日本の食中毒の現状


 公式に認められた食中毒事例は、厚生労働省の「食中毒統計」に記載されている。これは統計法に基づく届出統計であり、各年の1月1日から12月31日までに発生した食中毒事件のうち、医師の届け出のあったもの及び保健所が探知したものを集計している。その結果は「食中毒関連情報」として、インターネット上に公開されている。また日々発生する食中毒事件の一部は、日本医師会感染症危機管理対策室が発表する「感染症・食中毒情報」にも掲載されている。

 1995-2000年の5年間を見ると、食中毒事件の件数は557件(1995年)〜3,010件(1998年)で、平均1,188件。平成9年以降、2〜3倍に急増しているが、これは堺市のカイワレO157食中毒事件以降、社会全体として食中毒に関する関心が高まったため、軽症のうちに病院に行く人が増えたことを反映したものと考えられている。逆に言えば、統計から漏れている軽症の患者がこれまでもかなりいたということでもある。統計に現れている患者数は20,933人(1997年)〜46,327人(1996人)で、年あたり平均34,853人。この5年間では平均で、一年で9人死亡、人口10万人あたり33人が罹患している。最近公開された平成13年(2001年)の確定値では、事件数1,928件、患者数25,862名(一件あたりの患者数は13.4人)。死亡者4名のうち、3名がふぐ、1名がきのこの中毒で、いずれも家庭で調理した事例である。

 2000年の交通事故件数は、一年で93万件。死者9千人。人口10万人あたり9人が負傷している(人口は平成12年10月の確定値(総務省統計局)、交通事故統計は警察庁による)。この結果より、日本で生活している限り、「万一」程度の確率で交通事故に遭うといえるが、食中毒になる確率は、大体、その4倍程度となる。また平成12年度の人工妊娠中絶の件数は341,146件、人口10万人あたり269件(「母性保護統計」「国勢調査」)であり、交通事故死者数の4倍弱、食中毒患者数の大体10倍程度に相当する。死亡原因という観点からは、交通事故あるいは自殺(平成12年度は30,226人)と比較して、食中毒死は全く「無視できる水準」(というよりレアケース)であるといえる。しかも死亡事例の多くはふぐ・きのこの化学物質によるもので、微生物食中毒を原因とするものは少ない。

 食中毒の発生件数を見ると「飲食店」と「家庭」が約2割ずつを占めている(1995-2000年平均)。学校・病院の給食、あるいは製造所や販売所は、事件件数で見ると全体の1-2%程度。ただし、製造所や給食で製造・調理された食品は、一度に多数の人に供されるため、一度事件が起こると大規模な事件を引き起こしがちである。2001年の原因施設別統計では、一事件あたりの患者数が家庭では3.3人なのに対し、旅館や給食関係では40人、製造所や仕出し屋では60人程度と、家庭の15-20倍もの被害者が一度の事件で発生していることがわかる。

 原因食材については、半数以上のケースで特定されていない。欧米諸国では、乳肉および野菜を原因とする食中毒事例が多いのだが、日本では食中毒の原因食材(加工品を含む。1995-2000年平均)の2割を魚介類が占めている。肉・卵・牛乳は全部合わせても4%程度で、野菜や調理済食品と大差ない。2001年の統計では全体の56.7%が原因不明であり、原因が判明したケースの24%が魚介関係。次に多いのが調理済み食品で全体の10%。肉と野菜は同じぐらいで、全体の7%。卵が4%となっている。意外にも野菜の方が卵よりも事件数は多い。

 食中毒が疑われる事例について、医師は中毒患者の届け出義務がある(食品衛生法第27条)。その流れは以下の通り。 ここで出てくる「食中毒事件票」(食品衛生法施行規則の様式第十四号)に、食中毒原因物質の一覧が記載されており、微生物ではサルモネラ属菌・腸炎ビブリオ・腸管出血性大腸菌など14種類が指定されている。

 日本では魚介類に付着した「腸炎ビブリオ」による事件が圧倒的に多かったが、食生活の変化に伴い「サルモネラ」や「キャンピロバクター」・「病原大腸菌」による食中毒事件が増加している。またここ数年来、検査技術の向上により、冬の食中毒の主原因「小型球形ウイルス」(SRSV)による食中毒事例の報告件数が急増している。さらに「リステリア」「ビブリオ・バルニフィカス」など、新顔の病原菌が続々と登場し続けている。

 日本における食中毒事件による社会的損失(1991-1995年)は、損害賠償共済からの支払いが年8億3,000万円、休業による損失が年2億円という試算がある。(阿部・品川:1998)。また事件によって発生する社会的コストの中で、最も大きいのは検査費用と言われる。たとえば1996年岩手で起こった小学校給食の食中毒事例(患者268人)の分析では、約8,300万円のコストのうち、26%が検査費用であり、これは医療費用・施設改善費用(いずれも15%)よりも多い(Abe et al.:2002)。

 1996年7月の堺市カイワレO157事件では、患者関連で39億3400万円、堺市の事件関連予算(7,300人分の補償費用込み)22億5000万円、死者一名の補償4330万円、カイワレ業界の損害22億円など、合わせて100億円近い損害が発生している。2000年6月の雪印乳業食中毒事件(被害者数14,000人)では、ブランド損失だけでも700億円と言われ、合計で1,400億円の経済的損害が一事件で発生したと言われている。世界全体で見ると、全人口の5-10%(3-6億人)が食品由来の病気にかかると言われている(WHOの推計)ので、一人200$として600-1200億$程度が食中毒にかかる社会的費用と推算される(清水:2002)。

文献(共通のものも含む):


(C)MFRI [2002]