「シスコン王子」

 

 「シスコンの弟に結婚前の姉が強姦されて妊娠出産」というエロ小説紛いの事例が、実際に起こっているようだ。多くの場合、生まれてきた子供は親の籍に入れたりしてごまかしているのだが、認知してしまえば弟の子ということになる。この辺について、「Clover Heart's」(ALCOT, 2003.11.28)を元にして説明しよう。

 

 「榊円華・賢治」という姉弟がいる。オリジナルでは大人の事情から「義理」の関係とされているが、ここでは実姉弟としておこう。ストーカーと化したシスコン賢治は野望を遂げ、その結果、円華に子供ができてしまった。想定例では男女の間に血縁関係が存在するために、役所の戸籍係がミスをしない限り、結婚することは無理である。ゆえにその子供は私生児(非嫡出子)になるしかない。この場合、子は母親の戸籍に入り、父親蘭は空欄になっている。法律上、この時点でその子と賢治の間には何の関係もなく、赤の他人同士である。認知というのは、このように「血縁関係はあるものの、法律的には無関係な父親と子供の間に血縁関係を形成する法律行為」である。認知によって親子関係が発生すると相続権と扶養義務が同時に生じるが、氏と戸籍は直接の影響を受けないので、同時に父母両方の戸籍に入ることはない。ただし子供と血縁関係にある父母の婚姻の成立と、父の認知が揃うと、子供を両者の籍に入れることができる(準正:民法789条)。

 

 民法779条を見るとわかるように、認知可能な人に係る制限は「父または母」という条件だけで、子の実父母間の親族関係には全く関知していない。だから、近親相姦の結果生まれた子供であったとしても、その父が子供を認知することには何ら障害はない。ただし、認知によって発生するのは父−子間系列の直系血族関係だけで、父−母間の親族関係には影響を与えない。だから賢治が子供を認知しても、円華が賢治の「配偶者」になるわけではない。子供から見た場合、賢治は父親だが、同時に叔父でもある。被相続人の配偶者と子は、常に同順位最優先で相続人となり、その取り分は半分ずつである(民法9001項)。しかし円華は賢治の配偶者ではないので、彼の死亡によって財産分与が行われる場合、(内縁関係の存在が認定されない限り)円華に相続権は発生しない。子供が認知を受けていれば全ての遺産がそちらに行き、認知を受けていなければ賢治の直系尊属→兄弟姉妹の順位で財産相続人になる(民法889条)。以上の話は弟が姉を強姦して出来た子供だろうが、「Crescendo」(D.O., 2001.9.28)の佐々木あやめ・涼のごとく、合意の下で作った子供だろうが、全く違いはない。

 

認知が行なわれると、円華の子は賢治の嫡出子となる。非嫡出子は嫡出子の半分しか相続分がない(民法900条)ことから、実際問題として嫡出・非嫡出が問題になるのは相続絡みの場合が大半である。この規定が不合理な差別であるとして、複数の最高裁判決でも判事5人のうち2人が違憲とする反対意見を出している(「『非嫡出子の相続差別、救済を』 最高裁2判事『違憲』朝日 2004.10.15)。法務省も改正案を出してはいるのだが、「『正しい結婚』『正しい家庭』を守るには嫡出、非嫡出の区別が必要」とする自民党の抵抗で、廃案にされている。

 

 上記のように、内縁夫婦の間で生まれた子供は母の単独親権に属し、認知がない限り実の父との関係はない。しかし認知訴訟において内縁継続中に生まれたことが証明されると、(夫の認知を待つまでもなく)子は夫の子と推定される(民法772条第1項の類推適用)。何かの事情から夫がそれを認めたくない場合は争いになるが、「実子でない」ことの立証責任は夫側に100%ある。認知の訴えの提訴は父の死後3年(民法787条但書)まで可能で、嫡出推定の場合もこの規定の適用は排除されない。上のケースで円華が妊娠中に賢治が死亡し、その後子供が生まれた場合、子供が誰を相手に認知請求を提訴すればよいのか、というのは何ら定めがなく、裁判所の法令解釈にまかされている(生きている片方の親、あるいは検察官などとする判例がある)。

 

上のケースと異なり、結婚した後で相手と血縁関係があることが判明するも、既に子供がいる場合はどうだろうか。「CLANNAD」のキャラクターを使って説明するならば、以下のような場合だ。

岡崎朋也は古河渚と結婚し、子供(汐)が生まれた。その年のゴールデンウイーク、九州に出かけた渚の父秋生は、佐賀市17歳(ネオむぎ茶)のバスジャックに巻き込まれて死んでしまう。おとなしく死ねばいいものを、「朋也は実は俺の子だったのだ。驚いたか!」と、死の直前、事件の実況中継で公言した。

 

 これが遺言認知として認定されると、朋也は生まれた時から渚の実の弟だったということになる(認知の効力は出生に遡る)。これは婚姻取消の要件(民法744条)に該当する。では両者の間に生まれた子が私生児(非嫡出子)になるのか、といえばそういうわけではない。婚姻の取消は、その効力を既往に及ぼさない(748条)。取消は無効と異なり、取り消すまではその婚姻は有効で、かつ当事者・その親族および検察官しかその訴えを起すことはできない。汐が生まれたのは婚姻取消以前の婚姻継続中のことだから、朋也の子であるとする嫡出推定が働く。なお、婚姻の解消または取消の日から300日以内に生まれた子供も婚姻中に懐胎したものと推定される(民法772条第2項)ので、この期間内に生まれると、その後両親の婚姻が取消されても、汐は二人の嫡出子である。