アニメ『ガールズ&パンツァー』にみる後継者育成と戦車道の諸相・その2

〜サンダース大学付属高校篇〜



はじめに 問題と視点


 アニメ『ガールズ&パンツァー』(以下「ガルパン」)に登場する全国高校戦車道大会出場校について、その戦術・指揮をそのまま分析評価するのではなく、チームのリーダー・サブリーダー間における後進育成に注目して検討するならば、そこにどのような教育理念や方法論、そして各学園艦の校風・伝統と結びついた独自性が見出されるだろうか。このような視点から、まずその1にて聖グロリアーナ女学院(以下聖グロ)を取り上げた結果、様々な特徴にくわえてそれらと分かちがたい課題が浮かび上がった。そして、みほたちとの出会いを通じてダージリンがいかなる改革の手立てを発見しオレンジペコへの教育に活かそうとしたか、またオレンジペコが何を学び取っていったかが明らかとなった。
 本考察と次の考察では引き続き、大洗女子学園の大会対戦校であるサンダース大学付属高校・アンツィオ高校(以下アンツィオ)・プラウダ高校(以下プラウダ)・黒森峰女学園(以下黒森峰)の4校について、作品内描写を手がかりにして上記の検討を試みる。聖グロと比較すると、この4校は、第1話で語られた「礼節のある、しとやかで慎ましく、そして凛々しい婦女子」という戦車道の伝統的女子教育理念から大かれ少なかれはみ出している。そこには、現代的女性像への接近や、諸外国をモチーフとする各学園艦の校風、また試合の成果に対する姿勢などが、それぞれ反映している。その一方で、聖グロでは試合中のリーダーとサブリーダーの関係がほとんど描かれていないのに対して、4校の大会試合ではこの関係がはっきりと映し出されている。具体的な試合運びの中で、各チームが後進育成にあたって何を目標としどんな手段を講じたか、またいかなる課題を抱えていたかについて、聖グロよりも把握しやすいはずである。また、リーダーやサブリーダーの言動をたんなる技量の巧拙のしるしと見なさずに、各人・各校の伝統と課題への向き合い方の多様な表れとして理解することも、聖グロ以上に可能となるだろう。
 このような予想のもとで、本考察ではサンダース大学付属高校(以下サンダース)について検討していく。

 (なお、本考察は、あんよの日記2014/8/3の内容に大幅な加筆修正を行ったうえで単一コンテンツとしてまとめたものである。)



1.サンダース大学付属高校戦車道の独自性と課題


(1)装備と指揮系統にみるサンダースの戦車道

 優花里いわく「優勝候補の一つ」であるサンダースは、物量の豊かさが第一の特徴ではあるが、それ以外の点を見ると、同じ強豪校である聖グロとは様々に対照的である。

 まずサンダースの装備車輌だが、M4シャーマンとその派生型で揃えている。聖グロも(あくまで親善試合からの想像だが)マチルダ中心の編成をとっているので、主力戦車を多数揃えるという方針は両校に共通である。ただし、聖グロではこの編成によって重装甲に守られた隊員の能力・徳性発揮を狙っていたのに対して、サンダースではそこにさほど重点を置いていない。もっともM4は弱小校チームからすれば十分すぎる装甲を持っているとも言えるが、むしろここで注目すべきは、「マスプロ」であることの強みである。

アリサ「このタフなシャーマンがやられるわけないわ! なにせ5万両も造られた大ベストセラーよ!
     丈夫で壊れにくいし、おまけに居住性も高い! バカでも乗れるくらい操縦が簡単で、バカでも扱えるマニュアルつきよ!」

 これは副隊長の一人であるアリサがパニックに陥りかけながら叫んだ説明台詞調の言葉だが、内容には別段誤りはないし、隊員が反応したようにまるきり「自慢になってません」というわけでもない。大量生産は粗製乱造を意味せず、むしろ標準化・規格化によって整備のしやすさなど信頼性を高めるものである。また、共通車輌の訓練では相互学習が可能なので隊員に一定水準の技量を獲得させやすくもするし、M4に習熟したのち派生型の訓練を行うことで配置転換可能な人材もわりあい育成しやすい。そのうえ居住性も高いとくれば、隊員の疲労を抑えながら技量向上に励めるし、長時間の試合を通じても安定した能力を発揮できる。これらは、戦車道の訓練のさいに利点となるだけでなく、「マスプロ」が人間社会の利益増進にどのように寄与するかを訓練しながら理解するための教材ともなる。
「マスプロ」における工業的合理性は、このような戦車道における教育的合理性と結びついている。この合理主義にまず1つ、サンダースの校風がアメリカをモデルとしていることの証が確認できるだろう。そして、そこには、戦車を教材・学習環境と捉えてその効能を評価する視点が存在しているのである。

 次に指揮系統を見ると、ケイ隊長のもとでナオミとアリサの二人が副隊長を務めている。主にケイが作戦指揮を担うが、持ち前のおおらかな明るさで隊員を引っ張るとともに最前線に立つことも辞さないので、ナオミが落ちついた男前な性格でチームの雰囲気を引き締めながらいざというときバックアップする頼りがいのある先輩、アリサが参謀役として情報面や作戦立案面でサポートする、という役割分担である。聖グロでもダージリンとオレンジペコの性格はそれほど似ているわけではないが、両者とも校風とチームの伝統によってイギリス淑女としての立ち居振る舞いを習得しており、アッサムを含めよく似た雰囲気を備えていた。これに対して、サンダースではそのような制約がないため、三人三様の個性が比較的そのまま戦車道でも相互補完的に活用されている。
 また、学園艦内ブリーフィングでは、ケイが「3輌で1小隊」編成・フラッグ車の護衛は「Nothing !」と言っていたが、実際の試合ではフラッグ車のアリサが単独行動のうえでこっそり無線傍受を行う一方で、3個小隊のうち2個をケイとナオミがそれぞれ直率(試合開始後すぐに大洗女子のM3と4号を攻撃)しており、残る1個はおそらく一般隊員の小隊長が率いているのだろう。前考察で描いた聖グロと比較すれば、サンダースがフラッグ車を攻撃に用いないというのは、浸透強襲戦術を掲げる聖グロとやはり対照的である。もちろん聖グロもこの1回戦同様の大きな戦力優位があるなら隊長車以外のフラッグ車を後置するかもしれないし、サンダースが必ずこのような安全策を取ると決まったわけでもない。とはいえ、小隊編成による段階的指揮系統を志すというのは、やはりサンダース戦車道の特徴に数えることができるだろう。
 これらの特徴は、聖グロの隊長がチーム全体をつねに率先統率するフラッグシップであることを求められているのに対して、サンダースの隊長にはそこまで飛び抜けた資質能力が期待されておらず、隊長・副隊長などが連携して指揮するものとされていることを物語っている。その背景には、きわめて優秀なリーダー人材がつねに供給されるとは限らないという現実とともに、サンダースの
アメリカ民主主義的な校風が横たわっており、これが聖グロのイギリス階級社会的なそれと相対しているのだ。

 このサンダース戦車道の独自性をさらに明らかにするために、ケイが強調する「フェアプレイ」の精神について検討してみよう。1回戦で10輌というエントリー可能な最大数で部隊編成したうえ、ファイアフライや76mm砲搭載型M4A1を副隊長車に用いるというのは、勝利を得るための合理的な判断と思われる。しかし、それにもかかわらずケイは、試合後半で無線傍受というアリサの勇み足に気づいたことから、自チームの行動車輌を大洗女子と同数にまで制限してしまう。あくまでも「フェアプレイ」を求めるケイのこの態度こそ、まさしく彼女が語る「道」すなわちサンダースの戦車道のありかたそのものなのだが、ダージリンはそのような余裕を見せる傲慢さを「下品」と評していたのだった。しかし、ここではケイの「フェアプレイ」を品位という聖グロらしい審美性で評価するのではなく、上で指摘したサンダースの合理性によって判断してみよう。「戦車の保有台数が全国一」でチームも「一軍から三軍まで」あるというマンモス校の強豪チームが、いくら正々堂々たる戦いの結果とはいえ、初戦敗退してしまってもいいものなのだろうか。
 サンダース学園艦はその規模も校風も「アメリカ式」である。豊かな財政、恵まれた装備、ノリのいい快活な生徒たちの姿などには、持てる者の余裕と快活さがみなぎっているように見える。そんな彼女たちが惜しみなく力を注いでいる活動の1つである戦車道に、どれほどの伝統があるのかは分からないが、後方支援や応援の充実ぶりからして、少なくとも学園艦内で相当の地歩を占めているものと想像できる。とくにケイについては、試合開始前に杏といきなり親しげに会話している姿を見ると、それが両者の開放的な性格のためだけでなく、ケイが杏と同じような立場で学園艦同士の交流を担っているのではないか、つまりサンダースの生徒会長やそれに準じる立場にあるのではないか、と思わされる。ただ、ケイが杏に「アンジー」とあだ名をつけたことが柚子や桃に驚きや違和感を与えていることから、以前に生徒会同士の交流があったとしても、そこでケイが杏たちと気さくに関われたわけではなさそうだ。ここではとりあえず、ケイが生徒会長ではないものの、戦車道の隊長として学園艦内で大きな発言力を有する地位にあるものと考えておく。そのような立場にあるケイが担う責任は、内部に対するものと外部に対するものに大別できる。
 内部に対する責任とは、サンダース戦車道を隊員に学ばせ、受け継がせていくことである。これについてケイはきわめて自覚的であり、それに背く隊員には(たとえ副隊長であろうとも)容赦しない。試合中にアリサを「ばっかもーん!」と怒鳴りつけている時のようなケイの怖い一面は、あの一喝をヘッドフォン越しに聞いたアリサ車隊員の背中がビクッとしていることからして、おそらく隊員一同が知っている。

