスイえりかの膝裏

・あれ、えりかの膝裏にあったはずの窪みラインが消えている……あれはぼくの錯覚……?

・欠けた月、のシンボル

・あの三日月分だけの「プリキュア種」で変身すると、能力が部分的にのみ発現。つまりどいうことかというと、その……ちっちゃいムーンライトさまが……

・ダークプリキュアの凶眼から初めてこぼれた涙が、キュアムーンライトの種を蘇らせるのだった(勝手予想)

・プリキュアだいばくはつで、フリーザくらい簡単に倒せそうな気がしてきた

・しかし久川綾さん、これで3大作品のヒロインを制覇かー。ちなみに3大作品とはセラムン、プリキュア、そしてヘポイ(知らないと絶対に許さない

・問1.えりかが姉と一緒にお風呂入った最後の年齢と、つぼみがお父さんの背中を流した最後の年齢と、どちらが上か。
 解答例:えりかとつぼみが一緒にお風呂入る年齢が上
2010年5月3日(月) ついたより
・イデオンに乗り込んだのがぼくたちだったなら、ソードじゃなくて触手が伸びてガンドロワ緊縛。因果地平もびっくり

・おんなのこはえっちなこと言ってはいけません。なぜなら、(ああこの子は黙ってるけどきっと頭の中でこういうえっちなこと考えてるんだろうなぁ)とぼくに想像させてほしいからです(せ く は ら

・おそらくは『がきデカ』『できんボーイ』『パタリロ』が30年前に通過した場所であった>真剣しりたぶ取り
2010年5月4日(火) ついたより
・スタイナーの『悲劇の死』読んでるけど、『AIR』はまさしく「世界の流れに内在する非人間的行為と破壊への変わることなき傾向」を描いた運命悲劇だった。人間の努力による救済はない。すべてが間に合わず、理不尽なままにある

・ワーグナーの依拠したナショナリズムは(表層には)現れず、漫画アニメ文化のすじみちで「女の子」に一切が凝縮される。オペラと似て音楽が暴力を振るう。しかし挿入歌「青空」は、歌詞を持つがゆえに作品をその瞬間だけメロドラマ化してしまっている。むしろ沈黙でもよかったんじゃないか

・ぼくの場合、「いつか過ぎ去るはずのいま」はシスプリを経てべびプリの中に固着しました。永遠はここにあるよ

・『AIR』以降の麻枝作品は、悲劇的終焉をADVループ構造に組み入れて通過点として残しながらも結論部では回避しようとしてるけど、それはゲーテの『ファウスト』第1部の悲劇と第2部の大団円との断絶を思い起こさせる

・断絶前後の変化を、作家とその作品世界の成長・円熟と呼ぶこともできる。でも、断絶前の悲劇に帰依した者にとっては、それは転向・挫折でしかない。世界はなおも変化していないから

・あ、そうか。スタイナー読んで気づいた。「永遠の世界」「奇跡」「SUMMER編」「光の玉」は、悲劇の基盤となる神話的背景を共有できない現代日本にあって、作品を通じてそれを提供しようという努力だったのか。そしてそれを恋愛・家族愛と結び付けようとする後期イプセン的試み
2010年5月5日(水) 線路のようにまっすぐ
 「39歳にして萌えオタの看板を下ろすことにしました」を読んで。

 MK2さんとネット上で知り合って10年以上になります。当時やざわさんとお二人で開設されていたサイトで、MK2さんは怒涛の萌え語り・自分語りを毎日のように大量に綴られていました。いち読者として圧倒され引き込まれながら、とても暑苦しくて楽しそうな掲示板に自分も書き込んで反応してもらいたいと思いたち、その機会をうかがっていたある日。MK2さんが出てこなくなったという報告とお詫びがやざわさんの手で記されているのを見て、いつもながらの自分のタイミングの悪さに頭を抱えつつ心配したものでした。それは、MK2さんが前日まで一つの新作えろげをプレイし、その感想を公開し続けていたさなかのことでした。完全なエンディングに到達した瞬間に更新を投げ捨てさせたその作品こそ、『AIR』だったのです。
 その後しばらくしてMK2さんは復帰され、ぼくも安堵して掲示板に初書き込みしたと記憶しています。少女型シートベルトとか大阪の取説とかアンダヌスとか、どんなやくたいもない書き込みでも必ず丁寧かつ激しい反応をお二人がしてくださるので、他の常連の方々(サンフェイスさんやしゅんたん、利休さん達とはそれ以来の仲)と一緒に心地よく浸ったものでした。
 そこから10年後のいまに至る過程は、ご本人があちこちで記されてますが。ぼくはMK2さんのAIR日記に触発され、友人の勧めもあって自分でもプレイすることになりました。その結果、いまになってなお、感情をきちんとした感想にまとめられない作品の一つとして、ぼくの心にずっと突き刺さっています。『ONE』『Kanon』の延長上に、たしかにこの作品はありました。というか、メインライターがずっと創りたかった悲劇をとうとうこしらえちゃったのか、という感慨とか。これえろげじゃないよね、とか。挿入歌は好きだけどお涙頂戴的に繰り返すな、とか。いろいろ反響するものがあって、その中核には観鈴ちんへの痛惜な想いがあって。しかし自分のその想いはまた、MK2さんの血を流し続けるあの言葉に、その想いに、絶対かなわない、と感じていました。

