アニメ『シスター・プリンセス Re Pure』考察2

〜年少者のあり方〜



はじめに 〜考察の視点〜

 リピュアストーリーズパート(以下Aパート)批判の中で最も有力なものの一つに、妹達の扱いがあまりに不平等である、というものがある。登場回数の格差は、EVI氏『潮見工房』「アニメシスタープリンセス雑記RePure編各話感想(最終話)」にて示されているように、間違いなく存在する。このうち各話のヒロインのみをまとめれば、おおよそ次の通りとなる。第9話は四葉もヒロインとするなど異論もあるだろうが、それでも雛子・白雪・春歌の3人が主役とならなかったこと、そしてその分花穂と咲耶の2人に主役が集中したことは、否定のしようがない。

話 数 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13
ヒロイン 可 憐 花 穂 花 穂 花 穂 千 影  衛 . 亞里亞 鞠 絵 鈴 凛 咲 耶 咲 耶 咲 耶 全 員

 前作アニプリでは12人の妹達全員に1話ずつヒロインを割り当てている(第4話分考察に割り当て表がある)だけに、リピュアのこの不平等は大きな欠点として受け止められている。原作版の『ポケットストーリーズ』全4巻に準拠すればこのような問題は生じなかったとする意見もあるが、これについては、『ポケットストーリーズ』でも機会の不均衡が見られることを指摘しておく(論者の日記参照)。しかしこの指摘は不満の解消につながるものではなく、とくにこの不平等の原因が一部声優に対する監督の優遇にあると噂されるに至っては、作品の評価に重大な悪影響を及ぼしてしまっている。論者は作品製作過程について具体的な判断材料を何ら持たないが、例えば2ちゃんねる掲示板で悲憤を込めて書き込まれたように、この不平等が、シスター・プリンセスファンの間に特定の妹に対するアンチファンを生み出す不幸な契機となってしまったことだけは、あらためて確認しておかねばならない。
 しかし論者は、その問題性を受け止めたうえで、この構成に一つの積極的な意味を見出そうと試みる。既に考察1では、リピュアが原作・ゲーム版・アニメ版にとっての中点となるために、Aパートにゲーム版との関係構築が委ねられ、その結果ゲーム版の「1人の妹を選ぶ」という特性を分かち持つために、特定の妹を集中して選ぶという構成がとられることになった、という結論を導き出した。これが体制迎合的な詭弁や諦念の現れとならないためには、ここでAパートにおけるヒロイン集中がリピュアにどのような肯定的な独自性を与えたかを明らかにする必要がある。そしてこの独自性がアニプリの不足分を補うものであるならば、Aパートはアニメ版の領域をより豊かにし、結果的にシスター・プリンセス界の発展に寄与したと言えることになるだろう。
 それでは、アニプリの不足分とは一体何か。それは単純にいえば、独自性が強すぎたアニプリの設定を裏返すことで得られる。まず考えられるのは、コメディ抜きでの兄妹達の描写だが、これはAパートがポケットストーリーズやゲーム版の舞台設定に接近していることで満たされるはずである。次に挙げられるのは、共同生活ではない個々の生活に立脚した妹達の生活の描写である。これは、原作に忠実な「お兄ちゃんの日」を要求するとともに、それぞれの妹が独りでいる状態に注目させることとなる。アニプリでは共同生活の騒々しさの中にかき消されがちだった個人の姿を、リピュアAパートは浮き彫りにしなければならない。また、花穂と咲耶をそれぞれ年少者と年長者の代表であると仮定すれば、そこには各人の個性とともに、年少者・年長者のありようと、妹一般の特徴とが、重なり合いながら描かれていなければならない。本考察では、このような展望に基づいて、花穂がヒロインとなった第2話「秘密の花園…なの!」、第3話「マロンの誘惑」、第4話「えへへ…お泊りの日です」の3話をとりあげ、花穂という個性、年少者としての特性、そしてシスター・プリンセスとしての普遍的な主題のそれぞれを抽出することを試みる。


1.「秘密の花園…なの!」 〜兄との固有の絆〜

 冒頭の場面は、学校の花壇で楽しげに種を植える花穂の姿。第2話は、この種を入れたポーチを紛失したことによる捜索の顛末を描く。
 花壇の柵をジャンプで越えたり、チアリーダー衣装で胸の大きさが目立ったりと、花穂の成長の度合いはアニプリよりも進んでいるかに思えるが、しかし、兄に気をとられて練習中であることを忘れたり、落としたポーチを拾った雛子が差し出すのに慌ててポケットをまさぐったり、トラムバス(路面電車)に乗り遅れたりと、とろくさいうっかりさんで混乱しやすい性格はむしろ前作以上に強調されている面もある。これは花穂の場合、共同生活という枠の中で雛子や亞里亞にとっての姉としてふるまう必要がないため、本来の性格のままにのびのびとしていられるということを示す。雛子の方がしっかりしているように見えるのも、年齢順という秩序の強制力がアニプリよりも弱いため、雛子も堂々とおしゃまさんでいられるからだ。

花穂「花穂の大事な宝物、お兄ちゃまにあげちゃうんだー。」

 解釈によっては大変な意味をもつこの台詞だが、ここでの「宝物」とは、兄と昨年一緒に植えたパンジーの種である。それは花穂にとって当然大切なものであり、しかも兄にあげることを約束したにもかかわらず、花穂はこの種の入ったウサギ模様のポーチをなくしてしまう。一度は雛子に拾ってもらえたのに、なぜもっと注意できなかったのか。例えばその時に鞄の中にしまっておくなどできたはずではないか。しかし、それができないのが花穂なのであり、また彼女の性格を度外視しても、衣服のポケットに入れて肌身離さずにおくことは、非常に重要な意味を持っていた。種は、自分と兄の二人を結ぶ絆の証しであり、兄と一緒に生きた喜ばしい時間の具現であり、まさに自分の一部にほかならないのだ。そして、やがて花穂が

