『CLANNAD』Key)前半の総括

〜ターニングポイントとしての第13話(嘘)〜



はじめに 〜問題の視点〜

 強制的にあの父のもとに生まれ、流されるままに高校生活を始めた朋也だったが、これまでの数々の経験を積み重ねていく間に、その意識は大きな変化を遂げた。それは高校を支える幸村先生達によって、祐介や春原の自覚的・無自覚的支援によって、そしてもちろん少女(一部例外あり)達の励ましによって、支えられてきたものだった。そしてその過程は、朋也が彼女達を理解し、受容していく過程と完全に重なり合う。彼女達との関係性の中で自分を変えていけたということは、自分と異質な面ももつ少女(一部例外あり)達それぞれのよさを、朋也が当初拒絶しながらもやがて好意的に受け止めていくことを通じて、初めて可能だったからだ。それはもちろん、朋也が、彼女達の自分への好意と善意を信頼し、朋也も彼女達への好意関心を疑い得ないものとして確立することでもあった。
 第13話「お父さんとの春」は、このような高校生活再構築期から、それを基礎とする発展期へと移行するターニングポイントとして位置づけられる。本考察で示してきた各話の主題は、朋也自身が毎回自らの成長の糧にしてきたところのものだが、これを朋也が全体的に振り返って、次の行動のための足がかりにしようという反省的態度が、この第13話で見いだされるからだ。そしてこの反省は、上述の通り、少女(一部例外あり)達を彼がいかによりよく理解し、どのような感謝の念を抱いたかを振り返ることで、まず手がかりを得ることになる。本論では、この少女(一部例外あり)達への朋也の想いを個々に検討しながら、前半の総括と後半への展望を試みる。



1.12人の少女(一部例外あり)達

 通学路に薫る桜の葉。

朋也「あっという間だったこの高校生活3回目の春…。こんなに賑やかに春を過ごしたのは初めてだったな。
    秋生はどうだった? 俺としては別にどうでもいいことなんだが。」


 アバンタイトルで、宛先人にやや問題が残るメールを打つ朋也。春原へ宛てた罵詈雑言では豊かな感受性をしばしば表現していた彼だが、ゲーム冒頭での即席ラップでは詞が下手なことも暴露されるなど、総じて国語の点数はいかほどのものなのだろうか。そんなことはさておき、場面は連休前日の朝、既に風は初夏のいろに移り変わろうとし始めていた。家出以来春の時を刻んできたカレンダーを、早苗がめくる。

早苗「もう連休ですね、朋也さん。」
朋也「そうですね。」
早苗「素敵なお休みにしましょうね、朋也さん。」

 それは、あの唐突な出会いを過ぎてこそ得られた春だった。来年もこんな「いま」が続いていってほしい、いや自分達の力で続けていきたいと思わせる、そんな春だった。その季節の締めくくりを迎えて、朋也は連休直前の今日も、少女(一部例外あり)達の面倒をみたり、面倒をかけたりする。自分の得意な面倒で皆と交流しようというのだ。そしてそれは、発売日直後に掲載されていた<CLANNAD攻略>表による強制ではなく、朋也が自発的に全ての者達のもとを回っていく初めての機会でもあった。彼は春原が叫んだごとく、誰か一人を贔屓することなくそれぞれの者のために今日一日を公平に捧げようとするのだ。フラグがほとんど終わっていたりまだ残っていたりと、状況は様々な少女(一部例外あり)達だが、そんな彼女達の面倒を見ながら、朋也は今春になってからの回想と共に、いまの想いを心の中に綴っていく。

(1)智代

 懐の中にしまわれたカイザーナックル。路地裏は彼女の威力を存分に発揮できる場所だった。教室で勉強しながらもたれかかってくる智代の柔らかさにうろたえながら、しかし朋也は以前のような過剰反応を示しはしない。それは
色香に慣れたというだけのことではなく。

朋也(そういえば、智代は初めてのとき、俺の相棒を蹴散らしてくれたんだっけ。
    どこかスケ番っぽいんだよな、智代って…。
    時々、どきっとさせられることもあるけど、そんな智代を最近は迷惑に思わなくなってきているんだ。
    だって、意外に子供っぽいところがあったり、お茶目だったり、本当は色んな良さを持っていることに気づいたから。)

