野菜による食中毒


 食中毒というと、まず頭に浮かぶのが肉や魚などであるが、実際には野菜を原因食材とする事件もかなり起こっている。日本はもともと野菜を生食する食習慣はなかったが、戦後以降、生野菜をサラダとして食べるようになってきたため、その食中毒リスクは無視できない。食中毒統計を見ると1978-1995年の間に246件の野菜を原因食材とする事件が発生している。生食野菜は加熱殺菌を行っていない以上、ゼロリスクを要求するのは不可能と考えるべきである。

 1996年の堺市カイワレO157事件後に農水省が実施した調査では、6,938の野菜検体中から、大腸菌O157株は検出されていない。厚生労働省も1998年から毎年、全国19の中央卸売市場で販売される野菜・食肉等の抜き取り調査を実施している(3年間に合計7933検体)。1998年と2000年に検査したアルファルファ(132検体)のうち5検体からサルモネラが検出された以外、他の野菜(計4736検体)から大腸菌O157株とサルモネラは見つからなかった。5検体のアルファルファのうち1998年の4検体は同一メーカー産のものであるが、同時期に東京都内で発生したサルモネラ食中毒事件との関係は否定されている(小西ら:2001)

 米国でも「健康に配慮して」生野菜の摂取量が増えたためか、野菜類に起因する感染症が増加している(1973-1987年の間は2%→1988-1991年は5-8%)。葉もの野菜の中ではレタスが比較的、微生物汚染が激しいことが知られており、最近のケースだけでも、1995年7月と1996年5-6月に、米国でレタスを原因食材とする数十人規模の集団O157食中毒事件が発生している。また2002年7月にはワシントン州スポケーン産のレタスを原因とする事件が発生。同州で7月11-14日にチアリーディングキャンプ中だった人29人からO157が検出され、うち一人はHUSを発症した。

 野菜の中でも「もやし」や「かいわれ」のような水耕野菜は、路地野菜と比較して大腸菌群数や一般生菌数が高く、また汚染指標菌である大腸菌の検出率も高い(上田・桑原:1998)。米国でもアルファルファもやしを原因とするサルモネラや病原大腸菌O157:H7食中毒事件が発生している。村瀬ら(2002)が市販輸入生野菜・果実(96件)の病原大腸菌・サルモネラ・リステリア汚染状況を調査したところ、12件のもやし中1検体からListeria monocytogenesが検出された。また。コンビニやスーパーで、消費を伸ばしているカット野菜や野菜サラダも、製造過程の微生物制御の難しさを示す報告がある(Kaneko et al.:1999)。

 Beuchat(1996)や金子(1999)が纏めているように、生食用野菜及び果実は赤痢菌・サルモネラ・病原大腸菌等、種々の病原菌やウイルスを媒介することが知られている。これらは農場の水源、あるいは施肥された未完熟堆肥に混入した、家畜由来の病原菌などが、農産物に移行したものと考えられている。このために「収穫前」(pre harvest)の衛生的な生産管理が、収穫後(post harvest)と同様に重要であるという主張("From farm to table")が、国際的にも常識として認められるようになってきている。

 野菜を原因食材とする食中毒事件のかなりの部分は、保管・運搬・調理の過程で、肉や魚から菌が野菜に移った二次汚染によるものと考えられている。このようなケースを防ぐには、運搬・保存の際に肉や魚の汁が漏れないように注意する、また調理の際にはまな板や包丁などを使い分けるか、あるいは調理器具をきちんと洗った後に野菜の調理に移ることが必要である。

 ここ最近、野菜の「漬け物」で食中毒が起こるケースが相次いでいる。伝統的な漬け物については、比較的高い塩濃度と、乳酸発酵によって生じた酸や抗菌物質によって、長い漬け込み期間中に、混入した食中毒菌の死滅が起きると考えられてきた。しかしこのような事件は、どれも「浅漬け」で起こっている。いずれの事件も、製品まで原因が遡ることは可能でも、そこから上流の原料を特定し、汚染原因を解明することには成功していない。よってこれらの事件の原因となった微生物が、製造・調理の現場で混入したものか、それ以前の原料に付着していたものか、明らかにすることは極めて難しい。

(漬け物食中毒の事例)
  1. 2000年6月に埼玉県の老人保健施設入居者の8.5%にあたる7名が、急性の腹痛を伴う血便症状を示し、うち3名が死亡した。喫食調査から「かぶの浅漬け」が原因として疑われ、患者と検食から分離された病原大腸菌O157:H7株のPFGEパターンが一致したことで、これが原因食材と同定された。
  2. 2001年8月に埼玉・東京・群馬で「和風キムチ」を原因とする食中毒事件が発生。埼玉県内の全寮制児童自立支援施設の生徒等13名が食中毒症状を呈し、うち5名が入院。同時期に東京で13名、群馬で1名が発症した。検食からは病原菌が出なかったが、たまたま、ニュースで事件を知った患者宅から搬入された、製造後26日たった残品から大腸菌O157:H7株が検出され、そのPFGEパターンが埼玉・東京の患者のそれと一致した。その後の埼玉衛試および食総研の研究によれば、少なくとも一月ほどの貯蔵では、和風キムチ中で大腸菌の死滅は期待できないことがわかっている。
  3. 2002年6月に福岡県城南区の私立保育園で病原大腸菌O157株の集団感染が発生。感染者は園児86人と家族、職員を合わせて102人で、うち20人が入院。検食のキュウリ浅漬けから分離された菌と、患者由来株のPFGEパターンが一致した。

(文献)


(C)MFRI [2002]