アンブッシュ!!
ムーヴアウト!
パープルハート    (VG/HJ)
バトルヒム

 第二次大戦における米軍1個分隊の戦いを描くソロプレイ用ゲームの傑作。
 シミュレーションゲームの醍醐味が好敵手との対決にあることは言うまでもないことでしょうが、こういうマニアックな趣味を共有してくれる友人というのはそう多くはないものです。ましてビッグゲームを遊べるだけの時間にも空間にも普通は恵まれてませんから、サークルに所属しないかぎりはどうしてもミニゲームをプレイするか、あるいは作戦研究がてらのソロプレイに専念するということになりがち。しかし、最初に作戦研究目的を定めるとか、一方の側の行動方針を定めておくとかしないかぎり、ソロプレイはつねに贔屓する側の勝利ばかりに終わったり、行動があまりに機会主義的になったりと、少なからぬハンディを負うことになります。何より両軍ともに動かす以上、勝利しても誰に対してかよく分からず、カタルシスを得られないという欠点もあります。
 こういう不満を解決するのがソロプレイ専用のゲーム。今やPCゲームによってはるかに大々的に普及してはいますが、かつてはボードタイプでも、いわば「1人ブラインドサーチ」といったシステムで、これを実現した作品がありました。それが、ここでとりあげる『アンブッシュ』シリーズです。

 アンブッシュ、待ち伏せ。第2次世界大戦において、米軍はドイツ軍に対し、北アフリカで、イタリアで、フランスで、そしてドイツ領内で、激しい戦いを繰り広げました。この作品は、米軍歩兵がノルマンディ海岸からジークフリートラインにまで至る西部戦線での日々を、幾つかのシナリオにそって追体験していくものです。プレイヤーに与えられるのは8人からなる1個分隊。彼らがドイツ兵にいかに立ち向かうのか。
 まずゲームを始めるために行うのは、この分隊の編成です。9と0が出にくい変形10面体ダイスを振り、出た目とチャートを照合して得られたポイントで、兵士を「購入」します。兵士のコストはイニシアティブ値によって決まり、優秀な兵士ほど高くつくので、普通はそれなりに有能な指揮官2人とベテラン兵士1、2人、あとは並み以下の兵士や新兵を4人という組み合わせになるでしょう。次に、各兵士の諸能力をランダム決定。知覚力、射撃修正、運転能力についてダイスを振り、イニシアティブの数値をもとにしつつチャートで照合。これで分隊の狙撃手にあたる兵士や、射撃は下手でも巧みな運転手である兵士、知覚力が高く偵察任務に適切な兵士、そしてただのお荷物など、TVシリーズ『コンバット』に登場するような兵士の類型がランダムに作り出されます。
 兵士の次は武装。兵士購入時のポイントが大きかった場合、兵器購入のポイントが小さくなるように設定されているため、分隊としての戦力はいつもだいたい一定になるよう配慮されています。正直悪平等と思いたくなりますが、たぶん優秀な分隊指揮官には兵站部がやっかむものと推定。バズーカや中機関銃なんてコストが馬鹿高いですから、普通は優秀な狙撃手にはBAR(自動ライフル)、指揮官やベテランにトンプソン(サブマシンガン)を1、2丁、あとはM1(半自動ライフル)を装備し、残るわずかなポイントで弾薬と手榴弾を購入します。自動火器は弾薬をやたら消費しますから、余裕をもって装備させておかないと後で弾切れに泣くことに。
 この武装を、シナリオを読んでから整えるのは当然のこと。そこには任務の目的と戦況の概略・予測が示されていますから、それに見合った装備をするのが生き残るための最低限の知恵です。また、任務によっては武装の制限や特別追加がなされていることもあり、とくにバズーカや爆薬などの追加装備はたいへん助かります。こんな代物がわざわざ与えられるということは、敵がどんなものか予想もつくわけですけど。