 異性に関心はあっても鈍感な朋也にとって、智代の直接的なアプローチは当初非常に刺激が強く、そして自分を動揺させるために警戒の対象だった。だが、そんな智代のリードに馴染んでいくうちに、自宅の台所で見せたような、毅然とした振る舞いと内面の子供っぽさや純情さとの表裏一体の結びつきを、朋也は認識し、理解していくことができた。玄関前で生徒会役員が朋也に直接「迷惑だ」と言ったことを契機に、朋也は智代に背を向け、そして「いま」を失う痛みを予感できた。それでも今なお二人は
助け合う想い人同士、互いを認め合っておりはする。

(2)芽依

 今日も遊びに来たのだろう、日に干されている春原の布団。この頃ずっと敷かれたままになっていた。兄を内面から支えた芽依は、朋也が御飯を食べる姿を、主のいない兄の部屋で、優しく見守っている。

朋也(ちっちゃくて、いつも元気な芽依ちゃん、チョコチョコとあっちに行ったりこっちに行ったり。と思ったら、泣いたり笑ったり。
    そんな芽依ちゃんを見て、思わず笑っちゃったこともあったっけ。ごめんな、芽依ちゃん。)

 サッカー部問題ではむしろ兄を支え、この高校につなぎ止めた芽依。小さな彼女の純粋さは、兄の心を軽くしてくれただけではなく、重荷を分かち持ってくれさえした。最初から何のためらいもなく心を開いた芽依によって、朋也は親友をよりよく理解する糸口を創っていくことができたのだ。その衝動的な活力は、自宅での朝食作りをはじめ、妹と朋也の関係をやっかむための様々な機会を、兄に与えてくれもした。そして朋也も芽依を腕にぶら下げて喜ぶ場面に見られるように、この年少者に慕われながら、彼なりの
妹萌えを修得しつつある。

(3)有紀寧

 不良どもが軒に連なり音もなく乾いていく。資料室で朋也とおしゃべりしながら、有紀寧はチキンピラフの出来に気もそぞろ、五感の全てをそちらに向けている。レンジの音と馥郁たる香りが台所を包み、机の下に隠れている「千のかさぶたを持つ男」の鼻も思わずうごめく。

朋也(実はおまじない好きの有紀寧。あれだけのレパートリーを持っているなんて、すごいというか。
    これからも色んなおまじないを試してくれるんだろうな、きっと。いつも美味しい実験材料にしてくれて、ありがとう。)

 時々はあまりにえっちっぽいおまじないを実演してしまう有紀寧だが、不良どもが柔軟化されてからの食事は、半分がた彼女の買い置きにかかっている。血の気の多い学外者もいる中で、全員の幸せな生活を保つには、彼女のほんわかとした慈愛に満ちた笑顔が果たす役割は、誰もが気づくとおりきわめて大きい。前半部で朋也は春原を放置することで、このことを痛感した。そしてさらに、その笑顔によって醸し出される資料室のにぎわいは、孤独な食事ばかりが続いた朋也の
心を芯から温めてくれつつあるのだが、これを伝えられるのは墓参りに行ってのことだ。

(4)杏

 外の木陰で寝そべるボタン、そして『広辞苑』第3版とバイクの鍵。杏にとってこの春は、妹が自分の夢をかなえようとした、そして自分がその夢を支えていける力と意志を得ようとした、あまりにも辛い季節だった。

朋也 (杏のそばには、いつもボタンがいる。杏のどこがいいんだか。楽しそうな杏の姿を見ていると、
    俺も何だか不安な気持ちになるんだ。またいつか轢かれやしないかと。)

 舞台裏で妹から片思いの相手を教えてもらった杏は、妹の幸せな姿に姉としての喜びを感じようとする。過激で外向的な彼女の性格は朋也にとって親しみやすいものだが、そんな彼女の姿にふと心を止めたことが、今の朋也の不安につながっている。そして中庭で、妹が朋也と向き合うための勇気を与えてくれたのは、黙って妹の横に座った彼女だった。人気者の彼女のそんな想いの強さと優しさ、そして秘められた本来の繊細さと
投擲力のすごさを、朋也はボタンと共に知っている。

