放映待てないファンのため、妄想しましょうアニメ版!


アニメ ベイビー・プリンセス
Re Birth


本作品は、2008年5月2日までの公式サイトの展開をもとに捏造したパロディコンテンツです。
各話構成は『マジカル・ヒナ』『Student Princess』と同様、アニメ版シスプリに準拠しています。




<主題歌>
オープニングテーマ「Around」 OPシングルCD収録曲「せんのう虫の歌」
月のささやき聞いて 雨がみぞれに変わる
だけど震えるきみの 胸の氷は溶けて

晴れた朝 散る桜 星の空 逝く蛍
吹く風に舞う綿毛 夕闇にひとり旅

ふと立ち止まったのは ひかる虹の輝き
真っすぐ見つめたなら 涙のいろまで綺麗

巡る時 巡る夢 目くるめく季節のなか
戻れない 戻らない いまここで始まる true-life




1.
おやつをくわえた妹 おっかけて(はぁドラドラ)
あのひとが私を 私を呼んでいる
子供だなんて思ったら 大間違いよ女の子
泣いて笑って喧嘩して 夢の冒険続けよう
いいないいな きょうだいっていいな
もしも 小さな 足音が聞こえたら
地球の裏表ひとっとび もちろん自由自在
いつかはあなたの住む街へ 夢と笑いとふりまくの

2.
サンドバッグに浮かんで消える(あらまあどうして?)
あんな夢こんな夢いっぱいあるけど
いいとこ見せたいそのわりに ツンとお澄ましそれは誰
お願いお願い近寄らないで それが私のご主人さまよ
涙で 何も 見えないときにも
気にしない 気にしない 19人姉妹
シロツメクサの花が咲いたら さあ、行こう下僕
こんなに夜明けが美しいから ずっこけ失敗なんのその


<主要登場人物>
名 前 設  定 名 前 設  定
巡(めぐる) 本アニメ版の主人公。意地っ張りだがやや涙もろい男の子。 お母さん はっちゃけ母親。「ママ」などとも呼ばれる。
海晴(みはる) 長女。オトナの魅力満載。ニュースキャスター見習い。 夕凪(ゆうな) 十一女。恋と宿題を解決せんとする魔法使い少女。
霙(みぞれ) 二女。虚無的な台詞が多い。占いが得意。 吹雪(ふぶき) 十二女。冷静沈着な低温児。頭脳抜群、でも自覚なし。
春風(はるか) 三女。天下無敵の純真乙女。巡を王子様と感じている。 綿雪(わたゆき) 十三女。病弱な恥ずかしがり屋。優しくてはかなげ。
ヒカル 四女。天下無双のボクシング部員。竹を割ったような性格。 真璃(まり) 十四女。マリー・アントワネット幼女。巡が愛人候補。
蛍(ほたる) 五女。コスプレ趣味少女。柔和なムードメーカー。 観月(みづき) 十五女。霊感幼女。キュウビがお供。ブランコが好き。
氷柱(つらら) 六女。高い知性で巡を下僕扱い。理不尽が許せない。 さくら 十六女。泣き虫甘えんぼ。まま代わりに巡にくっつく。
立夏(りっか) 七女。天然ポップな現代娘。若干トラブルメーカー。 虹子(にじこ) 十七女。お茶目なおませさん。着飾るのが好き。
小雨(こさめ) 八女。内気な駄目っこ。マスコットのミミちゃんがお友達。 青空(そら) 十八女。外遊び好きの幼児。おちんちんに興味津々。
麗(うらら) 九女。男嫌いの美少女テツ。蘊蓄を語り出すと止まらない。 あさひ 十九女。はいはいを始めた赤子。よく着ぐるみを着せられている。
星花(せいか) 十女。三国志ファンで男の勇気と友誼に憧れる。でも臆病。 鈴木一郎 施設時代の巡の友人。にくめないお調子者。



<全26話構成 第1話−第13話の内容>
話数とサブタイトル 放映日
内     容
第1話 「君たち女の子」 7/2
 12月も後半のとある夜。巡はバイトを終えた体を公園のベンチにもたれさせ、パン屋で購入した値引きものの激辛カレーパンを囓っていた。疲労で表情もない巡は、眼前を横切る楽しそうな親子連れを眺めながら、天涯孤独の身の辛さを思う。世話になった保母からの「お前の家族になってくれる人がきっと見つかる、そしたらその人を守っておやり」という別れ際の言葉に、いま力無く溜息をつくしかなかった。ゴミ箱めがけて投げたコーヒー缶は外れてそばのチンピラに当たり、因縁をつけられた巡は慌てて土下座するが、3人に囲まれてフルボッコにされてしまう。
 そのとき通りかかった一人の婦人が、顎と股間を狙い澄ました不意打ちでチンピラ全員を倒すと、巡を抱え起こして安全な路地へと連れ去った。「ヒカルに教わっといてよかったわ」と微笑みながら、巡の顔をハンカチでぬぐう婦人は、ふと少年の顔と名前に引っかかる。ややあって婦人が顔を伏せがちに1つ1つ問うて確かめるのは、施設での生活のこと、道ばたをさすらったこと、何人もの継親のこと、病院で生後直後に拉致されたこと。自分さえ知らない過去も含めて少年の生い立ちを遡っていく婦人の話に、驚き怪しんだ巡は「なんであんたがそんなことを知っているんだ」と語気を荒げる。肩を揺すぶられ顔を上げた婦人の目は涙であふれており、一瞬ためらった巡の首にすがりついて叫んだ。「見つけた! 私の大切なたった1人の息子……!!」
 懐から取り出した簡易遺伝子チェッカー「ジーン台場くん2号」の診断結果もその通り。訳の分からない間にタクシーに乗り込まされた巡に、婦人は自らが生き別れの実母であり、取り違え以降の巡の足跡を調べ上げてようやく辿り着いたのだと説明する。「ウチは女の子ばかりだからきっと大歓迎よ。どうぞ仲良くしてあげてね(はぁと)」喜色満面な婦人の横で、しかし巡は、たとえ手がかりがなかったにせよ自分を長年放置したことへの恨みや、どうやらいるらしい姉妹達が何も知らずに幸せな家庭生活を送ってきたことへの憎しみをかりたてられる。無表情のままの巡が、呑気な姉妹達に痛烈な皮肉でもかましてやろうと玄関に足を踏み入れたとき、廊下の向こうから突然うなり始めた地響きに機先を制された。足音轟かせ(一部はゆっくりと)集まってきたのは、なんと18人もの姉妹達。さらに後ろから「あらん? もしかして、あなたが巡くん?」とちょうど帰宅した晴海の甘い息を吹きかけられて、完全に毒気を抜かれた巡はただひたすら顔と体を引きつらせるばかりだった。
第2話 「席を立たないで」 (母親、あさひ 7/9
 居間に通された巡は、あらためて姉妹全員の紹介を受ける。女の子の匂いに満ちた空間に取り込まれまいと、巡は無愛想な表情を崩さない。しかし、立夏たちがさっそくこしらえた名前カードを使って、名前と顔を一致させるゲームが勝手に始まり、巡は否応なく回答者をさせられる。うろ覚えの巡は3人と子象のフレディしか当てられず、全問正解の吹雪に「最初はそんなものです」と冷静に慰められていっそう複雑な気分に陥る。夕食のテーブルでは、巡の席には新品の食器と大量のおかずが並んでいたが、それを見た巡は、かえって自分だけ特別扱いのお客様であると感じる。周りの妹達があれもこれも、とさらに自分達のおかずを取り分けるのに耐えきれず、無言で席を立ってしまう。
 その非礼さに対する氷柱の罵声をいっそ心地よく背中に受けながら、あてがわれた部屋に入って寝そべると、春風と氷柱の言い争いが床づたいに聞こえてくる。胸がむかむかして体を丸め、やがて我慢ならずこの家を出ようと立ち上がると、戸の向こう側で幼児達がささやき交わす声に気づいた。「おにいちゃん、ねちゃった?」「しーっ、しずかにしないとだめだよ」などと止まないうるささにキレた巡が、やにわに戸を引き開けると、はっと見あげる幼児達のなかで、さくらが驚いて「あ、あのね、おにいちゃん……ごはん……」と言いながら泣きそうになっていた。後の面倒を予感して顔を手で覆った巡が、ガキに八つ当たりしてもしょうがない、と怒りをかみ殺して手をのけたとき、夕凪の抱えるあさひが不意にキャッキャと笑った。何がおかしいのか訝しむ巡に、観月は、巡の行為が偶然「いないいないばぁ」になっていたことを指摘する。その頭上に謎のキツネが乗っていることに巡は眉根を寄せ、観月は「ほう、キュウビが見えるのか」と微笑み、あさひは巡の表情に再び笑い声をあげる。そのはじける声に、巡は「なんで俺の顔がおかしいんだよ」と呟きながら、なぜか再び顔を覆い隠し、手を離す。たちまち喜び、もいっかい、とせがむような赤子の笑顔を正面から見つめて、巡は無愛想な「いないいないばぁ」をくり返したあげく、何度目かに覆い隠した掌を顔から離せなくなってしまう。その手が離れるのを待って「いな――い、いな――――い――――――」とかけ声を伸ばす幼児達を、様子を見にきた母親は居間へ戻るように言い、あさひを抱きかかえて巡に寄り添った。
「おにいちゃんがいて、うれしいの? よかったね、あさひちゃん。よしよし――私たちみんな、おにいちゃんがいてくれてうれしいね。しあわせね。」
 その言葉に答えるかのように、あさひがもう一度はしゃぎ声を上げたとたん、巡の顔を包む指の隙間から涙があふれ落ちた。やがて落ちついた巡は、顔を隠したままぶっきらぼうに「…めし」と呟いた。洗面所で顔を洗い食卓に向かうと、そこに座っていた氷柱が「まったく、洗い物が二度手間で困るのよね」と口を尖らせる。しかし、巡のおかずにラップをかけて温めの仕度をしておいたのが彼女であることを蛍に暴露され、氷柱は真っ赤になって逆ギレし、「この償いはきっちりしてもらうわ、あなた明日から私の下僕だからね!」と一方的に通告した。そんな妹を諫めながら、春風は、大小様々な茶碗を運んできて、巡にどれを使うかあらためて選ばせようとする。息子が戻ってきたときのために母親は毎年、少し大きめのお椀を買い換えていたのだ。一瞬言葉が詰まった巡に、立夏は「そりゃもうせっかくだから、全部使っちゃおうヨ!」と勝手に決定し、こうして少年と1升飯との戦いが幕を開けたのだった。
第3話 「お祝い返し」 (海晴 7/16
 翌朝、巡は、寝床にいつの間にか潜り込んでいた青空のおねしょの冷たさで目覚めた。昨晩の過食のせいで胃がもたれ、気分は最悪。そのうえ洗面所では、寝ぼけて下着姿の海晴に出くわしたうえ、ヒカルと麗に痴漢呼ばわりされてしまう。やかましすぎる家の中にうんざりした巡に、霙はすれ違いざまタロットの「死神」を見せて「オマエも私もいつかは滅びる−−」とろくでもない一言。星花は三国志の蘊蓄を垂れ続けるし、小雨は何か話しかけたそうにしながら一向に近づかないし、真璃と虹子は巡の奪い合いをするしで、イライラは募るばかり。年長の姉妹達は今晩のクリスマスパーティの準備をしているが、巡はそんな浮かれた気分にとけ込めず、ベランダの片隅にしゃがみこむ。しかしそこにも、洗ったハンカチを干そうとしていた綿雪がすでにいて、巡の様子をちらちら見ていた。気づいた巡が仕方なく洗い物を日当たりのいい場所に干してやり、再び腰を下ろすと、綿雪も隣にちょこんと座ってシャボン玉を吹く。空に昇るのを黙って見あげていると、綿雪はくしゃみをし、聞きつけた氷柱は配慮が足りないと巡を罵倒する。嫌気がさして徘徊する巡を、電話口の母親が呼び止めた。話し相手は施設の保母で、ことの顛末をあらためて説明していたのだ。懐かしい声を耳にして、巡はかえって落ち込んでしまう。
 自室に戻り布団に潜って、巡は保母からもらったお守りをポケットから取り出して握る。「俺…もちそうにないよ……」と弱音を吐くと、その背後から「…どうしたの?」とささやきかけられて悲鳴を漏らす。ここが一番静かに昼寝できるから、と言い訳しつつ布団の中から起きあがったのは海晴。がっくり肩を落とす巡に、海晴は姉妹の騒々しさを詫びながら、私達もあなたのことをまだよく知らないから、お互い少しずつ分かっていきたいな、と微笑む。その匂いにくらくらした弟に、海晴の顔がゆっくり近づこうとしたとき、ノックの音が巡の迷妄を破った。パーティの演出について相談しようと、蛍が長女を探していたのだ。幼児達に着せるコスプレはようやく完成したものの、それを率いる天使役となる予定の麗が、この期に及んで嫌がり始めたとのこと。麗を説得するか代役を立てるか、と話し合ううちに、海晴と蛍の視線が同時に巡に向き、同時にコスプレ衣装箱に転じた。「何がある?」「女物ばかりだから……」「お母さんや霙が着てたのだと?」「えーと、これ」「……」「……」「ほら脱ぎなさい!」「合わせてみないと!」海晴と蛍の瞳が燃え、巡の瞳がうるんだ。
 そしてクリスマスパーティ。わくわく待ちかまえる一同の前に、姿を現したのはサンタの格好の巡だった。おおはしゃぎの妹達に囲まれて、巡は目を丸くしながら花冠をそれぞれの頭に載せてやる。きゅんとする春風、満足げな真璃、なぜか並んでいる霙。関心を示さない氷柱も、嬉しそうな綿雪を見て仕方なさそうに微笑んだ。もっともっととせがむ幼児達に、巡はどうしたものやらと困り果てるが、あとは本物のサンタさんから貰え、と追い散らしたヒカルは、巡に振り向いて「ちゃんと笑えるじゃないか」と目を細めた。え…?と躊躇った巡の衣装の裾を、蛍が「それでは、巡くんからもひとつプレゼント!」と思い切り引っ張ると、ずるっと剥けたサンタ服の下は、それは見事な半裸天使だった。
 歓呼と絶叫相半ばした大騒ぎ、が明けて翌朝。外出の格好をした巡が玄関から無言で出て行くのを見て、蛍は巡が家に見切りをつけたのかと思い、昨晩やりすぎちゃったと謝ろうとする。しかし、巡は曖昧にうなずいて「俺、ちゃんと挨拶してくる」と小声で返し、先に道路に出ていた母親が施設職員たちへの土産を考えながら呼ぶ声に、肩を軽く揺すって応えるのだった。
第4話 「探しものは何ですか」 (真璃、青空 7/23
 暮れも押し詰まった大掃除の日。巡の部屋を掃除しようと、春風や立夏、星花らが相争う。巡自身は危険な場所や力仕事にかり出されるが、バイトで慣らした腕前を発揮して大いに株を上げる。一方、幼児部屋では真璃が「女王様の玉座」に腰掛けて動こうとせず、青空は宝箱からどんぐりを取り出して遊んでいた。そこにやってきたヒカルは一喝して掃除を始めさせ、夕凪はハタキを魔法のバトン代わりに振り回してお掃除の歌で音頭を取る。あっという間に片づいた部屋の中で、真璃は再び玉座に腰を下ろして青空に「かたをもめ」と命じるが、青空は嫌がって応じない。むっとした真璃をよそに、青空は再びどんぐりで遊ぼうとしたところ、さっき宝箱から出していたうちの1個が見あたらない。慌てて探し出すが見つからないのも通り、じつはさっきヒカルが箒でそれと知らずに外へ掃き出してしまっていたのだ。その瞬間を見ていた真璃は、一度は教えてやろうとしたものの、姉の命令を聞かない妹にちょうどいい罰だと思い直し、黙っていることにした。