 編成が終わったらいよいよ作戦遂行。シナリオにしたがって組まれたマップにユニットやマーカーを配置し、分隊兵士の1人1人を動かしていきます。指定されたヘクスからマップに進入、そして1ヘクスごとに移動。このとき、シナリオごとに定められたチャートと、イベントリストのブックレットを用いて、そのヘックスで何が発生するかをいちいち確認していきます。ヘクスB6に移動、チャートの文字は「NONE」。次にC6に移動、文字は「EVENT」。何事もなければよし、さもなければランダムイベントが生じたり、地雷原に踏み入ったり、敵兵が登場したりします。どこに何があるか分からない戦場を1歩ずつ進んでいくさまは、チャートと首っ引きのプレイヤーにも緊張感を与えます。
 ついに敵兵が出現すると、それまでの移動−チェックの繰り返しから一気に戦闘モードへ突入。敵兵を視認できる兵士が知覚チェックに成功すれば、主導権を握って戦闘開始できますが、失敗すれば逆に敵だけ一方的に活性化し、完全に「アンブッシュ(待ち伏せ)」をくらうことになります。また、最初のラウンドは、敵を視認できない兵士は全て主体的行動が不可能ですから、先頭を進む兵士の能力が分隊の生死を分けます。ならば分隊全員でスタックし、一緒に動けば視認の問題は解決かといえば、今度は当然固まっているところを機関銃で狙い打ちされることに。目標が多いほど自動火器の掃射は当たりやすくなりますし、被害も多くでてしまいます。しかし1人でいるとイニシアチブ値の低い兵士はパニックを起こしやすいので、これを防ぐように兵士同士を最低限スタックさせたり、指揮官達の指揮範囲におさまるようにして分散移動するのが一般的。たった8人とはいえ、いやだからこそ、相互支援にいつも気をつけなければなりません。

 戦闘ラウンドは兵士ごとに行動を決定し、即時解決していきます。イニシアチブ値が高い兵士は2回行動できる確率が高く、また指揮官は自分の代わりに指揮範囲にある別の兵士に行動させることができるため、優秀な兵士が1回の射撃に失敗しても、これによって直ちに再射撃などの行動を行うことも可能です。距離が遠い敵に接近する場合にも、これは大変有効です。ただし、油断して堂々と平地を走っていこうとすると、その途中で突然新しい敵兵が出現し、臨機射撃されるということもしばしば。事態が推移すると用いるチャートも変わりますから、前に進入したヘクスも油断はできません。ぼくもジープに中機関銃を載せてドイツ兵をさんざ蹂躙していたとき、不意に現れたIV号戦車になすすべもなく砲撃され、ジープもろとも2名の兵士を一瞬にして失った苦い経験があります。
 そう、敵には戦車もいます。味方のシャーマンも登場することはありますが、自分の指揮下にないのであまり期待はできません。分隊兵以外は基本的に、敵も味方もチャートにしたがって行動するのです。敵戦車はIV号かヤークトパンテルですが、はっきりいってIV号の方が恐ろしい。旋回砲塔による砲撃と機銃掃射は悪夢以外の何物でもなく、おまけになぜかヤークトパンテルより装甲が厚い。ハッチを閉じられる前に手榴弾を投げいれたり、底面に爆薬を投げこんだり、背面からバズーカで狙ったりと、できるかぎりの手だてを試みることになります。それと同時に他の兵士で周囲のドイツ兵を片づけるのは言うまでもないこと。
 あるいは任務によってはトーチカが待ちかまえます。強固な防御力を誇るトーチカに、背後から接近して出入り口を爆砕、突入するもよし手榴弾を投げ込むもよし。敵のいるヘクスに突入すれば、火器を用いずに襲撃戦闘もできます。命中判定が必要ないのでこちらの方が有効な場合も少なくありません(敵を捕虜にもできます)。他にも様々な敵が分隊を待ち伏せしており、あるいは逆にこちらがドイツ軍の攻撃を待ち伏せすることもあり、プレイヤーは歩兵の戦術をそのまま自分のものとして、これらに対処しなければなりません。というより、任務を遂行していくにしたがって、これを否応なく習得していくことになるでしょう。それが流した血量の代償というものです。
 また、かろうじて生き残った戦場で一息つくときには、米軍とドイツ軍の歩兵の違いにも思い当たることになるでしょう。ともかく奴等には機関銃が多い。ドイツ軍は機関銃を分隊火力の中心において編成を行っていました。これに対して米軍では、機関銃は支援火器であり続けました。確かに操作が面倒な機関銃よりも、BARの方が小回りが利くことは間違いないのですが、それでも守備任務のときくらいは1丁与えておいてほしいものです。また、バズーカとパンツァーファウストの威力の差も衝撃的です。正面からではまず戦車を撃破できないバズーカは、専ら敵の潜む建物や非装甲車両に対して用いることになりますが、パンツァーファウストは接近さえできればほぼ万能。こういう優秀な兵器は、つまり倒れた敵兵から奪って使用することになりますけど。