(5)公子

 市街地に向かえば、買い物袋を下げた公子の、朋也を呼ぶ鈴のような声。教師時代にはお説教の冴えを見せ、公園では様々な過去について朋也に伝え、渚の相談相手にもなっていた彼女は、今やさらに秋子さんに次ぐ年齢不詳の淑女の一人でもあった。

朋也(公子さん、助言とか経験談とか、公子さんは色んな話ができるよなぁ。誰よりも人生経験豊富って感じがする。
    そして、いつも俺たちのことを色々と助けてくれて。ありがとう公子さん、ところでおいくつ。)

 公子の眼力の確かさゆえ、伊吹家前では話をそらすつもりが勢い二人の関係を暴露してしまうという場面も描かれているが、そこでカップルを励ます優しさ、高校での結婚式で顔を化粧しない大胆さなど、高校生活に潤いを与えるしたたかな女性らしさも、間違いなく彼女の持ち味である。未だ公子はヒロインとして確固としたエンディングを与えられていないが、それでも静かに日々の務めをこなしていく彼女の姿に、やがて到来する
新婚初夜を予想だにしえない今の朋也は、彼女の年齢や恋人の有無にこだわりを抱いていた。

(6)風子

 高校に戻って風子の教室に入れば、窓辺には愛用の彫刻刀、机には作りかけのヒトデを横に居眠りする姿。製作疲れで一休み、無防備な寝顔を見て朋也もつい微笑んでしまう。

朋也(いつも元気な風子。ちょっぴり困ったこともされるけど、でも何か憎めないんだよな。)

 などと思っていると目から突然の火花。輪ゴムと割り箸で細工をこしらえた彫刻ヒトデ自動頒布作戦、ここに大成功の巻である。寝言で呟く「ショックですっ……。」の声に、アレが外れることに未だ半信半疑という彼女のボケ加減が見て取れる。だが、その脳天気な頭を好ましく思いながらも、風子の彫刻にかける真摯な気持ちを朋也はまだ知らない。なお、資料室で眠る有紀寧には起こさないよう配慮するのに風子の鼻には躊躇なくストローを差し込んだのは、当然
「風子マスターになりたいな」というプレイヤーの欲求の一部として、朋也もどうにも避けがたいのである。

(7)勝平

 風通しよく開けっ放しのバッグの口。勝平はどうでもよさそうな旅の思い出の品を見せながら、ふと朋也に、こんな人間を雇ってくれるところはないかと尋ねる。そんな場所はない、との応えに大騒ぎする姿には、勝平の子供のままの文句ばかり多い無能力さがあふれている。

朋也(俺と違って人間失格全開な勝平。いつも元気なだけで、その元気をもう少し別の方向に活かしたらと思うんだが。
    ここへ来る前は駄目駄目なこいつだったけど、椋のおかげでいくらかまともになった。椋に感謝しろ。)

 回想する朋也の心を知らずして、勝平はいつの間にか自分のシャツをめくってお腹の日焼け具合を確かめている。この無防備さと屈託のなさも勝平の魅力であり、春原がついに一線を越えようと決断できた要因なのだが、それにしても芽依がいながら別の萌えに引きずられる春原の言動に、朋也は何か一言注意しなければと思いながら、しかしまあどうでもいいから放っておけという内面の声に、朋也は友人の世迷い言も聞かずにパン屋に向かう。悪友らしく春原の愚かさをあざ笑いながら、未だ
色気より食い気の美少女ゲ主人公のままに。

 そして、静かな昼下がり。

(8)渚

 現国・数学教科書の横のノートには、"だんご大家族"の絵。だんごっ、だんごっ。しかしだんごの絵で一面を埋め尽くす前に、
出席と成績の合わせ技でまた留年してしまわないだろうか。やはり勉強が追いつかない渚に、朋也は出会ったあの日の渚の動作そのものを真似て励まし、渚も「カツサンドッ」と覚悟を決めて、しかし気が付けばいつもの笑顔でだんごを描く。

