史上最大の作戦  (エポック/サンセットゲームズ


 1944年6月6日に始まるノルマンディ上陸作戦を、作戦級で描ききった名作。
 それは1980年代の初頭のこと。バンダイの『二百三高地』によって、トランプやLSIゲームを凌駕する面白さを見つけてしまったぼくでしたが、人間とは常により大きな快楽を追い求めるもの。しばらくするとこの作品では飽き足らなくなり、中1の頃には次なる獲物を求めて近所のおもちゃ屋を徘徊し始めました。やがて普通の店ではシミュレーションゲームなど置いてないことに気づくと、「なるほどこれは大人のゲームなのだなぁ」としたり顔。ガンプラなどに興じる他の友人達とは一線を画したという優越感に浸っていきました。しかも限度を知らないお子様であることには何の変わりもないですからますます背伸びをしてしまい、初心者というのもはばかられる己の限界を自覚せず、ついに「一番難しいのを買おうじゃないか」と暴挙に及んでしまいます。
 まあ、これには別の理由もあって、こういうゲームって3000円から6000円はしたんですよ。とすると、安いとすぐに飽きてしまうような簡単なゲームなのではないか?という予想をしたのも無理はない(一見簡単なものほど頭を使うことに気づいたのはずっと後のこと)わけで、自分の小遣いではどうせ滅多に買えないのだから、できるだけ投資額と高いレベルで折り合うものを、と考えたわけです。そこで目にとまったのがこのD-Day、『史上最大の作戦』。溜めに溜めた小遣いを全部はたいた5800円。しばらく買い食いもできません。パケ裏の難易度表示は最高点、箱の重さもヘビー級。相手にとって不足なしと思ったぼくも脳天気です。この時、ぼくは戦場がどこにあるのかさえ知らなかったのですから。なに? どこだって? ノルマンディだと? あまりに無謀きわまるこの大勝負、果たして上陸時点でやはり決着がついてしまったのでしょうか。

 無知なぼくが家に帰って箱を開けると、そこには見たこともないカウンターシートの山が。シートが8にマップが4、シートが8にマップが4だ!しかし、『二百三高地』しか知らないぼくにとっては、その量よりもまず、カウンターが正方形であることの方が驚きでした。スタンドがないけど、どうやって立てるのこれ? どうして裏の数字が表と違うの? しかも何やら色や線やマークや数字があれこれ記載されています。ルールブックを開いてみると、「兵科記号」だの「国籍色」だの細々とした説明が。「歩兵」「砲兵」「装甲」「機甲」「装甲擲弾兵」「機械化歩兵」……「降下猟兵」ってかっこいい名前! 「師団」? 「旅団」? 「SS」? 見るもの読むものすべてが全く知らないことばかり。ここでの兵科名称が、国籍ごとで「装甲」「機甲」「戦車」などを使い分ける習慣をぼくに形づくりますし、またそれ以外の一切が、ここで与えられたと言っても過言ではありません。どのユニット、どのルールの1文も、ぼくには新たに開かれた世界を示してくれるものであり、その理解までにはずいぶんと時間がかかりましたが、しかし自分1人で歩んでいくその過程は、わくわくとした喜びに満ちていました。SS第12装甲師団のヒトラーユーゲントもこんな気分だったのでしょうか。

 そう、カウンターシートを見て真っ先に目に飛び込んだのは、グレーとブラックの一群のユニットたち。精悍な色合いと恐るべき数値の持ち主、ドイツ軍装甲部隊です。これらのユニットこそ、ドイツと連合国がなぜ戦争をしていたのかさえほとんど知らなかったぼくがドイツ軍ファンになり、『武装SS親衛隊』なんて本を買ってきては親に嫌がられるようになったきっかけでした。強い装甲部隊を率いるドイツ軍と、色も数字も弱そうな、だけど空軍や海軍カウンターもたくさんある連合軍。戦史を知らなくても、視覚的にこの戦場の根幹をつかめるのが、この作品のいい所です。モビルスーツではジオングが好きというぼくですから、当然お気に入りは装甲教導師団(Lehr)。連合軍の2個機甲師団に匹敵するその攻撃力と、分厚い防御力は、プレイする前のぼくをとことん魅了します。こんな連中に連合軍は勝てるのか? 負けてもいいんだけど(えー)。すっかりドイツ軍びいきな状態で、何とか読み終えたルールブックを横に置き、ソロプレイ開始です。ドイツ軍は好きでも、攻撃する側はもっと好きなので、一応は連合軍サイドで突破を図る所存。よろしい諸君、行こうじゃないか。

