アニメ版『シスタープリンセス』第3話当番表等についての一考察





(注:本考察は2002年5月18日に掲載された初稿であり、後に大幅な加筆修正のうえで「アニメ版『シスター・プリンセス』初期の危機とその超克 〜第3話の2つの表を手がかりに〜」としてあらためて公開されている。)


 アニメ版第3話において、妹達が作成したウェルカムハウス内当番表と<お兄ちゃんと一緒>表が何度も画面に登場した。今回、DVDの映像からこの表を復元し、中身について若干の検討を行ったので、シスプリファンには既に周知の内容かもしれないが、あえてここに掲載する次第である。なお、表の復元時に読み取り違いがあるかもしれないが、これについては読者のご指摘をいただければ幸いである。

 検討する2表については、こちらを参照のこと。別ウィンドウで開き、以下の説明と合わせて理解していただければと思う。


T 当番表について

 月曜日から始まるこの表は、主人公達が住むウェルカムハウスにおける家事の役割分担を定めたものである。くせのある縦長の文字で書かれているが、誰の字かはここでは不明である。


1.食事関係

 まず、調理全体で当番回数の内訳は可憐・咲耶(各7)、衛・白雪・鈴凛(各4)、春歌・四葉(各2)、鞠絵・千影(各1)となっている。
 平日の朝食と夕食は可憐と咲耶を主力とするローテーションを組んでいる。相互は朝夕で入れ替わり、そのペアを組む相手は白雪(3)、衛・鈴凛・四葉(各2)、春歌(1)。なお、平日の昼食は白雪を中心に作られた弁当をとるのが普通であり、表にはないものの白雪が毎朝台所で忙しくしているはずである。
 土日の食事は、朝は可憐・咲耶の主力が休み、代わりに鞠絵や千影が土日専属で入る。一方で両日とも昼食は咲耶、夕食は可憐が担当する。
 次に、配膳・洗い物をみると、主力2名以外がローテーションを組む一方で、眞深が日曜以外毎日担当しているのが特徴的である。
 買物は、夕食担当の主力と、調理・配膳等の担当でない年長者がペアを組む。
 以上を食事関係として一括すると、各人の当番回数は、可憐・咲耶(各11)、衛(8)、鈴凛(7)、白雪・眞深(各6)、春歌(5)、四葉(4)、鞠絵・千影(各1)である。


2.洗濯・掃除関係

 ここでは食事関係以外を一括して扱う。
 洗濯は白雪(2)、可憐・咲耶・鞠絵・春歌・眞深(各1)。ただし、土曜の咲耶は可憐かもしれない(文字が判別し辛い)。
 風呂掃除は航(3)、可憐・衛・咲耶・白雪・鈴凛・春歌(各1)。ただし、月曜の咲耶は可憐かもしれない(同上)。航の当番回数が多いのは、男子風呂を使う唯一の人間ゆえである。日曜の眞深がカッコ入りなのは、男子風呂の汚れ具合によっては可憐一人で間に合うが、必要ならば眞深を女子風呂掃除にあてる、ということであろう。
 掃除は屋内が白雪・千影・春歌・四葉・眞深(2)、衛・鞠絵・鈴凛・航(1)。屋外が鈴凛・春歌・航(2)、可憐・咲耶・鞠絵・四葉(1)。ただし、土日は可憐と咲耶が航と外掃除のペアを組む。
 おてつだい等は、花穂・雛子・亞里亞(各4)がローテーショノを組み、日曜は休む。
 以上を合計すると、当番回数は、春歌・航(6)、白雪(5)、花穂・雛子・鈴凛・四葉・亞里亞・眞深(4)、可憐・咲耶・鞠絵(3)、衛・千影(2)である。

 両方のカテゴリを合わせると、可憐・咲耶(14)、白雪・鈴凛・春歌(11)、衛・眞深(10)、四葉(8)、航(6)、花穂・雛子・鞠絵・亞里亞(4)、千影(3)となる。千影と航を除けば、年齢や体力に応じた公平な当番配分といえるだろう。さらに、航は皆の前に存在することと皆の相手をすることが、千影は皆の前に存在しないことと占いをすることが、それぞれ固有の役目であることをも考慮すれば、全体としてはきわめて公正であると結論づけられる。