朋也(渚って、いつも一生懸命だんごのことを語ってくれる。
    考えてみれば、こいつに出会うまでだんご大家族の大ファンなんか見たこともなかったな。
    応援してくれる人が未だいるってことが、やはりだんごにとっても嬉しいことなんだろうか。……いや、そんなことはどうでもいい。)

 出会って数日で直ちに演劇部に入り、渚を応援したい自分の気持ちを行動に示した朋也。生徒会との談判では陰ながら渚を支え、顧問の確保では杉坂達の面倒を見、一生懸命に自分の役目を果たそうとする姿は、渚を力づけてくれた。クラブの紹介でも朋也の応援を受けられたから、渚の言葉にのせた熱い想いがさらに高まったのだろうか。だがあらゆるルートに見るように、渚のドジっこぶりは自他共に認める通り。真面目ゆえに落ち込む彼女を前にして、朋也は渚のおかげで知った気持ちを今度は彼女に伝えられるが、これを言葉だけでなく行動で示すのは3on3が終わってのことである。

(9)美佐枝

 管理人室に遊びに来た朋也はラグビー部員の訪問にベッドの奥で隠蔽中。行かず後家の美佐枝は、部員達の訪れに適当にあしらって苦笑い。去りゆく青春に異存はないのか、それともあの日の思い出がでっかい胸からまろびでてしまうのか、知らずに朋也はただ微笑む。

朋也(そういえば美佐枝さんって、いつも春原をぶん投げてるよなあ。色んな技があったっけ。
    たまに部員に引きずり出されたりもするけれど、どうでもいいか春原のことだし。
    美佐枝さんも毎日、こんなボンクラ連中のために一生懸命なんて災難だよなあ。)

 ドロップキックや人間風車、いつからかポスターに落書きされた「おっぱいでかい」の文字など、寮生活を楽しくする美佐枝の功績はきわめて大きい。生徒達に相談をもちかけられる彼女の包容力ある態度と若者の尻を叩く逞しさは、その背後にあの日の少年への想いをくすぶらせていた。創立者祭の日に彼女の
貴重な一枚絵と共にその昇華を見届けるであろうプレイヤーは、この高校生活を維持するための彼女なりの努力を、やがては町のいのちへの視点をもって受け止めることができるだろう。彼女の胸の重さは、ついに主人公の手は受け止めえないのだが。

(10)椋

 友達に囲まれてカードを切る、ゲーム冒頭にも登場した薄い影。杏の態度にいぶかしいものを感じてしまう朋也を、背後から呼びかけて腕を取り「あ、あの、朋也くん……。私、今日もお弁当、作ってきたんだけど……。」と囁く椋。近づく気配を感じさせない相変わらずの存在感のなさには、いくらか慣れてきた朋也もさすがに腰が引けてしまう。

朋也(椋って、不思議な女の子だよな……。一人でいる時、部屋で何をしているんだろう……。
    占いをしている椋なら何度も見たことがあるし、いつも俺のことを占ってくれているみたいだけど、
    結果を聞くのが恐い気がする。なぜだろう……。)

 その台詞と重なるのは、タロットの
「恋人」(Lovers)の逆位置を見据える椋の姿。朋也が知るはずのないこの光景は、まさに「聞くのが恐い」そして椋本人すらもが認めたくない「結果」を指し示している。お昼休みの占いに示された意志への要請は、彼女を次の計画へと急きたてていく。それは姉の想いを知る椋が、今の機会を失って再び友達に戻ってしまうことを何としても避けようという飽くなき願いの表れなのだが、自分の気持ちを確定しえない朋也にはその想いは伝わらず、ただ日々のすれ違いが椋にさらに陰を増していく。賭けが、必要だ。

(11)ことみ

 図書室の床に座り、春原の襲来を一言で撃退。何をしてたんだ、という朋也の問いに「?」と首を傾げて応える彼女には、不要なものをきっぱり拒絶できるだけの強さが潜んでいる。

