パットンズ・ベスト  (VG/ホビージャパン)


 シャーマン戦車の苦闘を描くソロプレイ用シミュレーションゲーム。
 ゲーマーの不幸にも色々ありますが、ぼくがとうとう逃れられなかったのは、「対戦相手がいない」というもの。どっぷりはまっていた高校時代までではサークルを探すこともなく、親しい友人もさっぱり興味を示してくれず、やがてぼくもTRPGの道に踏み行ってしまうわけですが、それはともかく。そんなぼくにとって、ブラインドサーチシステムのゲームなんて親の仇みたいなものでしたが、逆に救いの女神になったのが、『アンブッシュ!』に代表されるソロプレイ用作品でした。普通の2人用ゲームだって1人で遊べますし、気合いさえあればビッグゲームのキャンペーンだってできますけど、この「1人用」作品というのは、最初から1人で遊ぶためにシステムが作られているわけです。いわば、1人ブラインドサーチシステムみたいな。現在ならばコンピュータ用のシミュレーションゲームソフトがこれを実現していますが、当時のボード作品では、コンピュータが行うランダムチェックや敵軍の行動決定などを、全部プレイヤーがチャートやダイス、ソースブックなどを用いて行います。こう書くと面倒くさそうに見えますが、事実面倒です。それでも遊んでしまうソロ作品の名作の一つ、それが昔発売されたこの『パットンズ・ベスト』です。

 パットンズ・ベスト。パットンとはご存じ第二次世界大戦で最も有名なアメリカ陸軍の将軍であり、その名を冠した作品があるくらいです。 彼が指揮し愛した第3軍の中に、ひときわお気に入りの部隊がありました。それが第4機甲師団であり、それゆえ部隊の俗称が「パットンズ・ベスト」と呼ばれるようになりました。
 部隊の戦闘力というものは、たんに兵器のカタログスペックで推し量れはしません。兵士や士官の質、部隊編成、訓練、補給、他の戦力との連携、そういった多様な要素がからみあって決定されるものです。米英の機甲師団は、たとえ個々の戦車の能力がドイツの装甲師団のそれに劣っていたとしても、また兵員の質が当初下回っていたとしても、補給の充実、砲兵や空軍との協力、戦闘による熟練などにより、最後には総合力で勝っていきました。要はこの総合的な力が問われるのであり、それ以外の問題はきわめて微少な、取るに足らない……
 FUBAR! 大局的にみればそうであっても、実際に戦場で戦って死んでいくのは個々の兵士達です。そして、敵よりも大きく劣る戦車で戦わされるのは、誰にとっても嬉しいものではありません。そう、この作品は、華々しいパットンのエリート部隊に所属する1両のシャーマン戦車、そしてそれに乗り込む5人の戦車兵が、いかに辛くみじめな戦いを生き残ろうとするかをシミュレートするのです。

