装甲擲弾兵
東部戦線    (エポック/国際通信社


 欧州戦線の戦いを小-中隊規模ユニットで描く戦術級ゲームシリーズ。
 『史上最大の作戦』ですっかりシミュレーションゲームの虜となったぼくは、まだ橋頭堡から進めないひよっこながら、次なる作品を求めて玩具屋を徘徊し始めました。「作戦級」はお腹一杯だったので、クラスの違うものを探すとそこには「戦術級」の文字が。戦術というものが作戦よりも一段下のレベルのものだという漠然とした認識はあったものの、戦術級と戦闘級の区別など到底つきません。その一方で欧州戦線に関する書籍を読み始め、兵器とりわけ戦車に関心を寄せ始めていたぼくは、友人が『装甲擲弾兵』という作品を持って遊びに来たとき、言われるままに「SS演習」シナリオだけをプレイしました。ルールは不明ながら、パンテルvsシャーマンという分かりやすい戦いに、「これは戦車が走り回って激突するゲームなのだろう」と理解。戦車万歳だったぼくにはうってうけだと思いこみました。しばらく小遣いをためたぼくは、同じ『装甲擲弾兵』を買うよりもと思い、シリーズ作品である『東部戦線』を購入。独ソ戦なんて何も知らずに相変わらずの突撃隊形。ウラー。コンポーネントを確認すると、戦車ユニットが前作よりもたくさん入っています。しかも強そうなのがいっぱい。これは得した、なんて思えたのはあまりに脳天気ですね。このシリーズは、純粋な戦車同士の戦いなどという、心躍るもまずあり得ない光景を描くものではなく、諸兵科連合の戦術を駆使すべき現実の戦場を描く作品だったのですから。

 パッケージの中身は、大きめのユニットやマーカー、組み合わせて使う4枚の細長いマップ、使い慣れない10面ダイス、チャートとルールブック。ユニットは戦車(突撃砲など装甲のある対戦車自走砲も含む)、装甲偵察車、歩兵、対戦車砲、砲兵という5種類に大別され、裏面にはシルエットが描かれています。一方、表に記された数字のともかく多いこと。射程、対装甲火力、対非装甲火力、防御力、近接攻撃力、近接防御力、移動力。ソ連軍の主力T34シリーズは、数値を見ればそのバランスのよさが分かりますし、このT34ショックの影響は、それをきっちり上回る5号A型パンテルの性能に示されています。また歩兵では、国民擲弾兵ユニットがやたら用意されているのはもの悲しい光景で、防御力も対非装甲火力も最低なのに対装甲火力があるというのも、裏面のパンツァーファウストを抱えた兵士のシルエットとあいまって辛さをいや増しています。他にもソ連軍の「猛獣殺し」達の面構え、対非装甲火力や突撃能力の弱いエレファント、4号戦車の改良の流れなど、数値を見ているだけで色々楽しめますが、当時のぼくはもちろん一切知識なし。結局一通り見渡してぼくが愛おしそうに手にとったのは、ヤークトティーゲルやパンテルII。ジオングが好きなぼくらしく、火力・射程至上主義というわけです。
 両軍の「兵器」をさんざ比較した後、さてそれではと初ソロプレイ。ルール片手にシナリオ1「シニャウィノ高地」を遊んでみます。レニングラード戦線、ふんふんそれって何だろう。ともかくお互いの持ち駒は…。
 なんだこの戦力差は。
 薄茶色のソ連軍は倍近くの装甲「兵器」を有し、しかもスタックはドイツ軍より1枚多く積めます。これでどうやって町に進出し確保しろというのですか上官殿、あまりにもバランスが悪すぎでは。そして、西部戦線ならば、米英軍の物量に、少数なれど優秀な装甲兵器で立ち向かうことができました。しかしこのロシアの大地では、むしろソ連軍の兵器の方が優秀に見えてしまうのです。実際、東部戦線の将兵はそう思いながら戦ったことでしょうが(そう思う暇があれば)、ぼくは遊ぶ前から敗北主義者。ですが、こうやってユニットを「兵器」としてのみ把握する以上、憲兵に吊されるのも当然の報いでした。射撃に対する損害は混乱の度合いで示されますから、ユニットが「兵器」でなく「部隊」であることは自明の理。つまりポイントは、この「部隊」の戦闘力を発揮させるための戦術・指揮にあります。ハードとして圧倒的な戦力をもつソ連軍、しかしその優位は、このソフト面において大きく減退させられていたのです。