花穂「ほんとはね、お兄ちゃまのお家にこのパンジーの種植えたかったの。それで一緒に、たくさんお花咲かせたいなって思ってたんだぁ。」

と語るように、この種は毎年繰り返されていく贈与と共同作業によって、これからずっと兄と自分とを繋いでくれるものとなるはずだった。だからこそ、その紛失は兄と自分を繋ぐ経路を喪失することを意味してしまい、兄との約束を破ることに加えてさらに花穂を打ちのめすことになってしまう。花屋の軒先で、思いつめるようにして売り物のパンジーの種に手を伸ばしかけるが、

花穂(あの種は、お兄ちゃまと一緒に植えた特別なパンジーの種だもん…。お店で売ってるのとは違う、大切な種なの…。)

とこらえたとき、花穂は兄との絆のかけがえのなさを再確認しつつ、袋小路に陥るほかなかった。(回想場面では、ウサギ模様のポーチに種を入れる花穂の横に兄がいることが分かる。また、全く予備がないということは、雛子にあげるつもりの種は、このときのパンジーのそれではないようだ。)
 ところでこのかけがえのなさは、同時に花穂にとっては、他の妹達にはない兄との絆という点で、固有性をもつものでもあった。それは、この閉塞状況にある花穂に声をかけた四葉の台詞に明確に示されている。

四葉「それは花穂ちゃんと兄チャマの大事件デスー!急いで探しまショー!」

 この「花穂ちゃんと兄チャマの大事件」という言葉は、種をなくしたことがたんに花穂一人の過失なのではなく、花穂と兄との関係にとっての重大事であることを指し示している。花穂も四葉も含む全ての妹達は、個性や長所に応じて、兄とそれぞれ固有の絆を結んでおり、そこでは兄と独占的な関係をもつことができる。この固有な関係を相互に尊重し、他の妹が干渉することは互いに避けるのが、共同生活ならざるこの世界で最重要の規範の一つである。そして花穂にとってこの固有の絆を証す種を紛失したということは、兄妹関係そのものの看過し得ない危機として、四葉に理解されることになったのだ。もちろん四葉が過剰気味に反応しているのは、それに加えて四葉の個性、つまり彼女が兄との過去の絆について非常に敏感であるということ(チェキの目的である絆の確認)と、いつもの探偵ごっこ気分とによる。前者は鈴凛の冷静な反応との比較でそれと判断でき、後者は「これは迷宮入りかもしれまセンねー。」とうそぶく姿に示されている。だが、もう見つからないかと諦めかけた花穂に「諦めちゃだめデスー!必ず見つけまショー!」と呼びかけて、地面をはいつくばるようにして虫眼鏡を覗きこむ四葉の姿は、兄妹であることを全力で守り抜こうとする彼女の真摯さの現れなのだ。だからこそ花穂は、「四葉ちゃん…うん、花穂もがんばる!」と励まされて、一緒に頑張ることができた。この一見コミカルな光景には、同じ兄をもつ妹同士の心の交流と原則への誠実さが、端的に描かれていたのである。
 とはいえ、どうやら昨日の帰り道を辿っていった先で、あの飼い犬とじゃれあっているうちにすっかり当初の目的を忘れているあたりは、花穂・四葉コンビの恐ろしさではある。通りかかった鈴凛に「ワンちゃんと遊んでいるのデス。」と胸を張って応える四葉に対して、さすがに花穂は自分のすべきことを思い出すのだが、思えば昨日こんなに回り道をして帰ることになったのも、路面電車に乗り遅れたからだった。昨日のそこまでの道のりでは、花穂は青空や夕陽を見上げたり、噴水へ続く蔦のアーチをくぐりながら

花穂「きれーい。お兄ちゃまにも教えてあげよっ。」

と微笑んでいた。これがポーチをなくす不注意にもつながってしまったのはさておき、花穂はこの風景にも、兄と分かち合うべき喜びを見出し、自分と兄だけの景色を通じて、パンジーの種と同様、固有の絆の証しを獲得しようとしていることが分かる。また、植物もそうだが、緩やかに変化しゆく自然は花穂の性格に親和的なものでもある。自然は自分を包み込む存在であり、兄と固有の絆を結ぶ機会を日々与えてくれるはずのものだった。
 ところが、花穂が種を紛失したことで、この自然との親和性もまた失われてしまう。四葉と鈴凛とさんざん探したあげく徒労に終わった後、夕暮れの中を独り帰ろうとする花穂の前に兄が現れる。

兄 「夕方になっても来てくれないから、どうしたのかと心配してたんだ。何か、あったの?」
花穂「ごめんなさい…花穂ね、お兄ちゃまにパンジーの種プレゼントしようと思ったんだけど、どこかになくしちゃって…。
   鈴凛ちゃんにも四葉ちゃんにもお手伝いしてもらって、一生懸命探したんだよ…。でも、見つからないの…。」
兄 「大丈夫、明日また探してみようよ。ぼくが手伝うからさ。」
花穂「うん…ありがとう、お兄ちゃま。」

