幻の八八艦隊  (アドテクノス)


 鋼鉄の女王達がノーガードで殴り合う戦術級海戦ゲーム。
 80年代の中頃、高校生のぼくは小遣いの大半をシミュレーションゲームにつぎ込んでいましたが、その習慣はアドテクノスという新進気鋭の会社が登場することで身についたものでした。『レッドサン・ブラッククロス』の衝撃に始まるその購買意欲は、まさしくシミュレーションゲームバブルの雰囲気の中でさらに強められ、そしてこの会社と軌を一にして唐突に消え去りました。といいますか、当時は業界そのものが消滅したわけですが。
 そんな悲しい未来を知るよしもなく、勢いに乗るアドテクノスが発売した作品は、古代戦の『アレキサンダーズ・トライアンフ』とこの『幻の八八艦隊』。同時に2本、しかもテーマがどちらもまた狙いすぎです。で、ぼくはといえば『タクティクス』誌の紹介記事を読んで両方買ってしまう始末。古代戦も海戦も初めてだというのに。しかもこのときにはそれが大成功してしまったのが、その後の衝動買いによる失敗のもとだったわけです。真珠湾攻撃後の日本海軍みたいな。
 しかし今回とりあげる『幻の八八艦隊』には、ぼくたちが知るパールハーバー奇襲は存在しません。「超弩級」という言葉のもととなった英国ドレッドノート級戦艦の出現に始まり、歴史上は軍縮会議によって終わる戦艦の時代。この軍縮が生じずに、ひたすら列強の建艦競争が続いていたら、そして日本の八八艦隊計画が実現していたら。こんな想定で、当時計画されていた巨大戦艦までもひっくるめて、彼女達同士の決戦を描いてみせようというのがこの作品です。つまり、今日の仮想戦記などにみられる大艦巨砲ブームの、いわば先駆けともいうべき存在なのです。

 こんなゲームですから、もちろん戦艦の地位を危うくする空母・飛行機は登場しません。スケールは、戦艦が1艦1ユニット、補助艦艇(巡洋艦・駆逐艦)が適当な編成で1ユニット。マップはどこまでも青く、島の姿さえ存在せず、この作品がひたすらに戦艦同士の戦いを描くことのみに全力を注いでいることが率直にうかがえます。
 戦艦のパラメータは、砲撃力、貫通力、防御力、舷側装甲値、甲板装甲値、移動力からなります。砲撃力と貫通力が分かれているというのは、つまり、フューリアスのようなフネの特徴を示すのにもってこいなのです。第1次世界大戦時、バルト海強襲のために建造された、18インチ(46cm)という大和と同じ巨大な主砲をたった2門だけ搭載した謎の戦艦(正確には軽巡洋艦なのか)。はっきりいって役に立たなかったこの艦も、砲撃力は1でも貫通力は4というかたちで、その独特の戦闘力が数値化できています。まあ砲撃力がそもそも低いと、射程も短く、命中しても普通たいした戦果は得られないのですが、貫通力が高いと[貫通力−装甲値]の砲撃結果ダイス修正が大きくなり、運が相当によければ特殊戦果で敵艦一撃轟沈、ということもあり得ます。とはいえ、こんなフネを使う場面も普通ないわけで、空母に改装されてしまったのも仕方ないところ。

 砲撃は1艦ごとに命中判定から。距離、所属国の錬度、その他の要因によって修正し、これで命中となると、次は防御側が甲板装甲値と舷側装甲値のどちらを用いるかをランダムに決めます。当然、遠方からの砲撃なら急角度の命中ゆえ甲板に当たりやすくなる寸法で、イギリス艦の甲板装甲が薄いのに対してドイツ艦は弱点がなく、このあたりはジュットランド海戦での互いの損害がきちんとシミュレートできます。実際、それくらいのタフさがなければあの海戦に生き残れなかったということは、対するグランドフリートの砲撃力を見るとよく分かります。
 巡洋艦などの補助艦艇は、戦艦に対する砲戦には参加できません。彼女達の役割は何よりも、肉薄しての水雷攻撃と、敵補助艦艇のそれを阻むこと。こういった小さなフネに対する副砲による砲撃力も艦種ごとに決められており、女王同士の殴り合いの横でもう1つの戦いが行われることになります。

