マジカル☆ヒナ

「天耳通」編

(続き)


 「この塀が…」

 タロットの「太陽」のカードを手に、ローブを纏った女性がささやいた。半 分の長さまで溶けた一本の蝋燭が、机の上のホロスコープに影を落としている。

 「この塀が壊れた時、太陽の申し子の上に、大いなる災いが降りかかる…。」

 彼女は金星と土星の位置を確認すると、窓の外の月を見上げて、満足げにつ ぶやいた。

 「そして、誰にもそれを止めるすべはない。なぜなら…。」

 彼女が「それは定められたことだから。」という言葉を飲み込み、後ろを振 り向くと、そこには一人のスーツ姿の若者が立っていた。

 「何をしているか、無礼者。」
 「申し訳ありません。千影様。」
 「部屋に入る前にはノックをしろといつも言っておるだろう。」
 「はっ。しかし俗世間では『ノックはいらない』なる歌も流行っている所で ございますし…。」
 「私はお前と、国会答弁の真似事などしている暇はない。」
 「いや、ノックなら、とっくに議員をクビになっておりますが。」
 「…別の組織で、そういう寒いギャグを言っていると、『シベリア送り』 にされてしまうぞ。」

 どうせ別の悪の秘密組織にトラバーユするなら「レッドベアー」より、こ こは業界大手の「ショッカー」だろうなどと燦緒がぼんやりと考えている所 に、やっと本題の質問がやってきた。

 「それよりも、今日の『ゲスト』の歓迎準備はどうなっておるのだ?」
 「はっ、既に2名とも到着しておりますが。」
 「それはご苦労。『時空ラーメン販売工作』、『幼稚園バス乗っ取り作戦』、いずれも失敗に終わり、やはり『失敗の総合商社』かと思っておったとこだが、お前もやる時にはやるものだな。」

 「はっ。お褒めにあずかり、この燦緒、恐悦至極にございます。」
 「うむ。」

 威厳をもって答える千影に、燦緒は舞い上がって、

 「とりあえず、二人ともクロロホルムで眠らせておきましたが、一人の幼女 は少々、漏らしている様子です。いかがいたしましょうか?」
 「なに〜?私はたしか、『男と女』を一人ずつ招待しろと命令したは ずだろう。」
 「いや、読者諸君には貧乳幼女の方が人気かと存じまして。」
 「馬鹿者!お前は赤豚イベントにも行った事がないのか!801スキーなお嬢さんにも配慮した配役を考えなければ、この業界、視聴率が稼げないんだぞ。

 たしかに、最近の「仮面ライダー」人気を見てもわかるように、ホモスキーな腐女子の煩悩パワーには侮れないものがある。

 「全く、余計なものを拾ってきおって・・・それに、ここには『コドモヨウシタギ』の在庫などないぞ。どうするつもりだ。」
 「そいつは困りましたな。何でしたら、私めのコレクションから一枚・・・」

   「部下に恵まれないあなたには、O-人事、O-人事」というCMが頭の中でリフレ インを続ける千影だったが、燦緒のポケットから飛び出している携帯電話に気 づいて、

 「たしか、おまえたちはプリペイド式の携帯と『イラン人テレカ』しか使っ ていないはずだな。何だそれは?」

 「はっ、これは女のバッグから出てきたものでして。」
 「いいから、こちらに渡せ。」

というや、燦緒の手から携帯をひったくり、その登録ダイヤルをチェックした。
最近の女学生らしく、150件にも及ぶメールアドレスや電話番号が並ぶ中から 「航」の字を見つけ出した千影は、おもむろに呼び出しボタンを押した。

 「…この電話は、お客様の都合により現在、使用できません。」

という機械的な声が二人の間を流れ続けていき、その間の悪さを破るように燦 緒が、

 「もしかして、代金、滞納しているんじゃないですか?」
 「兄く…、いや、その男に限って、そんな事はありえない。」
 「であれば、もしかして家賃を滞納した挙句に、893に簀巻きにされて瀬戸 内海にドブーンと。」
 「もう、お前は黙っていろ。何にしろ、今晩のうちに、ゲストにはお越し願 わないと、何かと都合が悪いのだ。」