 ほっと笑顔も垣間見せるが、これで安心するかと思いきや、その夜に花穂は悪夢にうなされてしまう。公園で見つかったのに花穂の手を逃れて飛び跳ねるポーチは、模様のウサギそのままである。空高く飛び上がったポーチは、中の種を振り撒きはじめ、すぐさま花を開いたパンジーが一面に咲き乱れる。これは直接には鈴凛の「風に飛ばされて、町中に散らばっちゃったかな…。」という言葉がもたらした恐怖心の反映だが、街を埋め尽くすのみならず、兄や他の妹達にも、さらに自分の頭にもパンジーが咲くに至っては、これもたんにコミカルでは済まされない別の要因が看取される。

花穂「ど、どうしよう、花穂のせいだ…花穂が種をなくしちゃったから…。」

 なぜ花穂が種をなくすと、こんな途方もない事態が発生するのか。それは、種が見つからない不安を直接反映しているというよりも、種に象徴される兄との固有の絆が失われるという危機に対する防衛機制によるものと考えられる。種が本当に町中に散らばってしまったとすれば、花穂はそれを取り戻すことはできない。これが絆の喪失をもたらさないためには、種を散布された町中が、絆の契機とならねばならない。つまり、当初の予定では兄の家の花壇に限定されるはずの絆の場が、町中全体、自然界全体に一挙に拡大されることになったのだ。町中に花が咲いていく最初の段階で、花穂がその美しい光景を喜んでいるのはこのことを意味する。ここでひとまず場の拡大によって絆を保持しようとした花穂は、しかしこの無制限な空間への拡大に伴って、兄との絆を結びたいという欲求それ自体までも限界を失って増大させることとなった。当初予定していた兄の家の花壇に種を植えるという行為は、花穂だけの絆を結ぶことであるとともに、兄の家の花壇以外の場所を他の妹達のために残しておくということでもある。お互いの固有な領域を侵害しないことが妹達の遵守すべき原則であることは先述したが、兄の家の花壇に(のみ)植えることは、花穂固有の領域を確保しつつ限定するという二重の意味をもっていたのだ。ところが、夢の中での花穂は、種を町中に拡散させることで、領域限定という規範を破ってしまう。制御できない欲求の無制限な増大は、世界全体をその欲求充足の場としてしまい、兄や他の妹達にまで花が咲くという表現で示される通り、兄の独占を図り、他の妹達の固有性を失わせようとする。

花穂「あーん、花穂の頭に咲いちゃだめー!」

 それは、自らの欲求を再び制御して限定づけ兄妹の秩序に復帰しようとする花穂の、12人の中の1人としての必死の叫びであり、またそれにもかかわらず山のように増えていくパンジーの花は、固有の絆の喪失不安に由来する彼女の満たされぬ欲求そのものだった。翌日を過ぎても花穂が衛に「町中お花だらけになっちゃった」ことを詫びているのは、この夢に描かれた葛藤がいかに彼女を捉えて離さないかを示している。そして実にこの葛藤こそは、兄をめぐって全ての妹達が抱くものにほかならないのである。
 それゆえ物語の収束は、この秩序の回復を導くものとなる。衛に呼ばれて公園に着いた花穂を、木のもとで兄が待っていた。その足元に守られるようにして、木の根元にパンジーの芽が出ていることに花穂は気づく。

花穂「お兄ちゃま、花穂のパンジーの種、芽が出てる!」

 すぐさまパンジーの芽だと分かったのは、来る途中で衛が示唆していたのかもしれないが、何よりも兄と一緒に育てたパンジーの芽の姿を花穂がよく記憶していたことによる。兄もまた、そうであればこそこの小さな双葉たちがパンジーだと判別できたわけであり、このことの価値は、たとえ兄が木枝の上のポーチに気づいていたとしても決して損なわれることはない。(なお、ポーチが枝の上にある理由は、動物が運んだ・子供が投げ上げたなど考えられるが、ここでは検討しない。)種の行方を確認してようやく心から安堵した花穂は、兄の家の花壇に植えるつもりだったことを話す。

兄 「そっかぁ。じゃあ、今度からここを、ぼくと花穂ちゃんの新しい花壇にするのはどう?」
花穂「本当?」
兄 「うん。いっぱいお花が咲くといいね。」
花穂「うん!」

 こうして兄は、この場所を二人の花壇と決定することで、花穂が妹の一人であるために必要な固有な絆とその限定をも回復させた。そして花穂を探して町中走り回っていた衛は、この二人の絆に立ち入ることなく、背後で黙って控えている。衛の名が象徴的であるように、「秘密の花園」が兄と花穂の秘密のままでいられるためには、兄と他の妹達によって「まもる」ことが不可欠なのだ。それは、固有の絆を侵害しないという基本原則の遵守であり、またこの時まで種探しに協力していた雛子や四葉、鈴凛たちも合わせて、ある妹の固有の絆の危機にさいして支援するという相互扶助の原則もまた履行されていることの証しでもある。とりわけまた花穂が年少者であることは、その性格ともあいまって、他の妹達にとっては必要以上に面倒をみてやらねばならない、あるいは面倒をみてやりたくなる、そういう存在にもならしめていた。このようにして、兄や他の妹達の助力あって兄妹の秩序が完全に回復したことで、花穂は「早く咲いてね。お兄ちゃまと花穂のパンジーさん。」と微笑みながら、今度はなぜかキャミソール姿で花畑に座るという、きわめて開放的な白昼夢を見ることさえできるようになったのだった。
 しかし、これでいったん安心した視聴者は、第3話予告の「花穂は、みんなよりちょっぴりだけドジみたいなんだぁ。えへへへっ…。」という台詞で、花穂と自らの認識のあまりな甘さに衝撃を受けることとなる。そのようなことでは、花穂は今回のような問題を今後も繰り返し、そして再び周囲の者達によって助けられていくだけではないのだろうか。この不安を抱きつつ第3話を観れば、それはまさしく第2話で彼女の夢に描かれた欲求の制御という問題に、花穂が意識的に取り組もうとする努力の物語だった。