朋也(ことみって、不思議な子だよな…。まるでことみの周りだけ、ゆっくりと時間が流れているみたいだ。
    俺は今までだらだらとしたいいかげんな生活を送ってきたけれど、それとも何か違うように思える。
    だからことみのそばにいると、別の時間が流れているように感じるのかもしれない…。)

 商店街やゲームセンターで、渚達と一緒に朋也の心を和ませていたことみだが、それは幼さだけでなく、のんびりとしたペースを絶対に貫く彼女の頑固さによるものでもあった。そんな姿に朋也も、日常とは別の時間の流れに身を任せることを知り、また変わってしまったところは変えつつも自分らしさはそのままに保持してかまわないことを理解した。ことみの特異な感性にはバイオリン独奏で焦らされたものの、朋也がそれも受け止め庇ってあげたくなる彼女だからこそ、やがて朋也がかつての自分を取り戻す契機を偶然与えることもできたのだ。

ことみ「ここ曲がるー。」

 しかし、誰が教えたんだそんなネタ。
一人で笑いをこらえていることみを置いて、朋也は電設作業現場へ向かっていく。

(12)祐介

 狂おしい青春をイメージしたCDが、カラス避けにだらしなく吊されている。街路づたいに午前中一人で黙々と作業に勤しんでいた祐介は、相方を手配してもらったはいいが、その膨大な量を前にして途方にくれる。そんな折に訪れた朋也の「師匠のことが気になったから」という言葉は、彼にはあまりに驚きだった。作業を手伝おうとする朋也の善意に、祐介はしかしレンチを閉めて拒絶する。

祐介「今日は俺の仕事だ、自分で何とかする。お前にはまだ無理な工程だからその方がいい。
    まあそういうわけだから、気持ちだけありがたく受け取っておこう。」

 不満な朋也を向こうにおいて、祐介は晴れ晴れとした顔で「ロケンロール!」と吠える。朋也が仕事を
自分のなすべきこととして非番でも気にしてくれたことが何より嬉しく、だからこそ本職の自分がこの若いバイトの休日を奪ってしまうのは許せなかった。いつでもそんなふうに殊勝に振舞えるわけでもないが、ここは意地の見せ所である。
 ところで、この祐介の場面では朋也の独白がない。これを想像して補えば、次のようになるだろうか。

朋也(いつも熱いソウルの祐介さん。色んな工程が得意で、本当に頼りになるんだ。
    ちょっと厳しいことも言うけれど、でも、俺のためを思ってのことなんだよな。
    時々は、また俺を叱ってくれると助かるかな。あんまり叱られないようにしたいけど、な。)


 初日には腕力のなさを咎められ、翌日には気配りのなさを怒鳴られ、デパートでは普段知ることのない天井裏まで見せてくれた。互いに厳しい言葉をかけにくい高校生活の外で、祐介は汚れ仕事を自分から引き受けてくれている。男としての責務もまだ負えない朋也は、そんな先輩に叱咤激励されることに感謝し、そしてもっと強くあろうと決意する。

 その一方で、別の役割を無自覚に担う春原は、終わらない作曲に3日間徹夜しつつ、早く祐介のサインをもらいに行かねばと気が焦る。その気力は大したものだが、だったらなぜもっと前から腕を磨いておかないのか。夜中に歌い騒げばラグビー部員に完全に拘束されていたのかもしれないが、行き当たりばったりな姿勢は相変わらずである。また、「ギターさえ弾ければきっとモテまくり!」という台詞には、未だに自分の望んでいた道に向き合えない彼の壁も示されている。これがどうにかなるまでには、春原が自分自身の有様を直視することが必要なのだが、それにはしばらく時間がかかる。その手がかりは前話で、ゲーセンからの帰り道、芽依から朋也とデキていると告白されて涙ぐむその挫折の痛みに、ようやく見いだされつつあるはずなのだが。
 そして、残る近接支援者の幸村は、帰宅後は縁側でお休みである。連休前日ではありながら、明日も学校で仕事なのだ。