ケイ 「That's 戦車道! これは戦争じゃない。道を外れたら戦車が泣くでしょ」

 なぜ全車輌で追撃しなかったのかというみほの問いに応えたこの台詞は、その直前の「Exciting !!」という歓喜の叫びとともに、彼女の理想とする戦車道をこのうえもなく言い表している。国際法上のルールを逸脱しがちな現実の戦争のように、手段を選ばず相手を攻撃し合い相互憎悪をエスカレートさせてしまうのではなく、
公正な競技のモラルに基いてお互いを尊重し合いながら、勝利を目指して全力で戦う興奮を目一杯に楽しむことが、ケイの率いるサンダース戦車道である。おそらく蝶野教官の「戦車なんてバーっと動かしてダーッと操作してドーンっと撃てばいいんだから」(第2話)という言葉を最もよく体現する強豪校はサンダースだろう。これも聖グロと比べて現代的な戦車道のあり方と言える。
 これは、全力で戦うという点では聖グロの「騎士道精神」と同じだが、しかし「Exciting」な戦いを実現するためにあえて戦力差を調整するというのは、聖グロからすれば持てる者の「下品」な余裕と見なされてしまう。だが、サンダース戦車道のこの姿勢は間違いなく、戦車道を学ぶ高校生としての誠実さや、同じ道を歩む者たちへの敬意の表明でもある。「アメリカ式」であるということは、たんに物量の豊かさや陽気さといった面だけでなく、
自由競争を成り立たせる公正さへの感覚や、公共性を担う市民間の率直なコミュニケーションといった民主主義的資質能力の育成などをも含んだ校風を指している。この校風に基づく戦車道を隊員に学ばせていくにあたり、ケイは自らがその理念の体現者として振るまう。誰とでも分け隔てなく、気さくに前向きに寛容に、そして挑むときは公正に、興奮できるかぎり全力で。聖グロの諧謔味とは異なるものとして彼女の言動に示されている開かれたユーモアは、自由な存在としての人間とその共同体への信頼の証なのである。「道を外れたら」とケイが語るときの「道」は、いわゆる日本的修養や聖グロの淑女教育とは異なり、はるかに合理主義的で現代的なものである。だが、戦車道理念が掲げる「礼節」を「自由」と「公正さ」に、「しとやかで慎ましく」を「相互尊重」に、「凛々しい」を「全力で戦う興奮」に置き換えるなら、ケイが体現するサンダース戦車道もまた、この学園艦なりに筋の通った「アメリカ式」の理念解釈に基づいていると分かるだろう。サンダースは聖グロとは別の道をたどって、戦車道の高みに登ろうとしているのである。

ケイ 「前進ぜんしーん! ガンッガン行くよー!」

 こうして見れば、優花里のスパイ行為を寛大に許したのは、戦車道のルールに抵触しないからではなく、またケイの性格だけに基づくものでもなく、サンダース戦車道のリーダーとしてその理念を担うべき立場が影響しているのかもしれない。つまり、優花里が対戦相手の学園艦に単身乗り込み、ブリーフィングに潜入したうえ堂々と質問までしてしまうというその度胸の良さを認めただけでなく、所属を問われて咄嗟に「オッドボール三等軍曹」と答えてしまった彼女の意図せざる真っ直ぐなユーモア(映画『戦略大作戦』の登場人物の名前である oddball とはそもそも「奇人変人」という意味らしい)に、ケイは壇上で爆笑してしまったわけなのだ。このケイの反応は、同じ場面で気色ばんでしまったナオミやアリサとはいかにも対照的であり、さらに試合直前の優花里に対するケイの「うちはいつだってオープンだから」という鷹揚な態度を見れば、格の違いまで感じさせる。それらはそのまま隊員のお手本となるような、サンダースの戦車道の理念をかたちにしたものなのである。


(2)サンダース戦車道の課題とケイの戦い

 ケイが担ってるもう1つの責任について見てみよう。じつはここから、サンダース戦車道が直面している課題が浮かび上がってくることになる。

 外部に対する責任、それは、サンダースの主要な学習活動として戦車道の成果を対外的に示すことである。もともと私学として財政的に恵まれているため、目に見える成果を求められる圧力は他校に比べればそれほどでもないかもしれない。しかし、それでもやはり、学校教育の一部としてこれだけのコストをかけた活動が、しかも開かれた校風を掲げるサンダースならばなおさら、外部からの評価を受けることは当然だろう。
 このとき評価対象となるのは、大会での成績などで示される分かりやすい数値・実績と、人格形成というその質をとらえにくい隊員各自の成長過程である。そして、行政側ならびにその指導下の学園艦執行部は、大洗女子が直面している実績の乏しい学園艦の統廃合という方針に沿って、各学園艦の順位付けを行うために前者の数値的評価をいっそう重視しつつあると考えられる。その一方、人格形成という教育の本来的な面での評価は、どの学園艦でもわが生徒たちはじつに優秀と自画自賛するだろうし、統廃合という鞭が眼前にあるならなおさら華々しい報告文を提出するはずである。となれば結局のところ人格形成面でも、隊員の進路や学業成績、学外での表彰回数などといった数値的なものが、比べて差の出やすい評価材として重視されてしまうだろう。まして戦車道は大会参加可能という部活的な選択科目なのだから、大会でいかに勝利するかが最重要のアピールポイントにならざるを得ない。日々の教育も大事だが、そこで得られたはずの生徒たちの成長のある程度は、試合での結果によって示される必要があるのだ。しかしここには、論理が転倒してしまう危険性がある。つまり、人間的成長の結果として試合に勝利するのではなく、ともかく試合に勝利してしまえば教育の成果と見なされ、その戦車道チームの理念と実態が正当化されるという問題である。
悪しき勝利至上主義への誘惑が、こうして外部評価をきっかけとして生じてくる。勝てば官軍というこの態度は、しばしば公正さという原則を破り、他者への配慮と敬意を損なってしまい、サンダース戦車道が目指す「道」を外れてしまうのである。

 だが、勝利を追い求めるという姿勢・意志そのものは、自由主義者ケイにとって何ら否定すべきものではない。いわゆるアメリカンスピリットに基づいて勝利を目指す個人同士の競争が、その個人の幸福と成長のみならず社会全体の利益も増進するはずだからだ。そして、いま述べた外部評価という視点と、第5話の戦車喫茶での大洗女子・黒森峰の一幕とを結び合わせると、逆に試合での勝利を追求しないという態度が、過去の全国高校戦車道大会において問題となったのではないか、と想像できる。

エリカ「この大会はね、戦車道のイメージダウンになるような学校は参加しないのが暗黙のルールよ」
麻子 「強豪校が有利になるように示し合わせて作った暗黙のルールとやらで負けたら恥ずかしいな」

 トーナメント表と抽選会が示すとおり、全国高校戦車道大会には予選はなく、どの学園もいきなり本戦に参加できる。ということは、例えばタンケッテ3輌のような編成のチームでも、大会参加するだけで「全国大会出場」という実績が獲得できることになる。たいてい地区予選がある一般の部活に比べて、戦車道という選択科目は、目に見える実績が欲しい弱小校にとって、とりあえず試してみたくなる費用対効果の高い教育活動という側面をもっているのではないか。もちろんこれを許してしまえば、明らかにやる気のない多数のチームが大会に参加するという事態を招く。確固たる教育理念をもって戦車道の伝統を育んできた各強豪校は、これを憂えて対策を協議した結果、まともに試合ができないようなチームが参加を辞退するという「暗黙のルール」を設けて全国大会試合の質を保証し、そこでの勝敗の重みと戦車道理念の価値を維持するという方針を共有したものと考えられるのである。
 ただし、このような全国大会の質保証のための雰囲気作りは、麻子が批判するとおり、「強豪校が有利になるように示し合わせて作った」という側面も持ちあわせてしまった。それは、外部評価の視点からいえば、全国大会に参加するためのハードルを高くしたことにより、強豪校はつねに「全国大会出場」という実績を確保したうえで、勝利に基づいたプラス評価を追求することができるからだ。これに対して、門前払いされた弱小校には目の前のチャンスが閉ざされるだけでなく、大会参加を通じて今後チームを成長させていく可能性まで奪われてしまう。つまりこれは、
戦車道における既得権益と格差の固定化にほかならないのである。