 以前にもここで記したとおり、ぼくの考察形式は、MK2さんやサンフェイスさん達と同じスタイルでは自分が書く意味がないというこの時期の認識から生まれています。その考察について、あるいはぼくの時折の感想その他について、MK2さんが評価してくれると嬉しいものです。しかし、ぼくが他作品に熱中する一方で『AIR』に沈黙し続けている間、MK2さんは何度も観鈴ちんを主題に綴られました。ご本人も進歩ないとか何とか自嘲されてましたけど、その反復ぶりもすごかった。
 だけど、本当に凄いのは。まがきのぱんちゅ、じゃなくて。

 今回、MK2さんが告白されているように、10年以上ずっと探し続けてきたということ。
 そして、そこから歩き出そうとされているということ。
 これ、分かりますか。自ら望んだはずの永遠の世界から、身を切られる痛みを背負い帰還する浩平。断ち切り歩き始めたときにこそ、浩平と再会する七瀬。永遠の春を希う真琴のそばに、そのときまで離れずにいた祐一。あそこに居続ける翼ある少女を目指して羽ばたいていく、そら。
 後半の文章を読み返すほどに、これらの作品で描かれた生の具現としか思えなくなりました。作品に真摯に向き合うということは、自らが作品となるということなのか。そしてこれらの物語とは、彼・彼女達が示したこととは、こういうことだったのか。
 やっと分かったような、分かっていなかったことにようやく気づいたような、そんな腑に落ちた感覚とともに、ああやっぱりこの人にはかなわないんだな、とあらためて痛感しました。
 これ、丸ごとはうまく言えません。もちろん、特定作品への固着とか追憶の力とか一般化できる部分や、90年代末の葉鍵ファンダムの一角として歴史的理解に資する部分などもあるものの。ぼくとしては、MK2さんにとっての『AIR』と観鈴ちんの唯一性と一緒にしちゃいけないけど、ぼくがあのときそんなMK2さんやあの界隈の方々に出会い、そのなかで『AIR』に出会ったというこのことを、かけがえのないものとして記しておこうと思います。
 そいえば、はるか昔に手をつけた『AIR』感想は、こういうこと書こうとしてたんですよねー。

 というわけで、はてブには『AIR』の作品としての水準を云々してる人もいるけど。その評価と、あのとき・あのような自分が・(あの人々に囲まれて・)この作品と出会ったということの意味とは、そのまま並び立つものなのです。にもかかわらず、作品評価をそのまま作品受容者の評価に直結させてしまうdragonsprtは、わざわざブクマしてまで遠巻きに揶揄するangmarと同様に、作品世界とも受容者とも真摯に向き合うことのできない人々の一人なのでしょう、たぶん。ゲームの中にはそういう雑音を撒き散らすコロスや観客が存在しないからいいよね。
2010年5月6日(木) ついたより
・注文の多い便所:「LO買ってきて」

・おつりの多い便所

・荒ぶるうんこのポーズ!