 そのうち「おにいひゃん……おにいひゃん……」と泣きじゃくり始めた青空の声に、氷柱は巡の首根っこをつかんで、お前が泣かしたんだろうから謝れ、と連れてきた。とぎれとぎれの言葉から、青空が巡にあげるつもりのどんぐりをなくしてしまったのだと分かったとき、氷柱は巡に誤解を詫びることもせず、やはりお前が原因だから探すのを手伝え、と命令して立ち去った。文句の一つも言えないうちに取り残された巡は、やむなく捜索を開始するのだった。頼もしい兄の登場に勇気づけられた青空は、いったん元気を取り戻したものの、それでもどんぐりが見つからず、再びしょんぼりしてしまう。二人の様子を玉座から眺めていた真璃は、あれこれちょっかいかけても青空ばかり面倒見る巡に苛立ち、おやつの声にも居間へ行こうとしない青空に、いらないならお前の分もいただくぞ、と憎まれ口を残して去る。しかし、いつも通りおいしいはずのケーキは味気なく、部屋に戻ればタンスまで動かして裏を調べる巡の姿に、真璃は地団駄を踏んで怒鳴ろうとするが、青空の涙に先を越された。
 疲れて困り切った巡の顔を見たとたん、真璃はなぜかいてもたってもいられなくなり、口をぎゅっとつぐんで外に飛び出る。服が汚れるのを気にしつつも、地面に顔をくっつけるようにして探したあげく、ついにどんぐりが蜘蛛の巣にまみれて見つかった。すぐさま手を伸ばして掴んだと思いきや、蜘蛛の巣が手にくっつき、はがそうとすると両手どころか顔にまでからみ、しかも巣のでっかい主までが顔の間近に迫る。怖くてかぼそい悲鳴をあげた真璃が目をつぶったとき、後ろから巡が蜘蛛を払い、顔と両腕を拭ってくれた。その指にしっかりと握りしめたどんぐりを見た巡が、「そうか、真璃が見つけてくれたんだ」と微笑むと、真璃はこらえていた涙をぼろぼろとこぼして、泥だらけの体をひしっとしがみつかせた。
 無事に戻ったどんぐりを、青空は大喜びで巡に贈り、さらに真璃にも別のとっときのどんぐりをお礼にプレゼントした。照れくさそうに受けとった真璃は、「ダイヤモンドのほうがいいけど、まあ飾ってあげてもいいわ」と蛍のもとへ持っていき、小冠につけてもらった。そしてふと思いつくと、巡にも同じ冠を作ってくれるよう姉に依頼し、「これでフェルゼンはマリーの愛人ね」とほくそ笑むが、それを聞いた虹子や春風たちと喧々囂々の戦いが、またもや始まってしまうのだった。
第5話 「エプロン姿がよく似合う」 (氷柱綿雪 7/30
 うららかな新年。しかし綿雪は、熱を出して床に伏せっていた。正月に凧揚げをしたとき、巡の後ろを追いかけて走るなど、頑張りすぎてしまったのだ。看病につく氷柱は、発熱直後に巡の配慮のなさを激しくなじって以来、姉たちの仲裁も効果なく、兄と言葉を交わさずにいた。巡はといえば、氷柱の言い分ももっともだと認め、後悔に苛まされていた。春風は氷柱の態度がきつすぎると難じ、麗はやはり男は駄目だと断定するなど、姉妹の間にも波紋が広がるなかで、海晴は仕事のため関与できず、小雨はただおろおろしていた。
 しばらくうなされていた綿雪が目を覚ましたとき、氷柱は妹の体を拭いて着替えさせ、何か欲しいものはあるか、と優しく尋ねた。だが、ふだん我が儘を言わない綿雪が湯冷ましを吸いながら「また凧揚げできるかな」「もう一緒にできなくても……お兄ちゃん、こんど凧揚げするとき、綿雪のこと思い出してくれるかな」と呟いたとき、氷柱は表情を変えないようにするのが精一杯だった。
 自室でだれていた巡は、とてもかすかなノックの音に気づいて戸を開けた。そこに身をすくめて立っていた小雨は、口ごもりながらおずおずと1枚のタロットを差し出した。描かれた絵は「吊された男」、これは何だと尋ねるも、霙に無言で渡された小雨にも分からない。「やってみれば分かるヨ!」と唐突に現れた立夏によって足を縛られ窓から放り出されかけた巡を見あげ、庭で稽古をしていたヒカルは「それはどういう遊びなんだ?」と呆れて問うた。巡の失敗と反省を聞いたヒカルは、練習用の薙刀をぶんっと振るいつつ、「失敗は誰にでもある。要は速やかに次の手に移ることだ」と爽やかに笑い、そばにいた観月も「そちの霊力なら綿雪の力添えになるやもしれぬ」と励ました。「次の手をくよくよ思い悩むな、体が教えてくれる。お前にはできると思うぞ」とのヒカルの助言に首をひねっているうちに、巡は気がつけば綿雪の寝床の戸口に立っていた。意を決して入ろうとしたとたん、戸を開けたエプロン姿の氷柱と出くわしてお互いびっくりして立ちすくむ。小さな布団に横たわった綿雪が巡の姿を見て嬉しそうな声をあげ、氷柱は巡を一瞬睨みつけるもその腕をとって連れ去り、台所で温めた果汁の入ったコップをお盆に載せて、巡に運ばせる。兄を再び迎えた綿雪は、受けとったコップを両手にかかえて美味しそうにすすっては、巡に微笑みかけた。何かして欲しいことは、と尋ねた兄に、綿雪は小声で歌をせがむ。童謡、幼児向けアニソン、そして凧の歌。「たーこーたーこーあーがれー」と一緒にくり返し歌ううちに、綿雪は咳き込み、ごめんねお兄ちゃん、氷柱お姉ちゃんを呼んで、とお願いする。お粥を作っていた氷柱に後を任せると、巡は財布の中身を確かめて町に駆けだした。
 咳は落ちついたものの、もうお兄ちゃんと一緒に遊べないかな、と体を丸める綿雪を氷柱が慰めていると、巡が足音高く戻ってきた。氷柱が叱責する間もなく、巡は手にした小道具を差し出して、綿雪の横にそっと置いた。おもちゃの扇風機に、折り紙でこしらえた凧を糸でゆわえた代物。首を上に傾けて電源を入れると静かに風がそよぎ、小さな凧が宙に浮かんで揺れた。目を輝かせて見つめる綿雪は、ちっちゃな扇風機に凧を揚げる兄の姿を重ねて微笑み、氷柱は「この凧の絵、あなたが描いたの?」と、綿雪の顔とはとうてい似つかぬ下手くそなイラストを揶揄する。蛍に頼んだんだが、自分で描いたほうがいいって言われた、と言い訳する巡の恥ずかしそうな横顔に、「まあ、下僕にしては上出来ね」と笑う氷柱の瞳はなんとなく優しいいろを浮かべていた。
第6話 「あんたあの子のなんなのさ」 (全員) 8/6
 冬休みも終わり、新学期が始まった。姉妹の多くが通う幼小中高一貫校にいつの間にか編入手続きを済まされていた巡は、一同と共に初登校。鞄の中の弁当の重たさも、賑やかな姉妹との会話も何だかこそばゆいが、しかしその一方で、周囲のあちこちから突き刺さる視線を感じてもいた。この姉妹って目立つだろうからなぁ、と呑気に考えていられたのは、ヒカルのクラスのホームルームで転校生として自己紹介したときに、男子生徒達から放たれた異様なオーラを浴びるまでのことだった。巡は休み時間にさっそく同級生に囲まれて質問攻めをくらったのを手始めに、廊下で踊り場で屋上で体育館裏でトイレで職員室で同級生から上級生から下級生から園児から卒業生から教師から群がり出でて、春風の好みのタイプだのヒカルの乙女っぽい素顔だの蛍の一押しのカップリングだの氷柱の手料理の味だの真璃の明日のご機嫌だの霙の占いの真偽だの海晴の3サイズだの麗の理想の転轍機だのを、午前中いっぱい質問され詰問され近づきすぎるなと脅されぼくたち親友だよねお義兄さんと呼ばせてくださいお義兄さんと呼んでくれとすり寄られまくった。
 ほうほうの体で教室を逃れ、どこかで弁当をゆっくり使う場所を、と探していると、廊下の向こうから突撃してくる男集団。慌てて飛び込んだ部屋は女子更衣室。中にいたのは、幸いというか着替えの終ったヒカルただ一人だった。反射的に拳を叩きこんだヒカルは、それが巡と知って憤りかけたものの、鼻柱をおさえてうずくまる巡の説明にすぐさま事情を悟り、追いかけて飛びこむ男子どもを、金獅子丸の一閃で吹っ飛ばした。その腕前に腰を抜かした巡は、礼を言うと急いで出ていこうとするが、そこに折悪くほかの女子が着替えにやってきてしまう。とっさにヒカル使用のロッカーの中に押し込まれ、ひたすら身を固くして待っているうちに、やがて女子達の嬌声は遠ざかっていく。もう大丈夫だぞ、と自らも安堵した様子でロッカーの扉を開いたヒカルが目にしたのは、鼻血を垂らした巡の顔。お前まさか、と気色ばんだヒカルに、巡は、違うさっきのパンチのせいだしかしいいストレートだったと必死に言い訳し、黙って聞いていたヒカルも気がつけばおなかを抱えて笑いをこらえていた。
 鼻血も止まり昼休みも終わり、それでも巡はこの期に及んで「弁当を食える場所はあるか」と尋ねる。ヒカルはその態度に呆れながらも妙に感心し、お気に入りの見晴らし台を教えてくれた。たどり着いてようやく一息つき、弁当のふたを開けるとそこには巨大なハートマーク。教室で開けなくてよかった、と胸をなでおろして遅い昼食にとりかかると、向こうの幼稚舎からおゆうぎの歌声が、初等部のグラウンドからホイッスルと歓声が、かすかに耳に届いた。満腹満足ごろりと小春日和の空を見上げれば、いつの間にか寝入って放課後。慌てて教室に戻ると、そこには鞄を置いたままの巡を待つ春風がいて、部活を終えたヒカルが合流して、学童保育室では幼い妹たちが蛍と絵を描き、図書室では氷柱と麗と吹雪が分厚い本をめくり、校庭では小雨と立夏と星花と夕凪がけんけんぱで遊び、校門では今日こそデートの申込をと鼻息荒い男群に霙が占いの結果を告げて絶望のずんどこに陥らせていた。そして、こういう学園生活ってのもいいかな、と思いはじめていた巡は、春風が申し訳なさそうに差し出した「ママと海晴の・本日のお買いものリスト」と巨大なリュックサックを見て、がっくりと肩を落とすのだった。
第7話 「いい湯だな」 (さくら、虹子) 8/13
 2月、節分の日。歳の数の煎り豆を「ひとーつ、ふたーつ(ぼりぼり)ひとーつ、ふたーつ(ぼりぼり)」と何度も口に運んでいた虹子は、ママとあさひの次にさくらが巡と入浴すると知って、にじこもにじこもと大騒ぎ。普段ならおちんちん追っかけモード突入の青空は、今日は風邪っぴきでお風呂に入れないため、巡はさくらと虹子の面倒を見ることになった。二人をぶら下げて風呂場に向かう少年の後姿を見送りながら、残った姉妹は青空の話題で盛り上がる。
「なんでそんなのに興味あるのかしら、信じられない」「氷柱お姉ちゃんは見たくないの?」「馬鹿なこと言わないで!」「これだから男が家にいると嫌なのよ」「あーあ星花も男の子だったらな、お兄ちゃんと義兄弟の誓いを」「べつに今でもきょうだいでしょ」「違うのー男のロマンなのー」「いまはロマンじゃなくてリアルの問題でしょ」「……何を言ってるの?」「だから、どんなのかなぁって」「やめなさい」「……あ、あの……」「男の後にお風呂に入るのって、やじゃない?」「そう?」「そういえば昔の日本人は、外国の人にはしっぽが生えてるって思ってたらしいわよ」「えー、それってマホウ!?」「むしろ悪霊かの」「フェルゼンにはしっぽなんか生えてない」「しっぽはともかく、お尻がまだ青かったりして」「最近はあまり一般的ではないようです」「じゃあ黄色だったりして」「それは生物学的にありえません」「じゃあ、じゃあ」「ホントはどうなのか、見ちゃえば早いヨ!」「やめなさい」「……占いでは、平均的と出ているが」
 もちろん、それで思いとどまる姉妹でもなかった。立夏たちは母親の声色を作りながら「ちょっとボディソープ交換するわね」と浴室の扉を開けるが、巡がさくら・虹子と並んでお背中ごしごーし中のため背を向けていて失敗。タイミングをはかってシャンプーハットを中に差し入れようとするが、警戒した巡が扉を狭く開けて幼児たちに受け取らせたため、隙間が湯気で覆われてしまい失敗。こうなれば正面攻撃を、と隊列組んだところでヒカルに小突かれて失敗。外の連中は何をやってるんだ、と呆れる巡に、ヒカルは扉の外から「見せたくないならしまっておけ」とこともなげに言い放ち、巡はますます気が気でない。そんな騒動に意識を逸らされているうちに、さっきまでの洗髪での大騒ぎをやっと終え、肩まで浸かって30数える約束のさくらと虹子が、30まで数えられずに「いーち、にーい、さーん、……いーち」と延々くり返したあげく、のぼせかけてぷくぷく沈みそうになっていた。
 大慌ての巡に追い打ちかけるがごとく、次に綿雪と入る予定の氷柱が「ちょっと、いつまで入ってるのよ!」と外から怒鳴る。ゆだった幼児二人を小脇に抱えて飛び出そうとすると、真っ赤な顔の氷柱が「出てこないでよ!」と浴室へ蹴り戻し、いったいどっちなんだと文句を言う暇もなく、いつの間にか登場した海晴が「氷柱たち入らないのなら、お先に入るわよぉ」と服を脱ぎぬぎにこやかに、「海晴姉さんやめて何してるの」「あらあなたも一緒に入る?」ぎゃーぎゃーとひとしきりの騒動のなか、気がつくと綿雪だけちゃっかり浴室に入っていた。
 ようやく風呂から上がることができた時には、巡はなんかいろいろのぼせてダウン寸前。小雨が運んできた冷たい牛乳を飲んで人心地ついたものの、床に正座させられて春風と麗に叱られている立夏や海晴たちの姿を見て、苦笑を隠しきれない。そのうち綿雪がほこほこになって上がってくると、春風らの教育的指導を黙って見守っていた蛍は手でちょいちょいと招き、お絵かき帳を差し出して「さっき見た? …ん、じゃあ、どうだったか描いてみて」とささやいた。その声が耳に入ってしまった巡は牛乳を吹き出して麗に罵られ、瞬時に状況を察した春風は蛍のもとへつかつか歩み寄り、蛍は吹雪の後ろに隠れて「知的好奇心だもん、ねえ?」と援護を求め、「それは分からなくもありません」「でしょ?」「そういうのはただの迷惑行為ですっ」「なら、巡くんにも見てもらえばお互い様じゃない」再び牛乳噴射「海晴姉さん!?」「…平均的と出ていたが」とまたもやヒートアップ。すでにくかーと居眠りしているヒカルが介入し得ない以上、騒動が収まるには氷柱のお出ましを待つしかない。そんなきょうだいたちをよそに、綿雪は髪を乾かしてもらいながら嬉しそうに黄色いアヒルのおもちゃの絵を描くのだった。
第8話 「どうにもとまらない」 (小雨 8/20
 3月上旬。こんな時期の開校記念日にひとり感謝しつつ、麗は平日の運行電車を求めてお出かけの準備。昨晩はダイヤ改正前のポイントを再チェックしていたために若干睡眠不足だが、かえってテンションは最高潮。のはずなのに、「ついでにお買い物お願いね」の至上命令に加えて、なぜか巡と小雨が買い物要員として同行することになってしまった。あからさまにご機嫌斜めの麗は、鉄道チェックリストとお店リストをつき合わせて手早く行動計画を練り直し、同行者の二人に、移動時にはくれぐれも自分の指示に従うようにと告げた。年上ながら気弱な小雨は、妹の頭と手際のよさに感服しながら「う、うん」と素直にうなずき、巡は溜息混じりの生返事で応えた。むっとしながらも、麗は無駄口を省いて足早に駅へと進む。
 分刻みのスケジュールは、それでも小雨の歩く速度で間に合いそうだったが、麗が駅のあちこちで通路に身を寄せてじっと何かの設備を見つめたり、デジカメで撮影したりしているうちに、どんどん時間をとられて秒刻みの行動になってしまう。妹のテンポに合わない小雨は遅れそうになり、かばう巡も麗とはぐれかける始末。そんなお供の鈍さに麗も苛立ちを募らせ、雰囲気はどんどん険悪に。そして予定の電車を逃してしまったとき、ついに麗の堪忍袋の緒が切れた。巡を罵る麗に、小雨はおびえつつもミミちゃんを口元に勇気を奮い起こし、自分がぐずだからいけないの、と小声ながら懸命に詫びようとするが、麗は耳を貸さず、つまり巡が悪いの男はこれだから嫌いなの、と言い捨てた。