3.解説

 食事関係では、可憐・咲耶が主力であるのはともかくも、白雪より衛や鈴凛が多く登場していることに驚く。しかしこれは、大抵の場合に主力の補助にとどまることを考えれば納得できる。また、白雪は平日の弁当や毎日のおやつでその真価を自主的に発揮しているので、当番の枠をもはや離れている。もしこの当番制に問題があるとすれば、鞠絵が倒れた土曜日の朝が衛一人になること、また日曜の朝は必ず事件がおきそうなこと、である。
 配膳・洗い物での眞深の位置づけには注意が必要である。これは、多人数分の食器片付けという難問に対して、おそらく生活にも苦労してきた眞深の皿洗いバイト経験が最大限に活かされていると考えられる。調理当番にならないのは、調理の腕前というより、この皿洗いの負担に対するバランスだろう。また、そのペアは体力自慢か、機械の支援を期待できることが多い。ここでやはり日曜に不安が残るが、見かねた眞深が結局手伝ってしまうという予測もなりたつ。なお、可憐と咲耶は調理専門としてこの洗い物に関わらないことで、手荒れを未然に防いでいることにも注目したい。

 買物は食材中心ゆえ夕食当番の主力が赴くが、必要な量とペアの体力を勘案すると、水曜には木曜の分まで大量に買い込みメカ鈴凛で運搬するのではないかと考えられる。その場合木曜の献立を予め知らされる必要があるが、それはおそらく白雪が水曜の朝食を作りながら尻を振って決定することになる。

 洗濯は土日主体だが、中日の水曜にも可憐と白雪が担当する。なお、この両名が洗濯のために早く帰宅することで、咲耶・鈴凛が買物から帰れば、ただちに明日の夕食分の食材を適切に保管・下ごしらえできるというメリットもある。

 風呂掃除は男子と女子で分担されるが、男子風呂は唯一の使用者である航が週3回、そして日曜に徹底的に洗うために可憐が担当する。おそらく対抗上、咲耶は月曜の風呂掃除で男風呂もチェックするのだろう。この場合、航とペアという点で咲耶が得をしているようだが、可憐も兄の残り湯などを独り占めできることを考慮すればほぼ引き分けであり、お互いの性格にも合致した分担といえるだろう。

 屋内外の掃除は中堅が担当するが、航とペアを組めるのは可憐、咲耶、眞深の3人だけである。可憐と咲耶はたった1回の当番ながら、おそらく「土日こそ徹底的に外掃除」の名目のもと、この組み合わせを押し通したものと考えられる。なお、月水金はメカ鈴凛による内外の美化が試みられる。この掃除における問題点があるとすれば、水曜の掃除当番が屋内の白雪と千影の二人だけという点であるが、これにもすでに対応策が講じられている。つまり、白雪が環境美化のつもりで屋内にデコレーションしたクリーム等は、翌木曜当番の鞠絵操るミカエルが責任を持って舐め取ることになり、さらに残る三人は千影の残した何事かを除去しうるよう屈強な者が揃っている。

 おてつだい等担当の三人は、他の姉達の手伝いのほか、花瓶の花や水を換えたり、花壇に水を撒いたり、鞠絵と一緒にミカエルを洗ったりする仕事を受け持つ。日曜は三人とも遊ぶ日にあてられる。


4.各人の一週間

 可憐は食事の主力として毎日当番をもち、とりわけ日曜の午後から月曜の朝にかけて多忙である。日曜の外掃除が兄とペア、また男風呂掃除の担当であるというアドバンテージをもってしても、多忙による兄との接触の薄さは回避し得ない。このことは、土曜日の重要性を増す(夕食の支度は必要だが)ほか、朝食以降は何もない月曜や、登校中の兄と同じ教室にいる時間の価値を増大させる。

 花穂は年少者の一人に数えられ、お手伝いという半端仕事しか任されていないようだが、一方で自発的に花壇の世話を行い、また雛子と亞里亞の面倒をみることが、自分自身の成長にも反映することになる。しかし、兄を応援する以外に年少者を励ますことも自分にできると気づくまでは、その成長も遅々たるものなのかもしれない。

 衛は食事関係の当番に入れられることが多く、その一方で外掃除は担当しない。これは、衛が自分から女の子らしいことも身につけたいからか(鞠絵とのペアが多いあたり)、他の妹達の嫌がらせか、あるいは当番でなくても衛が自発的にローラーブレード用のコースとして外掃除を行うからか、いくつか納得しうる理由が挙げられる。土曜の朝食と日曜の皿洗いは緊張が走る

 咲耶はもう一人の主力として食事全般を受け持ち、土日は昼食も担当する。土曜は洗濯物を兄に手伝ってもらいそのまま外掃除というコンボ、日曜は午後の可憐との買物に兄もつき合わせるかあるいは午前中に勝負をかけるかで、平日に兄と教室が違う不満を解消することになる。月曜の風呂掃除も密室ゆえの利点が期待できる。