 ゲームの流れは非対称のシークエンスで構成され、イニシアティブプレイヤーと非イニシアティブプレイヤーとで大きく異なります。前者は、移動・攻撃を主体的に行うことができますが、後者は、前者の行動に対するリアクションにほとんど終始するだけ。しかしこのイニシアティブの所有者は、毎ターンにランダムダイスで決定され、しかも連続して主導権を握っていると、次ターンにこれを失う確率が1割ずつ増えていきます。つまり、戦場で主導権を握ることの重要性と、これが敵に移ることによる戦局の転換が、明快に描かれることになるわけです。
 敵に対する攻撃は、先制射撃以外に、間接射撃、ストップ射撃、サプライズアタック、近接戦闘などがあります。先制射撃はイニチアティブプレイヤーだけが可能であり、ユニット・スタックごとに行動を解決するこの作品では、長射程の戦車で遠距離から敵拠点を叩き、混乱させた直後に他の部隊を殺到させるという段取りがとれます。間接射撃は盤外砲撃や、迫撃砲などのユニットによる射撃で、両軍ともターンの最初に他の自軍ユニットが視認している敵を叩けます。ストップ射撃は、射程内に移動してきた敵を臨機射撃できるというもの。回数制限がありませんから、弾薬切れをおこすまでは何度でも攻撃できます。しかし、先制射撃もストップ射撃も、敵が生き残っている場合には当然反撃をうけますので、敵の射程が自分にも届く場合には覚悟が必要です。ただし、上にダミーマーカーを重ねた状態にあるユニット、つまり敵にまだ確認されていない部隊は、射程内の敵に対して、反撃を受ける前に2回攻撃することが許されます。これがサプライズアタックで、うまく対戦車砲陣地を構築して十字砲火を浴びせれば、敵戦力を殲滅させることも可能でしょう。この攻撃後にまともな敵が残ってればダミーマーカーは除去されますから、そのまま部隊を暴露して戦うか、後方に下がって再び待ち伏せをかけるかは頭の使いどころ。
 これらの射撃では、攻撃側の火力とダイス目から射撃結果チャートを確認し、その数値が防御側の防御力以上であれば攻撃成功となります。しかしこれがなかなか敵ユニットの除去(全滅)とまでいかず、混乱状態で逃げられるということがしばしば。一方、近接戦闘で隣接ヘクスにいる敵を襲えば、戦闘結果は相互のユニットロスで示されますので、戦闘比さえ高ければ確実に敵戦力を除去。自軍の損害も間違いないところですが、どのみち対装甲火力が貧弱な歩兵は、歩戦連合で敵戦車につっこませるにかぎります。
 しかしどんな攻撃をかけるにせよ、敵を確認していなければ不可能です。ダミーマーカーで隠蔽された敵スタックに接近して偵察できるのは、装甲偵察車と歩兵のみ。ここで、歩兵よりも足の速い装甲車の重要性が明確になります。もちろん敵に接近すればサプライズアタックをくらいもしますが、主力戦車の損失に比べれば安いものですし、この主力を後置しておけば、偵察部隊が血を流して得た敵情報(ダミーマーカーの除去)により、先制射撃が可能にもなります。とくに対戦車砲による待ち伏せを回避することができれば、攻撃側にとって大きなポイントになりますし、逆に防御側は、敵の偵察部隊をうまく排除できるかが焦点です。それぞれの種類の部隊が、その役割にしたがっていかに行動するかは、ルールを通じて巧みに教示されているといえましょう。

 しかしソ連軍は、これらの行動をそのままとることができません。彼らには、あまりにも多くの特別ルールが課せられているのです。
 まずソ連軍は、指揮官ユニットとスタックしていないと先制射撃ができません。いや文字通りの意味です。イニシアチブをとっても、それを臨機応変に生かすことができないのです。ドイツ軍の射程に入ってストップ射撃をくらえば反撃できますが、それではせっかくの長射程ユニットも宝の持ち腐れというもの。そしてこの指揮官、戦闘の結果ランダムに除去されます。ここでドイツ軍ならそれだけですむところが、ソ連軍ではこれが政治将校による指揮権掌握という事態に。彼らの無能さは様々なゲームでも描かれているところですけど、この作品のルールでは、指揮官を失った部隊は政治将校の指導のもと、スタックごと最近隣のドイツ軍部隊へと突撃を開始してしまうのです。ストップ射撃をうけても反撃不許可、ともかく近接戦闘目指して猪突猛進。ぼくは、Su-100フルスタックという主力中の主力を、このルールによって強制突撃させられ、1発も砲撃することなくストップ射撃の的として見事玉砕したことがあります。
 次に、ソ連軍は間接射撃ができません。砲兵部隊ユニットは、敵を直接視認していないと砲撃できないのです。確かに優秀な砲を有していたソ連軍ですが、最前線レベルではいかんせん射撃統制システムが未熟なのですね。また、広範囲に非装甲部隊に損害を与えられるカチューシャはドイツ軍の恐怖の的ですが、こいつはランダムに着弾が外れるので、たびたび味方も巻き込んでくれます。
 次に、直接射撃では、敵との距離ヘクス数によってダイスの目が修正されます。例えば5ヘクスなら−4。これで長射程ユニットの魅力はさらに半減です、当たらないったらありゃしない。
 そして、サプライズアタックを行うさいに成功判定が必要であり、最悪の場合ドイツ軍から逆にサプライズアタックをくらいます(吐血)。

