日記
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2006年4月1日(土) 半分はシスプリ
 いつものように流行に乗り遅れつつ、試してみましたこちらの成分解析。

> あんよの成分解析結果 :
>  あんよの77%は毒電波で出来ています。
>  あんよの18%はむなしさで出来ています。
>  あんよの3%はミスリルで出来ています。
>  あんよの2%は覚悟で出来ています。

> くるぶしあんよの成分解析結果 :
>  くるぶしあんよの93%は祝福で出来ています。
>  くるぶしあんよの4%はやらしさで出来ています。
>  くるぶしあんよの2%は罠で出来ています。
>  くるぶしあんよの1%は乙女心で出来ています。

 く、くるぶしって大切なのかも?

> ぱんちゅの成分解析結果 :
>  ぱんちゅの88%はスライムで出来ています。
>  ぱんちゅの5%は蛇の抜け殻で出来ています。
>  ぱんちゅの4%はやましさで出来ています。
>  ぱんちゅの2%は勢いで出来ています。
>  ぱんちゅの1%は運で出来ています。

 そんなものはけません。

> 幼女の成分解析結果 :
>  幼女の84%は月の光で出来ています。
>  幼女の12%はツンデレで出来ています。
>  幼女の3%は毒物で出来ています。
>  幼女の1%は元気玉で出来ています。

 素晴らしい。

> 天皇の成分解析結果 :
>  天皇の63%は毒電波で出来ています。
>  天皇の17%は愛で出来ています。
>  天皇の12%は鉛で出来ています。
>  天皇の5%は世の無常さで出来ています。
>  天皇の2%は信念で出来ています。
>  天皇の1%は理論で出来ています。

 じつに素晴らしい。
2006年4月2日(日) 英語版アニプリ総括
 というわけで英語版アニプリを延々と見続けてまいりましたが、全体としての感想です。

1.声は日本語版にかなり似ている
 何度も驚きを記した通り、英語版の声優は相当入念に選ばれたうえで最大限の声作りをしています。鈴凛だけは「ちろ声」とはいきませんでしたが、他の者達については今では違和感なく聞けます。亞里亞などはほとんどそのまんまで美森氏も絶賛。また脇役の出来映えは素晴らしく、とくに山田は何度も言いますが完璧でした。

2.声に込められる感情の幅は小さい?
 その一方、日本語版の声に比べると、英語版の声から受け取れる感情の起伏はさほどのものではありません。つか、極端に笑ってるか泣いてるときは別として、微妙な振り幅はちょっと、という。ただしその原因の一つは間違いなく、ぼくが英会話に馴染んでいないということですから、これは聞く人が聞けば違う印象かも。なお美森氏によれば、英語は発音やアクセントなどの縛りが日本語よりきついことも一因ではないか、とのこと。
 しかしこの結果、例えば千影の声は日本語版以上に感情の起伏が小さくなり、そのささやきぶりにかえってぞくぞくするという思わぬ効果も生み出してます。

3.その分は台詞で補完
 で、日本語版にない泣き声をはっきり入れるなど、いわゆる「人物の心中を察する」箇所がいくつか分かりやすく修正されてます。このへんは好きずきですが、2.の欠点を補完するという意味でよかったかもしれません。

4.台詞と字幕はあちこち違う
 当たり前のことですが。字幕はだいたい日本語版台詞の直訳が多く、英語版台詞はキャラの口パクに合わせる必要や言い回しとしての適切さなどを鑑みて適宜修正されているように思われます。ただ、どちらがより妥当かは、ぼくの判断によればそれぞれでした。

5.アニプリを通じて広がる調和の輪
 アニプリは英語でも最高でした。兄の呼び方をきっちり13通り用意するなど、その丁寧さには心から感動しました。そして、英語圏でこの作品はちゃんと受容されてもいるようです。他に中国語版もあるみたいですし、こうしていろんな国の人々に、それぞれの言語に翻訳されたアニプリがその想いを伝えていくのでしょう。そして、世界中に兄妹愛が染み渡っていくのでしょう。そう、日本にもアメリカにも中国にも、そしておそらくは韓国にもイラクにもタンザニアにも、あの兄妹の共同生活は息づくことができるのだとすれば。そんな者達同士のつながりを大切に培うことができるなら、プロミストアイランドの調和は、やがてこの世界にもゆっくりと広がっていくのかもしれません。
 ただし、雑誌やゲームが翻訳されていない外国では、アニプリ=シスプリであることに注意しておかないと、原理主義者同士の対立が生起しますけれども。
2006年4月3日(月) おまけ
 で、英語版アニプリ第7巻のExtraで英語版声優さんたちが選んだベストシーン。

