サード・ワールド・ウォー (GDW)


 東西冷戦構造の帰結を描く作戦級仮想戦。
 仮想戦にも色々あることはここにも書きましたので繰り返しませんが、第二次世界大戦後の世界、とりわけ欧州にとって、米ソに代表される自由主義陣営と社会主義陣営(これ以外の図式もあるでしょうが)の対立は、鉄のカーテンやベルリンの壁を隔てて、常に止まない緊張を市民生活に及ぼしていました。北大西洋条約機構(NATO)の軍備と、ワルシャワ条約機構(WP)の軍備は、相手への恐怖に苛まされて、いつ果てるとも知れない競争を続け、欧州は核兵器を含めた軍事力の重圧を甘受していました。もちろんそれは、日本についても決して例外ではなかったわけですが、欧州の西側の人々にとっては、地続きの東側から侵攻してくる戦車の群に対して、自分達の軍隊が役目を果たすことができるかどうかを、絶えず確認する(できれば安心する)必要があったわけです。そしてシミュレーションゲームの世界でも、その作業は繰り返し行われました。もし第三次世界大戦が生じてしまったら、その帰趨はいかなるものとなるのか。ここで取り上げる作品は、そんなゲームの一つをホビージャパン社がかつてライセンス生産したものです。

 時は1980年代も終わり、イランのホメイニ師死去による中東情勢の悪化が波及して、ついに東西決戦が幕を開けるという設定。80年代中葉の作品ですから、今から見れば色々言えますが、まあそれはそれ。ずしりと重い箱の表には、市街地をゆくT80と東側の兵士の姿。西側市民の典型的な悪夢がここにあります。中身は、欧州中央部を北から南までカバーするマップ群と、陸空軍の数多のユニットやマーカー、そしてチャートにルールブック。この充実したコンポーネントの中には、制作者がどのような判断に基づいてユニットの数値やルールを決定したかを詳述したブリーフィングノートが用意されており、その判断の是非はさておき、誠実な態度が感じられました。
 ゲームは全体としても遊べますが、まともに広げると部屋に配置できません。もともとアメリカで発売された時には、西ドイツを中心におく中央戦線、ボスポラス・ダーダネルス海峡を争点とするバルカン戦線、そしてスカンジナビア半島全域を対象とする北方戦線と、3つに分かれていたようです。ぼくもそれぞれを分けて遊ぶことが多く、全部合わせてプレイするには相当の決意と時間と空間が必要でした。

 まず中央戦線では、双方の主力部隊が相対しており、WPの怒濤の攻勢をNATOがいつどこでくい止めるかが焦点となります。数的に少ないNATO軍ユニットに襲いかかる大量のWP軍ユニット。しかし、その攻撃は、全8ターンのうち、せいぜい4ターンあたりにはだいぶ萎んだものになってしまいがち。その原因は、制作者が描いた両軍の質的相違にあります。
 WP軍のドクトリンは、敵軍を自国領内に入れないために、ともかく前へ攻め続けること。損害の多い遭遇戦も辞さずに機動し、戦線をどんどん前進させて、敵に反攻の機会を与えないこと。こんな戦い方では自分もえらい混乱しますが、相手にもっとダメージを与えればそれで結構ということです。それゆえWP軍は、1自軍ターンの間に最大4回の移動・攻撃を行えますが、戦闘結果として蓄積する損害を回復する再編成の機会は2回のみであり、いちいち回復する暇があったら使い潰した方がよさそうです。
 NATO軍のドクトリンは、WW2でドイツ軍の十八番だった機動防御。敵の攻勢を受けとめ、機甲予備の集中によってその先鋒に強烈な反撃を食らわし、戦線を押し戻す。弱体化した部隊は後方に下げ、休養・補充のローテーションにより戦力の維持を図る。このためNATO軍は、自軍ターンには2回しか移動・攻撃でしませんが、WP軍ターン中で1回分リアクションをとれるうえ再編成まで可能です。これを踏まえて、適切な予備を保持しつつ部隊の機動的運用を行うことが求められます。
 この両軍が激突すると、最初の3ターンくらいまでは、戦力集中の度合いが大きいWP軍が、NATO軍の戦線を各所で破っていけます。しかし、徐々にNATO軍の増援が登場し、戦線が厚みを増していくにつれ、またWP軍ユニットの損害が蓄積するにつれて、前進する歩みは遅々としたものになります。損害はユニットの士気値のステップロスとして表されるのですが、この士気値で差があるユニットが攻撃をかける場合、その幅に応じて戦闘比がシフトするのです。この値はWP軍の方が概ね低く、ドクトリン上回復もしづらいわけですから、長らく前線にいる部隊の攻撃はやたら不利になってしまいます。
 そしてこの速度低下を決定的なものにするのが、空軍です。F15やMiG29、Mirage2000にAlphajetなど、シルエットを描いたユニットが数多く登場するこの作品では、空軍は様々な任務を遂行できます。制空、爆撃、迎撃、阻止、基地攻撃などなど。近接航空支援もその一つですが、この場合ユニットの対地攻撃力をそのまま戦闘比シフトにあてるのです。A10だとこれが何と。WP軍にもSu25が3となかなかのユニットが幾つかあるにはあるのですが、いかんせん制空権を確保するだけの戦闘機が存在しませんから、第2ターンからはあっという間に空はNATO軍のもの。重要な戦闘には必ず4シフトがなされることになります。これを回避する方法は、7:1以上の高比率で戦うぐらいしかありません。逆に多数の戦闘を行うことで敵の空軍支援を不足させることもできますが、この場合A10が飛来した多くの戦場にはWP軍の残骸が散乱することになります。
 おまけにアメリカ軍在欧ユニットが強力すぎて、その師団は防御だけならWP軍3個師団を引き受けて間に合うほど。戦闘単位が小さいフランス軍や、士気値が低い低地諸国軍などをうまく突けないかぎり、WP軍の勝利はまずおぼつかないのです。

