黄色ブドウ球菌・セレウス・ボツリヌス


 細菌性食中毒には、菌が腸管内で増殖することで病原性を発揮する「感染性」のものと、食品中の毒素によって発症する「毒素性」のものがある。毒素性食中毒症で有名なものは、黄色ブドウ球菌・セレウス菌およびボツリヌス菌である。

  1. 黄色ブドウ球菌

     黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)は健康なヒト3-5割の鼻前庭や咽頭武に定着しており、手指や皮膚からも分離される、常住菌である。特に手荒れや傷の部分に多く、そこから食品に菌が移る事があるので注意が必要である。ただし、全ての菌が病原性を持つ訳ではなく、エンテロトキシン生産菌のみが問題となる。

     1950年代前半まで、黄色ブドウ球菌食中毒は食中毒事例のトップだったが、腸炎ビブリオの発見とともに2位となり、その後はサルモネラ・病原大腸菌・キャンピロバクター等の事件が急増。一方でこの菌による食中毒事件は減少傾向にある。ただし、2000年だけは「雪印乳業低脂肪乳事件」により、15,000人を越える患者が出た。

     この菌は広い温度(5-48℃)、pH(4-10)および16-18%の高い食塩濃度中でも増殖する。ただし熱には弱く通常の加熱調理で死滅する。一方、黄色ブドウ球菌の生産するエンテロトキシンは化学的に安定であり、pH3.5以下22時間放置、あるいは120℃20分の加熱でも完全に破壊されない。このため、食品中で増殖した菌が生産した毒素が、加熱後もそのまま残存して、事件を引き起こすケースが多い。また冷蔵や冷凍保存では長期間生存する。

     原因食材として、1980年代は「にぎりめし」が多かったが、これはその後減少し、現在は弁当・調理パン・複合惣菜など「複合調理食品」によるものと同じ水準(年20件程度)となっている。

     S.aureus食中毒の臨床症状は嘔気・嘔吐・腹痛および下痢を主微とする。嘔吐は70%に認められ、1-2回のものから10回以上と幅広い。その程度はエンテロトキシンの摂取量や個体差による。下痢は約7割に見られ、10回以上の重症例もある。水便が多いが、血便や粘液便の場合もあり、逆に軟便程度の場合もある。発熱は3割程度に見られるが、それほど高くはない。病状は普通、数時間程度で収まるが、時として1-2日にわたることもある。喫食後の潜伏期間は1-5時間(平均3時間)であり、発症率は3-6割程度である。

    (ケース)

    1)「雪印乳業食中毒事件」

     2000年6月、雪印乳業大阪工場で製造された加工乳(低脂肪乳)による、全国的な大規模食中毒事件が発生。14,780人が嘔気・嘔吐・腹痛・下痢症状を訴えた。商品から黄色ブドウ球菌は検出されなかったが、エンテロトキシンA型が0.05-1.06ng/ml検出された。その後の調査により、雪印乳業大樹工場製の脱脂粉乳が、汚染原因と特定された。製造中の停電により、脱脂粉乳の溶解作業が9時間以上停止し、その間に爆発的に黄色ブドウ球菌が増殖したものと考えられている。なお、雪印乳業は1955年3月にも東京都内の小学校で、同様の事件(被害者1936名)を起こしている。
    2)「だんご食中毒事件」

     2000年10月末、静岡市内の和菓子製造所が製造した「みつだんご」などを原因とする集団食中毒事件が発生した。これは同市内で催された全国規模の催事で販売されたこともあり、確認されただけでも3歳〜70歳まで46名の患者が出た。潜伏時間は最短30分〜最長18時間(平均3.9時間)で、 主な症状は吐気(84%)、 腹痛(80%)、 下痢(80%)、 嘔吐(78%)、 倦怠感(52%)、 脱力感(44%)、 発熱(30%)などであった。患者の食べ残した残品および店舗に売れ残った「みつだんご」6件と「あんだんご」2件、 患者便8件、 従業員の手指1件および便1件、 施設の洗い出し5件から黄色ブドウ球菌が検出された。このケースは従業員が保有する黄色ブドウ球菌でだんご用の餅が汚染され、 製造調製工程で「みつ」や「あん」に移染したものと推定されている。

  2. セレウス菌食中毒

     セレウス菌(Bacillus cereus)は自然界に広く分布する芽胞形成性の好気性細菌である。セレウス食中毒にはその生産する毒素の種類によって「下痢型」と「嘔吐型」がある。1950年代にヨーロッパ諸国で下痢型食中毒の原因菌としてB.cereusは特定されたが、1970年代にイギリスで炒飯などの喫食による嘔吐を主症状とした嘔吐型のセレウス菌食中毒が報告された。日本では1960年代以降セレウス菌食中毒が報告されており、そのほとんどが嘔吐型である。1983年から1999年までの17年間に発生し届出された食中毒総数19,937事例のうち、セレウス菌食中毒は201事例、患者数7,697 名と、全体の1%程度を占めるにすぎない。また、その発生規模も1事例当たりの患者数が10名前後の小規模発生がほとんどであるが、時に患者数100名を超える大規模な事例も見られる。同期間中では患者数100件を越える事件は13件起こっており、特に学校と事業所のケースが多い。被害者500人を越えたケースとして、1991年9月の学校給食事例(1,877人)、1992年4月の仕出し弁当事例(541人)および1998年10月の弁当の事例(516人)がある。特に夏期に多く発生し、現任食材の大部分は穀類と複合調理食品である。具体的には、米飯、スパゲティが嘔吐型食中毒の2大原因食品となっている。下痢型の原因食品としては、食肉製品や野菜、そしてこれらを材料としたスープなどがある。