 背を向けてずんずん歩き出す麗の後ろを、二人もやむなく無言でついていく。泣きそうな顔をした小雨を気遣って、巡がそのマスコット人形のことを尋ねると、小雨はいくぶん嬉しそうに、幼い頃に道ばたに捨てられていたこの子を拾ったこと、それ以来ずっと大切なお友達でいることを話した。助けてあげたんだ、優しいな、という巡の呟きに、小雨は顔を真っ赤に染めて、「…お兄ちゃんも、ミミちゃんに似てます…」と消えそうな声で答えた。どのへんが似ているのか、と思い悩んでいるうちに、麗は駅構内の引退車両部品展示場を発見し、急いで近寄ろうとする。しかし、体の大きなテツ男たちの壁に行く手を阻まれ、押し入ろうとするも逆にはじき返されて、怒りのオーラをわなわな放ち始める。見かねた巡は麗の前に進むと、テツ男たちの間を無理矢理割って入り、隙間を作って麗を引き入れた。一瞬驚いたものの、間近に見る「頑張りやさん」たちの展示物に、麗はほうっと溜息をついて、優しく満足げな微笑みを浮かべた。あれこんなふうに笑うんだ、と意外に感じつつ戻ってきた巡に、小雨は「やっぱり、似てます…」と上目遣いで照れ笑い。
 これで当初のテンションが戻った麗は、引退車両についての蘊蓄を垂れ流し始める。だが巡はそんな話題に到底ついていけず、なのに小雨とは仲良く会話しているのを背中に感じて、なんだか苛立ちが再活性化かつ悪化。おまけに電車をまたも1本乗り損ねて怒り爆発、やっぱりわたし一人で来るべきだったわ、もうついてこないで、と振り向きざまに巡に指を突きつけた。しかし、勢い込みすぎてその踵が滑ってバランスを崩し、白線の上から線路の方へと後ろ向きに倒れていく麗。列車が通過しますお気をつけ下さい、のアナウンスと轟音を耳にしつつも何が起きているのか分からない妹の手を、とっさに掴んだのは小雨だった。ミミちゃんを放り出して手を伸ばしたものの、引き起こす力もなく一緒に落ちそうになったが、不意に麗の体がこちらに逆に倒れかかり、二人してしりもちをつく。あやうく難を逃れた麗は震えながら、同じく震えている姉の手を握りしめ、「あ……ありがと……」と涙ぐむ。小雨も半べそかきながら妹の体をひしと抱きしめ、ふと兄の姿を求めるがそばにいない。駆け寄ってきた駅員に事情を説明して謝り、巡はどこに行ったのかと不安いっぱいに見回すと、今の列車が通過した線路の向こうに、ミミちゃんを手にして真っ青な顔でぽつねんと立っている兄がいた。
 駅員室でこっぴどく絞られている巡を待つ麗の表情は険しい。しかし、そんな妹の手を握ったままで、小雨は巡があのとき麗の背中を押し上げてくれたから何とかなったこと、そしてたぶんミミちゃんも助けてくれようとしたのだということを、か細い声で語り聞かせる。話を聞いているうちに麗のぴんとつり上がった眉根はぐんにょり迷い、それでも気がおさまらずに、やっと出てきた巡に「あなたが轢かれたら運行が滅茶苦茶になってたのよ! あなた、そんなに電車に迷惑かけたいわけ!?」と訳も分からない叱り方をする。巡はミミちゃんを小雨に手渡しながら「俺もこいつも轢かれてたまるか。あの電車の方だって俺たちを轢いたらたまらんもんな」と無愛想に言い返す。麗は「分かってるんだったら」と気色ばみかけるが、「…分かってるんじゃないの」と続く言葉を濁した。
 買い物を済ませて家に戻ると、最後に買うはずだった最寄り駅裏ケーキ屋のシュークリームを忘れていたことに気がついた。不覚をとった麗は小雨の手を握ると、「買いに行くわよ、ほらあなたも転がってないで!」と二人を従えて再び街へ。小雨のたどたどしい注文をフォローしながら、麗がこれでよしと帰路についた途中、ふと高架橋に目をとめて、「…これもいいものね」とひとりうなずきご満悦。何だかさっぱり分からないが、機嫌が直ってよかったと喜ぶ小雨の後ろで、くたびれきった巡は菓子箱を手に溜息をつくのだった。
第9話 「ワンツーパンチ」 (ヒカル、星花 8/27
 4月、新年度。学園では早くも部活・クラブの練習が始まった。星花は「お兄ちゃんと一緒に戦えるようになるの」との一念で、カンフーを習うことにした。だが、初心者ゆえに何もかもが新鮮なのはさておき、先生がびゅっと拳を突き出すのを近くで見ただけで、ひゃっと腰が退いてしまう。もともとどちらかといえば臆病な星花にとって、三国志の英雄達のイメージ通りにはいかなかった。むしろ、同級生の男子達から、女のくせにカンフーかよ、とからかわれ、パンチやキックの真似で脅かされても、友達が助けてくれるまで何もできずじまいだった。気落ちしきって下校する星花が夕暮れの空を見あげて、劉備3兄弟の勇姿に思いをはせていると、そこに重なるようにひょっこり巡の顔が現れた。
 驚きつつも元気を取り戻した星花は、兄がどんな部活を選んだのか尋ねるが、巡はだるそうに、まだ何にも、と答える。それならば、と星花は巡に向いていそうな運動部や文化部の名前を思いつくまま空想の赴くままに挙げ、巡はその1つ1つに適当に返す。そして「カンフーなんてどうかな?」と尋ねたとき、巡は「あんま知らないし」と流しかけ、星花がうつむいて「…じつは星花もそうだったりして」と呟くのを聞いておやっと顔を向ける。星花の打ち明け話に耳を傾けながら、どんな助言をしたものかと思いあぐねていると、道の向こうで不埒な男子どもを宙に吹き飛ばす一陣の風。その中心にすっくと立つヒカルに、巡はこれぞ天佑とばかりに支援を頼む。事情を察したヒカルは、「人を殴るためにカンフーを習いたいわけじゃないんだろ?」と微笑む。星花は、それもそうか、と納得しかけたものの、でもヒカルお姉ちゃんってさっきも男の人達をやっつけてたよね、と聞き返す。ヒカルは「ああ、うまく技が決まるとじつに気持ちがいいな」とにこやかに笑い、すぐに「しまった」と顔を引き締めるが遅かった。もにょった表情の星花を急いで励まそうと、ああそれじゃ巡はまだ何も部活に入ってないんだな、じゃあ星花の練習につきあえるじゃないか、と話を勝手にまとめてしまう。
 否応なく星花の朝の稽古につきあうことになった巡は、家の庭で見よう見まねのカンフーの型を練習するが、気がつけばあさひをおんぶさせられていたり、両腕に青空や虹子がぶらさがっていたりと、トレーニングというより普段のお世話係そのまま。フェルゼンならフェンシングだの天下一武道会のコスプレだのと周りがうるさすぎ、やむなく星花とともに早朝登校することにした。すると、カンフーの先生がちょうど練習をしている姿に遭遇し、星花は先生からやる気を褒められて嬉しさでいっぱいになり、こんな凄い先生でも毎日努力してるんだ、だったら自分も、と励みを得た。
 数日後、吹雪と一緒に下校する途中、星花は男子達に再びからかわれる。しかし、そこに現れた大きく凶暴そうな野良犬に、男子達はたちまち逃げ去り、星花も慌てて駆け出そうとするものの吹雪がめまいで動けない。恐怖で泣くこともできない星花の前に大声でわめきながら飛び込んだのは、顔を青ざめさせた巡だった。幼い頃に犬に追いかけ回されて以来の恐怖心を押さえきれず、それでも巡は妹達の前に立ち、腰を落として拳を構える。その後ろ姿に見ほれた星花は勇気を奮い起こし、「せ、星花もきょうだいをお守りします!推参!」と歩みでて構え、野良犬をきっと睨みすえた。しばしの対峙の後、いきなり野良犬は何かに怯えたように背中を向けて逃げだし、星花と巡は揃って安堵の溜息をついた。その背後から響く拍手に振り返ると、吹雪をおんぶしたヒカルが、練習用のボクシンググローブをぶら下げて微笑んでいた。「戦わずして勝つ。武道の極意だ、たいしたもんじゃないか」姉のその賞賛に、星花は「えっへん、お兄ちゃんと星花は最強のきょうだいだもん!」と胸を反らすが、巡は野良犬を退散させたのが自分達ではなくヒカルの眼力だったことに思い至った。苦笑する巡のもの言いたげな視線に、ヒカルは星花に気づかれないよう、じつに不器用なウィンクを爽やかに返すのだった。
第10話 「季節が頬を染めて」 (夕凪吹雪 9/3
 5月、こどもの日。初めて男の子を迎えた端午の節句ということで、家族はこいのぼりを揚げたり柏餅をほおばったり画用紙で作った兜や刀でチャンバラしたり金太郎コスプレをあさひに着せたりと大騒ぎ。しかし夕凪は、刀よりも魔法のステッキがいいよね、といつもの調子だった。柏餅をはむはむ食べながら、夕凪は、この葉っぱにきっとおいしくなる魔法の秘密があるんだよ、と灯に透かしたり刻んだりし始めるが、折り紙の兜を広げて折り方を調べていた吹雪は、いえ柏の葉はたんに縁起をかついだものです、と冷静に批判する。夕凪が思いつくあれやこれやを、下の妹がそのつど正していくのをそばで見て、巡はケンカになるかと心配するが、キュウビと戯れる観月は、まあ見ているがよい、と泰然自若。やがて夕凪がおもむろに立ち上がり、すわ対決かと思いきや、夕凪は「それじゃ、魔法を探しに出かけよう!」と明るく宣言し、巡と吹雪の手をとって戸外に出た。やや陽射しが強い昼下がり、吹雪は直射日光に目をしかめるものの、巡が気づく前に夕凪が妹の頭に帽子をかぶせてやった。自分の頭には新聞紙の兜、でも走ると落っこちるのですぐに巡の手に委ねられる。新緑の輝く街並みのあちこちを指さしながら、この葉っぱのきらきらは魔法、いいえそれは自然現象、と二人の妹達の議論は続く。そのうち、若干オーバーヒート気味になってきた吹雪に配慮して、木陰で憩う三人。巡のおごりのソフトクリームに舌鼓をうちながら、このおいしさが魔法かどうかの言い合いも止まない。そんな二人を微笑ましく思いつつ、巡は吹雪のおでこに手をくっつけて体温を診る。微妙に動きを止めた吹雪のソフトが垂れそうなのを、夕凪は注意させながら、吹雪ちゃんは暑いの苦手だもんね、ごめんね、と謝る。いえ、いまは問題ありません、と答える吹雪に、巡は、そういえば冬は薄着だったけど寒さには強いのか、と尋ねた。
 「そうだよ、『寒さに強い』の魔法だよ!」決めつける夕凪に、吹雪は「いえ、ただの体質です」と冷静に返すが、続けて「…ですが、寒さに強いというのは斬新な視点です」とうなずいた。へえ、と相づちをうった巡に、夕凪は「じゃあじゃあ、それってお兄ちゃんの魔法だね!」と突っ込んだ。いやそれはどうか、と思ったのもつかの間、「その可能性はあります」という吹雪の言葉に、えっと驚く巡だった。「……非科学的な考えだとは思わないの?」「なんでも非科学的と断じてしまうわけではありません。ただ、その裏付けとなる証拠がない以上はあくまで可能性にとどまりますが。調べてみる必要がありそうです」とても小学校低学年とは思えない知的なコメントに巡が絶句していると、夕凪は満面の笑みで、「今日はマホウのヒミツが見つかったよ。それはお兄ちゃん!」と兄の腕に抱きついた。そうか、それじゃ今日は夕凪の勝ちだな、との巡の返事に、夕凪も吹雪もキョトンとした表情を浮かべる。べつに夕凪は魔法の存在を賭けて吹雪と勝負しているわけではなかった。「吹雪ちゃんが違うって言えないものが見つかったら、それが魔法かもしれないものなの。吹雪ちゃんが教えてくれるから分かるんだよ」そして吹雪も、夕凪が指示する様々な事象をもとに、認識を広げ深めていくことができるのだ。意見が対立しているようで案外仲良く助け合っている、自分の考えの方がよほど子供じみていたということに、巡は呆れて笑い出す。その笑う声に再びキョトンとした二人もまた、やがて顔を見合せてくすくす笑い出すのだった。
 「吹雪ちゃんは物知りだし頭いいよね」「いいえ、そんなことはないです」「自分のこと頭悪いって言える人は頭いーんだ、って海晴お姉ちゃんが言ってたよ」「無知の知ということですか」「そういえば、ヒカルお姉ちゃんもわたしは馬鹿だからな、って笑ってたから、きっとすごく頭いーんだね!」「いやそれは違うだろう」そんな失礼な会話をしながら家路につけば、今晩のお風呂は菖蒲湯。巡のポケットからでてきたソフトクリームのコーンカップの包み紙を発見した幼児達が、ずるいずるいと兄にぶーすか文句を垂れているのも知らず、夕凪と吹雪は風呂桶の中で「このお湯も魔法かなぁ?」「縁起かつぎもありますが、体にもいいみたいですね」「しょうぶ下着っていうのも、そうかぁ」「それはどうでしょう」と呑気な対話を続けていた。
第11話 「森の小さな教会で」 (春風、立夏) 9/10
 6月、梅雨空の休日。ぐぉんぐぉん唸る乾燥機をBGMに、洗濯物をアイロンがけして畳み続ける春風と立夏。くたびれたー、とごろんと転がる立夏に、春風は、そんなことじゃいいお嫁さんになれないわよ、とやんわり小言。立夏が口をとがらせて、リカのダーリンならきっと家事を手伝ってくれるもん、と言い返すと、春風も、たとえそうでも半分は立夏の仕事でしょ、と釘をさす。ちえーとふてくされた立夏は、ふと「でもお兄ちゃんが旦那様だったら、リカ一緒にしてても楽しいなっ」とにんまり。そのとき、アイロンを握る春風の手が止まった。
 再びアイロンを滑らせながら、春風は「巡くんはお勤めで大変なの。だから家のことはぜんぶできるひとがお嫁さんになるの」とたしなめる。うぇ?と気押されかけた立夏も負けずに起き上がって座りなおし、「立夏も働くもん、だから家事も半分こ。そのほうが毎日楽しいヨ」と言い張る。そんな口論を続けるうちに、春風はアイロンを立て電源を切って立夏に正対し、立夏もあぐらを組んでファイティングポーズ。いつの間にか主題は結婚式へと移り、静かな森の教会で王子様と結ばれる夢を春風が思い入れたっぷりに語ると、南の海に沈む夕陽を背景に寄り添う二人の姿を臨場感こめて謳いあげる立夏。春風が白無垢のウェディングドレスの美しさを褒めたたえると、立夏はいったん立ち去ってあさひを抱っこして戻ると、服の中に入れて「ダーリン、できちゃったみたいなの」と鼻声。驚いた春風が「そんなはしたないこと許されないわ」と叫ぶと、立夏も「キセイジジツを作っちゃったもの勝ちー」とにひひ笑い。ぎゃーぎゃー言い争ううちにあさひが泣き始め、やってきた母親に二人とも叱られて従容としてアイロンがけに戻った。
