ウエルッシュ菌
ウエルシュ菌(Clostridium perfringens)そのものは人腸管の常住細菌だが、ヒトに病原性を持つものはA型毒素生産菌の一部である。生育可能温度は20-50℃で、至適条件では8分ほどで分裂する。pH5.0以下または9.0以上では増殖できない。嫌気度の要求はボツリヌス菌ほど厳しくはなく、一般食品でも加熱調理後であれば、特に嫌気的条件にしなくとも増殖できる。
この菌はかつてはC.welchiiという学名が付けられていたために、今でも日本ではこの名前で呼ばれている。嫌気性細菌であり、100℃1〜4時間の加熱に耐える芽胞を形成する。このため、カレー・シチューなど、他の細菌が死滅した嫌気的状態下でも芽胞が生き残り、冷却後、これを常温で保存すると菌が爆発的に増殖する。この生菌が人間の腸管に入ると、そこで芽胞を形成し、その際に毒素を生産する。なお、この毒素は60℃10分の加熱や胃酸中で失活するため、黄色ブドウ球菌等とは異なり、食品中の毒素が直接問題になることはほとんどない。
ウエルシュ食中毒の事件数はそれほど多くないが、一件あたりの患者数が特に多い。これは給食・工場生産の大量調理食品が原因になる事例が多いためである。中毒の多くが、学校給食や仕出し屋の料理、弁当類のように一時にかなり大量の材料を加熱調理した食品によって発生している。このため、1997年3月に厚生省は「大量調理施設衛生管理マニュアル」を作成し、検食制度の徹底を図った。これによれば、一回300食あるいは一日750食以上を供給する集団給食施設や食堂等は、原材料と調理済み食品各50gを-20℃で2週間保存することが求められている。
学校給食については、1996年の堺市O157事件を契機に、文部科学省が「学校給食衛生の基準」を設けるなどして衛生管理の徹底を図ってきた。そのため、平成8年以降、病原大腸菌による事件は学校給食では発生しておらず、2001年までの5年間で事件数は1/4程度、患者数は1/20以下に低下している(2001年度に起こった学校給食事例は6件で、有症者は510名)。
ウエルシュ食中毒症は、喫食後、7-12時間の潜伏期を経てから発症する。主症状は下痢(92%)と腹痛(81%)である。嘔気・嘔吐は全体の1割に見られ、悪心および発熱がそれぞれ全体の1/4程度に見られる。特に下腹部がはることが多い。予後は良好で、通常1-2日後(1週間以内)に自然治癒する。死亡例はない。
(ケース1)冷やしうどん食中毒事件
1977年7月9日、埼玉県久喜市内の小・中学校で「冷やしうどん」摂食者4,333名中3,610名が食中毒症状を示すという、極めて大規模な事件が発生した。主症状は下痢(94.7%)、腹痛(87.0%)で、発生日時は7月9日午後6〜11時に集中していた。給食の内容は「カレーたいやき」、「野菜のピーナッツ和え」、「冷凍みかん」、「冷やしうどん」および「牛乳」の5品目。細菌検査の結果、調理施設から収去したうどんの「つけ汁」、および小、中学校で保存検食のうどんの「つけ汁」から、それぞれウェルシュ菌が検出された。また、糞便検査で調理従事者68名中49名、小、中学校の児童、生徒および教師275名のうち262名からそれぞれウェルシュ菌が検出された。
問題の「つけ汁」は前日に製造されている。製造工程では1時間沸騰後、1時間室温で放置、その後40分間扇風機で冷やしてから冷蔵庫(0℃)に入れ翌朝まで保管していた。しかし、その後の再現実験で、冷蔵庫に入れたときの液温(50℃)から20℃になるまで7時間もかかったことが判明した。
(ケース2)筑前煮食中毒事件
1994年3月、渋谷区内のレストランの仕出し弁当を食べた老人クラブメンバーなど、4団体計284人中189名が腹痛および下痢等の症状を呈した。検食の筑前煮からウエルシュ菌が検出され、これを食べていない人は発症していない。この店では深い鍋で数日分を一度に作り、鍋のまま放置していた。
(ケース3)カレー食中毒事件
1991年4月、川崎市で仕出し弁当のカツカレーによる集団食中毒が発生。この業者の弁当は東京都内、横浜市内の161事業所に2,165食を提供され、645名(29.8%)の有症者がいることが判明した。症状は下痢624名(96.7%)、嘔気43名(6.7%)、悪寒37名(5.7%)、倦怠感33名」」(5.0%)など、下痢は大部分が水様便と軟便で、回数も1〜4回と比較的軽症であった。
1998年3月、広島市で合宿中の女子バスケットチーム85名中61人が下痢・腹痛の症状を訴えた。患者便60検体中42検体からエンテロトキシン生産性ウエルッシュ菌を検出。喫食調査から、前日の夕食で仕出しのカレーを食べていた。
1999年4月14-15日に、長岡技術科学大学福利施設内食堂を利用した学生など3992名(14日1935名、15日2057名)のうち、ポークカレーを食べた者が、下痢、腹痛などの食中毒症状を呈した(患者数69名)
(文献)
「学校における衛生管理の改善に関する調査研究報告」月刊HACCP 2002-12 p.21-28
「平成13年度学校給食調理場衛生管理実態調査報告書」月刊HACCP 2002-12 p.29-41
(C)MFRI [2002]