 航 :第18話、幽体離脱した航が「そんな馬鹿な!?」と叫んで妹達の部屋を駆け抜ける場面
可 憐:第14話、雨の公園で子猫を抱えてうずくまる場面
咲 耶:第11話、旅行出発前の潜航艇そばで航に身を寄せ耳元にささやく場面
千 影:第11話、潜航艇の暗室から魚に生まれ変わるのもいいね、と航に呼びかける場面
 衛 :第10話、最後に「この夏が、いつまでも、続けばいいのにな」とつぶやく場面
鈴 凛:第5話、冒頭で機械製作の作業を終わらせ窓を開けてほほえむ場面
春 歌:第17話、凛々しく厳しい表情で薙刀を構えて犬を追い払う場面
鞠 絵:第3話、金網の向こうから航に呼びかけつつ倒れる場面
四 葉:第21話、「四葉と兄チャマは、一心同体少女隊デスー!」の場面
花 穂:第10話水着姿で転ぶ場面、第3話チア姿で転ぶ場面、第15話エスカレータで転ぶ場面、
    第16話バトンを飛ばす場面、第14話バトンを飛ばす場面、
    第11話ジョウロを手に「見捨てないでね」の場面、第16話バトン忘れちゃったぁの場面
白 雪:第19話、台所に航が様子を見に来てエプロンポケットをまさぐる場面
亞里亞:第13話「亞里亞、ばーいばーいー」の場面、第6話舞台に親指姫登場の場面、
    第4話葉っぱを片づけられくすんの場面、第9話プールでスカート濡らしくすんの場面、
    第3話下校時に航の上着をそっとつまんで帰る場面
雛 子:第4話、兄の背中で「おにいたまがいれば何もいらない」の場面
眞 深:第14話、自室からメールを送信しつつ航に何を買ってもらおうかと企む場面、
    第11話潜航艇内で船酔いに苦しむ場面
じいや:第1話航に別れを告げる場面、第14話電気屋・アンティークショップじいや変化、
    第16話教師じいや
山 田:第9話プール掃除の事実をさわやかに告げる場面、同話無視されて捨て台詞の場面、
    第10話ボブ・スタンバックスで特訓の場面、第6話監督として演技指導の場面、
    第9話モテモテ妄想で高笑いの場面、第7話新郎役は自分だと駆け込むも司祭役の場面

 花穂とか多すぎ(笑)。だいたい半分の人はキャラの想いがしみじみ伝わる場面を、残り半分はネタっぽい場面を選んでいる模様。それでもやはり亞里亞の声優さんは鋭くないですか。
 なお、全体の締めは第26話兄妹写真撮影の場面と、第20話合唱の場面でした。さすがだ。

 それから、書き忘れてた迷言など。

「富士山麓(2236)オウム鳴く」
“May I have a large container of orange juice?”
「いい国(1192)作ろうロシア革命」
“In fourteen hundred ninety-two, Magellan sailed the ocean blue.”
 どちらも第14話で山田が必死にノートしてた言葉ですが、前者の英語版字幕は一体なんでしょうか。後者については1492年は「コロンブスの新大陸発見」の誤りということかしら。

 そして最後に、これを忘れちゃいけません。

「アイスピックって、どこにあるか知ってますか?」
“Do you know where the ice pick is by me to use?”(台詞やや怪しい)
“Do you know where there's an ice pick?”(字幕)
2006年4月4日(火) 鞠絵の誕生日
 Zoroさんのお着替え鞠絵をはじめ、各サイトでのお祝いは『BRAINSTORM』さんより。アニプリ暦だと、今年はもう18歳なんですね。

 昨日の謎英文について、亡霊ちんから教えていただきました。どもですー(嬉)。
“May I have a large container of orange juice?”
 これは「英語圏での円周率の覚え方(の一つ)」とのこと。文字数をみると、
   May:3 I:1 have:4 a:1 large:5 container:9 of:2 orange:6 juice:5
 で 3.14159265。なるほどー。

 なお、美森氏からは同じ情報とともに、もう一つの方についても。
"In 1492 Columbus sailed the ocean blue."
 これは「どうやら有名な詩(間違ってるけど)のようです」とのこと。あー、それで
 In fourteen hundred ninety - two,
  Magellan sailed the ocean blue
 (Columbus)
 と韻を踏んでるっぽかったのか。元の詩を読むと、最初の1行目が前後半で、それ以降は偶数行と奇数行とで韻を踏んでますね。

