シスター・プリンセス〜リピュア〜   (MMV)


 アニメ版リピュアを元にしたゲームボーイアドバンスド(GBA)用ソフト。

「格好良くて優しくて、とてもステキな、世界にただ一人のお兄ちゃん。これは、お兄ちゃんのことが大好きな、12人の妹たちの物語です。」

 そしてこの文章は、そんな妹達のことが大好きなサイト管理人による感想です。さほど遠くない昔には、原作キャラクターコレクションを読んでその甘々さに悶絶していたぼくも、アニプリの考察などを書いているうちに、いつの間にかこの作品のとろけぶりにすっかり慣れ親しんできました。最近ではさらに、そんな刺激がないと落ち着かないという、まさに慢性中毒症状。妹は阿片です。

 そんなシスプリ人なぼくですが、しかし原作やアニメ版に比べて、ゲーム版への没入度はさほどのものではありませんでした。というか、これを書いている時点で、PS版『シスター・プリンセス』の1も2も未クリアという体たらく。若さが消えつつある自分にとって、これらの重厚長大な作品が要求するプレイ時間は、もはや耐えられるかどうかの境界線上にあります。とくに妹達の声が全ての台詞に入っているために、テキストを飛ばし読みすることもできないというのは、なかなかしんどいもの。
 ところが、このぼくにちょうどぴったりのゲーム版シスプリが発売されました。それが今回取り上げるマーベラスエンターティメント謹製のGBA版リピュア。発売後たいした評判のなかったこの作品、人によっては「短い」「声がなくて萌えられない」などと批判もされていました。でも、その批判点こそが、ぼくにとっては逆に長所に感じられたのです。
 何で長所かと申しますと、まずプレイ時間が手頃。ゲームの内容は後述するように、アニメ版に合わせて全13話から成りますが、その1話あたりのプレイ時間は、10分から15分もあれば余裕なほど。ほんの息抜きに遊べ、しかもちゃんと一つのお話をクリアできるというのは、ぼくにとって非常に魅力的でした。次に、声を飛ばさずにすむ。妹達の声は、「お兄ちゃん」「おにいたま」などの兄呼称以外、ほとんどありません。妹達以外でもミカエルの吠え声くらい。一般に萌えゲーとされるこの作品で、PS版などのように妹達の声が全て収録されていないというのは、GBAソフトとしての限界を考えても、確かにかなりの弱点となるべきところ。でも、「声は飛ばせないが短時間でプレイしたい」という我が儘なぼくにとっては、これも逆に幸甚です。いや、亞里亞だけはメッセージスピードが遅かったりしますが。
 こうして、プレイ意欲を妨げない条件が揃った本作品でではありますが、しかし中身もまたそれゆえに、その短さに見合ったものでしかなかったのかどうか。以下、ネタバレを含みますのでご注意下さい。

 スタッフをみるとシナリオライターの中にリピュア脚本担当の滝晃一氏がいることからも分かるように、本作品はアニメ『シスター・プリンセス Re Pure』のストーリーズパートをゲーム版に置き換えたものです。
 その置き換えは第1に、プレイヤーの視点についてなされます。アニメでは視聴者は兄妹の物語を第三者視点で眺め、感情移入するにしてもどちらかといえば妹達の側でした。それはアニメが「12人の妹達の物語」だったからでもありますが、より重大だったのは、リピュアの兄は(とくにアニプリの航に比べて)あまりに完璧超人すぎて、多くの視聴者には感情移入のしようがなかったことでした(アニメ版での兄の内面についてはリピュア考察6を参照。)これに対して、GBA版では主人公が兄になっており、プレイヤーは兄の立場で物語に参加することになります。
 第2の置き換えは、妹達についてのものです。アニメ版リピュアでは、全13話が全妹に公平に割り振られず、これも視聴者に不満を与えました(リピュア考察2を参照)。同じ13話構成をとっているGBA版では、この不満を解消するために、アニメ版の各話を全員に平等になるよう再編しました。アニメ版でメイン話を与えられなかったのは雛子、白雪、春歌、四葉でしたが、例えば雛子は第12話のレストラン話(咲耶達年長者がメイン)を新たに割り当てられ、物語を雛子のウェイトレスに組み替えています。同様に、第2話は四葉、第3話は白雪、第10話は春歌をメインに据え、それぞれの妹の物語を新規に用意してくれています。
 さてこれをお読みの皆様は、これらの置き換えがいずれも、アニメ版リピュアで指摘されていた問題点を解消しようとしていることに、お気づきでしょうか。ぼくは以前、アニメ版リピュアが原作・ゲーム版・アニメ版の中点に位置づいていると述べたことがありますが(リピュア考察1を参照)、そこではまた、原作とゲーム版の補完関係についても言及しました。このことが、いま論じているリピュアのアニメ版とGBA版との間にも確かに言えそうです。
 なお、各話をクリアすると、その展開に応じてグラフィックを閲覧できるようになります。各妹4枚のうち、その多くはアニメ版リピュアの両パートから選び出されていますが、一部は描きおろし。絵の質は様々ですけど、ぼくがとくに気に入っているのは、鞠絵のうちの1枚です。おとぎ話のお城を背景に、王子様の兄の胸に向かって、お姫様姿の鞠絵が飛び込んでいこうとしているものです。第8話の人形劇をそのままに描いた素敵な光景で、これを見られただけでも元を取った気になれました。

