皇室の奇跡 & 妹と(以下略)
皇太子妃雅子さまは結婚9年目にして高齢出産(37歳)をされたわけだが、それを報じた号外に面白い話が掲載されている。「69年以来続く女児誕生」(毎日011201)というものだ。皇室で戦後、結婚した男性皇族は6人で、その夫妻から産まれた皇族は9人。秋篠宮文人(1965年出産)を最後に、後は全て女児。
紀宮清子内親王 1969/04/18
三笠宮彬子女王 1981/12/20
三笠宮瑶子女王 1983/10/25
高円宮承子女王 1986/03/08
高円宮典子女王 1988/07/22
高円宮絢子女王 1990/09/15
秋篠宮眞子内親王 1991/10/23
秋篠宮佳子内親王 1994/12/29
排他的な事象Aと事象Bが確率p,(1-p)で発生する場合、n回の試行で事象Aがk回発生する確率は2項分布で与えられる。例えば8回コインを投げて、8回表が出る確率は、p=0.5, n=8, k=8の二項分布に従い、その発生確率pは0.391%と計算される。大まかに言えば、8回の出産で8回とも女児(男児)が生まれる確率はこれ程度ということになる。
ただし、厳密には男女の出生比には差があることが知られている。「少子化情報ホームページ」[http://www.ipss.go.jp/syoushika/syindex.htm]によると、2000年の出生性比は女100に対して男105.8。これより、一回の出産で男の子の産まれる確率は0.514(女の子は0.486)ということになる。そこの補正を行なって計算すると、8人産んで、8人全員が女児である確率は0.311%(つまり、男女比1:1の場合よりも低い)。2001年12月1日に愛子様が誕生されたわけだが、9人産まれて9人とも女児というのは、0.151%という低い確率でしか起こらない事象である。このような現象が見られたら、何らかの生物学的な要因(Y染色体連鎖型の致死的な遺伝病等)によって自然流産しているなど、何らかの選択が働いていると考えるのが普通である。
俗に「血が濃い」などというが、親類縁者の間で何代も婚姻を繰り返していくと、何かと差しさわりがある子供が生まれやすいという俗説がある。「近親相姦の禁止」という掟は、おそらく優生学的な経験則からではなく、文化的な理由から生まれたものだと思われるが、ある種の遺伝病の発生リスクが近親婚によって増加するのも事実だ。
普通の人がすぐに思いつくような遺伝病である「血友病」や「(デュシェンヌ型/ベッカー型)筋ジストロフィー」なんかは、患者の大半が男性である。これは病気の元となっている遺伝子がX性染色体に乗っている(伴性)からで、患者男性は父親由来のY染色体と母親由来の変異X染色体を持つ。女性の患者が少ない理由は、仮に母親から同じ変異X染色体を受け取ったとしても、父親から真っ当なX染色体を受け取る限り、発症しないから。このように元々の(野生型)遺伝子よりも病気の元となる変異遺伝子の方が弱いものを「劣性」(遺伝)と呼ぶ。少し考えてみればわかるように、実姉妹とせくーすした結果、出来た子供と、赤の他人である「タカさん」と作った子供の間で、このような伴性劣性遺伝病が発生する確率に違いはない。つまり「近親婚の方が血友病の子供が生まれやすい」なんてことは理論的にありえない。
近親婚が問題になるのは、性染色体以外の染色体に由来する劣性遺伝病(常染色体劣性遺伝病)で、こちらは理論的には男女同じ確率で発生する。全ての人は、大体、10個弱の病原変異遺伝子を持っているのだが、たまたま組み合わせの相手が真っ当なので発症していないだけ。ところが、なにかの拍子に運悪く同じ変異遺伝子を持った相手とカップリングしてしまった場合に、病気の子供が生まれてくる。
