「父ちゃんは紋次郎」

 

 「死人は子供を作ることはできない」ということを前提にして法律は作られている。だが競争馬や肉牛を見ればわかるように、精子さえ保存していれば、当馬(牛)の死後でも子供を作ることは難しくない。当然、これは人間にも応用できてしまう。

 

愛媛県の30歳代の女性が、白血病の夫の病死(1999年9月)後に冷凍精子を使って人工授精。当時の日本産科婦人科学会のガイドラインでは、夫以外の第三者の凍結精子を死後に使うことは制限されているが、夫婦の場合は明確な規定はなかった。担当医は「夫婦の場合でもこうしたケースでは疑問があるかもしれない」と説明したが、すでに女性が妊娠26週に入っていたうえ、出産を強く希望したことからそのまま診療を継続し、女性は2001年5月に男児を出産した。

 

という話が実際に起きている(読売「夫の生前の精子で出産 2002.6.25」。女性は当初、市役所に「夫婦の嫡出子」として出生届を提出した。ところが、夫との婚姻関係は死亡によって消滅しており、かつ夫婦関係の消滅から300日経過後の出生は夫の嫡出子として認められないために、市役所は所管法務局に相談。20019月に「不受理」の回答があった。 このため、女性は11月に生まれた子を夫婦の嫡出子とするよう、家庭裁判所に不服申し立てをした。これは最高裁まで争われたのだが、2002年5月に不受理の方針が確定。そこで女性は改めて父親が空欄のまま出生届を提出した。なお、件の女性はその後、子の代理人として父子関係の確認(死後認知)を国側に求めて提訴。被告側は夫が精子の凍結保存の際に「死後は精子を廃棄する」と記載した依頼書に署名押印しており、認知によって子どもに養育などの具体的実益もない、などと反論したが、2004716日の高松高裁判決に勝訴している(「死後の凍結精子でも父子認知 原告逆転勝訴」毎日 2004.7.16)。

 

 父親欄が空欄のままでも、母親は出生届けを出すことができる。これが不倫の場合なら、相手の男が認知すれば父親蘭は埋まる。ちなみに、非嫡出子の続き柄欄は「男」または「女」と記載されていたが、2004111日の戸籍法施行規則改正により、嫡出子同様、「長男」「長女」と記載される。しかし冷凍精子のケースでは父親が認知しようにも、当人は死んでいるのでどうにもならない。つまり子供の扱いとしては「妾の子」同様、法的には父親がいないとして処理されざるを得ない。これは子供にとって不合理なようにも見えるのだが、一方で父親側にしてみれば、生きていれば絶対に欲しくない子供を勝手に作られた可能性を否定しきれない(それ以前の問題として、本当にその父親の子供であるかすら疑う余地があるが、父親はそれを調べる手段を奪われている)。ゆえに「子供のために断固、嫡出子にしろ」という論調は、父親側の自己決定権を侵害するという点から問題がある。