・荒ぶるうんこのポーズよりも、荒ぶるポーズのうんこの方が強いだろうか

・ToLoveる鷹のポーズ!(獲物を仕留めんと急降下したら、次の瞬間なぜか地面に仰向けに寝そべって顔面に女子の股間が乗っている体勢

・あらゆるうんこのポーズ!(不定形
2010年5月7日(金) ついたより
・吾妻ひでおと言えば、作者自身が手抜きと評価している70年代の作品『ふたりと5人』。ヒロインが見た目は五つ子なんだけど、じつはユキ子本人のほかは弟・父・母・祖母が化けている。『おそ松くん』のパロでありつつ、後代の少女いっぱい風潮をも先取り&揶揄していたことに

・帰ってきたウルトラマン「俺の名前を言ってみろ〜!」

・3人で三角貿易的に愚痴りあうシステムを以前試みましたが、愚痴が両側からこっちに寄せられる結果となり失敗しました
2010年5月8日(土) ついたより
・もえるおとーこのー あーかーいーとらうまーぁー

・「このチビ、心の大樹を蘇らせるためにキリキリ働きやがれですぅ」
 「こころの種がうまれるかしらー」
 「それはローザミスティカなのだわ」
 「ぼくはこんな服装だけど女の子なんだよ?」
 「コッペさまーコッペさまー。コッペさま登りー」
  ピーチピットプリキュア、このあとすぐ!
 「窒素固定菌とってるぅ?」
2010年5月9日(日) 笑顔と笑顔が向き合って
 ハートキャッチ母の日。久々にきましたこういう話。

 つまり、どれみ#の母の日話の続き、と認識したわけです。
 あの作品で関先生は、クラスに母を早く亡くした子がいることを知りながら、同じく片親の自分の経験をふまえて、あえて母親の顔を児童達に描かせました。その事実に、そして周囲からのありがたくない優しさに向き合えるつよさを育てたくて。その結果として児童からの反発も招き、あとできちんと説明して謝っていました。
 その話も今回の話も、スタッフは子供に伝えるべきことを吟味のうえで伝えようとして、非難を受けることも覚悟のうえで制作してるはずです。「無駄に重い」という反応も、だから否定されることはありません(ぼくは現実に無駄なんてあるかい、と思いますが)。実際に視聴しながら泣いた子もいたでしょうし、辛い気持ちになった子も、安っぽいお涙頂戴としか感じられない子もいたでしょう。そこをきちんと受け止めるのは周囲にいる大人の役目です。
 今回の話は、だから、「いまの子供達に、その次の子供達へと送り届けてもらいたいものを、あなたは贈ってあげてますか」という大人への問いかけでもあります。あの笑顔は無理だとして、それじゃぼくに何ができるのか、という問いが、ぼくたちへのプレゼントなのですから。

 幼い妹のるみは、母親の思い出がないままでいることに初めて孤独と寂しさを感じて。写真の母は何も応えてくれないし、姉も父も自分の問いに答えてくれない。どこへ行けばいいのか分からないけど、ともかくひとりぼっちにさせられる家を飛び出してしまう。それは、アニメ版シスプリ第4話で雛子がくまさんを探しに家出するのを思い出させる、幼児のまっすぐさです。
 姉のななみもまた、同じ寂しさを胸に抱えているんだけど、それを表に出すことはない。自分が母親なんだって思うことで、日々その役割の仮面の下に覆い隠してきて。枯れつつあるこころの花を閉じ込めている頑なな籠は、幸か不幸かデザトリアンの手で粉砕されました。
 姉もさびしいんだ、って分かってはじめて妹と姉の気持ちがつながる。姉が胸の奥に閉じ込めていた大切な思い出に、あの言葉の由来として向き合えたとき、母親から受け継いだものを妹にも分かち合っていける。家族みんなが、お互いにちゃんと向き合って、笑顔がいちばん。
 受け継いでいく言葉と想い。それは、プリキュア先達とつぼみ達の間でも同じ。そうやって人は、大切なものを贈り続けていく。
2010年5月10日(月) ついたより
・ようじょ!ようじょ!!(酔った勢い=普段のテンション

・エルリック「ジャスラック!ジャスラック!」

・泥酔の判断基準:睾丸をかかとで蹴り飛ばしたけど痛くない

・いま睾丸が囁いた。「痛い。じつはさっきから」

・おくゆかしさが、びとくでないということを、おしえてくれたのは、ぼくのたまぶくろだったんだ
2010年5月11日(火) ついたより
・アムロ「まだだ。たかがメインたまぶくろをやられただけだ」

