「代理出産の子は誰のものか」

 

この他にも代理出産など、生殖補助医療技術の進展に法整備が追いついていないことが、現実に種々の問題を引き起こしている。代理出産というのは卵子と精子を試験管内受精させた上で、第三者の女性(代理母)の体内に移して子供を産ませる方法である。代理出産の子は1976年に米国、19851月に英国でそれぞれ第一号が誕生している。しかし代理母が子供の引き渡しを拒んだ場合や、逆に実の夫婦が子供の引き取りを拒んだ場合、「子供の親が誰であるのか」という大問題が発生する。前者については19863月に米国で起こった「ベビーM事件」がリーディングケースとされ、最終的には代理出産契約そのものが違法であり、子供の親権は代理母にあるとされている。後者についても1987年ごろに米国では、障害児やエイズウイルス保有者であることを理由に実親が子供の引き取りを拒否するケースが多発している。日本国内では20011月に諏訪マタニティークリニックで姉妹間の代理出産が行われ、生まれた子供は遺伝上の父母と養子縁組されている。同じ病院で20033月に第2例となる出産が行われた。20017月から2年間、27回ほど厚生労働省厚生科学審議会生殖補助医療部会が議論を重ね、2003521日に「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療制度の整備に関する報告書」を提出。2003520日に法務省も出産女性を実母とすることを法律で明記する方針を固め、試案を公開した(法制審議会親子法部会「精子・卵子・胚の提供等による生殖補助医療により出生した子の親子関係に関する民法の特例に関する要綱中間試案」2003.7.15)。それらを受けて生殖補助医療法案(仮称)が準備されているのだが、「票に結びつかない」とする自民党議員の反発で法案提出が遅れている(「卵子提供に道開く法案、次期国会への提出見送りに」朝日 2004.12.19)。この法案では第三者からの精子、卵子、受精卵の提供を認める一方、代理出産や営利目的での卵子などの売買は禁止とした。生まれた子どもが遺伝上の親を知る権利も認めているが、この点については未だ議論が分かれている。

 

上記の試案によれば、母子関係は妊娠・出産という事実によって確定し、第三者の提供卵子を用いた場合も、産んだ女性を母とする。これは卵子の取り違えがあった場合でも変わりはない。父親については、民法772条を準用するので、たとえ夫が生殖医療による出産に合意していなくても、検査目的で採取した精子を妻の意向に基づいて使用し、妊娠・出産したときは、夫が父とみなされる。一方、精子を提供した第三者には子の認知ができないようにする方向で検討されている。これは子の法的地位を安定させる効果もあるが、一方で生まれた子供がダウソだったり、ドキュソ母が財産狙いで人工授精を行ったなどした場合、母親や子から提供者が認知を迫られる事態を招かぬようにする意味合いも強い。また生殖医療は法律婚をした夫婦にだけ認められる方針であり、このため親子関係を決める法律でも、事実婚の女性が生殖医療で出産した子は、パートナーが治療に同意したという条件だけでは父子関係を認めないとされる。これはいずれも事実上の夫の決定権を重視したものといえるが、一方で勝手に作られてしまった子供の方から見ると「妾の子」扱いをされることで法律的な不利益を受けることに変わりがない。

代理出産については国内の法的整備が遅々として進まないうちに事実だけが先行しており、海外の韓国人や米国人から日本人の子供が次々に生まれている。年間数百組の日本人夫婦が韓国の卵子バンクを利用しているといわれているが、同国では「生命倫理および安全性に関する法律」が2005年1月1日から施行されるため、精子や卵子の売買が禁止される(違反した場合は3年以下の懲役)。

 

 海外で代理出産が行われる場合、子供の親子関係とともに国籍の扱いも問題になる。日本の法律では出生時に血縁上の父または母が日本人であれば、子供はどこで生まれても日本国籍を取得する(国籍法1条)。日本人父親との自然血縁関係が認められると、子供は自動的に日本人となる。婚姻中に妻から生まれた子供については夫の嫡出推定が働くが、代理出産についてはこの法理が適用できない。夫の認知か、それに代わる親子関係決定の審判や確定判決があれば、日本人の父親の子ということになるので、自動的に日本国籍を取得する。

 

 代理出産の親子関係をめぐる司法判断が行われたのは、次のケースが第一号である(「法務省、出生届を不受理 代理出産の夫婦に告知」共同2003.11.7

 

関西地区に住む53歳の夫と55歳の妻が、夫の精子とアジア系米国人女性の卵子を体外受精させ、受精卵を別の米国人女性に移植し、2002年10月に米国カリフォルニア州の病院で双子の子供が生まれた。

 

夫婦は双子男児の「父母」として、在米日本総領事館に出生届を提出したが、「50歳以上の女性が母の場合、出産の事実を確認する」との法務省通達によって約1年にわたり受理が保留となっていた。2003116日に法務省は「日本人女性に分娩の事実は認められない」として不受理を決定し、在米日本総領事館を通じ夫婦に伝えた。この時「代理母契約にもとづき、代理出産によりもうけた子供には日本国籍がある」ことも伝えている。2004116日、この夫婦があらためて依頼者女性を実母とする出生届けを提出し、これが受理されなかったため、同322日に不受理処分取消を求める申し立てを行った。814日に家裁は「妻は双子の卵子提供者でも分娩者でもなく、法律上の母子関係は認められない」として申し立てを却下(「代理出産の母子関係認めず/出生届不受理で家裁審判」四国2004.8.14824日に夫妻は即時抗告したが、2005年5月に大阪高裁は「母子関係の有無は分べんの事実で決まるのが基準。昨今の生殖補助医療の発展を考慮しても、特別の法制が整備されておらず、例外を認めるべきではない」として、即時抗告を棄却する決定を出した。

 

 代理出産に関する司法判断の第2例は、タレントの向井亜紀のケースである(「向井亜紀、出生届は不受理」読売 2004.6.8)。向井は子宮がんで子宮を摘出後、実の夫婦の受精卵を米国人女性シンディ・ヴァンリードの子宮に移植。200311月下旬に双子男児が生まれた。この時のシンディーの報酬は18000プラス2-3000ドルだったという(「週刊女性セブン」 200425日号)。法務省も向井夫婦が米国の裁判所から夫婦が実の両親とする判決を受けたことを知っていたが、判例上、母親は「子を産んだ女性」ということになっている。向井は判決書類とともに20041月、東京都品川区に出生届を出したが、報道で代理出産を知っていた品川区は法務省に相談、対応を検討していた。20046月に法務省は出生届を不受理とする方針を決定したが、この時も子供の国籍は認め、かつ子を養子に入れることを薦めている。