食中毒原因菌の抗生物質耐性獲得


 菌血症等、重い食中毒症の治療には抗生物質の投与が行われる。抗生物質は微生物のDNA複製から蛋白質合成の一連の経路、あるいは細胞壁の合成等を妨害することで、細胞の増殖を阻害する物質である。微生物のDNA複製は一定確率でエラーが発生し、それによって抗生物質に耐性を獲得した株が発生することがある。周囲に抗生物質が存在する環境では、このような株が優先的に増殖する。さらに抗生物質耐性を与える遺伝子はバクテリオファージや伝達性プラスミドに乗って、同種または近縁の微生物に移行する。このようにして、一つの株に複数の抗生物質耐性遺伝子が集まることで、多剤耐性を獲得した微生物が生じる。東京地域におけるサルモネラ下痢症由来株の抗生物質耐性に関する報告(松下:2001, 加藤:2001, 友澤:2001)を見ると、1990年以降、約半数の患者由来株が2剤以上に対する耐性を示している。

 抗生物質耐性微生物で、特に食品との絡みで注目を集めているのがバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)・多剤耐性サルモネラ(S. Typhimurium DT104株)およびフルオロキノン耐性キャンピロバクターである。米国ワシントンD.C.では、挽肉200サンプル中、41サンプルからサルモネラが分離され、その84%が1剤以上、53%が3剤以上に対し耐性を有していたとする報告がある。全世界で見ると、サルモネラのみならず大腸菌やキャンピロバクターなども、フルオロキノン耐性株が発生していることが判明しており、それは肉製品のみならず野菜汚染株にも及んでいることが、種々の報告から明らかとされている。

 腸球菌そのものはヒト腸管中の常住菌であるが、黄色ブドウ球菌と類縁であるために、耐性遺伝子の伝搬が可能である。近年、院内感染事例で問題視されているメチルシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)の最も有効な治療薬であるバンコマイシンにVREは耐性を示す。このためにVREからMRSAへの耐性遺伝子の移動が危惧されている。日本では1996年に入院患者からVREが初めて発見され、2000年までに十数例の報告がある。1998年8月にはベトナム産鶏肉からVREが検出。同じ月に初めての死亡例が報告され、同年10月には感染症予防法の4類感染症に指定、その動向がサーベイされている。

 欧州では1990年始めごろから家畜糞便あるいは食肉からVREが検出されており、欧米のVRE集団感染事例では、PFGEパターンの一致から鶏肉の汚染が原因と推定された。VREの出現は家畜の成育目的で添加されていたアボパルジン(バンコマイシンに構造的に類似)が関与しているとされ、2000年6月にWHOは、家畜飼料への抗生物質の添加に対する注意勧告を出している。日本では1985年にアポバルジンの飼料添加が認められたが、1996年12月に厚生省が実施した調査(71養鶏農場)で、これを使用する農場35中3農場からVREが検出されたことを受けて、1997年に使用が禁止された。日本の鶏肉のVRE汚染状況に関する研究は石崎ら(2000)のものがある。これによると国産鶏肉56件・輸入鶏肉32件中、それぞれ11件・8件がVREが検出され、日本でもVRE汚染鶏肉が流通していることが明らかとなっている。群馬大の池が行った、国内3施設食肉検査所鶏肉、横浜および神戸検疫所由来外国産鶏肉、神戸検疫所由来外国産豚肉の調査でも、国内128検体からは、高度VCM耐性菌は分離されなかったが、外国産由来肉の中で、タイ、フランス産鶏肉からそれぞれ検査鶏肉数当たり3/14(21%)、3/6(50%)の高頻度で高度VCM耐性腸球菌が分離されている。

 抗生物質耐性サルモネラの存在は1960年代から知られているが、そのほとんどは1抗生物質に対して耐性を獲得したものだった。複数の薬剤耐性を持つ株は1970年代半ばから登場。70年代終わりにはウシに由来する4薬剤耐性S.Typhimuriumがイギリスからヨーロッパ全土に広がっている。

 S. Typhimurium DT104株はアンピシリン・クロラムフェニコール・ストレプトマイシン・スルフォナミド・テトラサイクリンに耐性を獲得した株で、1980年代終わりごろから問題視されるようになっていた。これら一般の感染症に利用される抗生物質が効かないため、次々と新しい薬剤が治療に利用されるようになったが、それに伴って、さらにゲンタマシン・トリメソプリム・フルオロキノンに対する耐性を獲得した株が次々と出現。特にフルオロキノン系抗生物質は広いホストレンジを持つ、「最後の切り札」的な薬剤であるだけに、これが利かないというのは大きな問題である。

 現在、米国においてはS. Typhimurium DT104株による食中毒事件が重大問題とされている。フィリピンの病院でフルオロキノロン耐性サルモネラに感染した人が、米国の老人ホームに入所し、他の人に菌をばらまくという事件も発生し、この事例では施設でフルオロキノン系抗菌薬を乱用していたことが、事件の根底にあるとされる(Olsen, et al.:2001)。

 2001年8月にフルオロキノン耐性サルモネラによる日本初の感染事例が発生した。患者は生後35日の男児で、症状は発熱・下痢および嘔吐。血便が1日に10回以上も出るなど重症化したために緊急入院したが、ホスホマイシンの投与によって2週間後に退院した。患者糞便由来のS.Typhimurium DT12はアンピシリン・ストレプトマイシン・ゲンタマイシンテトラサイクリン・クロラムフェニコールおよびストレプトマイシンに耐性を持ち、レボフロキサシン等4種類のフルオロキノロン系抗生物質にも強い耐性を示した。家族の検便ではサルモネラ陰性であり、感染経路は特定できなかった(中矢:2001)。

 フルオロキノン耐性菌はキャンピロンバクターにも存在し、その蔓延が問題視されている。日本では、1980年代始めの時期にキノロン系抗生物質耐性のC.jejuniはほとんど見つかっていないが、1993年以降、耐性株の検出率が上昇している。1996-2000年に分離された国内散発下痢症事例から分離されたC.jejuniの22.0%がフルオロキノン耐性を示している。家畜衛生試験場の調査では牛・ブロイラー分離株のそれぞれ1/4程度、ブタ由来株の4割程度がキャンピロバクターが分離され、その302株の30.5%がオールドキノロン、13.6%がフルオロキノロン耐性を持っていた。なお、今のところ日本の家畜は、キノロン系抗生物質耐性病原大腸菌の汚染は低い状況にある。

(文献)


(C)MFRI [2002]