2.「マロンの誘惑」 〜欲望の制御〜

 第3話冒頭で、白並木学園と若草学院合同による健康診断が行われるとの校内放送が流れる。異なる学校間で合同検査とは普通考えられないことだが、辛い検査を共にすることで親近感や一体感が生まれるということがあり得るらしい。とすれば、血液検査などの恐ろしげな検査内容はないにせよ、この機会を利用して両校児童生徒の親睦を深めようという、教師達の配慮が背後にあったのかもしれない。
 ともあれ両校の児童が集合したわけだが、診断を受ける花穂と衛は初等部、記録係の可憐は中等部ということになるのだろうか。体重計の前に陣取るあたりがさすがは可憐といいたい。そしてそこに並んだ花穂は、体重計の前に来てからようやく何事かに気づいて慌てはじめ、可憐と衛が見守る中、体重計の上でしゃがみこみ数字を必死に覆い隠そうとしていた。その数字は「33」か「38」か、どちらにしても花穂の公式身長140cmからすれば全く問題のない(少なめとも言える)体重であり、第二次性長期を迎えつつある以上、むしろ自然に皮下脂肪がついていくことが望ましい。だが、そんな考えは花穂の念頭になく、あるのは以前の体重との差だけである。
 このような導入部からは当然ダイエット話が展開されるわけだが、太ったことへの衝撃とダイエットへの目覚めについては、キャラクターコレクション第2巻第3話「太っちゃったかも!」で既に描かれている。そこでは努力しようという決意がなし崩しになっていく彼女らしさが見て取れるが、この2作品を比較すると、肥満への危機意識という共通項以外に、原作では兄に「大人っぽくなったね」と言われたいためだったのに対して、このAパート第3話では「頑張って痩せたら、またお兄ちゃまと一緒にマロンクレープ食べたいなぁ。」という願望と結び付けられていることが相違点となっている。そもそもこのマロンクレープ(おそらくトッピングあり)とは、甘党の花穂の好物であり、それゆえに体重増加の一翼を担っているはずだった。下校途中で偶然出会った春歌が一緒にクレープでもと勧めるのを無理して断ったのも、この肥満の元凶を口にしないためではある。しかしこのマロンクレープはまた、回想場面で示される通り、兄との楽しい一時を約束するものでもあった。

花穂「大好きなお兄ちゃまと一緒にクレープが食べられて、花穂とっても幸せ!」

 好きなクレープを好きな兄と一緒に食べることに幸せを感じる花穂は、自分の肥満によってその機会を自ら失ってしまう事態に直面した。それは好物を食べられないだけでなく、花穂の固有の絆の一つを喪失することでもあった。第2話では夢の中で象徴的に描かれた、利己的な欲求と妹の一人としての自己限定との葛藤は、ここでは食欲と、兄との固有の絆の維持との葛藤に置き換えられた。春歌の誘いを断る時の「ご、ごめんないさい、花穂食べたいんだけど、お腹一杯なの!」という悲鳴は、この葛藤をそのまま曝け出している。
 帰宅直後、花穂は再度くまさん体重計(標準体重との比率で見るタイプというより、理想的数値をセットするタイプか)に乗り、あれこれ工夫してみるものの、目方が減るわけもない。この危機を前にして、ついに花穂はダイエットを決意し、すぐさま運動を開始し、さらに長時間風呂に浸かる。原作での「腹筋運動やストレッチ」が階段昇降に置き換わっているが、ダイエット理論的にこれが適切化どうかはともかく、問題はそれ以前の場所にあった。せっかく冷蔵庫の前に羽の生えたウサギのぬいぐるみを置いて番をさせたのに、「お水だったら平気だもんね。いいよね、ほんのちょっとだけだから…。」とミネラルウォーターの瓶を出し、さらにはメロンを発見してこれを完食してしまうのだ。水は500ml瓶として300ml近く飲んでおり、メロンはほとんど皮まで食べている。その結果、体重は元のそれをも上回ってしまうこととなった。
 花穂の欲求抑制意志の弱さが如実に現れたこの顛末にとどめをさすかのように、衛と白雪が「姫特製のワインクリームとイチゴのトルテ」を手土産に来訪する。しかもこの後、兄も来るという話を聞いて、花穂は「え、お兄ちゃまも…!?お兄ちゃまが…。」と呟きながらお腹をかばうように抱きかかえる。衛と白雪は花穂の様子を心配し、相談にのろうとするが、ダイエットという意外な問題に答える暇もなく兄と春歌がやってくる。春歌はあの後で兄と偶然出会い、マロンクレープの話にもなったのだろう。兄の手土産はそのクレープだった。こうして、兄と一緒にケーキやマロンクレープを食べられるという願ってもない幸せな機会が得られたにもかかわらず、今の花穂はそれを受け入れることができない。お菓子に全く手をつけない彼女を気遣って声をかける兄に、白雪と衛がフォローしようとはするが、「花穂ちゃんは、ちゃんとした理由があって食べないんだからっ。」という言い方ではまるで逆効果。体重のことを兄に知られたくない気恥ずかしさと、望ましい機会を拒絶しなければならない苦痛とで、ついに花穂はいたたまれずにリビングを去ってしまう。
 ここでは、花穂の個人的欲求と妹としての自己限定との葛藤が、兄妹の調和を動揺させている。それは一方では、兄と一緒にいること・兄の手土産のマロンクレープを一緒に食べることを以前のように喜んで受け入れられないという花穂−兄関係の問題であり、もう一方では、お菓子をふるまうことを喜びとする白雪を筆頭とする他の妹達−花穂関係の問題でもある。兄のそばにいられるようにとダイエットすることが、かえって花穂を兄達から遠ざけてしまうというこの矛盾に対して、解決へ糸口をつかもうと動いたのは、花穂の意識の対象である兄だった。階段でうずくまる花穂を、兄は風呂場に連れて行き、「全然、気にすることないと思うけどなあ。」と言いながら再度体重計に乗せる。