・あっ。あしゅら男爵の女性側も、ふたなりだった可能性があるのか

・いまは、もう、うごかない(下腹部を見つめて
2010年5月12日(水) ついたより
・「お前が落としたのはこの金の斧ですか、それともこの銀の斧ですか?」
 「……その……女神さまが着ている、すくみずです」
 「だぶるあっくすをくらえ。えいっ」
 「げゃー」
2010年5月13日(木) ついたより
・20年にわたり、沖縄県民、非正社員、一次産業、オタク、子供を犠牲にして描き続けられてきた国土錬成陣。この恐怖の国土開発計画を背景に、伝説の「黒いピーナッツ」を探し求める汐留の錬金術師。弟はリーマンショックで全部持って行かれた
2010年5月14日(金) ついたより
・職場で新人女子を泣かせてしまった。しにたい

・どれみDVD持ってなくてコメットさんDVD持ってるのは、後者の方が密度濃い&全話観られなかったということもあるけど。4年間いっしょに生きてきたどれみ達とのアルバムは胸の中にある、って感覚も強かったから

・とりあえず、あと2回寝るとハートキャッチ。うふふふ

・厚顔の宦官vs睾丸の美少年、110分一本勝負です(二人あわせて一本の意
2010年5月15日(土) 長門考察本編公開
 というわけで、長門有希考察後篇の「『涼宮ハルヒの消失』における少女の新生・発動篇 〜祝福されるインターフェース〜」公開しました。『消失』の長門がしたことと得たものについて、いつもの調子で検討してます。
 今回の考察執筆にあたっては、渡辺寂さんにたいへんなご支援を頂戴しました。ここにも記して感謝いたします、本当にありがとうございました(礼)。

 なお前篇は、すでに公開済みの「『涼宮ハルヒの消失』における少女の新生・接触篇 〜すれ違い続けるインターフェース〜」。こちらは『憂鬱』から『消失』直前までの長門の変化と問題について論じてます。
 ついでに、最初の考察は「『涼宮ハルヒの憂鬱』における少女の創造力 〜虚無性を超える乙女心〜」。未読の方はこちらもぜひに。
2010年5月16日(日) はときゃち
・「みな今日から、このかわいい道着で稽古するように」「お、おじいさま……」(捏造)

・あっ!師範のふんどしにヒマワリのアップリケが!!(ありません)

・虎眼先生に弟子入りして修得した、ハートキャッチ流れ

・こころの大樹は、いい笑顔のこころの中に

・今日の生徒会長が辿りついた結論は、つぼみとえりかのどちらを嫁にするか悩んでいる人たちへの福音でした。両方選べばいいんだ(不遜)

 二者択一というよりコスト配分の問題、と言ってしまうと味気ないですが。道場の責を担おうとするのも、べつに義務感ばかりでのことはなく。ただ、我慢しすぎた女の子らしい趣味の方面を、解放することで稽古がおろそかになるよりも、今のいつきならむしろいっそうの活力へと結びつけていけそうです。
 しかし、これでファッション部は最強の部員を獲得したことに……。この生徒会長のことだから、予算とか塩梅してくれそうにはないですが。
2010年5月17日(月) ついたより
・ゲンドウ「こころの壁が崩れそうですっ」

・コガン「おなかのワタがまろびでそうですぅ」

・コッペ様が曖昧な表情で「こころのたねぇ」「こころのたねぇ」「うまれたぁ」と
2010年5月18日(火) ついたより
・世間的な「下品」ではちんちんは前後に動くが、下品短歌における「下品」では上下左右にしか動かない

・ハゼさんが、下品短歌の上の句に字余りのものが多いと嘆かれてましたが。下品短歌が詠む対象からすれば、はみでるのが自然なのではないでしょうか
2010年5月19日(水) ついたより
・三方よし:俺によし、お前によし、うんよし

・「画面からこの子が飛び出してこないかな」と願うのが草食系、「この子に会うために画面へ飛び込むぞ」と決意するのが肉食系

・こころの花の養分は、絶望が分解して生まれる
2010年5月20日(木) ついたより
・アグネス・ラムのビキニ姿よりもときめきトゥナイトEDを選んだことを、後悔しない生き方

・ありゃ、ガンダムにスク水を着せたらコアブロックで脱出できなくなっちゃった
2010年5月21日(金) ついたより
・「クリリンのここか……?」

・シャア「だがあずにゃんがいない」

・ハガレンの削ぎ落し度vsネギまの過剰さ。どっちも好みだけど

・「おばあちゃんはどんなプリキュアだったの?」「癒しのプリキュアよ」「へえ、つぼみのおばあさんってナースなプリキュアなんだ!」「ううん、キュアヒロポン」

・3日前の炊飯器マン「ぼくの酢飯をおたべ」
2010年5月22日(土) まおゆう
・魔王「この我のものとなれ、勇者よ」
 ランス「うるさい、やらせろ」
2010年5月23日(日) はときゃち
・似た者同士(笑)かつてのえりかの押しの強すぎさを、あずさがより強硬に体現するのね。いまのえりかは皆の意見を尊重できる

・あ、シスプリ第7話の花嫁衣装づくりを思い出した

・えりか「チャコールペンシル!」
 部員達「おおーっ」
 眞深「はさみ!」
 妹達「おおーっ!」

・おしり技が!

