「夏日」

(すたじお緑茶 / 2002.11.29)


 スタジオ緑茶の第2作。細かい話は 公式サイトを参考。攻略対象キャラクターは3人。しかしどのシナリオに載っても残り2人が絡んでくる。小説ならばごく当然の作法だが、VN系えろげでこういう仕様になっているのは案外、少ないのかもしれない。「キャラ萌え」を目的とするゲームでは、プレイヤーの種々雑多な「属性」に対応するために、それなりの数のキャラクターを用意せざるを得ず、結果、各キャラクターのシナリオに分岐後は、一気に攻略対象キャラ+αしか舞台に登場しなくなる。Keyの「Kanon」では、名雪シナリオに乗ると(多分)栞は死ぬし、他のキャラクターも確実に不幸な状態が続くという、すばらしく黒い設定になっているのだが、実際にはそのダークさは完全にプレイヤーの脳内補完にまかされている。これに対して夏日では「誰かが幸せになるためには、他人が不幸になる必要がある」というあたりまえのことを、これでもかとばかりに各シナリオに盛り込んでいる。この辺、趣味が分かれるとこだとは思うが、個人的にはかなり真っ当な神経の持ち主が書いた話のように感じる。

 私には全くそう感じられなかったが、一応、このゲームのメインヒロインは「ちや」ということになっている。

「彼女は器質因による精神薄弱、つまり、いわゆる「知的障害者」である。
肉体的欠陥はないが、知能は幼児なみ。言葉も、あまり喋ることはできない。
感情表現は豊かで、ストレート。子供のように笑い、悲しみのままに泣き、
力いっぱい怒る……と言えば聞こえは良いが、要は感情のみで行動している。
さらに、気まぐれなところもあったり、傍から見ているとよくわからない
理由で喜んだり機嫌を悪くしたりする。
・・・と、まあこういうキャラクターらしい。えろげで池沼キャラを扱っているものは、これまでも何作かあるそうだが、さすがに アカス(水戸事件)のような陵辱系のものはない(と思われ)。このゲームでも序盤でちやが高校生にいじめられるシーンがあるが、逆に「知障のくせに」というような話はこの一場面しか出てこない。ちやの祖母が倒れる展開もあるが、そこから「誰が面倒見るんだYO!」というハードな話があるわけでもない。「障害者問題を扱った社会派のゲーム」なんてものを求めると、時間の損なので注意。



(以下、激しくネタバレあり。注意しる。)

 さて、このゲームの主人公「柊一」は、元々、バスケットボール選手のイケメン(?)だったが、自転車事故で入院。その間に付き合っていた彼女の「明日菜」が浮気。彼女曰く、「ただ寝ただけ」らしいのだが、彼は「もうどうでもいいぽ。」と彼女と別れ、夏の始まりに母親の住む田舎町に戻ってくる。そこで「幼馴染でお隣さん」の「恵」と再会する。彼女と「ちや」は小学生の頃から仲良くしていたが、そのきっかけを作ったのは柊一だった。まだ恵は柊一のことを好きなのだが、言い出せないうちに、ちやの柊一への好感度もアップしていき、更にそこに明日菜までやってきて、3人の女たちの間で一人の男の取り合いが始まる。最後にだれとくっつくかは主人公(プレイヤー)の言動次第だが、恵シナリオをクリアした後でちやシナリオや明日菜シナリオをクリアすると、痛さ倍増といった雰囲気。

 多分、このゲームの中心テーマは「気持ちを伝えることの難しさ」というところにある。ちやシナリオでは、どうも彼女が「すおー」(柊一)が好きそうなのだが、彼は今ひとつちやの感情に確信を持てない。明日菜が彼から手を引いた後も、恵はちやが彼を「愛している」と考え、それでもちやと仲良くしないと彼と嫌われるかも知れないと思っている。一方、柊一も自分の気持ちがよく分からないまま、「また明日菜の時のように裏切られるのはイヤなんだろうか」と考えている。ここで重要なのは、ちやの「すき」という言葉の意味が恵にも柊一にも掴みきれない所で、ここでちやを知障に設定したことが生きてくる。現象学的な立場から見ると、全てのものが「まさにそこにある」と感じられる根拠は、それが自分の意識の指向性から自由なものとして意識に知覚される点にある。つまり自分の意識の自由にならないからこそ、逆にそれが疑いようもないものとして認識される。これとのアナロジーで「他人の意識」の確実性を考えるならば、(ちやのケースのように)相手の考えを読みにくい場合の方が、自分の中のイメージと実在の相手の像の境界が曖昧になりがちであろう。

 ちやと柊一の関係に限定すると、最後の最後まで彼がちやを「愛して」いるのか分からないし、逆も同様である。これはたしかに現実的と言えば現実的だが、どうも中途半端に終わっているように思える。その点では明日菜の方が柊一とくっつくにせよ、別れるにせよ、話は理解しやすい。もっとも彼女のキャラクターは過剰に色づけされすぎで、むしろ恵のような「普通」なキャラが二股をかける方がはるかに衝撃は大きいと思うのだが。なお、明日菜シナリオのサブテーマは「依存からの脱却」とでもいうもののようだが、キャラが立ちすぎていて、話がうまく描けていない気がする。

 ちやシナリオは柊一の「逃げちゃダメだ、逃げちゃダメだ」っていう話もコアにある。たしかに「ちや(知障)とせくーす」以降の展開は「そういう話」と割り切れば悪くないが、どうもリアリティーに欠けるような気がしてならない。むしろ恵との関係悪化を中心にすえてシナリオを書いた方が面白そうな気が。

 個人的には恵がこのゲームのメインヒロインに見えて仕方がない。特にちやから弁当を落とされて激怒するシーンと、明日菜の一方的な喧嘩シーンが重要。ストーリーは設定を見ただけで想像できる範囲。ちょっと良い子過ぎるので、「本当はちやのこと、嫌いなのかもしれない」というあたりを、もう少し強く出した方がよかったのかも。あと、ラスト付近の明日菜さんは、妙に「いい奴」になってます。この展開を安易と見るかどうかは、趣味が分かれる所だと思われ。

 総評としては、それほどクセのないまたーり系の話で、「奇跡」とか「前世の因縁」とかいう話もない(おまけシナリオは別)。個人的には嫌いではないが、多くの人にアピールするかどうかは、微妙な所。「Talk to Talk」(Clear)あたりを読んでいて飽きない人なら無問題と思われる。あと、プレイする気があるならば、全員クリアしないと損。


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