 しばらく無言で作業していたものの、立夏が「わぁーお、これってお兄ちゃんの下着ー」とちょっかい出したのが第2ラウンドの鐘。今度は日々のなかでどれだけ巡に近いかを自慢しあう戦いとなる。「プリクラいっぱい撮ったヨ」「私なんか毎日同じ学校に通ってるんだから」「ふ、ふーんだ。こないだおでこにぶちゅーってしてあげたもんね」「そ…そんな、そんなの、私だって…」そこに買い物から帰宅した巡が折悪く登場。負けないんだから、と立ち上がったはいいものの、巡の顔を見て春風がすくむうちに、立夏はさっさと兄の腕に抱きついて「おにーちゅわーん、チャオー」とほっぺにキスし、春風に向ってあかんべー。巡も何事かと動転したが春風の頭は真っ白、ついに「だ…だったら、私は…!」と巡の正面から顔を寄せ、「め…めぐる…」と目を閉じたがそこで勇気の限界。やっぱりだめー、と叫んで巡を突き飛ばし、その悲鳴に飛んできたヒカルが巡めがけて綺麗なドロップキック、扉をぶち開け壁に跳ね返って吹っ飛んだ巡をぽすんと受け止めたのは、海晴の柔らかな胸だった。廊下に出てきた春風と立夏は、ふくよかな胸に顔をうずめて気絶する巡を「あらん、どうしたの甘えんぼさん?」とかいぐりかいぐりする長女の姿を目の当たりにして、あーあーと戦慄きながらふとお互いと自らの胸元に視線を向け、ともに表情を曇らせた。「むーん、年増の色香にはかないませんか」と嘆いた立夏の呟きを聞き洩らさずに、海晴は「誰が年増だって?」とにこやかな殺気を放ち、ひょえーお助けーと叫んだ立夏はたちまち逃げ出した。追いかける姉にそのまま放置された巡は階段にもたれようとしてずり下がる。おろおろする春風をよそに「滅びの日が見えたか?」と尋ねる霙の声に、巡は「…ちょっとだけ」とだけ答えて倒れ、ヒカルは「やっぱりお前バカだな」と断定した。
第12話 「おなじさだめと指をさす」 (霙、観月) 9/17
 7月、七夕祭。浴衣姿の一同が、幸いにも晴れた夜空を指さして、あれがおりひめあれがひこぼし、と楽しそうに騒いでいる。その片隅で、霙は、りんご飴を口元に運びながら、ひとり夜空の別の方角を見つめていた。その横顔が寂しそうに映った巡は気になって近づくが、霙はこの空の輝きが数多の星たちの滅びゆく歩みであると語り、同じようにオマエも私もいつかは滅びる、といつもの言葉で結ぶ。返事に窮した巡が助けを求めてあたりを見回すと、こんどは観月が神社の境内に向けて鋭い視線を放っているのに気づく。その奥に何か怪しげなものが隠れているというのだ。
 妹の頭上にいるキュウビの興奮した様子に納得した巡の手を引いて、観月は皆と離れて暗がりへと歩み入ろうとする。慌てた巡が霙を呼ぶと、霙も無言で二人のあとを追ってきた。このメンバーってもしかして幽霊との遭遇フラグgetか、と悟った巡は、恐怖をごまかそうと観月に話しかける。「キュ、キュウビは神社に入って大丈夫なのか?」「ここはお稲荷様のお社だからの、問題ない」「ふ、ふーん……? でも、3人だけよりみんなと一緒の方が危なくないんじゃないか?」「みなに近づけさせてはならんのじゃ。どうせあれに気づくのはわらわたちのみ、ならばともに眷属のつとめを果たそうぞ」凛々しく言い切る幼稚園児に、巡は自分が情けなく思えたが、それでも見えないものが見えてしまうのは災難でしかなかった。
 暗い竹林に踏み込むと、にわかに霧が立ち込めて、星明りさえ見えなくなる。動揺する巡をおいて観月は霙を見上げ、霙はうなずいてりんご飴で宙を探ると、「…こっちだ」「…そっちだ」と方向を指示した。その通りに霧の中を進んでいくと、やがて霧よりもいっそう黒々とした重たい闇が現われて行く手を遮る。猛々しい叫び声に一瞬身をすくませながら、観月はすぐさま印を組み、キュウビはその巨大な闇に飛びかかる。ひとり呆然としかけた巡は、不浄の腕が伸びてくるのを見て我にかえり、観月から手渡されていたおもちゃの剣を振るって妹の前に体をさらした。これは怨念にすぎぬ、抑えている間に実体を探すのじゃ、との観月の声に、霙は再びりんご飴をついっと前に差し出して探ろうとするが、飴の部分がぽっとり落ちてしまい、霙は言葉なく目線も落とす。突っ込みを入れる暇もあらばこそ、霙は闇の腕に捕らわれてしまった。
 後悔先に立たず、巡は必死に霙を救い出そうとするが、観月と自分への攻撃を防ぐだけで精一杯。霙は霧の中に姿をしだいに薄れさせつつ、その向こう側から招く声に、「そうか…滅びの供連れを求めていたんだな……」と、その声の主の寂しさに応じるかのような素振りを見せた。思わず姉の名を叫んだ巡は、まだ一緒に暮らしはじめたばかりだろ勝手に行くな、と闇の奥へ身を躍らせ、霙の肩を引き寄せる。「り……りんご飴だって買ってやってないだろ!?」その震える声に霙は目を開くと、「どら焼きの方がいい…そこ」と地面の一角を指さし、観月の命を受けたキュウビがたちまちそこに飛び込んだ。火花がはじけて霧が消え失せ、3人がキュウビの舞う場所へと近づくと、そこには最近崩れたらしい燈籠の下敷きとなって、大きなガマガエルが死んでいた。
 境内の外にお墓をこしらえて供養した3人が戻ると、すでに家族の者たちは型抜きや射撃や水ヨーヨーすくいに燃えていた。お腹がすいた巡が、やきそばとお好み焼きのどちらがいいか尋ねると、霙は「それは占えない……だから両方だ」と呟いた。特撮ヒーローのお面を兄の頭に被せつつ、観月は「ここでは夜店が明るすぎて、星が見えんの」と残念がる。しかし、巡はそんな妹や家族の楽しげな姿を見回して、これはこれでいい眺めだよ、と笑う。おや、と見上げた観月に、夕凪が「おりひめのところにひこぼしを連れてってくれるのって、何だっけ?」と尋ねると、新品のりんご飴を手にした霙は「……カエルかな」と答え、えー!?と驚く夕凪と声をあげて笑う観月。思わず夜空を見上げた巡は、見えない星々を結ぶ新たな星座のかたちをそこに描くのだった。
第13話 「思い出かきあつめ」 (総集編) 9/24
 7月末、本格的に夏休み。しかし巡はこの数日、久々のバイトに精を出していた。
 早朝からのビル清掃作業を終えた巡が、日当を懐に缶コーヒーを飲みほした頃、家では青空が新品ぱんつに兄の顔を描いてもらいご満悦。蛍は夏用の漫画とコスプレのネタに呻吟し、だっこされたあさひはクレヨンを転がしてキャッキャと笑い、さくらと虹子はお絵かきに励む。風呂場の光景を描いた1枚では、兄と並んだフレディが、何とはなしに意味深な佇まいをみせていた。
 微妙な雰囲気の研究施設から終えて出てきた巡が、次は倍額でも被験者なんて引き受けるまいと固く決意しつつ、芝生にあぐらをかいて大きな弁当を広げた頃、家では真璃がどんぐりの冠を形直しししようと悪戦苦闘。観月は熱いお茶を飲みながらキュウビに漬物の香りを楽しませ、吹雪と麗は鉄道写真集を開いて空を分割する架線の合理性と美について論じあっていた。
 トラックの荷台から降りる男たちに混じって工事現場に着いた巡が、セメント袋をねこ車に積みあげ始めた頃、家では綿雪と添い寝の氷柱が安らかな寝息をたてる枕元で、巡の立絵を貼り付けたおもちゃの扇風機が静かに回り、揺らいで浮かぶ綿雪凧。庭でヒカルがジャブを繰り返す横では、星花がカンフーの型をおりゃーと、夕凪が魔法少女のポーズをはっぴーらっきーはねむーんと決めていた。
 デパート入口に立つ着ぐるみの中で全身汗まみれの巡が、子供達に蹴飛ばされながら表向き笑顔のうさぴょんとして風船を配っていた頃、立夏が元気よく上がって小雨は5連続の大貧民。うえーんと悲鳴をあげる妹に、次は七並べにしようか、と春風が提案し、全勝の霙はどら焼きをもぐもぐしながら黙ってカードを束ねると鮮やかにリフルシャッフルした。
 イベント会場の撤収作業を済ませた巡が、胸元にしまいこんだ今日1日の全給金をなくすまいとしっかり両腕で守りながらよろけ歩いていたちょうどそのとき、見習仕事帰りの海晴が真後ろからこっそり近づいて、可愛い弟にがばっと抱きつこうとしていた。
 姉に支えられつつやっと家にたどり着いた巡は、出迎えた母親に懐の一切を差し出した。うん、とうなずいた母親は、いいんだね、と念を押し、息子の意思をあらためて確認する。夕食の片づけが済んだ後、母親は子供達を正座させ、以前伝えた今夏の家族旅行について巡から話があると告げた。促された巡は姉妹の視線を受け止めて、大きく息を吸い込んだ。ここしばらくのバイトで稼いだお金を、すべてこの旅行のために使いたい。それは、この半年に対する巡なりの感謝の、そして一度は兄らしくふるまってみたいという願いの表現だった。お兄ちゃんすごーいすてき太っ腹との声も上がる一方、家族なのにみずくさい、かっこつけちゃって馬鹿みたい貯金しておけばいいのに、という声も聞こえてくる。しかし、巡はその声の主の一人に、「これで寝台特急に乗れるんだけどな」と切り返すと、夢の一つがかないそうだと知った麗は、でも素直には喜べず、巡に背を向けると喜びと悔しさが半々の表情で「んくー……うー……うーうーっ!」とくねくねした。
 わっとはじけたみんなの笑顔。初めての家族旅行にわくわくする気分。巡は、これが夢でないことの喜びに満たされながら、緊張の糸が切れたか体力の限界に達して、夢も見ない泥のような眠りへと落ちていったのだった。
第14話 「あなたから旅立ち」 (全員) 10/1
 8月、いよいよ家族旅行に出発の日。21人揃ってぞろぞろと玄関を出ると、まず向かう先は遊園地。母親は家族割引と団体割引の両方を適用してもらえないかと粘ろうとして娘達に叱られる。ジェットコースターで悲鳴をあげ、お化け屋敷で抱きつかれ、メリーゴーランドで白馬の王子様。すでに疲れ始めた巡は、家族の活力にあらためて圧倒される。夕食をとって寝台特急に乗り込むと、感極まった麗の洩らす声を礼儀正しく無視し、翌日に備えて眠りにつく。明けて今度は古都の史跡を来訪、立夏はお寺の前で「立夏でございマース」と某国民的アニメ番組OPの真似をして一同の笑いを誘う。さらに移動して高原の美術館と教会を訪れると、そこの写真館では撮影した人物のうえに様々な衣装イメージを重ねてくれるサービスをしていた。さっそく巡との新郎新婦姿でのツーショットを目論む姉妹達。当初まったく乗り気でなかったヒカルは蛍達に「まーまーいいから」と無理矢理撮らされて、できあがった写真を見たとたん訳もわからず頬を染めてしまう。
 そんな楽しい道中、年少の妹達は、あちこちで以前の家族旅行の思い出を巡に話す。あのときはあーでこのときはこーで、と無邪気に言い合う妹達を、巡は微笑ましく感じながら、ふと寂しげな表情を浮かべる。家族の楽しい思い出のなかに、かつての自分の居場所はない。でも、それを分かち与えようと教えてくれる気持ちは嬉しくもある。そんな複雑な胸中を察した海晴は、はしゃぐ妹達の話題をやんわり逸らすのだった。
 出発から数日過ぎて一同のテンションも落ち着きだした頃、今日は旅館でのんびりしましょ、という母親の提案にきょうだいは賛成し、疲れを癒すことにした。温泉につかり、卓球で競い、街に繰り出して土産を物色しつつぶらぶら散歩する一同。しかし、とある店先で肩がぶつかった婦人に巡が軽く詫びようとしたとき、その人の顔を見た瞬間に舌が凍てついた。それは、かつて幼い自分を引き取りながら面倒もみずに足蹴にした継親の一人だったのだ。顔をこわばらせた巡の正体にすぐ婦人の側も気づき、あらまあ何よせっかくの温泉旅行なのにお前なんかと出くわすなんて、と冷やかな挨拶を投げかけてきた。事情が分からない姉妹達はただ不安げに見守るが、母親は巡をそっとかばうように進み出ると、その婦人に巡の母として挨拶し、もしやこの子を昔引き取られていた方で、と尋ねる。あくまで慇懃にふるまう母親に対して、傲慢な婦人は図に乗って見下すような態度をとり、あたかも巡をここまで育て上げたのが、巡のひどいわがままを我慢しながら面倒を見た自分のおかげであるかのように恩着せがましく言い始めた。母親の後ろに立ちすくんだまま、巡は頭の中がますます真っ白になり、体が震えだす。耳鳴りは轟々と激しさを増し、狭まった視界はその夫人の嘲笑めいた顔で埋め尽くされていく。危険を感じて寄り添う春風の手を握り返すこともできず、ついに巡は振り下ろす術のない両の拳を固めて、「嘘だ」と絶叫しようとするが声が出ない。
 そのとき、耳鳴りを貫いて巡の凍った意識を揺らしたのは、いつの間にか母親の足もとに歩み出ていた真璃の堂々たる言葉だった。「おばさんは、うちの巡が一緒にいてくれても嬉しくなかったのね。ださ。」母親が慌てて後ろに下げようとするが、虚を突かれた婦人が何か喚き返すよりも先に、真璃は胸をそらして笑顔で言ってのけた。「マリーはこのフェルゼンと毎日一緒でとっても嬉しいのよ。おばさんと違って、相性ばっちりなの(はぁと)」それを聞いた妹達もぱあっと笑顔を輝かせると、にじこもうれしいよーそらもそらもーおにいちゃんだいすきーさっきおまんじゅうはんぶんこしたんだよーと言いたてながら巡に飛びつき、綿雪もさくらも吹雪もこっくりうなずき、リカもー星花もーゆうなもーミ、ミミちゃんも、と続いたところで春風も何か言いかけたが蛍にそっと止められ、真璃はわーお前達離れろそこはマリーの特等席じゃと妹達の引きはがしにかかり、母親の腕の中であさひもつられてだーだーと四肢をぷらぷら。気圧された婦人は罵るように「なによ、失礼な子達ね。うちの子のほうがよっぽど可愛いわ」と吐き捨てるが、「ほんとそうですわね、誰だってうちの子が一番可愛いものですの」と巡を見つめながら力強く返した母親の言葉に、巡は絞り出すように「……母さん」と応えた。「……みんな。」そして婦人をまっすぐ見返すと、大きく息を吸い込んで、力をこめて告げた。「おばさん、さよなら。」
 旅館に帰った一同がなおも心配するなかで、巡はひとり温泉に浸かりながら決心した。今までどうしても自分から話せなかった過去の記憶を、家族に聞いてもらおう、と。上がってきた巡の顔を見上げて、観月は「憑きものは去ったようじゃな」と微笑みながらも兄の指を握って離れまいとする。巡はその指を優しく握り返して安心させ、大部屋に戻ると勢ぞろいした家族を前にして、ゆっくりと思い出を語り始める。辛かったこと、苦しかったこと。優しかったけどすぐ消えてなってしまった別の継親のこと。施設でのこと、バイトの日々のこと。たちまち春風らがぐしゅぐしゅと涙腺を決壊させだすと「バカ、こっちが泣いてどうする」とたしなめたヒカルも目をこすり、「つられるから止めてよ」と愚痴る氷柱や麗も顔を背けて鼻をかんでいた。聞いてもらえた巡はすっきりした表情で皆に「ありがとう」と感謝し、「いつか、俺の楽しい思い出のある場所にみんなを案内してやるよ」と笑った。それを聞いた一同も、だったら自分達の思い出の場所も巡と一緒に再訪しよう、と心を合わせた。
 そうして就寝の時となり、今晩は巡を真中に全員でくっついて寝ようということになった。さすがに隣は幼児達だろうと思いきや、立夏達から文句が出たため公平にカードで決める運びに。驚いた巡がおたおたする間に母と姉妹がさっさと1枚ずつ引くと、なんと両隣は霙と海晴という結果に。えーお姉ちゃんたちずるいーもう1回ーと無理矢理リトライすると、今度は霙と麗が選ばれた。自分でカードを引いておきながら、なんで私なのよ、と憤る麗。しかし何度引きなおしても、一方の隣は必ず霙。こりゃイカサマだーいや運命だと言い合っているうちに、巡の布団にあさひを抱いた母親がしれっと潜り込んでしまい、ぎゃーぎゃーと騒がしい夜が今日も更けていくのだった。
第15話 「夏はほんとにご用心」 (全員) 10/8