 戦闘機の飛来、迫撃砲による盤外砲撃、火器の故障や車両の事故、怪我の悪化、夜間移動など、多種多様なルールやシチュエーション満載のこの作品。任務ごとにほとんど何でも試すことができ、そしてそれに見合った結果を、運にもよりますが得られるという、分隊級ソロプレイゲームの理想がここにありました。チャートなどの使用は今日のPCゲームに比べれば当然煩雑に過ぎますけど、「ヘクスX6にドイツ兵55出現」というような文字を読み、その番号のドイツ兵がどれほどの敵かを確認し、時にそれが戦車だったりしたときの恐怖と興奮は、それなりの面倒な手続きを踏まえればこそ味わえる独特の快感でした。さらに人によっては、分隊兵士のみならず敵兵の名前や経歴まで創作してしまったなんて話も聞きますが、これではまるでRPGなみの思い入れです。
 そう、この作品はまさしくRPGの面白さを兼ね備えるシミュレ−ションゲームなのです。その両面のよさは、キャンペーンによって最高度に発揮されます。各任務終了時には、達成度に応じてポイントが与えられ、これを消費して兵士の能力を向上させることができます。つまり、分隊の戦いの日々、その成長と挫折の物語を、プレイヤーは創造していくことが可能なのです。最初は新米もいいところだった兵士が、やがて生き抜く中で一人前のベテランに成長するのを見るのは感慨深いものがあり、様々な逸話もあいまって、分隊の各兵士に対する愛着も生まれてきます。反面、せっかく成長しても死んだら最初のポイントで作り直しなので、その痛みも悲しみもこれまたひとしお。
 『アンブッシュ!!』で8つの任務を遂行した分隊は、エキスパンションの『ムーブ・アウト!』で4つ、『パープル・ハート』で6つのさらなる任務を与えられます。それら18のシナリオには、ノルマンディ降下、装甲師団の反撃、V2基地の破壊、捕虜の救出、補給基地の哨戒、バルジの奇襲など、戦史や戦記を知る者なら心躍らずにはいられない(あるいは血の気が引かずにいられない)任務が、その難易度に応じて時間軸を無視して並べられています。するとここで思いつくのが、歴史の通りに並べ替えてその通りにキャンペーンを行おうというもの。ただし、これだと最初に空挺降下シナリオというじつにハードな展開が待っており、これに挑むには編成時にエリートっぽく作っておく必要があります。分隊が空挺師団かレインジャー部隊に属していておかしくないわけですから、多少のボーナスは許されるでしょう。また、シナリオ3は日時不明なうえ「前任務で捕獲した敵兵器を使用可能」なので、バルジど真ん中なシナリオ18の次に並べておくのが賢いやり方です。もちろん拾ったパンツァーファウスト撃ちまくり。そんな楽しみにわずかに慰められつつ、今日も分隊は終戦に向かって進撃します。

 なお、このシリーズにはイタリア戦線のエキスパンションも存在しましたが、日本でライセンス販売されることはありませんでした。もし出ていたらやはり歴史順に、つまりキャンペーンの最初に遊ぶシナリオ集となったのでしょうか。でもカバーアートにティーゲルが描かれていたように記憶しているので、これはまたとてつもない悪夢が待ち受けていたのかもしれません。虎が出なくても、シチリア上陸やモンテカッシノや雨のグスタフラインと並べば充分嫌ですが。