 こういった事情に、ケイはどのように向き合おうとするのだろうか。彼女の性格とサンダース戦車道の担い手たる自覚からして、一部の強豪校だけで談合するようなやり口は気に入らないはずである。また、実績を求める圧力に屈して勝利至上主義に走ることも、やはり面白くないし正しくないと感じるだろう。勝利そのものはケイも求めるところだが、勝利のみを追求してしまうならば、そこから人間的な余裕が失われ、本来の戦車道の理念が歪められてしまうからだ。
 しかし、その一方で、サンダース学園艦の置かれた状況や、自分たちがサンダースのために果たすべき役割についても、ケイは冷静に理解しているだろう。あれだけ大規模な戦車道チームを統率する以上、理想と現実のバランスをとっていくことの大切さと難しさは、十分以上に知っているはずである。例えば試合での編成でも、みほの「初戦だから」そこまで万全な戦力で臨まないのではないかという希望的予測を裏切って、ケイはファイアフライ1輌を出場させている。多くの隊員が習熟している75mm砲のM4を中核にしつつも万一に備える慎重さと、たとえ優花里に偵察されてもこの編成を変えないという堂々とした態度もまた、理想と現実のバランスの表れだろう。この難しいバランスを、ケイはその知性のみならず持ち前の性格と意志によって巧みに取り続けてきた。事実を直視できる知性。外部からの圧力に真っ向から挑める意志。そこに明るいユーモアを欠かさない性格。それらがあってはじめて、ケイは自らの信じる戦車道を守りぬき、さらに前進させようとすることができていた。
 しかしまた、そこには、現実への妥協がつねに存在してもいた。強豪校同士による予定調和的な勝敗の配分。試合中も消えない年間業績への意識。ケイにとっては心底どうでもいい、なのに無視するわけにはいかない些末事が、明朗快活なリーダーの立派な胸の奥にわだかまっていた。そしてこのわだかまりは、彼女が隊員とともに目指すサンダース戦車道に没入する自由で全力な興奮を阻み、かたや勝利至上主義、かたや真剣さに欠けた既得権益維持へと、「道」を逸れさせてしまいかねない。それらのいずれもが、
戦車道をたんなる利益計算の手段に貶めてしまうのである。


(3)アリサにみる後継者問題とサンダース戦車道の危機

 そんなケイが副隊長のナオミとアリサに何を期待し、また両者が隊長をどのように理解し指揮統率を分担してきたのだろうか。
 この3人を並べると、隊長のケイが陽気に一同を引っ張っていくタイプなので、副隊長たちが強面として脇を固めて引き締めている、という構図が見える。学園艦内ブリーフィングではナオミが優花里を不審に感じてアリサが所属を問いただすが、ケイは優花里の質問に正直に答えたあとは、彼女たちのやりとりをキョトンと見守るだけである。また、1回戦開始直前では副隊長が2人揃って大洗女子の隊員にプレッシャーをかけに行くが、ケイとしては度胸のいい大洗女子の面々を快くお招きしたつもりのようだ。各自の性格を活かしたこの役割分担そのものは、世間でも見られるとおり理屈に合う統率術である。
 しかし問題は、アリサがケイの意図を離れた行動をとっていることにある。アリサの独断行動としてすぐ思い出されるのは試合中の無線傍受だが、これよりも先に取り上げておきたいのは第4話末尾、トーナメント抽選会にて初戦の相手が大洗女子と分かったアリサと隊員たちが、「よっしゃー!」とハイタッチしながら大喜びしている姿である。たしかに1回戦突破が期待できるから、素直に喜びたくなる気持ちも分かる。だが、もし隊長があの抽選会場にいたら、1回戦の相手がぽっと出の弱小校だからといって、ケイが喜びの感情を表に出すことはなかっただろう。たとえ明るいかけ声を出すにしても、それは試合の相手を見下すためのものではなく、試合に臨む自分たちの士気を高めるためだけのものだったはずだ。ケイにとって重要なのは、1回戦で勝利を収めることではなく、その試合を満喫しつつ自分たちにとって有意義なものにすることである。そして、相手が弱小校だからといってはしゃぐというのは、戦車道を共にする他校生徒に敬意を払わないという点で、ケイが掲げるサンダース戦車道の理念からはっきり外れた振る舞いなのだ。この一瞬の場面ですでに、ケイとアリサの戦車道理解のずれが描かれているのである。
 このずれの原因をアリサ側に見れば、つまるところそれは、彼女が第一に勝利を目指しているという点にある。先に述べた勝利至上主義、より正確にいえば、勝たねばならないという強い欲求を抱いているのである。ケイと明らかに対立するこのような姿勢をとるに至った理由は、たとえばM1エイブラムスを最も好む(最強の戦車で圧倒したがる)ようなアリサ自身の性格・嗜好にも見出されるだろうが、ことはそう単純でもない。これを明らかにするために、彼女が求める勝利のそれぞれについて検討していこう。すなわち、戦車道大会における自校の勝利、後継者競争における勝利、そして恋愛における勝利、である。

 まず戦車道大会における自校の勝利だが、これは大会参加校の隊員なら当然目指すべきものではある。ただしアリサの場合、そこにある意味ケイと同じ視野を持つことによって、試合相手への勝利にとどまらない外部に対する戦いへの射程を獲得してしまっていた。これを暗示するのは、第6話にて追撃されパニックに陥っている最中に叫んだ次のヒステリックな台詞である。

アリサ「私たちの学校は、あんたたちとは格が違うのよ!」

アリサ「どうせすぐ廃校になるくせに、さっさとつぶれちゃえばいいのよ!」

 ここで明らかなように、アリサは大洗女子廃艦の可能性についてすでに情報を得ていた。この情報を彼女が個人的に入手したのか、それともケイに付き添って行政担当者や学園艦執行部と協議するさいに知り得たのかは分からない。いずれにしてもアリサは、ケイがリーダーとして立ち向かっている外部状況を、いっそう厳しく理解したはずである。万一サンダースが必要十分な実績を揃えられなかったとしたら、それを理由に統廃合に向けた行政指示が送られてきてしまうかもしれない。現行の戦車道大会が強豪校の既得権益を守ってくれているとしても、そこでできるだけ上位入賞し、さらに願わくば優勝という新たな実績を勝ち得ることができたなら、愛する学園艦の将来は今より安心なものとなるだろう。
 また、これだけの規模を誇るサンダースが廃艦の対象となることはさすがにあり得ないとしても、廃校した他学園艦から生徒を受け入れることは十分予想できる。そのさい、たんにサンダースへの転校措置だけで終わらずに、「統合」という名目で廃校側の伝統に配慮を求められる可能性もある。とくにサンダースは物的にも生徒の気質的にも包容力が高いとはいえ、だからこそ多くの廃校生徒をその伝統の一部とともに受け入れることを余儀なくされることで、サンダース自身の校風と一体性が危うくなるということも、想像できるのである。いわば民族集団ならぬ学園艦生徒のサラダボウルが現出するわけだ。
 これらの想定をふまえて、アリサは、自らの愛校心と副隊長としての責任感ゆえに、サンダースが戦車道大会で今まで以上の成果を上げることを、強く目指すことになった。それはたしかに、彼女がサンダースをかけがえなく思っているからこそ生まれた意志である。しかし、それは大洗女子を罵倒する言葉にも如実に示されているとおり、他校生徒がその学園艦に抱く愛校心を尊重しない、いわば自文化中心主義的な態度と結びついてもいた。
 また、このような将来像を念頭におけば、来年度以降のサンダースは、学園艦全体としても戦車道チームとしても、いっそう多様化しまとまりをなくす生徒・隊員たちを束ねていくために、従来以上のリーダーシップを必要とすることになるだろう。そのとき、戦車道チームをケイから受け継いでいくべき副隊長の一方を担うアリサは、いわばケイ以上のリーダーシップを発揮しなければならないかもしれないのだ。しかし、おそらくアリサは、自分がケイのようにはチームを統率できないと気づいている。役割分担のうえであえて強面に振舞っている面もあるにせよ、ケイが大勢の隊員を意識統一し士気を高めていくあの陽気な性格、あの堅固な意志というものを、アリサはもとより持ちあわせていないし、少なくともケイのやり方が自分のスタイルにはなりにくいと分かっている。そこで、来年度の混乱状態をまとめるための1つの旗印として、アリサは今年度全国大会の優勝旗を学園艦に掲げたいのだ。さながら星条旗が多様な人々をアメリカ国民意識へと結びつけ、そこに象徴されている建国理念と偉大な実績への誇りを共有させるように、全国大会優勝旗こそがサンダース戦車道ならびに学園艦の統合シンボルとして新たな時代を切り開くのである。

アリサ「戦いにかっこいいも悪いもあるか! 
手段を選ぶな!

 89式追撃時に同乗車隊員に向かって言い放ったとおり、そのためには何としても勝利を収めねばならない。どんな手を講じても勝たねばならない。弱小校と当たる幸運は素直に喜ぶべきであり、やがてサンダースが受け入れるかもしれない弱者には徹底的にサンダースの優越を知らしめねばならない。アリサが対大洗女子戦で密かに無線傍受を行ったのが強豪校との対戦に備えた実戦訓練がわりでもあったとして、その試みがケイの逆鱗に触れると分かっていてなお敢行したことに、アリサなりの全力での戦いぶりが読み取れる。この無線傍受をめぐる試合展開については後で詳しく検討することとし、ここではアリサの勝利欲求について引き続き見ていこう。