 まずコンポーネントを見ると、マップは当然馴染みの地形図ではなく、集落や開墾地、森林などのブロックで分けられた抽象的なもの。確かに兵士にとっては、戦う場所がどんな地名でどんな歴史をもっているかなんて、生存のために知る以外にはどうでもいいことです。いつまで続くか分からない戦争、どことも知れない戦場、でも間違いなくドイツ兵はいる。それだけで十分すぎます。このマップのランダムに指定された場所から朝方入り、夕方までに出る。これが自分達の属する部隊の移動予定を示しますが、できれば移動なんてしたくありません。でもしないと負けてしまうので動くと、ランダムに敵部隊が出現します。敵の数、種類はもちろん、自分がいる地形、その日の天候、自分の戦車の砲弾数など、ほとんど全てがランダム決定。あまりに不運な結果が出た場合、兵士の気持ちがちょっとだけ分かります。ドイツ軍を呪い上官を呪い神を呪いダイスを振った自分の右手を呪い、それらをたった一言で叫んで突撃あるのみです。
 とは言ったものの、突撃なんてする気にはなれません。いや、ぼくだってやる時は勇猛果敢にやりますよ。例えば、敵がトラックしかいない時とか。敵戦車がこちらに尻を向けている時とか。つまりチキンです。チキンにならざるを得ないのです。最初与えられる戦車は、最初期型のM4シャーマン。主砲は75mmのすごいやつ(棒読み)。この主砲、HE弾(榴弾)で機関銃部隊だのトラックだの非装甲ユニットを叩く分にはまあいいのですが、装甲車両を狙うととたんにぶち抜けなくなります。4号戦車の正面がこんなに堅いなんて。しかもこの主砲短いものですから、距離が開くとそもそもAP弾(徹甲弾)が当たりません。「この戦車ではやつらには勝てない!」そんな叫びがこだまする時はどうしたらいいのか。そんなときゃそうさ逃げるのさ。
 マップ移動で敵に遭遇した場合、戦闘用のボードに移行します。ここでは、中央に自分の戦車を置く場所があり、その周囲にぐるりと3重の同心円が描かれています。つまり、自分の戦車から見た敵ユニットの位置を、このボード上に示すわけです。敵の種類は、弱い歩兵から強すぎる88mmPAKやティーゲルまで様々。後者が出現してしまった場合はどうするかというと、後退して逃げたり、煙幕を張ったり、敵の側面に移動しようとしたり。しかし敵も動いていますから、うまく側面をとれるとは限りませんし、運が悪いとキャタピラが故障します。敵は自分の戦車を狙う以外に、他の味方戦車を狙うこともあり、損害が大きければ勝利ポイントを失います。もちろんティーゲルを撃破すれば相当なポイントが入りますが、M4でどうしろと言うのでしょうか。
 しかし、全く絶望的というわけでもありません。まずマップ移動のさい、あらかじめ砲撃や航空支援を要求しておくことができます。これは時間がかかるうえ必ず得られるとはかぎらない(天気が悪いと飛行機が飛ばないし)のですが、やっておくにしかず。相当運が良ければ、ヤーボの攻撃で敵戦車を破壊することも可能です。実際、一番頼りになるのは自分よりもこいつらです。また、ボード上をうろうろ動いている間に、味方の誰かが敵を撃破してくれる可能性もあります。これらは全部ランダムに決定。一応ダイスを振るのはプレイヤーですが、それにしても他人任せの戦闘だとしみじみ感じます。

 まあ、逃げ回るにしても頭の使いどころはあるわけで、移動する時に車体を隠せるようにしたり、煙幕や機銃をうまく用いたり。戦闘時にはボードの他に、自分の戦車の上面図を使用し、ここに搭乗員(車長、砲手、装填手、操縦手、副操縦手)の行動や視線をマーカーで表示します。普段はハッチ全開で敵の視認に全力を注ぎ、いざ敵を発見したら、ハッチを閉めて各自の役割に専心する。それぞれの兵には練度があり、各行動の修正に関係します。生き残り続けられればこの数字は上昇する可能性があり、戦う中で鍛えられていく様が見て取れます。しかしその過程はチキンそのもの。弱い敵を蹂躙し、強い敵をやりすごし、味方の支援にすがり、危なければ逃げ回り、生きるために最善を尽くす。しかし、どんな努力をしようと優秀な兵員であろうと、それでも出目が悪ければ、対戦車砲による攻撃−命中−貫通−砲弾誘爆とか、パンツァーファウスト命中−車体爆発とかで、あっけなく死んでしまうのがこの作品です。戦車兵が見た戦争の真実を、見事に示し得ていると言えましょう。