花穂「やっぱり太っちゃってるよぉ!」
兄 「そうかなあ?」

 とぼけたような声で応えつつ、兄は花穂の脇の下に手を入れて支えてやる。

花穂「あ…?お兄ちゃま…。」
兄 「ほら、目盛りが減った。」
花穂「ほんとだぁ!」
兄 「こういうことは、無理しないで少しずつやらなくちゃ。」
花穂「はーい!」
兄 「それに、花穂ちゃんの笑顔が見られないのは、寂しいしね。」
花穂「うん!」

 この解決場面に対しては、こんなことで花穂が納得してしまうのは問題の根本的解決を阻んでいるのではないか、また兄の指導はダイエットを止める方向でより厳しくあるべきだったのではないか、などの批判がある(最大の焦点は、兄の手が花穂の胸に触れていないかというものだが)。しかし、今回の花穂の懸念とは、体重が増えることで兄と一緒にいられない、一緒に好物を食べる機会がなくなる、ということだった。そうであるならば、体重が増えてしまっている自分のそばに兄がいてくれること、さらに兄が自分をこうして支えてくれることを実感できた以上、葛藤は対立項の一方を失い、残された体重増加それ自体の重大性も相当に薄れてしまう。

花穂(お兄ちゃまが、またこうしてだっこしてくれるなら、花穂ちょっぴり太っちゃってもいいかなぁ。
   あ!でもでも、また二人でマロンクレープ食べたいから、少しだけ残しちゃった。
   花穂、ちょっとは頑張ったんだよ?エヘヘヘッ。)

 再び兄や他の妹達とテーブルを囲み、ケーキやクレープを楽しむ花穂は、口の周りにおべんとを付けながら、既に元の彼女に戻っている。もちろん「ちょっとは頑張った」という点には本人なりに努力する姿が見てとれるにせよ、残りは全部食べているわけだから、たかがしれている。つまり兄が「無理しないで少しずつ」と指導したのは、花穂が無理をせず少しずつ頑張ろうとすれば、彼女の努力はこのような誰にとっても満足なレベルに留まるだろうという推測に基づくものだった。あるいは、ダイエットそのものを禁止してしまうよりは、この方が換骨奪胎的に不要なダイエットを防止できるし、またダイエットに多少の関心を持つことも女の子らしさとして必要だという判断もあったかもしれない。兄としては、後はケーキを作ってきた白雪のご機嫌をうかがわねばならないわけだが、白雪もまたケーキをふるまうこと自体をダイエットのために禁止されずにすんだことで、むしろカロリー控えめなおいしいケーキをいかに作るかという新たな課題に楽しげに取り組んでいくことだろう。そしてこの予感は、第4話予告での白雪の「桃のプディング、洋梨のパイに枇杷(びわ)のミルフィーユ。」という明るい声によって応えられているのである。(ところでこれらの果物の旬は、日本では桃が夏、洋梨が秋、枇杷が初夏とバラバラで、作品世界が秋であることと齟齬を来している。白雪が旬を大事にするとすれば、これらの果物が秋に旬を迎えるような場所・世界に舞台がおかれていると理解すべきだろうか。)

 ここまでの物語をまとめると、どちらの回でも、花穂の葛藤とその解決が描かれていることが分かる。それは、第2話では兄独占欲求、第3話ではダイエットへの個人的欲求に由来するものであり、それらは兄−花穂関係と緊密に結びついていた。これらを葛藤に陥らせていたのは、12人の中の1人であるという自己限定(固有性の反面としての)であり、そしてまさにこの葛藤こそが、リピュアAパートが提示しようとするシスター・プリンセスの主題そのものでもある。この葛藤は、原作のように未然に防がれてはおらず、ゲーム版のように兄がただ一人を選択し続けることで超克されもしない。妹達の関係の中でこの葛藤が浮かび上がる過程はポケットストーリーズと近似しているが、その解決に兄が積極的に関与するという点で袂を分かち、むしろアニプリに接近する。だが共同生活というアニプリ的設定を受け継がないことで、個々の兄妹関係をより明瞭に切り取ることが可能となっている。こうしてリピュアAパートは、花穂に焦点をあててその個性を描きながら、シスター・プリンセスとしての普遍的性格をも指し示しており、その立場は考察1で述べたように3領域の中点にあることがひとまず確認された。さらなる裏付けを得るために、12人の中の1人であることに踏みとどまった花穂が、その結果獲得し得た「お兄ちゃんの日」をどのようにして迎えたのかを、続いて検討しよう。