「集団遺伝学講座」[http://www.primate.or.jp/PF/yasuda/]の第9-11講に書いてあるように、病気の元となる遺伝子の突然変異頻度(「世の中の何人に一人がこういう遺伝子を持っているのか」という割合)をq とすると、赤の他人同士の組み合わせ(他人婚)で病気が発生する頻度はq2となる。一方、近親婚については血縁の濃さを表現するために近交係数(f)を用いる。これは共通の祖先由来の遺伝子が、後世代の子供でホモになる確率を示すもので、その値は親子・兄妹で1/4、叔父姪で1/8、いとこでは1/16(赤の他人は0)。ここである共通の祖先に突然変異が発生して、たまたま「その遺伝子を引き継いだ子孫同士」が子供を作ってしまうと、患者が発生する。こういう同祖遺伝子のホモ接合をオート接合と呼び、その発生頻度はfqとなる。一方、同じ病気の元となる突然変異が別の祖先に発生することもありえる。こういう異なる祖先から変異遺伝子を受け継いだ子孫同士が組み合わされることによっても、患者は発生する。そのような組み合わせをアロ接合とよび、その発生頻度は(1-f)q2となる。ゆえに近親婚集団における全ての患者の発生頻度は、その合計であるfq+(1-f)q2となる。これと他人婚の場合の頻度q2の比を計算すると、(f/q)+(1-f)=1+{(1-q)/q}fとなる。この式を見てわかるように、血縁度が上がる(近交係数fが大きくなる)ほど、たしかに遺伝病の発生頻度は高まる。またレアな遺伝病(集団中の変異遺伝子の保持率qが低い)ほど、近親婚によって発生頻度が高まる。たとえば先天聾の原因遺伝子は54人に一人が持っていて、いとこ結婚をすると他人結婚の場合の7.8倍ほど発生率が高まる。先天性魚鱗癬の原因遺伝子を持つ人はこの約1/10ほどしかいないが、逆にいとこ結婚によって先天聾の約8倍ほど発生倍率の増加が見られる。
病名 他人結婚 いとこ結婚 倍率 q x
先天聾 1/11,800 1/1,500 7.8 1/54 33
フェニルケトン尿症 1/14,500 1/1,700 8.5 1/60 35
色素性乾皮症 1/23,000 1/2,200 10.5 1/76 40
小口症 1/32,000 1/2,600 12.2 1/90 44
白皮症 1/40,000 1/3,000 13.5 1/100 46
全色盲 1/73,000 1/4,100 17.9 1/135 53
小頭症 1/77,000 1/4,200 18.3 1/140 54
ウィルソン病 1/87,000 1/4,500 19.4 1/150 55
無力タラーゼ血症 1/160,000 1/6,200 26.0 1/200 62
ティサックス病 1/3,100,000 1/8,600 35.7 1/280 70
先天性魚鱗癬 1/1,000,000 1/6,000 63.5 1/500 80
q: 突然変異頻度 , x: 患者両親がいとこ結婚である割合(%)
出典:[http://www.mh.nagasaki-u.ac.jp/iden/basic4.pdf]
ここにあるqを用いて計算を行なうと、親子・兄妹の近親相姦のケース(f=1/4)では、いとこ結婚の場合(f=1/16)のさらに3-4倍前後程度、この種の遺伝病の発生頻度が上がることがわかる。逆にいうと、近親相姦による子の遺伝病発生リスクの大きさは、(合法な)いとこ婚のたかだか4倍程度でしかない。これを先天聾で見ると計算上、450人に一人(0.22%)ということになるが、実はこの数字、36歳以上母親によるダウン症児出産リスクよりも低く、事実上、社会的に許容されているレベルの水準である。なお、全分娩における奇形児出生率は0.89%で、意外と大きい。
母年齢 頻度 危険率 母年齢 頻度 危険率
全体 1.5 1/650
30歳 1.4 1/700 39歳 6.5 1/150
34歳 2.0 1/500 40歳 10.0 1/100
35歳 2.2 1/450 41歳 12.5 1/80
36歳 2.5 1/400 42歳 16.5 1/60
37歳 4.0 1/250 43歳 20.0 1/50
38歳 5.0 1/200 44歳 25.0 1/40
(頻度:出産1,000あたりのダウン児出産頻度)
出典:[http://www5a.biglobe.ne.jp/~hhhp/alte-pp/alte-pp-chromosome.htm]