 雛子はお手伝い要員として、花穂に率いられて様々ないらんことしいをすることになる。土日は当番も連休となるため、 外掃除中の兄にからんだり、風呂掃除中の兄にからんだりと、家の敷地内でも大活躍が期待できる。しかし、じつは水曜以外は兄のペアが強烈なため、返り討ちを食らう危険性が高いのが厳しい現実ではある。

 鞠絵は病弱ゆえにさほどの当番をもたない。調理も意外と体力を使うので、専ら掃除を受け持つ。洗濯についても日曜に当番があるが、体力が不安なため特別に三人制となっている。全般的にペアの相手はタフな者があてられ、このフォローをまた気に病むことでさらに体調を壊すという悪循環が予想されるが、表にはないミカエルの世話を毎日行うなど、特別な役割もないわけではない。

 白雪は案外食事関係から外されているが、これは原作よりも味覚破壊料理傾向が強調されているからであろう。しかしお昼の弁当は勝手に担当するだろうし、おやつも同様であることを考えれば、それ以上の問題を発生させないために掃除洗濯にも当番を適宜入れたのは、表製作者の賢明な判断と言える。なお、土曜の風呂掃除は隠れたチャンスである。

 鈴凛は意外にも食事関係の当番が多いが、これはメカをあてにされていることもあるだろうし、食事を作れる女の子への本人の希望もあるかもしれない。ただし朝食・昼食はサンドウィッチに違いないが。金曜に洗い物と風呂掃除と外掃除が一緒にくるものの、おそらく風呂掃除以外は機械化されている。空き時間は機械の開発や改良に専念しているはずである。

 千影は当番回数がきわめて少ないが、他人には理解できない方面で家の安全を管理しているだけでも充分すぎるといえる。でも日曜朝の献立には不安が残る。この人を白雪や四葉と組ませるあたり、表作成者がよほど何も知らないのか、それとも自分が組みたくなかっただけなのか。ともあれ正面衝突しそうな衛・鈴凛・春歌や、影響を受けてしまいそうな年少者達を回避したのは結果的に最善であった。白雪や四葉なら興味を覚えつつ何の影響も受けないからだ。

 春歌はその年齢や能力に応じて多くの当番を割り当てられているが、調理そのものの担当は2回しかない。これは、本人の調理能力に問題がある(大量の和食が作れないなど)のでもなければ、表作成者の意図によるものであろう。掃除当番が多いという点からも、たんに体力に期待したという以上の、小姑的作為を読み取れる。ここで救いなのは、春歌本人が天然なためその作為に気づかず全く傷つかないということである。空き時間は修養や屋敷周辺のパトロールなどに精を出していると考えられる。

 四葉も掃除中心の当番を受け持つが、春歌と異なり仕事の信頼性に欠ける。とくに鈴凛や千影とのペアは、得体の知れない実験を黙って(口はうるさいが)チェキしていそうで不安が残る。しかし、両者の看過した問題点を意外と指摘してくれたりするかもしれないという意外性も備わっていそうなので、理にかなった組み合わせとあえて言うことも不可能ではない。木金は暇なので調査のまとめと考察を行うのだろう。

 亞里亞は雛子とともに花穂に率いられ、お手伝いしたり昼寝したりぼんやりしたりすることになる。休みが日月なので雛子よりも割を食っている格好だが、当人にしてみればそのような事情は問題にすらならないと思われる。横車を押せばそれですむからである。なお、体力がなさそうに見えるが、じつは第2話で溶接用のシールドを構えるだけの馬力を垣間見せており、見かけにだまされてはいけない



U <お兄ちゃんと一緒>表について

 第3話の冒頭で、妹達は、それぞれが兄と一緒にいられる時間を公平に確保するために、朝9時から夜11時までのローテーションを完全に決定した表を掲示している。兄を束縛するこの表は、第3話の最後に破棄されているが、ここまでの時点で妹達がどのような考えをもっていたのかを理解するのに、興味深い視点を提供する素材である。


1.全体的特長

 表を見てまず気がつくのは、当番表では月曜から始まっていたのに対して、こちらは日曜から並べられているという点である。これは、兄のそばにいるという意味では土日も平日も対等であるという考えを示している。

 次に、各人の持分には、時間的な偏りがある。例えば千影は夜中に集中しており、雛子や亞里亞は大半が夕食前にある。一方、同年代でも可憐や春歌は夕方以降に多いが、咲耶は比較的どの時間帯にも分散している。