・反射えいせいほう!

・一度つぼみにやりすぎて突っぱねられて、そこから二人で立ち直れたえりかだから、差し伸べられる手もある

・えりかはついこないだ廃部の危機に直面してたわけで。そこを救ってくれたつぼみやみんなに心から感謝してて、みんながファッション部に入ってよかったと思えるようにしたい。そんなえりかだから、あずさに心底共感できるし、寄り添って励ませる

・だけど、演劇部員達を見つけても真っ先に向えない。以前のファッション部員を引き戻すことは、自分にも怖くてできないから。そこを飛び出していけるつぼみの純粋さに、えりかは今日も救われていて、ありがたく思う。だからファッション部員のみんなが楽しめているかとつぼみに尋ねる勇気も出る

・そしてつぼみが演劇部員めがけて駆けだせるのも、春までは到底できなかったけど今はえりかが一緒にいてくれるから。お互いの長所であるおもいやりと率直さが、入れ替わって発揮されている。つぼみの中にいるえりか、えりかの中にいるつぼみ。二人の心の花のいろ

・ファッションへの熱い想いを再確認したえりかの表情を見て、惚れそうになった。あずさが舞台で纏った花のドレスは、えりかとつぼみが培った心のかたち。唇を結んだえりかの一瞬泣きそうなほど真剣な表情は、あの夕暮れつぼみに親友かどうか尋ねたときと同じ、つながることへの不安と喜び

・今日のハートキャッチを視聴したあずにゃんは、先輩達卒業後にはこんなふうに独断的になるまいと自戒しつつ、ひとりぼっちになる自分を想像して涙ぐむ何度目かの朝
2010年5月24日(月) はときゃち復習
・なみなみが衣装デザインに集中してる間、つぼみがるみの相手をしてたのかな

・えりかが書いた黒板の「打倒あずさ」文字、うめぇー

・うわ、えりかが自分の意見で突っ張ったときつぼみは内心ハラハラしてたけど、えりかが皆の意見を聞こうとしたので安堵してるのか。そして自分に意見を求められらときには、ぐずぐずせずにえりかと違う方を選べてる。お互いのよさが相手に接木されてる

・この、ファッション部員6名が画面のこちらへと下を向く場面でだね、テレビをうつぶせに持ち上げて、その下に、こう……裸体でだね……

・ハートキャッチにちょっと太めの女子が登場したとき、プリキュアはライジンオーにようやく肩を並べることになるであろう

・これ、ファッション部室の空気の温もりやにおいと、体育館のそれとを肌で想像すると、よりいっそう胸がこうぎゅっと

・おしりパンチは定着したんだなー

・つぼみがえりかを見守る場面や、つぼみが自分の意見を言う場面で、えりかがつぼみの・つぼみがえりかの影響で柔軟になった・自己主張できるようになった、ということの説明的表現が一切なかった。正しい省略だけど子供向けの分かりやすさではない。親が一緒に観てほしい

・子供さんをぼくにあずけてくれてもいい(通報対象
2010年5月25日(火) ついたより
・嗅覚スポーツの案:全員目隠し。ボール役の「いい匂いのする女の子orおとこの娘」はゴールをよろよろ目指す。ディフェンスはその匂いを探してボール子を押さえれば攻守逆転。オフェンスは動けないけどすごい体臭を放ってディフェンスを妨害する

・おっと小学校運動会というのもありました>嗅覚に焦点をあてたスポーツ

・ブンビー「しょうがない奴らだ、では俺が」
 えりか「おじさん誰」

・ブンビーさんはいま、スナッキー派遣業を(もとのもくあみ
2010年5月26日(水) ついたより
・なみなみの少しやつれた首筋を見つめて、最初誰かに似てると感じたその誰かが分かった。ミハル・ラトキエだ