 2つ目のそれは後継者競争における勝利、つまりナオミとアリサのどちらが次期隊長に指名されるかという対内部での戦いである。
 アリサはチーム内ではナオミに次ぐNo.3の位置づけにあり、同じ副隊長とはいえ両者の間には差がある。しかもナオミは後輩から慕われそうな格好良さを備えており、実際に試合終了直後に搭乗車輌の隊員へ体をあずけたさいに、その隊員がやや頬を染めているほどの男前である。アリサとしては日頃チームをナオミと共に支え合っている以上、よきライバルとお互いを認め合ってはいても、やはりケイの引退後を考えると、ナオミとの競争に備えざるを得ない。ナオミはそのリーダーに向いた外見・性格とともに、正確な砲撃能力という技量も持ち合わせている。また、彼女は敗戦時に悔しがりながらもニヤッと笑っているとおり、ぎりぎりの勝負を楽しむという感覚はケイと通じている。
 ただし、本大会でナオミは小隊クラス以上の指揮をとっていなかったが、アリサは無線傍受情報を用いて曲がりなりにもチーム全体の指揮統率に関われていたことを見ると、大規模な部隊運用に関してはアリサのほうが一歩先んじているのかもしれない。あるいは、ナオミの好きな戦車がM36であることから想像するならば、彼女が練習試合で戦車駆逐戦術を試みたものの手痛い失敗に終わっていたのかもしれない。すると、ナオミの性格や個人的力量を正面から認めればこそ、アリサとしてはナオミの長所が活きる領域で対抗するより、自分の土俵で勝負をかけたくなるというのも納得できる。しかも1回戦の相手は弱小校なので、ここで試みた情報戦を強豪校で改善遂行し、試合勝利のみならず次代隊長へのレースのための部隊指揮実績作りにも役立てようという計画を、密かに抱いていたのではないだろうか。ナオミのほうは自分から隊長就任を目指して積極的に動きそうにないので、アリサが一歩先んじようとするなら大会試合はまたとない機会なのだ。
 もっとも、この予測はナオミが2年生の場合に成り立つ。もしも彼女もケイと同じく3年生だったなら、二人が引退後の隊長はアリサでほぼ確定だろう(副隊長間でタメ口をきいているあたり、2年生同士っぽくはあるが)。とはいえ、先に述べたようなサンダースの将来像をふまえれば、この場合にもやはりアリサは安心していられない。ケイがおらずナオミも今までのように支えてくれないチームをアリサが指揮統率し、さらに後進育成まで行わなければならないからだ。彼女ひとりで求心力を生み出すためにも、ケイたちとは異なる独自のやり方で成果を出すことがますます必要となるのである。ケイやナオミとの差異化も求められるその独自性の表現として、敵の機動を残酷なまでに見破る智将というイメージは、チームの利益にも、そしてアリサの個性・能力と自尊心にも、適うものとなるはずだった。
 もちろんここでは、アリサが自らの競争心や権力欲を最優先にしていたと非難したいわけではないし、彼女の理想化された自己像を揶揄したいわけでもない。それらはケイやナオミとの役割分担のなかで、彼女たちを補いチームを支えるために作られていった面も持つからだ。優花里のスパイ行為を笑って許すケイの度量の広さには敬服しながらも、それでは黒森峰などに勝つには甘いのではないか、という疑問を、おそらくアリサは内心抱いただろう。となれば、隊長の補佐を務めるアリサとしては、ケイに相応しからぬ汚れ仕事をあえて引き受けるというのも、彼女なりの責任感の表れなのである。また、もしもナオミが次の隊長になるのなら、それを参謀としてサポートするのもアリサの役目となるわけだし、ナオミとケイがともども引退するのであれば、今大会で実績を残して彼女たちを安心させたいという気持ちもアリサにはあるはずだ。チームの勝利という共通目標と彼女の個人的目標とがこのように相即不離であることも、アリサがこの「アメリカ式」戦車道チームの一員であることの証なのだろう。

 そう、個人的目標である。それが例えば戦車道における熟練や修養、あるいは成果を上げての名誉心の充足などを指すのであれば、これらとチーム目標がかたく結びつくというのは、サンダース以外のチームでもごく当たり前の話にすぎない。しかし、ここでアリサの個人的目標として最後に取り上げるのは、戦車道はまったく無関係の勝利欲求によるものなのだ。すなわち、意中のタカシを振り向かせようという女の戦いである。

アリサ「なんでタカシはあの子が好きなの……? どうして私の気持ちに、気づかないのよおおおお!?」

 危機的状況下で車長からこれを聞かされ嘆息する装填手に同情したくなるほど、試合にまったく関係ない話題である。しかし、ここまで見てきたアリサの勝利欲求と結びつけて考えるならば、このパニック時の妄言にしか思えない台詞にも、彼女が抱えている課題が読み取れることになる。
 なぜアリサはこの場面でこんな悲鳴のような問いを発しているのか。それは、追い詰められた彼女が、自分の内心を縛り続けている苦悩を無意識に解き放ってしまったからである。もちろんひとりの少女にとって恋愛は重大な関心事だろう。戦車道チームのために没頭すべき時でも、恋心を抑えつけることなど不可能なのだろう。とある部活などでは恋愛禁止という話も伝え聞くが、そんなルールがなくとも戦車道の訓練と副隊長業務に専念していれば、アリサが恋愛に割ける時間はごく限られているだろうと想像できる。ここで常識的には、活動を優先するのかそれとも恋愛か、という選択や重点配置が問われるところだが、しかしこの作品世界は一味違う。第1話以来語られているように、戦車道は女性をモテさせるはずなのだ。それゆえ、この作品世界での通念をおそらく受け入れているアリサは、戦車道に専念することが同時に恋愛成就をもたらすものと期待している。もしかすると、その期待のもとで彼女は戦車道を志し、恋愛成就を夢見て努力した結果として、副隊長にまで昇りつめてしまったのかもしれない。しかし、だとすると、タカシにつれなくされているという現状は、アリサが信頼する戦車道の理念や通念を動揺させ、彼女自身がよかれと考えて続けてきた懸命な努力をまるごと否定しかねない危機的事態なのである。
 この危機に直面したアリサは、どのように立ち向かおうとしているのか。いまさら戦車道への信頼を捨てて恋愛へとエネルギーを振り向けることは、副隊長してのアリサにはできない。義務感というだけでなく、彼女にとってケイやナオミや隊員たちはかけがえのない仲間なのだから。しかし、そうなるとアリサに残された選択肢は、戦車道による恋愛成就を最後まで信じて貫くということになる。戦車道を続けることで、想いは叶う。副隊長としての務めを果たし、チームを勝利へと導くことによって、タカシを自分に振り向かせることができる。だから何としても勝たねばならない。勝てばタカシとの恋が実るからである。……ここには明らかに論理のすり替えが生じている。それは、
試合に勝利することでチームと戦車道のありようが正当化されるという勝利至上主義と同じ転倒なのである。たとえサンダースがアリサの活躍で優勝したとしても、タカシが彼女に惚れてくれるとはかぎらないのが現実だ。しかし、勝てなければすべてが無に帰すアリサには、もはやこうするしかないのである。皮肉なことに、このアリサの背水の陣ぶりは、彼女が罵倒した大洗女子のそれと通じ合うものだった

 以上のとおり、ケイ率いるサンダース戦車道が立ち向かうべき勝利至上主義にアリサが加担してしまっているのは、アリサの未熟さゆえではないし、ましてや彼女の性格の悪さに由来するものでもない。むしろ、彼女が副隊長としてチームのためを思い、隊長候補として懸命に競い、一人の乙女として恋にあがいていればこその結果である。さらに言えば、アリサの性格は悪いのではない。より正確には、弱いのである。自信に欠けているのである。アリサが試合中にも見せる全能感や傲慢さは、彼女の自信のなさの裏返しでもあるのだ
 実際問題として、ケイの後継者となるにはたいへんなプレッシャーがかかることだろう。ケイはあの快活さで隊員をまとめあげてきたが、彼女はその判断を支える知性の働きや煩悶を周囲に見せないだけの自己抑制能力も、また悩ましい問題に思い切った決定を下せる割り切りのよさも持ち合わせている。これに対して、アリサは物事がよく見えるがゆえに難しく考えがちであり、自己統制もケイほどこなせるわけではないし、またケイのような男性を惹きつける華やかさも表現しにくい。アリサがリーダーとしてのカリスマ・能力と女性としての魅力の両方に不安を抱いているのだとすれば、1回戦でアリサが示したやり過ぎな言動も、それをはねのけようとする彼女の意志の表れであり不安の裏返しとして受け止めることができるだろう。敬愛するケイのようにはなれない、支えあう仲間であるナオミとは競争相手としての緊張感がつきまとう、後輩たちはケイやナオミばかり慕う、それでもこんなに頑張ってるのにタカシは自分を受け入れ支えてくれない、彼を振り向かせるために戦車道で実績を挙げたい、でもそのためにはケイとナオミを超える能力を発揮しなければならない。アリサの自業自得な面はあるものの、彼女がこの戦いに敢然と立ち向かおうとしていたというサンダースの生徒らしい自助・自恃の精神は、ここに記して留めおきたい。

 とはいえ、アリサのこの暴走が、ケイ率いるサンダース戦車道にとって大きな危機をもたらしかけていたことは間違いない。自分自身のため、そしてチームのためにも良かれと思って行うことが、ケイが阻もうとしてきた勝利至上主義を身内の側から呼びこんでしまう。この勝利至上主義こそは、サンダース戦車道が掲げる自由で民主主義的で真剣に遊戯的である人間らしい生き方の実践を、致命的に損なってしまうにもかかわらず。



2.大会試合と観戦による危機克服と後継者育成の実態

 さて、このような課題と危機的状況に対して、ケイたちは大会試合に何を見出そうとし、実際に何を獲得したのだろうか。まず、大会1回戦前半におけるアリサの活躍から見ていこう。


(1)1回戦前半のアリサ(第5話−第6話)

 1回戦の展開を順に追うと、まず試合開始早々に、大洗女子の偵察に出たM3(うさぎさんチーム)がサンダースの2個小隊に挟撃されてしまう。このときM3はみほの指揮のもとで退避に成功するが、アリサは最初から自車(フラッグ車)を安全な後方に留めてこっそりと無線傍受に専念していることになる。すでに学園艦内ブリーフィングのさいに、ケイがフラッグ車の護衛を置かないと明言しているので、これをまんまと利用した形ではある。みほの対応行動を傍受して、アリサはさらに大規模な包囲殲滅のための通信をケイに送る。この攻勢にかかわる両者の台詞は以下のとおりである。

