カキと食中毒


 2001年11月下旬から12月にかけて、ソンネ型赤痢菌(Shigella sonnei)による全国規模のdiffused outbreakが発生した。例年、海外渡航者を除く赤痢の感染者は夏場がピークで、11月以降の冬場は毎月数人程度であった。患者からの聞き取り調査の結果、「生食用カキ」が原因として浮上し、厚生労働省は全国の自治体に対し、生カキの流通状況の調査などを通知した。2002年1月30日までに30都府県で160人の赤痢患者が発生した。生食用カキから0.2 cfu/g(MPN法)の赤痢菌汚染が確認され、110人の糞便由来株とPFGEパターンが一致したことから、原因食材は韓国産輸入カキであることが確定した。2001年12月、韓国では、ソウル市内の業者が納品した弁当が原因の大規模な赤痢感染事件が発生しており、患者数も200名を超えていた。この事件の原因となった株と、問題のカキ由来株も同一のPFGEパターンを示している。この結果を受けて、2001年12月28日、韓国産生食用生ガキの輸入が禁止された。

 事件の発端となったのは、山口県由宇町のカキ加工業者(川徳水産・かき芳)が出荷した生ガキで、山口、広島、島根、鳥取の四県を含む31都府県に出荷されていた。2業者は同一輸入業者から韓国産生食用カキを仕入れており、これを山口産カキと混ぜて、「広島産」生食用カキとして販売していた。  1998年4月30日の韓国産生食用かきの輸入解禁後も、2国間協定により大腸菌数などをもとに指定された海域のものしか輸入できず、それまで輸入された生食用カキも指定海域で採取された韓国政府の証明書が添付されていた。カキ仲買業者らによると、生食用カキの卸値は国産が20kgで2万6000円。韓国産は同1万6000円と大きく異なる上、もともと国産カキから養殖されているために、DNA分析でも区別がつかない。

 翌2002年3月、松島湾などで採れる宮城産生ガキに、韓国産が不正混入されて販売されている可能性が強まったとして、宮城県が流通ルートや不当表示などの調査に乗り出すことを決定。8月に結果が公表された。輸入カキは広島県や兵庫県等の輸入商社を通じて、主に下関港等に陸揚げされ、その一部が、宮城県に陸送されていた。詳細調査を行った54業者中16業者が産地を偽装または表示せずに販売を行っていた。

 赤痢は従来「伝染病」として扱われていたが、1998年10月2日に「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(平成10年10月2日法律第114号)」が施行されたことに伴い、コレラ・チフス及びパラチフスとともに「食中毒」として扱われることになった。この「新感染症法」では感染症が4類に分類されており、上に挙げた4つはジフテリアとともに「2類感染症」として扱われる。腸管出血性大腸菌感染症は3類感染症である。2類感染症患者に対しては、都道府県知事が状況に応じて入院勧告・命令を行うことができる。3類感染症については感染症指定病棟への入院は必要ないが、特定職業(調理師・教師など)への就業制限を行うことができる。

赤痢はSigella属細菌によって引き起こされる感染症であり、1-7日の潜伏期間を経て発症する。軽度の下痢から重症例まで症状の幅は広い。典型例では膿粘血便・腹痛・脱水・発熱・悪寒・嘔吐・しぶり腹(テネスムス)が生じる。特に左腹部の痛みが特徴である。志賀潔が発見したS.dysenteriaeによる重症例が東南アジア諸国では多く、腸管出血性大腸菌(EHEC)と同様、HUSを発症する例も多い。最近ではより毒性の弱いS.flexneriS.sonneiによる食中毒事例が増えており、軽症患者も増えている。またこの2株による事例は秋から冬に多いことも知られている。外国では生野菜で感染した例が多いが、現代の日本では典型的な輸入感染症である。

 カキで問題となるのは赤痢よりもむしろ、ウイルス性食中毒である。最近まで、冬の原因不明食中毒として処理されていた事例が、SRSV(小型球形ウイルス)によるものであることが判明し、1997年5月以降は食中毒統計にも記録が残されるようになっている。その大部分がカキなど貝類による中毒事例である。患者数で見ると、全事例の大体1/6程度で、サルモネラ・腸炎ビブリオと並んでトップを争っている。

 カキは1時間に20Lの海水を吸い込んで、その中のプランクトンを餌にしているが、生息域がSRSVで汚染されると、これを中腸腺に蓄積する。ただしSRSVは貝や食材・人間の腸内では増殖しない。このため、カキの鮮度よりは採取海域の汚染の方が重要なファクターになる。

 SRSVを摂取した場合の潜伏時間は24-48時間で、主症状は下痢、吐き気、腹痛、発熱(38℃以下)である。通常は3日以内で回復する。感染しても全員が発症するわけではなく、発症しても風邪様の症状ですむ人もいる。抵抗力が落ちている人や乳幼児では数百個程度のウイルスを摂取することでも発症する。ウイルスは加熱によって死滅するため、中心温度72℃で15秒以上加熱することが推奨される。また調理者の手指から二次汚染したと思われる集団食中毒事件も報告されているので、注意が必要である。2001年1月に長野のホテルで発生したケース(宿泊者1,097人中483人が発症)では、患者の介抱にあたった人の二次感染や、汚染環境からの感染を示す結果が得られている。

(文献)


(C)MFRI [2002]