(13)早苗

 少女(一部例外あり)達の面倒もようやく片付き、朋也が満足げにパン屋に戻ると、机の上にはお茶の仕度が整っていた。

「きもちをリラックスさせてくれるハーブティです。試してみてください(はぁと) さなえ」

 名前までひらがなの幼いメモは、娘が娘なら母も母の書き方だが、これは早苗の子供っぽさ全開間近というところか。それはさておき、智代で始まったフラグ巡回のトリを飾るのは、やはりこの人だった。しかも姿を現さずにこの気遣い、さすがは早苗というところである。

朋也(思えば、この店に来て最初にかばってくれたのは早苗さんだったな。ケンカになりそうになったところを助けてもらったんだっけ。
    この店に来たばかりの俺、その不安を取り除いてくれた。レジ打ちが上手で、可愛くて…。)

 
「可愛くて」。この言葉一つをとってみても、早苗の特権的な地位がうかがえるというものだが、ある選択肢で恋心を抱きかけえた朋也にしてみれば、未だに強い好意を持っていても不思議ではない。来訪以来、店でも公園でも自分をそっと支えてくれてきた早苗の力添えも決して忘れていないだろう、ただ彼女の陰ながらの苦悩は知る由もないが。そんな早苗が多忙な時には、今度は朋也が店番できるようになりつつあった、ただ秋生の嫉妬はなお凄まじかったが。ついでに言えば、レインボーブレッドもせんべいパンもさほどの売り上げはなかったが。


2.一人の道化

 夕暮れの自室、この場面に辿り着くまでの既出の画像を回想しながら朋也は寝転がる。

朋也(いつもそばにいてくれた俺の仲間達。悩まされたりもしたけれど、それでもみんなは一生懸命に生きていて……。
   そんな仲間達に、俺は一体、何ができるんだろう……。)

 身を起こし、朋也は考える。この連休の終わりに、みんなへのお礼として、また総括的なフラグ立てとして、朋也から何かできることはないのか。クリアによる光の玉はまだまだ集まっておらず、新しいルートが開拓できそうにもない。ならば、と彼は思い出す、仲間達が喜んだ出来事を。せめてそれをもう一度、それが今できる精一杯であるならば。
 あった。だが、果たして自分にできるだろうか。時間も足りないうえに予算も間に合うか分からないが、朋也は高校へと駆け出した。そこには創立者祭に備える幸村達が待っていた。
 そして廊下。朋也の掛け声で仲間達のカウントアップ、技が次々と繰り出される。打ち上げ、回転、しだれ、吹き上げ、盛大に空中を舞う春原の煌きは、一体どれだけ体力が残るのかと心配もしたくなるほどに素晴らしいものだった。おそらく、小遣いをはたいて露店の食べ物を買い占める勢いで駆け回っていた朋也は、智代の手引きで迷子を案内し、廊下を進めば春原がからみ、見事大当たりの回し蹴り。見ていた観鈴ちんが拍手しながら「わわっ。春原さんがまるで木の葉のようにっ。」賞品はそこから偶然居合わせた者達によって自然発生的に連続コンボ、といった経緯があったのだろう。美しい光景に喜び騒ぐ仲間達、おのれの血しぶきに染まりつつその声に意識を取り戻した春原も、「ぼくも催し物のネタなんですかねえっ!?」と歯をむき出した。朋也の独創的なアイディアではないものの、春原が知る朋也の裏切りの数々を思い出させるこの光景から、朋也への春原の気持ちがよく伝わってくる。自分も可愛い彼女を作りたかった、というその想いが。

