飛行機の旅は退屈なものだ。特にヨーロッパ路線や米国路線のようにフライト時間が長いものになれば、座っているだけでもイヤになってくる。そういう事情もあってか、(先進国の)多くの航空会社は映画上映やオーディオサービスを提供している。
日本航空(JAL)は最近、大型エアバスのエコノミー席にも個人用液晶デイスプレーを装備し、「MAGIC-I,II」というシステムを使ったサービスを開始している。これは各自が手元のリモコンで多種類の映画、音楽プログラムおよびゲームなどを楽しめるものだ。オーディオサービス(JENオーディオチャンネル)だけ取ってみれば既存のシステムと変わりがないのだが、往復両便のプログラムを聴取できるために、合計で9種類18chの音楽(話芸もある)を聞くことができる。
そのプログラムの中に「ポップスジャパン」というものがある。1時間ごとの2部構成で、前半が「Jポップナウ」、後半が「Jポップクラシック」。特に後半はその月ごとのテーマで曲を集めているもので、例えば2001年8月の日本到着便は「夏の歌」特集だ。曲順は次の通り(「JAL ENTERTAIMENT GUIDE」No.8 2001 による。以下同様)。
1 「SPARKLE」 山下達郎 2 「君は天然色」 大滝詠一 3 「夏休みの宿題」 杉真理 4 「避暑地の出来事」 荒井由実 5 「プールサイド」 南佐孝 6 「時間よ止まれ」 矢沢永吉 7 「夏の日」 オフコース 8 「ふたりの夏物語」 杉山清貴&オメガトライブ 9 「海風」 風 10 「サマータイム・ブルース」 渡辺美里 11 「世界で一番熱い夏」 プリンセス・プリンセス 12 「ウオーター・メロン」 東京スカパラダイスオーケストラ
市橋健志の構成によるもので、手堅く70年代から90年代の曲を押さえているものと言ってよいだろう。ところが、同じ人の構成による出発便の曲にはどうも不自然な点が目立つように思える。テーマは「80年代アイドルポップス」だ。
1 「渚のバルコニー」 松田聖子 (SONY) 2 「ハロー・グッバイ」 柏原よしえ (Kitty) 3 「まちぶせ」 石川ひとみ (PC) 4 「楽園のDoor」 南野陽子 (SONY) 5 「原宿キッス」 田原俊彦 (PC) 6 「ハイティーン・ブギ」 近藤真彦 (SONY) 7 「ハイスクールララバイ」 イモ欽トリオ (For Life) 8 「Zokkon命(LOVE)」 シブがき隊 (SONY) 9 「君だけに」 少年隊 (WP) 10 「パラダイス銀河」 光GENJI (PC) 11 「セーラー服を脱がせないで」 おニャン子クラブ (PC) 12 「マリーナの夏」 渡辺満里奈 (SONY) 13 「夏色片想い」 菊池桃子 (BAP) 14 「寂しい熱帯魚」 WINK (Polystar)
実際には1-4、、11-14の3部構成になっており、それぞれに次のような解説が行われた。
「アイドルポップス」を「非アーティスト系が歌った流行曲」ととらえれば、このような選曲はまあ理解の範囲内にはある。しかし私が見る限り、どうしてもコンセプトの甘さを感じざるを得ない。まあ順番に見て行こう。
1:80年代女性アイドルポップスの幕開けが松田聖子によってなされたことは多くの人が指摘するところだ。なのでこの選曲がBESTかどうかは別として、彼女の曲が入るのは当然ともいえる。夏ということもあるので、私なら「青い珊瑚礁」を選曲するが、それは趣味の問題といえるだろう。小倉千加子も「松田聖子論」(朝日文芸文庫 1995)で指摘していることだが、松田聖子はアイドル歌手のイメージを(山口百恵路線の)肉感ある「女性」 から「少女」に180度転換させ、商品としてそれを販売することに成功したのだ。私の理解では80年代女性アイドルポップスとは「イメージとしての少女」、言い換えれば「どこにでもいそうだが、決していないような女の子」の「物語」を商品として販売したものであり、それが実際に成功しうることを実証したという点で松田聖子の登場はエポックメーキングであったのだ。
