リステリア
リステリア菌(Listeria monocytogenes)は自然界に広く分布する食中毒原因菌であり、ヒト・哺乳動物から昆虫まで広い宿主域を持つ。従ってレベルの高さを問わなければ、あらゆる食品が汚染を受けている可能性がある。食品媒介リステリア症そのものの発生率は高くなく(一年100万人あたり1-9ケース程度)、全食中毒事例に占める割合も0.02%程度であるにも関わらず、一旦、発症するとその29%が死亡するため、公衆衛生上、重要な問題として捉えられている。
リステリア感染症は新生児・老齢者、あるいは基礎体力・免疫力の落ちた人や妊婦に発生することが多い。集団感染事例の記録から、潜伏期間は2-32時間(平均20時間)とされているが、散発例ではより長いという説もある。感染に必要な菌数も100オーダー以下と言われている。感染症像は通常の食中毒とは異なり、「インフルエンザ」類似の症状(発熱・頭痛・筋肉痛)を示すことが多い。また妊婦が感染した場合、菌は胎盤を通じて胎児に垂直感染をおこし、その後、胎児の死亡・流産か、分娩直後に乳児が髄膜炎を発症する。カナダのコールスロー事件では、妊婦34人中流産5人、死産4人、重症で生まれたのが23人であった。
L.monocytogenesは0-45℃で増殖する。また高度の耐塩性を持ち、常温では10%食塩存在下でも増殖する。4℃では25.5%の食塩存在下で132日生存したという報告もある。このために特に加塩低温貯蔵中の菌数の増加が問題となる。実際、種々の食中毒事例や食品を対象とした調査より、特に非加熱の乳肉加工品の危険が高いことがわかっている。特に熱に強いということはなく、75℃数分の加熱で死滅する。
報告によっても異なるが、生乳からは数%程度、ソフト・セミソフトチーズの2-10%程度、生肉の約3割から検出されている。Ryu et.al.によれば、東京周辺で買ってきた肉製品76サンプル中、26サンプルからL. monocytogenesが見つかっている。魚(製品)は114サンプル中7サンプル、野菜(製品)からは検出されなかった。その後、。国立感染症研究所の熊谷らにより、東京・埼玉・神奈川・長野・新潟の五都県で市販されている牛肉や鶏肉、生鮮魚介類、野菜などの調査が行われた検体727点の約6%に当たる45点からリステリアが検出された。大半が集団感染の危険性が低いとされる100個/g以下だったが、鶏肉は5点、生鮮魚介類(スモークサーモン)は1点がこれよりも多かった。
リステリア感染症そのものは1930年代から人畜共通感染症として知られていたが、1980年代に入ってから、欧米諸国で食品に起因する集団食中毒事件が発生。食中毒事例の中では死亡率が高いために大きな問題として注目を集めている。しかし日本では今の所、リステリアによる集団食中毒事例は報告されていない。
食品媒介リステリア症が初めて証明されたのは、1981年カナダで起こった「コールスローサラダ」事件であり、この事例では感染者41名のうち18名が死亡した。リステリア症に感染した羊の糞便が肥料として利用され、コールスローの原料であるキャベツを汚染。リステリア菌は低温でも増殖できるために、収穫後の保存期間中に発症菌量まで増殖したものとされている。また1997年にはイタリアでコーンサラダを原因食材とする大規模食中毒事件(被害者1594人)が発生し、リステリアとの関連が疑われている。
牛乳関係では1983年に殺菌乳による事件(米国:49名中14名死亡)・1985年のメキシカンタイプソフトチーズ事件(米国:142人中48名死亡)、あるいは1983-87年にわたるスイスのソフトチーズによる散発事例(122人中31名死亡)などがある。輸入チーズについては、1993年に輸入製品からL.monocytogenesが検出され、その後、年に1回の定期検査が行われてきた。2002年2月にも東京の食品製造業「エフエフシー」が製造した「モッツァレラ」チーズからリステリアが検出され、埼玉に出荷された6品のうち既に4品が売りきれていた。1999年にはフランス国内で生乳チーズから続々とリステリア菌が検出され、また死亡事故も起こっている。CODEXでは生乳使用に強く反対する米国と、チーズの風味を大切にするフランスの間で対立があり、あるフランスの委員は未殺菌チーズを「日本のフグのようなものだ」という主張をしている。
日本でも2001年3月に北海道根室でチーズを原料とする日本初のリステリア食中毒事件が発生した。原因食材は「四季舎・小野寺牧場」製造のウオッシュタイプのナチュラルチーズ「納沙布」。これを食べた男性一人と女性一人が発熱・頭痛を訴えた(入院はしていない)。たまたま2月下旬から全北海道のナチュラルチーズの定期検査が行われており、道立衛生研究所がリステリア菌を検出。3月7日に立ち入り検査が行われたが、その時に2人が発病していたことから、食品との因果関係が疑われた。このチーズは菌が検出されるまでに約80個が出荷されたが、販売は店頭と近所のスーパー1社とイベントに限られていた。
肉製品で有名なケースは1987-89年に英国で起こった「ミートパティ」によるもので、350名以上が罹患。同時期に市販されていた商品の1割が、患者分離株と同じファージ型・血清型を示すリステリアに汚染されていた。1992年にフランスで「豚舌のゼリー寄せ」を原因とする事件が発生し、患者279名中85名が死亡した。翌1993年に「リーエット」(豚挽肉の煮物)による事件(患者数39名、視野9名)も起こっている。米国では1099年3月に、20人が汚染されたホットドッグを食べて死亡しており、2000年には米国10州で、同じターキーのデリカミートを原因とする死亡事件(死者7人)が発生した。これらは「Ready-to-eat」商品のリステリア汚染リスクを世に知らしめた事例である。
(文献)
- Ryu et al."The incidence of Listeria species in retail foods in Japan." Int.J.Food Microbiol, 16, 157 (1992)
- E.T.Ryser & E.H.Marth ed. "Listeria,Listeriosis, and Food Safety" Marcel Dekker,Inc. (1999)
- Inoue et al."Prevalence and contamination levels of Listeria monocytogenes in retail foods in Japan." Int.J.Food.Microbiol., 25, 73 (2000)
- 小久保彌太郎「食品媒介リステリア症」, けんさ, 29, 20-29 (2000)
- 「チーズからリステリア菌を国内で初検出 食中毒の疑い」北海道新聞 20
01.03.14
- R.B.Tompkin "Control of Listeria monocytogenes in the food-processing enviroment" J. Food Prot., 65, 709-725 (2002)
- 「チーズからリステリア菌 さいたまのスーパー」日経 2002.02.22
(C)MFRI [2002]