 それでは、物語の中身はどうでしょうか。
 まず、新規に作られた方をみてみます。先に例にした第12話では、咲耶達のウェイトレス姿を見てその真似をするのは、アニメ版の花穂ではなく、雛子になっています。しかも雛子はレストランのお手伝いを、ウェイトレス姿になってみたいからではなく咲耶達が忙しそうだからという理由で思いたち、しかも年齢相応に、あるいはそれ以上に、立派にこなしてみせます。そして、花穂も雛子に続いてウェイトレスになってはみるのですが、その失敗の危機を救うのが雛子だったりします。
 これは別に花穂と比較しようということではありません。雛子のこれほどまでの頑張りは、もちろん兄の目の前でこそ示されるものです。「おにいたまにいっぱいサービス」したかった雛子は、だから翌日に兄の家を訪れて兄のウェイトレスになりきり、「おにいたま、ヒナのサービスはいかがでしょうか? ご満足していただけてますか?」と問いかけます。それは確かに「ごっこ遊び」にすぎないにせよ、ここには、雛子の幼い頑張りとともに、兄のために何かしたいという気持ち、そしてそれが可能となるように早く大きくなりたいという成長への意志をも描いています。これは、じつはPS版の2でも雛子の主題になっていたものであり、ソフトとしての規模に関わらず、シスプリとしての本質に何ら差はないことが分かります
 次に、アニメ版に基づく話をみてみます。こちらは、アニメ版の展開に沿って選択肢を選んでいけば、問題なくその通りに進んでいきます。そして、この元作品準拠という点を満たす一方で、選択肢によっては、アニメ版と異なる展開に入っていくことも可能です。つまり、兄がアニメ版の通りに行動しなかったならば何が生じ何が不可能になったかを、プレイヤーはシミュレートできるのです。
 例えば、第1話では、兄が予定よりも早く家を出ることで、公園にいる花穂達に遭遇します。ただしこの場合、服を汚してしまった可憐の悲しみを癒すことができなくなってしまい、展開としてはやや不本意。ところが、第11話では、咲耶が家を飛び出すのをいかに追いかけるかによって、非常に興味深い展開が描かれます。咲耶を発見する前に教会で可憐と千影に出会うと、その2人とともに咲耶を探すことになり、その結果、公園の噴水の前にいた咲耶は、感謝の意を込めて、兄のみならず可憐と千影をも自分の家に招くのです。あり得ない!ふたりっきりのお泊まりの日なのに、あの咲耶が他人を招くなんて! と、このエンディングを見たぼくは狂乱しました。この夜、咲耶の家でいかなる光景が現出したかは定かではありませんが、しかしブーケの思い出によればこの3人と兄は幼い日に一緒に遊んでいたわけですから、久々にその頃に戻って仲良いひとときを送るという意味では、きわめて納得のいく、そしてアニメ版では想像しえなかった、物語の帰結ではあります。いやもちろん、あのブーケの決着をつけるという本物の修羅場を予感してもいいのですけど。

