「ワシ、ボケ老人」

 

MAGO(STONE HEADS, 2001.6.29というゲームがある。ジジイがボケたふりをして義理の孫に(以下略)といったイカシタ作品なのだが、本当にボケてしまった人間に民事上の権利を与えておくと、いろいろと困った問題の元になる。

 

 法律行為の主体たりうるためには、十分な判断能力が必要とされる。これが不足していると考えられる者については、親権者なり裁判所が決定した人物なりが、契約にあたって追認する必要がある。一番分かりやすい例は、未成年が高額な買い物をする場合に、親権者の同意が必要とされていることだろう(民法19条)。かつての「禁治産者・準禁治産者制度」も同様の発想で作られたものだが、実際問題として、この制度はほとんど使われなかった。戸籍に記録が残る、精神鑑定の費用が高すぎる、あるいは時間がかかりすぎるという理由からだ。しかし着実に増え続けるボケ老人やキチガイが勝手に株取引や不動産の売買を行うことを放置しておくと、権利関係者の間の無用な争いを増やすだけでいいことは何もない。ということで、実際に使い物になる制度を作るべく、20004月の民法改正で「成人後見制度」が定められた。

 

この制度では対象となる人のボケ・キチガイの程度に応じて、「補助」(民法14条)「補佐」(同11条・12条)「後見」(同7条・9条)の3段階が準備されている。「補助」の申し立てには本人の同意が必要だが、後の二つは同意不要。要は自分が何を言っているかわからないようなキチガイに同意を求めるのはナンセンスということだ。「補佐」と「後見」の違いはどこにあるかというと、法律行為の代理権の強さで、「後見」は当人の同意なく法律行為の代理ができる。ただそれだけに宣言も出にくいと思われるので、「補佐人」の宣言を受けておいて、同意権取消権を行使するのが、次善の策。なおこの場合は精神鑑定が不要で、主治医の診断書があればよい。あと戸籍謄本も必要。家裁に届出を行ってから、1月ぐらいで宣言が出されるというのだが、実際に行ってみると、精神病院の協力が得られないといったこともあって、作業は難航しがち。寝たきりボケ老人まがいのケースでも半年はかかる。成人後見・補佐・補助の決定の下りた人については、家裁の指定した人の追認がなければ独立して法律行為を行うことができない(身の回りの小さい買い物などは除く)。ただ問題なのは、この制度がそれほど一般に利用されていない点である。

特に精神障害については「周囲の目」もあることから、「家族の問題」として親兄弟が資産管理を行う場合が多いのだが、その場合、法律上の管理権も処分権もない。その場合、以下のような問題が生じる。

 

 今ここに仮に、Yという人がいたとしよう。その人の父親Xは大地主であったが、元小作人の怨念によって、キチガイになったとする。医療費捻出のために、Yは父親の土地を小作人の子孫であるAさんに売り払ったところ、父親は快癒した。しかしその父親は「漏れの土地を、水飲み百姓の倅に売ってよいと言った覚えはない」と言い出した。

 

この場合、土地所有者Xの有効な意思表示が得られていないのだから、YはXの無権代理人である(民法113条)。AさんはYに対して土地を返す代わりに損害賠償請求を行うか、あるいはYに対して契約の履行を迫ることになる(民法117条)。いずれにせよ、責任はYが負うことになる。さらにAさんがBさんに、BさんからCさんに所有権を移転した場合、最後のCさんは一方的に土地を取り上げられて、代金は一切もらえないという不都合が発生する。(株式や動産と異なり)不動産について、このようなケースでは、善意の取得者は保護されないのだ。

 

 時々勘違いしている人もいるが、「精神保健及び精神障害者福祉に関する法律」32条は公的な通院医療費補助について定めているもので、この決定が下っただけでは民事上の制限能力者とは言えない。精神障害者保健福祉手帳の交付を受けている場合でも、家裁の決定が必要なことには変わりがない(ただし、契約をめぐって裁判沙汰になった場合の対抗要件とはなりえる)。補助開始については本人が家裁に申し立てを行うことも可能なので、どうしても他人の保証人になりたくない事情がある場合には、この制度が利用できないこともないだろう。

 

 参考までに書くと同法第23条では「精神障害者又はその疑いのある者を知つた者は、誰でも、その者について指定医の診察及び必要な保護を都道府県知事に申請することができる」とされており、実際に保健所に行くと受付窓口はある。だが、実際には何だかんだと理由をつけて(しかも嘘も交えて)、申請を受け付けまいとする。それは当のキチガイから「人権侵害だ」などと訴えられるのが鬱陶しいからだろう。一方、警察官は「自傷他害のおそれがあると認められる者を発見したときは、直ちにその旨保健所長を通じて知事に通報しなければならない」とされる(同24条)。そういうわけで実際に誰かが殺されそうになるようなことがあれば、警官はそのキチガイの身柄を確保して警察所に留置することができるわけだが、問題はその「虞」をどう判断するか、という点である。その判断基準は多分に現場の警官の判断にまかされており、警察も責任逃れのために、可能な限りこのような問題にはタッチしようとはしない。間違いなく警察が動きそうなケースは「刃物を振り回している」「警官に向かって攻撃的な態度を取る」場合で、後者については警官に向かって尿瓶を投げつける場合が含まれることが実証されている。