3.「えへへ…お泊りの日です」 〜年少者の「お兄ちゃんの日」〜

 可憐、花穂、咲耶、雛子という、いわゆる四天王の下校場面。ゲーム版『シスター・プリンセス』ではこのうち雛子を除く3人が一時期兄と同居していたという描写があるそうだが、リピュアAパートも同様の設定なのかはここでは分からない。

花穂「花穂、今日はね、お兄ちゃまのところにお泊りする日なんだぁ。」
雛子「えー、いいなあ、いいなあ!」
咲耶「えー本当?うらやましいわぁ。」

 可憐だけ何も言っていないのかどうか聞き取れないのだが、ともかく花穂の言葉に正直に「うらやましい」と応えられるのは、健全な妹同士の関係である。もちろんこの花穂にとって最高の日を邪魔しようなどとする者はいない。妹達の相互不可侵原則は、ここでこそ完全に守られねばならない。これからの予定を楽しげに話す花穂の姿を、咲耶と可憐は「なんだか旅行にでも行くみたいね。」「ウフフッ。」と微笑ましく見守る。食事、会話、ゲームという、花穂が兄と一緒に楽しもうとする内容は、確かに子どものお泊まり会に相応しい。だが、やがて咲耶のシリーズで示される内容と言葉の上では実はそれほど違いがないことを考えれば、問題はその質、あるいはそれぞれに込められる妹の意識の違いということになる。つまり自分を女性として兄を男性としてとらえる意識などがここで俎上にのぼるわけだが、少なくとも今回の花穂の場合は、それは「お泊まり用のパジャマ」を買いに行くというかたちで表現されている。パジャマで兄を悩殺しようという咲耶的攻撃手段としてではないが、それでも兄の家に泊まるからには一番おしゃれでいたいという、女の子らしい矜持がここに見てとれる。
 その志には他の妹達も共感するところであり、それゆえに花穂の努力を支援するために(相互支援原則の遵守)、可憐達もベティーズへ一緒におもむく。花穂のためにと、三者三様の好みのパジャマを花穂にあてがい、さらにこれもこれもとはしゃいでいるが、しかし気がつけば当の花穂は、皆が選んでくれたパジャマの前で困惑していた。

花穂「迷っちゃうなぁ…。」

 この態度は、じつは彼女自身の優柔不断さというだけでない問題を示唆するものである。これまで第2・3話を考察する中で、花穂の個人的欲求や兄独占欲求が、妹12人の中の1人としての自己限定と葛藤を繰り広げてきたことが明らかとなっている。そこでは、欲求が適度に抑制されるべきものとして描かれ、自己限定が望ましいものとして示されていた。だが、この第4話で花穂に突きつけられているのは、12人の中の1人として他の妹達と関係を結ぶさいに、この自己限定が過剰になってしまった状況なのだ。花穂は、他の3人にパジャマを選んでもらった結果、どれを買うべきか迷う。そこには、相互支援の原則に基づいて3人が示してくれた好意を、無にできないという彼女なりの気遣いが見て取れる。妹としての自己限定や相互支援原則は妹同士の平等な関係を可能にするはずのものだが、ここではむしろ、花穂自身の欲求・趣味や、兄−花穂関係におけるパジャマの意味などを、可憐達の固有の趣味によって抑圧するものとして働いてしまっているのである。さらに花穂の場合は、その性格や年少者としての特性から、過剰に世話されやすいということも影響している。第2・3話とは逆に欲求が過剰に抑圧されるというこの状況から脱出する契機を与えたのは、店内に偶然居合わせた千影だった。千影は、悩む花穂の前に並ぶ4着のパジャマのうち、花穂が選んでいたウサギ柄のものを手にとって言う。

千影「やっぱり、これがいいんじゃないかな…。」
花穂「千影ちゃん!…でもね、みんなが花穂のために選んでくれてるのに…。」
千影「花穂ちゃんが気に入った物なら、みんなも喜ぶはずさ…。」
花穂「そうかなぁ…。」
千影「そして、兄くんも…。」
花穂「うん!」

 この最後の「うん!」という返事が、一瞬違和感を覚えるほどに強い口調であることに注意したい。「みんなが選んでくれた」という相互支援への感謝を優先する花穂は、これに直接応えようとして、どの1着を選んでも他の妹達の選んだものを排除することになるという袋小路に陥っている。そこで千影が、花穂の好み通りのものを選ぶことが最重要であること、つまり花穂の個人的欲求に基づいて固有性を確保することが結局は12人の1人としての立場を確定することにも繋がるということを、「みんなも喜ぶ」という言い方で指摘する。しかし花穂は生来の自信のなさに加えて、個人的欲求を抑制することを第3話までに経験してきていることもあり、納得することができない。これに応じて千影が、今度は花穂の個人的欲求からではなく、兄−花穂関係の観点から、花穂の気に入るものを兄も気に入るだろうと示唆する。第2話で秘密の花園を兄と分かち合い、第3話でもだっこしてもらいマロンクレープを一緒に食べた花穂には、これは素直に受け入れることのできる話だった。だから花穂の返事は、確信を込めた非常に力強いものとなったのである。