2:3:柏原よしえは80年6月1日デビュー。「ハロー・グッバイ」はアグネス・チャンのアルバム曲のカバーで81年に販売。石川ひとみも1978年デビューで、「まちぶせ」の発売は1981年4月21日。しかも三木聖子のデビュー曲のカバー。いずれも名曲で、80年代前半期の代表的なヒット曲であることは認めるが、どちらも「82年組」のものではない。「82年組」の例として挙げるならば中森明菜・小泉今日子・掘ちえみ・松本伊代・早見優・石川秀美・三田寛子・原田知世などがふさわしいし、いずれも数曲はヒット曲を持っている。
4:南野陽子は85年6月23日のデビュー。しかしブレイクしたのはポストおニャン子の「スケバン刑事II」放送以降である。「反おニャン子」という面から見ると、80年代女性アイドルシーンにおける斉藤由貴・南野陽子の位置は、「momoco3人娘」と並んで決して小さくない。彼女はデビュー当初、(性格に反して?)「神戸のお嬢さん」路線で売りだそうとしていたこともあり、特にこの曲はその色が濃いものである。
5:6:いわゆる「たのきんトリオ」の曲を紹介したかったのだろう。「たのきんトリオ」については「80年代アイドル黄金伝説」ハウス・オブ・ドレッド編 Japan Mix 1996 p.84-96を参考にされたい。田原俊彦の曲は、「哀愁でいと」や「ハッとして!Good」の方が売り上げ的に大きかったはずだが、曲としても面白さは「原宿キッス」の方が上かもしれない。
7:この曲が「アイドルポップス」に入っている理由がよくわからない。たしかに80年代の音楽シーンにおいて「テクノ歌謡」が占める位置は小さくない(詳細は「テクノ歌謡マニアクス」コイデヒロカズ編 BI PRESS 2000)。しかし男性アイドルポップスの流れを語る意味からは「CCB」か「横浜銀蝿」あたりでも入れた方が話が分かりやすいのでは?あるいはFOR LIFEに義理立てしているならば島崎路子の曲でも入れてみても面白いかもしれない。マニアックだけど。
8:あの「薬丸くん」が入っていたシブがき隊。30代主婦のハートを鷲づかみの一曲か?あえてメジャーな「NAI・NAI 16」や「処女的衝撃!(バージンショック)」を外したのは、曲としてのクオリティーを求めたためか?
9:10:いずれも有名な曲ですね。論評は「芸能系」のお姉様方に任せます。
11:たまたまスイッチを入れた機内音楽がこれでは、普通、驚きます(笑)。 おニャン子クラブは「消費者参加型のアイドルの大量生産・消費システム」を実装したものであり、良しにつけ悪しきにつけ、80年代中盤の音楽シーンに大きな影響を与えたことは否定できない(私自身はアンチだったが)。しかし数ある曲の中からこの曲を選んでいることだけを見ても、構成者の80年代アイドルポップスに対する知識のほどが伺える。せっかく12・13と「夏の曲」で固めているのだから、ここは「夏休みは終らない」でも入れてほしいところだ。
12:「おにゃん子」からソロデビューした人の曲を一つ選ぼうとするとき、誰を支持するかでその人のアイドルポップスに対するスタンスが明らかになる。少なくとも満里奈の曲は、(初期の佐野量子の曲なんかと違って)普通の人が聞いても「恥ずかしくない」、キャンパスガール系のものが多い。前から不思議に思っているのは、この曲の不自然なメロディーラインは音程がずれているのか、それとも楽譜に忠実に歌っているのか、ということだ。
13:彼女は1984年4月21日デビュー。1985年発売の5枚目のシングルまで、秋元康が少女趣味な歌詞を書いている。本人の高校卒業後、歌の方も路線変更を行っており、「夏色片想い」もその中の一つ。当時「あなたと星の上で」や「桃子っぽいね」(ラジオのレギュラー番組だ)なんかを聞いていた人は、桃子のリアルタイムな成長に合わせて曲も提供されて行ったことに気づくことだろう。
14:「これがアイドルポップスなら尾崎豊の曲が入っても不思議はない」、そう思えるほど異質なものを感じる選曲だ。せっかく夏路線できたのだから、田山真美子の「青春のEVERGREEN」(1989年発売)でも入れればいいのに。