 開始10分で頭の中がブラッディ・オマハ。1ヘクスごとに1本づつ脳の血管が切れそうです。
 初期配置からしてすでに悩みの種。艦砲射撃で上陸地点のドイツ軍部隊を吹っ飛ばさないと後が大変なのですが、そのために艦船カウンターをうまく配分しないといけません。最初の配属がずっと影響するので、うかつな集中も危険です。なんとか艦砲射撃と戦略爆撃で上陸に成功しますが、しかしドイツ軍装甲部隊の反撃でばっさり。イギリス軍歩兵師団が全滅、ドイツ軍装甲教導師団には損害なしですと!? ファイアーパワーシステムの洗礼を初めて浴びて、ティーガーショックのごとくただ驚くばかりです。そのうち、装甲部隊に真正面から立ち向かうのはいかに阿呆臭いかに気づき、海岸に引き寄せて艦砲射撃で叩くのが一番よいということに思い至ります。あるいは戦術爆撃で敵の足止めや支援。あまり景気良く支援しているとカウンターが足りなくなって、ドイツ軍が思いのままに振る舞ってしまいますが、しかしその一見無敵の装甲部隊にも、思わぬ足かせがありました。それは補給。こっちも景気良く戦闘しすぎていると、燃料が切れて全力で戦えなくなってしまうというわけです。むむ、なるほど。とすると、どうすればお互いいいのやら?頭の中は白熱気味。ここでこの作品から撤退してしまえば楽だったのでしょうが、ぼくは上陸海岸に踏みとどまりました。遊びたい奴は前進するんだ! 幸い1度は友人が一緒に遊んでくれましたが、彼が敷いた陣地防衛線に、スタックが当たり前と思っていたぼくは衝撃を受けた記憶があります。
 そんなこんなで試行錯誤しているうちに、ぼくもようやく考えをまとめつつありました。

 連合軍は、均質な師団を多数持っているけれど、よほど集中しないとパンチ力はない。海空軍と協力して装甲部隊を叩き、弱い歩兵を蹂躙して土地を稼いで戦線に穴を開け、陣地を放棄させるように流動的な運動をする。その後の展開を予想して何を上陸させるかを決定する。すぐユニットが裏返るから、補充もそこそこしないとなぁ。でも補充や部隊ばかり送ると、補給が薄くなるし。攻撃しないでいれば楽だけど、ドイツ軍の装甲部隊もそのままになっちゃうのか。じゃ、出血覚悟でも叩ける機会を見つけないと。
 ドイツ軍は、傑出した戦力である装甲部隊をいかに走り回らせ、敵に損害と威圧感を与えるかを考える。必要な時にこそ戦力を集中して、戦線が破られたら先鋒を一気につぶす。それ以外は戦力と補給の浪費を戒め、地形や陣地を利用しつつ守り、海空軍にはくれぐれも気をつける。補充をつい装甲部隊に回しちゃうけど、周りの歩兵も維持しないと戦線が守れないか。でも、装甲部隊が弱体化すると反撃できなくなるし。とにかく、守らきゃいけない場所はどこか見つけないと。
 ……うーん、こんなところかな?