 家族旅行もいよいよ最後の目的地、南の海へ。離れ小島の砂浜で、一同は波と戯れる。姉妹の水着姿にどぎまぎした巡も、浮輪を何個も膨らませたり、ビーチバレーや競泳や砂の王宮づくり、魔法の材料拾いや潮だまり観察などをしているうちにすっかり慣れてきたが、しかし年長姉妹の背中にサンオイルを塗るのはさすがに緊張。そのうえ、海晴のビキニが外れたのに対抗して、立夏のワンピース水着までがなぜか流されたりと大変なことになった。島のひなびた民宿にて夕食の海の幸に舌鼓をうち、さてお風呂に浸かろうかというところでなんと混浴であることが発覚。一部で嬉しい悲鳴のあがった姉妹だが、春風やヒカルや氷柱や麗たちの協力で風呂場の平和は残念ながら保たれた。
 翌朝、母親は一同の荷物や土産物を先に送るため、民宿のおかみさん達の買出しに同行して本土へ渡ることにした。巡も手伝おうとするが、せっかくの旅行なのだからと留められ、午後には戻るから、と言い残した母親を見送る。しかし、天気予報でも知らされなかった突然の大時化により、あっという間に小島は本土と連絡途絶してしまう。本土に渡ったままの母親とは携帯電話もつながらず、きょうだいはやむなく民宿の留守番役の老夫婦に翌日まで面倒を見てもらうこととなる。ところがこの老夫婦がぎっくり腰で倒れてしまうという不幸が重なり、巡は雨漏りの対処に手いっぱいで、激しい風雨と建物のきしむ音に不安がる姉妹をなだめることもままならない。
 そのうえ、夜に入ると電気が消えてしまい、一同はロウソクを1本立てた部屋で身を寄せ合う。幼い者を年上の者が抱きしめ安心させようとする姿にいくぶん心なごんだとき、不意に立夏が低い声で「リカが聞いたことある話なんですけどネ、こういう嵐の夜にはですネ、」と怪談を始めてしまう。たちまちあがる悲鳴。ヒカルに頭を小突かれた立夏は、でもこういうときは定番じゃなーい、と兄に同意を求めるが、巡もその手の話には強くない。懲りない立夏が「ほら、窓に!窓に!」と指さしたその瞬間、部屋の外から春風と氷柱の悲鳴が響き、部屋の中は大混乱に陥る。急いで駆けつけると、老夫婦の看病を終えて交代に戻ろうとした二人は、ガラス窓の向こうにおどろおどろしくゆらめく輝きを見たと言って震える。普段は動じないはずの氷柱も、さっき老夫がうわ言で「こんな晩には海で死んだ漁師達が戻ってくる」などと呟いていたのを聞いてしまっていたのだ。二人を抱え起こして大部屋に戻ると、おもらししてしまったさくら達の面倒を海晴達に任せて、巡は霙と観月に小声で説明をする。霙のかざすカードは「塔」と「月」。確かあまりよくない意味じゃ、とますます不安になるものの、観月が「妖気は感じぬ」と断言するのに巡は力を得る。その観月も先ほどの皆の悲鳴で腰が抜けており、嵐もますます激化しているため、巡は一人で外を見回ることに決めた。
 自分も一緒に行く、と言うヒカルに、みんなのそばにいてやってくれと背を向けて、巡は暴風雨吹きすさぶ戸外へ。あちこちを打ちつけ直し縛り直しと補修しているうちに、轟音のなかに淡く輝くその怪しい揺らめきを、巡もとうとう目の当たりにした。思わず情けない声を上げかけたものの、それが亡霊の類でないことを信じて踏みとどまると、やがて巡はその正体に気づいた。灯台の照らす光が波しぶきと雨に乱反射して、それが暴風によって禍々しく揺らめいて見えたのだ。カードが灯台と幻影を告げていたことにも思い至り、ほっとした巡は見回りを終えて宿に戻ると、姉妹にその事実を告げてやる。安心した一同は巡の勇気と知恵に感動し、瞳を輝かせる。すっかり冷え切った体を温めようと風呂に浸かりつつ、巡は、旅行最後の晩にこんな思い出ができるなんて、と可笑しげに息をつく。しかしその満ち足りた気分は、風呂場に乱入してきた一部水着姿の姉妹一同によって無残に打ち砕かれた。声もない巡を囲んで湯船に飛び込むと、やっぱりまだ怖いから一緒に入れて、と顔を赤らめえへへ。これはまずいと巡が必死に身を縮こませていると、すすっと寄ってくるわ、腕にしがみつくわ、あーん水着がまた流されちゃったチャオーと甘えるわで駄目だこりゃ。前を隠し脱兎の勢いで湯から出ると、そこには羞恥と苦悶にひきつる氷柱と麗を従えたヒカルが、タオルとスポンジとタワシを手にして待ち構えていた。「オマエ……なかなか男らしかったぞ。さあ、お礼に背中を流してやろう…どれを使えばいい?」とはにかんだ笑顔に反発できず座らされてごしごしこすられ、そのうち他の姉妹もあたしも洗ったげるー私もーと殺到し、こら邪魔をするな、えーけちんぼー、それじゃ前を洗ってあげちゃお、ちょっと海晴姉さん、と阿鼻叫喚。たまらず巡が逃げ出そうと立ち上がったとたん、石鹸に足を滑らせてステンと転んで失神し、ついでに腰の手ぬぐいがめくれて風呂場を満たした七色の悲鳴に、「わーおちんちんだー」「……平均的か?」と幼長ふたつの声が重なった。
 後頭部の痛みに顔をしかめて巡が目覚めたとき、自分が温かなものに囲まれつつ浴衣姿で寝ていることに気づいた。咄嗟に身を起こすと、巡を含めてお互いの体に順々に重なるようにしてごちゃっと寝ていた姉妹が、巡のそばから向こうへと連鎖的にころころ転がっていく。次々起き上がる年長者達に、巡はいったい誰が自分を着換えさせたのか怖々尋ねるが、気まずげに顔を背けられるか、妙なくすくす笑いで返されるばかり。そこに朝の船便で母親が到着し、子供達の無事な姿に安堵しつつ、自分だけ仲間外れでつまらなかったと頬を膨らませた。
 長い旅行から帰宅すると、巡はすっかり風邪をひいてダウンしてしまう。姉妹は交替でかいがいしく看病するが、多数の姉妹はそれに飽き足らず、巡の添い寝役を務めんと枕を持って戸口に集う。お互いの意図に気づいた姉妹は小声で争奪戦を開始、じゃんけんで決めることとなり、カードをひいたり両手を組んでねじって必勝の占い。そこにやってきた母親は、静かに休ませてあげなさい、と娘達を叱りつけ追い散らしたあと、なぜか自分の枕を持って巡の部屋に戻っていくのを娘達に見とがめられ、「だってぇ」「だってぇじゃありません」と叱り返されて頬を膨らませるのだった。
第16話 「誘惑の甘い罠」 (中高生) 10/15
 9月、学園祭。クラス企画のお化け屋敷で当番を終えた巡は、ぶらぶらと学内を見て回る。占いハウスの霙は、カップル達に恋占いをしてやっているが、ホロスコープにはなぜかダークマターの記号などよく分からないものまで浮かんでいる。蛍のクラスは流行りもののメイド喫茶だが、蛍のデザインしたコスチュームのおかげで一等抜きんでた評判を得ている。一服して次はどこに、と考えているとタチのよくない同級生男子の一群に捕まった。お化け屋敷で女子を脅かすついでにこっそり触ろうという悪戯を画策しているので、お前も好みのターゲットを誰か連れてこい、というのだ。面倒にかかわりたくない巡は、しかし単純に断るだけでは済みそうにないと感じ、無表情に承諾した。連中と離れて向かった先はヒカルの教室。妹を招いてお化け屋敷に連れていくと、相手の正体を知らずに襲いかかった不埒なお化けどもは、感触を楽しむ暇もないままに返り討ちをくらってあっけなく全滅した。
 まんまと計画通りの結果となったものの、お前あの連中のことを知ってて招待したのか、と機嫌を損ねてしまったヒカルに、巡はお詫びとしてあれこれ奢らされるはめに。最初は本気でふてくされていたヒカルだったが、次第に巡と学園祭を楽しむ気分になっていた。このさい、姉妹の前では滅多に食べられないパフェに挑戦するか、と決心しかけたとき、二人の前に見知らぬ上級生女子が現れた。ちょっと一緒に回ってくれないか、と唐突に頼まれた巡は、慌ててヒカルの方を向くが、ヒカルはアイスを舐めながら、こっちは気にしなくてもいいぞ行ってこい、と素っ気ない。それじゃ、と腕を強引に組んで連れて行かれる兄の後姿を、ヒカルは黙って見送った。 やや派手ながら可愛い顔立ちの上級生にくっつかれ、巡はどぎまぎしながら校舎内へ、しかしその足取りは積極的な上級生に引かれるままに、なぜか姉妹の教室へと再び向かう。霙は無言でタロットを切り、蛍は「へー、ふーん」という驚きの笑顔で接客し、氷柱は大脳生理学についての展示説明をしつつ冷やかな視線で突き刺し、春風は友人グループで演劇コンテストの舞台に上っていたところ巡が二人連れでいるのを壇上から発見し、のちに正部員からも絶賛されることになる見事な恨み節を無意識に演じて名助演賞を獲得した。
 講堂の演目がバンド演奏に移り、上級生は巡にますますしだれかかってくる。そしてついに巡は、観客席の暗闇のなかで、上級生が自分の名を愛しげに呼び、「あたしね、ずっと前からキミのこと…」と顔を引きよせようとするのを感じた。目を閉じるべきかいや待てあまりに話がうますぎないか、と躊躇う理性も消えそうなその瞬間、後ろの席から聞えよがしの咳払いが響いた。恐る恐る横目で見れば、お行儀よく団子を食べている霙に並んで、身を固くしてうつむいている春風、(ごめんねー)と申し訳なさそうに苦笑する蛍、冷たい目で憮然としている氷柱、あっちを向いたまま腕を組んでそわそわしているヒカルがいた。二重に身の危険を感じた巡が反射的に立ち上がるが、腕を足をからまれたままでバランスを崩す。椅子ごと倒れこんだ巡の顔が上級生の顔に急接近したとき、なぜか上級生ははっと素に戻った表情で巡の顔面に掌底を決め、たまらず真っ暗になった巡の意識は、続けて側頭部に受けた蹴りの一撃で真っ白に転じた。
 目覚めるとそこには、小学生以下の妹達を連れてやってきていた海晴の姿があった。その横でしょんぼり佇む上級生が詫びるには、彼女の姉が海晴と高等部時代の同級生で、以前に海晴がその友人の家を訪れたとき、たまたま居合わせた彼女が海晴を見染めたのだという。巡の彼氏になれば海晴お姉さまといつでも会えると思って、との告白に、巡はもはや笑うしかなかった。さんざん頭を下げた上級生が保健室から去り、二人きりになったとき、恥ずかしさと悔しさと痛みに頭をかかえる巡を、海晴はよしよし、と慰めた。「ちょっぴり残念だった?」と微笑む姉の温もりに、これはこれでいいかな、と思いかけた巡は、ふと戸口に姉妹の気づかわしげな、あるいはもの言いたげな視線を感じて、顔色が良くなったのか悪くなったのか分からなくなるのだった。
第17話 「笑って許して」 (乳幼児) 10/22
 9月の平日。母親が初等部の娘達の授業参観に出席し、学園祭振替休日の年長姉妹が打ち揃ってバーゲンに出陣したこの日、巡は蛍と二人で留守番役を任されていた。幼児達の面倒見では最も頼りになる蛍だったが、しかし昼もまだ遠いうちに、漫画道の友人から入稿日直前の助っ人を求める悲鳴のような電話が届いた。いったんは「ごめんねー」と断った蛍のやや沈んだ表情に、横で聞いていた綿雪と真璃と巡は、ちゃんとお留守番できるから、いいから任せとけ、と蛍を送り出そうとする。あさひのミルクの作り方などを一通り教えて、それでも心配そうに振り返りつつ出かけた蛍を笑顔で見送りながら、巡はせいぜい昼に母親が戻るまでの辛抱だ、と皮算用していた。
 その見込みの甘さを猛省すべき修羅場が現出したのは、わずか5分後のことだった。青空は廊下に落書きを始め、虹子はタンスを引っかき回してファッションショーを開始し、あさひはおむつが濡れて泣きわめき、うへぇと取り換えにかかる巡にさくらは自分もおトイレと裾をつかみ、真璃は妹達の面倒もみずに巡をそばに置こうとし、観月もオーラが心地よいと言いながら横にべったり。大混乱のなかで綿雪だけが何とか巡のお手伝いをしようと頑張るが、なかなかうまくいかない。しょんぼりする綿雪に気づいた巡が、あんまり無理するな、と頭を撫でてやると、こそばゆそうな綿雪の顔を見た妹達は、一転して自分もお手伝いすると大騒ぎ。ベビーベッドにあさひを寝かしつけている間に、「お昼のカレーを作るのよ!」「お!? おー!」と勝手に団結して台所を散らかし始めた。戻った巡がそこに見たものは、ロックの外れていた収納蓋を開けて包丁を取り出していた真璃の姿だった。
 さすがに悲鳴をあげて包丁を奪還し、巡は妹達を座らせて叱りつける。「キュウビも見ていたから心配ない」とのほほんとしていた観月も、兄の剣幕に珍しく顔色を失う。しかし、しょんぼりを通り越して泣きそうな妹達の気配に危機を感じて、巡は慌てて、まあお姉ちゃん達を見習って頑張ろうとしたんだな、と一応そこだけは褒めてやる。いくぶん気を取り直した妹達に、さてそれでは次に何を言うべきか、と思案していると、ぎりぎり泣かずに我慢できたさくらが、「さくらね、んと…ちゃんと、蛍お姉ちゃんするの」と小声で言った。巡んは意味がよく分からずにいると、「あ! それならマリーは海晴お姉ちゃんよ!」「ユキは……氷柱お姉ちゃん……」とそれぞれが真似する年長者を決めだした。観月は霙、虹子は春風、青空はヒカルの口真似をしながら、みんなでさっき散らかした衣装などを片付け、あさひのミルクを作り、おままごとをし、と所々で余計に大変なことにもなるが、最初ほどには羽目を外さない程度に落ち着いた。巡もそのフォローをしてやりながら、けっこう年上のすることを見ているものだなぁ、とあらためて感じ入るのだった。
 小学生達と一緒に帰宅した母親が、鍵のかかったままの玄関に訝しみつつ家の中へ入ると、蛍はまだ戻ってきていない。巡や娘達の名を呼びながら部屋を見回ると、あさひがすやすや眠るベビーベッドの足元で娘達がタオルケットにくるまれて、そしてその6人の枕になりながら巡もまた、ぐっすり昼寝している姿を発見した。「あらあら、みんな赤ちゃんみたいねぇ」と笑う母親の後ろから、部屋の中になだれ込んだ初等部の娘達は、わーほんとだ赤ちゃんだー、ねんねんよーおころりよー、ほら朝でちゅよーチャオー、とはしゃぐのだった。
第18話 「これから始まる大レース」 (小学生) 10/29
 10月、初等部の運動会シーズン。この紅白対抗戦、5年間でたまたま負け知らずの立夏は、不敗記録樹立を目指して、同じ紅組の小雨と星花を従えて気勢を上げる。これに焚きつけられた白組の夕凪も負けまいと音頭をとるが、麗と吹雪はいま一つノリが悪い。焦る夕凪は、家族参加種目の二人三脚リレーに巡を引き込もうとして、同じことを企んでいた立夏と衝突する。星花も兄を三顧の礼をもって迎えようとするが、結局じゃんけんにより白組参加と決まり、紅組にはヒカルが加わることとなった。これで白組が勝った、とはしゃぐ夕凪に、巡は自分の足が遅いことを言い出せずに作り笑いを浮かべるが、カレンダーの赤丸を見て気が滅入っていく。そんな折、やはり足が遅いうえに転びやすい小雨が、それでも立夏のために頑張らねばと奮起し、ヒカルに走り方を教えてもらおうと自分からお願いしている場面に出くわして、巡も咄嗟に並んで頼み込んだ。その意気やよし、とコーチを引き受けたヒカルだったが、二人の呑み込みの悪さには正直に驚かざるをえない。この練習を嗅ぎつけた立夏は、なぜヒカルが白組の手伝いもするのかと口をとがらせるが、練習を眺めているうちに星花ともども参加したくなり、朝夕にきょうだい揃って汗を流すのだった。しかし、二人三脚リレーに出場する麗は巡との練習を断固拒否し、吹雪は体温が上昇すると活動停止。無言でしょげている吹雪を煽いでやりながら、巡は、体は無理せず頭を使うところで頑張ってくれ、と軽く励ます。巡のタオルのにおいにきゅんとなっている春風の横で、吹雪は兄の言葉をじっと反芻していた。