 これでも42年までのソ連軍よりはマシというのですからどうしたものか。せっかく優秀な「兵器」を揃えながら、その長所を満足に活かすことができず、それらを有機的に組み合わせることもできないとは。ユニットのスペックだけでは推し量れない、軍隊としての能力の差が、デザイナーの言う通りここに「カリカチュアライズ」されています。ドイツ軍プレイヤーは、ソ連軍のこの弱みにつけこみながら各個撃破すべく、少ない手持ちの駒で巧みな用兵を行わねばなりませんし、またそれができればゲーム的には充分に勝つチャンスはあるのです。現実にドイツ軍が行っていたように、防御のときには最前線には歩兵でごく薄く警戒線を張り、その後方に遅滞陣地を設け、突破してきた敵部隊は予備の装甲部隊を主力として一気に片づける。敵陣地を攻撃するときには重装甲部隊を先頭に立てて、パンツァーカイルという名の諸兵科連合で突進を図る。まさに戦争後半のドイツ軍の戦術をシミュレートできる佳作と言えるでしょう。

 なお、この作品にはベルリンシナリオが特別マップとともに用意されており、第3帝国の終焉を目の当たりにすることができます。このシナリオには、マウスやE-100が登場する可能性が僅かながらあり、搭載主砲によってユニットがそれぞれ3タイプあるという念の入りよう。最強のタイプなんて火力50ですよ(ケーニヒスティーゲルが11)。1小隊で親衛戦車連隊と真っ向勝負できるこの戦車、弾薬切れを起こしやすいものの、登場するだけで心躍ることは間違いありません。完成しなかったその巨体が活躍するさまに、ヒトラーの妄想とその最期を重ねて瞑目するというのが、おそらくここでとるべき態度の一つでしょう。なのにぼくは、調子にのってこれら幻の超重戦車のユニットを、自作してフルスタックしてしまいました。そう、こういう作品を遊びながら、どうしても「兵器」レベルでの理解から進歩できなかった当時のぼくは、総統の夢をそのまま自分も追い求め続けてしまったのです。

 やがて『装甲擲弾兵』も購入したぼくは、さすがにこのタイトルからS.F.3D的パワードスーツ兵を想起することはなくなっていました(つまり最初はそうでした)が、それでもなおこれらの作品の妙味を真に理解することはできなかったようです。なにせ、隠蔽ルールがある以上は2人対戦が絶対条件であるのに、ぼくは年中ソロプレイヤーとして遊んでいたのですから。おまけにロシアのスチームローラーを見慣れてしまった目には、米英軍の戦力は貧弱きわまりなく映ります。ロシアでは決して万全でないVI号E型がフランスではほとんど無敵に振る舞えるなんて、と逆の方向でティーゲルショック。しかし米英軍の弱さは西部のドイツ軍にもあてはまることであり、また西部戦線には、ソ連軍を縛っていたあの恐怖の特別ルールは一切存在しません。ドイツ軍と同じように諸兵科連合戦術をフリーハンドで行使できる、ユニットの額面戦力ではドイツ軍に後れをとるにせよ組織としては対抗できる、しかもつねに制空権を確保している、そういう軍隊がこちらでの敵なのです。ロシア帰りの気分で「シャーマンなんてライターみたいなものだ」などと鼻歌を歌っていると、突然ヤーボの襲撃をうけて混乱し、そこに戦車の支援を受けた空挺部隊の突撃をくらう、なんて最期が待っているのです。これもまた、当時のドイツ軍士官が味わった、西部ならではの恐怖に違いありません。

 この2つの作品を並べてみると、一方では機械化歩兵や降下猟兵など歩兵戦力の華やかさに、一方では装甲戦力の圧倒的な存在感に、それぞれ目を奪われます。それらは2戦線の性質を如実に示すものでもあるでしょう。しかし、これらの部隊を運用する戦術こそ、ルールの意味を読みとって、プレイヤーが戦場に描かなければならないものです。ドイツ軍装甲部隊指揮官として華麗な機動防御で敵を教育する。ソ連軍戦車部隊指揮官としてパックフロントをはり全力で突撃をかける。米英軍機甲部隊指揮官としてコンバットコマンドを率い近接航空支援を要請する。いずれにしても、自軍と敵軍の能力を把握し、それぞれの部隊の特性をつかみ、相手のハードとソフトの弱点を突いて戦場を支配するという、戦術指揮官としての苦しみと楽しみが、このシリーズにはぎっしり詰め込まれています。用意されたシナリオはノルマンディからマーケットガーデン作戦、そしてアルデンヌへ。クルスクからバグラチオン作戦、そして中欧へ。多くの能力値によって「兵器」の幻影に惑わされたプレイヤーは、やがて一人前の戦術指揮官になるのでしょう、ボカージュと平原とイニシアティブの出目に鍛えられて。

 なお、この両作品は、国際通信社からコンポーネントも新たに再版されています。オリジナルの追加シナリオも『コマンドマガジン』公式サイトにて公開されていますので、どうぞお手元に。


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