・マイナスイオンだの波動だのに高い金払うより、ハートキャッチ変身シーンを流した方が効果的
2010年5月27日(木) ついたより
・デザトリアンが非難&プリキュアが反論というパターンは、卓上スタンドを浴びせて罵倒&カツ丼を食わせてほだす、というパターンと重なってすいませんおれがやりました

・プリキュアたちが反論するときも、そこで示される犠牲者理解は必ずしも正確ではない。だけど、そこで誤解があったとしても、そんなふうに前向きに誤解してくれる人がいる、ってことは伝わる
2010年5月28日(金) ついたより
・下品短歌の歌会では、自分の歌が認められるたび1枚ずつ脱げるしくみ

・下品短歌タイムカプセルという企画を提案

・10年後はハートキャッチ終わってるよぅ。えーんえーん

・つぼみの鎖骨を触れるえりかを羨むべきか、それとも鎖骨をえりかに触ってもらえるつぼみを羨むべきか

・「キュアムーンライトの武器ってどんなのなんですか?」
 「iPadよ」
 「え……あいぱっど?」
 「昔はポケコンだったんだけどね」
 「ぽ、ぽけ?」
 「戦うときどうやって使うの?」
 「角で殴るの、『えいっ』て」
2010年5月29日(土) ついたより
・作品内テキストの引用もしないエロゲー批評とか、まったく読む気になりません。今木さんやアシュタの人は、そのへんちゃんと地に足つけながら空高くとぶところが凄くて憧れてた

・Kanonを自ら立ち上げクリックしてある少女のエンディングに辿り着いたのに、「他の少女達はバッドエンドだきっと」かつ「これは作品が悪趣味なのだ」と思える人って、自分のクリック責任を意識してるのかな。危険を察知したらそこでやめりゃいいのに。てのが7年前と変わらぬぼくの考えかぁ

・だいたい、少女全員のルートを回る時点でプレイヤーが悪趣味ですよね(極論
2010年5月30日(日) ハートキャッチの重層性
 すごい、ついったーの記録が残っていない。お休みの日かと思ったらちゃんと放映されてた……ごめんなさい。これも全部、ふぁぼってくれない茄子さんのせいです(責任転嫁)

 内容は、ゆりの心の傷について続編。おばあちゃんが無理矢理こしらえた機会を、つぼみとえりかが頑張って活かすお話でした。そしてえりかのおでこぺちん。
 おばあちゃん、「こころの大樹を研究しているときプリキュアに選ばれ」ってことは、もうそれなりの年齢になってから……?ゆり以上の高齢(失礼)プリキュアだったのでしょうか。砂漠の使徒が勢力を増す時期は限られているとすれば、ムーンライトに譲るまで現役でなくともいいわけですが。一方、同じくこころの大樹を研究しようとしていたゆりの父親は、敵に洗脳されてしまったのかしら。
 あ、「なんとしても倒さなくては」と言いながらおばあちゃん胸のブローチに手で触れている。
 あとマリンダイナマイトのときブロッサムが耳ふさいでる(笑)「食べ物を粗末にしないでください!」なども相変わらずです。

 で、二人がゆりにわずかながらも認めてもらえてよかったよかった、なのですが。
 この作品は、つぼみとえりかの友情を軸にした水平的な<ふたりプリキュア>としての面と、祖母(キュアフラワー)・ゆり(キュアムーンライト)との関係に基づく垂直的な<受け継ぐプリキュア>としての面、そしてゆりが心の傷を(おそらくブロッサム・マリンを媒介にして)癒していく<復活のプリキュア>としての面、という重層的な構成となっています。しかも、そこにダークプリキュアまでからんでくるという。
 こうなると、4クールで全て解決できるのかという心配もしたくなりますし、たとえ風呂敷を畳めたとしても焦点がぼやけないかと気になります。成長物語をメインとするのであれば、ゆりの癒しも成長のかたちであるとはいえ、やはりつぼみとえりかに注目すべき。でもそうするとゆりの描写は甘くなるので、こちらの展開が唐突に感じられてしまう。しかもムーライト、でかくて強いんですよね。これで復活したら二人が喰われてしまわないかしら。
 そこで、半分のプリキュアの種で復活したムーンライトがちっちゃくなるという想像がいよいよ現実味を帯びてくるわけですが、いかがでしょうか東映様。
2010年5月31日(月) ついたより
・いま、左右の目でつぼみとえりかをそれぞれ別に見つめるという技を会得した

・知り合いが赤ちゃんの写真を送ってきたら、べびプリあさひの蜜蜂コスそっくりな服を着てて噴いた

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