 しかし、何より問題なのは、この表がじつはそもそも各人に公平な機会を与えていないという点である。一応は妹の一人として潜入している眞深が、この表の中に一切その名を示さない。つまり、全時間を13分割しているにもかかわらず、毎日一人分が本来空いていることになる。しかし、そこを四葉が一人で埋めてしまい、毎日四葉の名が2回出てくることになっているのである。


2.解説

 まず、日曜から始まるこの表が作られた経緯を想像してみよう。第2話で13人の妹が揃ったとき、そこにあるのは驚き、喜び、そして当惑と微妙な緊張感である。お互いの兄を想う気持ちは容易に衝突し、相互不信や全面対決にも陥りかねない。そこで問題を未然に防ぐため、各自の権利を保障する最も簡単な方法を、年長者の誰かが提案した。つまり、学年的な遠近の差はあれ、同じ星見が丘西学園(おそらく幼稚園〜高等部まで存在)に通う生徒として対等な立場にあるという仮定のもと、兄との関係を各自緊密にしていける機会を時間的に平等に保障する、というものである。その結果、各人の要望を取り入れつつ、この表が作成され、当番表の横に、つまり当番と同等に守るべき律法として貼り出された。これを破る者は、当番をないがしろにして集団生活を不可能にするのと同様に、兄をめぐるバランスを崩すことで相互関係を不可能にするものと位置づけられたわけである。
 そのさい、千影は自分の目的にかなうように深夜の時間配分を希望した。鈴凛も深夜の作業を1回分主張し、これらを受け入れながら可憐と咲耶も1回ずつ深夜枠を獲得した。咲耶が先なのは主導権を握るため、可憐が後なのは咲耶の行動に対応するためであり、二人の対照的な戦略が見て取れる。一方、雛子は休日の朝一番を熱望した。亞里亞は同じ日曜に無理に対抗せず、土曜の寝る前に本を読んでもらいたがった。そのまま添い寝させてしまえば翌朝の雛子の時間に不可避にくいこめるという作戦であり、さすがにフランス仕込みの読みの深さを示している。他にも、衛は兄の体力が残っている時間帯に、春歌はお稽古事のお披露目やお灸が可能な夕食以降に、鞠絵も移動が困難でない屋敷にいる時間帯に、などといった意見を出した可能性が読み取れる。

 そして、何かの作業(報告のメール送信等)でこの表作成現場にいなかった眞深がようやく現れ、すでに勝手に割り当てられていた自分用の時間のことを教えられて困惑する。固定的時間に拘束されると、かえって自分の秘密任務に差し支えるからだ。そこで、言葉を濁しつつ遠慮しようとしたため、他の妹達から不審に思われ次第に窮地に陥いったかどうかは分からないが、ともかくその眞深分の時間の再配分という難問に皆で頭を悩ませ始めた。
 ここで名案を叫んだのが四葉であり、彼女は「全部この四葉に任せてくだサイ、名探偵である自分がみんなのために兄チャマをチェキしてあげマス!」と宣言したのである。眞深の分まで自分の持ち時間とすることで、四葉は兄をチェキするためにより多くの機会を得ることになる。そして、そのチェキの成果である兄についての情報は、皆に伝達され共有される。兄と初めて会い、初めて暮らす妹達にとって、これは魅力的な提案であった。何より、時間的不平等を情報の平等というかたちで部分的に補完できる点が優れていた。一方、当の四葉にしてみれば、自分自身への割り当て時間でもどのみち兄のチェキに専念する予定だったので、その時間が2倍になるのは単純に利益といえた。
 こうして、表の名前を眞深から四葉に置き換えることで、全ての準備は整った。あとは、実際にこの表にしたがって行動できるかどうか(ついでに、四葉が役に立つかどうか)にかかっていた。そして、この時点では誰一人として、自分からすすんでこの協定を破って抜け駆けしようとは思っていなかったはずなのである。