花穂「ところで千影ちゃんは、どんなパジャマで寝てるの?」
千影「…フッ…。」

 意外な笑顔の千影に耳打ちされた花穂は、「そうだったんだぁ…。」と赤面するが、何を告げられたのかは定かではない。

 兄の家に夜分におじゃました花穂は、玄関口で「お兄ちゃま、今日はよろしくお願いします。…えへへ。」と、白雪あたりならば新婚気分と目される挨拶。持ってきた弁当を広げると、兄は「すごいね、これ全部花穂ちゃんが作ったの?」と驚くが、花穂が「あ、えと、その…。」と口ごもるのを見れば、おそらく母親にほとんど手伝ってもらったのだろう。それでも兄がおにぎりを口に運ぶのをじっと見つめていた花穂は、「お、おいしい?」と恐る恐る尋ねる。兄のためらいのない「うん。」という返事に、安心した花穂は「そ、そのタラコ入りのおむすび、花穂が作ったんだよ!」とはしゃぎ、自分も食べ始めて「お兄ちゃまと一緒だと、本当においしいねっ。」と満面の笑顔。ところで、もしこの場面で、兄が花穂の口ごもった反応から、妹が弁当を自力でこしらえてはいないと察知し、それでも花穂の手になるであろう一品を瞬時に探した結果、見事に顔の模様入りの花穂お手製おむすびを手にしたのだとすれば、あるいはこれがほとんど無意識の対応行動であっても、やはりこの兄あってのシスター・プリンセスだと感じ入るほかない。
 食事の後はお風呂。兄の家の浴室に、花穂の嬉しそうな鼻歌が響く。

花穂「えへへへっ、花穂の新しいパジャマ。お兄ちゃま、気に入ってくれるかなぁ。」

 どきどきして嬉しくてくるくる回って左膝をぶつけてしゃがみこむという、非常に花穂らしい一連の振る舞い。パジャマに着替えて身だしなみチェックし、意を決してリビングへ入るも、兄がいなくて花穂はがっかりする。しかし、彼女の入念すぎる身繕いの間に自分も風呂をすませていた兄が戻ってくると、兄もウサギのワンポイントのパジャマを着ていることに気づいて、花穂ははっと驚き、そして喜ぶ。

花穂「このパジャマはね、みんなに選んでもらったんだよ。ウサちゃんの模様、お兄ちゃまとお揃いになっちゃったぁ。えへへっ。」

 ここで花穂は、千影が言った通り自分が選んだパジャマが最善の結果を生んだことで、今回の葛藤を完全に解決できている。個人的欲求に関わる自分の趣味と、固有の絆による兄独占への欲求とが、このお揃いのパジャマによって結びついた。そして、これらが共に満たされたからこそ、それらと葛藤を生んでいた自己限定、つまり12人の中の1人であるための配慮を適度に行えるようになり、兄と二人きりであるこの状況で、「みんなに選んでもらった」と他の妹達への感謝を示し、兄に注意を促すことができたのだ。「お兄ちゃんの日」に他の妹のことを口にするというのは、これまで原作やゲーム版といった他領域の作品の中ではまず見られない光景だった。ある意味、アニプリでの共同生活という恒常的「お兄ちゃんの日」を通過することで、シスター・プリンセス界にこのようなゆとりが発見されたのかもしれない。
 こうして妹としてのバランスを取り戻した花穂をそのまま受け止めるために、兄はそれ以上他の妹達について語ることなく、ひたすら花穂のための「お兄ちゃんの日」を一緒に過ごしていく。フォトスタンドには兄と花穂のツーショットを飾り、花穂が持ってきた花模様のリバーシでは、ちょっと得意そうな花穂といい勝負を演じ、二人用にルール修正されたババぬきらしいトランプゲームを楽しみ、ミカンのしぶきが目に入った花穂に代わってむいてあげたミカンを「あーん」と食べさせてやる。最大限に花穂だけのための世界を、兄はここに創り出している。そんな楽しい時間はあっという間に過ぎていき、まだまだ子供の花穂はやがて睡魔に襲われる。

兄 「花穂ちゃん、もう寝ようか。花穂ちゃん?」
花穂「う、ううん、全然眠くなんかないよぉ。だって、お兄ちゃまと、もっとお話したいの…。
   あのパンジーね、お兄ちゃまと花穂の、すっごく大きくなってたよ。お兄ちゃまと一緒に植えたんだもんね…。
   ずっと、ずっと、咲いてると、いいなぁ…。」

 ずっとずっと咲いていれば。ずっとずっとお話しできれば。それは、やがて花の咲く時期は過ぎ、お泊まり日は明日の朝に終わるということを知っているからこその淡い願いである。後にみることになる咲耶とあらかじめ比較しておくと、咲耶が抱く兄の結婚などによる別れの予感という年長者としての哀しみは、年少者の花穂には未だ理解できていない。別離の不安は、例えば今回のお泊まりや第3話でのクレープ買い食いなど、日常における「一緒にいられない」こととしてのみ受け止められる。兄を繋ぎ止めるための、自分の固有の絆。それは花穂にとっては、第2話で二人だけの花園を作ったパンジーに象徴され、このパンジーが去年と今年、そして来年もそれ以降も兄妹を結びつけていくことを約束してくれるはずだった。ずっとずっと、だから今日が終わっても、また。

 そんな花穂の願いがかたちとなったのが、この夜に見た夢だった。花びら舞う虹色の空の下、お城へ向かう道をパジャマ姿で手をつないで歩いていく兄と花穂。微笑みながら進む行く手を、だが突然現れた川に遮られてしまう。それは楽しい時間が、兄を独占できる幸せな時が、断絶せざるをえないという現実そのものを暗示する。困り果てる二人の見る前で、しかし大きな花が水面に現れ、あちこちに咲き乱れていく。兄と花穂はその光景に喜び、そして兄はその花の上を跳んでいく。