もし私が「80年代アイドルポップス」というテーマで選曲をまかされたらどんな曲を選ぶものか、試しにやってみたものが次の2つである。ただし男性アイドルシーンについてはあまりに無知なので、全て女性で固めさせていただいた。全て80年代デビューの人の曲である。
(その1) 1 「天国に一番近い島」 原田知世 (1982) 2 「天気予報は I Luv U」 森尾由美 (1983) 3 「セカンド・ラブ」 中森明菜 (1982) 4 「セクシー・ナイト」 三原順子 (1980) 5 「教室」 森川美穂 (1985) 6 「メロンのためいき」 山瀬まみ (1986) 7 「ファースト・レター」 佐野量子 (1985) 8 「いつも両親からイレられる 200のチェック」 B・C・G (1986) 9 「雨のハイスクール」 芳本美代子 (1985) 10 「さよならは言わないで」 河合その子 (1985) 11 「Teardrop」 後藤久美子 (1987) 12 「星空の冒険者」 中山忍 (1989) 13 「陽のあたるStation」 田中陽子 (1990)
(その2) 1 「セーラー服と機関銃」 薬師丸ひろ子 (1981) 2 「Dream Dream Dream」 岩井小百合 (1983) 3 「時に愛は」 松本伊代 (1982) 4 「Bye-Bye ガール」 少女隊 (1984) 5 「不良少女にもなれなくて」 真璃子 (1986) 6 「初めまして 愛」 西村知美 (1986) 7 「ブルードットの恋」 島田奈美 (1986) 8 「21世紀まで愛して」 水谷麻里 (1986) 9 「青い制服」 国実百合 (1988) 10 「夏休みだけのサイドシート」 渡辺満里奈 (1986) 11 「甘い涙」 小川範子 (1987) 12 「なぜ」 山中すみか (1989) 13 「さよならから始まる物語」 CoCo (1990)
(コメント)
1:いずれも角川映画でデビューした女優で、80年代前半に特に大きな支持を集めた。
2:80年代前半のマイナー路線ということで。森尾由美は「花丸マーケット」の常連だが、その歌を実際に聞いたことのある人は少ないだろう。岩井小百合は当時人気の高かった「つっぱり系ロックバンド」横浜銀蝿の妹分としてデビュー。
3:「82年組」の曲で、スローナンバーを選んでみた。「女の子らしい」歌詞ですね。
4:変化を付けるためにアップテンポな曲など。ちょっと大人路線です。
5:いずれも「退学」がテーマという異色な作品。こういうストーリー性のある曲を聞くと80年代アイドルポップスは「耳で聞く少女漫画」だったと思う。
6:バラエティー番組などで活躍中の二人だが、歌も歌っている。西村知美は島田奈美と並んで「反おニャン子」なアイドルオタクの希望の星だった。
7:どちらもテーマは「片想い」。どちらも歌手としては今いちメジャーになりきれなかったが、良質なアイドルポップスを多く残している。
8:この辺で無意味にポップな作品など。「B・C・G」(美少女か・ら・ふ・るギャング)は当時何組かいた「おニャン子もどき」番組のグループ。水谷麻里は現・江口寿史婦人。当時から変な歌を歌っていた。
9:今度は正統派の学園ものなど。
10:「おニャン子」からソロデビューした二人の曲。夏の終りのシーズンにぴったりかと。ゆうゆの「天使のボディーガード」や高井麻巳子「こわれかけたピアノ」なんかもいい感じかもしれない。
11:「おニャン子ブーム」後に活躍した2人の曲を上げてみた。あの森高千里や「のりP」こと酒井法子のデビューも1987年だ。
12:1989年ぐらいになると、「マニアにターゲットを絞った」としか思えないようなコンセプト指向の強いアイドルが出てくる。この2人は「守ってあげたくなる」ような女の子が出てくる曲が多い。
13:いずれも「別れ」がテーマの曲。「アイドル氷河期」などと言われていた時代にも、こんな曲が出ていたといういい例だろう。
#2001年の夏コミで出した突発本#