「人は死ぬ。必ず死ぬ」

 

 人が死ぬと、死亡の届出義務者は死亡の事実を知った日から7日以内(国外で死亡があったときは、その事実を知った日から3個月以内)に死亡届を出す義務がある(戸籍法86条)。届出義務者は「同居の親族」「その他の同居者」「家主、地主又は家屋若しくは土地の管理人」であり、 同居の親族以外も届けを出してよい(同87条)。この届けを出すと同時に、普通は埋葬許可書をもらい、故人の埋葬を行う。埋葬を直接義務づける法律はないが、あまり長く死体を放置しておくと死体損壊・遺棄の罪(刑法190条)に問われることがある。それでは、死体を冷凍状態で保管しておいたら罪に問われるのか。こんな嘘のようなケースが実際に起こっている(「冷凍庫に父親遺体13年、電気止められ異臭で発覚 横浜」朝日2001.7.17

 

 横浜市港北区の市営住宅に住む50代の無職の男性が、13年前(1988年11月)に病死した父親の遺体を自宅の大型冷凍庫で保管していたことが判明。家族はこの父親の葬儀を行ったが、男性は「父の細胞が復活するかもしれない」と言って火葬を拒み、遺体を自宅に持ち帰った。当初ドライアイスで遺体を冷やしていたが、その後、業務用冷凍庫(幅約2m)を購入し、遺体を寝かせて保管していたという。ところがこの男性は2・3カ月前から行方不明になり、電気料金の未払いから送電を打ち切られた。このため、連日の猛暑で遺体が腐乱、悪臭を放つようになった。今月中旬になって近所の人から「異臭がする」との110番通報があって、衝撃の事実が発覚した。その後、男性から警察署に電話があったため遺体を引き取るよう説得したが、男性は応じず、連絡が取れなくなっている。

 

 このケースでは死亡届が提出されており、遺体にも損傷がないことなどから、死体遺棄事件にならないとされている。同市生活衛生課は「火葬をお願いしてきたが、受け入れてもらえなかった」としており、その後も男性の家族らと交渉を続けたという。たしかに「墓地、埋葬等に関する法律」3条にも「埋葬又は火葬は、他の法令に別段の定があるものを除く外、死亡又は死産後24時間を経過した後でなければ、これを行つてはならない。」と書いているだけで、「何日以内に行なえ」という規定はない。もし「墓地」以外の場所で火葬なり土葬なりの埋葬をしたならば同4条に違反するが、これが成立するためには「埋葬許可書」を得ておく必要がある(同5条)。さすがに行政も部屋の冷蔵庫を「墓地だ」とは強弁できないだろうから、もし遺族が「親はまだ行きかえる可能性があるので、埋葬せずに、復活を待っている」と言い張れば、それ以上、何もできない。まるでどこかの「シャクティパット・グル」が起こしたミイラ事件のようだが、きちんと死亡診断書をもらっているところが手堅いといえよう。

 

 上のケースは遺族がいたケースだが、住所不定・氏名不詳の行き倒れの場合はどうなるかといえば、「行旅病人及行旅死亡人取扱法」(明治32年制定)の「行旅死亡人」として処理される。これによると、死人が落ちていた市町村に埋葬(火葬)責任があって、しかも墓地・火葬場の管理者はこれを拒むことができない。だから、所持金ゼロのコジキであっても、一応、どこかの寺には放り込んでもらえる。ただし「行旅死亡人ノ住所、居所若ハ氏名知レサルトキハ市町村ハ其ノ状況相貌遣留物件其ノ他本人ノ認識ニ必要ナル事項ヲ公署ノ掲示場ニ告示シ且官報若ハ新聞紙ニ公告スヘシ」とされているので、官報で晒しageにされるという両刃の剣。素人にはお勧めできない。これに加えて、死体解剖保存法12条に「引取者のない死体は医学教育・研究のために大学に交付できる」ことが定められている。この場合、死体の運搬・埋葬費用等は大学持ち(同21条)なので、行政としてもコスト削減の観点からいえば、どんどん持っていってもらいたいくらいのものだろう。

死体解剖保存法に基づいて、解剖が義務付けられているのは主に2つある。犯罪が絡んでいると推測される場合に行われる「司法解剖」と、犯罪性とは無関係だが死因が判明しない場合に行われる「行政解剖」である。いずれも遺族の承諾は不要で、問答無用に行われる。レアケースではあるが、食中毒死と感染症の原因究明を目的とした解剖も、遺族の承諾なしで行うことができる(食品衛生法592項)。行政解剖は監察医以外が行ってはならず、兵庫県の監察医3名(うち県職員1名)が行政解剖の際に葬儀社員を使って処分された例がある(「葬儀社員が解剖手伝い 監察医らを注意処分」朝日2002.3.3)。兵庫県には10名の監察医がおり、2000年には801件の行政解剖を行った。行政解剖の遺体運搬業務は葬儀会社「神東社」が一手に引き受けていたが、県職員の監察医が少なくとも10年近く前から、同社の社員に解剖後の遺体の縫合をさせていたという。また、委託先の神戸大学医学部でも、監察医2人が数年前から、臓器摘出の手伝いや解剖後の縫合を同社社員にさせていたことが分かり、1日付で2人を口頭注意処分にしたという。この2人の監察医は「行政解剖は多い日で1日に4,5件あり、手が足りなかった」と話しているという。