 そして運動会当日。家族一同が見守るなか、1年生の玉入れが始まった。吹雪の作戦にしたがう同級生達が規則正しく玉を2個拾っては投げ、吹雪自身は腕のいい子に玉を集めて渡す役目に徹することで、白組の圧勝。飴食い競走では、小麦粉に顔を突っ込む競走相手をよそに、小雨が飴を匂いで見事に発見し、意外な好成績を収めた。やんやと盛り上がる白組陣営だが、紅組も普通の競走などで点数を伸ばし、お昼の段階ではややリード。弁当をもりもり食べながら、妹達が互いに明るく張り合う姿を見て、巡も自分の出番に備えて片耳にイヤホンを突っ込んだ。
 午後の部に入り、いよいよ二人三脚リレー。立夏はヒカルと足を出す順番・リズムの最終チェックに余念がない。一方の麗は、兄と一度も練習しないまま今日を迎え、足を結えたもののそっぽを向いている。そんな妹の耳に、巡は黙ってイヤホンの片方をくっつけた。響くその音に驚く麗は、イヤホンを引っ込めて「このリズムで、最初は右足からだ」と指示する巡の真剣な目に、うん、と気圧されるようにうなずいた。くじ引きの偶然で並走することとなった麗ペアと立夏ペアは、立夏達がバトンを先に受け取って「1、2、」ときれいなスタートを切った。遅れてバトンを手にした巡達はお互い無言のままで、しかし息の合った足さばきで、次第にその背後に迫っていく。周囲の歓声を気に留めず、巡と麗の脳裏にこだましていたのは、近所の踏切の警戒音。このリズムなら麗と足並みが揃う、という吹雪の建策をうけて、巡は数日来この単調な音を聴いていたのだ。迫る足音に焦った立夏は、つい急ぎすぎてリズムを乱し、ヒカルを巻き添えにして転んでしまう。わっと湧く歓声と悲鳴のなか、妹をかばって肩から落ちたヒカルを、立夏は必死に支え起こそうとするが果たせない。泣きそうになったそのとき、迫る足音は傍らで消え、目の前に大きな手が差し伸べられた。「ほら、つかまれ。」はっと見上げれば、巡が腰を落としてふんばる横で、麗があっちを向きながら「ただいま、停車信号が出ております……発車まで今しばらくお待ちください……」と呟いていた。
 満場の拍手を浴びながら、巡と麗、そして遅れてヒカルと立夏もゴールイン。皆に心配されたヒカルは立夏を安心させるように微笑む。巡は、すでにオーバーヒートして横たわる吹雪と、お互いに親指を立ててうなずきあう。最後の種目を終えて得点を集計すると、なんと紅白同点という珍事。引き分けかとがっかりしかけた立夏は、小雨や夕凪が喜ぶ姿を遠くに見て、一緒に楽しく練習に励んだ日々を思い返しつつ「……でも、どっちも勝ちでよかったかぁ」と気を取り直し、巡はやれやれと安堵し、星花は担任に「来年は三色にして、天下三分の計でいきましょう」と提案していた。
第19話 「やがて君は静かに」 (ヒカル) 11/5
 10月、初等部運動会の数日後。ボクシングの新人戦を控えたヒカルは練習に余念がないが、その合間にふと肩に違和感を覚える。別段心配もせずに帰宅した夕食の席で、家族の話題が新人戦にも及ぶ。殴り合いなんて危険、と後ろ向きな海晴や春風に対して、立夏や星花は積極的に応援し、みんなで応援に行くから絶対に勝ってね、と盛り上がる。苦笑しつつもその励ましが嬉しいヒカルは、さあて相手も強いだろうからなぁ、と満更でもない。その脳裏に浮かぶのは、大物ルーキーと噂される他校の新人の姿だった。しかし、夕凪に「お兄ちゃんもやってみたら?」と勧められた巡が「俺には無理」とすぐさま否定するのを聞いて、ヒカルは何故だか分からないが寂しさを覚えてしまう。
 翌朝、起き抜けに肩の重さを感じながら、それでもヒカルは練習に向かおうとする。だが、玄関先で巡に頼らずに電灯を取換えようと脚立の上で伸びをする麗が、バランスを崩して転倒しようとするところに出くわした。咄嗟に妹の体を受け止めた瞬間、ヒカルの肩に激痛が走る。麗の悲鳴に駆けつけた巡は、身をこごめて呻き声を押し殺すヒカルを見て驚愕する。病院での診断結果は、骨にひびが入っているとのことで、新人戦への出場は辞退せざるを得なくなった。部長への報告を済ませたヒカルが家に戻ると、姉の帰宅を待っていた麗が、自分さえちゃんと注意していれば、と涙目で詫びてきた。その後ろからたまらず飛び出してきたのは、顔をくしゃくしゃにした立夏。「麗は悪くないよ、だってヒカルお姉ちゃんの怪我ってきっと運動会で転んだときのでしょ、だからリカがリカが……ごめんねヒカルお姉ちゃん、ごめんねー」と泣き叫ぶ。ヒカルは二人の頭にぽんぽんと手を載せ、あれくらいのことで怪我するもんか、これは練習で無理しすぎたからだ、と笑い飛ばす。妹達は姉に抱きついてなおも涙し、それを逆に慰めるヒカルの声を廊下の角の向こう側で聞く巡の手には、昨晩立夏と一緒に作っていたきらきらシールの応援メッセージが握られていた。
 新人戦当日、なかなか元気が戻らない立夏と麗を、ヒカルは「それなら罰として一緒に観戦だ」と招き、巡に付き添わせる。激しい試合の光景に麗は途中で耐えられなくなり、立夏も初めこそ騒いでいたがやはり血の気が失せていく。その様子を見てヒカルは二人を解放し、巡に家へと送らせた。例のルーキーは評判通りの強さで初陣を飾ったが、リングから降りるときにヒカルを一瞥して冷やかに笑った。その笑みを無言で受け止めたヒカルが、閉会式とミーティングを終えて会場を出ると、そこには妹達を送り届けて戻ってきた巡がいた。驚き、なぜか頬が緩んでしまうヒカルの鞄を代わりに持って、巡は観戦できなかったルーキーの試合の様子を訊ねる。あれは強いな、と素直に語るヒカルに、巡は、いや、うちの妹の方が強い、と胸を逸らす。毎日パンチをもらっている自分が言うんだから間違いない、と威張る兄に、ヒカルは「毎日なんか殴ってないぞ」と言い返したものの、思わず「くす。」と笑いがこぼれた。胸のしこりが消えていくのを感じながら、ああそれじゃ次の大会まで練習台になってもらうぞ、うげそれは勘弁、と軽口をたたき合う。そんなほぐれた雰囲気のなか、ふと巡が妹の笑顔を見下ろしたとたん、言いかけていた冗談を飲み込み立ち止まってしまう。どうした、と尋ねたヒカルは、自分の目からいつの間にか涙がこぼれているのにようやく気づいた。「……そうか、悔しかったんだな、わたしは。」そう呟くと、ヒカルは唇をきゅっと引き結んで体を震わせ、巡の胸にそっと頭をもたれかけたのだった。
第20話 「どこかにあるユートピア」 (蛍) 11/12
 11月の日曜日。蛍は、幼い妹達のための絵本を作ろうと思い立った。台所仕事をしながら、どんなお話にしようかとあれこれ考えていると、姉妹が入れ替わり立ち替わりにやってきて、それと気づかずにアイディアを提供してくれた。その閃きのままに編んだ物語とは……。
 昔々ある王国で、お姫様が「雨じゃなくて飴が降るようにしなさい」と魔法使いに命じたところ、キャンディーが空から降るようになりました。お姫様や子供達は大喜び、でも地面が乾いて花は枯れ、作物もとれなくなりました。悪い魔法使いは、雨を返すかわりにお姫様と結婚させろと王様を脅します。お姫様は自分の過ちを正すために、自分の誕生日だというのに雨を探しに旅立ちました。でも、国中の人にインタビューしても誰も雨の行方を知りません。途方にくれておでんの鍋をかきまわすと、中からどら焼きが見つかりました。そこへちょうど占い師がやってきて、どら焼きと引き換えにカエルの杖をくれました。カエルにちゅるちゅるを食べさせてあげると、ゲコゲコ喜んで雨のにおいのする方へとお姫様を案内するのでした。
 けろけろぴょんぴょんしばらくゆくと、黄色い子象が泣いていました。耳の奥がブンブンうるさくて眠れないのです。お姫様が診てあげると、耳の奥から赤ちゃんミツバチが飛び出しました。ミツバチは、象の耳の中にあったチョコレートにつられて迷い込んでいたのです。象とミツバチはお礼にそのチョコレートとキラキラのシールをくれました。そしてお姫様のお伴をすることにしました。
 ぶんぶんぱおーんしばらくゆくと、ぬいぐるみの車掌さんが泣いていました。線路のうえに雪だるまが倒れていて、汽車を通せんぼしているのです。でも、雪だるまも泣いていました。転んだ拍子に目鼻を落としてしまったのです。お姫様がチョコレートで目鼻とおへそを作ってあげると、雪だるまは起き上がって大喜び、お姫様のお伴をすることにしました。車掌さんもお姫様にお礼を言うと、みんなを汽車に乗せてくれました。
 がったんごっとんしばらくゆくと、駅で女の子が泣いていました。苦いお薬が飲めなくて困っているのです。お姫様は雪だるまのおへそのチョコレートを返してもらい、お薬をくるんであげました。飛び上がって喜んだ女の子は、お礼にクッキーをくれました。女の子は汽車に乗らなかったので、みんなで手を振って別れを告げ、もらったクッキーを食べました。すると、お姫様が食べたクッキーの中には、空を飛べるおまじないのお札が入っていました。
 ふみきりかんかんしばらくゆくと、終点のあめふりくまさんの家に着きました。きっとここのくまさんが雨を降らせてくれるんだわ、と期待して扉をノックしましたが、出てきたくまさんは泣いていました。愛用の雲にお客様を乗せてあげたら、悪い魔法使いに雨雲を空高く運ばれてしまったのです。お姫様がおまじないを唱えてお札を投げると、大きな凧が現れました。象の鼻で糸を引いてもらい、揚がった凧からぶらさがるブランコに乗って、お姫様とくまさんは空へ昇って行きました。
 ゆらゆらふんわりしばらくゆくと、ようやく雲の上にたどり着きました。そこには、魔法で眠らされたお客様の王子様が横になっていました。お姫様がおでこにキラキラシールを貼ってあげると、王子様はその輝きで目覚めました。喜んだ王子様は、お姫様の手をとって一緒にブランコに乗り、雨雲を取り戻したくまさんと、みんなの元に戻りました。
 わいわいがやがやお城に帰ると、出発からちょうど1年がたっていました。悪い魔法使いに困り果てていた王様は、結婚式の準備を命じていましたが、お姫様が雨雲を連れて戻ったのを見て、すぐさま挙式の支度を止めさせました。怒った魔法使いは、たくさんのお化けを呼び寄せて襲いかからせましたが、お化けどもは王子様のおでこのキラキラシールの輝きに目がくらんでしまいました。そこを逃さず、くまさんの放つカンフーキックと王子様のふりかざす黒光りする木刀によって、たちまちお化けどもはやっつけられました。それでも諦めない魔法使いが王子様を狙って恐ろしい呪いをかけようとしたとき、赤ちゃんミツバチが魔法使いのおしりをちっくり刺しました。お注射が大嫌いな魔法使いは大声で叫んで慌てて逃げ出し、間違えて雪だるまに突っ込んでかちんこちんになったところを、カエルの後ろ脚と象の鼻に蹴飛ばされ振り飛ばされて、遠くに消えてきました。
 喜んだ王様は、王子様をお姫様の花婿に迎えることにしました。久しぶりの雨がざんざ降るなか、国中の人々が汽車に乗ってお城に集まりました。みんなはびしょびしょになりながら、ホットワインを飲んで体も心も温まり、盛大なお祝いをしました。ちょうどこの日はお姫様の誕生日でもあったので、お姫様の歳の数だけぱちぱちぱち、と揃った拍手が響きました。でも、飲み過ぎてピンクに染まった象と雪だるまの拍手だけはみんなとずれてしまいました。それからお姫様と王子様は、ずっと幸せに暮らしましたとさ。(…仲良くコスプレしながら。と蛍は心の中でこっそり付け加えた。)
第21話 「ここかと思えばまたまたあちら」 (母親) 11/19
 11月末の平日、朝5時。母親は目覚まし時計が鳴る前に目を開き、身支度を済ませてあさひと青空と虹子の寝顔を確かめると、すぐ隣の台所に向かい、子供達の弁当を作り始めた。
 6時。朝出勤の海晴と、春風・蛍が起きてきて、いつもどおり台所の手伝いを始めた。母親は長女に仕事の具合を尋ね、海晴は化粧のノリを気にしつつ朝食を摂りだした。
 7時。海晴が家を出たのと入れ替わるようにして、霙が幼児達を起こしてリビングにやってきた。母親は、おねしょしてべそをかいているさくらを慰めながら、そういえばヒカルは朝練じゃなかったの、と尋ねた。そこへ駆け込んできたヒカルは、寝過した間に合わない、と叫びながら、母親が用意していたおにぎりを口に突っ込んだ。何度起こしても起きないんだもの、と叱る春風の声に重ねて、母親はやんわりと、忘れものはないの、と確認した。
 8時。小中学生と幼稚園児が朝食と着替えを済ませて玄関に終結。いってきまーす、と今日も元気な声に、母親は虹子たちと一緒に、いってらっしゃい、と手を振った。幼児達がちびっこ番組を観ている間に、洗濯機にかけておいたさくらと青空のシーツや他の洗濯物を布団の横に干し、台所の食器を片づけた。あさひのおむつを交換し、ミルクを作って飲ませ、子供部屋の掃除をし、海晴が出演する天気予報をチェックすると昼から急に崩れる模様とのこと。昨晩の予報と全然違うじゃないの、とぶつくさ言いながら急いで布団だけ取り込んでおいた。
 10時。午後の予定を繰り上げて散歩。近所の公園で乳母車を休め、虹子と青空を遊ばせた。
 11時。むずかるあさひをあやしているうちに、虹子と青空がおもちゃの取り合いでケンカし始めたので、間に入って仲直りさせ、落ち着いたところで昼食の支度にかかった。
 12時。皿を抱えるようにして焼きそばを食べる幼児達の面倒をみながら、小さなタッパに入った残り物のおかずをいくつか片付けた。
 13時。雨がぱらつき出す前に洗濯物をすべて取り込み、リビングに戻って幼児達を昼寝させ、あさひの様子を確かめてから母親もその横に寝そべった。
 14時。学園の先生に電話をかけて、綿雪の今日の様子を教えてもらい、無事だったことに安心しつつ子供達のおやつの用意をした。
 15時。帰宅する小学生達の手洗いとうがいとランドセルの片付けをさせて連絡帳をチェックし、体操着と割烹着を洗濯機に放り込み、宿題を始めさせた。
 18時。吹雪の顔が赤いので熱を測り、大丈夫そうだけど他の子にはそろそろ厚手の冬物が要るかしら、と相談しながら大きい娘達と夕食の準備に移った。
 19時。3つの鍋をテーブルに並べて、それぞれのグループに鍋奉行として春風・蛍・氷柱を配置。幼児達を霙に任せて、台所から追加の具を運び、途中であさひが泣きだしたので対応した。
 20時。母親と霙が自分の食事を済ませている間に、春風と蛍が食器を洗い、ヒカルと氷柱が幼児達を入浴させ、巡がまだ宿題の終らない立夏達の面倒をみていた。