 ぼくは本当に何も知らない初心者以前の存在でした。外国の戦争はもとより、日本の戦国時代にも興味を持たず、ガンダム世界もよく理解していない、ただちょっと難しいゲームで大人のつもりになりたい少年でした。それが、この凄まじく難解な作品を何とかプレイしてみようとあがく中で、いつの間にか、当時の両軍の状況と対応策とを、部分的ながら無意識のうちに体得してしまっていたのです。これは、ぼくの能力の問題ではなく、ソロプレイを通じて自然にそういうことを考えさせていく、ゲームシステムの勝利にほかならないのです。
 もちろん、これらのポイントに気づいたからといって、実際にそれをぼくがプレイの中で示せるわけではありません。今もなお、ぼくの技量は稚拙窮まるものですし、この広い戦線全体を見渡して状況に対応できるだけの頭脳のゆとりもなし。しかし、それでもこの作品は、充分に面白いのです。無限の変化の中で考えることができる、しかもそれが史実で示された問題状況とシンクロするという、そのことが。これぞまさに、ヒストリカルシミュレーションゲームの名に相応しい喜びなのではないでしょうか。しかもこの作品は、非常に難易度が高いにもかかわらず、ぼくを諦めさせずに引きつけ続けていたのです。真に面白いものはどのレベルの人間にとっても面白い。その点でこれは、決して作戦名の皮肉なもじりが示す過負荷なゲームではない、稀代の傑作なのです。膨大な展開にいつも最後までプレイできない、という点では確かに過負荷ではありますが。大体、2回目の戦略爆撃まで行かないんですよね。

 遊ぶ相手が見つからず、何度も繰り返したソロプレイ。寝る前に何度も読み返したルールブックには、ヒストリカルノートとデザイナーノートが付記されていました。ロンメル、ヴィレルボカージュ、ヴィットマン、モントゴメリー、ヤーボ、パットン。ここで初めて知る、そしてこれ以降あちこちで再び目にすることになる名前でした。そして、デザイナーの名前もまた。その名こそ鈴木銀一郎、彼が手がけたシミュレーションゲームを知らずとも、あのカードゲーム『モンスターメーカー』シリーズはご存じでしょう。日本が誇るこの偉大なゲームデザイナーとの、幸運な出会いがここにありました。

 その後ぼくはこの作品を、ケーキを上に落としたりしてボロボロにしながら遊び続けたあげく、ついに高校での麻雀の負け分として人に引き渡してしまいました。すぐに悔いましたが後の祭り。以来長らく「どこかで入手できないものか」と思っていたところ、昨今のシミュレーションゲーム再ブームの中で、新興サンセットゲームズ社からリメイク版が発売されるという話が耳に入りました。ぼくがすぐさま飛びついたのは言うまでもありません。そして、購入予約にさいして、思い出の作品を再販してくれることへの喜びをつづったぼくのメールに、その喜びを1人のゲーマーとして共有して下さる旨の返信が届きました。この会社の代表であり、また90年代のシミュレーションゲームどん底時代にゲーム環境を守り通した、古角博昭氏からの。
 低迷期のゲームシーンに何も寄与しなかったぼくが、ロシアの冬を耐えきったこの方に「戦友」と呼びかけるのは、あまりに不遜に思われます。しかし、リメイクされた作品を購入することで、あるいはこんな文章を書くことで、ぼくにも何かできるのであれば、ぼくも、戦場に立つ資格を得られるのではないでしょうか。懲罰大隊やオスト大隊は御免ですけど。
 ぼくがエポック版の箱を開けたあの「一番長い日」は、四半世紀という時の流れにぼやけながらも、今なおその時の想いをつなぎとめています。ここに始まるシミュレーションゲームに浸る日々。まさしく、ぼくの人生の中に、彼らは来たのであり、そして再び来たのです。

 なお、「男の作戦級」で名高い鹿内靖氏の『見敵必戦』(国際通信社、現在絶版)に、この作品の素晴らしいレビューが掲載されています。ぼくは外国のノルマンディもの作品をほとんど知りませんが、いかにこの作品が世界的に見ても優れているかが詳述されています。それ以外にも、熱い男の魂が存分に込められた本ですので、絶版状態をぜひとも何とかしてほしいものです。


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