腸炎ビブリオ


 腸炎ビブリオ(Vibrio parahaemolyticus)は、魚介類による食中毒の原因菌として知られており、現在ではサルモネラ・キャンピロバクター・SRSVと並んで、食中毒事件の主な原因となっている。従来、日本ではビブリオによる食中毒事例が最も多かったが、食習慣の変化により1980年代後半にはサルモネラ食中毒が首位を占めるようになってきた。しかし1994年から再び事件数が増加し、1998年にはトップに返り咲いた。ビブリオ食中毒は家族内の小規模な事例が多く、患者数1名の散発事例が1996年の堺市O157事件以降、表に出てくるようになったことが、この統計に反映されたものとも考えられる。しかし一方で、新しい病原菌株が外国から入ってきた可能性も否定しきれない。1995年まではO4:K8の血清型の菌の頻度が最も高かったが、それ以降、O3:K6株の検出頻度が急増している。O3:K6株は1996年2月にカルカッタ(インド)で検出されはじめ、その後、東南アジア・日本・アメリカでも、遺伝的に同一な株が広まっている。更に1998年からはO3:K6株に類似のO4:K68株による事件が東京と川崎で発生している。

 腸炎ビブリオは1950年10月に大阪で起こった大規模な「シラス干し」事件(患者数272名、死者20名)で初めて分離され、1955年8月の国立横浜病院の「キュウリ浅漬け」集団食中毒事件(発症者120人)の検証の際、人体実験によってその病原性が確認された。この実験結果から5-8乗オーダーの摂取量が感染に必要とされてきたが、種々の事例からみると、より少ない量の菌数でも感染が成立する可能性がある。腸炎ビブリオは他の菌と比較すると増殖速度が高く、条件がよければ10分で2倍に増える。捕獲直後の魚介類表面には10-100個程度の腸炎ビブリオが付着しているが、これを20℃以上に放置すると、数時間後に1,000,000オーダー以上にまで増殖する(10℃以下の増殖は無視できる)。

 腸炎ビブリオは夏時期の海水中には普通に存在し、海水温が20℃を下回る時期は海底の泥中で生存している。このためにビブリオによる食中毒事例の大半は夏(6-10月)に発生し、冬の患者は東南アジア地域からの輸入エビによるものが多い。夏に日本沿岸で捕獲された魚はほぼ確実にビブリオに汚染されているが、その大半は非病原性(TDH陰性)である。ほとんどの患者由来株が神奈川現象(TDH)陽性であるにも関わらず、食品由来株がほとんどTDH陰性である理由は、未だ不明である。なお、2000年に厚生省が制定した生食用水産加工品ガイドラインでは、生食用食品の腸炎ビブリオ数は100個/g以下と定められており、加熱食品については65℃1分以上の加熱が求められている。

 厚生省食品衛生調査会乳肉水産食品部会食品生成対策分科会が、1989-1999年に発生した腸炎ビブリオ食中毒事件のうち、原因食材が判明している2,391件について分析を行っている。これによると貝類を除く刺身・寿司類が49%であり、続いて貝類16%、焼き魚等調理品12%、ボイル品10%、ウニ5%、残り8%が魚介類を含まない食品である。原因施設別に見ると、飲食店が48%と最も多く、次いで旅館・ホテルが18%、仕出し・弁当販売が12%、魚介類販売を含む販売店4%、集団給食施設2.5%、製造所1.5%となっている。

 この菌は1-3%の食塩を含む食品中でよく増殖し、真水中では死滅する。そのために魚介類の洗浄には海水ではなく、水道水を用いることを、厚生省は推奨している。またこの菌は0.5%酢酸中で数分以内に死滅するが、「酢の物」が原因食材となった事例もまれではないので、注意が必要である。魚介類を調理した手・調理器具を介して他の食品を二次汚染したケースがよく見られ、特に料理店では1事件の被害者数が増えがちなので注意が必要である。

 腸炎ビブリオ感染症は、激しい腹痛と嘔吐・下痢症状である。潜伏期間は約半日とされるが、摂取菌数が多いほど短い。多くの場合、発熱を伴うが、38℃を越えることは希である。腹痛は上腹部痛が特徴で「胃痙攣様」なため、サルモネラと区別ができる。便は水様なことが多いが、しばしば血液・粘液が混じる。症状は数日のうちにおさまり、3日のうちに8割の排菌も止まる。死亡率は極めて低いが、高齢者が脱水症状によって死亡する事例がある。数は少ないが、敗血症例や腸管外感染による死亡例も報告されている。

(ケース)

(文献)


(C)MFRI [2002]