 それにしてもシャーマンは弱い。機械的信頼は高かったそうですが、装甲も主砲も貧弱きわまりなく、80年代のM1エイブラムス開発まで戦車後進国だったアメリカの原点がここにあります。追加装甲代わりに土嚢を積んで、パットンに怒られたというのも宜なるかな。しかし、大戦中にアメリカも手をこまねいていたわけではありません。主力戦車として役不足なシャーマンを改良し、もう少し戦えるものを造りだそうと努力を重ねていたのです、一応。「シャーマンはもういいからパーシングを早く完成させろ」と叫びたいのはまあこらえることにして、戦場音楽が止むのを待つと、76mm砲搭載型のイージーエイトやシャーマンジャンボに乗り換えられる可能性があります。それでもパンテルなどには到底及びませんし装甲もおぼつかないにせよ、ようやく戦いになるという高揚感が溢れてきます。でも実戦でやることは同じ。しかも対戦車戦闘力は向上した代わりにHE弾の威力は下がっていますから、今度はPAK潰しに苦労することになるでしょう。
 なお、おまけユニットとしてファイアフライが用意されているのですが、この17ポンド砲の威力を見ると、英軍が心底羨ましくなります。ただし、あまりいい戦車に乗っていると敵から狙われやすくもなるので微妙なところです。また、せっかくの車両変更なのに運悪く75mm主砲のM1A1とかが当たったりすると士気喪失しかかりますが、シャーマンの様々な型式を並べてみると、いかに細かな改良がほどこされていたのかが分かります。ハッチが増えたり、新型砲弾が開発されたり、スタビライザーが搭載されたり。しかし砲弾誘爆で全滅した経験があるぼくが一番嬉しかったのは、何と言っても湿式弾庫の登場でした。

 駄目ながらもちまちま改良を重ねていくシャーマン。そのわずかな改良の陰には、多くの戦友の屍があるのでしょう。しかしプレイヤーは、そんな改良に喜び、それでも棺桶のようなシャーマンにありったけの罵声を浴びせて、愛憎とりまぜて戦争をくぐり抜けていきます。生きてこの地獄から出られるかどうかは、戦場での運次第。より正確に言えば、戦場に出るかどうかも運次第なのですが。
 ゲームの準備を終えたプレイヤーが最初にすることは、第4機甲師団がノルマンディで作戦行動を開始した44年7月のコブラ作戦で、自分の所属する部隊が戦闘に参加したかどうかを判定するランダムチェックです。このチェックは、毎回の作戦行動が終了し、再編成を終える度に、史実の師団行動表に合わせて毎日行います。ノルマンディからの突破、メッツ周辺での苦闘、そしてバストーニュ救出。西部戦線の大きな流れの中で、我が戦車兵達も日々戦い、あるいはうまく戦わずにすませていきます。大きな作戦ではさすがに参加する確率が高く、その時には否が応でも勲章の一つも獲得することになるでしょう。それも英雄の証明というよりは、生き残った結果偶然付随した出来事にすぎません。戦争も終わる頃には南ドイツからチェコへの突進、これを阻むドイツ軍もとうに組織的抵抗をやめ、盛り上がりに欠ける勝利の瞬間へとひた走ります。でもクライマックスはない代わりに、アンチクライマックスは存在します。運が悪いと、あと1日で終わるという時になって戦場にかり出され、たいした敵軍もいないのにたまたまパンツァーファウストにやられて名誉の戦死を遂げてしまうのです。
 欧州の解放と勝利の直前に、どことも知れぬ戦場でひっそりと死ぬ戦車兵。家に帰るためだけに戦ってきた男の、これが終戦でした。

 なるようにしかならない、いえ、なるようにすらなかなかならないこの作品。純粋に確率を楽しむゲームと割り切らなければ、次第に欲求不満がたまっていくのは否めないところです。これは、昨今のコンピュータソフトなら瞬時であろうランダム決定を、延々とダイスで繰り返さなければならないという煩雑さにも感じるところです。しかし、ぼくはこの作品が描く戦場に、そのどうしょうもない宿命論的世界に、一つの真実を見出し、理屈を突き抜けた爽快ささえ感じます。これはまさしく、戦車兵の感情をシミュレートするのにうってつけの作品と言えるでしょう。
 逃げ出したくても逃げられない戦場でできるだけ身を守り、使えるものは何でも使って、戦争が終わるのをひたすらに待つ。こんな戦車兵達が実際に世界中で戦ったのがあの戦争でした。そして、こんな彼らが乗るM4シャーマンよりもさらに小さいM5ステュアート、にすら敵わない豆戦車で挑まされた日本軍戦車兵の姿を想像するに、悲しみとともに乾いた笑いが沸き上がってくるのです。


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