 21時。幼児達を寝かしつけたのち、最近売り出し中の若手芸人が登場するテレビ番組を観ながら、その真似をする立夏と星花に一同ツッコミ。風呂の順番が来てもなかなかテレビの前から離れられない小学生達に強制執行した。
 22時。いつもこの時間になって自分の宿題にとりかかる余裕ができる巡の部屋に、春風がココアを運ぶのを横目に見ながら、母親は明日の買物のリストをこしらえた。
 23時。残業でくたくたになって帰宅した海晴に、母親は夜食を作ってやりながら、化粧のノリは問題なかったけど、どうして予報がコロコロ変わるのよ、と問いただし、長女をうんざりさせた。
 24時。風呂を片づけて子供部屋を見回り、戸じまりと明日の弁当の下ごしらえを確認し、幼児達の様子をみながら床に就いた。
 2時。あさひの夜泣きに飛び起きて、しばらくあやして寝付かせた。
 そして、再びいつもどおりの朝5時。
第22話 「思いどおりに生きてごらん」 (海晴 11/26
 12月の夕方。春風、蛍の買い物につきあわされた巡は、街頭で海晴が天気予報の生中継準備をしているところに偶然出くわした。やじ馬がこの新米アナウンサーをけっこう知っていることに三人が感心していると、周辺整理バイトの男がいぶかしげに近寄ってきた。「お前、巡か?」小声で尋ねたその男は、巡が世話になった施設のケンカ仲間、一郎だった。久しぶりの再会に驚く暇もなく、中継作業が始まり、一郎は巡達と並んで海晴をうっとりと見つめる。そのとき蛍が「海晴お姉ちゃん、とっても綺麗ね」と呟いたのを、一郎は聞き逃さなかった。
 その日は撤収に追われたものの、携帯電話番号はきっちり交換していたために、巡は「訪問させろ」としつこい一郎の懇願に攻め立てられる。外で会うならともかく、と渋る巡に、事情を春風から伝え聞いた母親は、巡の旧友なんだから遠慮はいらない、と来訪を勧めた。それじゃあ夕飯でも一緒に、と巡の嫌々ながらの連絡に、海晴に会いたい一心でやってきた一郎だったが、さすがにきょうだいの人数に圧倒される。しかし、かつて巡を辟易させた調子の良さを発揮して、たちまち一郎は姉妹のご機嫌取りをしながら御馳走にありついた。氷柱や麗は無愛想なままとはいえ、一郎が繰り出す巡のエピソードには一同身を乗り出して聞き入り、巡は必死に話を邪魔しようとするが果たせず頭を抱えた。
 一人を除いて楽しい時間が過ぎ、「泊っていけば」の誘いを一郎が断わるはずもなく、巡の部屋に布団を敷いてもらうことになった。うんざりした巡がベッドに潜っても、一郎はかまわずニヤニヤと姉妹の可愛らしさや海晴の素晴らしさを褒め称え、巡の境遇をうらやましがる。お前にだって姉ちゃんいるだろ、と投げやりに言い返すと、ばかあんなのと一緒にすんな、と酷い口ぶり。お前の面倒みてくれてる人にその言い草は、と気色ばんだ巡は、姉がこの夏に結婚したために今は一緒に暮らしていないことを知らされた。そうだったのか、と口ごもる巡に、一郎は、まあ一人暮らしは気ままだぜ、その点お前はたしかに大変かもな、まあいつか俺が海晴さんをもらってお前の義兄さんになってやるからよ、と笑った。
 翌朝早く、バイトのために帰ることとなった一郎は、巡の見送りだけで静かに出ようとするが、すでに起きていた母親が呼び止めて弁当を渡した。これからも巡をよろしくね、とほほ笑む母親に、一郎はいつものような調子のよさを失い、重たい弁当を両手で捧げ持ったまま「もちろんです……ごちになりました。」と頭を下げた。去ってゆく一郎の後姿を見送りながら、巡は昨晩の話を思い出す。自分を受け入れてくれたこの家族も、やがて別れ別れになる日が来る。そのとき自分はどうするのだろう。一郎の小さな影に寂しさを募らせて、巡は一人部屋に戻る気になれず、中庭に歩み入った。花のない花壇のへりにしゃがみこみ、白い息が消えていくのを巡が見つめていると、いつの間にか背後にいた霙が、全てのものに定められた滅びの未来を告げる。振り返った巡が、言葉もなく身を起こそうとしたとき、霙は弟の頭をかき抱き、その耳元に顔を寄せて「迷っているなら、手をとるがいい……その時を、共に安らかに迎えよう。」と囁いた。思わず赤面した巡の目には、この姉の瞳がいつになく優しげに映った。
 いつも以上に気の入らない授業を終えて帰宅した巡は、おやつのどら焼きがなくなったと意気消沈した霙の姿に脱力する。捜索を手伝っているうちに、巡は、自分の悩みが馬鹿らしいものなのか、それともこの姉でさえ不意に失うことに耐えられないのだと考えるべきなのか、よく分からなくなってきた。そこへ仕事から帰った海晴は、「お母さんから買ってきてって言われてねー」とどら焼きと大福の包みを差出し、さらに弟妹から事情聴取してヒカルのうっかり間違いによる事故だったことを速やかに突き止めた。小さくなって詫びるヒカルを霙はうんうんと許し、海晴は罰として姉二人に茶を入れさせる。どら焼きを頬張る霙の向かいで、霙ちゃんはほんとこれ好きよね、と微笑む海晴の横顔に、巡は、自分から見て大人びた霙さえ子供扱いするこの長姉をあらためて頼もしく思うとともに、海晴がいなくなったあとの家の中の寂しさを、痛烈に感じた。
 翌日の夜、自室で気だるげに寝転がっていると、帰宅したばかりの海晴が乱入し、今日の放送に遅刻してノーメイクで出演したうえ説明も間違えてしまった、と嘆いた。ねえ聞いて聞いて、うわーんと泣き真似をする姉の姿が、昨晩とあまりに違いすぎて、巡は動揺したまましばらく姉の泣き言を黙って聞くばかり。そのうち、「海晴は世界で1番かわいいボクのステキなお天気おねーさんだよ、って言ってー」と姉が甘えだすと、普段ならこれでどぎまぎするはずところだが、(こないだ霙に慰められた自分が、その霙を慰めた海晴を今度は慰める番なのか)と考えるうちに、なんだか可笑しさがこみあげてきた。この幸せは永遠じゃないけど嘘でもない。だったらいま幸せな自分にできることをしておくか、と吹っ切れた巡は、間近に迫った姉の顔をひたと見つめ返して「海晴姉さんは、」と確信をこめて告げた。半分からかっていたはずの海晴は、逆襲をくらって「あら……」と照れてしまうが、すぐにきゃあと喜ぶと「ご褒美にイイコトしてあげるー!」と弟を押し倒し、悲鳴をあげさせるのだった。
第23話 「さわやかな日曜」 (全員) 12/3
 12月、金曜日の夜。クリスマスと年越の買出しにこの週末を費やす計画の姉妹は、二手に分かれてそれぞれの購入リストを作成する。立夏と星花はどちらに兄が加わるかで言い争うが、そこにバイトから巡が戻ってきた。出迎えた春風は巡のやや疲れた顔に気づくが、兄の両脇にひっついた立夏達のねーねーと甘える声に、巡は「両方は無理なん?」と前向きな返事。喜んだ姉妹は、じゃあこのさいみんなで巡くんとデートしましょう、と盛り上がり、土日に1グループずつお出かけすることにした。
 土曜日、クリスマスグループ出発。色々な店を回り、その場で買ったり予約を入れたりしながら、姉妹は巡と二人きりの時間を皆が持てるように計らう。青空はヒーローショーを観てはしゃぎ、敵幹部の登場に怖がって巡にひしと抱きつく。虹子はペットショップに入り、象さんはいないの、と店員に尋ねて困惑させる。さくらはおもちゃ屋でじっと動かず、迷ったあげくにお風呂で遊べるものを買ってもらう。真璃は靴屋に威張って向かい、よそいき用の可愛い赤い靴を選んでフェルゼンに買わせる。綿雪はどこに行きたいか言えずにいたが、巡が「クリスマスのじゃないけどな」と凧を見に連れて行くと、ぱっと顔をほころばせる。夕凪はおまじないの道具を探しているうちに、パーティグッズの仮面を発見して大笑い。立夏は下着売り場に兄を引っ張り込み、「これで勝負しチャオ」と大いに困らせる。氷柱は脳科学の本をいくつか手に取り、高価な専門書を図書館に入れてもらう算段をする。ヒカルは姉妹に「まあスポーツショップだな」と伝えていたが、巡と二人になってすぐに顔を赤らめつつ、じつはパフェが食べたいと告白する。霙は小さなプラネタリウムで星空を眺め、さんかく座の物語に耳を傾ける。
 買い物も無事に済ませたうえ、巡と楽しいひとときをそれぞれ共有できた姉妹は、満ち足りた気分で帰宅した。前半グループの土産話に明日は自分達も、と意気上がる後半の者達。春風もまた、美術展を二人で回れると期待していたが、そこに演劇部の友人から電話が入る。転んで骨折してしまったため、明日の舞台の裏方を急きょ手伝ってほしいというのだ。深く同情した春風は、泣き声の友人を励ますように「分かったわ、任せておいて」と二つ返事で引受けたが、こちらの買物に途中参加する余裕はない。電話を置いて押し黙る春風の様子に、巡は気づいて訊ねるが、春風は努めて明るく「明日、行けなくなっちゃった」と微笑んで、海晴の部屋に駆け込んだ。
 日曜日、年越グループ出発。観月は繁華街裏の小さな神社を参拝し、見えない何かに巡を紹介する。吹雪はクイズゲームイベントに巡の勧めで飛び入りし、主に妹のおかげで勝利して吠える兄の横で小さくガッツポーズをとる。星花はアジアショップで目を輝かせ、中国の旧正月の話をしつつ爆竹を探す。麗は鉄道模型をじっくり眺めた後、自分用の卓上カレンダー選びに腕を組む。小雨はマスコット店付近で迷子を見つけ、兄とミミちゃんと三人でお世話してあやす。蛍はコスプレ素材を購入しながら、巡に看護婦さんごっこは好きか訊ねてどぎまぎさせる。海晴は巡と腕をむりやり組みながらファッション界隈を楽しむが、ふと「そういえば」と美術展の会場案内を指さす。
 公演後、演劇部員と一緒にお見舞いに行った春風は、友人の親御さんに夕飯をごちそうになり、家まで送っていただいた。今日はちょっぴり残念だったけど、でもお役に立ててよかったな、と独りうなずいて玄関をくぐると、いつも以上に妹達が騒がしく出迎える。今日の楽しかった出来事を話したいんだろうな、と覚悟して笑顔を崩さないよう努めると、そんな報告もせずに手を引いて客間に連れて行く妹達。そこには、炬燵に入って画集を開いた巡が待っていた。おーお疲れと笑う巡は、その画集を春風に向けて、これ美術展のとこで買ってきた、俺この絵がけっこう好きかな、と差し招く。春風の背後から、海晴が「ケーキも巡くんが買ってきてくれたわよ」と微笑み、立夏が「それではあとは若い者同士ということで」と怪しい声色で笑う。自分のためにわざわざ場をしつらえてくれた心配りに、気づいた春風は頬を染めて「私、お茶を入れてくるね」とキッチンに足早に向かう。甘いケーキと紅茶と絵の話に舌包みを打ちながら、春風はこれがクリスマスの一足早い贈り物のように感じられた。
 しばしののち扉が開き、和菓子もあるけど、と氷柱がお盆を運んできたが、その足元をあさひがはいはいして侵入する。あ、こらと氷柱が抱え上げようとすると、春風は「そういえば、あさひも巡くんとお出かけできなかったものね」と両手を伸ばす。だぁだぁ喜ぶあさひに、氷柱も苦笑して客室を出ていくが、「うふふ、なんだかまるで新婚さんみたいね。お風呂三人で入ろうか?」と勢いよく春風が吹き、巡は茶を吹き、廊下には氷柱が盛大につんのめった物音が鳴り響いた。そしてリビングでは、私もデートしたかった、とふてくされた母親を蛍が慰めていたのだった。
第24話 「今日と違うはずの明日」 12/10
 12月20日、雨の夜。小学生の上履きを乾燥室に並べていた巡は、海晴の「ただいま」の声を聞いて妹達とともに出迎える。いつもなら笑顔か不機嫌な顔のどちらかをはっきり見せている海晴だが、今晩は何かぎこちない笑顔。クリスマスの準備にかかりきりの小さな妹達は、それに気づかず姉の手をひっぱっていくが、巡とヒカルは無言で顔を見合わせた。
 皆が寝静まる頃、リビングの海晴は母親と差し向かいで話を打ち明ける。来年から正式なアナウンサーに昇格する口があるのだが、遠方へ転勤するという条件がついているというのだ。しばらくすればまた戻れるみたいだけど、と頬杖をつく海晴に、母親は娘の意思を静かに訊ねる。海晴は眼を伏せて、まだ決められないわぁ、と言葉を濁すが、母親は優しく、しかし毅然と、あなたの人生なのだからね、と諭した。廊下の陰からこっそり様子をうかがっていた巡とヒカルは、お互いの口元をおさえたまま慌てて巡の部屋へ逃げ込む。巡は、ようやく得た家族がまた昔のように自分のそばからいなくなるかもしれない、という恐怖に震え始めてしまう。だが、すぐそばで姉の夢がかなうことの喜びを訥々と呟いていたヒカルが拳を握って寂しさをこらえているのに気づくと、巡は手の震えを抑えてヒカルの頭をそっとかき抱き、無理すんな、とささやいた。
 翌日、登校した巡とヒカルが授業に集中できずにいた頃、テレビ局では海晴が迷うそぶりも見せずに今日も明るく仕事に就いていた。海晴が転勤するかもという噂は早くも周囲に流れており、一郎を含むバイトの男どもも、昼食をかきこみながらこの人気者が遠くに行ってしまうことを嘆きかわす。一郎は肩を落としつつ、「海晴さんの家ってすんげえ大家族でさ、妹達がもう1ダース以上もいんのよ。あの子たちの面倒みてくれる優しいお姉さんがいなくなっちまったら、そりゃ大変だよなぁ」と、同情しながら自分が海晴のプライベートを知るほどにまで親しいことを仲間にアピールする。初めて聞く話にバイト仲間は驚き身を乗り出すが、空とぼけながらまんざらでもない一郎のにやけ顔は、背後から聞こえた「私も詳しく聞きたいね」との野太い声に不意を突かれた。
 仕事を終えて帰宅の途に就こうとする海晴は、評判のよくない上司に呼び止められる。在京のままでアナウンサーになれる、と切り出したその話は、代わりに海晴の家族生活で感動ものドキュメンタリーを作らせろ、というものだった。20人もいるなんて面白いねぇ、ま、一回限りだから、と上司は勝手に話を進めたあげくに立ち去り、残された海晴は感情を抑えることができずにいた。その様子を隠れ見ていた一郎は、大変なことになった、と浮足立って巡に電話しようとするが、まさか自分のせいだとは言えず怖くなって躊躇する。そのとき巡から偶然にも着信し「何か知らないか」と尋ねられて、たまげた一郎はとっさに都合よくはしょった事情を伝えた。
 帰宅した海晴の部屋を巡とヒカルが訪れ、昨晩盗み聞きしてしまったことを正直に話す。かっとなって叱ろうとする姉に、ヒカルは詫びながら、海晴姉さんが思うとおりにしてほしい、妹達は私達が面倒みるから大丈夫、と告げる。巡もうなずきながら、震える手を背中に隠す。しばし目を閉じていた海晴は、やがて爽やかに微笑み二人の頭を撫でると、心配してくれてありがと、でもべつに転勤する気はないから、と明るく答えた。こないだも遅刻したりとちったりしちゃったから、もうしばらく修行しないとね、と。巡はほっとしたはずなのに、なぜか「でも、せっかくのチャンスなんだろ」と言い返してしまう。この姉が自分達のために夢を我慢するくらいなら、そんな素晴らしい姉のために自分達が何かしたっていいはずだ。「俺達の番組、いっぺんだけ作らせればいいんだろ。そうすれば姉さん、こっちに残ったまますぐアナウンサーになれるんだろ。だったらそのくらい、」ヒカルが止める間もなく感情の高ぶるままにまくしたてた巡は、海晴に初めて怒鳴られた。