 次にバルカン戦線ですが、これは黒海艦隊を地中海に派遣するために、ギリシャ・トルコのNATO軍を撃破して海峡を奪取しようとするもの。ブルガリアやルーマニアといったWP諸国の軍事力はあまり芳しくなく、最初のターンで一気に敵主力を殲滅して、やっとイスタンブールへの道半ばといった塩梅です。貴重な特殊部隊を用いて後方上陸や空挺効果を試み、包囲・爆撃の効果を待って総攻撃、というのが理想型ですが、NATO欧州諸国から海兵隊や空軍などの増援が届くと、それもなかなか困難です。特に中立国ユーゴスラビアがランダムに最初のターンから参戦する可能性があり、そうなるとWO軍も側面の守備に追われることになります。それでもまだ、中央戦線に比べれば楽ではありますが。

 最後に北方戦線、ここは大規模な部隊の行動を許さない悪地形の中をくぐるようにして、両軍の小部隊が峠や港、飛行場をめぐって地味ながら激しい戦いを演じる場所です。やたら士気値が高い特殊部隊が勢揃いしますが、ここを守備するノルウェー軍自体が大変優れているため、WP軍も1ヘクスに拘る綿密な戦闘計画を求められます。中立国フィンランドやスウェーデンへの侵攻も可能ですが、宣戦即占領というスケジュールが立たないと、さらなる泥沼にはまることになります。

 この3戦線ともに、WP軍の運命はあまり芳しいものとは言えません。それでも全てを連結した時よりは、まだ勝利の可能性が大きいのではありますが。と言うのも、連結した場合には、WP軍は予備兵力を好きな戦線へ送ることができるというメリットが生じますが、一方でNATO軍は、その空軍ユニットの長大な航続力を生かして、ある戦線のWP空軍を1ターンで殲滅することが可能になってしまうのです。これではWP軍の多少のメリットも吹き飛んでしまうというもの。かつて『タクティクス』誌上リプレイでも、あまりのNATO軍(というか米軍)の強さに、これはソ連が戦争を仕掛けたくなくさせるための抑止力作品ではないか、というオチがつけられていましたが、なかなか説得力ある意見です。

 この作品には、設定において大戦のきっかけとなる中東戦域をシミュレートした『ペルシアン・ガルフ』というシリーズ作品があり、別個にライセンス販売されていました。こちらでは、中東ならではのややこしい勢力同士を味方につけようとしたり敵側から離反させようとしたりという外交カードゲームと、それらの勢力が逐次交戦状態に入っていく泥沼のボードシミュレーションゲームとが一体化しており、ここでも米軍RDFの精強さとソ連軍の物量とが好対照を見せています。爆撃能力10というB52のユニットはほとんど嫌がらせのようにしか思えず、ここでもWP軍はあまりに悲惨な末路を迎えるしかなさそうです。かと言って中東諸国でソ連側にすぐついてくれる国家もそうはなく、冷戦構造崩壊もやむを得ないと納得したくなります。