 さきほどより、高く上った月を見上げながら、2・3分ほど千影は何か考え ていたようだが、

 「まだ、二人とも眠っているんだな。」
 「はい、おそらく。」
 「ならば…。」

 誰が聞いている訳でもないのに、千影が何かこそこそと耳打ちすると、燦緒 は、小走りで部屋を出た。

☆☆☆

   「わー、あかとかみどりがきらきらして、まるでおほしさまみたい。」

 タクシーの車窓から飛び込んでくる、街の明かりに、雛子は大はしゃぎであ る。普段なら、この時間にはもうベッドに入っている所だが、夕方にぐっすり と眠ったせいで、はっきりと目が覚めている。車は大通りを抜けて、アパート の窓々に明かりがともる、住宅街へと滑り込んでいく。

 「そこの角を曲がった、電柱の所でいいんですね、お客さん。」
 「ええ。」

 車の停止灯がハザードに変わると、雛子は右ドアから勢いよく飛び降りた。

 「3860円になります。」

というドライバーのくたびれた声に、燦緒は財布を開けて2000円札を2枚取り出し、

 「釣りはいらないよ。」

と一言。「ケチな客だ」と言わんがように、ドアを閉めると、ドライバーはそ のまま走り去ってしまった。

 「あそこがひなのおうち。」
 「で、そのおとなりが、ありあちゃんのおうちなの。」
 「亞里亞ちゃんは、雛子ちゃんの仲良しさんなんだよね。」

 40分近くもの間、車の中で雛子のおしゃべりに付き合っていただけのことは あって、こと雛子のことについては、かなり詳しくなっている燦緒である。た だ、彼の最大の盲点は、彼女が航と同居していると勘違いしていたことであっ た。

 「さっきも言ったけど、おうちに帰ったら、そのお手紙をおにいちゃんに、 忘れないように渡すんだよ。」
 「うん。わかった。おくってくれて、ありがとう、おにいさん」

 世の中、人質を誘拐する犯罪者は多いが、わざわざ人質を家まで送り届ける奴は珍しい。雛子が電柱の蛍光灯の明かりを頼りに、数百メーター先の家の方に 歩き出したことを確認すると、燦緒は足速にその場からすぐ横の路地に姿を消 した。今、雛子が後ろを振り返っても、彼の姿を目にすることは、おそらくな いだろう。

 「しまった、帰る金、ない。」

 財布を開けて衝撃の事実に気づいてしまった燦緒は、かつて競馬で全額すっ てしまった時のようにうなだれて、近くの公園目指して歩いて行った。今日も また、一人のホームレスの誕生が決定されたようだ。

 「あれー、おうち、まっくら。」

 鍵が掛かっているドアの前で、雛子が立ちすくんでいる。

 「たしか、おねえたまはもう、さきにかえっちゃたって、おにいさんはいっ てたけど。どうしたんだろ。」

 そう、彼らはまだ熟睡していた雛子を別の部屋に移して、「迷子の雛子を送っ てきてくれ」と、可憐から頼まれたと、彼女に吹き込んだのだ。さすがに大ボ スともなると、少しは頭を使うものだ。

 「おうちにはいれないし、どうしよう・・・。」

 その時、隣の家のドアが開くと、そこから一人の少女が顔を出した。彼女は 泣き顔になりかけている雛子を見つけると、パタパタと走りよってきて、

 「どうしたの?」
 「おうちにはいれないの。」
 「ねえやは?」
 「さきにかえってる、っていってたけど・・・」
 「おかしいの。」
 「そうかなー。」
 「亞里亞のおうちに、来る?」
 「いいの?」

 ぱっと、雛子の顔が明るくなる。それを見てうれしそうに、

 「亞里亞もおるすばんなの。」
 「ひとりで?すごいねー。」
 「兄やが来るの」
 「ふーん。」

 亞里亞の案内で部屋に入った雛子は、テーブルの上に広がる小包の空き箱と 包装紙、それに数本のビデオテープを目にすることになる。

 「おかし、たべる?」

 「バリバリイカ」や「うまい棒」が7分ほど入った菓子入れを手にした亞里 亞が、無造作に卓上のゴミを端に押しよけながら言った。

 「うん。」

 雛子はテレビの画面を見ていたが、普段、自分が見ている番組と違うことに 気づいたようだ。

 「ありあちゃん、いっつも『あばれんぼうてんぐ』はみてないの?」
 「うん」
 「じゃあ、『ぽけもそ』も。」
 「ピカチウ、総受け?」
 「ありあちゃん、むずかしいことしってるね。」
 「▽」

 将来が楽しみな会話が繰り広げられる中、紫の衣を着て、座禅を組んだヒゲ おやじが、画面の中央に大アップになった。続いて「超越神力」のキャプショ ンとともに、豪快な歌声が流れてきた。