 この一方で、エキスパンションではなく太平洋戦線を舞台にした『アンブッシュ!!』システムの独立作品は、日本でもライセンス販売されました。それが『バトル・ヒム』、当時のぼくが購入した唯一の日米ものです。日本の惨めな負け戦など見たくもないという気持ちよりも、「太平洋でアンブッシュ」への期待の方が大きかったのですね。購入当初は、西部戦線でならしたこの分隊戦術を大いにふるい、海兵隊員をして皇軍歩兵を圧倒せしめんと少々余裕で構えていたのですが。
 分隊を待っていたのは、まぎれもない恐怖でした。戦車という鋼鉄の恐怖ではなく、密林の、歩兵の、肉体の。
 もちろんこの戦場でも、敵の機関銃座は憎悪の対象です。なまじ視線が通る地形が多いだけに、いったん捕捉されるとどうにもなりません。また、トーチカと化した洞穴も、「背面」がないだけに潰すのがえらい難しい代物です。しかし、本当に恐ろしいのは生身の兵士です。西部戦線に比べて、とにかくこちらのすぐ近くで出現しやすい。そしてヨーロッパでは考えられない、ヤシの木の上に気配を隠して手榴弾を投げつけてくる日本兵。オー、ニンジャ!?なんて叫んでいる間に、こちらの拠点の目の前で、不意にバンザイ突撃をかけてくる日本兵集団。その前に投擲された手榴弾の上にうずくまり自分だけ犠牲となる一兵卒。オー、ハラキリ!?なんてにわかに錯乱していると、その屍の上を駆け越えて、分隊兵士に殺到する日本兵12人。瞬殺されるわが海兵隊員。ハ、ハインライン先生!『宇宙の戦士』傑作です!
 もう、どうにもなりません。フランスで通用した戦術が、ここでは全然間に合わなくなっていました。援護射撃で敵の頭を下げさせるというのは、相手も自分達と同じく生き残りたいだろうと見当をつけてのことです。しかし、この猿どもは違います。死なばもろともなのです。もちろんごく普通の反応を示す日本兵の方が多いのですけど、一度とてつもない姿を見てしまうと、もうその可能性を絶えず心配しなければならなくなります。進むたびにタコツボを掘らせ、分隊の散開のパターンも変え、そして命の値段を安く見積もっておく。それでもバンザイの声が2か所であがるなんて地獄にたたき落とされることもあり、プレイヤーの精神も相当まいってきます。バズーカや火炎放射器を至るところにぶっ放してジャングルを焦土に変えたくなります。これってベトナムの時の心理と同じなんですかね。しかし幸い、あるシナリオのチャートに重大な印刷ミスがあるために、プレイヤーの精神が崩壊する前にここらでリタイヤできます。幸せといえるのか疑問はありますが、戦闘神経症で後送ということでひとつ。太平洋戦争を通して海兵隊が甚大な損害を余儀なくされていたことをぼくが知ったのは、ずいぶん後になってからでした。

 『スコードリーダー』も『アップフロント』も遊んだことのないぼくにとって、この『アンブッシュ!!』シリーズは、ソロプレイを通じて歩兵の戦いを教えてくれた唯一無比の鬼軍曹でした。米軍歩兵から見たドイツ軍・日本軍の恐ろしさの違い、生き残るために選ぶべき戦術、そしてどれだけ知略をめぐらせても予想しえない運命。ランダムイベントによる砲撃でたまたま死んでしまう兵士もいるわけで、戦場を一方で支配する偶然には誰も逆らうことはできません(逆にだからこそ、一度弾着があった場所にはつい隠れたくもなります)。それでもなお生き残るために、そして任務を果たすために、分隊は前進し、戦い、撃たれ、あるいは戦傷章を授与されるに相応しい怪我を負うかもしれません。しかしいずれにせよドイツ兵は倒さねばならず、毎回の任務の後には、名も無き(あるいは名をつけた)ドイツ兵の死体マーカーが累々と横たわることになるのです。いえ、ドイツ兵はまだユニット記号で示されるだけましかもしれません。バンザイ突撃に加わる個々の日本兵など、集団を構成する数字としてしか表示されないのですから。とはいえ、G.I.(官給品)と自嘲する米兵の場合も、その内面はたいして違わないのかもしれませんが。
 それでも自分の意味を、物語を求めるのならば、映画『プライベート・ライアン』のように、たった1人の兵士を救うためにあえて犠牲となりうるのでしょうか。あの映画をそんな兵士の心情からとらえようとする前に、しかしぼくは、ラストの防衛戦を見ては
「米軍有利で戦闘開始。最初のラウンドに全てのアメリカ兵は2ターンを受け取る。」
「20mm機関砲登場。このラウンドは2ターンを受け取る。」
「機関銃弾切れ。」
「アパム、指揮範囲におらず。このラウンドもパニック。」
「ムスタングが橋に最も近い戦車を攻撃する。重機関銃の列で軽傷以上の結果がでれば撃破。」
 などとアンブッシュ的解釈を楽しんでしまい、そして冒頭の上陸戦闘シーンを見返しては、オマハビーチのシナリオがなくて本当によかったと安堵してしまうのでした。

 戦いを賛え歌おう、戦争反対という名の戦いを


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