 この様々な展開、場合によっては妹達に不満を与えてしまう結末を目の当たりにする中で、プレイヤーは、妹達のために最善を尽くすことがいかに難しいか、そしてアニメ版の兄がいかに正確な行動をとり続けていたかを、改めて知ることになるのでしょう。あの兄は、間違いなく完璧超人でした。そして、その完璧ぶりが、決して彼にとって当然のものでもないということもまた、このGBA版をプレイすれば確認できます。
 第1話の冒頭で、兄は自室で「今日は妹たちみんなと会う日。12人全員がそろうなんて久しぶりだなぁ」とひとりごちます。ゲーム版の他作品と同様の状況にあるこの兄は、待ち合わせ場所で可憐のうなだれる姿を見て、何とか慰めようと必死に努力します。その試行錯誤の中で、チューリップが球根から育つと知らないことを露呈するなど、意外に間の抜けた一面を垣間見せるのです。この間抜けさは他にも、第8話で鞠絵と一緒にろくろを回すとき、プレイヤーが目押し(スロットマシーンみたいな)に失敗すると、凄まじい形状の器ができあがります。背後の「沈黙」という文字が痛々しいこの器を画面に見て、プレイヤーも兄の落胆ぶりに共感してしまいますが、ここで鞠絵が兄を励ます言葉の何と暖かいことか。ただ妹達を癒すだけでなく、その妹達に癒されもする兄の姿が、ここにあります。アニメ版では第13話でようやく描かれたこの兄妹関係は、GBA版では随所で示されているわけです。そしてそのことは、第1話最後の「私たちみんなのこと、とっても大切にしてくれる…。だからみんな、お兄ちゃんのことが大好きなの…」という可憐の言葉に既に込められているのでした。
 こうしてプレイヤーは、アニメ版では知り得なかった兄の努力を追体験し、本編以外の展開の可能性とその内実を知ることで、兄への共感的理解と、彼が妹達の兄として相応しいという納得とへ、導かれていきます。様々な選択肢での葛藤はアドヴェンチャーゲームとして当然のものですが、それにしても落下する鈴凛を受けとめる目押しなど、兄の責任の重さを実感しました。ぼくは初めてこれに出くわしたとき無事成功しましたが、もし失敗したらと思うと恐くてもう第9話をプレイできません(一度クリアした話もグラフィック確認のために繰り返しプレイできます)。まことに兄失格でありますが、しかしあそこで鈴凛をちゃんと受けとめられた兄に、心から賛辞を送りたくもなったのです。

 アニメ版に準拠しながら、視点の置き換えや物語の組み替えによって、アニメ版の問題を解消しつつ兄妹の理解を深めさせてくれるこの作品。もちろん兄視点ゆえに妹の内面が直接話法でしか語られにくいという欠点はあるものの、それを補ってあまりある長所を、このソフトは備えていると言っていいでしょう。そして、プレイヤーはあり得た展開を確認する中で、あの兄への違和感を次第に敬意に変えていくことも、できるのではないかと思います。この兄と妹達の幸福を素直に喜べるように、なれるのではないかと思います。そのためにぼくもリピュア考察を書いたわけですけれど、多くの言葉を費やした考察よりも、このソフトをプレイする方が、まさに「百聞は一見にしかず」ということになるかもしれません。ゲーム機本体をお持ちの方にはもちろん、ぼくのようにソフトとハードを一緒に購入しなければならない方にも、シスプリファンとしてお勧めする次第です。多様な可能性の中から、兄が選び取り妹達が応える幸福へのすじみちを、ともに言祝ごうではありませんか。

 ところで、隠しシナリオである第13話はアニメ版最終話を元にしていますが、そこではあの時計塔のカラクリの秘密には全く触れられていないようです。これがリピュアのムックと同様の記録抹消を意味するのか(リピュア考察補論1を参照)、それともたんにぼくがそのような展開に入れずにいるだけなのか。そこに入るための選択が兄の日々の正確さほどに狭い道かどうかはさておき、ご存じの方はご教授下さいませ。


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