アリサ「南南西に2輌まわしてください」
ケイ 「Okey!」

ケイ 「今日のアリサの勘、ドンピシャね! Nice eyes だわ!」

アリサ「目標はジャンクション、左右に伏せてるわ。囮を北上させて、本隊はその左右から包囲!」
ケイ 「Okey, Okey! でもなんでそんなことまで分かっちゃうわけ?」
アリサ「女の勘です」
ケイ 「アハハハッそりゃ頼もしい!」

 試合運びを大きく左右したこの無線傍受だが、真相を知らないケイは当初「今日のアリサの勘」というように理解している。「今日の」ということは、以前も時々アリサがこのような進言をしていたのだろうし、ケイが「なんでそんなことまで」と尋ねているということは、ここまで具体的な進言は今回が初めてだったのだろう。無線傍受そのものは、優花里の諜報活動に対する意趣返しとすれば今回が初の試みと言えそうだが、あの日以降に準備したとすると、傍受のための機器を車輌に搭載する時間的余裕はあったとしても、そのための訓練が相当大変に思われる。後述するように、強豪校に勝つためのいち手段としてこっそり訓練してたところ、実戦で用いる正当化の理由をたまたま得られたということかもしれない。いずれにしてもアリサにとっては、優花里の行動は大洗女子のほうから勝利至上主義を宣言したものと受け止められたため、これに対応してアリサがルールぎりぎりの線まで踏み込むのはむしろ公平公正な判断のはずだった。
 ただし、優花里の言葉を信じれば「試合前の偵察行為は承認されている」つまり偵察行為の許可はルールとして明言されているのであり、無線傍受のように「禁止されていない」つまり暗黙のルールとして行わないことになっているのとは、意味合いがやや異なる。また、アリサが無線傍受することをあらかじめケイには伝えていないというのは、ルール上どうあれやはり隊長のお眼鏡に適わない行動であることを、アリサ自身がよく分かっていることの表れである。そして、ケイのそのようなスポーツマンシップが、アリサからすればじつに甘く感じられるのだった。

 先にも触れたが、もともとアリサは全力で戦うことの没入感よりも、圧倒的な力でねじ伏せる全能感を好む。そして、サンダースにはそんな一方的勝利を勝ち得るに足るだけの全国一の物量があるはずなのに、なぜか大会では優勝できない。ここにアリサの屈託が生まれてしまう。勝てない原因を探っていけば、まず思い当たるのが編成上の制約である。大会ルールによって車輌数を制限されていることも大きいが、その制限内でなぜあえて75mm砲型のM4を使い続けるのか。全車輌をファイアフライにしろとは言わないが、せめて(歩兵支援を考慮しなくていいのだから)「マスプロ」の範囲内でも76mm砲型を揃えるべきなのではないか。車体共通なのだから転換訓練も比較的容易なはずであり、そういうマスプロ戦車の長所をもっと発揮できるようにしたいのに、戦車道大会ルールとケイの方針がそうさせてくれないため、むしろマスプロの短所ばかりが目立ってしまっている。ケイからすれば、砲弾重量の増加が装填速度や訓練効率などに悪影響を与えるという判断なのかもしれないが、そのケイの好きな戦車がそもそもM4であるため、アリサからすると隊長の趣味が勝利追求の合理性を損なっているかのようにも思えてしまうのだ。たとえ勝つことが全てではないのだとしても、あえて勝ちにくくするというのはまったく別の話であるだろう、と。
 例えば昨年度の大会で、サンダースが黒森峰やプラウダと対戦したと想像すると、アリサのこの煩悶はいっそう共感しやすくなる。現実の西部戦線でも、M4ではティーガーやパンターに勝てないという声が実戦部隊から上がっていた。朝鮮戦争でもT-34/85にM4が(それも76mm砲タイプが)蹴散らされていた。当時の米軍が依拠した航空支援も間接砲撃も得られない以上、いわゆる「5輌のM4で1輌のティーガーを」という戦法で何とかするしかないにしても、車輌数が同じではそれも難しい。とくにプラウダのT-34などはマスプロ戦車のもう一つの代表格なので、これに敗れるのはアリサとしては本当にきつい。いっそパーシング使おうよ、と叫びたい。(なお『今度はドラマCDです!』所収「プラウダvsサンダースです!」では、アリサがカチューシャと激しい舌戦を繰り広げており、プラウダへの対抗心の強さがうかがえる。)
 このように手足を縛られている状態で戦力倍増要素を探し求めた結果、アリサが着目したのが
情報だった。昔懐かしC3I(シーキューブドアイ)のI、インテリジェンスである。相手の指揮内容を瞬時に捕捉してあらかじめ対応できるようにすれば、たえず主導権を握り続けながら、必要な場所につねに戦力を集中し、相手の戦力の多くを遊兵化できる。5輌以上のM4で1輌のティーガーを包囲できる。前回大会以来のアリサはこのような方策に基づいて、最初は普通の情報収集と状況判断によって対戦相手の弱点を発見し集中攻撃するという努力を繰り返したのかもしれない。これはみほたちも実際に行っていることであり、隊長・副隊長格のその能力の優劣がチームの勝敗を左右している。
 しかし、それでも結果が出ないなかで、埒が明かないと感じたアリサは、明確なルール違反でないことを確認したうえで、無線傍受という禁断の木の実を口にしたのである。つまり、アリサが強豪校との対決に備えて無線傍受の訓練を自車のみで秘密裏に進めていたところ、今大会の1回戦で大洗女子という弱小校と対戦する機会を得た(そして優花里によるいわば卑怯な奇襲攻撃を受けた)ことで、試合中にチーム戦術のレベルで実地訓練を行い、本番に向けての改善に役立てようと考えたのである。M3たった1輌相手に2個小隊・6輌ものM4で包囲しようとしていたのは、明らかに対強豪校を想定した包囲・集中戦術のお披露目だったのだ。この観点に立てば、「今日のアリサ」より以前の彼女は、なんとか戦車道のモラルの枠内で頑張ってきたものの見当外れの判断が多かった、ということになる。ケイが驚嘆した「アリサの勘」とは、このような未熟な状況判断の段階から無線傍受による確実なそれへの移行を暗示する表現なのである。
 また、搭乗戦車内の改造や気球の打ち上げなどあれだけ大掛かりな無線傍受の仕掛けを、しかも後で見つかったらもっと怖いはずのケイにさえ秘密のままで実現できたということは、アリサ個人の技術や副隊長としての強引な命令によるのみならず、おそらく他の隊員たちのそれなりに積極的な協力があってのことだろう。仮にアリサがケイやナオミに比べて地味な仕事を担いがちだとすれば、チームの裏方からはそのぶん信頼を寄せられているサブリーダーなのかもしれない。

 この秘密兵器が功を奏して、試合前半はサンダースが主導権を握り続けていく。予想以上の成果を耳にして、アリサは自分の努力の正しさを直感し、今後の強豪校との戦いへの希望を抱けた。ところが、このチーム勝利についての自信の獲得は、アリサの勝利欲求の構造からして、ただちに彼女自身のチーム内外関係における優越感や増長へと転化してしまう。その表れは、アリサが敵フラッグ車を撃破させるためチャーリー(C)車とドッグ(D)車へ指示を下した場面に初めて見いだせる。

アリサ「38(t)……敵のフラッグ車ね? もらった!
    チャーリー、ドッグ、C1024Rに急行! 見つけしだい攻撃!」
C・D車長「「了解!」」

 ここまで見事な「女の勘」によって自隊を有利に導いてきた彼女だが、それはあくまでも隊長のケイに戦術行動を上奏し、ケイがそれを受け入れて隊員に指示する、という手続きを踏んでいた(D車を撃破された後もこのやり方に戻りはする)。しかし、このC車・D車に指示する場面だけは、アリサがケイを介さずに直接指示しているのだ。これは、その2輌がケイたちと別行動をとっており、また即座の対応が必要だったためアリサが副隊長の権限で指示を出した、とも考えられるが、それにしてもケイに報告してまだ間に合いそうなだけに、やや思いあがりの感が否めない。このときアリサは、大洗女子に対する勝利を確信するとともに、ケイの指揮と戦車道理念に対する自分のそれの勝利をも、無意識のうちに予感していたのだろうか。いや、もしかするとそれは増長というより、少しでも早く敵フラッグ車を撃破して自信の裏付けを確実なものにしたいという、アリサの焦りだったのかもしれない。勝ちさえすれば、きっとタカシも振り向くのだから。


(2)1回戦前半のケイ(第5話−第6話)

 こんなふうに自己完結的に空回りしがちな副隊長を、ケイは本大会でどのように育成しようとしていたのだろうか。まず注目したいのは、試合開始このかた、ケイがアリサの上げてくる情報や進言をもとにして指揮しているという事実である。これは、常日頃ケイの指揮が副隊長たちの補佐を得て行われているということにくわえて、とくにこの1回戦ではアリサがケイに(無線傍受の計画を隠したままで)自分の報告・判断をもとに指揮してくれるよう頼んでいたのかもしれない。たしかにフラッグ車のアリサは、後方で戦況の推移と地図とを照らし合わせながら、ケイよりも冷静に状況判断することが可能ではある。また、ケイは隊長でありながら、いきなり小隊を率いてウサギさんチームのM3に襲いかかっているように、部隊運用を細かく指揮するよりも(自車がフラッグ車でもないかぎりは)先頭に立って統率するタイプなのだろう。そんな隊長を補佐すべきアリサは、これまでも全体の戦況を見据えたうえでケイに進言するという役目を、試合中にたびたび担ってきたものと想像できる(一方のナオミは万一の備え、つまり頼れる予備である)。それは隊長・副隊長が互いの個性や長所をもって補完しあうというサンダースらしい指揮のあり方であり、またケイが自分と異なるリーダーシップを実現するための能力向上をアリサに期待していたことの表れである。
 しかし、ケイがこの大会1回戦でアリサのお願いを聞き入れたのは、おそらくそれらだけが理由ではない。そのように感じさせるケイの姿がいっそうはっきり描かれるのは、みほの「全車集結」という欺瞞情報を受けてアリサが高地への移動を献策するさい、ケイがやや怪しさを感じて問いただしている場面である。直前にD車が伏撃破されているため、さすがに序盤よりは慎重になるべきところだろう。だが、ここでのアリサのさらに自信たっぷりな、しかしそれにもかかわらず判断の具体的根拠を示さない返答を聞いて、ケイは目を丸くし、よっしゃとばかりにためらいなく受け入れて全車にそのとおり指示してしまうのだ。