 「♪人は必ず持っている〜、どこかに必ず隠している〜」
 「♪遥かな〜時を〜超え〜て〜」

 「♪ちょ〜えつ、じんりきだ〜」

 ハモっているのは亞里亞の声である。雛子はちょっとびっくりして、彼女の 顔を覗きこんだが、実に愉快そうなご様子。

 「ありあちゃん、これってなに?」
 「フランスの姉やが、まいしゅうどようびにゆうびんでおくってくれるの。 これでべんきょうして、りっぱなえらいひとになりなさいって。」
 「ふーん、そうなんだ。」

 一般的には納得してはいけない線のような気もするが、画面の方は「GURU」 が信者たちに、拉致監禁されているAさんを救出しろと命令しているシーンだ。 どう見ても小学1年生が見るものではない。

 「ピーンポーン」

 雛子が2本目のうまい棒梅シバ味に手を出そうとした時、門の呼び鈴が鳴った。

 「はーい」

 亞里亞がスローモードで立ち上がると、2つの部屋の横を通り抜け、ドアの ロックを外した。そこに立っていたのは・・・。

 「おにいたま!」

 いつの間にか亞里亞の後ろに立っていた雛子が、歓喜の声を上げた。

 「亞里亞ちゃんのおばさんから頼まれて、様子を見にきたんだけど、どうし て雛子がここにいるんだい?あ、そうか、亞里亞ちゃんが遊びにおいで、って 呼んだんだね。」

 同意を求めるように、航は亞里亞の顔を見ていたが、どうもそうではなさそ うな雰囲気が漂っている。

 「あのね、あのね、おにいたま。」

 ダイニングルームに向かう途中から、雛子はハイテンションである。

 「それで、どこかのおじさんが、ヒナをおうちにおくってくれたんだよ。」
 「うーん。」

 あまりにも解せない展開に、まだよく話がよく飲み込めていない航。

 「それでおうちににはいれなかったの。」
 「おかしいな・・・そのおじさん、雛子ちゃんに、他に何か言ってなかったの?」
 「ヒナはよくわからなかったけど、おうまさんがころんで、おかねがなくなっ たとか、どこかにねこさんのゆうえんちがあるとか・・・。」

 うまい棒の袋と一緒に、さっきの紙くずも「ゴミ箱にポイ」しようと、亞里 亞がテーブルに手を伸ばした時、
 「これ、ありあのじゃない。」

と言って、少し茶色いしみが付いている白い角封筒を手に取った。表書きには 「夜総会へのご招待」と書いている。その上の「航」の文字に気づくと、航は 奪い取るようにして、その封筒を手にした。

 「わたしたちの夜総会へようこそ。今日の12時まで、妹の可憐様とともにお 待ちしてます。」

 「追伸、きっと来てくれますよね。さもなければ・・・」

 そこまで読むと、航は便箋を握り締め、テーブルを強く叩いて立ち上がった。 その衝撃にびっくりした幼女二人は互いに顔を見合わせていたが、尋常ではな い事態が勃発したことには気づいたみたいだった。

 「救え!救うんだ!」

 テレビの画面には、座禅を組んだヒゲおやじが、光の帯の中を飛んでいって いるシーンが流れていた。

☆☆☆

 「いいかい、絶対に、この車から出ちゃだめだよ。」

 「どうしても付いていく」と言い張る二人を振り払うことができず、やむな く一緒の車でやってきた3人。航は一見、普通に見えるマンションの近くの空 き地に車を止めると、そう言って自分だけが外に出て行った。

 「だいじょうぶかな…」
 「兄やは、きっとだいじょうぶ。」

 亞里亞の根拠不明な言葉でも、今は信じるしかないと思う雛子だった。そし て航は一人、白いビルの入り口の前に立つ。

 ちょうどその頃…

 可憐は、明らかに普段使っているよりは数グレード上等とわかる羽布団の中 に、自分がいることに気づいた。西川の猿布団だろうか?

 「お目覚めのようね。」

   寝ぼけ眼で見上げる彼女の視線の先には、上から下まで黒で固めた、髪が長 い女性が彼女を見下ろしていた。

 「ここは…」

 「安心して、別にあなたに何かしようという訳じゃない。ただ、私たちの夜 総会に参加してもらうだけ。」

 「『夜総会…』。それより雛子は?雛子はどうしたの?」

   取り乱し気味になりながら、可憐は立ち上がって、千影に食い下がった。

 「もう大筋で解決したはず。送っていった実務者レベルの問題よ。何なら、 電話してみる?」

 といって、可憐の携帯を彼女に手渡した。彼女が7つ目の数字を押した時、 後ろから大きな音がしたと思うと、一人の男が飛び込んできた。

 「可憐、大丈夫か」
 「おにいちゃん!」

 互いに駆け寄っていく二人の姿を見て、一瞬、懐かしい何かが去来する気持 ちを覚えた千影。だがその気持ちを打ち消すように、彼女が指を「パチン」と 弾くと、二人はお互いが見慣れた部屋の中にいることを発見した。