 色とりどりの血しぶきを避けながら、コンボに参加できた安堵感を口にする少女(一部例外あり)達。「いじめる?」という言葉に、ことみがあの性格で加われたのか(幸村もいたが)という疑問を抱くが、ことみの背後で椋が微笑む姿に、椋がこの臆病な友人の背中を押してやっていたのではないか、という印象をうける。感受性が近いうえ椋への警戒心もなく、さらに、やがては不可視の理論物理学的世界を見ることができるなどというかたちで示されることみの潜在的能力も、この時点で椋が気づくところとなっていたのかもしれない。そのことも含めて、ことみは椋の最も操作しやすい友人となっていると考えられる。自宅でも恋敵の姉と仲が良い椋だが、ことみに対しても(渚達を含め)同様といえるだろう。
 高校生活を楽しくしてもらったこと、そしてこのコンボと、少女(一部例外あり)達は朋也に感謝する。しかしこれは、自分こそ皆への礼が言いたかった朋也にとっては不本意な事態だった。一番大事なことを告げるタイミングを逸してしまったことに、朋也はしくじった、とうなだれる。そして、ここに祐介がいないことは、仲間達全員へのお礼がそもそも不可能だったことを露呈してしまうのだが、仲間達はこの13人目を忘れてはいなかった。

芽依「あれ、祐介さんは?」
朋也「ああ、まだ仕事が終わってないって。」
勝平「僕みたいに、他の人に任せちゃえばいいのに。」
朋也「お前と一緒にするな。」
椋 「……。」

 このやりとりを見れば、勝平は朋也から仲間として認められていない。それはともかく、祐介はいないことを気遣われ、自分達と同じように彼もフラグを立ててもらえることを望まれている。彼との偶然の出会い以降の接近と、やがて訪れる未来での苦楽を共にする経験が、朋也をこの共同体の一員にするのだ。(とくに秋生と祐介はゾリオンでの戦いが拮抗しているように、「心は少年」の似た者同士である。)そして、ギターを捨てたがゆえに遠慮する彼の態度を、仲間達は彼の誠意と受け止めたのか、それとも今更ながらの嘘くささと思うのか。だがともかく今は、進路選択のストレスを春原で発散することが先決である。罪悪感なしにこんな喜びが味わえたのも、つまり朋也がきっかけを与えてくれたからだ。再び朋也を褒めちぎる智代の言葉に、朋也は照れながら満更でもない気分だったのだが。

朋也「すっかり忘れてた、今回きっちり辿るはずだった、あの教室の選択肢ー!!」せんたくしー
せんたくしー

 春原いじりができた満足感も台無し。昔ならば「"1000th summer"なら、1000回クリアすれば新しいルートが出てくるだろ」などと狂ったことも言えたところだが、ある順番通りクリアしていかないと大変なことになるよ、と忠告をうけて参照していた攻略ページの「ネタ関連」に完全にはまった。慌てて夜更けに日付を戻す画面の上には、ジェット斎藤の姿があり驚かされる。本編のクリア前にこんなネタIが既習範囲とは、『ONE』の「長森と学食行き」に負けず劣らずの恐ろしい罠である。(ただし、そちらはゲーム開始直後の分岐なのでたいしたダメージではないが。)鍵っ子向けの物語重視とはいえ決してゲーム面で甘やかさず、徹底したフラグ管理を維持するというスタッフの方針がここに読み取れる。これに引きずられるファン達こそ災難だが、デバッガーにしてみればこの程度のテキストはあくまで量の問題でしかない。

論者(こんな状況なんて初めてだ、まさか自分の仕事を忘れるなんて…。)

 その量こそが社会人には問題なわけだが、急いで解き続ける論者の眼前で、こんな夜中に訪れる妹がいた。可憐である。

可憐「ごめんなさい、可憐たちのゲームのせいで、『CLANNAD』をやる時間が…。」
論者「そんなことないよ、ぼくがうっかりしてたんだ。」
可憐「……お兄ちゃん、」
論者「ん?」
可憐「可憐に何かお手伝いできることないですか?」
論者「え!?」

 
伝家の妄想、一閃。可憐がこう言いながら、未だシスプリのゲームをきちんとクリアしていない論者を非難していることは予想がつくが、普通なら、考察パロディとして首尾一貫するために、台詞を早苗に置き換えて「まずいパン」ネタに走ってもよかったはずであり、そうしていれば論者の不真面目さをこれ以上露呈しなくてすんだはずだろう。だがその当たり前のことをあえて行わず、論者は他の鍵作品同様に感動しつつも語りづらいこの作品を正面からとりあげられず、そしてこの過失の瞬間に詫びながら逃げに入る。いや、自分の仕事の忘却はいつものことだったかもしれないが、それにしても見苦しいまでの言い訳である。