アリサ「128高地に向かって下さい」
ケイ 「どういうこと?」
アリサ「敵の全車輌が集まる模様です」
ケイ 「ちょっとアリサ、それ本当? どうして分かっちゃうわけ?」
アリサ「私の情報は確実です」
ケイ 「(おっ!?) ……Okey! 全車、Go ahead!」

 ここはケイのリーダーとしての特性と後進育成の意図が良くも悪くも発揮された瞬間である。根拠不明な作戦具申をノリでおおらかに受け入れてしまうのは、それだけ見れば明らかに拙劣といえよう。しかし同時に、
アリサがそこまで自信をもって主張していることが、ケイにはなにか意外であり、そして嬉しそうなのだ。
 おそらくアリサはこれまでの間、強豪校と対戦に備えて、また自らの指揮能力を高めるために、試合中の状況判断を試みては大小さまざまな失敗を重ねてきていた。だが、ケイはその失敗だけを取り上げてアリサを評価することはない。それはケイが忌避するところの成果主義にほかならないからだ。そして、アリサの日々の努力を見れば、そして大きな飛躍はなくとも着実に成長しつつある事実を直視すれば、ケイにとってアリサはたしかに後継者の一人と目すべき存在である。そもそも、そうでなければケイがアリサを一軍チームの副隊長に抜擢することなどあり得ない。
 しかし、そんなケイの期待や周囲の目に応えようとするあまり、アリサは考えすぎたあげくに迷走しがちであり、またその裏返しとして自信を失いがちでもあった。アリサがケイ自身やナオミとは異なる長所を持ってることはケイにはよく分かっているし、力量を認め今後に期待したからこそ副隊長を任せてもいる。しかし、学園艦ブリーフィングで隊員一同を前にして出場車輌を発表するときのあの重たい口調を真横で聞けば、たしかにアリサも緊張するだろうし副隊長としての威厳を持とうとしてるのも分かる一方、もう少し肩の力を抜いて開けっぴろげになってくれてもいいのにな、とケイは感じてたかもしれない。たとえアリサが失敗してもそこに彼女の前向きな意志とチームへの献身があるかぎり、自分やナオミや隊員たちは喜んでフォローする。それは、ケイ自身がアリサたちの意見に素直に耳を傾けていることや、ケイの指揮の過失を二人や隊員全員が進んで補ってくれていることと、まったく同じくお互い様なのだ。リーダーの責務を自覚的に担おうとするアリサの覚悟は尊いとしても、サンダースの戦車道が示すオープンマインドネスと全力前進の気風を見失ってしまっては、たとえ優勝したところで無意味なのである。それゆえケイはアリサの努力が報われること以上に、そのままの自分自身に自信をもってくれることを強く望んでいた。それがアリサのよさをもっと自然に発揮させて隊員を引き寄せ、共に戦う関係を築くことにつながるはずだからである。
 そんなままならなさを感じていたところ、この試合のアリサは大会試合の緊張に萎縮することもなく、副隊長としての役割を進んで果たそうとしているではないか。ここまでの試合展開でもアリサの情報が実際有効だったというだけでなく、ケイとしてはこの後輩の自らブレイクスルーを果たした態度が心地よく感じられ、やっと(不安の裏返しとしての虚勢ではない)自信をもってくれたかと喜び、頼もしく思ったのではないだろうか。万一それがアリサの暴走の新たなしるしにすぎないのだとしても、いましばらくはチームをそれに委ねてみるだけの余裕があった。今回の大洗女子の戦力を鑑みれば多少の失敗も挽回可能と考えられるし、万一の備えとしてもう一人の副隊長ナオミのファイアフライも控えているからだ。この試合を通じて、チーム指揮への自信をアリサが獲得し、彼女の若干の過失をナオミが挽回するという関係を実現できたなら、今後のサンダースにとって得るものはきわめて大きい。それは、アリサとナオミが同学年であればなおさらのこと、ケイとこの副隊長二人ではなかなか築けなかったリーダーシップのより対等な協力関係が生み出せる機会なのである。そこでケイは通常の試合以上にアリサにチーム指揮に関わる判断を委ねて自らは前線で戦うこととし、二人の副隊長の主体性とコンビネーションをいっそう高めてもらおうとしていたのである。
 このようなケイの後継者育成方針を他の強豪校と比べてみると、聖グロでは隊長が試合中に指揮権を委譲することはまずあり得ないし、黒森峰ではまほが副隊長のエリカに指揮を委ねながらも、何らかの修正が必要な場合はすぐその場でまほの指示によって上書きしている。ケイのように、隊長の責任以外のほとんどを後輩に任せてしまった例は他にない。これは、サンダースの民主主義的性格にくわえて、アリサに期待するチーム戦術指揮能力をケイ自身がさほど有していないためなのだろうか。つまり、まほがエリカを指導できたようには、ケイがアリサを直接指導できないがために、アリサに大幅に委ねるほかなかったという解釈である。しかし、後の大会決勝戦観戦時にケイがアリサたちに大洗女子の機動戦術の意味を説明している場面を見ても分かるとおり、仮にもサンダースの隊長たるケイの能力が後輩にそこまで劣るとは思えない。やはり、1回戦ではケイがあえてアリサに任せてみているのだと考えたほうがよいだろう。

 とはいえ、ケイの問題点は別の場面にしっかり描かれてはいる。例えばまず、みほの最初の逆襲にドッグ車が撃破されたときの様子を見てみよう。

D車長「ドッグチーム行動不能!」
アリサ「え!?」
ナオミ「なに!?」
ケイ 「Why!?」

 いや、ホワーイなどと叫んでいる場合ではない。ここでみほやダージリンなら、一瞬衝撃を受けたとしても、ただちに状況判断を改めて次の手を打つべく頭を切り替えただろう。しかし、ケイの場合は、副隊長二人と同じく素直に衝撃を受けるがままとなっている。アリサたちの実地学習のために隊長権限を一時的に委ねるのは結構だが、いざという時に速やかに権限を取り戻してチームと副隊長への指揮に当たれなければ、それはただの責任放棄になってしまう。ここまでのアリサの進言があまりに的確だったため、ケイとしては彼女の状況判断能力の成長を喜びながら、つい後進に任せすぎてしまったのだろう。この油断には、生徒の感情表出を抑えないサンダースの市民的(非・貴族的)文化風土と、ケイの後継者育成方針とが、悪いかたちで影響してしまっているのである。
 もっとも、この「Why!?」という一言にはそこまでの重みはなく、D車長の「Jesus!」同様、ただの習慣的な間投詞にすぎないかもしれない。実際にケイはここでの反省をふまえて、先ほど見たように次のアリサの進言に対してはそれが信用に足るものかと尋ねているからだ。そしてアリサの自信に満ちた返答を受け、彼女の策をそのまま容れて全車進撃を命じたわけだが、ここでたとえ大洗女子が再び待ち伏せをかけていたとしても、ケイは自らの直率とナオミの腕前で多少の損害も顧みずに相手フラッグ車を仕留めるつもりだったのだろう。ところが、逆に敵がまったくいないという事態に、またもやケイは叫んでしまう。

ケイ 「何もないよーっ!?」
アリサ「そんなはずはありません!
    ……まさか、はめられた? じゃあ、大洗の車輌はどこに?」

 アリサの台詞の後半はケイに聞かせていない部分だが、これと同じ問いをケイもおそらく抱いていたことだろう。そして、ケイはこの状況にあってなお、隊長からチーム全体への指揮をただちに伝えることなく、しばらくは自衛手段を講じつつアリサの反応を待つのである。これは一面において、ケイが隊長としての状況判断に失敗しているとも言える。上に述べたような隊長権限委譲中ゆえのためらいに、なおも囚われているということになる。しかし同時にケイは、この試合の行く末をアリサ(とナオミ)に託し、この副隊長たちがいかに試練を乗り越えるかを腹をくくって見守る覚悟であるとも想像できる。勝利のためにはケイが手綱を取り戻したほうがよさそうだが、それではただの勝利至上主義と変わりがない。あえてアリサの反応を待った結果として試合に敗れたとしても、その責任は隊長のケイが負うものであり、その代わりにチームによき後継者を残せるのであれば喜んで引き受けるつもりでもいる。だが、この覚悟はあくまでも、アリサたちがサンダース戦車道をきちんと受け継いでくれるという前提のもとにあり、もしもその前提が揺らいだならばケイの行動も当然変わらねばならない。


(3)1回戦後半のケイとアリサとナオミ(第6話)

