馬車の中

くるぶしあんよ


「衛ちゃん、寒い?」
「う、ううん!全然平気だよっ。」

 思わず大きな声をあげちゃったボクは、慌てて口をおさえたんだ。あにぃの膝の上に顔をのせた亞里亞ちゃんは、そのままスヤスヤ眠っているみたい。よかった…。ボクは照れ笑いして、あにぃに「馬車の中ってけっこう声が響くんだね」とか、何か言おうとしたんだけど、…また恥ずかしくなって、そのままうつむいてモジモジしちゃったんだ。

 今日は、あにぃと亞里亞ちゃん、それに花穂ちゃんと雛子ちゃんと一緒に、イタリアンレストランでお食事をしたんだよ。すっごく大きなお店で、お客さんもボクたちみたいな子供はほとんどいないから、なんだか緊張しちゃった。だけど、オーナーさんと知り合いだっていう咲耶ちゃんが、鞠絵ちゃんや春歌ちゃん、千影ちゃんとウェイトレスさんになってて−あ、そうそう、ミカエルもウェイターさんになってたんだよ!−お料理を運んできてくれたから、すぐにリラックスできたんだ。それにお料理もおいしくて、全部パクパク食べちゃった。ボク、大きなお口を開けてたかもしれないな…あにぃ、もしかして、ボクのそんな顔見てたかな?そしたら、こっそり笑われちゃってたかも…?
 向かいに座っているあにぃの顔をチラッと見あげたら、ま、また何だか恥ずかしくなってきちゃったよ…。

 デザートもきれいに食べ終わって、しばらくワイワイ話していたんだけど、そのうち雛子ちゃんと亞里亞がすっかり眠たくなっちゃったから、亞里亞ちゃんちのじいやさんがボクたちを送ってくれることになったんだ。だから居間は馬車の中で、雛子ちゃんと花穂ちゃんはもう家の前で下ろしたから、次はボクの番。もうすぐ家に着いちゃうから、今のうちにあにぃといろいろおしゃべりしたいのに…あにぃと向かい合って座っているだけで、どうしてこんなにドキドキして落ち着かないのかな…?ボ、ボク、なんだかヘンだよ!

 ギュッ。

 ボクはまたうつむいて、スカートの裾をおさえ直したんだ。いつもボクは運動できるようにパンツやスパッツを履いているから、今日みたいなお店にお呼ばれしたときに、ちゃんと着ていける服がないくて、…あ、あはは…。だから、花穂ちゃんにスカートを貸してもらったんだけど…こ、これ、丈が短い気がするよね?ニーソックスも履いているから別に寒いわけじゃないけど、それでもなんだかスースーするし、それに、こんなフリルがついた可愛いスカート、ボクに似合わないんじゃないかなって。あにぃも花穂ちゃんも褒めてくれたけど、うーん…やっぱりボクがボクじゃないみたいなんだよね、この頼りない感覚。だから今もモジモジ落ち着かないのかな。…うん、きっとそうだよね。
 そう思って安心しようとしたら、あにぃがいきなりこう言ったんだ。

「衛ちゃん、こっちに座った方が暖かいよ。」

 ポンポンって叩くその席は、あにぃをはさんで亞里亞ちゃんと反対側の、さっきまで雛子ちゃんが寝ていた場所。急に言われたボクは慌てて「う、うん。」ってうなずいて、あにぃの横に座り直した。そしたら、あにぃはボクの顔を見てにっこり笑うと、ボクをびっくりさせるようなことを言ったんだ。

「もっとピッタリくっついた方が、寒くないよ。」

 え、えええーっ!?も、もっとピッタリって、ボ、ボ、ボク、どうしよう…!?
 頭の中がブワーッて真っ白になっちゃっていたら、あにぃはボクの肩をくいって引き寄せて、ちょっぴり寄りかからせてくれたんだ。
 あ。
 ほんとだ。あったかいよ。
 あにぃとくっついているところが、ポワッてあったかくなって、それがだんだん広がってきて、ボク、ほっとして目を閉じたんだ。馬車の音が、カタンコトン、カタンコトン。その音に耳を澄ませているうちに、ボクのドキドキもおさまってきたんだよ。

「…ね、あにぃ。」
「うん?」
「今日は、とっても楽しかったね。」
「本当にね。」

 馬車がボクの家の前で止まる前に、たったそれだけしか話せなかったけど、ボクはなんだか、言いたかったことを全部言えちゃったような気がしたんだ。だって、今日はあにぃと一緒で、本当にとっても楽しかったんだからね!
 馬車から降りるときに、あにぃはボクを玄関まで送っていくって言ったけど、眠っている亞里亞ちゃんが一人ぼっちだとかわいそうだから、ボクは一人でいいよって答えてピョンて飛び降りたんだ。そしたらあにぃが小さな声でボクを呼び止めて、こう微笑んだんだよ。

「衛ちゃん、明日の朝は僕も一緒に走っていいかな?」

 あ…あにぃ!ボクがマラソン大会の練習してたこと、ちゃんと覚えていてくれたんだ!

「あにぃ、ほんと!?あにぃが一緒に走ってくれるんなら、ボクとっても嬉しいよ!」
「はは、今日の衛ちゃんも可愛かったけど、いつもの元気な衛ちゃんも最後に見られてよかったかな。」
「え…?」
「それじゃ、また明日。おやすみ、衛ちゃん。」
「あ…ま、また明日ね、あにぃ!」

 ボクは慌てて手を振って、あ、いけないと思ってじいやさんにお礼の会釈して、馬車の後ろ姿を見送っていたんだ。
 …あにぃ、スカートを履いたボクと、いつものボクと、どっちの方が好きなのかな。
 そんなことをちょっと考えてたら、冷たい風がピューッて吹いたものだから、ボクは急いで家の中に入ったんだよ。あんまり慌てたからかな、靴をつい脱ぎ散らかしちゃって、ちょうど出迎えに来たママの角が、それを見てにょっきり出かかっちゃった。怒られないうちに靴を揃えようとしたとき、居間の時計が鳴り始めたんだ。

 ボーン、ボーン、ボーン…。

 玄関の向こうに転がった片方だけの赤い靴を見つめながら、ボク、なんとなく、これってシンデレラみたいだよねって思って…。
 ママが、「どうしたの、顔が赤いわよ?カゼひくといけないから、早くお風呂に入っちゃいなさい。」って言うから、ボクは明日の朝に備えて、よーっく温まって体をほぐして、すぐにお布団に入ったんだ。
 …どうしてだか、すぐには寝付けなかったんだけど。

(終)


『赤の7号』さま企画「衛誕生日 Re Pure」参加SSです。

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