兄 「ほら花穂ちゃん、ぴょん!」
花穂「うん!花穂ぴょん、ぴょん、ぴょん、ぴょん!」

 現実が突きつける断絶を、花穂と兄は、花を絆に飛び越えていく。

花穂「お兄ちゃまがぴょん!」
兄 「花穂ちゃんがぴょん。」

 夢の中での跳躍、しかもいつの間にか水上から空中に舞台を移してのそれは、夢分析の立場からすれば、例えば性的な含意を容易に見いだせるものかもしれない。しかし、花穂がまだ未成熟な段階にある(少なくともアンバランスな状態にある)ことは、リビングの椅子に座ったおしりが小さいことにもうかがえる。それよりもここでは、第2話の夢と対比しておきたい。第2話の夢では花は花穂の制御できない欲求の現れとして勝手に増殖し、花穂を苛んでいた。その背景には、欲求と自己限定との葛藤が存在していた。これに対して今回は、葛藤が満足いくように解決していることで、花は固有の絆という本来の役割のままに、兄と花穂とを結びつけ、障害を克服する足がかりとして登場しているのである。寝る前に遊んだリバーシの花模様がここに投影されているにせよ、この夢の中の安息は、花穂を含む妹達が求めてやまない兄妹像を包みこんでいる。

花穂「きゃあっ!…お兄ちゃまぁ…。」
兄 「花穂ちゃん!?」

 転ぶ花穂を見た兄が、すぐさま跳んできて助け起こす。そのままだっこされた花穂は、兄の胸に安らいで、幸せそうに目を閉じる。

花穂「えへへっ。お兄ちゃま、だーいすきっ。」

 ちょうどそんな場面を夢見ている頃、現実世界の花穂は兄にだっこされてベッドに運ばれている最中だった。布団に入れて立ち去ろうとする兄の背中に、花穂が寝言を呟く。

花穂「お兄ちゃまぴょん…。」
兄 「ぴょん…?フフッおやすみ、花穂ちゃん。」

 花穂の安らかな寝顔も、翌朝には兄と別れる悲しみに曇ってしまうかもしれない。だが、それでも花穂は、いつも兄が自分を愛してくれていることを知っている。自分が兄を大好きなことを知っている。季節が巡り再びパンジーが咲くように、一時の別れを越えた向こうに、兄と一緒の時間が待っていることを確信している。しかし、花穂もやがて咲耶と同じような愛と哀しみをも知ることになるかもしれない。パンジーの色は「愛の傷痕の紫」(アト・ド・フリース『イメージ・シンボル事典』、山下圭一郎他訳、大修館書店、1984年、p.482)、秘密の花園はやがて花穂の心のうちにいかなる彩りを与えるのだろうか。


終わりに 〜再度リピューリタンとして〜

 以上みてきたように、花穂をヒロインとする3話では、花穂という個性と結びついた固有の絆のあり方が年少者としての特性とともに描かれ、さらに欲求と自己限定の葛藤および解決という共通の主題について、3通りの問題点の置き方(独占欲求、個人的欲求、自己限定のそれぞれの過剰)が示され、妹同士の原則適用や兄の行動によるその解決のさまが、相互に関連しつつ明らかにされている。つまりリピュアAパートが表現しようとしたシスター・プリンセスの普遍的性格を、単独の妹に即して具体的かつ包括的に描ききるためには、この3話という分量が必要だった、という言い方も、今や不可能ではないだろう。そして、このような主題をめぐる兄妹関係の描写が原作やゲーム版、アニプリで十分にはなされていなかったと考えれば、シスター・プリンセス界に対するリピュアAパートの重要な寄与を、ここに認めることができるだろう。
 ただし、既に指摘している通り、他の妹達の登場回数を減少させるような作品構成が、このことにより完全に納得できるわけではない。作品中で花穂が葛藤に直面したように、視聴者であるファンもまた、12人全員の描写や普遍的主題への欲求と、自分が好きな特定の妹の描写への欲求との間で、葛藤せざるをえなかったのである。だが、限られた時間の中では全ての欲求を満たしえないとすれば、不満をどのように解消するかは、もはや視聴者の側に委ねられている。例えば雛子はこのAパートでヒロインの座につくことなく終わったが、雛子ファンはこの不満を制作者への呪詛によってはらそうとするのではなく(それではらすことなどもちろんできはしない)、シスター・プリンセス界の発展のために資するかたちで、ありうべき雛子の3話分を自らの手で補完していくことを求められているのだ。このことは論者の主観や願望に留まるものでは決してない。なぜなら、第5話予告の中で、雛子本人がこう語っているからだ。

雛子「ヒナ、おにいたまの日には、いーっぱいご本読んでもらうんだ。
   でもね、おにいたまのお声を聞いてると、気持ちよくて、すぐ眠くなっちゃうの。」

 雛子は自分にとっての「お兄ちゃんの日」の姿をここに指し示し、その日が来ることを心待ちにしている。であれば、ファンは彼女の意を汲んで、いかなる幸せな時間が彼女を待ち受けているのかを想像し、そしてその実現を雛子の兄に信託すべきではないのだろうか。これは雛子のみならず他の妹達全員についてあてはまる。ファンの葛藤を解決する糸口は、ファン自らのうちに、そしてファンと作中の兄との信頼関係のうちにある。そしてその信頼関係はおそらくは、千影がどんな寝間着で兄と一夜を共にしようと何の問題も生じないだろうと確信できるほどにまで、強くあらねばならないのだ。


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