「知らない間に毒男卒業」

 

 婚姻成立の絶対的必要要件は「婚姻意思」であり、それを欠く婚姻の届け出は無効である。ところが戸籍法上、役所の窓口担当者は書類の形式審査権しか与えられていないため、本当にその届けが真実の婚姻意思に基づいているものであるかどうかを審査することができない。だから事件も起こる(「知らぬ間にタイ人女性と結婚、養子も4人…宮崎の男性」読売2002.2.5)。

 

 宮崎市の40才男性が、本人の知らないうちにタイ人女性と婚姻、4人の男と養子縁組させられていた。婚姻は1990年6月、養子縁組は2001年5月から9月にかけて届けられていた。婚姻届は大阪市から郵送され、タイ人女性のサイン、男性名の署名、押印があった。 男性は2001年5月、生活保護を市に申請した際、婚姻届に気付いた。2001年1月、戸籍謄本を取り寄せたところ養子縁組が発覚、これを不受理とするよう申請した。 また市が損害賠償に応じるかどうかなどを問いただしている。同市には「勝手に養子縁組された」という相談が、2001年だけで他に5件寄せられている。

 

 こういう場合、男性は家裁から婚姻無効の審判または確定判決を受けるまで、タイ人女性と4人の男に対する扶養義務が存在する。それが出る前に死んでしまえば、彼らに財産相続権も発生するのだが、生活保護を受けるぐらいだから、それは問題にならないかもしれない。それでは次の場合はどうか(「勝手に婚姻届作成、元恋人を逮捕−埼玉 前日に嫌がらせメール→不受理」ZAKZAK 2002.11.14)。

 

 埼玉県の32歳アルバイト、若松靖が2002年初めまで交際していたさいたま市の会社員女性(22歳)との「結婚」を計画。以前に女性が冗談半分で署名した婚姻届の書類に市販の印鑑を押し、8月5日、さいたま市に提出。若松が提出の前日、女性に「婚姻届を出すぞ」と嫌がらせのメールを送っていたため、女性が同市に届け出て不受理に終わった。若松は「ずっとかかわり合いを持ちたくてやった」と供述していた。

 

若松は婚姻届を偽造し提出したとして、有印私文書偽造などの疑いで逮捕されている。これも余計な嫌がらせをするからで、女性が署名まで行っている婚姻届けがあるのだから、黙って印鑑を押して提出しておけばよかったのだ。もちろん、この婚姻届は無効だが、女性が後に別の男性と結婚しようとしたときに、無効確認訴訟を提起する必要がある。さらに「たしかに女性が印鑑を押した」と言い張っておけば、水掛け論になるので刑事立件も難しい。

 

 上の二つは婚姻意思不在の事例だが、逆に婚姻意思があるのに婚姻障害が存在する場合はどうか。女性満16歳・男性は満18歳以上でないと結婚できない(民法731条)のに、17歳同士が合法的に結婚してしまう事件が発生している(「『だんなさまは17歳』…ドラマ化必至?! 大阪の17歳カップル婚姻届受理事件ZAKZAK 2003.7.4)。

 

 2003年6月12日、新妻とその母親が大阪府枚方市役所に婚姻届けを提出。未成年者の結婚に同意する親の署名押印もあるなど、形は整っていたために戸籍担当者が受理。戸籍を作るため、妻の本籍地の役所にコピーを送った所、夫の年齢が18歳に約2カ月足りないことが判明。市側は夫の母親に慌てて連絡したものの、「両家の話も整っている。戸籍をつくる方向で進めてほしい」と取り消しを拒否されてしまった。しかもこの母親、「もうすぐ2人の間に子供が生まれるんです」と、担当者に明るく話していたという。

 

 なんか典型的な「ドキュソスパイラル」という気がするが、それは本題と関係ない。民法739条および740条に書いているように、婚姻の届出は法令違反がないことを確認した後でしか受理できず、逆に受理された時点で婚姻の効力は発生する。しかも婚姻の無効は同742条で定められる2つの場合(「人違その他の理由によつて当事者間に婚姻をする意思がないとき」・「当事者が婚姻の届出をしないとき」)に限って認められるにすぎない。このケースでは婚姻届けが受理されてしまっているので婚姻は成立しており、かつ、当事者たちに婚姻の意志があって当事者が婚姻届けを出しているため、完全に有効である。よく似たケースとして、男18歳、女16歳以上で両方が未成年だった場合で、父母の同意がないままに婚姻届けを提出し、勘違いで受理されてしまったケースも実際に起こっているが、この場合も父母は婚姻の取消を請求することはできない。

 

 今回のケースは民法731条の規定に違反した婚姻にあたるために、同745条に定めるように、夫の方は追認をしない限り、適齢に達した後3ヶ月間は婚姻の取消を請求することができる。ただし婚姻を取り消した場合でも、「最初から婚姻をしなかった」ものとして扱われるわけではない(同748条)。財産法では取り消したことは始めから無効だったものとみなすことになっている(同121条)。なぜ親族法にわざわざこういう規定があるのかというと、最も大きい理由は婚姻後に懐胎出生した夫婦間の子を嫡出子とみなす規定があるため。平気な顔をしてデキ婚を報告するようなドキュソのことなので、子供が産まれた後で気が変わって婚姻を取り消す可能性もある。こういう場合にはじめから結婚していなかったものとみなしてしまうと、本当は嫡出子だった子供が非嫡出子となってしまい、子の身分の安定が確保されないからだ。