「秋桜の空に」

(Marron / 2001.7.27)


  Marron の第1作目。激しくガイシュツながら、パッチ当て必須&オリジナルのシステムは使い物にならないので、適当な実行ファイルをどこかから探してきた方がよい(私は「Production StarHole」のISMを利用した)。

 世の中の趨勢は「いもうと萌え」らしいのだが、「おねえちゃん萌え」の可能性を実証したという点に、この作品のオリジナリティーがあるらしい。もっとも私はどちらにも興味はないので無関係だが。それなりにメジャーな作品なので、多くの人がレビューを書いており、その多くは「ONE](Tactics)に言及している。この作品のテーマは「逆ONE」としか言いようのないものだから、それも道理ではある。

 「ONE」における主人公の「えいえん逝き」は、主人公の存在を(特定の女性側キャラ以外の)周囲の人間が忘れていくことによって特徴付けられる。これを全く裏返して女性側キャラクターの存在が消滅するシナリオを描こうとしたのが「ONE2」(BaseSon)だったのだが、この試みは成功したようには思えない。一方、「秋桜の空に」では主人公がそれまでの記憶を失うことで、それまでに把握していた世界を失う設定になっている。「逆ONE」といいつつも、女性側キャラクターから見ると「ONE」と同様のシチュエーションにあるわけで、主人公がリアルな世界に実在しているだけ、その苦悩も大きい。

 そもそも主人公が記憶喪失+短期記憶障害に陥る原因を作ったのは、ベタ甘な「おねえちゃん」キャラである「すずねえ」である。彼女のシナリオを読まずに他のキャラのシナリオをプレイすると、「なぜこんな不条理な展開になるのか?」という疑問が出ること必至。初子(巨乳巫女)がいつもハンモックで寝ている主人公に対して「こんな偽物のゆりかごで云々」という台詞を吐いた時のすずねえの反応を見ると、彼女が主人公を襲った運命に責任を感じていたことは明らかである。しかも主人公が記憶とともにそれまで持っていた喪失感をも失った結果、彼がそれまで求めていた「家族」が手に入ってしまう。すずねえの立場からすると、非常に残酷な話である。

 この作品はいくつかのレビューが指摘しているような、単なる「ONE」の焼き直しとは言い切れない所がある。特に重要なのは「喪失の受容」をテーマにしたシナリオ群である。春姫シナリオでは主人公が消えるにあたり、先輩の姿を彼女に伝えるという形で、自分の喪失感も解消している。可能性の委託という点では、ひよりシナリオのラスト近辺の処理もこれと一致している。またこのシナリオでは、ひよりの「得られなかった過去」の投影と再現が、小鹿を介してこれでもかとばかりに語られる。その伏線があって「ひより先生に俺を生きてもらう」という話になってくるわけだ。

 上記のシナリオでは、主人公が記憶喪失になった後の展開はそれほど重要ではない。3年後に記憶が戻ってくるのだが、これでは一年間「えいえんの世界に行ってました」というのと大差はない。その点、「カナ某」こと楠若菜シナリオはもう一歩前を行っている。彼女は入院先の病院で精神科に通っている主人公と再会し、「常に初対面」状態な彼と付き合いだす。若菜の方は過去の主人公の記憶と、彼に対する感情が残っているのだが、一方で主人公側にあるのは記憶喪失前の自分の感情の記録だけ。「Talk to Talk」(Clear)が「相手の感情の原因が理解できない」主人公を描こうとして失敗していたが、たしかにこういうシチュエーションはストーリー展開上、おいしすぎる。ただし問題は「最後のオチをどうつけるか」という所で、このシナリオでは若菜が「過去の男の姿を目の前の奴に投影しているにすぎない」と認めた所で都合よく主人公の記憶が戻って大団円。この辺、何のヒネリもないが、かといってうまい解決策があるかと言えば、他の男に寝取られエンドぐらいしか思いつかない。

 この作品、シナリオ構成もそれなりにしっかりしているが、それ以上にテキスト表現がうまい。誰かが「全ての選択肢を選びたくなる」と書いていたが、たしかにそれは当たっている。しかも軽いノリの会話の中に巧みにシリアスな台詞を滑り込ませて、テキストに緩急をつけるなど読み手を飽きさせない工夫も見られる(余談ながらこういうテクを使う時には音楽を一々切り替える必要はないと思うのだが)。ということで、個人的には「KAN○N」や「束鳩」なんかよりは、はるかに面白く読めた(これがどこまで一般的かというと疑問は残るが)。


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