>ちなみに、「富士山麓オウム鳴く」は√5 (2.2360679)。

 あー……。わかってんねんで。
2006年4月5日(水) 補足
 H嬢(♂)さん『ちぇきっと。』さん、英語版アニプリ感想の紹介ありがとうございます。

 じいやの英語名“Jeeves”ですが、美森氏から前に情報いただいてました。遅ればせながら紹介しますと、

>Jeeves
>n. ジーヴズ 《P. G. Wodehouse の一連の小説 Jeeves 物に出る奇策縦横の模範的執事》.
>(研究社 リーダーズ+プラスより)

 とのことでした。どもですー。作者関連についてはこちら、画像はぐぐった結果
2006年4月6日(木) からだげんきかな
 というわけで、ちょっぴり体をこわしてました。鞠絵誕生日直後というあたりがタイミングいいというか何というか。

 いつもの不摂生程度に思ってたら、お医者さんから「腸の中をみておきましょう」とわりと真剣なお言葉を頂戴。きゃー。そして腸カメラの予定を速攻で入れるはめに。その準備のため、2日近く食事制限です。食べる楽しみのない生活の辛さは、普段ろくなもの食べてなくても意外に大きいものなのでした。
2006年4月7日(金) みんなげんきかな
 さて検査当日。もちろん食事ぬきのうえ、朝から下剤(洗浄剤)を2リットル飲みまくり。
 時間をかけて少しずつ飲むのですが、これがもう苦痛。いくらかでも飲みやすいようにと(あるいは水分補給のためでもあるか)、ポカリっぽい味がついてるのですけど、後半になると逆に、しばらくスポーツドリンクは見たくもないという気持ちになりました。

 それでもなんとか、一緒に検査を受けるお年寄り達と励まし合いながら飲み続けておりましたが、最後の2杯がいかんともしがたくなり。もう駄目かと思ったとき、ぼくを助けてくれたのは妄想力でした。

「これは可憐の尿!」

 もう1杯!

 あんな甘い尿では可憐こそ通院すべきですが(問題はそこか)。

 あと「もう1杯」と聞いて青汁を連想するか、サントリーのオレンジ50を連想するかで年代が分かるかもしれません。
2006年4月8日(土) ぐりぐりと
 半日かけてお尻がすり切れるくらいトイレのお世話になったあげく、ようやく検査。最近のカメラは昔に比べてだいぶ小さくなったそうですが、ええと。

 悶絶。

 これはたぶん、担当者の技量の問題ではなく。前に内蔵いじられたときにもそうでしたねえ、知覚過敏なのかしらん。なんてことを思う間こそあれ、管が通ったり曲がったり空気入ったりするたびに痛い痛いいーたーいー(涙)。
 横ちょのモニタでは、まさにぼくの中身が映し出されており、いくらか落ち着いてる間は「今夜はこてっちゃん」などと気を紛らわすべく馬鹿なこと考えてましたけど、後半はひたすらあうあうおえ。

 終了直後のお話では、とりあえず壁などには問題なさそうということでしたので、苦しんだ分だけほっとしました。しかし、カメラが道なりに進むだけじゃなくて、中で向きを変えたりもするのね。そりゃきついわけです。あと、そこ以外の問題箇所がすでに見つかってはいるので、そっちはゆるりと治す方向で。
 皆さんもどうかおからだには十二分に気を付けて下さいませ。
2006年4月9日(日) うにゃりんこ
 注入した空気でおなかつっぱちゃって、しんどい状態ながら馬鹿話。

らむだ「いや、つらかった。」
美 森「早く診てもらってればそこまでしなくてすんだのに。」
らむだ「腸カメラでぐりぐりされてるとき心底思いました。」
美 森「さすがに反省したか。」
らむだ「いやそっちの反省じゃなくて。ぼくが心に誓ったのは、
    もう触手ゲーはやるまい、ということだ。」
美 森「なんだそれ(笑)」
らむだ「だって、あれどころじゃないやつでお腹の中ぐりぐりですよ。
    女の子が耐えられるわけないですよ、ひどいよね。」
美 森「まあ、それはそうだろう。」
らむだ「被害にあう女の子の立場に初めて感情移入できました。
    この検査はきっと、そんな共感性のなかったぼくへの天罰だったんだ。」
美 森「それ、微々たる成長だから。」
らむだ「まあ今までは、触手への感情移入ならできてたけどね。」
美 森「書いとけ(笑)」
2006年4月10日(月) まだ何か入ってるような(それうんこ
 そして検査からの帰宅直後に買ってきた飲み物は、なぜかスポーツドリンクでした。あれほどっ。あれほど「しばらく飲みたくない」と思っていたのにっ。これはあれですかね、心では嫌がりながらも体が馴染んでしまっていたのか、それとも被虐的な喜びに目覚めてしまったのか。ただの馬鹿だという説が最有力ですけど。
 条件反射で、スポーツドリンク飲むと下痢する体というのもなかなか難儀。

