「働く仲間のための法律知識」

 

 全てのモノ・サービスの売買と同様、雇用・労働契約も「契約」の一つである。労働者が労働力という「商品」を、雇用者に対して「販売」し、その対価として「賃金」を受け取るという訳だ。民事上の契約は原則的に「お互いが納得すれば」どんな内容でも成立しうる(公序良俗違反や、脅迫・詐術的な方法を用いた場合は例外)。たとえば、The GURUのシャクティパッドや、麻原尊師の入った風呂の残り湯であっても、信者が納得して文句を言わない限り、いくらで販売しても法律は文句を言わない(これらを医療行為・医薬品とみなせば話は別だが)。まさに「契約は法を作る」を地で行く世界である。これに対して労働契約については、労働基本法によって「労働者に対して有利な」条件が、はじめから最低ラインに設定されている。

 

 労基法22項に「労働者及び使用者は、労働協約、就業規則及び労働契約を遵守し、誠実に各々その義務を履行しなければならない」とある。つまり労使互いに「労働協約」「就業規則」「労働契約」には縛られている訳だ。なので、朝830分から夕方17時までの労働契約を結んでいる労働者が、毎日午前1115分に出社して、(残業命令もないのに)夜中までネットサーヒンに興じていたりすると、労働契約違反(契約不履行)として首切りの十分な理由になる。

 

 コンビニのバイト店員でも風俗の「泡姫」でも、法律上では「労働者」なので、仕事に採用された時点で「雇用契約」が締結されているはずである。詳細は労基法第2章に書いている通りだが、契約にあたっては文書で明示する義務がある。またその最低線は「最低賃金」「一日8時間・週40時間労働」といった形で定められている。労働協約・労使協定がない場合は、この契約と就業規則のみに、お互い縛られる。「それが何か?」という人もいるかも知れないが、雇用者側にとって何が困るかと言えば、「合法的に残業・休日出勤を行わせる」ことができないのが最大の問題である。また社会保険料の控除(同24条)や財形貯金を給与から差し引くこと(労基法18条)もできない。一人一人から給与の度に金を集めて回るのでは、総務部の人はたまったものではないだろう。

 

 基本的に労働条件は「労使が対等の立場で話し合って決める」ことが原則とされる。といっても、一人一人と話し合っていたのでは日が暮れるので、事業所ごとに、「労働者の過半数を代表する者」を決めて、その人と雇用者が話しをすればよいことになっている。これが「労使協定」の本質である。一番有名なのは残業に関する「36協定」(労基法36条)であるが、変形労働時間やフレックスタイムの導入にも、書面による契約が必須である(同32条)。なお、行政解釈としては「労働者の過半数を代表する者」には、パート、嘱託、時間外労働が規制されているため残業命令の対象にならない者も含まれる(S46118基収第6206号)ので、この手の労使協定を締結するためには、事業所に在籍する全ての労働者(病欠、休職期間中の者なども含む)の過半数を代表する者の選出が必須である。しかもその選出には民主的手続きが要求される(でないと、労働基準監督署に、代表者として認められない)ので、普通は選挙なり大会なりで選出されているはずだ。で、この代表者にどれだけの権限があるかを知りたければ、「みなし労働時間」(38条第4項)を見るとよい。一応、中央労働基準審議会のチェックは入るものの、一歩間違うと、合法的に「超勤させ放題」になる。

 

 「労働協約」は基本的に「労働組合法」の方で規定されている概念である。これは「労使協定」と異なり、「労働組合」と雇用者の間でしか締結できない(「労働者の過半数を代表する者」ではダメ)。次に理解すべきはそのパワーの強さで、それは「労働協約」>「労使協定」>「労働契約」の順になる(労組法16条)。労使協定と労働契約の関係は先に書いた通りだが、なぜ労働協約の方が労使協定よりもより強いのか。それは、労働組合に法的な特権が与えられているために、強行手段によって使用者にとって不利益の大きい条件を飲ませることが可能になっているためだ。

 

 民間企業の労働組合には労働三権(団結権・団体交渉権・争議権)が与えられている。労組非加入を条件とする雇用契約(黄犬契約)は無効であるが、労組加入を条件とする雇用契約は有効である。使用者の団結権公使妨害や団体交渉拒否は不当労働行為にあたる(労組法7条)。労働者は労働力を使用者に売ることで、その対価を受け取るという契約を行っている以上、労働力の提供を一方的に拒否するストライキは、明らかに債務不履行である。たとえば「千紗ちゃん抱き枕」や「炎多留 魂」を通販で購入するにあたり、代金を振り込んでも商品が来なければ、債務不履行として履行の強制や損害賠償請求が可能である。しかし労働力商品に関しては、その引渡しを拒否する権利が合法化されているのだ。その他、争議行為に伴う民事・刑事上の責任の免責も定められている(労組12項・8条)。

 労使協定と混同されがちだが、2名以上の労働者からなる労働組合であれば、全労働者の過半数を占めていないとしても労働交渉権が存在し、協約締結権も存在する(使用者がどこまでその意思を尊重するかは別問題だが)。ただし、労基法で過半数制限規定がある条項については、労使協定を別途結ぶか、あるいは労働契約の水準で我慢するしかない。たとえば同一事業所に常勤職員が100名おり、その76人が組合員だったとしても、パート職員が101人以上いれば、労働者代表者を選出しなければいけなくなる訳だ。

 

 労働協約は「労働条件その他の労働者の待遇に関する基準」に関する事項なら、いかなるものでも対象とすることができる。たとえば労組が民主的な手続きによって、「全ての女子職員の制服はメイド服か巫女装束」「全ての男子職員の制服は六尺褌か黒のボクサーパンツ」とすべき、ということを決定したならば、それを交渉事項として使用者に持ちかけることもできる。しかも「一の工場事業場に常時使用される同種の労働者の4分の3以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至つたときは、当該工場事業場に使用される他の同種の労働者に関しても、当該労働協約が適用されるものとする。」(労組17条)という規定があるために、組織率75%を超える労組がこのような労働協約を締結すると、非組合員も同じ制服の着用が義務付けられる。それが楽しいかどうかは別にしても、「Cure Maid Cafe」か「上野24会館」みたいな職場が実現するわけだ。ただし、上記の例に出てきた事業所のパート職員は制服着用の義務がない(常勤・同種の労働者でないので)。

 

 もっとも、事業所の管理運営にかかる事項に関しては交渉対象外とされることも多いので注意が必要。たとえば「ボクサーパンツはいいが、競泳パンツは業務の運営に差し障る」という理由で却下される虞はある。あと、セクハラの防止義務が使用者側にはあるので、メイド服に関してはこちらがが問題になるかも知れない。実際問題として、職場の「月天」化は難しそうだが、「福利厚生のために、職場の床にダンボールと美凪フィギュアーを」という程度の要求なら、交渉に乗せることが不可能ではないだろう。私は交渉担当者になりたくないものだが。