 しかし、この日曜からの配列という表形式に明らかなように、平日の学校生活における各人の環境の優劣を無視した結果、最初の登校で致命的な問題が発生した。この表を作成した段階では、可憐(と眞深)が兄と同級生になるという事態には未だ至っていなかった。しかし、登校直後に明らかになる可憐のこの圧倒的に有利な立場は、当然ながら可憐に対する羨望・嫉妬と、この表の「公平さ」に対する不満を呼び起こすこととなる。おそらく同学年の咲耶が真っ先に看取したこの不測事態(あるいは予想の範囲内だった可能性もあるし、もとより可憐の策謀だった可能性もある)に、妹達はただちに反応する。つまり、協定を破棄することを各人が決意したのだ。この日、学校内および下校時に兄のもとに押しかけた順番は、可憐、眞深、花穂、白雪、春歌、衛、四葉、鞠絵、鈴凛、咲耶、雛子、亞里亞、千影。もはや表による協定は完全に無視されている。
 門前で千影が兄に「死相が出ている」と告げるのは、兄の精神状態に対しての言葉であるとともに、背後にいる妹達の間ですでに不協和音が轟いていることの警告であり、その響きは直後の咲耶の「またカレーだわ」というぼやきにも現れている。可憐が食事当番で早く帰宅していることを当然知った上での台詞であり、そして同じく当番として帰宅しているはずの相棒(衛か鈴凛)はこのときまだ兄とともにいるのである。部屋の窓から一同を見つめる可憐の背中は、来るべき破局を予感している。それ以前に、教室で兄が自分を突き放した言葉に、可憐は兄にさえ頼れない孤立無援の状況を理解していたはずである(兄にさえ頼れれば一切は無視しえるのに)。だからこそ一人早く帰宅したのだが、それは逃避にこそなれ何の解決にも結びつかない。では、可憐はどうしたらいいのか。学級を移ることが不可能である(可能であってもその意志もない)とすれば、このまま全妹の闘争状態へと突入するしかないのか。そして、可憐に対して醸成された敵意を解消することはもはや不可能なのか。この同級生という絶好の位置を保ちつつ、自分に兄との生活の足場を与えてくれる他の妹達とも共存することはできないのか。

 これを解決する手がかりは、もちろん兄その人が与えてくれた。状況に耐えられなくなった兄は、自ら一人でいられる場所を求めて夜明け前に家を出る。これに気づきながら、黙って見送った可憐は、内心で一計を案じる。他の妹達と一緒に行動することなく、自分ひとり兄の後を追い、兄の愚劣な努力を見守り、最後に寄りすがって涙を流し、「自分達が兄を想うあまりに無闇にそばにいたがるせいで、兄はつらい思いをしてしまっている」という事態を確定させた。これによって兄に対して大きく得点しつつ、この「事実」をもとに「このままの状態を続ければ兄は姿を消す」という不安を他の妹達にかきたて、時間配分の原則破棄と競争の緊張緩和、公平の実現方法の見直し等に向けて意見を一致させるのは、可憐にとってはたやすいことだった。表は破り捨てられた。最悪の事態を回避するために、多少の有利不利はお互い許しあおうとするこの方針によって、当面の問題は何とか解決できたのである。そのさい、四葉が二人分の時間配分を受けて行おうとした、兄の情報を皆に平等に伝えるという役割を可憐がおそらく自主的に担うことで、皆の不満はいくぶん和らげられた。その務めを機能的に果たすには、鈴凛謹製のモバイルを待たねばならないが(2話後)。

 ところで、このような結末は、皆に公平な機会を与えようという当初の理想そのものを結局実現しえなかったということにすぎないのだろうか。時間的平等という観点からはあまりな硬直化した方法ゆえ失敗したこの努力は、しかし、それぞれの個性を発現する機会を適宜保障するというかたちで、より柔軟に、しかしより不安げに継続されていくこととなる。その素早い現われが直後の第4話であり、ここで雛子がその幼児性を中核として、自分を兄に受け止めてもらおうとするのである。そのとき他の妹達は、雛子の努力を支援する方向で協力する。この慣れない態度については、花穂の秘密暴露などによりその無理さ加減がしのばれるが、お互いがいつか自分もそのような機会に恵まれると信じればこそ、やがて違和感も薄らぎ、互いを助け合っていけるようになる。この手探りのぎこちなさこそは、兄も妹達もこだわりのないきょうだいになるために、必要となるはずの過程だったのであろうか。最終回に至ってもなお、あたりまえの嫉妬、あたりまえの嫌悪感が互いを結びつけるまでには、まだしばらくの時が必要に思われるものの、その道は彼らに約束されていると確信する。それは決して個人的な願望ではなく、第5話で兄のメル友に皆でやきもちをやくあたり、すでにその片鱗は示されているのだから。

 なお蛇足ながら、第3話の最後の場面では、鞠絵と春歌が外掃除を(衛もやがて自発的に)、花穂と雛子がお手伝いをしている。屋内では鈴凛と四葉が一緒におり、これは当番表によれば月曜の姿なのだが、朝方にしては咲耶と白雪が料理をしている。これは可憐が不在だったので、夕食当番の可憐-四葉ペアとまるごと入れ替わったと想像できる。だがどうにも問題が残る、この日が月曜であるならば、前日登校したというのはどういうことなのだろうか


(2002年5月18日執筆 くるぶしあんよ著) 

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