 「ここは…」
 「私の部屋…?」

 これまでのことが、全て夢だったかのようにすら感じられる。外から聞こえ てくる珍走団たちの爆音すら、その世界にリアルなリアリティーを与えていた。 壁のハト時計は、カチカチと時を刻んでいる。

 「それは、あなたの望んだ世界。」

 魔法円の中央に立った千影が、左手に乗せた水晶玉を覗き込みながら呟く。

 「さあ、ゲームのはじまりです。兄くんと、あの子、そして私の。」

 少し自虐的な口調で

 「楽しみなさい、可憐、私の夜総会を。あなたに最後の楽しみと、そして永遠の苦 しみを与えてあげるわ。そう、この私のように。」

というと、彼女はダガーを手にした。もう、月は南中した様子だ。

 火の召還五芒星の5辺を切るたびに、刃先に蝋燭の光がきらめく。彼女は左 手に握られた、3行3列の土星の魔法陣に、そのナイフの切っ先を当てると、 一瞬で切り裂いた。紙片は2・3回、空中で回転すると、魔方円の蠍座のサイ ンの上に落ちた。

 「あのね…おにいちゃん…」

 可憐は一歩踏み出して、何か落ち着かない様子の航の前に立ち、

 「おにいちゃん…可憐、あのね…」

 というといきなり航の胸に飛び込んできた。そのまま腕を回して、じっと航 の瞳を覗き込む。航の感じる可憐の鼓動が、ますます強く、ますます激しくなっ ていく。普段の可憐からは全く予想できない行動だけに、可憐を引き離すこと も忘れて、二人は互いの顔を見合わせていた。その時は永遠のようにも感じら れたが、おそらく、2・30秒といったところだろう。

 遠くで、ハトが9回鳴いたような気がした。窓の外から、救急車のサイレン が聞こえているが、それはもう遠い世界のように、可憐には感じられていた。

 「可憐、今まで我慢してたんだけど…おにいちゃんに、一つだけ、わが ままを言ってもいいかな…。」

 少し体の力を抜いた航は、彼女の顔をじっと見つめた。

 「あの…今生の思い出に…一夜をくれないかしら。」

 「『今生の思い出』って・・・、何かあったのか、可憐?」

 思わず、彼女から体を離そうとした航を、可憐は「もう逃がさない」とばか りに、しっかりと抱きしめた。

 「ううん…おにいちゃんは知らないほうがいいこと。それよりも…。」

 可憐はそのまま体を落とすと、航のくたびれかけているジーパンのチャック に手をかける。おにいちゃんの「暴れん棒」は、すでにビンビンの発車オーラ イモードである。

 「誰にでもこんなことしてるって思わないでね。おにいちゃんだから…。」

 そう言いながら、彼女は航の「暴れん棒」に顔を近づけた。そしてそれを小 さな口に含むと・・・。


 「まだゲームは続いておりますが、ここでショーアップナイターの中継を終わらせていただきます。この続きは、お手元の男性向け同人誌でご観戦下さい。」
 とばかりに、千影の水晶玉は曇っていき、肝心のシーンは自主規制されてしまったらしい。霊界のゾーンニング技術、恐るべし。


 それから、少しの時間が過ぎて・・・

 「やっぱり、可憐じゃダメなんだ。」

 壁に貼っている稲垣メンバーのポスターを凝視し、最後の理性を振り絞って、 耐えがたきを耐え、忍び難きを忍んでいた航。その姿に可憐はいかにもがっか りと落ち込んだ様子で、

 「こんなに可憐はおにいちゃんのことが大好きなのに、おにいちゃん、可憐 の方すら見てくれないし、それに…」

と言うと、直立していた航の腰から腕を外し、後ろのコスモス柄のベッドカバー の上に上半身を投げ出して、すすり泣きをはじめた。そんな可憐の姿にして、 航は「暴れん棒」をファスナーの外に出したままで、腰を落とすと、可憐の肩 に両手をおくと、やさしそうな声で彼女の耳元で言った。


*お好きな方を選んで下さい:

 ・「可憐、まだこんなに元気だよ、見てごらん。

 ・「悪い、最近、残業続きで疲れてるんだ

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