 家でぐったり横になり、おなかの空気をぶーぶー抜いていると、今春中学生になった雛子ちゃんから冷たい仕打ち。トイレでやんなさいよ、と言われたので、悔しさのあまり3時間ばかり便所に籠城。限界にさしかかる雛子ちゃんの悲鳴も耳に涼しく文庫本を1冊読み終わり、やれやれ腹も落ち着いたとのっそり戸を開いたとたん、鳩尾に見事な一撃。
 居間に転がるぼくの背中を未来がさすってくれましたが、ぼくは検査をしのぐ苦悶にのたうちながらも、たちまち便所に飛び込んだ雛子ちゃんの次なる悲鳴をただ静かに待つのでした。トイレットペーパーの最後のロールを手にしっかと握りしめながら。
2006年4月11日(火) なかきよ
 マリみて最新刊。以下ネタバレです。

 年末年始だけで1冊まるまるという素晴らしさ。瞳子は直接登場しないけど、皆が(祐巳を通じて)瞳子のことをどう受けとめているのかがあちこちで語られたりほのめかされたりしてて、読者としても一息つきながら自分の感情を再確認できます。
 流れとしては、前回以前の無自覚な段階から前回ラストの衝動的段階、そして今回の自覚的な段階へときっちり進んでいて、まさに恋心そのもの。思えば祥子もきわめていい加減なきっかけから始まって、いつの間にやら「タイが曲がっているわ」のエピソードに後から重大な意味が再発見される段階へと登りつめたわけですが、これはもはや紅薔薇姉妹の伝統なんでしょうかね。黄薔薇姉妹よりも各人は堅実に見えながら、その関係構築は非常に大冒険。
2006年4月12日(水) アルル萌え
 ファイブスター最新刊。そいえば今日あたりだったか、と思って本屋に入ったら、べらぼうに積まれていて驚きました。まだこんなに人気あるんだ。
 エルガイム世代のぼくとしては、レッシィ風なひととかアム風なひととか登場するだけでもうたまらないのでした。しかもオージェvsエンゲージなんて、パトラクシェvsジュノーンを待ちきれない者への大サービス。不完全燃焼な結末ではあれど、そりゃもう大喜び。オージェ好きなんですっ。
 エルガイムといえば、最終話でスレンダースカラからプラネット・ボンバーを発射するときのスイッチが象かなんかのぬいぐるみでした。似たようなぬいがダイオードのシート横に置いてあって(p.66)、バスター砲関連のものっぽいですがこれもちょっと嬉しかったです。

 さっき不完全年少を「不完全年少」と変換しました。
2006年4月13日(木) 名人戦の最中なのに
 将棋の名人戦が毎日から朝日へ移るかもしれないとの由。詳細はこちらの13日分以降をご参照ください。
 このタイトル戦をめぐる毎日と朝日の争いは長い歴史を持ってるのですが、今回はとにもかくにも赤字経営で大ピンチな日本将棋連盟が、米長会長の強力なリーダーシップのもとで取り組んでいる体制全体の改革の、その一環として受けとめられます。朝日と行おうとしている5年契約の間に、そこで得られる普及支援金を用いて短期間で将棋ファンの基盤を拡大してしまおうという作戦は、ある意味で米長会長らしい勝負の一手でありますが、しかし現在この名人戦問題が陥っている状況もやはり泥沼流というか。毎日新聞社が猛反対中のご様子。