     セレウス菌芽胞は100℃30分の加熱にも耐えるため、加熱調理後に食品中で爆発的に菌が増殖した場合に、事故を引き起こす。嘔吐毒は消化酵素や熱(126℃90分)、酸・アルカリ(pH2-11で20分)にも安定である。下痢毒は消化酵素や、60 ℃以上の加熱、pH4以下の酸性条件などによって失活することが知られている。このために下痢毒による症状が起こりにくいと考えられている。

     セレウス菌食中毒の症状は嘔吐型と下痢型で異なる。嘔吐型は食品内で産生された毒素によって発症する毒素型食中毒で、潜伏時間は30分〜5時間で嘔吐が主である。症状だけから、S.aureusB.cereusの鑑別はできない。1987年に東京で発生した事例における患者318名の症状発現状況を見ると、主な症状は嘔吐、吐き気、下痢、腹痛であり、いずれも軽症であった。下痢型は原因食品内で増えた菌が喫食され、生体内で産生された毒素によって起こる(感染型)。潜伏時間が6 〜15時間と長く、下痢が主症状である。

    (ケース)餅つき大会の集団食中毒

     2001年12月1日熊本市で、幼稚園主催の餅つき大会に参加していた園児らが、 嘔吐を主症状とした体調異常を起こした。 患者のほとんどが園児であり、 症状が急性の嘔吐であったため、 餅つき大会のあった会場はパニック状態となった。 餅つき大会の参加者は、 441名、 患者346名うち園児は300名であった。潜伏時間は最頻値30分(階級30分)、 中央値1.5時間であり、 主症状は、 嘔吐93%(322/346名)、 嘔気23%(81名)、 腹痛22%(75名)、 下痢9.8%(34名)であった。食品、 吐物、 ふきとりからセレウス菌が高頻度に分離され、ブドウ球菌エンテロトキシン検査結果は陰性であった。食品、 吐物や、 分離菌株等計41検体中39検体がセレウリド陽性で、毒素量はあん入り餅、 あんこ玉でそれぞれ160ng/g、 640ng/gであった。その後の調査で、あんが小豆を煮た後砂糖を加えて煮詰めるまでの間、 1日室温で放置されていたことが判明した。
  3. ボツリヌス菌

     ボツリヌス菌(Clostridium botulinum)は、ウエルシュ菌と同じクロストリジウム属の絶対嫌気性芽胞形成菌である。1951-1999年の50年間に116件、患者数535名と事件数は少ないが、死者数は110名を越える。原因食材は腸詰め・発酵魚(ニシン・あゆ・ウグイ等の「いずし」)が多く、1984年には熊本で真空包装カラシレンコンを原因とする集団事例(患者36人、死者11人)が発生した。1995年には秋田県で里芋缶詰、1989年には輸入オリーブやオイル煮食品による事件が発生している。

     ボツリヌス毒素は80℃20分あるいは100℃1-2分の加熱で変成する神経毒で、胃酸中のトリプシンの作用で毒性が増加する。芽胞は耐熱性があるために、他の無芽胞菌が死ぬような加熱処理が行われ、嫌気的条件下に置かれると、優先的に菌が増殖し、毒素を生産する。これを未加熱のまま摂取すると、経口性の毒素中毒症状が出る。大人の場合、ボツリヌス芽胞は腸管に定着せず、そのまま素通りするので、感染は生じない。

     中毒症状は典型的な運動神経麻痺症状を呈する。まず目の調節異常が起こり、めまい・頭痛などがみられる。さらに脱力感や発声困難などが進み、続いて副交感神経系の機能低下が生じる。呼吸困難・尿閉が見られ、最後は呼吸麻痺で死亡する。知覚神経系や中枢神経系は影響を受けないため、意識は最後まで鮮明である。ただし現在では4種混合型の抗血清が全国の拠点地域に配備されているため、致命率は30%台から3%に激減した。

     1976年に発見された乳児ボツリヌス症は報告例が多い(米国中心に1000例以上)。生後2週間から1歳未満の乳児に発生し、1歳以上の年齢層では発生しない。頑固な便秘、哺乳力の低下、泣き声の脆弱等の初発症状に続き、筋力の低下、呼吸困難等の症状が現れるが、致命率は低い(3%以下)。事例の1/4がハチミツを原因とするものであるが、自家製野菜スープによるものもある。1986年の厚生労働省「乳児ボツリヌス症予防対策検討会」の調査では、市販ハチミツ512検体中27件からボツリヌス菌が検出され、翌年10月に「1歳未満の乳児にはハチミツを与えないべき」とする指導が各都道府県に出されている。なお、乳児ボツリヌス症は腸管感染後に菌が増殖する「感染型」の食中毒である。

(文献)