 敵チーム捕捉失敗を知った直後、ここにいないはずの89式に出くわしたアリサは、自車隊員から「連絡しますか」と聞かれて「する必要ないわ!」と反射的に怒鳴ってしまう。すでに自分の判断ミスや敵の罠の可能性に気づいてしまったからこそ、ここで現れた89式が、自らに不安と焦りを抱かせる象徴として受け取られた。そこで、これさえ撃破してしまえば、ケイの疑念もチームの主導権喪失も、そしてもちろんアリサの自尊心の動揺も、再び解消できるはずと短絡的に理解された。しかし、89式に誘導されたアリサ車は、大洗女子チームの伏撃を受けて本当に罠にかかりかけていることを直視し、とうとうアリサはケイに状況報告する。

アリサ「大洗女子、残り全車輌こちらに向かってきます!」
ケイ 「ちょっとちょっと、話が違うじゃない。なんで?」
アリサ「はい……おそらく無線傍受を、逆手にとられたものと……」
ケイ 「ばっかもーん!」
アリサ「……申し訳ありません……」
ケイ 「戦いはフェアプレイでっていつも言ってるでしょ!? いいからとっとと逃げなさい。Hurry up!」
アリサ「Yes, Mom!」

 その後のアリサは完全にパニック性のヒステリーに陥り、彼女の抱く不安やままならなさに対する欲求不満を、タカシの名とともにさらけ出してしまう。一方、報告を受けたケイは速やかに指揮権を取り戻し、状況判断を3つの観点から行っている。1つは試合に勝つための戦術的観点、1つは無線傍受によって揺らいだサンダース戦車道をあらためて貫くための倫理的観点、そしてもう1つはアリサ・ナオミを中核とする後進育成という教育的観点である。これらを同時に満たせる方策として、ケイは「Fmmm……無線傍受しておいて、全車輌で反撃ってのもunfairねー。こっちも同じ数でいこっか」と実働車輌数を大洗女子と同じ5輌に制限しつつ、その中に「ナオミ、出番よ」とファイアフライを含めることで、一応の戦力優位とともに副隊長同士による相互支援の機会をを保持したのだ。その結果、試合には負けたもののナオミはその砲撃の技量をいかんなく発揮しており、アリサは試合についても後継者競争についても文字通り策士策に溺れる格好となったのである。

 もっとも、アリサの自滅行為によって覆い隠されてはいるが、じつは画面上で観るかぎり、ナオミは部隊運用レベルでの隊長サポートを何もしていない
 例えば試合の最終局面にて、ケイがナオミに4号(あんこうチーム車)の撃破を命じたが、あそこではむしろナオミに敵フラッグ車(と護衛のカバさんチーム車)を引き続き狙わせておき、他の3輌で4号を集中攻撃してたとえ命中せずとも砲撃しづらくするという手もないではなかった。このとき華がみほに行っていたような戦術進言を、しかしナオミはケイに対してすることなく「Yes, Mom!」と直ちに命令に従っているのである。もちろん、みほの直感的な回避指示と麻子の迅速な操縦がなければ4号はファイアフライによって撃破されていたのだから、ケイの指揮は間違いというわけではない。そして、ここまで大洗女子車輌に命中弾を与えて撃破できていたのはナオミ車だけだったことも事実である。しかし、38(t)が丘の向こう側へ隠れてしまう前に、3号突撃砲と38(t)を撃破できる可能性はなかったのだろうか。現実は、リスク覚悟でたった一度の敵フラッグ車側面攻撃に賭けたみほと、敵フラッグ車撃破よりも味方フラッグ車へのリスクを減らすことを選んだケイとの、それぞれの置かれた状況と判断と運がぎりぎりのところで結果の相違を生んだ。しかし、それにしてもナオミは、ここに至るまでの試合展開の中でも、まったく部隊指揮に関わる発言をしていないのである。
 たしかにアリサはこの試合でサンダース戦車道の道を逸脱しかけた。だが、ナオミの場合は、逆に逸脱しなさすぎたということになる。狙撃手として主導権を奪還したり決定機をつかんだりする役割を担うという点では、やはり今回も十分な働きを示してはいた。ところが、副隊長としての彼女を見たとき、チームの指揮統率に関しては、ナオミもこれまでのアリサと同じく、きわめて消極的な姿勢に留まっているとも言えるのだ。もっともそれは、ナオミの無口な性格によるだけでなく、チーム内での役割分担が彼女に求めてきたものでもあるし、さらにはナオミが指揮統率面についてケイやアリサを信頼していることの証でもある。とはいえ、ケイ引退後を想像するならば、部隊の戦術面を担うアリサが動揺したときにナオミがその幾分かでも代行できないと、ナオミが一撃で試合をひっくり返せるような展開にまで持って行くこと自体ができなくなってしまう。そして、その面を鍛えるためには、試合中にやってみるほかない。もっと自分の意見を主張すべきは、アリサだけではなかったのである。

ケイ 「帰ったら反省会するから」
アリサ「(かぼそい悲鳴)……うぅ……」
ナオミ「ふっ……」

 試合後のこの場面で、ケイに反省会を告げられてしょげかえるアリサの頭に、ナオミは優しげに手をおいて、仲間同士として支える姿を垣間見せている。ナオミも、アリサのしたことがサンダース戦車道を逸脱しかけていること、しかしアリサの意図がチームのためでもあったことを、ケイと同じくちゃんと理解しているのだろう。しかし、ナオミがこの時点で勘違いしているのは、ケイが帰艦後に開く「反省会」が、主にアリサひとりの反省の場となるだろうと予想している点である。実際にケイがアリサの肩を叩いてああ言ったわけなので、副隊長たちがそう感じるのも無理はないし、ケイもアリサをこっぴどく叱るつもりではあるのだろう。だが、ケイが意図する「反省会」のテーマは、おそらくそれに留まるものではない。
 ケイがアリサの無線傍受に立腹したのは、まずもってそれがサンダースの戦車道を踏み越えてしまっていたからだが、もう1つ見過ごせないのは、アリサ(と同志たち)がケイたちに黙って実行したことである。たしかに無線傍受は問題視されるべきとしても、だからといってサンダースの戦車道の理念と現実の連関やケイの指揮・指導がまったく間違っていないという保証もない。サンダースが「アメリカ式」であり、開かれたコミュニケーションこそがその校風である以上、自分たちのありかたについての当事者による率直な批判と改善はつねに必要であり有用であるはずだ。それは戦車道とその指揮についても同様である。そうであれば、「反省会」にてケイがアリサの口から聞きたいのは、まさしくアリサが今まであえて言わずにきたところの、ケイの指導方針やサンダースの戦車道のありかたについての忌憚のない意見なのではないか。ケイとすれば、アリサの行為に対して叱らないわけにいかないが、一方的な糾弾をしたいわけでもない。アリサにも言いたいことをちゃんと言ってもらう。それについて自分はまず耳を傾けるし、質問も反論もするし、アリサからの再反論も受け止める。そして、お互いの意見について、ナオミや隊員たちからも各自の意見を出してもらいたい。そんな双方向的な意見交流の場を、ケイは設けるつもりなのではないだろうか。
 もしかすると、ケイはサンダース戦車道の理念に沿ったオープンなチームを育んできたつもりだったが、彼女のその快活なリーダーシップゆえに、また対外的問題をも迎え撃つその力強い姿勢ゆえに、アリサをはじめとする隊員たちが意見を言いにくい雰囲気をもそれと気づかぬままに生み出してしまった、と感じたのかもしれない。いかにもサンダースらしい隊長の期待に黙って応えようとすることばかりを、皆に習慣づけてしまったのかもしれない。そうであれば、
この「反省会」とは、まずもってケイ自身の反省の場となるはずである。しかし、だからといってケイは、彼女ひとりの内面で反省するつもりも、また今すぐに副隊長たちから一歩離れて見守るつもりもない。むしろケイは「Go ahead!」の号令どおり前進しようとするだろう。すなわち、自分のやり方を今一度徹底してチームに本来のオープンマインドネスを蘇らせ、アリサもナオミも隊員も互いに敬意をもって支え合い批判し合えるような雰囲気を、リーダーの最後の務めとして残していこうとするだろう。そしてこのとき、ケイが身をもってアリサたちに示せるものがある。それは、隊員たちを信頼して自らの過ちを認め頭を下げることのできる隊長の姿である。それが、試合の勝敗を越えたところにあるサンダース戦車道の、そしてサンダース大学付属高校の、自由を担おうとする人間のありかたなのだ。


(4)試合観戦の意義(第6話、OVA、第10話−第12話)

 さて、1回戦の「反省会」にてケイがアリサたちと胸襟を開いた議論を行えたとして、そこでサンダース本来のオープンマインドな相互関係が再構築されることは上述のとおりきわめて重要である。しかし、そのような議論が実現したならば、当然のことながら次に問題となるのは議論の主題、つまりサンダース戦車道の理念をめぐる相異なる見解をどのように統合するかである。極端な勝利至上主義は従来どおり否定されるべきとしても、アリサが勝利を求めた理由には(彼女の恋愛事情はさておき)それなりの筋が通っているし、黒森峰やプラウダに敗れることが常態となっていいわけでもない。そして、ケイがこれまで認識してきた戦車道全国高校生大会における強豪校の既得権益と格差固定化という問題については、サンダース内の議論で意識共有できたとしても、その解決に向けた具体的なアプローチを検討するのは相当に難しい。
 このことを考えるとき、ケイが試合後にみほを抱きしめて叫んだ言葉が新たな意味を持つことになる。