 「金よりも信義を」とか「ファンの気持ちを大切に」とか批判するのはあまり意味のないことであって、なぜなら信義でプロ棋士が養えるのなら苦労はないのだし、金を落とさないファンはいないも同然だからです。もちろんこのごたごたによって大量のファンが離れてしまってもいけませんけど、例えばぼくが連盟に直接間接に落としている金って、月刊誌『将棋世界』と新聞朝刊だけですよ。だからぼくは連盟の経営努力に文句の言える立場にありません。そして、新聞社という実績ある大企業以外にスポンサーがさっぱり出てこないいま、連盟のこの決意をむしろ応援したいところです。
 ただ、どうも会長の読みに風穴が開いてないかという懸念が……。瀬川テストのときにも試験官に任じる棋士達に事前承諾を得てなかったとか、園遊会での失言とか、豪腕強権ぶりと表裏一体の詰めの甘さがあちこちに感じられます。一番印象深いのは、以前いろんな意図を込めて『将棋世界』誌上で行われた新進気鋭の経営者と米長会長の対談にて、登場していたのが堀江ライブドア前社長やマネックス社長だったという黒歴史。詰んでるのに穴熊。
 というわけで、今回もなんか手順前後してるっぽいし、どうにも不安が拭えないのでした。願わくば、最悪の事態だけは回避できますように。

 ツンデレなのに穴熊。相手が攻めあぐねているのを見て、玉側の桂馬を跳ねてみる。

「べ、べつに守りを崩すわけじゃないんだからねっ。そっちを攻め潰してやるだけなんだから」

 なお、穴熊で守りの桂馬を跳ねることを俗に「パンツを脱ぐ」と言うそうです。
2006年4月14日(金) おなかのらっぱがぷー
 水野さんどもです、そちらもご退院おめでとうございます。お互いあいとあいとーですね。

らむだ「お腹に空気入れたから、その痛みがしばらく続いてな。」
美 森「今度は、妊婦の気持ちが分かったとでも言うのか。」
らむだ「いや、どっちかというと、ストローで膨らまされたカエルの気持ち。」
美 森「そんな遊びいまやらんて(笑)」

 将棋の話の続き。米長といえば産経新聞社寄り、つか東京都の教育委員だったり何だりでそういう保守陣営との結びつきが強い人ですが、彼個人の思想はともかくとして。たぶん彼の目論見としては、朝日新聞社からの普及支援金を財政改革の大切な足がかりにしながら、その5年の間に将棋を学校教育に導入させてしまおうということなのでしょう。学校に将棋を、というのは米長の以前からの主張であります。教育委員への就任や保守陣営との関係構築も、個人的な野心などと並んで、将棋を「日本の文化」として次世代が必ず触れる機会を設けてファン層を一挙に拡大するよすがとしたいという、やはり一人の棋士としての将棋生存戦略から導き出された戦術でもあるのでしょう。そのためには例えば教育基本法「改正」なども当然ながらうまい方向に推進したいわけでしょうし。いろいろと噂の絶えない人ですが、そういう彼なりの読み筋がありそうなことだけは心にとめておきたいです。政治家になってほしくはないですけど。ろくなことにはならんので。
2006年4月15日(土) ペリカン口はまだか
 ハルヒ、やっと第2話だけ観られました。
 ほぼ原作第1巻冒頭に忠実な内容で、ああハルヒが可愛くなくて可愛い。長門は想像以上に色合いが鮮やかでした。あと、キョンのモノローグが彼のわくわく気分を押さえ切れてなくて、何ともおかしくてたまりません。
 しかし本編以上に印象に残ったのは、オープニングを観てて目にとまった「また図書館に」という文字列。そこに込められた想いの深さについてはずいぶん前にも書いたけど、まさかいきなりここで出会うとは思わなかったわけでして。油断大敵、目頭が熱くなりました。
2006年4月16日(日) ガンスリンガードール
 喪われた者への痛惜を胸に沈ませて、男は人形を作った。乙女達の肉体を用いた薔薇犠体という人形を。少女とマスターを繋ぐ鎖は兄妹という名のかりそめの「絆」。

トリエラ「だって、闘うことは生きることでしょう?」

 そんながんすり乙女の物語。

プリシッラ「これってあれよねぇ、ダッチワ」
ヒルシャー「違ーう!」
2006年4月17日(月) えねるぎーの萌し
 滞納により電話不通に。すっかり春ですね。

 とりわけこの時期になると、頭の中に穴があいた気分になります。そこを埋めるために知識を求めるか、そこからわき出たものを文章にするか。どちらにしても、このぽっかり感覚に由来する力を、懸案事項のためにうまく活かせればいいのですが。
2006年4月18日(火) 大絶版。
 D&Dサプリメントが増刷されたはずなのに、Amazonでは品切れのまま。困って探したら翻訳元のホビージャパンでちゃんと通販してました。まさに灯台もと暗し、大喜びでいくつか購入手続きするの巻。Amazonの中古だと『不浄なる暗黒の書』に3万円なんて値段がついてるのですが、何なんだあれ。