 こんな具合に、アメリカ万歳NATO万歳なお気楽ゲームとして位置づけるしかなさそうな作品であるこのシリーズ、しかしもしWP軍にも明るい希望がないわけではありません。
 その1つは、ダイス運です。このシリーズでは、ある程度の高戦闘比で6の目が出ると、その結果はEXになります。これは、少ない戦闘力の側のユニットを全滅させ、それと同等以上の戦力分を多い方から除去するというもの。生き残ったユニットも損害を被りますから、士気値が低いWP軍には酷な結果にも思えますが、しかし考えてみれば、ユニットが消えて痛いのは、元々数が少ないNATO軍の方です。6出なサイ!という念力が通じる方ならば、きっと中盤にはNATO軍ユニットの絶対数が足りなくなっていることでしょう。
 これはまた、NATO軍が攻撃を仕掛けた時にも恐るべき結果をもたらすことがあります。あるプレイでは、中東戦域で米軍の主力機械化師団がソ連の弱体化した自動車化狙撃師団に攻撃した時、この結果が出てしまいました。ソ連師団は除去、しかしそれに値するユニットが他になかったため、米軍師団も除去!ソ連軍大戦果。こうして戦闘結果表は、NATO軍に攻撃を躊躇わせる効果を持っているのです。
 もう1つは、核兵器です。昔『ザ・ソ連軍』という本がありましたが、あの中にソ連軍の西ヨーロッパ侵攻ドクトリンとして、まず戦術核兵器をぶっ放すというものがありました。日本人にとっては悪夢でしかない核兵器ですが、あちらさんにしてみればでっかい大砲みたいなもの。敵の組織的抵抗を混乱させるには最適ですし、これを使わない手はありません。核兵器の使用は最初は禁じられていますが、コンフリクトレベルをつり上げることで、砲弾クラスの戦術核が使用可能になります。NATO軍よりも弾数が多いので有利。このレベルを越えてしまうと航空機搭載戦術核のレベルに移り、ぐっと不利になりますので、そうなったらすみやかに最高レベルにまで進展させるのが賢明でしょう。すなわち戦域核ミサイルレベルに。ここまで来ると勝利条件そのものにも影響が出てきますが、勝つためなら何も気にしてはいけません。

 ……勝つため?

 この作品の基本ターン数が8、つまり2ヶ月と定められているのは、それ以上交戦状態が続くと、ソ連の経済が完全に破綻してしまうからだ、とブリーフィングノートにあります。経済の破断界ぎりぎりで、世界の覇権を賭けてあまりに短期間の総力戦を挑む東の大国。ゲームを通じてみたところ、その通常戦力をいなすことは、NATO諸国、というより米国にしてみれば、意外と容易なことだったのかもしれません。しかしそれはまた、瀬戸際に立たされた大国が、あらゆる手段を用いて最強の役作りを行う可能性が高いことも意味していました。たとえ核兵器を最大限に用いたとしても、8ターンが終わってWP軍が勝利している見込みは、NATO軍に比べてやはり小さいままです。ですが、その戦渦の傷跡は、8ターンを過ぎても欧州に、世界全土に消え去ることなく留まります。核兵器の使用地点に置かれるマーカーは、ぼくたちがゲームを負えて片づけた後もなお、その地点に地獄の業火をもたらしているはずなのです。それは、果たしてNATO軍の勝利なのでしょうか。あるいは軍の勝利は、そのまま人間の勝利なのでしょうか。
 外交努力の失敗の末、最悪の兵器を用いてもなお運を天(ダイス)に任せるしかないWP軍。その姿には、やはり外交に失敗して運を天に任せる戦争を開始した結果、最悪の兵器を初めて使用されてしまった唯一の国のぼくたちに、何か沈黙の裡に、訴えかけるものがあります。兵科という記号と数値が描かれたユニットすら主役でなく、マーカーだけが思いのままに乱舞するマップに、ようやくぼくは、ユニットとして登場しない非戦闘員の、そこで生きざるをえない人々の影を知ることができました。そしてまた、その影は、全面核戦争の恐怖が消えたかに見えながら、核拡散とテロと新たな帝国主義の時代が訪れている今日の世界にも、「勝利」の文字の上に覆い被さっているのです。


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