 頭を冷やしにベランダへ出た巡は、凍える夜空へ向けて白い息を吐く霙の後ろ姿に迎えられる。懐のどら焼きを半分さし出しながら、霙は、自分がさくらくらいの頃に迷子になったとき、迎えにきた海晴がなぜかこれをひとつくれた、と述懐する。無言でどら焼きをかじっていた巡は、これうまいよな、と一言答えて、残りのかけらを口に詰め込んだ。
第25話 「翼をください」 12/17
 12月22日。家族をドキュメンタリー番組のネタに、という話を断った海晴だったが、せっかくの妙案を小娘に拒否されたと感じた上司の嫌がらせによって、たちまち職場での風当たりが強まる。巻き込まれたくない者達はこそこそ遠ざかり、孤立無援の海晴がそれでも胸を張って頑張る姿を、一郎は物陰からただ見守るばかり。今後の成り行きを心配するバイト仲間と離れて、一人で昼食をとる一郎は、広げたいつもの安っぽい仕出し弁当に、あのときの心づくしの弁当を重ね見る。「俺……とんでもないことしちまった……」眼前の海晴と脳裏に浮かぶおばさんや巡の顔に耐えられず、冷たい飯のうえに悔恨の涙がひたすらこぼれた。
 そんな一郎を、今までも顎でこき使っていた嫌なスタッフが呼びつけて、海晴の家がどこにあるか教えろ、と命令する。事情を探り、海晴の意向と関係なく番組ネタに使えると分かれば例の上司に御注進するつもりなのだ。口を割るまいとする一郎を、スタッフは生意気だと脅し襟首を掴む。クビにしちゃってもいいんだよ、とあざ笑うスタッフに、あんたも自分のクビを心配すれば、と不祥事暴露を匂わせて退散させたのは、報道ヘリの雇われ女性パイロットだった。腰の抜けた一郎を立ち上がらせつつ、情けないけどまあ頑張ったねぇ、男の子だもんね、と苦笑して去るその赤毛美人の後ろ姿に、一郎はしばし見とれ、そして自分のすべきことに思いをいたすのだった。
 巡の家では、クリスマスパーティの準備にいそしむ家族のなかで、巡とヒカルが意気上がらず、事情を知らない者達を不審がらせていた。そこへ一郎から携帯電話に着信、巡は友人のくぐもった声を訝しみつつ、頼まれるままに母親と替わる。電話を切った母親は、明日午後に一郎くんと話をしてくるよ、と巡に耳打ちし、年長の娘達には急用とのみ伝えて休日の年少者のお世話を任せた。やや頑張りすぎた綿雪の微熱を心配して、氷柱はさっそく寝床に連れていく。入れ替わるように帰宅した海晴は、いつもの笑顔でさえ疲れを隠しきれなかった。
 23日午後。バイトの合間を抜けた一郎は、テレビ局近くの喫茶店で巡の母親と待ち合わせ、事情をすべて打ち明けテーブルに頭をついて詫びる。丁寧に包んだ弁当箱を両手で差し出しながら、恩を仇で返しちまって……と涙声の一郎に、母親は「よく話してくれたわ」と微笑み、これはまたうちに来るときに持ってきてね、とそっと押し返す。どっとこみあげた一郎の携帯電話に、姉から緊急を告げる連絡が入る。夫が出張中なのに、予定よりも早すぎる陣痛が始まったというのだ。近くに頼れる親類もいないと知った母親は、すぐに心を決めて一郎の姉に付きそうことにした。自分も一緒に、と立ち上がった一郎だが、これでバイトを休めば解雇される。その躊躇を見てとった母親は、このお産のプロに任せておいて、その代わりに職場の海晴をみててあげて、と頼んで店を出た。
 連絡を受けた巡は、母親が今晩は戻れないことを姉妹に伝える。動揺した妹達も、一郎の姉のお産のためだと聞くと、クリスマスがお誕生日になるかも、などと言いつつ赤ちゃんの無事を祈る。しかし、そこへ買い物から帰った春風達は、家に入ろうとしたとき見知らぬ男性に呼び止められ家族構成などを訊かれた、と不安顔。窓からも確認できるその怪しい人影にピンとした巡は、追い払おうと玄関に向かうところをヒカルに止められた。何かおかしいと感じた姉妹は二人を囲んで問いつめ、やむなく巡は海晴の事情を明かす。姉妹は驚き、プライバシーの侵害だわ海晴姉様に何てことをと憤る者もあれば、むしろお姉ちゃんのために協力してもいいんじゃないのついでにテレビに出られるし、と言う者もあり、意見が衝突して火花を散らす。氷柱は勢い余って、だいたいあなたがあんなのを連れてきたせいじゃない、と巡をなじってしまい、春風に叱咤される前にはっと口をつぐむ。巡はただうつむいて、たしかに俺のせいだ、と声をつまらせるが、霙は違う、と首を振り、どのみち姉さんは転勤するかどうかで悩んでいたのだから、ととりなした。
 ではどうするか、と沈んだ空気のなか、いたたまれなくなった氷柱は、ともかく外から覗かれないよう家の窓サッシを全部閉めてくる、と居間を離れる。難しい顔をしていた観月がキュウビとともにはっと頭を上げた瞬間、氷柱の声が響いた。駆けつけた巡達は見たものは、身をかがめて必死に妹の名を呼ぶをかける氷柱の下で、目を閉じ汗をびっしょり浮かべか細い息であえぐ綿雪の姿だった。救急車で運ばれた病院での検査の結果、きわめて危険な状態のため駿河湾上の小島にある総合先端医療センターへただちに移送しなければならないと判明。別の病院に付き添った母親とは携帯電話での連絡がとれず、綿雪のそばにいるのは霙と氷柱、そして巡のみ。すでに夜、しかもあいにくの悪天候ともあって、素早い移送の手配もつかず焦りがいっそうつのる。表情を消した霙と対照的に、妹の手を握ったまま涙にくれる氷柱は、綿雪の口元が動いたのに気づいた。耳を寄せると、兄を呼ぶかすかな声。替わった巡の目の前はすでに白い靄で覆われはじめ、耳鳴りは轟き、手は小刻みに震え続ける。その手に額を撫でられながら、綿雪は精一杯のわがままを込めてささやいた。「ユキがいなくなっても、雪が降ったら、ユキのこと思い出してね、お兄ちゃん……」
 その言葉に、巡の胸は止まり、そして憤然と再鼓動した。青い顔を朱に染め直し、「やだね」と呟いて自分のお守りを妹の手に握らせ、その上から自分の両手でしっかと包み込む。「約束したろ。今度の正月も、一緒に凧揚げするって」力強い兄の言葉に、綿雪も瞼をもう一度開けてその顔を見つめる。「来年も、その来年も、その次の正月も。ずっと、ずっとだ。俺は綿雪と一緒にいたいんだ。お前達と一緒にいたいんだよ。だからユキ、あきらめるんじゃない。お前をいかせるもんか、俺はお前のそばにいる、病気なんてユキと俺でやっつけてやる!」「ちょっと、ユキを治すのはこの私よ!?」気弱になっていた氷柱が思わず叫び返したとき、綿雪の口元はわずかにほころび、小さくうなずいた。消えそうな脈もいくぶん力を取り戻したのを見て、霙は普段の態度を捨ててこの弟に賭ける覚悟を決めたのだった。
第26話 「贈る言葉」 12/24
 23日の夜。家に戻り入院等に備える霙と別れて、巡と氷柱は綿雪の付き添いとして救急車に乗り、雨の東京駅に向かう。待機していた駅員が医者とともに綿雪を担架ごと新幹線に運び入れ、一同は静岡へと出発。ひとごこち付いた医者が静岡駅への救急車手配を確認したとき、こともあろうに小田原から先が新幹線・在来線ともに不通という最悪の情報が入った。血の気の失せた氷柱がさらに蒼白な綿雪の手を握りしめる横で、巡は躊躇なく携帯電話で家にいる麗を呼び出す。事情を聞いて呆然とする麗に、巡は「別ルートを教えろ。お前が頼りだ」と怒鳴って切る。その横顔を真っ赤な目で見あげる氷柱を、巡は「お前も考えろ。まだ手はあるはずだ」と励ました。
 家では、麗と吹雪が時刻表とPCに首っ引きでルートを探すものの、どれも時間がかかりすぎる。せめて御殿場線が本線だったら、いやそれもいま駄目だし、とパニックに陥りかけたその瞬間、再び電話が鳴り響く。受話器をとった春風の耳に、テレビ局の姉の声が響いた。一郎から母親が不在であると伝えられた海晴は、家の様子はどうかと思ってかけたのだが、予想だにしない成り行きに携帯電話を落としかける。そばで見守る一郎は一大事を察して海晴に事情を話させ、なけなしの頭で一計を案じると、あの嫌味なスタッフに揉み手ですり寄った。海晴の妹が危篤なのに立ち往生している、そこで報道ヘリを使用させてほしい。ただし、今晩の映像をクライマックスにして、後で撮影する家族の日常の姿を前にくっつければ、すごい感動ドキュメンタリーになるはずだ、と。そのアイディアに乗り気になるも、しかし責任を取りたくないスタッフは、上司の許可を得ないと、と手続きを盾にする。そのうえ時間に逼迫する海晴の弱みにつけこもうと企んだとき、赤毛のヘリパイロットが、今晩のフライトは絶対無理だと喚きながら通りがかる。舌打ちをして立ち去るスタッフに、一郎と海晴はすがる言葉もなくうなだれるが、二人の肩に手を置いたパイロットは、「まあ、並みのパイロットじゃ無理ってことなんだけどさ」とにんまり笑った。
 妹を信じて待つ巡に、ついに麗からの指示が届く。新横浜駅で降りて近隣の競技場へ。悲鳴のような怒鳴り声に、巡はありがとよあとは任せろと返して一行に伝える。新横浜駅のトラックに乗って競技場に到着した巡達の頭上を越えて、ヘリが爆音を轟かせる。一郎に支えられてフィールドに降り立った海晴は、弟妹にてきぱきと指示を下す。巡は、自分に殴られる覚悟でいる一郎に声をかけられずにいたが、一郎くんここまででいいわ、ありがとね、との海晴の声に、「あんがとよ、叔父さん」と肩をどついた。やめろよ俺はまだ若いんだぜ、と泣き笑う一郎は、綿雪ベッドの搬入・固定を手伝ってからフィールドに戻る。氷柱は感情を押し殺し、搭乗人員は少ない方がよく、自分よりもすでに成人の姉の方が保護者として相応しいと考え、同行者の席を譲ることにした。妹の想いの深さを誰よりも知る姉に抱きしめられて、氷柱も涙をあふれさせ、嗚咽まじりに巡に向き合って「悔しいけど……ユキを、お願い」と告げる。巡は黙ってうなづき、氷柱が片側の髪をほどいて差し出したリボンを受け取った。雨降りしきる夜空へ舞い上がるヘリを見上げて、氷柱は唇を噛みしめ、横に立つ一郎がおずおずと「送っていくよ」と申し出る声につい激情が爆発して渾身のストレートをたたき込んだ。
 聖夜を前に彩られた街の上、ヘリは闇夜を縫って飛ぶ。揺れる機体の中で医者の手伝いをしていた巡と海晴は、わずかな猶予を得て一息つく。なおかぼそい息の下、懸命に生きようと闘う綿雪の手には、巡のお守りをこぼさないように氷柱のリボンが柔らかく結ばれていた。巡は、肩にもたれる海晴の温もりに、この姉の夢の実現が遠ざかってしまったことを痛感する。話しかけようとして言葉に詰まる弟に、海晴は、こないだは怒鳴ったりしてごめんね、と切り出し、自分がどうしてこの職業を目指すようになったかを語り聞かせる。幼い頃、外で遊べなくてつまらない日に、テレビごっこでお天気キャスターやアナウンサーの真似をすると、いつも霙達が喜んでくれた。みんなが知りたいおやつのニュース、今夜のおかず予報、明日のラッキーカラー、近所の子猫の噂。自分が人を幸せにできるんだって、そう思えて嬉しかった。みんなを笑顔にできるニュースを届ける人になりたい、そう思ってこの道を目指した。だから、たとえ夢がかなったとしても、私を最初に観てくれてたあの子達の一番大切な笑顔が消えてしまうのなら、何にも意味ないの。「だからね、」海晴は綿雪と巡の手に自分の手を重ね、「これでいいのよ。」
 それでも胸のしこりを消せない弟に、海晴はマイクを握った素振りで「こんな海晴お姉さんについて、どう思いますか?」とインタビュー。はっとした巡は、その悪戯っぽい微笑みにつられるようにして、「アーまあそうですネ、リッカのお姉ちゃんだからチョー立派で当然でしょー」と立夏の真似で応じる。おや、と片眉を上げた海晴は「なるほど、ではお隣のごきょうだいの方はいかがでしょうか」と続け、巡は姉妹の一人ずつを真似して、姉をくすくす笑わせる。「ユキは、氷柱お姉ちゃんの次に好きです。」「それじゃ最後に、キミはどう思う?」訊かれた巡は、姉をまっすぐ見つめて「世界一素敵な、大好きな姉さんだよ」と答え、海晴は輝く笑顔で「ありがと。以上、世界一の家族より中継でお伝えしました!」と結んだ。
 笑う小声が聞こえたか、綿雪の容態も悪化せぬままに、ヘリはついに駿河湾の小島へと到着。医療センターのヘリポートへ降り立ち、綿雪を医療スタッフが下す間に、海晴は辣腕パイロットに声をかけた。感謝の言葉に続けて、でもあなたにも迷惑を、と詫びようとするのを遮って、パイロットは「大家族なんだね。きょうだいたくさん」と振り返る。ええ、とためらいなくうなずく海晴に、赤毛の女性は、嫌いじゃないよそういうの、とにんまり笑い、海晴も「……ありがとっ」と笑顔で返した。そうして無事に搬送され手術室へと運び込まれる綿雪を姉とともに見送りながら、巡は家に連絡するため院内電話を借りようとインターンらしき青年に尋ねる。こまごまと案内してくれたその青年の胸のネームプレートには、「海神」と記されていた。
 明けて24日。一睡もしていない氷柱が、真っ先に受話器をとったとき、その向こうから届いたのは、手術成功との巡の涙声だった。へなへなと座り込んだ氷柱は嬉し涙にむせびながら、綿雪が待ってるから見舞いに来い、との兄の言葉に、うん……うん……とただうなずいた。電話を切った巡が鼻をかんでいる横で、海晴は固い面持ちで職場へ連絡を入れようとする。その指をそっと押えて、ちょっとお話いいデスカ?と割り込んだのは、後ろにあの赤毛のパイロットを連れたレポーター風の八重歯の女性だった。

 そして、時は流れて翌年の4月。この春のうちに医療センターのある小島へと移り住んだ一家は、初登校の日を迎えて朝から大騒ぎ。特別クラスに編入された氷柱は、黒い制服の着こなしを綿雪にもう一度確かめてもらう。中1になった立夏は、真っ白な制服を翻して駆け回り、春風に叱られる。ケーブルテレビの画面では、ニュースキャスターの海晴が今朝も視聴者に優しく語りかけ、そのさわやかな笑顔に見とれる一郎の横で、ADの山田がやはり鼻の下をのばしてくねくね悶えていた。巡を取り囲むようにして登校する子供達を青空とあさひとともに見送った母親は、郵便受けに2通の手紙を見つけた。1通は、一郎の姉から届いた赤ちゃんの写真入りのハガキ。もう1通は、伯父達と一緒にもうじき帰国するという夫からのエアメール。あらまあと嬉しそうな母親は、一緒に帰国するだろう15人の従姉妹の存在を巡にまだ話していなかったことに気づく。また女の子ばかりだなんて知ったら、あの子どんな顔するかしら。「そうねぇ、『そんな馬鹿な!?』、なんて言うかしら……?」
 くしゃみする巡に世話を焼きながら、学園へとエスカレーターで昇っていくきょうだい達。島の頂上では、マッキー像の足元でフレディと戯れる少女が、このプロミストアイランドに吹く優しげな風に黄色い帽子をなびかせていた。(終)


etc.に戻る
topに戻る