 中古といえば、昔『はじめてのおるすばん』が発売直後に品薄になったときも、えらい値段がついてました。あのときも少し待ってたら通常価格で手に入りましたし、何事も慌てては損ですね。『賢人ナータン』だって重版したし。ただまあ、慌てないと入手不可能になってしまうものもあるわけですけど。天広直人シスプリ画集とか(どっちも持ってない人>自分)。あうー。
2006年4月19日(水) 豹耳モード
 グインサーガ第107巻。パロとゴールの主要人物達から憑き物がおちていく爽快感。問題発生からこの感覚を味わえるまでに費やした巻数じつに80超、でしょうか。えらいことです。時の流れを詠嘆するリンダの想いを、読者も思わず共有してしまえる、そんな作品。あと、レムスは最初からわりと好きなキャラだったので、こういう和解を迎えられて嬉しかったです。
 さて、彼らのごちゃごちゃが解消されていくかわりに、グインの方は逆に混迷の度を増しております。どうするんだシルヴィア問題。これまで皆を救いまくってきた主人公が、今度はいよいよ皆に支えられて自己を取り戻す、そんな展開が待っているんでしょうかね。いわばグイン総受けモード。
2006年4月20日(木) 真夜中の暴走娘
 ハルヒ第3話。ハルヒの表向きの暴走ぶりが『憂鬱』内で最も激しいあたりの話。いいですね。迷惑ですね。それにしても、やはり長門の輝度が高すぎるような気がします。あと動きが大きすぎ。なんとか2ミリの範囲内で(無理)。なお、長門の部屋でのお茶は「駆けつけ三杯」か。
 次が野球話ということは、今後の構成は、第1作を基本にしつつ、間あいだに他の話を挿入していくわけですか。実際、第1作は3人による説明場面が重たいので、これと挿入話での軽快感とを交互に並べることで、作品全体のリズムを作ろうということでしょうか。

 ハルヒの学校にイリヤが転校してきたという妄想発生。いや、高校生と中学生では一緒の学校になれませんけど。そして鉄人定食の前で半泣きのみくる。彼女の分も平らげるハルヒと長門。
2006年4月21日(金) 善悪の此岸
 ホビージャパンから通販荷物が速攻で届きました、わーい。『不浄なる暗黒の書』と『高貴なる行いの書』、これらがあの赤箱時代に存在してたなら、アライメント論争や善悪問題もずいぶん分かりやすく整理されたはずですねえ。もちろん、ああいったわやな時代があればこそ、今のこういったサプリメントも登場しえたのかもしれませんけど。
 そいえば、ダンテの『神曲』で描写されている地獄や天国を、これらの本のルールでそのまま表現できそう。日本製のTRPGでも宗教的なフレーバーをルール化したものはありましたが、やはり本場のキリスト教圏にはかないませんか。殉教者のキャラクタークラスなんて、ちょっと思いつきません。
2006年4月22日(土) ネギま最新刊
 ネギま第14巻。ここしばらく週間連載の方を読んでなかったので、気持ちよくまとめ読み。

 ちっちゃいちうが可愛いのは当然として、千雨が面倒見よすぎです。ネギが完全に誘い受け状態なため、いいように千雨がつり込まれているわけですが、その攻め十割なところに茶々丸がこれまた素のままのカウンターを意図せず決めるという、噛み合わないようで見事に噛み合う楽しさです。

 亜子の背中の傷は、今は確かに何も与えてくれないマイナスだけど、おそらくそれは彼女を魔法の世界と結びつける過去の証のはず。そして、たとえそうでなくとも、傷を負う仲間の痛みを、一番親身に受けとめてあげられるのが彼女。あと、亜子の影でこっそり人気が上がってそうなのが、くぎみー(くぎみー言うな)。

 で、体育会系話の次に文化系話を持ってくるバランスのよさ。126時間目、ハルナがネギに突然キスしたあと、のどか達に書物でゴッと突っ込まれてますが、このときどうも衝撃で眼鏡がずり落ちてるんですかね。なので「やっべ」とごまかすコマでは眼鏡が描かれてなく、その次のコマでズビシィッと決めてる場面では、眼鏡に指を添えてかけ直してます。あと、128時間目によれば1年生の時は丸眼鏡。その後、横長楕円形の時期(回想最終ページ2コマ目)を経て、今に至る、と。相変わらず細かいなあ。
 前にも予想しましたが、ハルナ参入によってついに恋愛指南役が魔法生徒メンバーに加わったわけで、いよいよ春たけなわです。とはいえ、これでしばらく恋愛問題はのどかと夕映の間でごにょごにょすることができ、その間は明日菜も対のどか関係に引き込まれることなくタカミチ方面でむにゃむにゃできますね。連載ではもはやそんな余裕もなくなりつつあるのかもしれませんけど。