 しかし、これらのルールはいわば戦艦ものの基本ともいえるもの。この作品の要点は、むしろ、砲撃を交し合う戦艦ユニットの、そのあまりの顔ぶれにあります。
 用意されたユニットの1/3を占めるのは、さすがの大英帝国。赤地に黒いシルエットで描かれたその威容は、海の支配者の力のほどを存分に見せつけてくれます。そこに居並ぶのは、弩級艦という名前のもととなったドレッドノートはもちろん、R級、クィーンエリザベス級、またインヴィンシブルやフッド(甲板装甲値0)といった巡洋戦艦、さらに前弩級艦までも。しかし何より見る者の目をひきつけるのは、セントアンドリュー級4隻、G3級、そして20インチ砲を誇るインコンパラブルという、計画艦の凄まじさです。
 白地に赤いシルエットが美麗な日本海軍はどうかというと、薩摩なんて前弩級艦があるかと思えば、栄光の三笠、悲劇の陸奥が。そして大…いえいえ、軍縮会議の後に計画されたフネなんて、この作品が扱うはずもありません。あるべきは当然八八艦隊、すなわち紀伊、天城、そして13号艦。対する米国にも、青地に黒々とサウス・ダコダ級以下の3年計画艦隊が。まさしくタイトルの通り、『幻の八八艦隊』の栄光を盤上に描くのがこの作品の目的ですから、日米の計画艦はきちんと用意されており、16インチ以上の巨砲がうなりをあげる決戦海域の地獄絵図へと、プレイヤーを誘います。
 そして、これらの海軍国に続くは灰色のドイツ艦。バイエルン級など、その堅牢さが誇りですが、あいにくZ級計画艦は時代的に含まれません。そしてイタリア、フランス、ロシア…と、ここまではまあいいのですが。ユニットはさらに、オーストリア、デンマーク、トルコ、ギリシア、ブラジル、チリなどなど、マイナーな国の弩級艦やら海防艦やらにまで及び、もう収拾がつきません。このへん、『レッドサン・ブラッククロス』で空前の建艦競争を演じたデザイナーだけあって、何の遠慮もなかったようです。どちらの作品にもトルコ海軍のヤウズが存在するあたり業が深いというか。また、ブラジル戦艦リオ・デ・ハネイロは、未完成のままトルコに売却されて戦艦スルタン・オスマンI世になるところを、第1時世界大戦の勃発で英国に押収され戦艦エジンコートとして完成するという数奇な運命をもつフネでしたが、この作品にはその3戦艦が全部用意されているという徹底ぶりです。

 シナリオは、日露戦争や第1次世界大戦はもちろん、日米などの架空戦まで多彩な取り揃え。純粋に大艦巨砲を楽しむためのキャンペーンルールも用意されています。所定のポイントを消費してユニットを購入し、お互いの編成した艦隊同士をぶつけあうというもので、おそらくプレイヤーは勝利よりも趣味を第一に考えた艦隊を披露しあうことになるでしょう。超弩級艦が激突する戦いとしては、やはり日米決戦や米英戦争といった架空戦が面白く、盤上に居並ぶ凶悪なバトルワゴン達が、一糸乱れぬ単縦陣のまま波をきって進み、好敵手を沈めるべくその砲塔を廻らすさまは、さすがに夢の戦艦達だけのことはあります。また、これだけ多様なユニットがあるので、マイナーな国同士の海戦シナリオなども作れそうですが、しかしユニットの数値をみると、弩級艦前後のフネはそう差があるわけでもなく、個々の艦の特徴が一律の数字に還元されてしまっており、一部好事家以外はあまり楽しめないかもしれません。好事家以外はそもそもそんなことしないでしょうけど。

 以上みてきたように、戦艦が支配する海の姿と、その激突の瞬間を描くためだけに作られたこの作品。ダイスをふるたびに「テーッ!」「Salvo !」と気合いを込め、敵艦撃沈に「万歳」を叫ぶという、そのシンプルな面白さは今でも変わらないはずですが、しかしこの作品が世に出てから既に20年の歳月が流れ、大艦巨砲を扱う良作のゲームも現れるようになりました。戦艦同士の殴り合いをダメージコントロールまで含めてシミュレートしようという『戦艦の戦い』、お手軽なカードゲームの『建艦競争』など。さらに架空海戦を緻密に描くPCソフトも登場しており、こういった後進の作品に比べると、『幻の八八艦隊』は、シミュレーションとしてはもう1つ深みがなく、お手軽ゲームとしては手間がかかるという、なんとも中途半端な立位置にあります。
 これは、わが国で最初にこんなテーマをものにした画期的作品であるがゆえの欠点なのかもしれません。あるいはボードタイプのゲームの限界を示しているのかもしれません。でも、そんな時代遅れ感こそ、戦艦という存在にぴったりのものではないでしょうか。そして、青いヘクスマップ一面に、旭日旗のごとき連合艦隊を、また見敵必戦の精神を具現する真紅のグランドフリートを1ユニットずつ配置するとき、その威容を実感できるというのは、やはりユニットを用いたボードタイプの真骨頂でしょう。
 とはいえ、そんな見た目で判断するとは、まるで空母の「不細工さ」を揶揄した戦艦派みたいですね。つまりはぼくもこの作品と同じく、古き良き時代に思いをはせているのかもしれません。ぼくの場合には、20年間の大艦巨砲時代にではなく、20年前のあの熱狂に、ではありますが。そして、昨今のシミュレーションゲーム業界復興のさまを目の当たりにするとき、思わずぼくは、心の奥底で呟いてしまうのです。「そうだ、これが我々の待ち望んでいた……」


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