「性別は変えることができるか」

 

 現在、20ヶ国以上が同性愛者の結婚を認めているが、ほとんどがドメスティック・パートナーシップを認めるにすぎず、完全に結婚という形を認めているのは、オランダ、ベルギー、カナダスペインおよび台湾の5ヶ国のみである(20057月時点)。日本の場合、婚姻は両性の合意のみに基づいて成立し(憲法24条)、両性とは男性と女性を意味する。だから同性愛者は法的に有効な婚姻を行うことができず、何かの手違いで婚姻届が受理されても、その婚姻は取り消しえる(「無効」ではない)。

 

 出生届には「子の男女の別」を記載し、医師、助産師又はその他の者が出産に立ち会つた場合、この順番に従って一人が作成した出産証明書を出生届に添付する義務がある(戸籍法49条)。大半の場合、医師が出産証明書を出していることから、生まれた子供の性別は(形式的であれ)医学的根拠に基づいて決定されていることになるが、そうでない場合も出生届に記載された性別が、その後の法的な性別として扱われる。一度性別が定められると、届け出ミス以外の理由でそれを覆すことは事実上、不可能だった。ところが、生まれた子供が成長後、ゲイやレズビアンのような同性愛者や、性的自認と生物学的な性別が一致しないトランスジェンターに育ってしまうことがある。前者は生物学的なジェンダーと性的自認が一致していることを前提に、同じジェンダーの相手を愛する。これに対し、後者は「自分の真のジェンダーは相手と異なる」と考えている以上、その本質は異性恋愛である。ただし、いずれも同じジェンダーの相手を愛するという外面的特徴は一致しており、そのために同性の恋愛相手と結婚できないという問題も共通していた。

 

 近年、トランスジェンダーが「性同一性障害」という病気として理解されるようになると、医学的治療の対象とされるようになった。国内での性転換手術は1998年から始まり、その結果、実質的に性的自認と外形的な性別の一致は得られることになった。しかし戸籍上の性別訂正は認められてこなかったため、2001年に7人が性別訂正許可を求める訴訟を起こした。家裁は申し立てに対して「現時点では、法的に訂正の根拠が認められない」と判断。この家事審判の特別抗告が初の最高裁取扱い事例だが、実質的な内容判断は避けている(「性同一性障害者の戸籍性別訂正請求、最高裁が棄却」日経 2003.6.2)。原告側は「戸籍の性別がそのままでは結婚も就職もできず、憲法で保障された幸福追求権が侵害されている」などと主張。これに対し1,2審は「性同一性障害は、戸籍法で訂正の理由となる『錯誤』に当たらない」として請求を退けた。最高裁は「単なる法令違反の主張で、(憲法違反の)特別抗告が許される場合に該当しない」と判断した。

 

 しかし2004716日に「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」が施行されることで、性同一性障害者の戸籍に関する問題は一応の解決を見た。「二十歳以上であること」「現に婚姻をしていないこと。」「現に子がいないこと。」「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること。」「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること。」という5条件のいずれにも該当する者の請求により、家裁は性別の取扱いの変更の審判をすることができる。この請求には「診断の結果並びに治療の経過及び結果その他の厚生労働省令で定める事項が記載された医師の診断書を提出しなければならない」とされ、そのフォーマットは「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律第3条第2項に規定する医師の診断書の記載要領について」(平成16518日障精発第0518001号厚生労働省社会・援護局障害保健福祉部精神保健福祉課長通知)で定められている。変更審判を受けた者は(法律に別段の定めがある場合を除き)他の性別に変わったものとみなされるが、審判前に生じた身分関係及び権利義務に影響を及ぼさない。現実には起こりにくいと思うが、MtF女性が男性だったときに作ったと疑われる子供が現れて認知を迫った場合、「今は女性だから認知できませんが、何か?」とは言えないということだ。この法律の施行後、同性愛者団体の「gid.jp」が各家裁に問い合わせ、法施行日の716日から1012日―1123日までの件数を集計したところ、計100件の性別変更の申し立てがあり、却下は一件もなかったという。この団体によると、日本に性同一性障害者は約3000人いるが、性別変更の要件である「独身」かつ「子供がいない」というのがハードルになっているという(「性同一性障害者の戸籍性別変更、全国で52件」日経 2004.12.6)。

 

 以上はトランスジェンダーの話だが、ゲイやレズビアンのカップルについては「生物学的には性別が明らかであるにもかかわらず、心理的にはそれとは別の性別であるとの持続的な確信を持ち、かつ、自己を身体的及び社会的に他の性別に適合させようとする意思」がないため、法律上、性同一性障害者の定義に該当しない。ゆえに同性愛者については依然、結婚に関する問題が残ることになる。特に微妙なケースは、日本人ゲイが外国のゲイと結婚しようとする場合だ(ビアン同士でもよい)。以下、「『未婚証明書』 同性婚の場合発行しないよう通達」(BJニュース020817)に記載の事例である。

 

 日本人が外国で外国人と結婚する場合、現地の自治体などに『未婚証明書』を提出しなければならない場合がある。正確には「婚姻要件具備証明書」といい、法務局や市町村、海外領事館で取得することができる。この申請書には結婚をする相手の名前や国籍、生年月日を記入するが、これまで相手の性別を書く欄はなかった。ところが、ゲイカップルがこの証明書を現地で申請して、実際に交付が行われたケースが1件起こった。これが同性婚を認める国で行われたにしても、「日本では法的に同性婚は成立しないのに、有効と誤解される恐れがある」として、法務省は20025月に関係機関に対して「証明書に、婚姻の相手である外国人の性別を記載するよう」通知。さらに「相手が同性である時は証明書を交付するのは相当でない」と指示したという。

 

 このケースが微妙なのは、この証明書が「婚姻状態」の証明ではなく、当該日本人ゲイの「未婚状態」を証明する以上のものではないということ。日本国内で同性婚が認められないのは憲法上、仕方ないとしても、外国の家族法制度の下で外人ゲイと婚姻関係に入ることを、日本の法律が妨害する合理的な根拠はないように思われる。不当な理由によって、個人にかかる行政情報の開示・証明が行われないことにより個人の幸福追求権が事実上、不当に奪われるのだから、この通達は違憲の可能性の方が強い。