 その明日菜ですが、巻末話では久々にアップ絵が多数登場。うわーい。しかし、本来なら夕映などに転んでいておかしくないぼくが、なぜこんなに明日菜に惹かれるのか(いや、夕映も大好きですが)。以前からたびたび思い悩んでいたところですが、ふと気がついたのは、性格云々ではなくて、彼女の頬からアゴにかけての線。細いとか尖ってるとか言うだけでなく、悩ましいのですこれが。彼女の面倒見よい苦労性という母性的な面と、魂の奥で泣きじゃくってる幼女的な面とが、この顔の微妙なラインに重なり合って立ち現れていて、それがたまらない魅力なのです。
 こういう顔のラインに昔も惹きつけられたような、と思い返してみると、ああそうだ小山田いく『星のローカス』の志保里なんかがまさしくそれでした。
2006年4月23日(日) ハルナとか
 ネギま。ハルナが参入してとはいえ、その目的は興味半分、のどか達のフォロー半分。お姉さん役である彼女がどこまでネギについていけるのか、その試金石はネギ達とともに危険な戦闘に巻き込まれるとき。その現実の衝撃にハルナが耐えられるかどうかによらず、少なくとものどかはネギを支えて戦おうとするだろう。その姿を目の当たりにして、ハルナは自分の知らないのどかを眩しく思う。じつはその眩しさは、今までのどかの恋を叱咤激励しながら、恋に健気に挑むのどかの後ろ姿に、気づかぬうちに抱いていたものではあるけれど。

 戦いが一段落して、そんな親友達のたくましさに心うたれているのもつかの間、あまりの非日常的な恐怖にハルナも思わず失禁してたりして。驚愕し混乱するハルナを、そっとかき抱いたのは夕映だった。だいじょうぶ、私もパルと同じです。紐パンツにしたたる雫からほのかにたちのぼるミルクコーラの香り。

 夕映のアーティファクトはしびん。「こ、これはクラインの壺なのです!」
2006年4月24日(月) 人気は微妙
 『魔法先生アーニャ!』妄想中。

 主人公のアーニャは魔法学校を卒業後、なぜか中学校教師として日本に送られることに。着任早々に出くわしたガサツな男子生徒の飛鳥(あすか)と口論となったり、受け持つのがなんと全員男子の学級だったりと、先の思いやられるスタートに。しかもとんでもないことに、飛鳥たちと一緒の部屋で生活することに(えー)。しかし、本好きでおとなしい生徒の長閑(のどか)に恋心を抱かれたり、飛鳥と同室の木乃馬(このま)にまったり癒されたりしているうちに、アーニャも立派な教師そして一人前の魔法使いとなるべく、日々頑張る力を得るのだった。
 そんなアーニャをクラスの生徒達は好ましく感じながら、ついからかってしまったり、子供扱いしてしまったり。ところがアーニャがふと見せる大人びた憂いの影や健気な瞳に、男子達も次第に本気で惹きつけられていくのだった。

飛鳥「おいまてー! アーニャは10歳なんだぞー!?」

 性別を入れ替えただけで、きわめて怪しい作品が誕生。仮契約の場面なんて少年誌ではお見せできません。あと、女性版のカモはたぶんモザイクかかります。
2006年4月25日(火) 『憂鬱』とその後
 ハルヒ。『憂鬱』から後の物語は、どこまで続いたとしても、つまりはもう一度キスをするまでのお話ということでひとつ。
 あと、『憂鬱』以降は、長門問題を経てキョンが敵対組織を「敵」として認識しました。このことによって、『憂鬱』でいったん乗り越えられた二項対立が復活してしまったわけですが、しかしそのことによって真の対立、つまりキョンをめぐるハルヒの葛藤や嫉妬がキョンの意識から隠蔽されてもいるという。キョンがハルヒ達のために燃えれば燃えるほど、逆にハルヒとの関係はねじれていくというこの状況は、『憂鬱』にてハルヒが燃えれば燃えるほどキョンとの関係がねじれていったその展開と、妙なかたちで重なり合うのでした。