ケイ 「Exciting ! こんな試合ができるとは思わなかったわ!」

 この言葉は、大洗女子の思いがけない奮闘と勝利への賞賛であると同時に、ケイが抱いていた不満の裏返しとしても受け止めることができる。大洗女子という無名校が、かつての伝統と無縁な急造チームと不揃いな戦車で全国大会に出場し、優勝候補の強豪校と全力で真っ向勝負して、しかも勝利を収めた。たとえ敗れたのが自分たちサンダースであろうとも、この大洗女子の勝利は、戦車道にまつわる嫌らしい現実をまとめて吹き飛ばしてくれる痛快事にほかならない。試合そのものも手に汗握る展開だったことにくわえて、みほたちが戦車道全国大会に投げ込んだ波紋の大きさが、ケイを言いようもなく興奮させていたのである。自由と公正さというサンダース戦車道の理念を守りながら今まで以上に全力で挑戦するに値する高度な戦い方を、自分たちも実現できるかもしれない。そしてさらに、自分たちが否応なく絡め取られてきた戦車道大会をめぐる閉塞感に、このルーキーたちが突破口を開いてくれるかもしれない。公正なチャンスと率直な交流を求める機運を、サンダースのみならず他の強豪校チームの中にも、そして強豪校と弱小校の間にも蘇らせてくれるかもしれないダージリンがみほの戦いぶりのなかに聖グロの戦車道とその改革の契機を見て取ったように、ケイもまたこの新参ライバルの内にサンダース戦車道の夢を再発見したのである。

 そんな期待を抱いたケイは、大洗女子の試合をアリサとナオミとともに観戦していく。みほたちの戦いぶりの中に、サンダース戦車道や全国大会のありかたを再検討するための具体的な手がかりが発見できるはずだからだ。対アンツィオ戦ではアンチョビ発案の欺瞞を用いた作戦をいかに看破して主導権を握るかという、みほの状況判断と指揮統率の手腕をはっきり観察することができた。つまり、無線傍受という手段を用いずとも情報戦に勝ち抜くために必要なものは何かを、対アンツィオ戦という具体的な教材から学ぶことが可能となったのである。対プラウダ戦にケイたちの姿が見えないのは何か理由あってのことか不明だが、後日その記録映像を視聴し現場の見聞談を得られたとすれば、圧倒的に不利な包囲下からの突破を果たすさいに地道な偵察による情報収集が不可欠だったことや、機動戦に持ち込んで敵を追撃部隊とフラッグ車に分断することで戦力差を無効化するさいにも優花里による高所からの敵フラッグ車視認が効果的だったことなどが、確認できたことだろう。これらは、物量に恵まれているがゆえにかえってサンダースではおろそかになりがちな基本だったもしれない。
 そして迎えた決勝戦、ケイたちは試合前のみほを励ましにジープで乗り付ける。

ケイ 「またexcitingでcrazyな戦い期待してるからね。Fight!」

 このとき車で去りぎわのアリサの表情は、1回戦まで見られなかった屈託のない笑顔。そこには、自分の策略と自分たちのチームとを破った相手に対する遺恨や劣等感はもはやない。「反省会」と観戦と訓練を経て、彼女の肩の力はいくぶん抜けて、その気負いや自信のなさも和らげられたように感じられる。それは、アリサがサンダース戦車道の理念のみならず、ケイの期待した自由な人間の心根をも、ちゃんと受け継ぎつつあることの表れなのである。
 さらに、試合観戦中の会話を見てみよう。

アリサ「あんなに混乱した黒森峰を見たのは、初めてです」
ケイ 「黒森峰は、隊列を組んで正確に攻撃する訓練は積んでるけど、そのぶん突発的なことに対処できない」
アリサ「マニュアルが崩れて、パニックになってるわけですね」

 この場面で、ケイはアリサ・ナオミとみほの指揮統率の意味を解釈し共有している。つまり、これまで黒森峰と試合をしても気づかなかった彼女たちの弱点を、みほが把握して利用していることに目を向けている。それは、たしかにみほが元黒森峰チームの一員だったという事実があるにせよ、サンダースのケイも観戦しながらその弱点を指摘できているように、他校の隊員であっても把握できておかしくない内容だった。それゆえここで描かれているのは、アリサたちが黒森峰の弱点とその利用法を学ぶという直接的・表層的なものだけでなく、たとえ試合前・試合中の偵察をせずとも試合観戦などを通じて得られる一般情報を分析することでどれほど豊かな知見が得られるかという、インテリジェンスにおける最重要点の1つについての再学習機会を彼女たちが得られたという事実なのである。ここで史実を省みるならば、西部戦線におけるドイツ軍最後の攻勢「ラインの守り」作戦、いわゆるバルジ大作戦によるアルデンヌ奇襲にさいして、米軍指導部が戦争早期終結を楽観視するあまり、ドイツ軍攻撃準備を伝える情報部からの警告を無視するほどにまで油断しきっていたという問題事例を、思い出すこともできるだろう。

アリサ「どこへ向かう気なの?」
ケイ 「面白くなってきたわねー」(もぐもぐ)

 丘を駆け下りる大洗女子チームを見てのこのやりとりで、ダージリンがオレンジペコに対して期待していたように、ケイがあえて解説せずにアリサたちに自らの頭で考えさせようとしたのかもしれない。しかしあまりに自然体でポップコーンを頬張るケイの姿からすると、たんにこの展開を楽しんでいるだけなのかもしれない。いずれにせよ、アリサは眼前の戦況とこれまで知り得たみほの情報とを結びつけながら、大洗女子隊長の指揮統率について真剣に思いを巡らせたことだろう。アリサがサンダース戦車道から外れることなく情報を真にチームの力とするつもりなら、彼女が学ぶべきものはみほたちの戦いぶりの中に数多く見出しえた。大洗女子の優勝に素直な拍手を向けながら、アリサは今後の目標を見つめ直す。それは、
好敵手への敬意をもって次こそは勝利を奪わんとするサンダース副隊長の再起した姿だったのである。



おわりに


 以上のとおりサンダースは、聖グロと戦車道の根本理念を共有しながらも、その校風・伝統と目指すべき人間像の相違によって、聖グロと異なる独自の具体的なありようを示していた。チームが内包する課題もまた独特なものであったが、やはりサンダースも聖グロと同様にみほ率いる大洗女子との対戦を通じてその突破口を見出し、後継者育成に活かそうとしていた。まだ2校を検討したにすぎないが、それぞれの戦車道の多様性とともに、大洗女子を軸に改革と原点回帰に邁進していく彼女たちの姿が、両校にひとまず確認できたのである。

 ところで、大会後のサンダースにおけるアリサとナオミの努力は、どのように具体化されたのだろうか。本考察を結ぶにあたって、その一端をドラマCDに確認してみよう。
 まず、『今度はドラマCDです!』所収「プラウダvsサンダースです!」では、大会後の両校による練習試合のさまが描かれている。直前の両校挨拶のさい、ケイ・ナオミとノンナは普段どおりだが、アリサとカチューシャはお互い噛みつかんばかりに激しい舌戦を交わす。だいたいアリサが攻撃側であることを見るに、やはりソ連的なプラウダとT34への対抗心があると分かる。そして、噛み付き方の是非はあろうとも、アリサが対抗心を内向きに歪めていかがわしい手段を講じることなく、あのカチューシャ相手にここまで堂々と渡り合っていること自体は、なかなか頼もしいと思わせてもくれる。
 もっとも、実際の練習試合では、アリサ車は開始直後に撃破されてしまったらしい。それはそれで情けなくはあるが、両校が大洗女子との対戦をきっかけに取り入れようとしている機動戦において、刻々と変化し激化する戦場の渦中でいかに情報分析を行い指揮に活かしていくかは、まだまだ課題が残されているということだろう。また、ナオミの優れた砲撃能力は、対大洗戦と同様にこの練習試合でもきわめて有効だったが、それは機動戦で当然そのまま活かせる能力だからでもある。
 もう1つのドラマCD『あんこうチーム訪問します!』所収「
サンダース再びであります」では、サンダース学園艦を(今度は堂々と)表敬訪問した優花里が、ナオミを「高校戦車道有数の砲手として特集が組まれるくらい有名」と述べている。やはりナオミは「砲手」としてその個人的技倆が高く評価されている一方、「副隊長」としては世間で特段注目されてはいないのだろう。また、主力のM4についてケイ自身が「小さい子だと足が届かなかったりたいへん」と吐露しているあたりでは、たしかにオープンな批判精神が発揮されていることも分かる(かつての陸上自衛隊のように、ペダルに下駄を履かせたりしているのだろうか)。他にも隊列行動訓練などいくつか見所があるが、最後に注目すべきは以下のやりとりである。

ナオミ「今回の招待は、アリサが言い出したんだ」
アリサ「な、ナオミ!? 内緒にしてって言ったじゃない」
優花里「そうなんですかー! ありがとうございますっ」
ナオミ「こいつも通信傍受とか悪かった、って思ってたしさ」
アリサ「別に……なに言ってんのよ! そんなんじゃないわよ、うちの真の実力を見せて次こそはって……」

 アリサは大洗女子の力量を認めて敬意を表し、また優花里の偵察行為に対する意趣返しでもあった無線傍受について彼女なりに謝意を示した。そしてナオミは、アリサの提案に賛成し、その謝意を素直に伝えられない彼女に代わって優花里に事実を伝えてフォローした。今後のサンダースを担うアリサとナオミの、
これが私たちの戦車道である。いざというとき頼りになる、または最後の王手をかけるナオミと、いざという状況に陥らないようにする、または相手の詰め手順を見つけるアリサという、指揮統率の分担と相互支援が今後どのように機能するのか。そしてタカシとの仲は進展したのか。それはまた後日の話、いち視聴者として期待して待ちたい。


(2015年1月29日公開・くるぶしあんよ著)

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