朋也「聞いてくれ、秋生。ルート管理を忘れるなんて初めてだよ。本気で焦ったね…。
    でもさ秋生、思うんだけど、俺にとっては、きっとクリアを忘れるほど魅力的な脇道だったんだよ。
    …いや、魅力的というよりは、必然的なフラグだったんだ。」

 血まみれに、血だるまに、様々な寝姿で永遠の眠りにつく春原。その姿を見て論者は、彼のあまりの哀れさに慈悲心をもよおしてしまったのか、
春原の愛を受け入れてしまう。本編はといえばクリアできないまま放置されているのだが、このルートが計画的なものだったにせよ成り行きのものだったにせよ、さすがにこれはえろげーではない。こんなことが他のブランドに広まったら、息子の立つ場はない。『MOON.』以来、某氏の美少年・美青年に対する純粋な想いは一見キャラ立絵のみにおいて立ち現れてきたが、今回綿密な物語のようであまりに無謀なルートがいくつか出現したあたり、その要請はライターの間で一過性の無政府状態を呼び込んだものと思われる。この危機的な過渡期を何とか無事に越えて完成された本作品は、ようやくその家族という主題が全面に現れ、続く新作ではどんな主題を選びうるのだろうかと不安にになっていくのだ。そして、そんな不安をも受け止められるほどに、今のファンは成長しており、さらにやおいを含むKeyの潮流と向き合う中で、一緒に感動し続けていけるはずである。少なくとも苦難に耐えていく力はわれわれファンに間違いなくあるはずだ、4年も待ったうえ全年齢版で喜ぶとは素晴らしい我慢強さではないか。論者はこれを惜しみなく自賛する次第である。


終わりに 〜主題歌をやっと聴けて〜

 高校生活は終わり、社会生活が始まる。初めての二人暮らしに、朋也は、今まで自分が受けてきた支えに応えようと、今度は自分が渚のためにできることを、日々自覚して模索していくことになる。その不慣れな努力はなかなか様にならないだろうが、この町のこの家で生きることの幸せを、朋也なりに絶えず自分から作り出していこうという積極性は、初春に心を閉ざしていたことに比べれば、どれほど大きな成長であろうか。だがその成長の芽は、上り坂で渚を励まそうと思わず言葉を紡いだ姿に見られるように、彼の中に元々備わっていたのである。そんな自分のよさと成長の様を本人が最も気づかぬままに、しかし少しずつ自信と勇気を蓄えながら、本当に自他共に認められる男を目指して朋也は自分から歩んでいく。それは同時に、彼の支えを受ける渚が、お互いの問題を乗り越えていく過程をも指し示していくことになる。相互の関係性をほぼ作り上げたうえで、こうして共に高めあいつつ歩んでいく家族の姿が、これよりしばらく初産まで描かれていくことになるだろう。物語はついに折り返し点を越えたのだ。
 そんな夫婦が休らうアパートを睥睨する桜の木の上には、白い帽子の少女が夜闇の中に立っていた。未だその正体を明らかにしない、いやその正体を思い出す宿題をプレイヤーに終えてもらえないこの少女に、昼間穏やかだった風が今や横様に吹きつける。この風は今後の朋也達の苦難を予感させるだけのものではない。光の玉の輝きをうけて風子の意識を取り戻す力を行使されたこの町だが、その力の持ち主は実はこの少女だったのかもしれない(建築現場での秋生の話は結局別の要素を想定させるが)。しかしそれが誰のものにせよ、力の行使は町を取り巻く幸福の均衡を大きく崩してしまい、とくに騒動をもたらすために強化された風子の意味不明な会話能力は、公子の制御をはるかに逃れて勝手な振る舞いを見せるほどに、その余波をとどめていた。古河さんちのヒトデパン程度でこれを弱めることはできない。平和な町の日常の中で、この影響を鋭く看取したのが杏と椋であり、とくに杏は汐の物語において、後妻としてのヒロインの機会を期待されることになるだろう。

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