 ご紹介いただいておりましたが、原作がすでにそうなのに、ハルヒをもっとラブラブな小説にするなんてのは、たしかに野暮じゃないですかね。考察なんて野暮をしている自分が言うことじゃないですけれども。
2006年4月26日(水) 群オタ、像を撫づ
 おめめをつむってフィギュアをなでなで。

「頭の横に突起が……ツインテールだ。これはツンデレだ。」
「いや、そんなに長くない。……そうか、耳だ。これはエルフだ。」
「いや、耳はその下にある。……そうか、リボンだ。これは妹だ。」
「おでこに何か飾りがある……ティアラだ。これは王女だ。」
「首飾りがあって、腕を腰にあてている……これはお嬢様だ。」
「胸がない、つるぺただ……これは幼女だ。」
「腰が山なりに盛り上がっている……制服スカートだ。これは女子高生だ。」
「いや、もっと盛り上がり方が大きい。……かぼちゃパンツだ。これは田舎娘だ。」
「裸足で、しかも外向きだ……これは野生娘だ。」

 答えはこれでした。
2006年4月27日(木) 手が伸びる貯金箱とかもあった
 IRCの流れで「コピア」とか「スーパーバイカー」とか思い出す。昔、少年漫画誌の裏表紙あたりに広告が載っていた、怪しい通販グッズです。

らむだ「動物の雌雄を見分ける大仏の頭とかもあったよね。」
美 森「あと、頭がよくなるミラクルミーとか。」
らむだ「あー、あったあった!」

 調べてみたら販売元はここなのかしら、王様のアイディア。ミラクルミーはありませんが、怪しさ健在でなによりです。
2006年4月28日(金) おとこなき
 馬鹿話。『Soul Link』のCDカバー、永瀬沙佳というキャラが可愛いと盛り上がる。

らむだ「しかし、ゲーム画像だとあまり惹かれませんなあ。」
美 森「だいたいそういうもんだ。
    ジャケット絵でぐっときて探しても、結果はいつだってしょんぼりなんだ。」
らむだ「な、なんでそんなに熱く語るんですか。」
美 森「……。」
らむだ「……悲しい記憶があるのか……。」

 しかし、経験者の忠告を聞かずに検索するぼく。

らむだ「やっぱ駄目かぁ……。ならば、ファンの絵師達の作品を探そう。」
美 森「もういい、終了。」
らむだ「いやいや、もうちょっとだけ探させて。」
美 森「うるさい。」(強制終了)
らむだ「……。」
美 森「泣くな!(笑)」

 目がかゆかっただけだよう。
2006年4月29日(土) ガラリと音を
 『秋葉の街のオタクマスター』さんから、シスプリ考察のご紹介をいただいておりました。ありがとうございますー。
 ところでその箇所で、「探美眼」という新語が提起されてます。

>本物の美しさ、傑作を見ぬく審美眼も大事だが、美しくない、駄作からも美しさを探り出す探美眼(たんびがん:私の造語)も大事なのだと。

 これについてはB級作品ファンとして激しく同意します一方、アニプリは駄作じゃないですよ、と白目をむいて絶叫(病気)。や、世間で不評でも自分の心の琴線に触れるような作品は、できるだけその独特の美しさを言葉にしてあげたいですね。ただ、その作業はたしかに「美しさを探り出す」ことだけど、それはまた同時に、作品に対する自分の「好き」という気持ちを客観化することでもあります。それを忘れると、なんとなく、美しさ探しそのものが目的になっちゃうような。
 しかしまた逆に、考察のために作品をあれこれいじくりまわしているうちに、自分でも気づかなかった美しさを発見することも非常に多くて、あの感動は一度味わうとやみつきになります。そして、そんな作業の末に、その作品をもっと好きになれるというのは、じつに幸せなことなのでした。
2006年4月30日(日) 権利と義務
 ろり絵規制関連
 規制対象の枠を誰が判断するのか、とか、表現の自由を守れ、とか、もちろんいろいろ言えはするのですが。それとともに再び言わねばならないことは、自分の尻を拭けないような市民の権利を誰も擁護してはくれない、ということで。3次元系18禁サイトはともかく警告ページなどを置いてるけど、2次元系サイトは今なおそのへんいい加減ですからね。あと、一般人が見て眉根をひそめるような絵が、ぐぐるのイメージ検索で山盛りになるという現状は、やはりどうかと。これは検索システムの問題でもありますが。
 MAS-Rさんの運動宣言ONAさんの報告記をあらためて読み直しましたが、問題そのものはあの頃とほとんど違いません。

 オタクだからこそ女の子を守ります(性的な意味で)。

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